デジモンアドベンチャー それぞれの物語(タケル編)   作:アキレス腱
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第14話 〜夢〜

 

『なるほど、それで今まで連絡ができなかったわけだ』

電話の向こうで友人は静かに怒っているようだった。

携帯から聞こえてくる少しばかり冷ややかに響く友の声に、僕の額には冷や汗が浮かぶ。

普段はとても優しいけれど、怒らせたら仲間内では光子郎の次に恐いと踏んでいる彼は、僕の決戦の行く末を気にして昨日の夜にメールを入れ、連絡が来ないことで心配になって電話を入れ、それでも応答がないので何かあったのではと気が気ではなかったらしい。

それもこれも、僕がヒカリに夢中になって携帯を放置していた所為であって、賢からの連絡に気付いたのは、二度寝から目覚めた昼過ぎだった。

夜の内に気付いて「上手くいった」と一言でも返しておけば良かったと後悔したが、それは後の祭り。

ヒカリがシャワーを浴びている間に謝っておこうと電話をかけ、まずは連絡が遅れたことを詫び、粗方の事情を説明して冒頭の言葉に繋がる。

「いやー、ホントにゴメンナサイ」

どうしても声が硬くなるのは、相手の顔が見えないからでもある。

『ふぅ』と電話の向こうでため息をつくのが聞こえた。

ビクッと身構える。

『便りがないのはいい便りって言うから、そっちの可能性を信じてたけどさ。でもやっぱり心配した。前日にあれだけビビって泣きついてきたから、上手くいかなかった時にどう励まそうか真剣に考えたのに』

「賢は最近言うことが古臭いね」

『真剣に考えた・の・に!』

「ハイ!大変申し訳ありませんでした!」

『まあいいさ、上手く行ったなら良かった。詳しくはまた改めて聞くとして…』

どうやらマジ怒りではなかったらしく、いつもの調子に戻った賢にホッとする。

大幅に連絡が遅れたことは、本当に申し訳ないことをしたと思う。

ヒカリに告白された時も然り、その後自分の気持ちを伝えると決めてからも、あれこれと不安に駆られる僕の相談に乗ってくれていたのは彼なのだ。

今度何か奢ろう、と思っているところに、賢のとんでもない発言がぶち込まれた。

『今度トリプルデートするから、来週の日曜は予定空けといてくれ』

「…は?」

何だって?

デート、はいいとして、トリプルって何?

誰と誰と誰と誰と誰と誰?

『行き先は鎌倉の予定だから、八神さんにも伝えておいて。当日は午前10時に鎌倉駅集合』

「ちょっと待って、賢!何でもう決定事項!?しかもトリプルって何?突っ込む隙を与えてください!」

淡々とスケジュールを説明する賢に慌てる僕。

そんな僕の反応を待っていたと言わんばかりに賢は噴き出した。

『あははははっ、京、大成功!』

そして、会話にはいない筈の賢の彼女の名前が飛び出した。

待て、いるのかそこに!?

ハッとして携帯の向こう、賢の声以外の音に耳を澄ます。

と、『でしょー?ざまーミロ!』と楽しそうな京の声が聞こえてきた。

「ちょっ、賢!?」

『あぁ、そうそう、言ってなかったけど京とスカイプ中だったんだ、今』

やられた。もしかしてさっきまでの会話もスピーカーとかにして聞かれていたのでは、と思うと恥ずかしさを禁じえない。

が、さすがにそこまで意地悪ではなかったらしく、賢は『タケルの言った内容は聞こえてないよ』と笑った。

「はぁ、心臓に悪い。で、トリプルって、そっちとこっちのダブルなら分かるけど、もう1組は?」最も気になった事を聞くと、またしても驚かされることになった。

 

 

 

 

後日。

「ねえタケル、トリプルデートは分かったんだけど、どうしてその前に作戦会議が必要なの?」

例のトリプルデートの前日、僕達は一乗寺家に向かっていた。

何でも、明日のデートの作戦会議なんだとかで賢と京に呼び出されたのだ。

「んー、何て言うか、作戦が必要なのは僕達や賢達じゃなくて…」

 

 

 

