亡者だよ! 全員集合!   作:ニンジンマン

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 早朝。

 黄金の輝き亭一階の最奥、そこにある一室。

 豪華絢爛な部屋の中心には、議題の中心であるクレマンティーヌがおり、17人のダクソプレイヤーが彼女を囲っていた。

 三日に一度行われる騎士団定例会議。本日のその会議内容は『クレマンティーヌの入団の可否』と『クレマンティーヌをシコシコの部下に配置することの賛否』『役職の通達』だった。

 会議が始まって早々、意見は真っ二つに割れた。まず、賛成派の筆頭として、この議題をクラーゲへと持ちかけたシコシコがいる。議長のクラーゲ、ヨロイ、ウザベル(頼まれて仕方なく)らも賛成派に回っており、人数は9人と過半数を超えている。

 一方、反対派は副議長のスパルタカスやワイを筆頭とした、慎重派のプレイヤーが多かった。それは当然なことだった。なにせ、クラーゲは彼らにクレマンティーヌについて、彼女が元漆黒聖典第九席次だったことやこの世界の住人ということ以外は、何も説明していないのだ。スパルタカスがクラーゲに、議題の彼女がどのような人物なのかと訊かれた際、彼女は一瞬口を噤んだ。そして、その後『王は王に頭を垂れる人間はすべて赦す。過去は問わぬ』などと、答えになっていない答えを返してきた。意味がわからなかった。

 それに彼らにとって、クレマンティーヌは怪し過ぎるのだ。この世界の住人でありながら、ダクソ2の世界の武器防具を装備しており、さらにあの肉食獣を想わせる寧猛な笑みだ。

 スパルタカスは、思考がぶっ飛んでいるシコシコは置いといて、クラーゲとヨロイらはその女に騙されているのではないかと心配していた。彼はこの騎士団において、自分が(ブレイン)の役割を担っていると自負している。ゆえに冷静に、騎士団の利になる判断をしなければいけない。もしクラーゲらが騙されているのだとしたら、近いうちにどういう形であれ、損害が出ることだろう。

 残念ながら、最初の採決は9対8でクレマンティーヌの入団が可決されてしまった。

 まずいことになった、とスパルタカスは口惜しさに奥歯を強く噛んだ。

 向かい側に見えるシコシコが嬉々とした雄叫びを上げているが、スパルタカスは舌打ちして見なかったことにした。

 会議は次の内容へと進んだ。『クレマンティーヌをシコシコの部下に配置すること』これに関しては、スパルタカスは反対する気がなかった。なぜシコシコなのかが全く理解できないが、要注意人物を最強の変態に押し付けられるのだ。多少は安全性が出たと考えられるだろう。

 スパルタカスはここでさらに、偶然とはいえ安全性を高めるためとなった、昨日からクラーゲと決めていた情報網を強化するための意見を出した。

 

「シコシコさんは今日より、エ・ランテルを拠点とし、ここで活動をしていただきたい」

 

「な、なんですと!?」

 

 シコシコを騎士団の常駐戦力から抜くのは手痛い損失だが、元々、ウザベルらと定期的に情報交換をするためには、媒介役としてこちら側のプレイヤーを一人はエ・ランテルに滞在させないといけなかった。シコシコに矢面が立ったのは、仮に誰かに襲われたとしても殺されることはないだろう、という理由からだった。

 先日、エ・ランテルの共同墓地手前に設置した篝火の検証の結果、カルネ村の篝火へとワープすることができた。つまり、王都リ・エスティーゼに篝火を突き立てて誰か一人を連絡役にし、媒介役にこちらの情報を伝えてあちらの情報を受け取るだけで、簡単に情報交換ができるというわけだ。

 スパルタカスはこの流れを全員に説明し、賛成を得たが、シコシコだけが不服そうだった。

 

「せ、拙者のハーレム計画が……クラーゲたん、マリーたん……おお~っんんっ――」

 

 馬鹿は放っておくに限る。スパルタカスはがっくりと項垂れた変態を無視し、最後の議題へと会議を進めた。

 これに関しては、会議というよりも通達だ。

 前もって、あらかじめクラーゲには各員の役職名・役割を振るように一任してある。今日はその発表を行うに過ぎない。

 

「それでは皆、まずは各員の役職名・役割を伝える」

 

 凛とした、すーっと耳に入り込んでくるような声が響いた。

 クラーゲは手に持った羊皮紙に視線を落とすと、そこに書かれていることを読み上げた。

 

