デジモンアドベンチャー それぞれの物語(タケル編)   作:アキレス腱
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第18話 〜異変〜

 

 

「結論から言って、彼女は今回の件に関係していると思う」

「決め手は?」

きっぱりと結論から述べた賢に対し、自分はコレといった決定打が見当たらなかった、と話す京の疑問は最もだった。

なにせ僕達の返答はひどく頼りないものだから。

「残念ながらこれといった根拠は示せない。申し訳ないけど、僕とタケルがそう感じた、としか言えない」

「何だよそれ」

不服そうな大輔の発言を受け止めて、賢はそれでも冷静に対処する。

「あくまで可能性としてなら、彼女がデジタルワールド関連の事件に僅かながらでも漏れなく関わっていること、彼女に出会ってから僕とタケルがデジタルワールドの夢を見るようになったこと、彼女がデジタルワールドに強い関心を持っていること、例のメールのメッセージと彼女が口にした祖母の口癖の冒頭が一致していること、加えて…僕とタケルが彼女から感じている妙な色と音の現象」

「全部こじつけって言ってもいいレベルじゃねーか!」

「そうかもしれない。でも、そう思ってしまったんだ。僕だけなら思い込みや勘違いで済ませたい所だけど、そうじゃない」

「タケルもかよ?」

大輔がジロリとこちらを見た。

大輔の気持ちを考えると心苦しかったけれど、こればかりは嘘をついても仕方がなかった。

「…うん」

頷くと同時に、大輔がバンと床を殴りつけた。

ビクッと驚く京とヒカリを他所に、大輔は珍しく怒気を孕んだ声を出す。

「何かさ、お前ら揃ってユウキを悪者扱いしてるみたいに聞こえんだよっ」

「そんつもりじゃないよ」

「じゃあどんなつもりだよ!?」

否定した僕の襟首を掴み上げ、大輔が怒鳴る。

ヒカリが慌てて「大輔君、やめて!」と止めに入るが、僕はそれを手で押しとどめ、眼前に迫る大輔を見つめた。

彼がこうして本気で怒るのは珍しい。

珍しいからこそ、それだけ初島ユウキを大切にしていることが伺える。

「大輔、初島さんはもしかしたらヒカリのように何か不思議な力を持っているのかもしれない。ヒカリと同じではないにしても、あの世界に呼ばれている気がするって言ったんだ」

「だから何だよ」

「だから、確かめたいんだ。彼女をデジタルワールドに連れて行こう」

「!?」

僕の発言に、その場の誰もが驚いた。

でも、これが僕の考えだ。

初島ユウキの家で、彼女に言おうか言わまいか迷った考えだった。

ただ、デジタルワールドに行くのは独断で決められることではなく、仲間の協力が必要になる。

だから、皆に話そうと思ったのだ。

「不可解なことが続いて、初島さんに失礼な態度や騙すようなことをしてしまったのは謝るよ。不安だったなんて言い訳にはならないから。でも、曖昧なままじゃ疑念も晴れない」

「今、全てを繋いでいるのはデジタルワールド…だからそこに彼女を連れて行く?」

僕の言葉を紐解くように賢が問いかけ、僕は頷いた。大輔は少しだけ力を緩めて考え込む。ヒカリは複雑そうに顔を顰め、京もまた難しそうな顔をしていた。

「連れてって、危なくねーのかな…」

大輔がボソリと呟く。

大輔も同じだと思った。

大切な人が心配で、巻き込みたくなくて、それでも部外者でいられないその人を案じて不安になる。

皆同じだ。

だから、賢が僕に言ってくれたように、僕も大輔に言った。

「危なくないかもしれないし、危ないかもしれない。もし危なくなったら、皆で初島さんを守ろう」

僕の言葉にどれだけの説得力があるかは分からないけれど、大輔が皆を勇気付けてくれたように、賢が僕を励ましてくれたように、大輔の力になりたかった。

僕の言葉を聞いた大輔は、少しだけ驚いた顔をして、その後にいつもの彼らしく笑った。

「そうだよな、何かあっても俺たちで守ってやればいいんだ!そう考えれば、ユウキは行きたかったデジタルワールドに行けるんだし、悪いことばっかじゃねぇよな!」

ポジティブシンキング万歳だ。

こういう立ち直りの早さは本当に見習いたい。

にわかに明るいムードが戻ってくるが、冷静な年長者の一言が場を静める。

「ちょっと待って、選ばれし子供でもないユウキをどうやってデジタルワールドに連れて行くつもり?」

「どうって、俺たちと一緒なら行けんだろ?」

「そんな簡単じゃないわよ。私達はD3があるからどのパソコンからでもゲートを開いて自由に行き来できるけど、デジヴァイスを持たないユウキを連れて行くには、ちゃんとゲートポイントからゲートを開く必要があるわ」