「あー、どーすりゃいいんだよぉ、なあ賢、タケルぅ!」

作戦会議と称して集まったメンバーの中で、初っ端からテンパってる奴が一名。

「どうって、ただのデートでしょ?鎌倉観光なんだし、名所回ってご飯食べて江ノ島行って…こんな王道なデートコースまで用意してもらって、どうもこうもないじゃん」

「そーじゃねーんだよ!」

賢と京が準備したガイドブックとピックアップしたデートコースをメモした紙を指して答える僕の眼前にテンパった友人が迫る。

その顔を押しやって、僕はため息をついた。

「何で大輔の初デートに僕達が付き合ってあげなきゃなんないのさ」

大輔に彼女ができた、と聞いた時には驚いたけど喜びもした。

けど、それでトリプルデートになる意味が分からない。

大輔にとって初めての彼女で、男女交際のイロハが分からないのは仕方がない。

というか、僕もヒカリが初めての彼女なんですケド。

まあそれはいいとして、恋愛初心者のためにデートプランの相談やお膳立てをするくらいなら協力するのもやぶさかではない。

大輔は大切な仲間であり、友人なのだから尚のこと協力は惜しまないつもりだ。

しかし、記念すべき初デートに他カップルがぞろぞろと、ってどうなんだと思ってしまう。

「まあまあ、タケルだって散々僕達に心配かけたんだから、これくらいしてあげても罰は当たらないって」

あからさまに不満げな僕を、向かいで別のガイドブックを開いていた賢がたしなめる。

京とヒカリの女子二人組はキッチンでおやつ作りに勤しんでいるためこの場にはいない。

頭を抱えてのたうち回っている大輔を尻目に、僕は賢に言い返す。

「でも、大輔の彼女って僕達と面識ないでしょ?せっかくの初デートに知らないメンツでなんて」

「いや、それは大丈夫だよ」

「何で?」

「大輔の彼女は京の友達で僕とも面識があるし、八神さんとは同じ高校で委員会が一緒なんだ」

「まさかの僕だけ初対面?」

「そう」

知らされた事実に少しだけショックを受ける。

ってか、何その繋がり。

それでも、選ばれし子供の仲間である自分達の輪の中に入るのは、中々キツイものがあるのでは、と思ってしまった。すると、それを察したかのように賢が続けた。

「それに、そーゆーのを気にする子じゃないんだ」

「…そうなんだ」

半信半疑で答える。

賢が言うのだからそうなんだろうと思うけど、やっぱり複雑な思いもあった。

他人が、僕達の中に入ってくる。

納得はしても妙な感覚だった。

そして、入ってくる相手のことを考えると少しだけ気の毒に思ってしまう。

「賢、タケル、手はいつ繋ぐんだ!?」

そんなことは微塵も考えていなさそうな大輔の切実な叫びに、僕と賢は口を揃えて「好きにして」と返した。

 

 

 

京とヒカリが揚げたてのドーナツを山のように乗せた皿を持って部屋に戻ってきた。

ペロッと舌を出して「作りすぎちゃった」と笑う京の隣で、申し訳なさそうにしているヒカリ。

部屋の中心にドーナツの山が鎮座し、甘い香りが部屋に充満する。

それぞれにドーナツを齧りながら、明日のプランについての話し合いが進んでいった。

そして、ある程度纏まってくると、やがて話題は大輔の彼女に移った。

「でさ、結局どんな子なの?歳とか性格とか僕何も知らないんだけど」

この中で唯一その彼女と面識が無い僕が大輔に聞くと、何故か答えは京から返ってきた。

「あのね、歳はタケル君達と同じで、性格は明るくてカワイイ子よ。あ、名前は初島ユウキっていうの」

「ユウキ…」

何てタイムリーな名前だ。図らずも大輔が受け継いだ紋章は『勇気』だった。

「高校はヒカリちゃんと同じで、お台場に住んでるのよ。でねでね!」

相変わらずテンションの高い京が、聞いてもいないその初島ユウキとの出会いから語り始める。

そもそもは、京がネットサーフィン中に彼女と知り合い、仲良くなったのが始まりだったそうだ。

よくよく話をしていくと、彼女はかつてディアボロモンとの戦いの時、京同様に応援メールを送った子供の1人であり、またアーマゲモンとの戦いも東京湾で見ていたのだという。

