デジモンアドベンチャー それぞれの物語(タケル編)   作:アキレス腱
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最終話 〜希望を胸に〜

 

惨劇の跡が未だに残るはじまりの街。

カラフルな建物に刻まれた痛々しい破壊の跡。

さっきまで存在の危機に晒されていた僕は、いつものデジタルワールドの空気に触れ、帰ってこられたのだと理解する。

途端に脱力感に襲われ、支えていた大輔と一緒に地面に崩れ落ちた。

 

 

生きてる。

 

 

緊張の糸が切れ、極限状態により麻痺していた感覚が戻ってくると、全身を痛みとだるさが襲う。

遠くに僕達に向かって走ってくる人影が見えて、それが賢とヒカリだと分かると、僕の身体が呼吸を思い出したように大きく息を吐き出した。

 

「…ユウキ」

 

すぐ隣で呟かれた名前に、僕達の命と引き換えに消えた彼女の最期の顔が蘇る。

僕はのろのろと首を捻って大輔を見やった。

が、かけてやれる言葉は見つからない。

そこへ、ヒカリと、少し遅れて初島ユウキを抱き抱えた賢がやってきた。

ヒカリの顔は涙に濡れていて、押し倒さんばかりの勢いで僕の胸に飛び込んできた。

「タケル、無事で良かった…」

僕は大輔を気にしながらもヒカリを優しく抱き返し、「うん」とだけ返事をした。

賢はというと、僕達と一緒に初島ユウキの姿が見当たらないことでその意味を理解したのか、沈痛な面持ちで大輔を見つめた。

項垂れたまま、最期に初島ユウキの手を掴んでいた自らの手を固く握り締めて動かない大輔。

賢は大輔の前にしゃがみ込み、そっと声を掛けた。

「大輔…」

「…最後まで1人で背負って行っちまいやがった」

賢の呼びかけにゆっくりと顔を上げた大輔が、賢の腕の中にいる初島ユウキを見て、苦しげに言葉を絞り出した。

握り締めていた拳を解き、眠っている初島ユウキの頬に触れようとしたその時、大輔の手の中から僅かなデータチップが零れ落ちた。

そしてそれは、ハラハラと雪のように舞ったかと思うと、まるでホログラムのように初島ユウキの姿を映し出した。

それは、彼女の最期の記憶。

 

 

『たとえ記憶がなくなっても、私はまた大輔君を好きになる。何度だって、好きなるよ。だから、私を…』

 

 

先の言葉は誰も知らない。

最期に彼女が大輔に託したかった想い。

彼女が消えたことを再現するかのように幻もまた消え、データチップは初島ユウキの身体に降り注いだ。

大輔は賢から初島ユウキを受け取ってその腕に収めると、涙を必死で堪えながら彼女の名前を呼んだ。

 

 

 

 

 

暫くして、現実世界から京と伊織が僕達を迎えに来てくれた。

京は賢の無事を心底喜んで、初島ユウキの記憶が失われたことに涙を流した。

現実世界に帰り、兄達に迎えられ、光子郎からゴミ箱空間に充満していたデータは全て消去されたことを聞き、漸く全てが終わったのだと認識した。

初島ユウキはその日のうちに家族の元に送り届けたが、一向に目覚める気配がないことや、記憶が無くなっている可能性を彼女の祖母に説明すると、祖母はすぐに病院へ連れて行ってくれた。

後日、ちゃんと説明しなければと思った。

祖母にとっても、初島ユウキは唯一残った肉親。孫を亡くし、娘を亡くし、娘の夫も亡くし、直近では長年連れ添った夫をも亡くした彼女の祖母は、ボロボロになった孫娘の姿を見て、どれ程心を痛めただろうか。

それなのに、巻き込んだ上に事情をはっきりと話もしない僕達に対し、深く追求することもせず、優しげな瞳で「貴方達も早く家族の元に帰っておあげなさい」と言ってくれた。

初めて会ったけれど、あの人が生命の循環と世界の理を初島ユウキに教えた人。

あの人が初島ユウキの取った選択を知ったら何と言うのだろう。

世界の理に従い、自分に与えられた過酷な役割を受け入れて、人々やデジモンの悲しみと一緒に全ての記憶を投げ打った孫のことを、どう思うのだろう。

 

僕達はその日、様々な思いを胸に抱いて自らの家族のもとに帰って行った。

 