「じゃあゲートポイントから開けばいいだろ?」

「だーかーらー」

どこまでも能天気な大輔に、京が苛立つ様子を見せる。

賢がそんな京を諌めて、続きの説明を引き受けた。

「ゲートポイントからゲートを開くのは、D3でパソコンにゲートを開くのとは訳が違うんだ。ちゃんとした手順を踏まなくちゃならないし、道具もいる。それに、ゲートの状態を把握して、安定した時を見計らって開かないと、位相のズレに巻き込まれる可能性があるんだ」

「マジかよ!?」

「デジヴァイスって本当によくできてるのね」

賢の説明に驚く大輔と、改めて自分達の持つデジヴァイスというアイテムがいかに特別なものであるかに感心するヒカリ。

デジヴァイスは進化をコントロールするだけでなく、両世界を繋ぐ扉の鍵としての機能を持ち、僕達の戦いにおいても非常に重要な役割を果たしていたし、デジヴァイスとパートナーを持っていることが、選ばれし子供の証明でもあった。

「初島さんをデジタルワールドに連れて行くには光子郎さんの協力が不可欠だ」

「そうね、ゲートを観測、管理してくれているのは泉先輩だもの。まずは泉先輩に相談しましょ」

こうして今後の方向性が定まり、まずはブレーンに相談することになった。

光子郎の所には、明日にでも報告に行くことになり、その日はそのまま解散となった。

 

 

 

「タケル、初島さんを巻き込むかもしれないって思った時、不安だった?」

帰り道でヒカリにそう聞かれ、僕は「そうだね」と答える。

でもきっと大輔の方が不安だったと思う、と続けると、ヒカリは更に質問を重ねた。

「じゃあ、私が今回のことに関わるのは?」

そう聞かれ、僕は思わず歩みを止める。

一歩先を行ったヒカリが振り返り、真っ直ぐに僕を見た。

それはあのメールが届いてからずっと心にあること。

ヒカリが関わった先でもし何かに呼ばれたら、僕の手が届かない所へ言ってしまったら、失ってしまうかもしれない不安と恐怖は未だに心の底で渦を巻いていた。

それだけじゃない、あの世界にヒカリを関わらせることのリスクは他にもある。

あまりに大きく、多くのものから彼女を守らなくてはならないのに…。

ヒカリが答えを待っている。

もう誤魔化さないでくれと、その目は言っていた。

「僕の中の一番の不安要素は、いつだってヒカリだよ」

弱々しく吐き出す本音。

言ってしまえばみっともなくヒカリに甘えてしまうと分かっていたから黙っていたけど、もはや彼女がそれを許してくれそうにない。

「メールのことも夢のことも、何か話せば、僕なんかよりヒカリが得体の知れない何かに引き寄せられて行くんじゃないかって怖かった。だってヒカリはそういう力の所為で苦しんできたし、それに…もし何かに引っ張られた時、僕じゃヒカリを助けてあげられないかもしれないって」

賢にも言ったことだった。

賢は1人ではないと励ましてくれたけど、僕も大輔に同じことを言ったけれど、やっぱり無力感は否めなかった。

ヒカリに大丈夫だと言って安心させてあげなきゃと考えていたのに、結局このザマか。

僕は自嘲的に笑った。

黙って僕の言葉を聞いていたヒカリは、どこか寂しげに問う。

「タケルは誰も救えないって思ってるの?」

「救えっこないよ、僕には何の力もない。大輔や京さんや、ましてやヒカリみたいな力は僕には無いんだから」

違う、こんなことが言いたいわけじゃない。何でヒカリに言ってやりたい言葉の一つも出てこない。言わなきゃならなかったことも言えず、言ってやりたいことも言えず、もはやヒカリの顔など見れなかった。

