デジモンアドベンチャー それぞれの物語(タケル編)   作:アキレス腱

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第8話 〜仲間〜

 

 

初詣をドタキャンした僕を気遣ってか、冬休み中にもう一度02年の選ばれし子供のメンバーで集まろうと大輔が提案した。

本当に知ってか知らずか、いや彼の場合は間違いなく天然で、人に災い(救い)をもたらす天才だ。

誰よりも仲間と疎遠になることを恐がっているのは僕だと、無意識に知っているんだろう。

だけど、今の僕がそれを心底嬉しく、また心底憎らしく思っているなどとは毛ほども思っていない。

全く、昔も今も羨ましい限りだった。

集合場所はドタキャンした責任を取るということで、僕が世田谷の部屋を提供することに半ば強制的に決まった。

本当はそれだけは勘弁して欲しかったが、僕に発言権は無かった。

マコトをあんな風に犯した部屋に、仲間が、ヒカリが来る。

どうしても気が重かった。

気休めに朝から掃除をしてみた。

どんなに綺麗にした所で、拭いきれるものではないと分かっているけれど。

とりあえず、玄関から掃除機をかけはじめ、キッチンマットもローテーブルも退かして、這いつくばってベッドの下まで網羅する。

最後の窓際にやってきて、カーテンを持ち上げた時、キラリと光るものを見つけた。

掃除機の電源をOFFにしてよくよく見ると、細身のゴールドチェーンにハート型のペンダントトップが付いたネックレスだった。摘んで拾い上げると、シャラっと微かな音を立てる。

明らかに女性物のネックレスは、どこかで見たような記憶があった。

いつ?

ふっと夏に見た白いブラウス姿が蘇る。

マコトだ。

初めて会ったあの日、マコトが身につけていたネックレスだ。

そういえば、この間彼女はこの辺りにコートやらの荷物を置いていた。

きっと帰る時に落として忘れたんだ。

今度会った時に返さなければ。

なくさないよう、チェストの上、いつもは伏せている写真立てーー選ばれし子供の集合写真を納めたもので、今日は久々に立てたーーの横に置いた。

それから掃除の続きに取り掛かる。

全員が来るとなると6人。

ワンルームのこの部屋ではいささか狭いが、ベッドを活用すれば何とかなる。

あとは、一人暮らしに大きなカーペットなど要らないとデザイン重視で購入したラグを見下ろし、小さいよな、と呟く。

ベッドに2人、ローテーブルを隅に寄せたとしてもラグの上に納まれるのは2人かギリギリ3人。

となると、残り1人は冷たいフローリングの上。

大輔ならいけるか。

よし解決!と楽観的に完結しようとして、いやいや真冬にそれはないだろう、と思い直す。

クッションなるものはなかっただろうかとクローゼットの奥を探ると、一人暮らしをしてからこっち使われた試しのないブランケットを発見した。

さすがに埃くらい叩こうと思い、ベランダに出た。

今日の天気は快晴だ。

元旦の曇天など見る影もない。

バサバサとブランケットを払い、物干し竿に引っ掛けて天日干しまでした。

掃除が終わり、無事全員分の居場所も確保した。

あとは、と室内を見渡し、キッチンを覗く。

そこで流しの水切りに伏せられたマグカップを見て、全員分カップが無いことに気付いた。

これはどうしようもなくないか?

今から全員分のカップなど用意できるはずもない。

家にあるのは2つ。

「仕方ない、紙コップ買って来てもらおう」

誰に言うでもない独り言を呟いて、Dターミナルでその旨を仲間に連絡した。

お菓子は言われなくても京や大輔あたりが買ってくるだろう。

さて、あとは時間になったら最寄駅まで皆を迎えに行くだけだ。

 

 

