マッチらがカルネ村へ到着したのは、すでに日が沈んでからだった。彼は遅れた原因であるぐうたらなプレイヤーたちを恨めしく思った。
運が良いことに、篝火の周りにはプレイヤーたちがまだ屯していた。彼はその中にスパルタカスがいることに気づいた。
「スパルタカスさん、呼んできました!」
「ああ、マッチさん。ご苦労様です」
「いえ……」
「何やら人数が少ないようですが」
スパルタカスがマッチと来たプレイヤーたちを見回すが、あの丘にいた百余名よりも遥かに少ない。その数、十人余りといった具合だ。
「スパルタカスさんたちがここへ来ている間に、皆好きなように動いていったらしいですよ」
「そうですか……」
そっけなく言う。
スパルタカスにとって、自分についてくる気のない連中などどうでもよかった。
「あの、スパルタカスさん。その……皆が散り散りになった理由なんですけど……」
マッチはおずおずとスパルタカスに、プレイヤーらの行動理由を説明した。
最初に一国を落とした奴が最強――そんな病気
「ん……?
スパルタカスは、
「これって、落とす対象に王国ももちろん入ってるんだよな……」
さすがにすぐに行動を起こす、もしくは実行するような馬鹿はいないだろうが、いると思って行動した方が良いだろう。そう思ったスパルタカスは、マッチに休むように伝えると、ガゼフの元へと向かった。
「ガゼフ殿、少しよろしいでしょうか?」
村の一画にある倉庫、そこで捕虜となっているベリュースの尋問を終えたガゼフが、如何された、と返事を返す。
「我々、ドラングレイグ王国及び、騎士団が滅びを迎えた理由についてなのですが」
スパルタカスの真剣な表情に、ガゼフは都合よく色々と察した。
ガゼフは部下にベリュースを連行するように指示を飛ばし、二人だけの間を作った。
「スパルタカス殿、そのような重大な事を話してもよろしいのか?」
「王からの指示です」
大嘘である。クラーゲはそんな指示などは出していない。
「そうであったか。……それで、貴殿の国が滅びを迎えてしまった理由とは?」
「……強大な敵による侵攻です。我らはそれを押し返すことが出来ず、この国へと落ち延びてきました」
「なんと! 貴殿らほどの者たちですらかなわない敵が!?」
「はい。その者たちは、たぶん、死ぬことのない中二病蛮族、もとい不死者です」
そう、たぶんだ。この世界ではまだ自分は死んで復活したことがない。故にプレイヤーが不死者であるという保証がない。
スパルタカスは、自分についてこなかった彼らを実験台にしようと考えていた。
「不死者?」
聞いたことのない単語に、ガゼフは疑問符を浮かべる。
「それに、死ぬことのないとは?」
「検証している段階で敗走してしまったため、決してとは言い切れませんが、言葉そのままの意味です。心臓を貫こうが、頭を砕こうが、毒を盛ろうが、崖から突き落とそうが……殺しても殺しても、ゾンビとなって復活してくる訳のわからないことを言う人間モドキです」
「まさか……そのような存在が……?」
にわかには信じがたい話に、ガゼフは唖然とした。
「この話をした理由。ガゼフ殿ならもうお気づきだとは思いますが……」
「その者たちの次なる標的が、リ・エスティーゼ王国、と?」
「はい。王がそう申しておりました」
◆
村の広場に集まる者たちから見て、クラーゲの機嫌は最悪といってもいい足りないくらいだった。その理由は、以下のとおりである。
DT歴=人生の彼女がヨロイと二人きりの部屋で夜を明かす羽目になったのは、他でもない、スパルタカスのせいだ。
村長から借りた空き家で雑魚寝するプレイヤーたち、彼らの横で同じように寝ようと思った時、
『クラーゲさんは王とはいえ女性ですし、同じ女性であるヨロイさんと一緒に、隣の空き家で寝てください』
などと言われて追い出されたのだ。
空き家の中へ入り、二階へ行くと、部屋のベッドの上ではレイムシリーズを脱ぎ去ったヨロイが横になっていた。その彼女を見て、クラーゲは、
(あ、やっぱりこいつもMOD使ってやがる)
などと冷静に洞察した……だが、艶のある色白の肌に輝く金髪、整ったシミ1つない美少女顔、そして黒い水玉模様の入った白い下着。それらを見た瞬間、クラーゲの頭の中はスパークした。
(よし、俺も脱いで寝るか!)
