デジモンアドベンチャー それぞれの物語(タケル編)   作:アキレス腱
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第22話 〜背負ったもの〜

 

僕等がデジタルワールドから戻ってきたのは、いなくなった彼女達を見つけるまで帰らないと半ば自暴自棄になる僕と大輔を伊織が叱りつけ、京からの涙ながらのメールを受け取った賢に諭された後だった。

そこで、こちら側での事の成り行きを知った。

初島ユウキの暴走を伝える賢からのメールを受け取った後、伊織はすぐさまゲートを開いて隣のエリアから応援に向かい、京は光子郎と協力してはじまりの町付近の空間観測と警戒を強めた。

光子郎のいる研究所側で空間の歪みを感知した直後、京の隣にいたヒカリの全身が突如光を放ったという。

そして、京が止める間もなく、彼女は光に包まれて掻き消えてしまったのだそうだ。

「ヒカリちゃんを守れなくて、ごめん、ゴメンね、タケルくん」と京は謝った。

京のせいじゃない、と慰める賢。

僕は何も言えなかった。

 

 

僕達は光子郎の指示でかつての僕の家に向かった。

マンションに着くと、そこには既に太一、ヤマト、空が集まっていた。僕は太一の顔を見れなかった。

恐らくもう事情は聞かされて知っているであろう太一は、顔を見ずとも空気が痛いくらいに張り詰めていている。

ヤマトや空が牽制しているから持ち堪えている様子であり、そうでなければ激流の如く僕達に怒りをぶつけていたに違いない。

 

 

『初島ユウキさんとヒカリさんが飲み込まれたという空間の歪みはこちらでも観測しました。解析して分かったことは、この歪みに飲み込まれた彼女達は別の異世界に飛ばされたのではなく、まだそこにいるということです』

「どういうことだ?」

光子郎の説明を理解できない誰もが思ったことを、ヤマトが代表して聞いた。

『姿こそ見えませんが、彼女達はまだデジタルワールドのはじまりの町にいるんです』

「そんなことがあり得るんですか?」

『有と無の狭間とでも言いましょうか。パソコンで言うと完全にデータを消してしまう手前、ちょっと語弊はありますがゴミ箱に入っている状態というのが近いかもしれませんね。デスクトップからは見えなくなりますが、ちゃんとデータは存在しています』

「ゴミ箱…」

響きのぞんざいさに京が眉を寄せた。

しかし、続く光子郎の言葉に、皆の顔に緊張感が戻る。

『しかし、油断はできません。あの世界が彼女達を不要と判断すれば当然ゴミ箱のデータは消去されます』

「じゃあ、このままじゃっ」

「何か方法はないのか!?」

消滅の可能性が示唆されたことに空が悲鳴に近い声を上げ、太一がパソコンの画面に映る光子郎に詰め寄る。

今にもパソコンに掴みかかりそうなのを、ヤマトが押しとどめていた。

『データをサルベージできないか試してみましたが、何かに邪魔されて上手くいきませんでした。遠隔操作では限界があるようです。そこで…』

「じゃあ別の方法で!」

「太一、落ち着け!」

光子郎の言葉を待たずに焦り全開の太一を、ヤマトが強めの口調で制止させる。

画面の向こうでも光子郎が『少し冷静になりましょう、太一さん。まだヒカリさん達は消えたわけではありません』と穏やかに告げ、言い掛けた言葉の先を続けた。

『僕と研究所のメンバーからの提案なんですが、遠隔操作で有と無の狭間の空間、とりあえずはゴミ箱と称しますが、このゴミ箱への入り口を開き、皆さんで直接的に乗り込んで彼女達を強制サルベージするという力技しかないかと』