足元の地面に伸びる二つの影は動かない。

視界の外からヒカリの少し硬い声が響く。

「力って…タケルの言う力は、何?闇の声を聞くこと?聴こえないものを聴くこと?奇跡を起こすこと?」

「それは…」

「そういう力が欲しいの?」

ヒカリの声に震えが混ざる。

僕はハッとして顔を上げ、彼女の頬を涙が伝うのを見て後悔した。

何やってるんだ、僕は。

ヒカリがそういう力に苦しんできたって分かっていたはずなのに、自分でも言ったばかりだったのに、その舌の根も乾かぬ内に何を言ってしまったんだろう。

それに、その力が今でもヒカリを縛り付けていることだって、僕は知っているのに…。

「ヒカリ、僕はっ」

慌てて弁解しようと口を開くが、「聞きたくない」と遮られてしまった。

ヒカリは拭っても溢れ出る涙を晒したまま僕を見る。

その唇が動くのが恐かった。

何を言われるのか、自分を責めるのか、嘆くのか、どちらにせよこの状況で彼女が向けるであろう感情はネガティブなものであるに違いなかった。

自分が悪いのだから受け止めなければと思う反面、もしヒカリが離れていってしまったらと思うと胸が締め付けられる。ヒカリの唇が動く。

聞きたくないのは僕も同じだ。

目眩がしそうな視界の中でそう思った。

「この力は望んで得たものじゃないわ。それは私達が選ばれたのもそう。タケルもそれが分かってるから、初島さんにああ言ったんでしょう?」

 

 

『僕達みたいになりたいってこと?』

 

 

「それなのに…力ってそんなに大事?それがなきゃ誰も救えないの?守れないの?じゃあ何のために皆で一緒にいるの?どうして大輔君に皆で守ろうなんて言ったの?おかしいよ、タケル。言ってることが全然違うじゃない!」