2時間後、今年の02年選ばれし子供メンバーの初顔合わせとなった。

去年の8月以来だから、およそ半年ぶりだ。仲間達は、取り立てて大きな変化は見られなかった。

大輔は相変わらず元気だし、賢と京は順調のようだし、伊織は来年度から受験生になるようだが、決して無理をせず自分のペースで頑張っているようだ。

伊織は僕から見ても非常に上手く自分をコントロールしている。

幼い頃失くした父親の影に縛られることなく、しっかりと受け止めて生きているのが分かる。

かつてのジョグレス進化の相手である伊織のことは、他の人間よりも容易に理解できた。

多分それは本質が正反対だから。

僕達の中に限ってかもしれないが、ジョグレスの相手は基本的に陰陽の関係にある者同士で組まれていた。

そして、そんな伊織に救われたことは幾度もある。

真っ直ぐに、受け継いだ紋章の如く誠実に生きる彼の姿を、素直に羨ましいと思う。

僕には無いもの、成り得ないもの。

「タケルさん、これ母のおはぎです。元旦にタケルさんは食べられなかったから」

どやどやと部屋になだれ込み、各自自分の場所を確保している中、伊織がご丁寧に絞りの布で包んだ手土産を差し出して言った。

「ありがとう。わざわざ作ってくれたの?お母さんにも御礼を言っておいて」

「はい」

中学に入ってぐんと背が伸びた伊織は大分幼さを振り払っていたが、邪気の無い笑顔には昔の面影が被る。

その背後で京と大輔がベッド席を取り合っているのを見て、あの二人のあーゆー所は変わってなくて逆に安心さえするな、と密かに思った。

買って来てもらった紙コップを出して、飲み物を用意しようとキッチンに入り、作業を始めると、気配りやの女の子が後を追って来た。

「私も手伝うわ」

中学の頃より落ち着いた声音だが、相変わらず涼やかな声だ。

高校入学後、ますます綺麗になった彼女は、今日も薄っすら化粧をしていて、伸びた髪を今の流行りらしい編み込みスタイルで纏めている。

耳には小さな赤いピアスが光る。

小、中と印象的だったヘアピンはどうやら卒業したようだ。

そのことが、何だか少し寂しかった。

僕はしつこく縋る思い出の影や、チラリと覗いたマコトとの情事を消し去って、手伝いを申し出てくれた女の子にニッコリと笑顔を向ける。

「ありがとう。じゃあ、そこのケトルでお湯沸かしてくれる?」

「分かった」

狭いキッチンで互いに進路を譲り合い、各々役割をこなす。

チラリと盗み見た姿は、淡いピンクのタートルネックと、サスペンダーに繋がるのは白いショートパンツ、その裾から覗く太ももは膝上あたりから下は黒いニーソックスに包まれていた。

