シコシコに捕らえられたクレマンティーヌは、逆らう気力さえ残っていなかった。武装はすべて解除され、今は武器を一つも持っていない。後ろに落ちている刺剣は、シコシコを振り払って取るには遠い距離だ。しかも、振り払うことは不可能だと、さっきのでわかった。はっきりいって、詰んでいる。
彼女は意気消沈した様子で、シコシコの出方を窺った。
「では、まず……。手始めに君のことを教えてもらおうジャマイカ――」
そういって、シコシコはクレマンティーヌを降ろした。彼女は解放されたことによる安堵感と、目の前の男への恐怖心により、その場にへたり込んだ。
まるで、こちらが虐めているみたいじゃないか。
先ほどと打って変わって弱弱しくなった彼女に、シコシコはやり過ぎたか、と少々後悔した。
「私の? 一体、何を話せば……?」
「でゅふ。最初は名前からジャマイカ?」
「名前は……クレマンティーヌ」
「ほう、クレマンティーヌ! じゃあ、クレマンたん……いや、変だからよしとこう」
「訊きたいのは、名前だけ?」
「いんや、もっともっとあるでずぞ。しかし、ここでの質問タイムはあまりよろしくないですのぉ」
いつの間にか、複数体のスケルトンが彼らを取り囲んでいた。シコシコは石ころを拾ってそれを投げつけ、囲んでいたスケルトンを倒すと、
「クレマンティーヌたん。武器とマントを取ってくるがよい」
「えっ? お前、正気か?」
敵対者にわざわざ反撃する、逃亡する機会を与える。そういった馬鹿な事を言っているシコシコに、クレマンティーヌは自分の耳を疑った。
だがその台詞は、両者間の実力差が雲泥の差だからこそ出てくる言葉だ、ということも彼女は理解していた。
駄目だ。武器を手に入れて反撃しようにも、武技を使って全力で逃げようにも、奴から逃れられる未来が見えない――。
そう逡巡しているうちに、周りのスケルトンらはいなくなっていた。
やはり、この変態は化け物だ。
クレマンティーヌはとぼとぼと歩き、散らばる5本の剣を拾い上げた。そして、顔を下にさげながら、大人しく戻ってくる。
「ぐふふふ……では、ウザベル殿の元へ参りましょうぞ」
夜も深くなってきた時間。こんな時間帯に部屋を訪ねてくる者が、まともなわけがない。
ノックの音が響く室内。ウザベルとハゲピカは、武装した状態で、勢いよくドアを引いた。
剣を訪ね人に突き付け、牽制する。
「おおっと、拙者ですぞ。犯人を捕らえてきたから入れて欲しいですぞ」
訪ね人はシコシコだった。相変わらずの変態だったが、ゲーム内では見慣れた存在のため、不快な感じはしなかった。
ウザベルは、犯人? と言って首を傾げた。
「白金級冒険者のプレイヤーが失踪した件でやんすよ」
「その犯人をですか!?」
「この子でやんす」
シコシコの横から、クレマンティーヌが顔を覗かせた。それと同時に、彼女は顔面蒼白になった。
ウザベルと呼ばれる男ともう一人の男。同じ戦士だから感じ取れる雰囲気からして、彼ら二人は少なくとも、漆黒聖典の隊長と同等以上の怪物だった。
なぜ神人クラスの化け物が2人もいるんだ……。
半ば放心したクレマンティーヌは、シコシコに手を引っ張られ、共にその部屋へと入った。
ウザベルはドアをすぐに閉めると、彼に事情の説明を求めた。
「端的に順を追って説明しますぞ。よござんす?」
『よござんす』
ウザベルとハゲピカが合わせた。二人は、シコシコの見た目と言動から、彼がどういうタイプのプレイヤーなのかを理解していた。
「えー。まず、墓地へ行きました。ボスいそうな神殿見つけました。その前でクレマンティーヌたんに襲われました。捕まえました。帰ってきました。はい、以上!」