パートナーこそいないということだが、京が選ばれし子供であると知り、更に交流は頻繁になったらしい。

そして、彼女のたっての願いで大輔を紹介することになった、と。

「向こうは大輔のこと知ってたの?」

「そうみたい。というか、小学校は私達と一緒だったんだって。全く覚えてないんだけどね、あははー」

あっけらかんと言い放つ京。

思わぬ所で僕達との共通項が出てきた。

だが、京も言ったが、同じ小学校でも生徒数がかなり多かったため、たとえ同級生でも親しくない子のことまでは覚えていない。

それに、僕にとってあの頃は仲間が全てだったから、余計に記憶には残っていないのだ。

「それで、紹介してから2ヶ月くらいはお友達してたんだっけ?」

「3ヶ月だよ」

「そっかそっか、3ヶ月お友達して、つい先日めでたく彼氏彼女になりました〜って感じ」

何て大雑把な説明だ。

しかも、大輔との馴れ初めよりも、京との出会いの方に重きが置かれていた。

「何はともあれ、ヒカリちゃんもタケル君と紆余曲折を経てくっついたわけだし、大輔にも春が来た!明日は祝いのトリプルデートよ!!」

半分になったドーナツを掲げて高らかに宣言する京。

隣では賢が恥ずかしそうにしている。

というか、紆余曲折とか余計なお世話だけどね。

大輔にもう少し聞きたいことがあったけれど、場の主導権を握る京が僕達にターゲットを変更したため、付き合うまでの事の成り行きを説明する羽目になり、結局その日は満足に大輔の話を聞く事ができなかった。

かろうじて一乗寺家からの帰り道に聞く事ができたのは、告白は大輔からしたということと、彼女はデジタルワールドに興味を持っているということだった。

デジタルワールドに興味がある。

それは、デジモンが関わる事件に関与してきたからなのか、僕の中ではそれが少し引っ掛かった。

 

 

 

その日、僕は久しぶりにデジタルワールドの夢を見た。

心の中に引っ掛かっていた何かが夢を見させたのだろうか。

あの夏に駆けた世界、その世界の縮図でもあった始まりの島、その中央に聳える峻険な山、中腹に建つ場違いな洋館、壁に飾られた天使の絵。

白い翼の天使が、徐々に這い上がる闇に染まり、悪魔の様相を呈した。

音もなく、悪魔が絵画の牢獄から抜け出す。

左右に広げた翼から、天使の名残りが舞い落ちる。

デジタルワールドの夢を見て、泣かずに目を覚ましたのは久々だった。

あの世界の夢はほぼ決まって悪夢だったからだ。

最後に見たのはいつだったか。

もう何年も前のことだ。

何故今になって…。

毛布から抜け出し、カーテンを開けた。外はまだ仄暗く、日の出を待ちわびている。

今でこそ、あの世界を強く求めることも、酷く嫌悪することもなくなった。

それは、あの夏に囚われていた僕を解放したから。

緩やかに、あの世界を懐かしく思い出せるようになっていた。

だというのに、今更僕の中の何が、あの世界を求めたのだろう。

それとも、別の何かが…。

不可解な夢は気になったけれど、僕は誰にも話すつもりはなかった。

あの夢からは嫌なイメージを受けなかったから。

ただ、戦いが終わってからもあの世界の観測を続けている光子郎に、何か異常もしくは変化が見られていないかだけは確認しようと思い、Dターミナルでメールを送っておいた。

その返信は、今日のトリプルデートの待ち合わせ場所である鎌倉駅に着く直前に届いた。

内容は、あの世界に異常は見られていないとのこと。

些細な変化といえば、戦いの後からランダムで開かれるようになったゲートポイントが都心に一つ増えたことくらいで、これは時間をかけてゆっくりと増加傾向にあるということなので心配はないらしい。

何もないならそれでいい。

 

 

 

鎌倉駅で仲間達と合流する。

お台場組と一緒に現れた大輔の彼女は、赤茶色のショートカットに両サイドの一部のみ長く伸ばしたヘアスタイル、目鼻立ちはハッキリとして、特に真ん丸いくりっとした目が印象的な女の子だった。

背格好はヒカリに似ていて、華奢な体と平均的な身長、服装はボーイッシュだが、所々の小物使いがお洒落だ。

なるほど、京が言った「明るくてカワイイ」というイメージは的を射ていた。

そして、初対面の僕に対し「あなたが高石タケルさん!私、初島ユウキといいます。よろしくお願いします」と礼儀正しく挨拶をして握手を求めてくるあたり、社交的で積極的という印象も加わった。