「それは見事な力技ですねぇ。でも泉先輩、さっき邪魔されたって言ってた何かってのは大丈夫なんですか?」

『入り口を開く分には問題ない思います。ただ、サルベージしようとすると、彼女達のデータを覆い隠すように幾つものフィルターになって妨害してくるんです』

「もしかして、それってユウキを包んでいたっていう色の塊のせいですか?」

『確証はありませんが、ウィルスとも違う何かがヒカリさん達を覆っているのは確かです。乗り込んだ先で、その障壁となっている何かと戦うことになるかもしれません』

データが意志を持つあの世界ではあり得ることだった。

そして、光子郎は更にゴミ箱へ送り込める容量は限られており、人間の容量換算で三人程度だと続けた。

それ以上はゴミ箱内に充満している膨大なデータに弾かれてしまうという。

「俺がいく!」と真っ先に声を上げたのは太一だ。

そして大輔も「俺もユウキを助けに行きたい!」と名乗りを上げた。

けど僕は、そんな風に真っ直ぐには言えなかった。

彼女に届かなかった手が震えを思い出す。

グッと両手を握り締めた。

顔を上げると、こちらを見ている大輔と視線がぶつかる。

「タケル、お前は行かないのか?」

ヒカリちゃんを助けに、と暗に続く言葉を受け止めて、僕は弱々しく答える。

「僕は…僕にヒカリを助けられる、かな…」

「なっ」

「何言ってやがんだよ、タケル!」

僕の弱気な発言に激昂したのは大輔ではなく、太一だった。

ヤマトの制止を振り切り、ツカツカと眼前にやってきた太一は、怒りの形相で僕の襟首を掴み上げた。

「太一、やめて」と空の強い口調での制止が聞こえるが、本人はお構い無しに僕を怒鳴りつけた。

「お前らがヒカリを巻き込んだ上に守れなかったんだろ!その責任に打ちひしがれんのは勝手だけどな、やりもしないで何弱気なこと言ってんだよ!お前になんか任せられるか、お前が助けられなくたって俺が助ける、ヒカリは俺の妹だからな!」

太一の言葉は痛くて、自分の無力さを思い知らされる。

掴まれた襟首が締まって呼吸が苦しい。

怒りに震える太一は、どこまでもヒカリのお兄さんだった。

この人は多分、僕とヒカリが付き合うことにも反対だったんだろう。

僕には任せられないと、僕自身がそう思っていたように。

だから、自分が任せてもいいと思える人をヒカリに紹介したんだ。

自分の後輩で、信頼して自分の後を任せられる存在だった人に。

そして、ヒカリをデジタルワールドに極力関わらせないために、あの世界と無関係である人に。

でも結局、ヒカリは僕を選んだ。

何もかもが危うい未来を選んだヒカリを、太一はどんな思いで見ていたんだろう。

その挙句、関わって欲しくなかった世界に再び関わり、結果消滅の危機に晒されている。

それなのに、ヒカリを守らなければならなかった立場の人間がこの体たらく。

僕が太一の立場でも激昂するだろう。

けど、伸ばした手は届かず、目の前で最愛の人が消え去った時の絶望感はそこにいた者にしか分からない。

あれ程恐れていた事が目の前で起こってしまった。

あの時、僕の心はある意味で折られてしまったんだろう。

ヒカリを助ける方法が提示されたにも関わらず、心が動いてくれない。

「やめろ、太一」

兄のヤマトが太一の手を掴んで僕から引き剥がした。

太一はヤマトの手を乱暴に振り払う。

「太一、俺たちがその場にいても何かできたって保証はない。大輔達だって備えをした上でそれでも対処できない不測の事態が起こったんだ、誰のせいでもない。それに、ヒカリちゃんは自分から関わることを望んだんだろ?何度止めても聞かなかったってお前が嘆いてたくらいに」

