デジモンアドベンチャー それぞれの物語(タケル編)   作:アキレス腱
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第20話 〜嵐の前に〜

 

 

翌日、僕達はもう一度デジタルワールドに来ていた。

結局、太一の所にメールは届いておらず、新たなメールは確認できないまま、僕達は予定通りの行動を取った。

やってきた場所は昨日の河原の墓標。

一つ一つの墓を調べたが、特に異常は見られなかった。

そして、パートナーとともに僕と賢が夢に見た場所をいくつか回ってみたがやはり目立った異常などはなく、僕達二人が何かを感じることもなかった。

今日の最後の探索場所と決めた海辺で、僕達は寄せては返す波を眺めていた。

この海辺は賢が夢に見た場所らしい。

夢の中では灰色であったという景色は、ここではキャンバス上の絵のようにカラフルだ。

「今の所、泉先輩達のとこにメールは届いてないって」

京が光子郎との定期連絡を終えて言った。

「そうか…僕達だけでは事態は動かないってことか」

「ユウキが必要ってことか?何なんだよ、全く…」

「大輔、初島さんはデジタルワールドに行った後で何か変わったこととかないの?」

あの靄の件もあるし、と付け加えると、大輔はガリガリと頭を掻いて「全然何も、元気だよ」と答える。

「また行きたいってさ。こっちの気も知らねぇで」

「それは仕方ないでしょぉ、ユウキは何にも知らないんだから」

「わーってるよ」

京の指摘に大輔は僅かな苛立ちを見せる。

初島ユウキに話すべきかどうか、それは僕達の中でもまだ定まっていなかった。

彼女自身、自らの身に起こっている不可解な現象を認識していないし、それが何かも分からないままそれを伝えて、無闇に不安にさせるのも憚られたからだ。

しかし、隠し事をしたまま彼女を巻き込もうとしている現状は決して褒められたものではない。

真っ直ぐな大輔にとってはストレス以外の何物でもないだろう。

多分、周りが止めなければ、とっくに彼女に事情を話していただろう。

もしかしたらそれも一つの手かもしれない、なんて思わないでもなかったけど。

「とりあえず、今日は戻ろう。光子郎さんとも相談しなきゃならないし」

「そうだな…」

僕が帰還を促すと賢が賛成し、京、大輔がそれに続く。

パートナーに別れを告げ、現実世界に戻ってくると、ゲート管理をしていた光子郎が迎えてくれた。

引越しが間近に迫った光子郎の部屋はこの間よりも更に片付いていて、部屋の隅には数の増えた段ボールが積まれている。

「お疲れ様でした。粗方の状況は定期連絡の報告で聞いています。今後どうするか、ですね」

「やはり、初島さんが何かしらのキーなんだと思います」

「もう一度彼女を連れてデジタルワールドに行きたい、ということですね?」

「はい…」

賢の進言を受けて、光子郎は少し考え込む。

そうそう何度もデジタルワールドに行かれては困るのかもしれない。

今や秘密裏ながら国際的にも研究機関の設立が計画されている対象世界だ。

いくら選ばれし子供とはいえ、もはや身勝手な行動は許されないということは、賢も僕達も十分に分かってはいたのだが…。

「光子郎さん達に迷惑をかけてしまうのは心苦しいんですが、お願いできないでしょうか?」

賢が畏まって頼み込むと、光子郎は「ああ、そっちはあまり心配しなくて大丈夫ですよ」と言った。

「国の監視システムはゲンナイさんたちエージェントが抑えてくれてますし、ゲートの開閉は僕達研究チームの試験的運用という名目がついてますので安心して下さい。僕が考えていたのは、僕がこちらにいる間に安定したゲートが開けるタイミングが無いということです」