「高石タケルです。大輔や京さんとは小学校からの友達です。こちらこそ、よろしく」

簡単な自己紹介を返し、差し出された手を握った瞬間、僕の中に鮮明なイメージが映画のコマ送りのように浮かび上がる。

直後、光の渦に呑まれるような感覚に襲われ、気がつくと現実に戻っていた。

先ほどのイメージが何だったのか、思い出せない。

一体、あれは…。

「タケル?」

意識を飛ばしかけた所をヒカリの声で呼び戻され、僕は笑って誤魔化し、その手を離した。

眼前の初対面の女の子が不思議そうにこちらを見上げてくる。

彼女の纏う空気が、唐突に色となって一瞬だけ僕の目に映り、そして消えた。

錯覚か?仲間が最初の行き先について話している間に、僕はヒカリにこっそりと耳打ちをする。

「ヒカリ、あの子と学校一緒って言ったよね?」

「そうよ、クラスは違うからあまり話す機会はないけど。委員会でたまに会うくらいかしら」

ヒカリも僕に合わせて小声で返してくる。

僕は少し躊躇ったが、僕以上に敏感に何かを感じてきたヒカリがもしかしたら同じものを感知しているかもしれないと思い尋ねた。

「あの子から何か感じたりした?」

「何かって?」

「えーっと、何かイメージが伝わってきたりとか、空気に色がついたり…とか」

自分で言ってて意味が分からなくなる。

何かと言われてもよく分かっていないので説明のしようがないのが実際の所だ。

取り敢えず、何でも構わないと言うと、ヒカリは首を傾げた。

「特に何も…タケル、何か感じたの?」

「ちょっとね」

上手く説明できないんだけど、と言うと、ヒカリは明らかに不安げな表情をする。

それを見て、僕は慌てて「でもきっと気のせいだよ」と咄嗟にフォローするが、ヒカリの表情は変わらない。

「何かあるなら言ってね。もう1人で抱えるのはナシよ」

やや強い口調が釘をさす。

ヒカリの忠告は、多分彼女自身の教訓だろう。

昔、本当の意味での始まりとなった光ヶ丘爆弾テロ事件と呼称されたデジモンとの出逢い。

あの事件を引き起こしたのは自分の持つ不思議な力だと、ずっと責任を感じて抱え込んでいた彼女だからこそ。

そして、僕には前科があるから。

「ありがとう。別に嫌な感じとかじゃないんだ。少し、何かが引っ掛かってて…」

「そう…もしまた何か感じたようならすぐ言ってね。私も注意してみるから」

「うん、ありがとう」

彼女の気遣いに感謝し、もう一度初島ユウキに視線を移した。

僕等の中に入っても少しも物怖じせず、この場に馴染んでいるようにすら見える。

そういう所は京に似ているのか、でも京とは決定的に何かが違う。

彼女の隣の大輔を見やる。

緊張でガチガチかと思いきや、初島ユウキと話す表情はいつもの大輔だった。

何だ、案外大丈夫そうじゃん。

昨日の様子を見ている限りでは、まともなエスコートができるのかと不安だったが、これなら問題はなさそうだと安心する。

その向かいで会話を先導している京、その隣の賢まで視線を動かして、あっ、と思い立つ。

賢は?賢は彼女から何か感じていないだろうか?

賢もまた、僕達とは違う世界を感じた経験がある。

移動中にでもそっと聞いてみようと思った。

まずは鶴岡八幡宮に参拝するのだ、と今回のプランの立案者である京が意気揚々と先頭をきる。

そういえば、何故に鎌倉なのか、という疑問を昨日の会議で聞いたとき、「時代は鎌倉よ!」という京の訳のわからない説明に首を傾げた僕に、少々呆れ顔の賢がこっそり耳打ちで理由を教えてくれた。

