デジモンアドベンチャー それぞれの物語(タケル編)   作:アキレス腱
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※この話はやや性的表現を含んでいます。苦手な方はサラッと流してください。









第6話 〜解放〜

 

 

 

止む気配のない雪。

僕はいつかのようにマコトと手を繋いで世田谷の部屋に向かって歩いた。

すっかり冷え切ってしまったペットボトル飲料を、二人して空いている方の手でブラブラと遊ばせながら。

道中、マコトは世間話5割、朝食の催促2割、両親のこと3割の割合で話をした。

ただし、口数はいつもの3割減だった。

 

部屋に着くと、まずマコトの冷えた身体を温めるためにシャワーの使用を促した。

聞けば、僕に電話をしてきた2時間程前からあの場所にいたという。

「風邪引くよ」と少し呆れて僕が言えば、マコトは「どうせ冬休みだもん」と拗ねた子供のように反論した。

バスタオルと着替の必要性を問うと、バスタオルだけ貸してと答えが返ってきたので、今まで一度も使っていなかった白いバスタオルを出して渡した。

マコトがバスルームに消えた後、暖房がききはじめた室内で、僕は朝食の支度にとりかかる。

マコトとこの部屋で過ごす時は、最初の一回を除いて全て食事は自炊だった。

コンビニの弁当が嫌いというマコトの意見と、料理は得意ではないが嫌いではない僕のスキルの合わせ技とでもいうのか。

必ずしも美味しい料理が食べたいわけじゃないから、と言ったマコトは、もっぱら僕の作る卵料理を気に入っていた。

形の悪いオムレツ、出汁の効きすぎた出汁巻き卵、バターを多めに使ったスクランブルエッグ、半熟を狙って焼きすぎた3分の1熟目玉焼き、つゆだくの親子丼。

兄のように料理ができていたら、マコトの反応はどんなものだっただろう。

野菜室に残った野菜で簡単なサラダを作った後、ケトルのスイッチを入れ、トースターに食パンをセットする。

冷蔵庫を開けて卵を4つ取り出し、ボールに割りいれる。

最後の一個は割るのに失敗して殻がボールの中に転落した。

連続していたシャワーの水音が途切れた。

脱衣所の更に奥のバスルームの扉の開閉音が聞こえる。

もし調理中でなく余計な雑音が何もない状況だったら、薄い扉越しにタオルや衣服の衣擦れの音といった彼女の更衣の気配が聞いてとれたことだろう。

下手に意識してしまう要因が一つでも減って良かったと思う。

フライパンに落としたバターがじゅうじゅうと音を立て、芳しい香りが鼻腔をくすぐる。

溶いた卵を流し込み、固まる前に手早く菜箸でかき混ぜる。

全体が固まり切る前に火を止め、二つに切って皿に移した。

使ったフライパンは流しに入れて水につけ、後ろで飛び上がったトーストをスクランブルエッグと同じ皿に乗せる。