僕は、僕の心身を気遣った兄が泊まっていけと言ってくれたので、その言葉に甘えることにした。

久々に兄の作った料理を食べて、波波と溜めた湯船に浸かりながら全身に残った打撲の跡に苦笑いを浮かべて、相変わらず男所帯で散らかった部屋に布団を敷いて眠った。

目を閉じて思うのは大輔のこと、初島ユウキのこと、ヒカリのこと、消えていった彼等のこと。

意識を手放す寸前に頭に浮かんだのは、彼等や初島ユウキが口にしていた『世界の祝福』という言葉だった。

 

 

 

その日もまた、デジタルワールドの夢を見た。

けど、今度は音も色も欠けていない、今まで見た夢を全て廻るような。

そして、今日の夢には案内人がいた。

初島ユウキだ。

 

「全てのことには意味があるんです。観覧車が廻るように生命は廻り、暗い墓地にも花が咲くように生命は芽吹き、火の壁に拒まれるものもいれば、転生の輪に還って生まれ変わるものもいる。時には、天使が悪魔に変容することも…全ての生命は世界によって生かされ、生命によって世界が創られる。喜びも幸せも、悲しみも苦しみも、痛みも、恐れも、生も死も…全てが世界からの祝福なんです」

 

「全部定められているから、従うしかないってこと?」

夢の中で初めて声を発した。

肉声に近く、妙にリアルに感じた。

僕の問いかけに、初島ユウキは首を振った。

 

「生命には意思が宿っているから、私達は自分で選んで自分で決めるんです。悩んで、苦しんで、時には支え合って、互いに影響し合って…」

 

「自分の選んだ道に後悔はない?自分の力を、運命を呪うことは?」

 

「そうですね…それすらも、生きる喜びを増やすためのスパイスだって、今なら思えるかもしれません」

 

そう言って笑った彼女の顔が焼き付いた。

あの時、彼女は確かに自分自身の手で運命を選び取ったんだろう。

初島ユウキは自らの運命を世界からの祝福だと例えた。

だから、それを受け入れることで、世界を祝福したのかもしれない。

記憶を失くした彼女は、次にどんな運命を選び取るんだろうか。

きっとその時は、大輔が隣にいる気がした。

 

 

 

そして、夜明け前に目が醒める。

僕は夢の内容を覚えていなかったけれど、とても頭がクリアで、少しだけ心が軽くなっていた。

僕達は午後一番に初島ユウキのお見舞いに行った。

精密検査の結果に異常は無いにも関わらず、彼女の意識は未だ戻らず、眠り続けているという。

彼女が割り当てられた個室の病室には既に大輔がいた。

ベッドの脇について、初島ユウキの手を握っていた。その姿が哀しくて、胸が痛かった。

暫くして彼女の祖母がやってきて、僕達は事情を説明することにした。

デジタルワールドのこと、初島ユウキの特殊な力のこと、彼女が記憶を投げ打って僕達を助けてくれたこと。

信じてくれという方が難しい事ばかりだったけれど、それらを隠して説明するのはあまりに不可解だし、何より彼女の唯一の家族には全て話すべきだと思った。

初島ユウキは、両親や弟の死まで背負っていたのだから。

一般人には突拍子もない話だったにも関わらず、初島ユウキの祖母は困惑することも、取り乱すことも、否定することもなく終始静かな表情で聞いてくれた。

そして、全てを話し終わった後、初島ユウキの祖母はベッドで眠る初島ユウキの頬を撫で、優しい声で言った。

「そうだったの…随分辛い思いをしたのね、ユウキ」

「あのっ、本当にすみませんでした!」

いたたまれなくなったのか、大輔がその場で立ち上がって頭を下げて謝った。

しかし、彼女の祖母は謝罪に対して首を振ると、大輔に歩み寄ってその肩に触れた。

「顔を上げて頂戴。ユウキはあなた方を守りたかったのでしょう?そして、あなた方もユウキを助けてくださった。ありがとう。あなた方のお蔭で、唯一の家族を失わずにすんだわ」

「でも…でもっ」

「ユウキが目を覚まして、もし本当に記憶が失くなってしまっていたとしても、ユウキは生きているんだから、また一緒に思い出を作っていくわ。辛いかもしれないけれど、精一杯支えていくわ。だから、自分達を責めるのはおやめなさい。そして、ユウキが目覚めたら、またお友達になってあげて頂戴」