全くその通りだ。

ぼんやりと霞んでいく思考でヒカリの言葉を聞いていた。

言い返すこともできない、弁解もできない、泣いているヒカリを慰めることもできない。

頭が痛い。

謝らなきゃ、早く、ヒカリに…。

ぐるぐると頭をもたげる感情から抜け出そうとした時だった。

急激に視界がブラックアウトして平衡感覚を失い、次に強い衝撃が全身を襲った。

ヒカリが僕の名前を呼んでいた気がしたけど、僕は答えてあげられなかったと思う。

どこかに引き込まれるような感覚を最後に、何も覚えていない。

次に目を開けた時は、病院のベッドの上だった。

ぼやけた視界は真っ白で、世界の輪郭がはっきりする頃になると、僕を心配そうに覗き込む母の顔が見えた。

「母さん…」

「タケル、良かった!」

嬉しそうな母の顔。

その横には兄の姿もあった。

僕が状況を理解したのは、兄がナースコールで呼んだ医者や看護師がやってきて、一通りのバイタルチェックが済んだ後だった。

僕はヒカリと話している途中に倒れたんだ。

それでヒカリが救急車を呼んだらしい。

母と兄に何があったのかとか、ちゃんと食べてるのかとか、一人暮らしへの心配とか、色々尋問されて、その全てに大丈夫だからと答えた。

実際、血液検査の結果でも健康上の問題は何一つ見つからず、心因性ではないかと医者が言っていた。

心因性。つまりはストレスだと言いたいのだろうか。

確かにここ最近色々なことに翻弄されているけれど、倒れるほどだなんて自分でも驚きだ。

今日一晩は入院して、明日には退院できるらしい。

そこまで聞いて、ふとヒカリのことを考えた。

兄にヒカリのことを聞くと、談話室にいると教えてくれた。

すごく心配していたから、ちゃんと顔を見せて安心させてやれとも言われた。

でもそれだけじゃない、謝らないと…。

僕は体を起こして母に断りを入れ、談話室に向かった。

面会時間も終わりに近づいていたためか、談話室にはヒカリ以外誰もいなかった。

いくつかあるテーブルの内の一つに腰をかけ、俯いて何かを考え込んでいるようだった。

僕は逡巡する自分を叱咤してヒカリに近付いた。

足音に気付いたヒカリが振り返り、目が合った。

「あ…」

「ヒカリ…その、心配かけて」

僕の言葉はそこで途切れる。

ヒカリが立ち上がって、僕に抱きついてきたからだ。

「良かった…ホントに、心配したんだからね」

泣いてこそいないものの、ヒカリの声は震えていた。

自分を心配してくれていたことが分かると、温かいような痛みが胸に広がる。

「ごめん…心配かけて。それと、情けないことばっか言って、ごめんね」

「ううん、タケルも不安だったのよね。私のこと心配してくれてたのに、ごめんなさい」

そうやって、僕のことを癒してくれる。

だから甘えてしまうんだ。

それでもそれが嬉しくて、やっぱりヒカリが好きなんだと思う。

自然と近づく唇と唇が触れそうになった瞬間、談話室の入り口からわざとらしい咳払いが聞こえてきて、僕達は慌ててそちらを振り返った。

そこには、兄であるヤマトが呆れ顏で立っていた。

「お前ら、そーゆーことは場所を選んでやれよな」

「は、はぁい」

苦笑しながら僕が答える横で、ヒカリは真っ赤になって顔を伏せていた。

 

 

 

僕が倒れたことで、二人の仲は上手く解決した。

怪我の功名、とはちょっと違うかもしれないけど、とにかく結果オーライだ。

しかし、そう思ったのも束の間、実は同じ頃に賢と大輔も意識を失って倒れていたことが分かった。

賢は京の部屋で、大輔は自宅でのことだったが、すぐに意識が戻ったため病院に行くまではしなかったという。

これで僕が倒れた原因が心因性である可能性は限りなく低くなった。

これもデジタルワールド関連の現象だろう。

三人とも意識を失った時の感覚は同じようなもので、最初にぼんやりと思考が薄れて現実から切り離されていくような感じになり、次に視界がブラックアウトして、その後のことは覚えていない。

何かが見えたり、聞こえたりはしなかった。

ただ、この世界ではないどこかに引っ張られるような感覚がしたというのが共通の認識だった。

翌日、初島ユウキのこと、デジタルワールドへ初島ユウキを連れて行くこと、僕達に起こったことを報告するため、大輔、賢、僕の三人は光子郎の家に来ていた。

京とヒカリは今日は学校の用事があって同席していない。

光子郎の部屋は以前に夢の話をしに来た時に比べると物が少なくなっており、代わりに幾つもの段ボールが散乱していた。

この春、都内の高校を卒業する光子郎は、既に京都への大学進学を決めていた。

進学先の大学には空の父親が教授として働いており、デジタルワールドの研究に対する環境が最も整っている場所とも言える。

選ばれし子供でもあり、探究心旺盛な光子郎が目指すものを実現するためには、当然の進路だと誰もが頷いた。

そのため3月の卒業式を終えたら、春休みには京都に引っ越すことになっていたのだ。

その知識欲と飽くなき探究心は、さすが知識の紋章の持ち主だった。

全ての話を聞き終え、考えをまとめた光子郎が話し始める。

「大輔君達の考えは分かりました。危険が無いとは言えませんが、今の膠着した状態を打破する足掛かりになるかもしれません。現在のゲートの状態を考えると、選択するゲートポイントはお台場がいいと思います」

愛用のパソコンを開き、ゲートポイントを記した都心の地図を表示させる。

「ここは新しくできたゲートポイントですが、比較的安定しているのでリスクは少ないでしょう」

「タイミングはいつぐらいがいいでしょうか?」

具体的な時期を問う賢に、光子郎は3月7日と8日の2日間を提示し、このどちらかでと答えた。

その日付を聞いて僕は、あ、と思う。

提示された日付の後者は、マコトの出る卒業ライブの日だった。

そこは外れるといいなと思っていたが、曜日の関係で結局マコトのライブと同日になってしまった。

ライブの時間までに帰って来れるだろうかと心配している間に、時間帯や集合場所などが着々と決まっていく。

また、ゲートを開く先をどうするかも議題に挙がった。

できるだけ安全な場所がいいのは前提だが、できれば僕と賢が夢で見た場所のどこかを選択したいという思いもあった。

凶暴なデジモンが少なく、ある程度土地勘のある場所ということで、ファイル島のはじまりの町か遊園地に絞られ、最終的には何かが起きた時のデジタマへの影響を考えて後者に決定した。

そして、万が一デジモンに襲われた時のこと考えて、僕達のパートナーをその場に同行するよう手配することになった。

「では、パートナーとゲートの鍵となるカードはゲンナイさんにお願いして手配しておきます。こちらの世界からの監視システムの撹乱については、他のエージェント達に打診しておきますから、安心して下さい。当日は僕がゲートキーパーをしますが、他に同行してくれる人やサポートしてくれる人がいないか連絡をしておきますよ」