性懲りも無く可愛いと思ってしまうのは、惚れた弱みなので仕方がない。

けど、同時にやってくる切なさと後ろめたさに僕はその姿から目を逸らした。

僕は紅茶のティーバッグを人数分用意して、未だバタバタと騒ぐ残りのメンバーに向かって砂糖とミルクが必要な人の自己申告を要請する。

賢と伊織はすぐさま返事をしたが、場所取り合戦真っ最中である大輔と京には期待するだけ無駄というもの。

もういいや、二人はセルフサービスね、と言葉を投げて作業を再開した。

隣でケトルに水を注いでいたヒカリがクスクスと笑う。

「この間、一乗寺君の家に行った時もね、どっちが一乗寺君の隣に座るかってああやって言い争ってたの」

「どれだけ賢のこと好きなんだよ、あの二人。っていうか、両側に座れば良くない?」

「んー、いきさつとしては、京さんがお手洗いに行ってる間に皆が座って、その時は伊織君と大輔君が一乗寺君の隣に座ってたの。で、京さんが戻ってきたら…」

「賢の取り合いが始まったわけか。まあ、確かに伊織君か大輔かって言ったら、京さんなら間違いなく大輔にふっかけてくだろうね」

その場にいなかった僕でも容易に想像できてしまい、思わず吹き出す。

ヒカリも同じように笑った。

「ホント、京さんも大輔君も変わらないわよね」

元旦エピソードでひとしきり談笑した後、ヒカリは少し遠慮がちに、僕が初詣をドタキャンしたことについて触れた。

胸に小さな針を突き立てたような鋭い痛みが走る。

「メールでお友達は大事にならなかったって聞いたから安心したけど、結局元旦はタケル君に会えなかったから、ちょっと心配してたの」

「心配かけてごめんね。学校の友達で、病院とか行ったらちょっと遅くなっちゃって。前の日に夜更かししたのもあって、帰ったら疲れて寝ちゃったんだ」

ティーバッグを開封して紙コップに落としながら、元旦にメールでしたのと同じ言い訳をする。

彼女が聞きたいのはそんなんじゃないって分かっていた。

多分、何があっても仲間との時間を大切にしていた僕が、疲れたという理由で合流しなかったことに違和感を持ったから、だから敢えて直接聞いたんだ。

詳細は知らなくても、何かがあったと感じたから。

それは恐らく彼女だけじゃなく、ここにいる皆が感じたのだろう。

だからこうして集まってる。

どうか気付かないフリをしてくれと思う反面、仲間に縋りたいと思う弱さが顔を覗かせる。

けど、本当のことなど口が裂けても言える筈がない。

「でも、こうしてまた集まる機会を作ってくれて、僕は嬉しいよ」

だから笑った。

小学生の頃からしてきたように、本心をひた隠しにした笑顔そのままに。

「…うん。大輔君がね…やっぱり皆揃いたいって」

僕の笑顔にヒカリは僅かに戸惑い見せたが、すぐにその色を消し去って答えた。

「そうだね、こうやって集れるのって、すごく幸せなことだよね」

キッチンの向こう側に、どうやらベッド席を勝ち取ったらしい京の勝ち誇った顔や、負けた大輔の悔しそうな顔、苦笑いでことの流れを見守っている賢と伊織を見つめ、幸せという響きをどこか遠くで聞きながら僕は呟いた。

「…タケル君?」

ヒカリの不安げな呼び声に引き戻され、僕はほんの少し狼狽えたけれど、丁度いいタイミングでお湯が沸き、話を逸らすことに成功した。

人数分の紅茶を作り、砂糖とミルクを用意してテーブルに運ぶ。

既にスナック菓子がいくつか開封されており、どうやらテレビも大輔が勝手につけたようだった。

はてさて、集まったからといって何をするでもない状況がそこにはあった。

元旦ならば初詣に行くとか、各々の家を回って新年の挨拶をするとか、御節食べるとか色々あるが、今回はそれらが無い。近況報告も僕以外は皆元旦に済ませているし…。

「となると、だ。タケルぅ、お前の近況報告を集団面接方式で行う!」

言い出しっぺの大輔がブランケット席から高らかに宣言する。

「集団面接方式って…」

「当たり前だろ?お前しか残ってないんだから」

「それはそうだけど、僕だって皆の近況聞きたいんだけど」

と反論してみるが、これは逃れられそうにない。ドタキャンの負債は大きい。

仕方なく、僕はさしあたって変化の無い学校生活と、一人暮らしに漸く慣れてきたことなどを話した。当然、マコトのことは話さなかった。途中、大輔に「クラスに可愛いコいねーの?」とーかちゃちゃを入れられたが、軽くあしらってやった。

「タケル君の高校って偏差値割と高かったよね?勉強ついてける?」

高校入学後、丸眼鏡から楕円や四角、果ては半縁眼鏡や全縁眼鏡などの眼鏡バリエーションが豊富になった京の質問。ちなみに今日は楕円型のレンズに臙脂と黒のチェック柄のフレームのお洒落眼鏡だ。