「みじかっ!」
「ええ~……。他にもっと説明するべきことあるでしょうよ」
「いや、いや。拙者から話すことはこれだけですぞ。あとは――クレマンティーヌたんの口から聞くことにしましょうぞ」
クレマンティーヌは3人に見つめられ、反射的に身を引いた。
「クレマンティーヌたん!」
いきなり、シコシコにがしっと肩を掴まれ、クレマンティーヌは肩を尖らせた。
「な、なに……?」
「これから拙者が質問をしていくんで。嘘偽りなく答えるように!」
「わ、わかった」
ゆっくりと頷く。クレマンティーヌは、言われなくても嘘を言うつもりはなかった。
彼らはそもそもこの世界の住人ではない。本当のことを言おうが、嘘を言おうが、今の時点では判別できないだろう。だが、彼女の現在の精神では、とても上手く嘘をつける状態ではなかった。どこかしらに綻びが出て、すぐにばれてしまうだろう。正直、本当のことを話すよりも、嘘をついた後の方が怖かった。
「質問その1。クレマンティーヌたんの出身とご職業は?」
「出身は……スレイン法国。今は、秘密結社ズーラーノーンに所属して――」
「ヅーラーノーン? 育毛剤研究施設か何かでござるか?」
「いくもうざい? いや、その……研究施設ではなくて……ネクロマンサーやマジックキャスターが中心となってできた魔術結社で……」
「ふうん」
「そういえば先ほど、
険しい表情をしたウザベルが訊いた。リアルの彼は、薄毛で悩んでいるのだ。
「昔は……、スレイン法国にいた時は、漆黒聖典に所属してた」
「漆黒聖典? もしやそれは、六色聖典とかいう連中の一つジャマイカ?」
シコシコの口から出るとは思いもしなかった単語に、クレマンティーヌは目を丸くした。
まさかこのプレイヤーは、法国のまわし者なのでは?
彼女は一瞬そう思ったが、かぶりを振って、それはないと思い直す。まわし者なら、ここに風花聖典がいなければおかしい。それに、殺したプレイヤーの記憶がおかしいわけではないのなら、こいつらがこっちの世界に来てから、まだ10日も経っていないはずだ。
「そうだけど……。どうして、六色聖典を知っている? 法国に行ったの?」
「いや、行ったことはないですぞ。その六色聖典の一つの部隊に、拙者たち、喧嘩を売られたでやんす」
「喧嘩を、売られた?」
クレマンティーヌはシコシコの言っていることが理解できず、首を傾げた。六色聖典が、強いとはいえ、一介の冒険者たちに攻撃を仕掛けるなんて考えられなかった。
「天使とかいうのを召喚してくる連中でやんすが……知ってるみたいどすな」
天使というワードを聞いて、クレマンティーヌの表情が動いた。シコシコは、それを見逃さなかった。
彼らから向けられる鋭い視線に、クレマンティーヌは喉を鳴らすと、ゆっくりと口を開いた。
「……その部隊は、陽光聖典よ」
「陽光聖典……ふむふむ。では、質問その2。漆黒聖典を抜けた理由をくわすく」
「抜けた理由……?」
クレマンティーヌは言い淀んだ。これに関しては、彼女は誰にも話したくなかったが、場合が場合だ。彼女は、その抜けた理由を話した。
双子の兄に反発したことや両親のこと、法国での身の上を彼女は語った。
「おうふ……結構えぐいの」
クレマンティーヌの話に、シコシコは顔を顰めた。そんな彼の様子に、クレマンティーヌは僅かな希望を見出した。
あの男は情に流されやすいタイプだ。彼女はそう感じた。そこを利用しない手はない。
そう思ったのだが――
『だから、その……私……、辛くて』