初島ユウキの祖母なんだな、と改めて思った。

何て優しい、大きな人なんだろう。

きっと初島ユウキのことをとても心配して、心を痛めているだろうに、そんな素振りは一切見せず、僕達を励ましてくれる。

歳を重ねただけでは得られない器量に、この人の人生も壮絶なものだったのだろうなと想像した。

 

 

病院で皆と別れ、僕は世田谷の自宅への帰路についた。

電車の中でマコトに連絡をいれた。

夜に僕の部屋で会う約束を取り付け、短いメールのやり取りを終えると、緩やかに日常に戻っていくのを感じた。

 

 

その夜、約束通り親子丼をマコトに振る舞った。

食事を終えたマコトは洗い物を終え、今はテレビを見ながら寛いでいる。

マコトは今日はベージュのパーカーにジーパンというラフな格好をしていた。

何だかこうしてマコトと過ごすのがかなり久しぶりな気がしてしまう。

それ程に、昨日の出来事は大きなものだったんだと思い知る。

今は目を閉じても、頭の中でヒカリと繋がることはない。

あの不思議な感覚は、やっぱりあの時限りのものだったんだろう。

少しだけ残念で、でも安堵もした。

全て相手に伝わることは、便利そうでいて危うさも孕んでいるからだ。

昨日のような危機的状況ならいざしらず、日常的に繋がっていては下手なことを考えられなくなってしまう。

僕が苦笑すると、マコトが振り返って「何?」と聞いてくる。

僕は「何でもないよ、ちょっと思い出し笑い」と答えた。マコトは再びテレビに向き直る。

僕の我儘で時間を取って会ってもらって、でもマコトは何も聞いてこない。

話せることなら話していると理解しているから、僕が話さないのなら何も聞かないのだろう。

全く、有難い限りだった。

穏やかな日常に浸ることの幸せを噛み締めて、痛みの残る記憶と、これからのことに思いを馳せながら、1日が終わっていった。

 

 

 

 

 

初島ユウキが目覚めたのは、春休みの最終日だった。

僕はその瞬間に立ち会うことはできなかったけれど、大輔と賢、そして京がその場にいたらしい。

賢から聞いた話では、やはり彼女の記憶は全て失われてしまっていたようだ。

賢や京のことはおろか、大輔のことも覚えていなかったという。

ただ、大輔の顔を見た時、初島ユウキは無意識だが涙を流したそうだ。

何故か分からないと本人は言っていたそうだが、それは初島ユウキの中にあった大輔への強い想いがそうさせたのだと、僕達の誰もが思った。

ある意味、小さな奇跡かもしれない。

けれど、この奇跡には続きがあった。

 

 

 

 

 

「ヒカリの能力が抑えられる!?」

パソコンの画面に映る光子郎に、僕は思わず身を乗り出して聞き返した。

ここはお台場のマンションの井ノ上宅の京の自室。

光子郎が僕達に話があるというので、僕とヒカリ、賢、大輔で京の部屋に集まったのだ。

京都にいる光子郎とはスカイプで繋がっており、先日の戦いへの労いの言葉から始まり、あの現象を研究所で研究するチームが立ち上がったとか、プロテクトの有用性とか小難しい話の後、今まで周囲への影響や政府の機関に見つかることを恐れて遠ざけるしかなかったヒカリの能力を抑える方法が見つかったという報告を聞いて冒頭に至る。

それは思わぬ吉報だった。

「本当ですか?」

ヒカリも驚きつつも喜びを隠せない様子で確認する。

『はい、方法というのが正しいかは分かりませんが』

「どういうことです?」

光子郎の言い回しに首を傾げたのは賢だ。

すると、既に内容を知っているらしい京がニヤニヤしながら肘で僕を小突いてきた。

一体何なのだろうか。

そう思っていると、光子郎がこれまた思わぬことを口にした。

『細かいことを抜きにして言えば、タケルさんの存在がヒカリさんの力を抑える作用をすることが判明したんです』

「「えぇ!?」」

僕とヒカリの声が重なり、シンクロ度合いに京が更に笑みを深めた。

「正確にはタケル君の紋章の力が、ヒカリちゃんの紋章のタグの役割を果たすようになったってわけ」

「僕の紋章がタグに?」

「そんなことあるんですか?」

京の説明に半信半疑の僕と賢だったが、画面の向こうで僕達のブレーンが笑みを浮かべて肯定したことで、漸く真実なんだと受け入れた。

『幸か不幸か、先日の事件の際、タケルさんの紋章の力が更に解放され、ゲンナイさん曰く本来の力が引き出されたんだそうです。希望の紋章は光の紋章とペアになっていて、力のコントロールを司っているんだとか。なので、今の所はタケルさんが側にいれば、ヒカリさんの力が不用意に解放されることはなくなるというわけです』