「ありがとうございます、光子郎さん」

「ところで…三人とも、倒れてから何か身体に異変を感じたり、変わったことはありませんか?」デジタルワールド行きへの話が一段落した所で、光子郎は僕達三人に起こったことに話題を移した。

それについては、今の所特に身体的変化はなく、メンタル面でも大きな変わりはなかった。

僕も賢も、昨晩はあの夢を見ていない。

「そうですか…メールの方も新たに届いてはいないし、一体何なんでしょうね」

「今までは僕とタケルだけだった不可解な現象が、同じ発現の仕方ではないにしろ大輔にも拡がったんだとすると、もしかしたら京や八神さん、あるいは光子郎さん達にも何か起こるかもしれません」

「そうですね、気をつけるに越したことはありません。皆にもそう伝えておきます」

そう言ってパソコンでメールBOXを開く光子郎が、一番最初にメールを送るであろう相手が誰なのか、僕には予想がついた。

アメリカにいる光子郎の恋人、ミミだ。

遠距離恋愛も早五年の年月を数える光子郎とミミ。

二人はアーマゲモンの一件が済み、それぞれが日常に戻っていった頃にお互いに気持ちを打ち明けて付き合い始めた。

アメリカと日本。

物理的な距離がどれほどの障壁か、所詮都内に恋人がいる僕達には測り知れないが、大切な人に会いたい時にすぐに会えないのは寂しいだろうということは想像がついた。

年に数回、会えるか会えないか。

それ以外はメールか電話のやりとりで、それさえも時差の影響で思うようにはいかないのが現実だ。

しかし、光子郎とミミはそれらの障害を物ともせず、五年という年月を越えてきたように僕には見える。

本当の所はわからないけど。それにしても…

「光子郎さん、引っ越しはいつなんですか?」

散乱する段ボール箱を見回して、僕は光子郎に尋ねる。

光子郎はブラインドタッチでメールを打ちながら答えた。

「卒業式が終わってすぐ、3月の14日に引っ越します。向こうのアパートは3月頭から借りているので、いつでも入れるんですけどね」

「光子郎さんが遠くに行ってしまうと、今までみたいに色々聞けなくなりますね」

残念そうな賢に、光子郎は「京くんが十分代わりを果たしてくれますよ」と笑う。

コンピューター関連の知識に富む京は、学業の傍ら光子郎や太一の活動のサポートなどを行っていた。

光子郎が京都に拠点を移した後は、京がその代わりを務めることになっている。

さすがに光子郎が担っていた全てはカバーできないため、京都と東京で連携をとる形になるそうだ。

「京都に行ったらミミさんと会いにくくなるんじゃないっすか?」

「あぁ、ミミさんは…」

大輔の質問に、光子郎は何故か半目になって言葉を濁す。

何かあったのだろうかと僕達が顔を見合わせると、光子郎は溜息交じりに先を続けた。

「彼女は夏にアメリカのスクールを卒業したら日本に戻ってくるそうです。1年遅れで専門学校に通うとかで、受験が終わったら残りの半年程は修行の旅に出るんだとか…」

「日本に戻ってくるんですか、良かったですね」

「でも修行の旅って何の修行だぁ?」

「さぁ、花嫁修行とか?」

賢、大輔、僕が口々に思ったことを口にする。

最後の僕の発言に光子郎は盛大に動揺して、それまで整然に行っていたタイピングを乱した。

「あ、違いました?」

反応を伺う僕達を、パソコンオタクのブレーンはじと目で振り返る。

「料理修行です。ミミさんの夢は料理研究家だそうなので、日本全国津々浦々、美味しいものを食べ歩いて舌を磨くと言ってました」

「なぁんだ、そうなんすか!でもいいなぁ、俺も全国のラーメン食べ歩きてぇ」

何とも自由奔放なミミらしい発想に、大輔が真っ先に飛び付く。

ミミの料理センスを知っている僕としては、その旅はグルメ奇行に他ならない。

いつか光子郎はその料理を毎日食べることになるのだろうかと思うと、同情を禁じ得ない。

その光子郎はどことなく疲労感を漂わせてタイピングを再開する。

この時、僕達はまだ知らなかった。

ミミが単独で日本に帰国し、かつ生活の場を光子郎と供にすることを画策しており、それを持ちかけられたための心労が彼を疲れさせていたことを。

 