「…分かってるさ、そんなこと」

敢えて弟である僕の名前を出さず、あからさまに庇うこともしなかったヤマトに、太一は怒る隙を奪われて閉口した。

兄の気遣いに自然と目頭が熱くなる。

すると今度は、太一に発言を譲った形になっていた大輔が僕の前にやってきた。

そして、皆に振り返って「ちょっとタケルと二人で話してきてもいいっすか?」と改まって言った。

大輔の真剣さに賢、ヤマトが率先して頷き、伊織や京、空もそれに続く。

光子郎はその間に調べ物をする、と言った。

太一も、最後は納得してくれたようだ。

大輔は僕を連れて外に出た。

「なあ、覚えてるか?昔さ、デジタルワールドに取り残されたヒカリちゃんを助けようって、俺とお前で飛び出したの」

マンションを出て、前を歩く大輔が振り返らずに話しかけてきた。

02年の戦いの最中、都市エリアに置き去りにしてしまったヒカリを、大輔と僕が競うように助けに向かったことがあった。

あの頃は大輔はヒカリのことが好きで、僕を追い返してでもヒカリにいいところを見せようと躍起になっていたのを覚えている。

でも結局、一緒に助けに行こうと和解して彼女を救い出した。

今更それが何だと言うのか。

答えない僕に大輔はチラリと首だけ振って振り返るが、歩みは止めずに続けた。

「あの頃って、今ほど複雑な状況じゃなかったってのもあると思うけど、誰かを助けたいって気持ちに迷いなんてなかったろ?」

「そうだね…」

確かに、しがらみなんて気にせず、ただ純粋な気持ちで行動していた。

今だって助けたいよ、ヒカリを、彼女達を。

でも、僕達が立ち向かおうとしているのは、初島ユウキが背負っていたあの無数の色の奔流は…。

「俺は助けたい。ユウキもヒカリちゃんも、それからユウキが背負ってきた奴らのことも」

その言葉に心底驚いた。

自分の意志とは関係なく目が見開かれるのが分かった。

大輔は時に、僕達の予想の遥か斜め上を行く。

思わず立ち止まっていた僕に気付いたのか、大輔も立ち止まって振り返る。

すぐ側の公道を車が通り抜け、風が走る音がした。

「大輔…」

惚けた声に、大輔はニッと歯を見せて笑った。

「俺は欲張りだからさ、ユウキだけも嫌だし、ユウキとヒカリちゃんだけも嫌なんだ。でも、それは俺一人じゃ力不足なんだよ。俺だってユウキが持ってかれちまう時に何もできなかった」

「だから、僕も一緒にってこと?」

本能のままに仲間に手を差し伸べてきた大輔に、僕はまた救われようとしているんだろうか。

初島ユウキをデジタルワールドに連れて行くと言った時、迷った大輔に強気なことを言ったものだが、やっぱり彼には敵わない、と思った。

しかし、大輔はここでも予想の斜め上をいく。

「一緒に全部を助けてくれなんて言わねぇよ。お前はヒカリちゃんを助けてくれ」

「え?」

「お前が死ぬ気で助けようって思えるのは、ヒカリちゃんだろ?」

これには唖然とした。

僕達の中では、何かが起こった時には皆で一緒ならできる、と合言葉のように繰り返されてきた。

賢も、僕もそうだ。

けれど、大輔は…。

「これは選ばれし子供達の戦いじゃない、俺たちの大切なものを取り戻すための戦いなんだ。だから、俺とお前は行かなきゃなんねぇんだよ。俺はユウキが大切だし、そのユウキが背負ってきたもんも切り捨てたくねぇ。勿論、ヒカリちゃんだって大切な仲間だ、失いたくなんてない。でももうガキじゃないんだ。自分の力量は弁えて行動しないと痛い目みるって分かってるし、お呼びじゃないとこにまで首突っ込むこともしないつもりだ。ヒカリちゃんはもうお前を選んで、お前もヒカリちゃんを選んだんだろ?太一さんが反対したって、離れる気ないんだろ?」

