デジモンアドベンチャー それぞれの物語(タケル編)   作:アキレス腱
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第26話 〜初島ユウキ〜

 

ようやく辿り着いた場所には、最初に来た時とは違う様相を呈した球体があった。

硬質だった表面のデータはいつの間にか無くなり、虹色のデジタル文字の列が何重にも円を成した球体が存在していた。

「ここに八神さんが?」

「うん」

僕は球体に手を触れ、頭の中でリンクするヒカリへと語りかける。

すると、文字の一部が組み変わって扉が現れ、僕達を中に迎え入れてくれた。

中の空間は変わりなく、中心の光球内にはヒカリの姿があった。

「ヒカリ、ありがとう」

「タケル、みんな、無事でよかった」

空間が隔離され、僕達は漸く一息つくことが出来た。

しかし、まだこのゴミ箱空間から脱出できたわけではない。

僕は壁にもたれて呼吸を整えている賢に声をかける。

「賢、外と連絡つかないかな?ここならもしかしたら繋がるかもしれない」

この中で唯一外との連絡手段を保持している賢。

もし現実世界にいる京や光子郎達と連絡が取れれば、この空間にゲートを開けるかもしれない。

「やってみるよ」

意図を理解した賢は、Dターミナルを取り出してメールを打ち始めた。

大輔は、人1人抱えて走ってきたこともあり、かなり疲弊している様子だった。

未だ目覚めない初島ユウキを横たえたすぐ側で、足を投げ出して荒い息をしている。

僕はヒカリに歩み寄り、光球に手を触れた。

「平気?」

「私は大丈夫よ。初島さんは…?」

「記憶は戻したつもりだけど、それで良かったのかな…」

僕達が走り出した直後に背中で聞いた深淵からの叫び声は、今でも耳に焼き付いていて、哀しく胸を締め付ける。

まるで泣いているようにも聞こえたあれは、彼等の心の叫びだったのかもしれない。

彼等から初島ユウキを奪ったこと、後悔するつもりはないけれど、やりきれない思いは残る。

「漸く消える道を選べたのに、その道標を僕達が奪って…彼等はまた…」

「それでも、彼女を見捨てることなんてできないわ」

「うん、分かってる…分かってるよ。人の命には代えられない」

そう、僕達の倫理観や道徳に照らし合わせれば、そして感情のままに判断すればそれが正しい。

でも、世界にとっての正しさは違う。

この世界のホメオスタシスが彼女ともども彼等を消せと言ったのは、そうしなければ世界が歪むからだ。

歪みは新たな歪みを生み、また戦いの火種が数多く生まれてしまうだろう。

そうしないために必要だと世界が判断したことの前に、人の物差しで計る正しさが、果たして抗えるのだろうか。

僕は初島ユウキを振り返り、彼女の姿をした彼等が言った言葉を思い出す。

 

 

『…我々がどれ程の時を虚無に抗い、叫び続けてきたか』

 

 

『奇跡か…だが、その奇跡も世界の理を覆すことまではできない。我々が生まれ、消えることも世界には定められていたに違いない。途方もない時間、抗い続けることさえも…』

 

 

抗い続けた果てに、消滅の道を選んだ。

運命というものがあるなら、彼等はそれを認めて受け入れざるおえなくなったんだ。

それ程までに、世界の理は固く、突き崩すことが叶わないものということ。

じゃあ、今回の僕達の行動は?

世界の求める答えとは違う答えを出そうとしている僕達もまた、世界に否定されるんじゃないのか?

