デジモンアドベンチャー それぞれの物語(タケル編)   作:アキレス腱
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第16話 〜不安〜

 

 

夜、賢の家に辿り着く頃には、僕はずぶ濡れになっていた。

愛用の鞄が防水性で良かったと、この時ばかりは思った。

出迎えてくれた賢に思いっきり顔を顰められ、「バカ」と一言叱られた。

シャワーを借りた後で賢の部屋に行くと、パソコンに向かう京と電話をしている賢がいた。

僕が戻ってきたことに気付くと、京は片手を上げ、賢は「座っていて」と合図をして電話相手と話を続ける。

借りたタオルで髪を拭きながら携帯を開くと、案の定ヒカリからの着信履歴があった。

京からメールの確認がいって、それで電話をかけてきたのだろう。

すぐ返さないとと思ったけれど、持ち上げようとした腕がだるくて、そのまま腰を下ろして携帯を鞄に放った。

「…はい、分かりました。メールは全てそちらに転送しておきます……はい、よろしくお願いします」

電話をする賢の声が聞こえる。

その向こうで、京のタイピング音がする。

この部屋は暖かくて、さっきまでいた世界とは別物みたいに思えた。

電話を切った賢が京に何か話し掛け、京がそれに答えて作業を再開する。

いいコンビだよね、相変わらず。

沈んだ思考でもそう思えるくらい、二人のやり取りは自然だった。

やがて、賢が僕の前に腰を下ろした。頭に引っ掛けてあったタオルをのそりと首に落とし、僕はさっき放り投げた携帯を拾って、例のメールを開いて渡した。

「これか…僕達のと同じアドレスからだな。ただ本文の文字はバラバラ」

「そうなんだ…他はどうだって?」

「今の所、このアドレスからメールが届いたのは僕達と八神さんの四人だけだ。光子郎さんには今話をして、全部のメールを転送して調べてもらうことになった」

ヒカリにも届いていたのか。

益々、電話を返してやらなきゃと思う反面、怖くなった。

自然と厳しい眼差しになる僕に、賢は「まだ判断材料が少な過ぎるから、あまり考えすぎるな」と告げる。

分かってるけど、一度揺らいだ心は中々鎮まらない。

それに、夢のこともある。

「賢と京さんのとこには何て文字が送られてきた?」

「僕が『べ』、京が『の』、八神さんが『て』。全部平仮名一文字だ。それと、送られてきた時間はほぼ同時刻だけど、受信した時間で言うとタケル、僕、八神さん、京の順かな」

「何かのメッセージってこと?」

「そう考えるのが妥当だろうね。単純に受信した順に並べただけでも『すべての』って言葉になる」

「すべての…」

「こーんないかにも続きがありますってメッセージ、まだこれからメールが送られてくる可能性は大いにあるわね」

パソコンでの作業を終えたのか、京がクルリと椅子を回して振り返って言った。確かにその通りだ。誰が何の為にこんなものを送りつけたのかは分からないが、僕達に何かを伝えようとしている。

敵か、味方か。

いずれにせよ、先程賢が言ったように判断材料が少ないために何も動きは取れない。

「とにかく、泉先輩の解析を待ちましょ。全てはそれからよ」

昔よりもずっと年長者らしい雰囲気になった京は、それでも変わらない言い回しで静かに正論を紡ぐ。

主に僕に向けられた言葉に黙って頷いた。

ただ、一つだけ言っておかなければならないことがある、と僕は二人に切り出した。

「一月くらい前から、デジタルワールドの夢を見るんだ。それまではもう何年も見てなかったのに。最近はもう毎日」

「夢…」

そのワードに賢が僅かに反応する。

僕は構わず続けた。

見た夢の内容、音がないことや、人もデジモンも出てこないこと、不快な感じは受けないこと、目覚めは決まって夜明け前だということ。

そして、今回のメールの一件と無関係とは思えないということも。

僕の話を聞き終えた二人は、まず京が賢に目配せし、賢もそれを受けて頷く。

何の合図なのかと疑問に思っていると、賢が「実は…」と驚きの事実を語った。

「僕も最近になってデジタルワールドの夢を見るようになったんだ」

「!?」

驚きを隠せなかった。

まさか、賢もだなんて。

「僕の夢は砂漠か海が殆どで、誰も出てこないことや不快な感じがしないのはタケルの夢と同じだけど、少し違うのは音はあるけど色が無い。灰色なんだ、全部」

「色…僕の夢には色があった。かわりに音が無い…自分の足音すらも」

「そうか…」

「何か妙な感じね。同じデジタルワールドの夢で、賢の夢にないものがタケル君の夢にあって、タケル君の夢にないものが賢の夢にはある。しかも二人とも夢を見出したのはつい最近…」