すぐに言葉が出てこなかった。

こいつは、単に励ますとか、叱るとかじゃなく、本当に仲間の誰もが切り込まない角度から突っ込んでくる。

大輔には、ヒカリへの想いの深さや複雑さについて話したことはない。

それなのに、全部感覚で攫っていく。

ムカつくくらい自然に、人の気持ちを理解しやがって、共感しやがって、だから羨ましくて仕方なかった。

頭でごちゃごちゃ考える僕が二の足を踏んでいる時、いとも簡単に壁をぶち壊して手を差し伸べて、そんな大輔が憎らしくて、腹立たしくて、大好きだった。

溢れそうになる涙をグッと堪えて、精一杯の強がりで笑ってみせる。

「そうだよ…誰に何て言われたって、ヒカリは手離さない。やっと手が届いたんだ、ずっと一緒にいるって言ったんだから…」

想いが通じたあの日、ずっと一緒にいたいと願った。

ヒカリが背負う力も、将来への不安も、癒してあげられなかったとしても、ずっと一緒にいて支えると決めた。

大輔は僕より素直に笑い、「よし、じゃあ太一さん口説きに行こうぜ!」と言った。

マンションのエントランスまで戻った所で、僕達の帰りを待っていた賢と合流した。

どうやら賢も話があったらしい。

「二人は行くんだろ?僕も一緒に行かせてくれ」

「俺は最初からそのつもりだった」と話す大輔に、さっきの太一を口説きにと言った本当の意味を理解した。

最初から、か。

さっきからしてやられた感しかない。

密かに苦笑して、僕は今の素直な気持ちを口にした。

「僕も、賢に一緒に来て欲しい。今回、何から始まったのかよく分からないけど、僕達三人にそれぞれ不思議な現象が起きたことには意味があると思うんだ」

「タケル、大輔…ありがとう」

「よし、そうと決まれば三人で頼み込んで太一さんを口説き落とそうぜ!」

再び大輔の掛け声で歩き出す。

昔のように頼もしいと感じる大輔の背中。

この時、僕も賢も想像すらしなかった。

大輔がこれから話す初島ユウキの背負ったものの重さ、現実世界もデジタルワールドをも跨いで彼女達を取り込んだ元凶の混沌さを。

 

 

 

「お願いします」と頭を下げた僕達三人を静かに見下ろした太一は、長い長い沈黙の後に「ヒカリを頼む」と低い声で言った。

僕達三人は予想よりも遥かに早く太一が陥落したことに驚きつつも喜んだ。

恐らく、僕達が席を外している間に兄や空、光子郎等の面々が説得してくれていたからだろう。

また、光子郎達は新たに送られてきたメールの解析も済ませておいてくれていて、更には初島ユウキが消える前に残した言葉から、ヒカリ達をゴミ箱空間に引きずり込んだ存在の仮説をたてていた。

それは、僕の中で確信となりつつあったものとほぼ同じ結論だった。

かつて僕達が選ばれて旅をした1999年の夏、その最後に戦うことになった哀しい存在。

転生の輪からこぼれた生命の叫びが寄り集まった、生者を羨む死者の亡霊。

apocalypseー黙示の名前を持つデジモン。

そいつは無に帰さなければならないと世界に判断され、僕達の紋章によって理の枠に押し戻された筈だった。

まさか、と兄達99年の選ばれし子供は驚愕する。

しかし、その可能性が高いと僕達のブレーンは告げた。

そこに僕も同意した。

「全く同じ存在かは分からないけど、メールのアドレスといい、初島さんが言った言葉といい、そう考えれば辻褄が合うんだ」

『確かにその通りです。ただ、分からないのは何故初島さんがアポカリモンのような思念を纏うことになったのかです。ヒカリさんのように特異な能力があって、以前ヒカリさんがホメオスタシスの中継役を担ったように、アポカリモンの思念の中継役となってしまったのか…』

