亡者だよ! 全員集合!   作:ニンジンマン

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オリジナルモンスターあり
名前はない
ただの踏み台


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 エ・ランテルにある共同墓地、そこにある霊廟の地下深く。

 ズーラーノーンの十二高弟の一人、カジット・デイル・バダンテールはいっこうに帰ってこない己の計画の協力者に苛々を募らせていた。

 一本も毛の生えていない眉を寄せ、広間をうろうろと落ち着きなく歩く。

 死の宝珠により負の力を集めるための、都市壊滅規模の魔法儀式“死の螺旋”。エ・ランテルを死の都市へと変えるための儀式だが、これをすぐ行うには“叡者の額冠”の力が必要不可欠だ。だが“叡者の額冠”は装備した者を、ただの魔法を吐き出すだけのアイテムへと変えてしまうデメリットがあるため、カジットは適合者ではないためにこれを扱うことはできない。

 この街にいる、あらゆるアイテムを扱えるという、適合者となれる少年を攫ってくる。協力者の女、クレマンティーヌが今夜行う予定となっているはずなのだが――。

 

(いったいどこを遊び歩いておるのだ!)

 

 予定では今夜が彼の計画の実行日だ。

 昼までには、その少年を攫う手筈を打ち合わせしておきたかった。だが、クレマンティーヌは昨夜『ちょっと散歩してくるー』と言って出て行ったきり。

 

(もしや、協力すると言っておきながら雲隠れしたわけではあるまいな?)

 

 これ以上あのような性格破綻者を当てにしていては、計画が頓挫してしまう。どの道、あの女がいなくても部下たちと共に事を起こすつもりではいた。

 

(仕方あるまい。誘拐は後日に行うこととするか)

 

 適合者の少年、ンフィーレア・バレアレは有名な薬師の孫にあたる。彼だけなら攫うのは容易なのだが、祖母の薬師――リイジ―・バレアレが厄介なのだ。彼女は第三位階魔法の使い手でなお且つ顔の幅がきく。孫が行方不明となれば、彼女はすぐに冒険者を雇ってその散策に出るだろう。そして組合はそれを、異常事態が起きていると感知して警戒を強めることだろう。“死の螺旋”を発動まで秘匿しておきたい彼にとっては、非常にリスキーなことだった。

 カジットはフードを目深にかけた部下を呼びつけると、リスクを避けるためにワーカーを雇ってリイジー・バレアレの動向を監視するように指示を出した。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 きりがない――。

 丘の登頂から駆け降りてくる騎士2体と戦士を見て、漆黒聖典隊長は大きく息を吐いた。漆黒聖典はこれらを既に3回ずつは殺している。なのに奴らは死んだ傍から霧散し、そして間髪入れずに丘の上から再び姿を現す。

 おそらく、また殺してもあの丘の上で復活されるのだろう。

 正直、己も隊員も限界だった。隣に立つ前衛を引き受けているセドランは、無数の切り傷をその身に受けており、疲弊も相まって痛々しかった。

 

監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)!」

 

 背後でニグンが叫んだ。彼は怪我による痛みに表情を歪めながらも、その瞳に強い意志を秘めていた。

 召喚された天使が騎士に向かっていく。攻撃範囲に入った途端、天使がメイスを振り下ろす。

 しかし――

 絶叫のような雄叫びを上げた騎士、それの放った大剣による一撃で天使は呆気なく消失してしまう。

 

「ば、馬鹿なっ!!」

 

 驚愕するニグン。彼の行った行為は結果として、騎士からのヘイトを集めただけであり、漆黒聖典にとっては余計な事をしただけとなった。

 大剣を持った騎士がニグンへと一直線に向かう。

 両者間にセドランが割って入るが、騎士の勢いを弱めるのが精々で、彼は後方へと大きく突き飛ばされてしまう。

 護衛対象であるニグンに騎士が迫る。

 ニグンが絶望に表情を凍りつかせ、一歩下がった。

 絶体絶命の状況だったが、この時のニグンは運が良かった。後ろへと一歩下がった際、地面に描かれていた文字を踏ん付けたのだ。

 

『不死殺しのMark(マーク) この霊体を召喚しますか?』

 

 ニグンの脳内にこのような言葉が流れた。恐怖で混乱していた彼は、あと先など考えられるような状態ではなかった。神に縋る思いで、彼はこの質問にイエスと答えた。

 彼の足元から光が溢れる。

 驚き、そこから慌てて退くと、全身が白く輝く人型が出現した。

 全員が突然の事態に対応できずに固まる。

 静寂の中、いち早く動き出したのは槍を持った騎士だった。白い霊体に向かって突進し、槍を突き出す。白い霊体はその突きを転がって避けると、懐からぼろぼろとなった古びた剣を取り出した。

 そんなもので戦うつもりなのか――?