「ヨロイ、“第一の騎士(プリメーラ・カバリェロ)”――役割は王の護衛と代理だ。ワイ、“ドラングレイグ王国騎士団団長”――役割は騎士団の指揮、統括」

 

「ちょっ!」

 

 スパルタカスはクラーゲの発表に度肝を抜かれた。彼はてっきり、自分が騎士団長になるものとばかり思っていたのだ。

 予期せぬ結果に、スパルタカスは瞠目した。

 驚いたが反発するのはまだ早い。もしかしたら、軍師とかかもしれない。

 期待半分不安半分といった様子で、彼はクラーゲに問いかけた。

 

「お、王よ、待って下さい! 私の役職は……?」

 

「なんだ、スパルタカスよ。自分の番が待ち切れなかったのか? 早漏め」

 

 周りのプレイヤーから、笑い声が上がった。

 スパルタカスは、クラーゲに対して罵りの言葉を出さなかった自分を褒めてやりたい気分になった。

 腹が立ったが、それを必死に抑え込んで、押し黙る。

 

「スパルタカス、“ドラングレイグ王国騎士団参謀長”――役割は王への助言、戦時下での作戦立案だ」

 

 発表を聞き、溜飲を下げる。

 役割は今までと大して変わらなく、団長ほどではないが、騎士団の中での地位は高そうだ。

 焦った自分が馬鹿みたいだ。スパルタカスは恥をかいたことに額を抑えた。

 

「シコシコ、“特務隊隊長”――役割はこの世界の情報収集とその報告。ウザベル、“特別騎士団員”――役割はシコシコへの情報提供だ。えーっと、次は――」

 

 クラーゲが次々にプレイヤーたちの役職名と役割を述べていく。彼女は用済みになった羊皮紙を畳むと、クレマンティーヌへと顔を向けた。

 クレマンティーヌはクラーゲから、今回の役職の通達は、自分が加わったことによる再編によるもの、と聞かされていた。

 

「クレマンティーヌ、“特務隊隊長補佐”――役割はシコシコのサポートだ。これで全員の役職と役割は伝えたな?」

 

 クレマンティーヌはこの瞬間、歓喜と恐怖が綯い交ぜになった歪んだ感情に心を支配されていた。この化け物集団の仲間入りを果たしたことで、彼女は法国の追跡に頭を抱えなくて済むと思った。

 あの変態の部下ということは、自分が常に彼の傍にいるということを示している。変態の恐るべき実力を知れば、法国は自分にはもう手出しはできまい。気持ち悪い性格を除けば、こちらに危害を加えてくるということもしてこなかった事も考えると、これは便利な後ろ盾を手に入れた。

 自然と、その口が裂けるような笑みを浮かべていく。

 不気味な笑みを浮かべているクレマンティーヌに、ワイはスリットの奥の目を鋭く細めた。

 この女は危険だ――。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 会議が終わった後、プレイヤーの面々は方々に散っていった。

 クラーゲとヨロイをハーレムへと加えるという野望は無残にも砕け散ったが、クレマンティーヌは残っている。シコシコは最後の砦である彼女を伴って、メインダイニングで朝食をとっていた。

 この場に似つかわしくない、二人の露出過多な恰好に、周りの客が何やらひそひそ話を始めている。だが、自分たちが何かを噂されているにもかかわらず、二人は全く気にとめていなかった。

 皿の上に載ったローストされた肉をフォークで刺し、それを口に運ぶ。

 

「んー。美味しいねー」

 

 自然と口を衝いて出る感想。さすがはエ・ランテルの最高級宿屋『黄金の輝き亭』だ。このような上質な肉を食べたのはいつ振りだろうか。

 この宿の高級料理を堪能しながら、クレマンティーヌは昨日と打って変った態度でシコシコへと話しかけた。

 

「いやー、それにしても結構金あんのね、あんたら。異世界人だから、この世界の貨幣なんて持ってなかったでしょーに」

 

 たった半日程度の時間で、女好きなシコシコが自分には危害を決してくわえないということを、クレマンティーヌは理解していた。だから安心して、彼女は平素の自分を出していた。

 英雄色を好むとは本当のことだったんだー、などと思う。こんなのが英雄かと言われれば、否定したくなるが。

 

「でゅふ。高く売れそうな鉱石類を売り払ったんですぞ」

 

 ころっと態度を変えたクレマンティーヌだが、彼女の本性を知っているシコシコは全く気にしていなかった。 

 