それはホメオスタシスが語ったこととほぼ一致していた。

僕がヒカリの力を抑えられる。ヒカリを守ることができる。

それは僕にとってこの上ない幸福だった。ヒカリと目を合わせて2人で笑い合った。

他に誰もいなければ抱きしめていたと思うけど、さすがに今は慎んだ。

大輔もいるのだから。

「よかったね、ヒカリちゃん。これで変に引け目感じなくても大丈夫よ!」

「うん、ありがとう、京さん」

自分の事のように喜ぶ京に思わず口元が緩むヒカリ。

その後ろでは、大輔も笑顔を見せていた。

それが少し、切なかった。

 

 

光子郎の話はこれで終わりではなかった。

ヒカリのタグの代わりとなった僕の紋章の力を解析し、ゲンナイとともにタグと同等の能力を持つアイテムを作りたいというのだ。

そうすれば、僕と一緒の時でなくても、ヒカリの力をコントロールすることができるようになるかもしれない、と。

そのためにも、どこかで僕に時間を取って欲しいと頼まれた。

それは願っても無いことなので、僕はヒカリと光子郎と予定を合わせ、長い休みが取れるゴールデンウィークに機会を設けることにした。

光子郎は話が纏まると、最後に大輔に向けて言った。

『このタグに代わるものが完成すれば、初島さんの力の影響を抑えることもできるかもしれないそうです』

「ホントですかっ?」

『確証はありませんが、可能性はあると思いますよ。彼女の力は人とデジモンの両方に影響を与えていました。理論上では、少なくともデジモンへの影響は抑えられるようになるかと』

「それだけでも全然いいっすよ!」

大輔は嬉しそうに笑った。

あの日以来、こんな風に笑う大輔を見ていなかった僕達には、それが嬉しかった。

きっと、色々考えて悩んでいたに違いない。

記憶が無くなっても、彼女の能力が消えたわけではない。

また死に呼ばれ、記憶を蓄積してしまうかもしれない。

あんな思いは二度としたくないし、させたくないだろう。

けれど、未知の力を前に、一介の高校生である僕たちは無力だった。

それを、大輔も気にしていたと思う。

だから、これはかなりの朗報なのだ。

『まだまだ調べなくてはならないことも多いですが、この件はゲンナイさんをはじめとするエージェントが協力してくれるということですから、かなり時間を短縮できると思いますよ』

「はい、お願いします!光子郎さん」

ブレーンにお礼を告げ、その日はお開きとなった。

帰り際、大輔がこっそりと僕にお礼を言ってきた。

僕が大輔の役に立てるなんて思っていなかったから、このお礼には驚いた。

けど、僕が大輔に助けられたことも何度もあるから「お互い様だよ」と返すと、「おう」と笑顔が返ってきた。

 

 

 

 

いつか何の気兼ねもなく、ヒカリと、大輔と、初島ユウキも連れて、みんなでデジタルワールドに行きたいと思った。

この願いが叶うのはちょっと先、一年後の夏になるんだけど、それはまだ僕達の知らない話。

今はこれから始まる新学期と自らの将来に少しだけ不安を感じつつ、それ以上に期待に胸を躍らせながら僕は歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの夏に置き去りにしてきたたくさんのもの。

拾い上げることができたものも、できなかったものもあるけど、その痛みや後悔も抱いて、僕はこれからを生きていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タケル編終了です。
無印、02を見ていて、タケルの抱えたものが露呈するのは思春期あたりからなのかなぁと勝手に思っていました。
心と体の変化に加え、仲間も一様に変わっていく中で、きっとタケルは苦しむのかなと。
物分りのいい子は、多くの矛盾を抱え込んでいる可能性が高い気がしているので…。

水崎マコトとのその後や、タケルが将来何になるのかは番外編で書こうかと思っています。
小説家は………副業でいいんじゃないかと。

読んで頂き、ありがとうございました。






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