その皿をテーブルまで運び、再びキッチンに戻ろうとした時、脱衣所に続く扉が開いてマコトが出てきた。

最初に見た白いコートを小脇に抱え、Vネックのモノクロのボーダーニットに紺色の膝丈スカート、ベージュのタイツは身につけていないようで素足だ。

黒い髪を高い位置で纏めて結い上げ、シャワーの水飛沫でほんのり湿ってしっとりとしている。

反射的に鼓動が跳ねるのは仕方がないとはいえ、すぐに言葉が出てこないのにはしくじったと思う。

こんな時に不謹慎だろ、と己の動揺を蹴飛ばして、無理やり口を開いた。

「紅茶とココア、どっちにする?」

不自然な間を押して、ケトルがカチンと音を立てて止まる。

マコトは「じゃあココア」と答え、窓際まで歩いて行ってコートと衣類を纏めて置いた。

僕は分かったと答えてキッチンに戻り、用意してあった二つのマグカップに、一つは紅茶のティーバッグ、一つはココアパウダーを入れる。

砂糖を入れるか聞いて、マコトはココアパウダーのメーカーを聞いた後にお湯で溶く旨を確認し、スティックシュガーで3本頂戴と言った。

「バスタオル、洗濯機に入れて置いたけど、いい?」

マコトに言われたスティックシュガーを出している所に声が掛かる。

いいよ、と答えながら顔を上げると、彼女は意外と近くに来ていて、有り合わせのサラダを入れたグラスボウルを持って運んでいく所だった。

「ありがとう」

「それ、私のセリフだと思う」

少し振り返ってそう言ったマコトは、勝手知ったるという風に冷蔵庫の扉を開けて、お気に入りの和風ドレッシングとトマトケチャップを取り出した。

僕はココアに砂糖を入れてマドラーで混ぜ、フォークとマグカップを持って彼女の後に続いた。

ローテーブルを挟んで座り、できたての朝食をとる。テレビはつけなかった。

新年の浮かれた特番だらけのチャンネルは、どこを回してもカンに触るだろう。

サクサクとトーストを齧る音がする。

マコトはトーストには何もトッピングしない。

何故かと聞いたら、昔好んでつけていたマーガリンが有害指定として販売中止になった国があると知ってショックを受けたから、と話していた。

僕は蜂蜜を垂らしてハニートーストにしてからパンの耳を齧る。

サラダは早い段階でなくなった。

いつもマコトはドレッシングをかけ過ぎるため、取り皿を別に用意するが、今日は用意しなかった。

たまにはひたひたのドレッシングに浸かるサラダもいいかな、なんて思って食べたけど、喉が渇いて仕方なかった。

もう二度とやらないと心に誓う。

スクランブルエッグにはトマトケチャップ、これはマコトも僕も一緒だった。

カチャカチャとフォークが皿に当たる音がする。

ワンルームに暖房の駆動音と僕達の食事の音、そして微かにバスルームから聞こえる水滴の音。

やがて、全てを掻き消すような耳鳴り。

 

 

 

 

まるで世界に僕達二人、取り残されたみたいだ。

 

 

 

 