何やら最近観に行った映画の影響で、絶賛鎌倉ブームなんだとか。

大輔のデートの応援だとか言っておいて、本当は自分が行きたかっただけなのでは、と思ったが口には出さなかった。

丸めたガイドブックを振りかざして先頭を歩く京のすぐ後ろを賢、本日の主役であるはずの大輔&ユウキカップル、僕とヒカリの順に続く。

この配置だと賢と話すのは難しかったが、隊列はすぐに乱れた。

道の両脇に立ち並ぶ店に目移りする女子チームが、雑貨屋だお土産屋だと2軒と空けずに寄り道を始めたが最後、もはや男子は置いてきぼりだ。

僕にとっては好都合だったけど。

さして興味のない雑貨屋に引っ張り込まれ、女三人が二階のフロアに姿を消した後、僕は入り口付近で暇を潰している賢に寄って行って話を振った。

「賢、あの子のことなんだけど」

「初島さん?」

「うん、あの子に初めて会ったのっていつ?」

「え?そうだな、京から紹介されたのは半年くらい前かな。僕にどうしても会いたいっていう子がいるんだって言われて」

ガヤガヤと団体客が入ってくるのと入れ違いに店を出て、邪魔にならない場所に移動する。

賢の言葉を聞いて、昨日から引っ掛かっている何かが少しだけ輪郭を持ち始めたのを感じた。

「大輔より先に紹介されたの?」

「まあ、本当は大輔も一緒の予定だったんだけど、その頃は大輔、部活で忙しかったから」

「そうなんだ…」

「どうかしたのか?」

「いや……賢はさ、あの子から何か感じなかった?」

「タケル?」

僕の不可解な質問に、賢が怪訝そうな顔をする。

僕しか感じていないのか、もしくは白昼夢か。

一瞬過ぎった考えを、次の賢の言葉が打ち消した。

「君も、感じたのか?」

「!?」

僕は目を瞠った。

賢は先ほどまでの怪訝そうな顔を取り去って、酷く真剣な表情を浮かべている。

「最初に会った時、さっきのタケルの時みたいに握手を求められたんだ。彼女と握手した瞬間、何かが見えた。何だったかは覚えていないけど」

全く同じだった。

「僕も同じ…何かのイメージが見えて、光に飲み込まれたらそのイメージは消えてて。その後に、あの子の周りの空気に色がついたみたいに見えたんだ」

「色か…僕は音が聞こえた。乾いた木がぶつかるような感じの音が微かに」

「音…」

色と音。

それが何を意味するのか、まだ全くの未知だ。

最初に見えたイメージが何なのか思い出せれば、何か分かるのだろうか。

不可解な現象、心に引っ掛かって取れない違和感、やはり不快な感じはしないけれど、凄く気になる。

「その後また何か聞こえたり見えたりはしなかった?」

「いや、最初の一回だけだ。だから気のせいだったのかもしれないと思っていたんだけど」

僕が同じような体験をしたことで、思い過ごしや気のせいでは済まなくなった。

初島ユウキ。

彼女は一体何者なのか、そしてこの現象は僕達だけなのか、新たな疑念が生まれる。

賢曰く、京は特に何も感じなかったとのことだ。

まあ、何となく分かるけど。

僕は、ヒカリもまた特別何かを感じた訳ではないことを告げる。

賢は「そうか…」と少し顔を顰めた。

それは多分、僕と同じようにヒカリが不思議な力を持っていることを身に染みて感じたことがあるからだろう。

その彼女が何も感じない。

にもかかわらず、僕達だけに見えたり聞こえたりしていることが、更に疑念を深める。

するとそこへ、店の中で団体客に揉みくちゃにされて逃げ出してきた大輔がやってきた。

「あー、参ったぁ。おばちゃん達の力ハンパねー」

げっそりした様子の大輔に、ちょっと同情する。

女の子達はまだ降りてきていない。

僕は賢に目配せすると、賢は小さく首を振った。

うわ、もしかして通じた?