「そうなんですか?」

聞き返す僕に答えたのは京である。

「残念なんだけど、今日から泉先輩の引越しの14日までの間に安定するゲートポイントが無いのよ。多分一番近くて19日の光ヶ丘かな」

自前のノートパソコンで観測データを表示させて説明してくれた。

波打つグラフが安定期に達する時期は確かに19日辺りだ。

他のゲートポイントのグラフは荒々しく波打つか、上方で停滞している。

「光子郎さんのサポートが無いのは痛いですね」

「京都に行ったらすぐに大学の研究所とコンタクトを取って、そこからバックアップする形を取ろうとは思いますが…」

近くでフォローできなくてすみません、と光子郎が謝り、京が「そんなことないですよぉ」と慌ててフォローする。

確かに、光子郎がいてくれたからこれだけ自由に動けているのだ。

その恩恵は十分に感じていた。

それに、今後の両世界の共存のために光子郎の存在は重要であり、然るべき機関に身を置くことが必要であることは、誰もが理解していた。

「バックアップしてくれるだけでもありがたいんですから。こっちでの泉先輩の代わりはアタシが務めます!」

「ありがとう、京くん」

何とも頼もしいことだった。

光子郎も賢も、そんな彼女の姿に自然と笑みを浮かべている。

とここで、僕は帰ってきてから一言も発していない大輔を振り返った。

大輔は胡座を掻いた膝に頬杖を付き、何やら思案顔をしている。

「大輔?」

「あんた、どーしたの?」

やけに静かだと思った、と余計な一言を忘れない京だが、彼はそれをスルーして呟く。

「俺、ユウキに全部話したいんすけど」

それはずっと主張したくてできなかった大輔の本音だろう。

「大輔…」

気遣わしく呟かれた名前に、本人はずっと溜め込んでいたものを吐き出していく。

「俺やっぱ無理だ、このまま黙ってるなんてよ。あいつにもちゃんと、自分に何が起きてんのか知って欲しい。知った上でユウキがどうしたいのか、ちゃんと聞いて尊重してやりたいんだ。知らないまま巻き込んで、傷ついて欲しくねぇんだよ!」

大輔の本音は耳に痛かった。

真っ直ぐで、それこそ正論の塊のような言葉の数々は、狡さを身につけ始めた僕にとってはキレイ過ぎて痛い。

そうやってどこまでも真っ直ぐにぶつかれる強さは、いつになっても眩しいままだ。

人は大人になるにつれ臆病になって、狡くなっていくのに、彼は変わらないんだな。

「大輔…それで本当に後悔しないか?」

賢が試すように問う。

僕はもう大輔に何も言うつもりはなかったから、二人のやり取りを見守ることにした。

問われた大輔はしっかりと頷く。

「最悪の場合、彼女の日常を奪うかもしれない。今までのように暮らしていくことはできなくなるかもしれないって、分かってるか?」

もし初島ユウキが特異な能力を持ち、デジタルワールドに影響を与える存在であったとしたら、ヒカリと同様の立場に立つことになる。

ましてやその影響の程度によっては、国の監視対象あるいは研究対象になり兼ねない。

ヒカリは太一が何が何でも守り抜くだろう。

その為に率先してデジタルワールドと現実世界の架け橋になり、立場を確立しようとしている節もあるくらいだ。

それは僕も同じで、最悪の場合は何を捨てても彼女を守るつもりでいる。

大輔にはその覚悟があるか、そう賢は聞いているのだ。

「…ガキの頃みたいにただがむしゃらにやるだけじゃダメだってことくらい分かってる。けど、やっぱ自分のことは自分で決めたいだろ!それがどんな結果になっても、自分で決めたなら、たとえ後悔しても最後は受け入れるしかないんだって諦めもつく。それを、いくら心配だって言ったって、他人が決めたんじゃ納得いかねーだろうが!俺はユウキが自分で選んだことで傷付いても前に進む奴だって信じてる。もし傷ついて躓くなら、何度だって助けてやるよ。俺はあいつと一緒にいるって決めたんだ」

切実な叫びは、賢にも僕にも届いていた。

この言葉に賢はもう覚悟を確かめることはなく、僕達は初島ユウキのもとへ向かう大輔を見送った。

京は「大輔のクセにカッコつけちゃってさ」と悪態をつきつつも、友人である初島ユウキを思って瞳を潤ませていた。

光子郎は穏やかに笑って全てを見守っていた。

賢は悲しいような嬉しいような複雑な顔をして、僕と目が合うと少しだけ笑った。

僕は、大輔が一秒でも早く初島ユウキのところへ辿り着けるように願った。

大輔は変わっていないわけじゃなかった。

あの頃よりもずっと成長して、でも真っ直ぐなところは失くさない。

いい年の取り方って言ったら年寄り臭いけど、きっとそうなんだろうと思った。

初島ユウキ。

彼女が求めた奇跡は今、世界の誰よりも彼女の近くにいる。

これで彼女の背負うものに変化があるのかはまだ分からないけれど、大輔は何度でも彼女に手を差し伸べる。

その手を取った時、何かが変わるのかもしれない。

 

 

 