「へー、どんな鉱石を売ったの?」

 

「見たいでござるか? 見たいでござるか? でゅふふ」

 

「うん、お願ーい。見せてくれる?」

 

「ぶふふ。ほいっ」

 

 テーブルの上に青く煌く石――蒼光石が置かれた。一目見ただけで、特殊な鉱石だということが分かる。今まで一度も見たことがない類の石だった。

 

「ふーん」

 

 クレマンティーヌは手にとって見たい気持ちに駆られたが、股間を覆う布から取り出されたそれを触る気にはならなかった。

 テーブルに置かれたそれを、見る角度を変えて眺める。

 

「欲しいのなら、あげるでやんすよ」

 

「え……。そ、そーねー。せっかくだから貰っておくわ。ありがとー」

 

 汚い物をつまみあげるようにして、蒼光石を手に取る。そして、即座に腰に付けたポーチ状の袋へと突っ込む。

 手拭きで石を掴んだ指をごしごしと拭く。

 クレマンティーヌは手拭きを置くと、口端をつり上げた。

 

「そんでさー、聞きたいんだけどシコちゃん」

 

「んん? 何でござんしょ」

 

「情報収集ったって、何するの? 私、あんたたちがなんの情報を探しているのかとか、何を目的として行動しているのか、とか全く知らないし―」

 

「うーむ……。別に情報なら何でもいいですぞ。それと、目的は個人によってまちまちですぞ」

 

「そーなの?」

 

「そーなんす」

 

「へー。じゃあさ、シコちゃんの目的は何なのかなー? 教えてくれない? ほら、私って今はもうあんたの部下でしょー。だからさー、そういうのって把握しておいた方がいいよねー」

 

 この化け物の行動原理を把握しておくことは、自身がこれから生きていく上で必ず有利に働く。特に、敵の多いクレマンティーヌにとってはなおさらだった。

 

「ぶふふ……拙者の目的でござるか。それはずばり! 拙者のための拙者だけのハーレムを作ることでござんす!」

 

「あ、そー」

 

 予想はしていたが、あまりにもわかりやすい答えに、クレマンティーヌは何処か毒気を抜かれた気分になった。

 フォークでマッシュポテトを掬い、口に運ぶ。これも非常に美味だった。

 シコシコの野望を聞いて白けてしまった彼女は、彼には目もくれず食事に集中することにした。

 ローストされた肉の最後の一枚を平らげた時だった。

 

「シコシコさん、少しよろしいか?」

 

 背後から声がかかる。クレマンティーヌが振り返ると、その目に赤の目立つ軽鎧を着た戦士が映った。

 たしか、騎士団の参謀長だったか。ダクソプレイヤーたちは一人残らず、要警戒人物だ。そう思ったクレマンティーヌは、スパルタカスを注視した。

 何となくではあるが、このレベルの男ならば勝てそうだ、という答えが彼女の中で出た。彼女はスパルタカスを獲物の一体として、脳内に刻みつけた。

 

「何でやんすか?」

 

 シコシコの声色に少し怒気が籠っていた。理由は、朝の定例会議でスパルタカスが彼の『ハーレム計画』を壊したからだろう。

 しかし、スパルタカスはそんな彼の心情などお構いなしに、参謀長としての指令を出した。

 

「ウザベルさんら曰く、冒険者というのは何かと情報が入ってきやすい職らしくてね。そこで、シコシコさんらには、このエ・ランテルでは冒険者として活動をしてもらいたいんですよ」

 

「冒険者でやんすか」

 

「ええ。ウザベルさんらには前もって伝えてありますので、登録などの手順は彼らから聞いてください」

 

「ふ~ん。拙者が冒険者になるということは、クレマンティーヌたんもでやんすか?」

 

「もちろんです」

 

 クレマンティーヌを一瞥し、頷く。スパルタカスは「では、頼みましたよ」とだけ言ってこの場を後にした。

 冒険者殺しをしてきた自分が冒険者となるのか。とんでもない皮肉だ。

 自分よりも弱い戦士とはいえ、参謀長の立場はこちらよりも上。クレマンティーヌは、スパルタカスの命令を渋々受け入れることとなった。

 




ドラングレイグ王国騎士団強さ表

18名中
№1シコシコ
№2ヨロイ
№3クラーゲ
№4ウザベル
№5ハゲピカ
№6ワイ
中略
№13セイサイ
№14クレマンティーヌ
№17スパルタカス

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