 得体の知れない白い存在。それのとった行動を隊長は不審に思った。

 白い霊体に再び騎士が襲いかかる。だが今度は、白い霊体は避けるそぶりを見せなかった。

 突きが繰り出される。白い霊体はそれを容易く左手に持った白い盾で弾くと、騎士の左胸を右手に持ったぼろぼろの剣で貫いた。

 その瞬間――騎士の全身が激しく燃え上がった。

 

「グオアアアアアアア!!」

 

 雄叫びを上げ、もがき苦しむ。

 騎士は両膝を折って倒れると、そのまま灰となって消滅した。

 

「無駄だ! そいつは殺してもまた復活する!」

 

 隊長が霊体に向かって叫んだ。

 霊体は彼に振り向くと、片手を左右に振って彼の言うことを否定した。

 

「なに――?」

 

 二人のやり取りを見ていた漆黒聖典と陽光聖典の隊員らが丘の頂を見る。

 一向に騎士が復活してこない。そのことがいったい何を意味するのか、それを理解した隊長は吃驚した。

 

「まさか、本当に死んだのか……?」

 

 白い霊体は隊長の言葉に頷くと、死んだ騎士のいた場所から3本のぼろぼろの剣を回収した。

 そしてそのうちの1本を隊長に渡し、自身の胸を指して、ぼろぼろの剣を自分の胸に向けた。

 

「これを使えば殺せるということか?」

 

 隊長の言葉に白い霊体は首を縦に振った。

 

「なるほど。だがしかし……なぜお前はこのことを知っている? それにお前は何者だ?」

 

 白い霊体はこちらへと向かってきた不死者の戦士を指し、次に自分を指した。

 

「ちっ!」

 

 隊長はその戦士の振り下ろした剣を槍の柄で受け止めると、左手にぼろぼろの剣を持ち、戦士の左胸へと突き刺した。

 先ほどの騎士と同様、全身が火に包まれた戦士は獣のような叫び声を上げて死滅した。

 白い霊体はまたもや戦士の死んだ跡からぼろぼろの剣を3本回収すると、そのうちの1本を隊長へと渡した。

 

「お前とこの者たちは同じ存在。そう言いたいのか?」

 

 隊長が問うと、白い霊体は頷いた。

 白い霊体――マークがダクソプレイヤーを殺す方法を発見したのは単なる偶然だった。

 一緒に旅をしていたプレイヤーが欲に目が眩み、こちらを裏切って殺しにかかってきた時だった。彼は咄嗟にその場に突き立ててあった篝火から剣を抜き、それをそいつへ突き刺した。するとこちらを裏切ったプレイヤーはもがき苦しみ、先ほどの戦士や騎士同様に復活できずに完全に消滅した、というわけだ。

 

「なぜ自分と同じ存在を殺す?」

 

 しかし隊長の問いに白い霊体は答えない。彼は現在言葉を話すことができない状態のため、仕方ない事なのだが、隊長はそれを知らない。

 

「訊いている。答えてはくれないのか?」

 

「……」

 

 ジェスチャーのない無言が、隊長の問いに対する答えだった。

 白い霊体は隊長から顔を逸らすと、最後の一体の騎士へと目をやった。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 冒険者ランクを手っ取り早く上げたいのなら、強力なモンスターを倒して名声を稼げばいい。

 ウザベルからシコシコはそう聞いた。ゆえに彼は今、相棒ということになっているクレマンティーヌを伴って、エ・ランテル西南の山間部へとやってきていた。

 冒険者らから情報収集をした結果、エ・ランテル近郊で最も強いモンスターが出現するのはこの山脈らしい。アダマンタイト級冒険者が数人がかりでないと倒せないといわれている竜、それがここにいる。

 

「ねーねー、シコちゃん」

 

「ん? 何でござんしょ?」

 

「ダクソプレイヤーって、武技使えないのにどうしてそんなに戦えるの?」

 

「さあ? 何でじゃろうのおー」

 

 墓地でのシコシコとの戦い、そしてユースケから得た情報からも、クレマンティーヌは彼らが強い理由を窺い知ることができなかった。

 強さには必ず才能や戦闘の経験というものが伴ってくる。ユースケは、前者に関しては武技すら使えない才能の欠片もない雑魚であり、後者もほとんどないずぶのド素人だった。それにもかかわらず、戦闘能力はアダマンタイト級に近い強さがあった。

 要するに、ダクソプレイヤーは才能や経験と戦闘能力が比例していないのだ。

 昨夜褥で聞いた際も、シコシコが実際に人と戦ったのはクレマンティーヌが初めてだと語っていた。なのに百戦錬磨の自分が、まるで赤子の手を捻るかのように負かされてしまった。