ねえ、ヒカリ。

きっと君に必要だったのも大輔みたいな奇跡だったのかもしれないね。

それが無かったから、太一さんは必死で君を守ろうとしてきた。

そしてこれからも守っていく。

僕も守るよ、君を。

奇跡は起こせなくても、僕は僕なりに君を守るよ。

決して君を諦めない。

手を差し伸べることが叶わなくても、君が伸ばしてくれた手を握って、離さずに歩くから。

だから、ずっと一緒にいようね。

 

 

 

大輔がどんな風に初島ユウキに事実を伝えたのかは知らない。

ただ、光子郎が京都に引っ越す前に、デジタルワールドの現状と、ヒカリ同様に今後予想されるリスク等の詳細について説明をしたらしいので、少なくとも自分の置かれている立場の危うさは自覚しているんだろう。

その上で、もう一度デジタルワールドへ行くことを望んだと、大輔は言っていた。

それならば何も言うことはない。

それにしたって、いまだ未知数である初島ユウキの能力は一体何なのか。

ゲンナイ達に聞いても不明、四聖獣からも明確な返答は得られない有様だ。

あまりにイレギュラーな存在。

その彼女を伴って、二度目のデジタルワールドへのゲートを開く日が間近に迫っていた。

 

 

 

3月も後半に差し掛かり、学生は春休み真っ最中だった。

春休みにやろうと思っていたバイトは結局できず、あの情報誌は未だベッドの下に忘れ去られている。

ホワイトデーは小遣いの節約術で捻出した資金により何とか乗り切った。

まあ、この問題が片付くまでは心置きなくプライベートを満喫するのはできないだろうと僕もヒカリも思っていたから、ささやかに済ませたけれど。

それにホワイトデー当日は光子郎の引越しの手伝いがてら、今後の連絡手段や手はず確認などを行っていたのであまり時間が無かったということもあった。

ブレーンは京都に旅立ち、遠方からサポートをしてくれる。

残されたブレーン代行が、賢とともに着々と準備を進めてくれていた。

いよいよ明日がその日だ。

明日もちゃんと戻ってこれるだろうか。

いつでも付き纏う不安が沸き上がってくる。

自室のフローリングに寝転び、僅かに空いた窓から入ってくる春めいた陽気に目を細めた。

昨日の夜、夢を見た。

デジタルワールドの夢だ。

その夢は今までとは少し違っていて、上も下も無いような空間に白く光る塊が漂っているものだった。

こんな空間がデジタルワールドにあったかと聞かれると覚えはないが、空気があの世界のものと同じだったのでそう判断した。

クルクルと回転しているようにも見えるその塊は、手を伸ばせば届きそうなのに決して届かない場所にあった。

呼んでみようとするが声が出ない。

音が無いのはいつもと同じだった。

歩こうとしても地面が無いので歩けず、身体はその場にとどまり続けた。

周囲には誰も何もなかった。

仕方なく、僕はその白く光る塊を見続けた。

クルクルと回り続けるそれは、やがて空気に溶けるように消えていき、そこで目が覚めた。

夜明け前のいつものタイミングだ。

 

(あれはどこだったんだろう…見たことの無い場所、でもデジタルワールドと同じ感じがした)

 

賢に夢の話をしたら、賢は全く別の夢を見たそうだ。

一面グレーの世界で、はらはらとデータチップが巻き上げられていくのだという。

デジタルモンスターを構成しているデータチップは、彼等が消滅すると細かく分散して最小単位にまで分解され、再構築の過程を辿る。

あの世界の物質も同様に破壊されるとデータチップに分解されるが、生命体と同様の回帰回路を辿るのかはまだ不明だ。

ともあれ、賢はあの世界の何かが破壊されたために巻き起こったデータチップの嵐を夢に見たということなのだろう。

巻き上がる先は再構築への回路か、または不要なものとして世界に判断されれば無に帰すか。

 

無。

 

果たしてあの世界に無はありえるのか。

かつて自分達が選ばれて最初に旅をした時、行き着いた最後の災厄は無に帰すことを拒んだ意思の塊だった。

あの世界は循環しているが、人の身体と同じく不要なものを排除し恒常性を保っている。

それは生命であってもシステムであっても、世界という単位であっても同様だ。

全てに理があり、そこから外れては成り立たなくなる。理に抗おうとしたあの存在を、デジタルワールドは排除するために僕達を選んだ。

世界を理のもとに戻す。

それこそが世界の再生であり、選ばれし子供の本当の使命だった。

あの時の僕達に迷いなんてなかった。

世界を救い、大切な人や世界を守るための決断が間違っていたとは思わない。

けれど、あの哀しい存在の行き着いた場所は今度こそ無だったのか、今更ながらに思う。

世界から弾かれ、いなくなるということは、きっととてつもなく寂しいんじゃないだろうかと。

無は、闇よりも残酷なんじゃないかと思うのだ。

 