その時、大輔が「ちょっといいっすか」と切り出した。

言わなくてはならないことがある、といたく真面目な顔で告げる大輔。

ここ数時間で彼の真面目ゲージは上がりっ放しだ。

「ユウキのことで、話してないことがあるんすよ」

そう言った大輔の表情は今までにないくらい切なげで、少しだけゾッとした。

その場の全員が話を聞くことに賛成すると、大輔は話し出した。

「賢とタケルには少し話したけど、ユウキはデジタルワールドに呼ばれるより前にも同じように何かに呼ばれたことがあるんだ。それも一回や二回じゃないらしい。そんで、呼ばれた先では…必ず誰かが死んでんだ。事故でも自殺でも」

サッと皆の顔色が変わる。

「死」というワードは初島ユウキにとってキーであったが、まさかこんな「死」との繋がり方をしているなんて…。

だが、それはほんの序の口だった。

「それだけじゃない。ユウキの両親と弟は皆死んじまってんだ」

僕の脳裏に蘇るのは初島ユウキの家で見た「唯一残った」家族写真。

病院のベッドの上の弟、それを囲む両親、寄り添う初島ユウキ本人。

皆、いないんだ…。

大輔が続けて語る初島ユウキの過去は、僕達からは想像もできないような過酷なものだった。

 

 

 