「そうですねぇ、賢の高校ほどがつがつやらなくても何とかなってますよ」

「そっかぁ、アタシは常に中間なのよねぇ」

「京さんは得意分野でずば抜けてますからねぇ」

ペロッと舌を出した京に、すかさず伊織がフォローを入れる。

確かに彼女のパソコン方面への才能は素晴らしい。

ミミにパソコンオタクと称されるあの光子郎とその分野で会話ができる数少ない人間だ。

「京はその得意分野を生かしていけばいいよ。それは社会に出ても強みになる」

さすがに付き合って3年になる賢の彼氏らしい意見と、彼女の持ち上げ方には感心した。

案の定、京は賢の言葉に上機嫌だ。

「賢は将来どうすんだ?」

その賢に話題が向いた。

彼女である京の厳命で髪が切れないのだと言っていた彼は、長く伸びた髪を後ろで一つに束ねており、さながら現代の牛若丸だ。

大輔に問われ、賢は少し考えた後に「警察官になりたいと思ってる」とはっきりと答えた。

どうやら京以外は初めて聞くようで、一様に驚いた反応を見せる。

中でも最初に言葉を発したのは警察官である父を幼い頃に亡くしている伊織だった。

「そうなんですか。賢さんの頭脳と運動神経なら、将来の選択は幅広いだろうと思っていましたが…」

父親のこともあってなのか、一抹の不安を感じさせる表情だ。

そこに大輔が明るく被せる。

「かっこいーじゃん、警察官!あ、もしかしてお前その為に高校入ってから剣道とか始めたわけ?」

「実はそうなんだ。もともと何か武道はやってみたいと思っていたし、警察官の採用にも有利になるから、一石二鳥だと思って。僕の高校は剣道部が強かったから、それで」

大輔の勘が冴え渡る珍しい瞬間だった。

賢が大輔の予想を肯定し、周囲から感心の声が漏れる。

そんなに早い段階から将来を考えて動いていたのかと、正直、賢の先見にはショックを受けざるおえない。

過去を乗り越え、前に進む青年の何と眩しいことか。

それに比べて自分はどうだ。高校を決めた理由も、将来構想も、まるでスケールが違う。

賢の努力には素直に敬意を表したいが、同時に己の矮小さを思い知らされて惨めになる。

仲間達が口々に賢を賞賛する。

参ったなぁ、と心の中で呟いた。

いつだったか、彼がデジモンカイザーなんて名乗っていた頃、相対して口で負かし、殴り合った時、僕は明らかに彼を下に見ていた。それが今では…。

でもきっと賢は僕を下に見るなんてことは絶対にしない。

それは彼が紋章の由来になるほど優しい心の持ち主だからだ。

そして、何よりも犯した罪を認め、過去と向き合い、ドン底から這い上がって強くなった。

目を逸らし続けた僕とは違う。

皆の知らない所でそっと拳を握り締め、悔しさを堪えた。

そこに更なる追い討ちがかかる。

「八神さんは?」

賢の促しで、皆の視線が一斉にヒカリに集まった。

嫌な予感がして、ヒカリの言葉を聞きたくなかったが、遮る術などない。

ヒカリは「えっとね」と持っていた紙コップをテーブルに戻して話し始めた。

「保育士か教員か悩んでて、どっちの資格もとれる大学に行きたいなぁって。だから、多分私立大」

「へー、保育士とかヒカリちゃんにぴったりじゃねー?」

「確かに、想像に難くないですね。ヒカリさんなら子供達の気持ちも汲んでくれますし」

ヒカリの将来構想に、大輔と伊織が適性有りとの意見を述べる。

続く京や賢も肯定的なのは目に見えていた。

「保育士も教員も子供にとっては大きな存在だから大変だけど、やりがいがありそうだね。素敵だと思う」

「あっ、それでヒカリちゃん、中学から水泳だのピアノだのやり始めたの?賢みたいに?」

賢の時の大輔パターンで京が閃いたとばかりに暴露する。

そういえば、中学時代の彼女は水泳部。

知らぬ所ではピアノも習い始めていたらしい。

どちらも将来のためとは。

中学入学当初、何で水泳部なのか疑問に思って聞いたことがあったが、その時はヒカリは「今までやったことないことに挑戦したくて」と言っていた。

だが、そうではなかった。

少し考えれば、ヒカリが無計画に何かを始めるなど無いと分かりそうなものなのに、それを鵜呑みにした僕は何てバカなんだろう。