賢の反応に、ちょっと驚きつつも、内心で喜ぶ自分がいる。

「大輔には聞いた?」という無言のメッセージ。予想通り、賢は大輔には聞いてない。

僕は大輔を手招きし、「ちょっと質問」と切り出した。

「なんだよ?」

「あのさ、大輔の彼女」

「ん?初島がなんだよ?」

苗字で呼んでるんだね、まだ名前では呼べないのかな、なんて微笑ましい感想は横に置いといて、今は本題。

「その初島さんと会った時さ、何か感じなかった?」

「あ?何かってなんだよ」

やっぱストレートに聞かないと通じないか。

「例えば、何かのイメージみたいなものが頭の中に浮かんだり、その後に不思議な色を見たとか音を聞いたとか」

「イメージ?色?音?」

僕達が体験したものを言葉にするが、やはり抽象的すぎて大輔には伝わらない。

「んー、初島さんの周りにふわーって色のついたオーラみたいなのが見えたり、乾いた木がぶつかるような音が聞こえたりってことなかった?」

「はぁ?」

ダメか。今できる最大限の具体的な説明は功を成さず、ちょっと肩を落とす。

と、それを見兼ねた賢が助け舟を出した。

「大輔、前に初島さんのこと「笑いながら泣いてる奴」って言ってただろ?あれって何でそう思ったんだ?」

笑いながら泣く?その言葉は気になる。

表面的には笑っていても、心では泣いているということなのか。

そんな苦しい状態を、僕は身を持って経験した。

まさか彼女も?あくまで憶測の域を出ないため、大輔の返答が待たれる。

当の大輔は、斜め上に視線を向けて思い出すように話し始めた。

「ああ、あれか。あれは何ていうか、初島はちゃんとそこにいて笑ってんだけど、あいつはあいつじゃない何かを背負わされて泣いてるように見えたんだ」

「初島さんじゃない何か?」

「それが何かははっきり分かんねぇけど、そんな気がした。初島はさ、明るいし素直だし、時々間抜けだけど、いつも自分じゃない何かのために頑張っててさ、見てらんねぇ時があんだよ」

滅多に見ない大輔の真剣な眼差し。

またこいつは誰かを救おうとしているんだと思うのと同時に、初島ユウキは僕の予想とは異なるものを抱えているということに気付いた。

彼女は、僕や賢がそうであったように、自分の中に抱えきれないものを閉じ込めて苦しんでいる訳じゃない。

もっと違う、自分以外の何かを背負いこんで苦しんでいるんだ。

大輔は理屈ではなくそれに気付いた。そして初島ユウキも恐らく、そんな大輔の本質に意識的か無意識かは別にしても気付いたからこそ惹かれたんだ。

僕や賢が大輔に惹かれたのと同じように。

「俺、あいつに何も気にしないで笑って欲しいんだ。そんで、その顔を一番近くで見たい」

贅沢だろ?と惚気る大輔は、悔しいけど男前だった。

「言うねぇ、大輔。そんだけカッコよく言い切る割には、昨日からテンパったりしてたけど」

「う、うるせぇな!」

昨日の見事なテンパりっぷりを僕に指摘され、大輔が顔を赤くして怒鳴る。

いつもの調子になった所で、二階から女の子達が戻ってきた。

「あ、ねぇ賢、これどうかな?」

賢を見つけた京が真っ先に駆け寄ってきて、この雑貨屋で購入したのであろう、ちりめんの眼鏡ケースを見せながら尋ねている。

その後ろから、ヒカリと初島ユウキがやってきて、何やらお互いに購入した雑貨を見せ合っていた。

ふと顔を上げた初島ユウキと目が合う。

真ん丸い目が細められ、ニッコリと笑った。

その瞬間、またあの色が彼女の周囲の空気を染めてすぐに消えた。

ハッとする横で、賢の表情が変わったのを感じる。

まさかと思って隣を見ると、どうやらドンピシャだったらしい。

聞こえた。

そう賢の表情が言っていた。

ほんの一瞬。

ヒカリが気付いた様子はなく、大輔もまた平常通りに見えた。

 

 

何なんだ?

 

 

そに疑念は晴れないまま鎌倉観光は進む。

昼食は行く先々の店で目についた食べ物を買って食べ歩いた。

シラスほっとサンド、串焼き、クレープ等。

鶴岡八幡宮は各々のカップルで好きな順路を巡った。

参道を歩く間、ヒカリと話をしながら僕の頭の中を巡っていたのは初島ユウキのことだった。

そして、参拝を終えて皆と合流する時、もう一つ心に引っ掛かっていたことが、にわかに頭を占拠しはじめた。

 

 