京が腕を組んで思案顔をする。

共通点と相違点。

何だろう、引っ掛かる。

色と音。

僕達はつい最近もそんな話を…。

 

 

「初島ユウキ」

 

 

導き出されたのは、一月前に一緒に鎌倉に行った大輔の彼女。

僕が呟いた名前に察しの良い賢は気付き、京はクエスチョンマークを掲げた。

「確かに、彼女に接した時、僕は音を聞いて、タケルは色を見た。でも、それだけじゃ…」

「それだけじゃない。彼女はデジタルワールドに呼ばれている気がするって言った。僕達、いや大輔に会わなきゃいけないと思ったって!」

「でもそれだけだよ、タケル」

強く言い切る口調と鋭い眼光を見せた賢に、僕はぐっと言葉を詰まらせた。

京がはらはらとした様子で成り行きを見守っている。

「もしかしたら、何かあるのかもしれない。でも、彼女に関しても圧倒的に情報が足りない。今下手に憶測して決めつけてしまうのは早計だ。それに…」

賢は隣の京を気遣わしげに見やり、それで僕はハッとして自分の軽率さに奥歯を噛んだ。

京と初島ユウキは友達で、しかも大輔の彼女だというのに。

僕はまた、自分のことばかりだ。

分からないことが多すぎて、何一つ繋がっているという確たる証拠はないのに、全てが繋がっているような気がして、気持ちばかりが焦る。

情けない。

「ごめん」と詰まった喉から押し出した。

「いや、気持ちは分かるよ。でも今は落ち着こう。僕達の夢のことは光子郎さんに伝えておく。それと、初島さんのこともね」

こんな時、賢の優しさや冷静さは泣きたいくらいに嬉しくて、頼もしかった。

「あのぉ…」

事の流れを見守っていた京が、居心地の悪い中で発言権を求めて遠慮がちに挙手をした。

「ユウキに話、聞いた方がいい、かな?」

あまり気が進まないと顔に書いてあったが、それでも進言してくれたのは京なりの気遣いだろう。

賢は「京の気持ちは嬉しいけど、急ぎ過ぎは禁物。それに、京が無理することない」と優しく彼女を諭した。

京はホッとしたように、でも申し訳なさそうに頷いている。

それを見て、ヒカリのことが頭をよぎった。

ヒカリも、あの不可解なメールと意味深なアドレスに、不安を感じているかもしれない。

電話をして話をしなくちゃ、話をして不安があるなら、何か言葉をかけて安心させてあげたい。

でも、今はそれができる自信がなかった。

話をしたら、僕の方が彼女に甘えてしまいそうだ。

 

 

 