悲劇のヒロインのような声色を出し、目に涙をにじませる。そこらの男なら、ころっと騙せる自信が彼女にはある。
『嘘をつくなと言っただろうが!!』
しかしながら、変態男の目は騙せない。演技は即行でばれ、殴り飛ばされる。
――という、ここまでの流れを彼女は幻視した。
(やっぱ、泣き落としはやめとこう)
クレマンティーヌは余計な事を言わないよう、自ら口を噤んだ。
その仕草に何を誤解したのか、シコシコは、
「おお、かわいそうにー」
などと哀れんできているが、彼女にとっては好都合であれ、不都合ではないのでそのままにしておいた。
「シコシコさん。今度は俺の方から質問させてもらっても?」
ウザベルが訊いた。シコシコは元からそうするつもりだったため、二つ返事で了承した。
「単刀直入に聞く。ユースケというプレイヤーを殺ったのは、君か?」
「っ……」
来るとわかっていた質問だったが、いざとなると、返答に詰まる。クレマンティーヌは言葉を出さずに、口を開閉させた。
だが、ウザベルは彼女の返答を待たず、もう一つの問いを投げかけた。
「……それともう一つ。近頃、冒険者たちが多数行方不明となっているのだが、それの犯人も君か?」
彼はクレマンティーヌの、マントの隙間から覗く防具を見て言った。彼女の軽鎧には、冒険者のものと思われるプレートが、所狭しと飾られている。
訊いている体だったが、ウザベルは彼女が犯人だと確信していた。さっきの言葉は、ただの確認に過ぎなかった。
「あ、あんたたちの仲間だと知っていたなら、手に掛けたりなんてしなかったわ!」
叫んだクレマンティーヌは、必死に言い訳を考えた。
この男たちはまだ、ズーラーノーンのことや、自分が快楽殺人者であることは知らない。ならば、そこをうまく隠せば、この場をやり過ごせるかもしれない。
「いや、仲間じぇねえし」
「えっ……?」
あれこれ言い訳を考えたクレマンティーヌは、予想だにしない言葉に、言い訳のことが頭の中から吹っ飛んだ。
「仲間じゃない……?」
「およ? ウザベル殿、拙者初耳ですぞ」
クレマンティーヌほどではないが、シコシコも驚いた様子で、ウザベルに訊いた。
「だって、あいつ……、むかつく野郎だったし……。ねえ、ハゲピカさん?」
「ああ、チーレム脳の糞ドキュンだったぜ。プレイヤー同士、せっかくだからメンバーになってくれないかって頼んだら、『君たち、僕よりもほんのちょっと、ほ~んのちょっとだけ面がいいからダメ。気に入らない。それに僕、女の子以外とチーム組む気ないんで。しかも、何でわざわざガチムチなんかと組まなきゃいけないの? 君たち、ホモ臭いよ』とか言いやがってよ」
ハゲピカは、ちっ、と悪態をついてから、
「ざまあみろだわ」
と、嘲笑を浮かべた。
「ほうほう。では、そのユースケ殿の殺害の罪に関しては、本人がカスのため――、無罪で!」
「無罪で良し!」
「異議なし!」
呆気なさすぎる、非道徳的な無罪通告に、クレマンティーヌは頭痛を感じた。いったい、今までの心労は何だったのか。
しかし、今のこの状況は、第一関門を突破したに過ぎなかった。おそらく、次は自分の身に付けている、数多の冒険者プレートについて聞かれるだろう。
「まあ、あのカスはどうでもいいんだ。それで、そのプレートは一体どこから手に入れたんだ?」
「く……!」
どういう答えを出すのが正解なのか、クレマンティーヌは咄嗟には思い浮かばなかった。だが、この男たち3人組に囚われているよりは、冒険者組合につき出された方がマシに思えた。
彼女は冒険者プレート集めは趣味の一環であることや、人を苦しめることがこの上ない楽しみだということを、包み隠さず話した。