肩越しに見える初島ユウキ、細めた視界の端に、僕はそれを見つけた。

横たわる彼女の手、その指先から僅かに零れ落ちるデータチップを。

瞬間、目を見開いて、初島ユウキに駆け寄った。

彼女の手を取り、データチップを確認する。

微かに零れ落ちたデータチップは、サラサラと床をつたって移動していく。

まるで意思を持っているかのように、出口を探しているのだろうか。

僕の行動に大輔が怪訝そうな顔をする。

「タケル?どーした?」

「データチップが…まさかっ」

行き着いた答えに、サッと血の気が引く。

すると、初島ユウキの手がスルリと僕の手からすり抜け、彼女がゆっくりと身を起こした。

「ユウキ!」

大輔がふらつく彼女の肩を助け起こす。

「初島、さん…」

目覚めた彼女に、僕は恐る恐る声をかける。

初島ユウキは顔を上げ、正気を宿した目で僕を見た。

そのことに僕は少なからず安堵したが、次の彼女の言葉はそれを打ち砕いた。

「高石さんが思っている通りです。私の記憶はまだあの子達と繋がっています…少しずつ、あの子達の所に呼ばれてる」

「何だって!?」

初島ユウキの言葉に、大輔が驚愕の声を上げる。

メールを送信し終わった賢も駆けつけた。

彼女は驚くほど穏やかな顔で続ける。

「あの子達の消滅が始まった…これが…世界から私への祝福」

「え…?」

戸惑う僕達を他所に、彼女はゆらりと立ち上がり、光球に守られるヒカリを見ると、ニッコリと笑った。

「その力が貴女への祝福であるように、世界は私にも役割をくれた。誰もが世界に祝福されて生まれてくる…だから…」

ダメだ、と心が叫んだ。

初島ユウキの顔は何かを決意していて、その決意が何なのか、僕には分かってしまった。

思わず彼女の手を掴むが、その行動は意味を成さなかった。

初島ユウキの身体から無数のデータチップが浮かび上がる。

あの時と同じだ。

彼女の記憶が身体から解離していく。

「ユウキ、待て!」

大輔がそれを止めようと初島ユウキを抱き締めるが、それもまた記憶の解離を留めることはできなかった。

解離したデータチップが空中で寄り集まり、もう1人の彼女を形作る。

初島ユウキの身体が大輔の腕の中で力を失う。

「そんな…君は、彼等と消えることを選ぶの?」

再び現れた初島ユウキの記憶に、僕は問いかけた。

具現化した彼女は僕達を見下ろし、申し訳なさそうに眉を寄せた。

「大輔君たちの気持ち、とても嬉しかった…こんな私を助けに来てくれて、辛い記憶を受け止めてくれて…本当に嬉しかった」

「ならっ」

「でもね、あの子達をここに連れてきたのは私だから」

「そんなの!?」

食い下がろうとする大輔に、初島ユウキはニッコリと笑うと、大輔の前に降り立った。

そして、自分の体を抱く大輔を抱き締める。

「ありがとう、大輔君…私、本当はずっと消えたかったの。誰かの死に目に会う度に、こんなに悲しいならいっそ消えてしまいたいって何度も思った。けど、大輔君といる時だけは悲しい思いに囚われることもなくて、すごく幸せで、ずっとそのまま…一緒に、いたい…って」