京を送るために賢が部屋を出て行って、10分ほど経っただろうか。

賢の母親が用意してくれた布団には入らず、掃き出し窓に張り付いて、雨が降り続く外を眺めていた。

まだヒカリに連絡はしていない、いや、正確にはできていない。

メールですら返事ができず、何度も携帯を開けては閉じ、開けては閉じてを繰り返していた。

また、パチンと音を立てて携帯を閉じる。

そして今度は開かず、握りしめて膝を抱えた。

何でも言うと約束したのに、もう抱え込まないと言ったのに、何をしているんだろう。

夢のことも、ずっと先送りにしてきた所為で何て弁解すればいいのか分からない。

急に何もかも上手くいかなくなる。

得体の知れない不安を前に、何かを失う予感ばかりが色濃くなっていく。

嫌だな、この感じ。

膝に顔を埋めて目を閉じた。

このまま賢が帰ってくるまで何も考えたくない。

そう思った時、手の中で携帯が振動する。

もしかしてヒカリか、と顔を上げると、意外な人物からの着信だった。

携帯を開いて通話ボタンを押す。

「…もしもし」

『高石君、水崎だけど』

「うん…どうしたの?何かあった?」

マコトが電話を掛けてくるのは元旦以来で、また何かあったのではと思わずにはいられなかった。

余裕があろうがなかろうが、今度こそマコトの力になれる機会を失うわけにはいかない。

その一心で平静を装ったが、それはすぐに杞憂に終わる。

『あ、特にそういうんじゃないの。ちょっと報せとこうと思ったことがあっただけで…』

「そうなんだ、報せとくことって何?」

『うん。三月に軽音楽部の三年生の卒業ライブがあるんだけど、私もそこで1曲だけ歌うの。だから、もし良かったらと思って』

マコトの声が、酷く遠い日常を語るように響いて切なくなる。そこに帰りたい、帰りたいのに。

「へぇ、凄いね。行くよ、行きたい」

上滑りする自分の声。マコトに気付かれるかもしれない。

『…じゃあ、詳しい日程とかメールで送っとく』

「うん、お願い」。

用件が済んでしまう。

マコトとの電話が終わってしまう。

僕と日常を繋いでいるのは、今のこのマコトとの電話のような気がして、切らないでと声には出さずに叫んだ。

『それじゃあ…』

「っ水崎さん」

思わず引き止めて、でもそれでどうするんだとすぐに考え直して、唇を噛んだ。

逃避だろ、これは。

『どうしたの?』

「……ううん、何でも、ない」

マコトはあの世界に何の関わりもない。

何を話してもきっと不可解なだけだ。

マコトはそれでも聞いてくれるだろうけど、何か話して巻き込んでしまうのが恐かった。

マコトはこの世界で、日常の中にいて欲しい。

『高石君?』

「ごめん、本当に何でもないんだ。ちょっと雨だから湿っぽくなってるだけ」

『そう…じゃあまた学校でね』

「うん、またね」

そうしてマコトとの電話が終わった。

じきに来月のライブの詳細がメールで送られてくるだろう。

きっと僕と日常を繋いでくれる。

祈るように項垂れた。

そこへ京を送って行った賢が戻ってきた。

僕の消耗した様子を見て、優しい友人はそっと近づき、僕の肩に手を添えた。

「まだ、悪い方に転がるって決まったわけじゃない」

「…うん」

「タケルが一人で抱え込むことでもないよ」

「……うん、ありがとう」

そう、僕には仲間がいる。

辛い時、苦しい時に頼ることができる仲間。

仲間、だけど…。

「賢…僕、ヒカリに…言わなきゃいけないのは分かってるのに」

夢のことも、この不安も。

けど、それを恐がっている。

いつかは知れるし、このまま僕が話さなくてもいずれ仲間の口からヒカリに伝わる。

そうなったらヒカリは怒るだろう。

何故言ってくれなかったのか、と。

「ダメだよね、こんなの」

「どうしてそう思う?」

「だって、彼女なのに…仲間なのにさ」

「彼女、だから躊躇うこともあるんじゃないのか?」

賢が隣に腰を下ろす。

僕は黙ったまま次の言葉を待った。

「色んなことがまだはっきりと分かったわけじゃない曖昧な状況で、危険があるかもしれない予感だけがある。そんな得体の知れないものに、たとえ仲間だとしても大切な人を巻き込みたくないと思うのは、自然なことだよ」

賢も同じなんだと感じた。

僕と同じように事の予兆を夢に見た賢も、不安の前に心の中で京を心配している。

それでもメールを受け取ってしまった以上、京も既に当事者だ。

彼女の意思を無視して蚊帳の外に、なんて横暴なことは出来るはずがないし、京はきっとさせてくれない。

彼女はかつて闇の海に迷い込んだ賢とヒカリを繋ぎ止めた。

どうしようもなく闇に引き摺られてしまう性質の賢を、京は決して一人にしない。

ある意味、大輔に似た鈍感さで賢をこの世界に繋いで、時に強引とも思えるほどのパワーで引きずり戻しもする。そう、京はそういう女。

でも、ヒカリは…。

「恐いんだ。ヒカリがこのことに関わって、またどこかに連れて行かれたらと思うと。ヒカリは僕達よりもたくさんの声を聴いて、何かを感じる力がある。もし万が一彼女が呼ばれてしまったら、僕には連れ戻せないんじゃないかって…っ」

「タケル…」

僕は大輔や京とは違う。

手を伸ばしてたとえ届いたとしても、ちゃんと帰って来れる自信がない。

僕まで引き摺られたらと思うと心が底冷えする。

「ヒカリを失いたくない」

小さな子供みたいな我儘を、賢は叱責するだろうか。

しかし、賢はどこまでも優しかった。

「タケル、もし何かがあって八神さんが違う世界に引っ張られたとしても、皆がいる。一人じゃできないことはたくさんある。それは僕も、大輔や京だって同じだ。だけど、皆がいればできることもあるから…だから、もしそんなことになったら、僕達皆で連れ戻そう」

まるで映画のヒーローみたいな台詞だ。

でも…

「…賢が言うと説得力あるなぁ」

噛み締めた奥歯を緩めて、情けなくだけど笑った。

賢は少し安心したような顔を見せた後、首を傾げて「そうかな?大輔の方が言いそうな気がするけど」と言ってみせる。

「大輔のは説得力とかじゃないから、ただの根拠のない自信だから」

「言えてる」

軽口を叩く元気は戻ってきた。

賢には感謝の言葉もない。

この調子だと、僕は賢に頭が上がらなくなりそうだ。

 

 

 




そう簡単に人は変われないのだと思います。
抱え込む性質は健在です。

読んで頂き、ありがとうございました。



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