初島ユウキは4歳まではごく普通のどこにでもある家庭の子供だった。

祖父母は資産家でも、その娘である彼女の母親が結婚したのはサラリーマンの男性だった。

初島ユウキが4歳の時、弟が生まれた。名前はアキラ。

アキラは生まれつき重度の心臓奇形を患い、生後間も無く大きな手術を何度も行わなければ助からないと言われていた。弟の病の前に、彼女の生活は一変した。

名医を求めて転院を繰り返す弟に母親はつきっきりになり、やがて生死の境を彷徨うことが多い弟の世話をすることが母親の生き甲斐になっていったという。

莫大な金がかかる手術、入院費に疲弊していく父親。

明けても暮れても病院通いの母親。

次第に夫婦仲は冷めていき、弟の生命維持の話題で夫婦喧嘩が絶えなくなっていった。

一つの転機は弟の死。

治療の甲斐も虚しく、弟は4歳という幼さでこの世を去った。

この弟の死に目に初島ユウキは会ったのだが、この時が最初に呼ばれた時だという。

どうしても弟の所に行かなければならないと思い、不審がる母親に我儘を突き通して病院にやってきた直後、弟の容体が急変してそのまま亡くなった。

弟の死後、母親は悲しみに暮れ精神を病むほどに憔悴し、そんな母親に愛想をつかせた父親は家を出ていった。

まともに日常生活が送れなくなった母親のもとで、初島ユウキがどうやって暮らしていたのか、彼女にはその頃の記憶が無いのだという。

過酷な環境が、記憶を薄れさせたのかもしれない。

気付いた時には、祖父母の家に引き取られることになっていたという。

10歳で母親と別居する必要があると判断されたというのだから、ネグレクトだったのだろうと周囲には思われていたらしい。

実際は記憶が無いので分からないし、祖父母も話そうとはしなかった。

次の大きな事件は母親の死。

12歳の秋、その日どうしても母に会いたいと、母の住むマンションに行った彼女は、母親が大量の睡眠薬を飲んで倒れている所に遭遇した。

病院に搬送されたが、そのまま亡くなってしまった。

これが二度目に呼ばれた時。

三度目は程なく訪れた。

母親が亡くなって1年後、一周忌に出席するために帰ってきた父親を迎えなければとバス停に向かった初島ユウキの目の前で、父親は車に跳ねられて亡くなった。

あまりに不憫な身の上の彼女は親族に同情されながらも敬遠されたという。

その中で、祖父母だけは良くしてくれて、生活面では何不自由なく暮らすことができていた。

交友関係や学業には特に問題もなく、小、中、高校へと順調に進んだ。

しかし、その過程でも度々呼ばれることはあり、それはデジタルワールドであったり、全く別の誰かの死であったりしたそうだ。

今から1年前に祖父が他界しているが、その時は呼ばれなかったらしい。

すべての死に呼ばれるわけではなく、特定の死に呼ばれている。

そして、もう一つ。

大輔や賢、僕に会わなければならないと思ったのは何故か。

呼ばれるという感覚に近かったにも関わらず、僕達は死んでいないし、身近に亡くなった人もいない。

ならば何故なのか。

「ユウキは賢とタケルに会って握手した瞬間、お前らがパートナーを失った時の映像が見えたって言ってた」

その言葉に、僕と賢は同時に息を飲んだ。

握手をした瞬間、僕達は何かのイメージを見たのにそれを覚えていなかった。

もしかしたら、それが彼女が僕達の記憶を見た瞬間だったのではないか。

そんな仮説を賢が口にすると、大輔は「かもな」と肯定した。

「僕と賢が大切な誰かを失っていたから…?」

「彼女は僕達の抱える死の記憶まで背負ったって言うのか…」

あまりに多くの死が、彼女を取り巻いていたことが分かる。

そして、僕は直感的に理解した。初島ユウキの周囲を漂っていたあの複雑怪奇な色は、彼女が背負った命の色だ。

僕が初めて初島ユウキの周りに色を見た時、それは黄色一色だった。

家族の話をした時は三色、デジタルワールドで見た時にはそれこそ複数の色が。

そして、あの河原の墓標から吹き出たダークブルーの靄。

ああやって彼女は誰かの命を背負ってきたんだ。そして、最後は命の渦に飲み込まれた。

あの複雑に絡むような色の集まりの中で、一つ一つの色が決して混ざり合わないのは、独立した命であったからだろう。

だとしたら、賢の聞いた音も命の音だったのだろうか。

「俺が知ってるのはこれで全部です。何でユウキがそのアポカリモンって奴の中継役になったのか、多分これが答えかなって」

『…そうですね。今の話を聞いて、彼女もまた特異な体質、能力を持っていることが証明されました。生き物の死に引かれる彼女だからこそ、アポカリモンの声に呼び寄せられたのでしょう』