(デジモンは転生の回路を辿るものもいれば消えるものもいる…人も同じなのかな。人も、消えるのかな)

 

輪廻転生なんて別に仏教徒じゃないし、初島ユウキの祖母の「生命は巡る」って口癖じゃないけど、どこかこちらの世界を写したようなデジタルワールドを思うと、人の生命も転生したり消えたりするのかなって、ちょっとだけ思ってしまう。

転生できなかった人は転生できた人を羨んで無に帰っていくのだろうか。

いなくなる、何も無くなる、それってどんな風なんだろう。

とても想像ができなかった。

 

 

僕はその日、マコトに電話をかけた。

あの卒業ライブの後、学校で何回か顔を合わせたが、春休みに入ってからは連絡も取っていなかった。

明日、デジタルワールドへ行く前に、彼女の声を聞いておきたい。

この日常に戻って来るために。

 

 

『もしもし…』

長いコールの後、明らかに鼻詰まりの声が聞こえてきて驚いた。

「水崎さん、どうかした?」

『…ごめん、ちょっと』

鼻をすする音がして、その後に小さい高い音で「うぅ」と唸るような響きが聞こえてきた。

間違いなく泣いている。

「迷惑だったら切ってね」

でも多分、それならマコトは最初から出ない。

それでも出たということは、何かあるんだ。

その考えはどうやら当たっていたようで、マコトは何度か鼻をすすり、大きく息を吸っては吐き出し、漸く状態を落ち着けてから話し始めた。

『今ね、お父さんからの手紙読んでて…なんか、遺言みたいでちょっとね』

「そうだったんだ」

『まだ生きてるんだから、口で言ってよって。こんなの今渡さないでよって思っちゃって』

「うん…」

『でもさ、お父さんはお父さんでたくさん考えたんだよね、きっと。不器用で、私の気持ちなんかまるで分かってない文章だけど、お父さんが伝えたいこと、いっぱい悩んで、書いたんだろうなって…』

「水崎さん…」

マコトの語る言葉からは、父親の想いと彼女の想いとが溢れていた。

いなくなる前にせめてもと手紙を書いた父親。

それはまるで、いなくなる準備をしているみたいにも思えて、マコトには複雑な思いを抱かせたのかもしれない。

それでも父親を理解しようと努めるマコトは、立派だと思う。

痛いほど携帯を耳に押し当てる。

マコトの悲しみを少しでも拾い上げたかった。

マコトは「この手紙は一生持っていくんだろうな」と少しだけ明るい声で呟いた。

宝物でもなく、荷物でもなく、ずっと持っていくのだと。

この言葉が忘れられなかった。

宝物のように大事にして守るのでもなく、荷物のように重いものを背負うのでもなく、ずっと持っていく。

それは途方もないことのようにも思えたけれど、確かにその通りだと納得もできた。

『高石君、ありがとう』

涙に濡れた声が遠ざかり、マコトは僕にお礼を告げた。

「何にもしてないけど」と返すと、『抜群のタイミングで電話くれたじゃん』と普段の調子を取り戻してきた。

ホッと安心感が広がる。

『高石君の用事は?』

続けざまに聞かれ、僕は一瞬言おうかどうしようか迷ったが、思い切って話すことにした。

「ちょっとお願いがあって…」

『珍しいね、何?』

「明後日、少しだけ時間くれない?」

『明後日のいつ?』

「いつでも。水崎さんの都合の良い時間で。短くてもいいんだ、ほんの少しでも」

不可解なお願いだと思われるかもしれない。

でも、今はマコトとの約束がどうしても必要だと感じていた。

ほんの少しの沈黙の後、彼女は「いいよ」と答え、先を続けた。

『その代わり親子丼食べさせて』

とても温かな響き持って発せられたその言葉に、僕の心が緩く解けていくのが分かる。

「うん、お安い御用だよ」

この日常に帰る約束があれば、僕は明日も帰ってこれる。

心の底に漂う不安に呼びかけるように、僕は目を閉じた。

お互いに「じゃあ明後日に」と言い合って電話を切った。

夕闇が迫り、やがて夜が来る。

今日も夢を見るのだろうか。

 

 

 




何かと向き合うのは大変なことだと、いつも思います。

読んで頂き、ありがとうございました。



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