もうあの頃から、とっくに彼女に置いていかれていたんだ。

「そっかぁ、保育士とかって色々できなきゃなんねーのな」

「凄く専門的にできなきゃいけないわけじないけど、それでもこなせるようにはならないといけないから、今のうちからって思って」

「ヒカリちゃんってば計画的〜」

「そんなことないわよ、皆だってちゃんと考えてるじゃない」

「それでも中学生からスキルを獲得しようとするのは立派だと思います」

「そうよね〜、アタシなんて割と行き当たりばったりだしぃ」

「それで割と何とかなってしまうから、京は凄いよ」

ワイワイと仲間達が談笑している。

それはガラスの向こう側で、僕はたった一人で隔離されたような感覚で聞いていた。

「大輔君は?」

「俺?俺はねー…んー、どーしよっかなぁ、そろそろ言ってもいいかなー」

「何よ、もったいぶっちゃってー」

「俺はさぁ、ラーメン屋になる!」

力強い大輔の宣言に一同が唖然とし、後に大爆笑。

自分の夢を笑われた大輔が「笑うんじゃねー!」と喚く。

「いや、ごめん、可笑しくて笑ってるとかじゃなくて、大輔が事あるごとにラーメン屋行こうって言うのはこれだったのかって思って」

腹を抱えて「可笑しいわけじゃない」とか説得力ないことこの上ない賢が、思い当たる節を並べて弁解する。

「へぇー、どっか弟子入りでもするつもり?」

「もうぜってー教えねー!」

「まあまあ大輔さん。あまりに予想外だったので、皆さんちょっとびっくりしただけですから」

ベッドで転げていた京の質問を、すっかり拗ねてしまった大輔が撥ね付ける。

それを宥めようとする伊織。

いつもならここに乗っかる流れだ、喋らなきゃ、入らなきゃ。

 

 

でも何て言って?

ガラスの向こうに僕の声は届く?

 

 

頭の中で声がした。どこから…後ろから。

 

 

「ね、タケル君は?」

ビクッと体が震えて我に返る。

皆がこちらを見ていた。

何を問われているのか、どうしてそういう流れになったのか、意識を飛ばしていた僕には分からない。

咄嗟に答えられずにいると、問いかけたヒカリが怪訝そうな顔をする。

「タケル君?」

「っごめん、ぼーっとしてた、何だっけ?」

しまった、と思って慌てて取り繕う。

ダメだ、早くなんでも無いんだって皆に分からせないと…

 

 

 

ワカラセナイト

 

 

 

何だ、それ…。

 

 

 

唐突にはっきりと見えた綻び。

何度も歪に縫い合わせては、その糸に絡まり、徐々に動けなくなった。

足下の“寂しがり屋”と、背中の“寂しがり屋”と、立ち尽くす“僕”は、必死にその綻びを、醜いと思い込んだその傷を、誰にも見えないように塞ごうとしていたんだ。

 

 

 

 

「…タケル?」

「タケル、さん…?」

いつもと違う真剣な大輔の声がして、次に伊織の困惑した声がして、賢と京の気遣わしげな視線を感じて、その次に、

「タケル君?」

心配そうに覗き込む、恋い焦がれる人の眼差しが見えた。

深刻そうな表情の理由を、頬を熱いものがつたってから理解した。

「ごめん…急にっ…」

「ううん、そんなこといいの。それより、何かあったの?」

「…それは…」

ぐいっと袖口で涙を拭い、答えに詰まる。

ヒカリの後ろから大輔の声が降ってきた。

「言えよ、仲間だろ」

見上げると、いつの間にかブランケット席から立ち上がった大輔が、ヒカリのすぐ後ろまで来ていた。

じゃれ合う時とは違う、真剣な眼差しを向けてくる。

そうやって無意識に人に手を差し伸べる大輔が、本当に羨ましくて、有難くて、どうして今までこの手を取らずに来たんだろうと後悔した。

だから、今なのかもしれないと思った。

この手を取るのは。

大輔を、ヒカリを、伊織を、京や賢の顔を見渡して、フッと肩の力を抜いて笑った。

「…僕、今まで何も皆に言って来なかったよね」

初めて仲間の前で、肩肘張らずに笑えた瞬間だった。

 

 

 




大輔は奇跡が起こせる人らしいです。

読んで頂き、ありがとうございました。


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