1時間後、洗った食器やフライパンから落ちる水滴も無くなった。

その洗い物を済ませた人物は僕のベッドを占領してすやすやと寝息を立てている。

僕はベッドのすぐ横に座り、ベッドにもたれ掛かって彼女を見ていた。

昨日から一睡もしていなかったらしい。

うっすらと浮かぶ目の下のクマ。

先程まで結い上げていた髪は解かれ、幾重もの黒い筋となってシーツに散らばっている。

暖房の効いた室内で毛布は暑いのか、腰までを覆うにとどまっている。

Vネックから伺える鎖骨のライン、ピッタリとフィットするデザインのニットが強調するバストライン、目が行かないといえば嘘だった。

触れれば柔らかいことは知っているし、その温かさを恋しいとも思う。

それは僕の寂しさから。

でも、彼女が僕に求めるものは僕とは違う気がした。

その違いはまだ分からない。

思考の波に揺られていると、どこからかバイブレーションの音が聞こえてきた。

自分の携帯を確認するが、どうやら違う。

ならば彼女の携帯か。白いコートの中からくぐもった振動音を伝えてくる発信源を認め、どうするべきか迷った。

振動音が断続的に響くのを見ると、メールではなく電話だろう。

今し方寝たばかりのマコトを起こすのは忍びないが、もし彼女の母親からだったら?もし彼女が母親に行き先を告げていなかったら?心配しているのではないだろうか。

自分の母親のことが頭を掠めた。少しばかりの罪悪感を押しやって、僕は白いコートのポケットから彼女のライトグリーンの携帯電話を取り出す。

背面の液晶画面に表示されていたのは「父」の文字。

一瞬ドキリとしたが、すぐに携帯を持って寝ているマコトを揺り起こした。

「ん?」と薄眼を開けて、やや不機嫌そうな顔をするマコトに携帯電話を差し出す。

誰からの着信か分かると、マコトは携帯を受け取って起き上がり、「ベランダ貸して」と言ったが、冷えるからとの理由で僕が外に出ると進言した。

食い下がろうとするマコト、鳴り続ける携帯のバイブレーション。

あまり時間を掛けられないと、僕はダッフルコートを持ってさっさとベランダに出て、ガラス戸の向こう側にいるマコトの携帯を指差した。

マコトは納得していないようだったが、観念したように電話に出た。

こちらに背を向けて何か話し始めたのを見て、僕も戸に背を向けた。

ベランダには雪がうっすらと積もっていた。

未だに降り続く雪が、目の前に広がる街を白く塗りつぶすのはそう遠くない。

灰色に霞む街。大輔達はそろそろ初詣に出掛けただろうか。

毎年、02年の選ばれし子供のメンバーで初詣に行く。

大輔が言い出しっぺで、皆賛成して。

それから皆、必ず都合をつけては集まった。

(きっと僕が初めての欠席だな…)

マコトの所に来たことを後悔しているわけではないけれど、やっぱり、仲間が同じ時を過ごす時にその場に居られないのは寂しいものだ。

襟足から入り込む冷気に身を竦め、舞い散る雪から逃れるためと寒さを和らげようと、コートのフードを被った。

幾分と暖かくなる。

そういえば、と思い立って携帯電話を取り出して開くと、やはり何通かのメール。

Dターミナルはお台場の家に忘れてきたが、携帯にメールが入っているということは、あっちにも届いているだろうなと思った。

基本的にDターミナルは仲間内での優先的連絡方法になっていた。

通話が必要な時や個人的な内容はもっぱら携帯での連絡手段を使う。

一見面倒だか、登録されているアドレスは選ばれし子供に限定されているため、仲間内ので情報を共有したい時などは携帯よりも早く、優先順位が高い連絡であることが分かるため重宝していた。

それに、自分たちだけのネットワークというのは、特別感とともに安心感を、少なくとも僕には与えていた。

それに甘え過ぎていたのも、他でもない僕だったけれど。

メールBOXを開くと、見知った面々の名前がズラリと表示される。

その中で、『八神ヒカリ』の名前を見つけて指が止まる。

少しばかり躊躇った後、そのメールを開封した。

 

 

『タケル君

 

明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします。

お友達は大丈夫でしたか?

一緒に初詣に行けないのは残念だけど、友達思いのタケル君らしいなとも思います。

私達は正午を目安にいつもの神社に向かいます。

その後は、いつものように伊織君の家でおはぎを頂いて、一乗寺君の家に行きます。

夕方までは一乗寺君の家にお邪魔していると思うので、もし体が空いたら来てください。

私も、皆も待っています。でも、無理はしないでね。

お友達、お大事にして下さい。

 

ヒカリ』

 

 

実に彼女らしい文面だと思った。

相手の状況や心情を気遣っての言葉の数々は、背景に見え隠れするヒカリの本心を上手くぼかしている。

唯一引っかかった最後から二行目を見つめ、密かに毒付いた。

(僕もキミのことを分かっていないけど、キミも大概僕のことを分かってないよね)

 

『私も、皆も待っています。』

 