これは賭けだった。
もし、この連中にまともな感性があるならば、自分は組合に
「ええ……。クレマンティーヌたん、暗殺者系強気っ娘じゃなくて、猟奇系メンヘラだったでやんすか……」
「マジキチやわー」
「こええよ、こええよ」
三者三様の台詞に、クレマンティーヌは賭けに勝ったと思った。
彼らは自分に引いている。なら、もうこれ以上は係わろうとは思うまい。
さらにいえば、彼らは冒険者なのだから、手間をかけて自分を殺すよりも、手間もかからず報酬も多い引き渡しを選ぶだろう。
「メンヘラかぁ……顔とボディは好みなんどすけどなぁ……う~ん、メンヘラかぁ……きついなぁ……ううん、だがしかし、拙者のハーレム王国には……」
シコシコは、クレマンティーヌが性格破綻者だと知って、少なからずの衝撃を受けていた。彼の頭の中では、すでに、クレマンティーヌは自分のハーレムの一員に入っているのだ。今さら抜かすわけにはいかない。
彼が悩んでいる理由は、彼女が快楽殺人者だからというわけではない。他のハーレム要員と喧嘩をしてしまわないか、ということに悩んでいるのだ。
メンヘラは、自分さえよければいい、他人はいくら傷つけてもいい、の構ってちゃんだ。他人との付き合いが苦手な人種だ。
彼は、そこが心配なのだ。
「女王様……合法ロリ……我がままボディ……最高ジャマイカっ!!」
下半身直結脳のシコシコは、迷いを振り切った。
一瞬だけ、うっとりとした表情を浮かべた後、
「ウザベル殿、ハゲピカ殿!」
「なんですか?」
「うん?」
「クレマンティーヌたんを、我らの王に裁いてもらいたいのでやんすが! あ! 我らの王というのは――」
この瞬間、クレマンティーヌの賭けは、負けに終わった。
「知ってます。クラーゲさんでしょう?」
ウザベルとハゲピカは、我らの王がクラーゲのこと示すことを、スパルタカス経由で知っていた。また、シコシコが窓から飛び降りていった後、彼らは隣室に泊まりに来たクラーゲたちとばったり会っていた。さらにいえば、スパルタカスとの取引により、二人は定期的に情報を受け取ることを条件に、“ドラングレイグ王国騎士団”に籍を置いている。
「イエス、ザッツライッ! 彼女の処遇をこっちが引き受けてもよござんすかっ!?」
興奮し、鼻息荒く叫ぶ。
何興奮してんだこいつ――。
ウザベルとハゲピカは奇怪なものを見る目でシコシコを見た。二人は、クレマンティーヌのような異常な女の取り扱いは願い下げだったため、シコシコの要求を快諾した。
「よし! ではクレマンティーヌたん!」
クレマンティーヌは再び強く肩を掴まれる。
はあ、はあ、はあ……。
と、荒い息を吐くシコシコに、クレマンティーヌは、ひっ! と、か弱い少女のような悲鳴を上げた。
そんな彼女などお構いなしだ。
シコシコは股間辺りの袋から、黄金滴る液体の入った壺を取り出すと――、それを彼女の胸にぶっかけた。
ステータス的なもの2
シコシコLv838 オバロlv100
生命力99 持久力99 体力99 記憶力82 筋力99 技量99 適応力99 理力81 信仰81
装備 なし
防具 なし
指輪: 覇者の印、緑花の指輪+2、石の指輪、刃の指輪+2
ウザベルLv720 オバロlv86
生命力87 持久力85 体力70 記憶力75 筋力80 技量80 適応力70 理力86 信仰87
装備 右手:エスパダ・ロペラ、アヴェリン 左手:エスパダ・ロペラ、アヴェリン
防具 玉座の監視者シリーズ
指輪: 刃の指輪+2、緑花の指輪+2、生命の指輪+3、赤い涙石の指輪
クレマンティーヌ
防 具 が 壊 れ た !