 

 

光子郎の家から帰宅し、ドサリとベッドに身を投げた。

スプリングが軋む。

デジタルワールドに行く日までそう遠くない。

久々にパートナーにも会えるけど、僕達は初島ユウキとあの世界に行って、帰ってこれるのだろうか。

普通に考えればそんなこと心配する必要はないはずなのに、この不安は全ての底の部分で燻っていて消えない。

倒れた日に感じた自分がどこかに引っ張られる感覚。

またあれに引っ張られることはあるのか、引っ張られた先には何があるのか。

 

(いや、帰ってくる…そう強く思えば帰ってこれる。僕はこの日常に帰る、必ず。そのためにも…)

 

僕は携帯電話を手に取り、兄に番号を表示させて電話をかけた。

「もしもし、兄さん?3月の8日の夜って空いてる?」

『8日?その日ってデジタルワールドに行く日なんじゃないのか?光子郎からメール来てたぞ』

「それは昼間だから。これは夜の話」

『夜は別に空いてるけど、何かあるのか?』

「ちょっと一緒に行って欲しい所があって」

『行って欲しいところ?』

「うん、僕の友達が出るライブ」

『ライブ?何だよ、そんな友達がいたのかよ』

「まあね、兄さんにも聞いて欲しくて」

『ふーん、お前がそんなこと言うのも珍しいな。別に予定も無いし、構わないぜ』

「ありがとう、兄さん。ライブの詳細はメールで送るよ」

『ああ、そうしてくれ』

「じゃあ、また」

電話を切り、僕は一息ついた。

次は…。

再び携帯を操作して電話をかける。

数回のコールの後、僕を日常に繋ぎとめるための声が聞こえてきた。

『もしもし』

「水崎さん、こんばんわ」

『高石君、どうかしたの?』

「あのさ、卒業ライブなんだけど、僕の他にもう一人連れて行きたい人がいるんだけど、いいかな?」

『構わないよ。特に予約とかいらないから、ライブハウスの入り口でワンドリンクだけオーダーしてくれれば』

「そっか、良かった。じゃあ二人で行くから」

『うん、よろしく』

また電話が切れる。

これでいい。

この約束があるから、僕はこの日常に帰ってくることができるはずだ。

彼女の歌は、この世界でしか聞けない。

呪文のようにそう自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

デジタルワールドへ向かう為の準備は着々と進んだ。

大輔が初島ユウキに約束を取り付け、彼女は二つ返事で大喜びしたと報告を受けた。

僕達以外の同行者には京、兄のヤマト、空が名乗りを上げた。ヒカリも同行を希望したが、太一や僕をはじめとする仲間の反対により現実世界での待機となった。

これには理由がある。

それがヒカリがデジタルワールドに関わることで生じるリスクのもう一つ。

彼女の能力は進化の光であり、デジタルワールドでデジモンに与える影響が大きいのだ。

あちらの世界を国が監視、解析しはじめて数年が経っており、ヒカリの特異な能力が知られることで大人達に利用されることを危惧した光子郎や太一、ゲンナイをはじめとしたエージェント達は、可能な限り彼女の能力を隠すよう努めてきた。

かつて紋章を制御していたタグに代わるものの開発も行っているということだが、まだ成果は見られていない。

何かの刺激で発現するとも限らない能力を抱えたまま、未知数の存在と一緒にデジタルワールドに送り出すのはあまりにリスクが高い。

いくら監視システムを撹乱するといっても保険程度でしかないのだ。

ヒカリの将来のために、そんなハイリスクを太一も僕も、そして仲間も良しとはしなかった。

当の本人は自由に動けないことが不満だろうが、我慢してもらう他ない。

まあ、兄である太一に強く言われ、僕に優しく諭されれば、彼女は渋々待機を受け入れた。

あとはこちらの世界でのゲートキーパーに光子郎、事が起こった時の応援要員として伊織が配置されたのだった。

 

 

 

 

 

 

春の匂いのする風が吹く。

春は人が狂う季節。

人が交錯する季節に人は迷い、ざわめき、移ろう。

3月8日、正午。

僕達はお台場のゲートポイントを開けて、デジタルワールドへと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 




光子郎とミミは一番先に同棲とか始めるみたいです。

読んで頂き、ありがとうございました。






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