「なら一緒にいればいいだろ!これからだって」

2人の初島ユウキを抱きしめて、大輔が懇願するように叫ぶ。

「あいつらも消えなくて済むように、悲しい思いが無くなるように俺たちで考える!だから、ユウキが1人で背負って消えるなんてすんな!」

「大輔、君…」

初島ユウキの大きな瞳から涙がこぼれた。

それは喜びの涙か、それとも…。

だが次の瞬間、初島ユウキが大きく肩を震わせ、一瞬遅れて大きな衝撃が防御壁全体を揺るがせた。

立て続けに更なる振動が襲い、僕達はその場に膝を付く。

「何だ!?」

衝撃の正体を探ろうと防御壁の外部に視線を向けるが、そこには何の姿もなく、ただ文字列が回転し、無へと続く空間が広がっているだけだった。

唯一膝を折らずにいた初島ユウキが、遥か遠くを見つめて呟く。

「あの子達が来た」

フワリと身体を浮かせ、防御壁の外へ向かおうとするが、大輔の腕がそれ引き止めた。

ここで行かせたら、恐らく彼女の記憶は消える、その身体を残して。

「大輔君…」

「ユウキ、俺は…」

「私の記憶は呼ばれて、少しずつあの子達に流れてる。もう空間の作用で消滅したものも…」

「…嫌だっ…」

「ごめんね…今の私はもう、どうやって大輔君に出会ったかも覚えてないの」

「!?」

その言葉は大輔に明らかな動揺を与え、それによってできた隙が、彼女の飛び立つ隙になった。

大好きな人の手をすり抜け、初島ユウキは防御壁を飛び出し、あっと言う間に見えなくなってしまった。

呆然とそれを見送るしかなかった僕達の元に、京からメールとゲートを開くためのプログラムが送られてきた。

これで僕達は助かるだろう。

そして彼女は、初島ユウキは…。

「こんなのって…」

誰ともなく呟かれた言葉。

こんなのってない。

誰かを犠牲にして自分たちが助かる、この後味の悪さだけが残る結末を、ここにいる誰もが認めたくなかった。

でも多分、一番認めたくなかったのは…。

死んだように動かない初島ユウキの身体、その横で肩を震わせる大輔。

僕達にはもう、彼女を追いかけて行って彼等と戦うだけの力は残っていない。

彼等を消して初島ユウキを助けることも、彼等と初島ユウキの両方を救うこともできない、無力な子供でしかなかった。

あの夏の、パートナーを失った戦いの時と同じように…。

けれど、違うこともあった。

それは、どんな時も諦めない、奇跡を運命づけられた大輔がいる。

大輔は初島ユウキを引き止めきれなかった手を強く握りしめると、彼女の後を追って防御壁を飛び出した。

「大輔!」

「大輔君!」

賢とヒカリの呼び止める声には一切振り返らず、大輔は虚無の空間に消えていった。

賢が大輔を追おうとするが、僕がそれを引き止めた。

「タケル、どうして!?このままじゃ、大輔までっ」

「うん…だから、賢はここに残ってゲートを開く準備をしてくれないかな」

「え?」

現実世界に帰るためのゲートを開くには、京が送ってきてくれたプログラムを展開する必要がある。

それができるのは賢だけだ。

「彼等の消滅はもう始まってるって初島さんは言ってた。なら、遠からずここも消されるよ。だから、いつでも脱出できるようにしておいて欲しいんだ」

「だからって1人で行く気か?危険すぎる!」

賢にしては珍しく声を荒げて余裕のない表情を見せる。

事態がそれだけ逼迫していることは、僕にも分かっていた。

ヒカリの不安と心配に満ちた視線も感じた。

それでも、大輔が初島ユウキを失いたく無くて駆け出したように、僕も大輔を、大切な仲間を失いたくない。

だから、敢えて笑った。

「大丈夫、大輔は僕が必ず連れ戻すから」

それに、僕は1人じゃない。

頭の中でヒカリと繋がる。

どうやらこの空間が維持されている間は有効なようだ。

僕の思いに、ヒカリは黙ったまま頷いた。

賢もまた、渋々だけれど了承してくれた。

「無理だけはするなよ」

そう言って送り出してくれた賢に手を振って、僕は初島ユウキと大輔が消えた空間に身を躍らせた。

床は無い。

上下のない空間を、デジヴァイスに残された位置情報を頼りに進む。

振り返ると、遠くなった所為で文字列が潰れ、光の塊にしか見えなくなった防御壁がクルクルと回転しているのが見えた。

それはまさしく、夢で見た光景だった。

やがて床が現れ、地に足をつけた僕は走り出した。

 

 

 

 

 

僕が2人の元に辿り着いた時、初島ユウキの姿は既に半分以上が消えかかっていた。

2人の背後にはパックリと大きく口を開けた真っ暗なものが迫っている。

真っ黒なそれは、奥行きを感じないひどく薄っぺらに見えるのに、半面、底が無いような恐怖を覚えた。

 

あれが、無。

 

あそこに飲まれたものは無に帰るんだ。

漠然とそう感じた。

そして、それは恐らく当たっている。

何故なら、初島ユウキの周囲に蠢くデータの集合体が、彼女の一部とともにその真っ黒なものに吸い込まれて行っていたからだ。

消える瞬間の断末魔が辺りにやかましいほど響いていて耳が痛い。

大輔を守るようにしていた初島ユウキが、僕を見つけて何かを叫んだ。

しかし、周囲の断末魔にかき消されてうまく聞こえない。

僕は無の恐怖に震えながらも2人に近づいた。

ともすれば引き込まれてしまいそうにも感じたけれど、ここで逃げ出すわけにはいかなかった。

「初島さん、大輔!」

「タケル!」

「高石さん、大輔君と逃げて!ここにいたら消えてしまう!」

「ユウキっ」

「行って、お願い!」

すぐ背後に迫る無への入り口から遠ざけようと、初島ユウキは大輔を突き飛ばした。

しかし、大輔は彼女の手を離そうとしない。

大輔の気持ちも、初島ユウキの気持ちも、どちらも分かる。

分かるからこそ、僕は大輔の腕を引いた。

「離してくれ、タケル!」

切実な願い。

それでも、僕は大輔だけでも連れ戻さないと。

「ごめん、大輔」

そう言って、僕は大輔の鳩尾に拳を叩き込んだ。

「うっ!」と大輔が呻く。

崩れ落ちる大輔の身体を支えて走り出そうとするが、それは叶わなかった。

大輔はまだ手を離していなかったのだ。

「ゆう…き…」

「大輔…」

本当に初島ユウキが大切なんだ。

それでも緩々と手から力が抜けていく。

それ感じたのか、初島ユウキが涙を浮かべた笑顔で言った。

 

 

 

「大輔君、さっき言ったこと忘れないで。記憶(わたし)は消えても初島ユウキ(わたし)は消えない。たとえ記憶がなくなっても、私はまた大輔君を好きになる。何度だって、好きなるよ。だから、私をっ」

 

 

 

その言葉を最期に、初島ユウキの手が大輔から離れ、彼女の姿はデータチップに分解され、無の入り口に吸い込まれた。

後には何も残らなかった。

すぐに僕達にも消滅の危機が迫ったが、ヒカリの呼び声に反応して保護プロテクトが働いたことと、賢がゲートを開き、光子郎と京のタッグが僕達をトレースしてサルベージしたことにより、気付いた時には全員、始まりの街に戻ってきていた。

 

 




大輔が起こす奇跡は、大それたものでなくていいと思ってます。

読んで頂き、ありがとうございました。






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