 どうしても納得がいかない。

 クレマンティーヌはシコシコらダクソプレイヤーに嫉妬していた。

 

「あのさー、誤魔化さないで真剣に答えて欲しいんだよねー」

 

 表情自体は笑っているが、目は笑っていない。

 絶対に何か秘密があるはず。そうでないと、あまりの理不尽さに発狂してしまいそうだ。

 クレマンティーヌはイライラで引くつる口端を押さえた。

 

「あ! もしかしたらレベルが関係あるかもしれないですぞ」

 

「レベル? 何それ」

 

 あまり聞き慣れない単語だ。

 

「レベルというのは、簡単に言うと強さの指標みたいなものですな。」

 

「ふーん。それで、シコちゃんのレベルはどのくらいなの?」

 

「最大レベルの838ですぞ」

 

「はあ――?」

 

 対人戦を殆どやったことない奴が、強さの指標で最大値――信じるなら最強ということになる。

 墓地での戦いを思い出してみれば、最強といわれてもおかしくはない。しかし、それにしては経験がなさ過ぎる。

 やっぱり嘘ついてんだろこいつ――。

 クレマンティーヌはじろりとシコシコを睨みつけた。

 

「おうふ」

 

 一般人だったら竦み上がるような視線だが、シコシコは喜色ばんだ笑みを浮かべている。

 

「ったく、変態がよお」

 

 ちっと小さく舌打ちする。

 

「それで、そのレベルっていうのに私を当てはめるとどれくらい?」

 

「知らん。他人のレベルは見れないでやんす」

 

「……」

 

 シコシコから却ってきた答えに、小さくため息をつく。

 とっとと竜を殺して、エ・ランテルへ戻ったら憂さ晴らしに誰か殺そう。

 不機嫌を貼り付けていると、突如周囲が真っ暗になった。

 二人は示し合わせたかのように、共にばっと上空を見た。

 

「う、嘘――」

 

 そこには空を覆いそうなほどの土色の巨竜が羽ばたいていた。浮いていなければ、まるで山と見紛いそうなほどの大きさだ。

 こんな怪物、人がどうこうできるものじゃない。おそらく、同じ戦士であるシコシコでも相手をするのは無理だろう。クレマンティーヌは先ほどと打って変わって、顔を青白くさせた。

 

「おほー。ビッグなりぃ」

 

「な。おいてめえ、不死だからって余裕こいてんじぇねえぞ!」

 

 シコシコの気の抜けるような声に、クレマンティーヌはそれが死なないことからくる余裕だと思った。しかし、実際はそうではなかった。

 

「およ? 拙者は不死なんどすか? うほほー、それは良い事を聞いたでやんす」

 

「え? 何を言って……」

 

 お互い、認識に齟齬があるらしい。クレマンティーヌは些か困惑したが、それは瑣末事だ。

 今はこの超弩級の竜からどうにかして逃げる必要がある。疾風走破や流水加速など、武技を重ね掛けして逃げる準備を整える。

 空を飛ぶ巨竜が二人を敵と見たらしい。二人の上空を旋回するだけだった巨竜が、ぐんぐんとシコシコらに近付いてくる。

 

「くそ、こっちに気付いた!?」

 

 クレマンティーヌは一気に駆けだし、巨竜の脚の着地点から距離をとった。

 しかしながら、どういうわけかシコシコは微動だにしない。クレマンティーヌは、彼が動かないのは、動けないのだと思った。恐怖か、諦めか――。

 どんっ! と大きな地震が起こる。シコシコがいた場所は罅割れ、巨竜の鉤爪が周囲に大きな地割れを引き起こした。

 どんなに強い戦士でも、こういった理不尽そのものである化け物にはかなわないか――。

 クレマンティーヌは振り返ることなく、山を駆け下りる。その際再び、地を揺らす轟音が響いた。

 その音に驚いたクレマンティーヌが振り返る。

 すると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。

 地を割った左足は捥げ、翼は根元から千切れている。そして何よりも、あの巨竜の首から上が無くなっていたことに、クレマンティーヌは目を瞠った。

 

「おえーっ! 全身血塗れですぞ! んんっ、気持ち悪いですぞ!」

 

「……」

 

 どうやら人では到底かないそうにない巨竜を、シコシコは素手で倒してしまったらしい。しかも、その攻撃は巨竜の鱗を易々と貫通し、肉を抉って骨を砕くほどのもののようだ。

 

「うぬううう! 臭いでやんす! クレマンティーヌたん、拙者に良い匂いプリーズ!!」

 

 真っ赤に染まったままこちらへと駆けてくる変態。

 クレマンティーヌは愕然としたまま、彼からの熱い抱擁を受け止めることとなった。


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