そんな風に言われたら、未だに見苦しくヒカリを忘れられない僕の心は大いに揺れ動く。

会いたくなる。顔を見たくなる。抱きしめたくなる。

抱き締めて、その涼やかな声を奏でる唇を塞いで、華奢な体の何もかもを奪って、心も身体も手に入れたくなる。

身体の中心に熱が燻る。

ギュッと自分の腕で体を抑え込む。

消えろ。

幾度となく身を焼いた黒い炎の火種を、必死に理性で打ち消そうと試みるが、1度熱を持ったそれは、僕の意思に反して見る見るうちに大きくなっていく。

嫌だ、嫌だ、嫌だ。

もうあんな思いをするのは、あんな惨めで、辛い思いをするのはもうたくさんだ。

耐えきれずにガンッとベランダの格子を殴りつけた。

鈍い痛みが拳に残る。

ああ、何やってんだ。

虚しくて、虚脱感の中で激しく燻る黒い炎に苛立って、自分の不甲斐なさに身を屈めた。

カラリと遠慮がちにガラス戸を開く音が聞こえた。

マコトだろう。

電話が終わったのだろうか。それとも、僕の様子がおかしいことに気付いて様子を伺いにきたのだろうか。

でも、今は振り返って笑える自信がなかった。

マコトが辛い状況にあるのは分かっていたけど、こんな余裕のない状態では逆に彼女を傷つけかねない。

「ごめん、今はちょっと一人にして…すぐ戻るから」

マコトの方を見ずにそれだけ絞り出して、きつく眼を瞑った。

黒い炎を一刻も早く消し去るために。

しかし、いつまでたっても戸が閉められる様子はなく、マコトが何か言葉を掛けてくる様子もない。

頼むから一人にして欲しいと思いながらも沈黙を貫く。

抱えた膝に顔を埋めて、暗闇に閉じこもるように。

すると、ふっと隣に人の気配を感じて、思わず顔を上げてしまった。

そこには、僕と同じように膝を抱えてしゃがみこむマコトの姿があった。

何で。

そう問いたかったが、僕の目を覗き込んだマコトが呟いた言葉が、何もかも吹き飛ばしてしまった。

 

 

「一緒にいさせて」

 

 

真っ白になった。もう何も考えられなくて、僕はマコトを強引に抱き締め、無理やりに彼女の唇を奪った。

歯と歯が強くぶつかり、ガチッと硬質な音が聞こえる。

マコトがどう思うとか、力が強すぎやしないかとか、そんなことに頭は回らなかった。

僕は開きかけの戸の隙間に雪崩れ込むように、マコトの身体を室内へ押し倒した。

ばさりと黒い髪がフローリングの床に散らばる。見上げるマコトと目が合った。

 

 

拒絶される。

 

 

一瞬脳裏に蘇った恐怖。

振り払うように衝動に自我を譲り渡した。

僕はマコトを強引に犯した。

頭のどこかで、最低の行為だと自分を罵りながらも、もう止めることはできなかった。

 

 

「ごめん」

 

 

行為の最中、無意識に紡いだ謝罪がマコトに届いたかは分からなかった。

 

 

 

行為の終わりを迎えた後、室内に荒い二つの呼吸が入り乱れていた。

マコトに覆いかぶさる形で脱力した僕は、熱が冷めるとともに舞い戻ってきた理性の激しい断罪の声に打ちひしがれる。

自分のしたことがどんなことか、何てことをしてしまったのか。

マコトの顔を見るのが恐ろしくて顔を上げることができない。

 

絶対嫌われた。

いや、嫌われる所の話ではない、底なしに軽蔑されたに違いない。

 

激しい後悔に襲われる僕の背に触れるものがあった。

「…え?」

それがマコトの腕であり、その手は優しく僕の背をさする動きをしていると認識した時、僕は驚きを隠せなかった。

どうして。

僕は今し方マコトを欲望のままに犯したのだ。

彼女の意思を無視して、それは許されるものではない筈なのに。

だというのに、何故あの時のように、歩道橋で彼女に引き止められて泣き崩れた僕にしてくれた時のように、背中を撫でてくれているのか。

分からない、分からない。

僕の頭の中は混乱を極めた。

ガバッと顔を上げてマコト見下ろす。

そこには、いつも変わらない色を湛えた黒い瞳があった。

「ど…して…」

思わず口をついた。

マコトは顔色を変えることなく、僕の背に回していた手を、今度は僕の頬に添えた。

「苦しかったんだよね、ずっと」

滑らかな指が弧を描くように頬を撫でる。

そこには嫌悪も、軽蔑も感じられない声と、表情と、触れ方があって、僕の目に熱いものが滲んで溢れた。

重力に従って零れ落ちる涙は、ポツポツとマコトの頬を濡らす。

「辛かったね、ずっと1人で」

視界が歪む。

「ずっと、頑張ってきたんだね」

もうマコトの表情は分からなかった。

僕は泣いた。

8月のあの日に必死で殺した声を、行き場を無くした想いを、もはや隠すこともできず、マコトの胸に顔を埋めて、子供みたいに声を上げて泣いた。

マコトは、そんな僕を抱きしめて、頭を撫で続けてくれた。

 

 

 

 




底辺です。
これ以上は落ちません。

読んで頂き、ありがとうございました。






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