少し日の傾いた空を背景にした江ノ島が対岸に浮かぶ。

まだまだ元気が有り余る大輔、京、初島ユウキが浜辺で波と戯れていた。

賢と僕、そしてヒカリはそれを眺めている。

やがて、初島ユウキが波から上がってこちらにやってくると、ヒカリに交代を要請した。

ヒカリはにこやかにそれを受けて、大輔と京の待つ波打ち際に走っていった。

今日初めてのスリーショットができあがる。

僕は弾んでいた息を整えた初島ユウキを視界に収め、目を細めてみるが、あの時のような色は見えない。

すると、初島ユウキがそに視線に気付いたのか、こちらを振り返った。

「何かついてますか?私」

「えっ、いや、そんなことないよ。大輔の彼女にしてはカワイイなぁって思って」

「そんなことないですよ。むしろ、私に大輔君は勿体無いくらいなんですからぁ」

慌てて誤魔化そうとして言ったのだが、あまりに素直で謙虚な答えにちょっと驚く。

と、初島ユウキはペロっと舌を出して「なーんて、彼には言ってないんですけどね」と悪戯っぽく笑った。

こうして見ると、普通の明るい女の子だ。

けど、何か引っかかる。

それまで黙っていた賢が口を開く。

「初島さん。初島さんは、何で京に僕や大輔を紹介してくれって頼んだんだい?」

「それは…」

「デジタルワールドに興味があるっていうのと、何か関係がある?」

賢の質問は、きっと僕の引っ掛かりと重なるものがある感じた僕は、初島ユウキの答えを待たずに畳み掛けた。

初島ユウキは僕達二人の顔を交互に見て、それから波打ち際の大輔を見て、「会わなきゃいけないって思ったんです」と答えた。

「1999年の夏、私は初めてデジタルワールドの存在を知りました。空に浮かんだ逆さまの世界。その次の年のディアボロモンのサイバーテロ。2002年の世界を巻き込んだデジモン騒ぎ。また立て続けに起きた東京でのアーマゲモンの事件。どれにも遭遇したのはきっと私だけじゃないけど、私が遭遇したのには意味があるって思っていたんです。大輔君達みたいに選ばれたわけじゃないけど、あの世界にずっと呼ばれている気がして」

「呼ばれている?」

反応したのは賢だ。

僕も少なからず目の色を変えた。

「はい。初めてあの世界を見た時、私は自分でも気付かない内にめい一杯手を伸ばしていました。必死に爪先立ちして背伸びして、届かない世界に向かって手を広げて。その後も、あの世界を感じるたびに手を伸ばし続けて、でも届かなくて。そんな時に京と知り合って、あの世界について色々話を聞いたんです。それで、あの東京湾でアーマゲモンを倒したデジモンのパートナーが京の仲間だって知って、何でか会わなきゃいけないって思ったんです」

「会ってみて、どうだったの?」

何かに突き動かされるように僕達の前に現れた初島ユウキは、大輔と賢と会って何を得たのだろうか。

僕の質問に、初島ユウキはパアッと顔を輝かせた。

「良かったです!私、大輔君に会えて凄く良かったって思います!」

キラキラと語る横顔はいつのまにか恋する乙女だった。

「そ、それだけ?」

少し脱力したような賢の声。

激しく同意見だ。

初島ユウキは「いいえ、もっといろいろあります!」と力強く大輔の良さを並べ立て始める。

そうじゃない、と思いつつも、止められない男二人。

しかし、彼女が最後に言った言葉とその表情だけは、僕達二人の中に強く残った。

 

 

「大輔君は手を差し伸べた相手を絶対に離さないで力強く引っ張ってくれる。私はずっと、そんな彼を探して、そして見つけたんです」

 

 

大輔は無意識の内に誰かに手を差し伸べ、救っていく。

それは彼の持って生まれた本質だ。

誰かを思う強い気持ちや人の痛みを真正直に受け止める情の厚さ、真っ直ぐで偽りのない性格は淀みなく誰かを導き、時には背中を押す。

彼が受け継いだ紋章の『友情』、『勇気』、そして恐らく彼の本当の紋章である『奇跡』。

僕や賢も、彼の友情に心を開き、彼に勇気を貰って歩き出し、彼の奇跡に救われた。

 

 

 

初島ユウキは、奇跡を探していたんだ。

彼女が背負う何かのために。

そしてその何かは、徐々に僕達の前にその全貌を現し始める。

 

 

 




少し長めですが、新しいオリジナルキャラも登場して、次の展開に移行します。

読んで頂き、ありがとうございました。






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