「だとしたら、奴を倒さなきゃ初島ユウキって子は助けられないってことか?」

初島ユウキの過去に言葉を失っていた周囲の人間たちが、ぱらぱらと発言し始める。

「倒すっていっても、以前は紋章の力で何とか抑え込んだのよ。今は紋章が無い上に、三人しか送り込めない空間でどうやって倒すの?」

「そうか…そうだったな」

ヤマトと空が対処法で悩む姿を見て、僕は少しだけ目を伏せる。

僕は根本的に兄達とは違うことを考えていた。

倒す、抑えるのでは意味が無いのではないか。

現に八年前の方法では無に帰すことができなかったからこそ、今こうした事態が起きているのだ。

無だ。

アポカリモンは無に帰すしかない。

それ以外にあの存在を理の元に戻すことはできないと思えた。

けど、はてどうやって?というのが最大の難問である。

説得して無に帰ってくれるほど甘い相手なら、八年越しにこんな騒動に発展しない。

倒すのでもないし、封印では臭いものには蓋をしろ状態で何の解決にもならない。

考えても妙案は浮かばず、取り敢えずブレーンを始めとする皆に考えを伝えてみた。

すると、ブレーンは『なるほど』と頷いた後に暫し考え込み、太一はあまりピンとこないのか思案顏をし、ヤマトと空は何故だか感心したように僕を見た。

おおよそ同世代組は、京は光子郎と同じく何やら考え込んだ様子を見せ、賢は世界と理についてやたらと頷いていたり、伊織は無に帰ることの恐ろしさを最年少ながらに語った。

残る大輔はというと、僕の話した内容の三割も理解できていない様子で、今にも思考がオーバーヒートすると言わんばかりにげっそりとした顔をしていた。

「いなくなんなきゃダメなのか?そいつらはさぁ」

ぷすぷすと頭から煙でも上がりそうな大輔が、僕の肩にのし掛かりながら聞いてきた。

「僕だって助けられるなら助けたいけど…これは人の力の及ばないことだよ」

「その及びもつかないもんに抗ってるんだろ、そのアポカリモンってのは。すげーな、それってよ」

「…確かにすごいのかもしれない。自分の力の及ばない所にあるものを欲しがるなんて、相当なエネルギーが要ることだ」

僕と大輔の話に入ってきたのは賢だ。

僕は大輔を振り落として軽く首を鳴らした。

「生に対する執着は人もデジモンも同じなんだろうね。なまじ感情なんてものがあるから余計にさ…」

「自然の摂理の一言で片付けられない、か。僕達だったらどうなんだろう。大多数の人が得られるものを得られないってなった時、受け入れられるんだろうか、それは仕方のないことだって」

賢の疑問に沈黙する。

仕方ないって言葉は嫌いだった。

その言葉は僕にとって、本音も願いも何もかも飲み込んで大人ぶるための言葉だったから。

だからもし、このままヒカリが消えてしまう運命にあって、それは仕方がないことだと言われたら、僕は諦めきれなくてみっともなく足掻くだろう。

でもそれが自分だったら?自分が消えることを考えると確かに恐かった。

けれど、ヒカリが消えてしまうと思うよりは恐ろしくない。

自分自身を失うよりも、彼女を失うことのほうが恐い。

しかしそれさえも僕が生きているから思えることであり、きっとアポカリモンたちのような思念になってしまえば考えも及ばないのではないか。

結局、理の中で生きている僕達に、彼等の思いを理解することはできないのかもしれない。

ぼんやりと思考に耽っていると、大輔が「そんなのその場になってみなきゃわっかんねーなぁ」と最もなことを言い、賢が「相手の気持ち考えられるっていうのが、想像力を持った人間のいい所なのに」とぼやいた。

相手の気持ちを考える、か。

僕はふとマコトを思い出す。

彼女は母を思い、父を思い、僕のことまで思って理解してくれた、そして許してくれた。

彼女は僕を肯定し、受け入れ、そうまるで僕の存在を祝福するかのように…。

そこまで考えてハッとした。

最新のメールの文字は『祝』。

これまでのメッセージと合わせると『すべての生に祝』。

もし次に届く文字が『福』で祝福となるなら、そして差出人が全ての生者を羨むアポカリモンだとしたら。

僕の中に二つの考えが浮かび上がる。

それは対極的なもの。

どっちだ?奴の言う祝福は。

 

 

『すべての生命は世界に祝福されて生まれてくる』

 

 

初島ユウキの祖母の口癖だという言葉が蘇る。

これもどっちだ?世界は何を祝福したんだ、それぞれの生命に。

 

 

『生命には必ず意味があって、世界は生命によって流れ、生命は世界によって巡る』

 

 

意味が祝福の証?

それは必ずしも人の考えの上において喜ばしいことや楽しいことばかりではない筈だ。

世界は大きい。

新しい生命が生まれ、文化が根付く半面で、時には種の絶滅や大規模な自然災害、生命の終わりでさえ世界からの祝福であるとしたら?

ぐるぐると思考が渦を巻く。

この場にいるのに、思考だけが切り離されていく感覚。

まずい、これは以前倒れた時と同じ感覚だ。

ここではないどこかに引っ張られるような…。

徐々に目の前の世界から遠ざかっていく感覚の中で、僕は賢と大輔に視線を泳がせる。

軽く頭を振るような仕草をした賢、眉を顰めた大輔が視界に映り、やはりだと思った。

「賢、大輔…」

「タケル、これ…」

「あん時と同じ…」

頭の中の神経だけが後方に引き抜かれていくようで、平衡感覚が失われていく。

「タケル?」

「賢!?」

「大輔!」

怪訝そうなヤマトの声に続いて、京の慌てた声と駆け寄る気配、太一の大きな声が暗闇の中で響いた。

 

 

 




死んだらどこに行くのかと、考えるようになったのはいつからか考えてます。

読んで頂き、ありがとうございました。


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