白王シリーズをパージし、即座にベッドイン。寝ているヨロイとの距離をじりじりと詰める。そして、鼻息がかかりそうなほどに接近した時……、
あ、やばい、興奮しちゃった。などと思う。そして――
(……ああああぁぁぁ~!!)
自分に大事なものが付いていないことに、いまさら思い当る。それで即座に賢者タイムへ。あまりのショックに、結局、ウトウトし始めたのは夜明け前。日の出とともにヨロイに起こされた彼女は、目の下にクマを作り、一目見てわかるほどに疲労困憊だった。
「クラーゲ殿。貴殿の悲痛な境遇、私のできうる限りのことで、手助けできればと思う所存なのだが」
沈痛な面持ちで目を伏せるガゼフ。
なぜ彼がああいう表情をしているのか、甚だ疑問だ。そう思い、ワイに聞いてみたところ、
「クラーゲ殿は不死者との戦争で、父君と母君を目の前で惨殺され、その仇たちに輪姦されそうになった経緯があり、命を奪われていく民と両親、強姦されそうになった時の辛い経験を夜な夜な悪夢として思い起こしてしまっている……。という設定らしくてな。それで、クラーゲ殿を救った英雄がスパルタカス殿。という設定らしい」
(く、クズすぎるっ! 親の顔が見てみたいわ!)
スパルタカスの設定したクラーゲの悲劇に、彼女はドン引きした。しかも、ちゃっかりスパルタカス自身は美味しい所を持っていっているところが、さらに下衆さに拍車をかけている。
おそらく、目の下にクマを作っているクラーゲを見て、即席の嘘話をガゼフに語ったのだろう。
よくもまあ、そんなに騙りをホイホイと作り上げられるな。と、クラーゲはある意味感心した。
「約束だ、クラーゲ殿。王国内での貴殿の保証は、私が責任を持ってしよう。また、陛下への謁見の際、貴女の境遇を包みはがさず話すことになるが……よろしいか?」
真摯に訊いてくるガゼフ。そんな彼に、クラーゲは非常に申し訳ない気持ちになってきた。
なってきたのだが、こうなっては嘘を通すしかない。
「はい……。お願いします」
ああ~、これでこっちもれっきとした加害者か。そう思ったクラーゲは、心の中で泣いた。主に自分自身の情けなさと罪悪感に。
一方、クラーゲの蚊の鳴くような声、その儚げさに、ガゼフはその勘違いを深くしていくのだった。
■
陽光聖典は任務に失敗し、敗走。秘蔵の魔封じの水晶も失い、召喚した主天使すらも倒された。
スレイン法国の神官たち及び他聖典のメンツに衝撃が走った。土の神官長から齎されたこの情報は、法国を脅かす危険な存在を報せている。
魔封じの水晶を失ったのは手痛い損害だが、ニグン及び陽光聖典はまだ存命している可能性がある。
漆黒聖典に新たな任務が下された。内容は、陽光聖典の救出。漆黒聖典隊長は、すぐさま聖典のメンバーを集めると、リ・エスティーゼ王国へと向けて旅立った。
法国を発ってから数日。法国と王国との国境、その近辺の森で、彼らは遭遇した。
「ターゲット向けられるってことは……、敵ってことだよなぁ!」
鈍重そうな甲冑を着た男が、隊長へと槍を向けた。
ダークソウルの世界では、敵以外のNPCには基本ロックはかけられない。敵対時や敵に対してロックがかかるのだ。
隊長には、男の持つ槍が唯一無二の一品だと感じられた。込められている魔力は膨大で、帯電しているのか、所々でスパークを放っている。
「オーンスタイン。とっとと倒しちまおうぜ」
漆黒聖典に立ちはだかるようにして立つ男がもう一人。その男は全身を銀色の鎧で固めており、左手にはくすんだ色の大剣が握られていた。
「つーか、こいつまたいんのかよっ。ぷっ……はははははは! ……ああ~腹いて」
セドランを指差し、オーンスタインと呼ばれた男が嘲笑した。
「出たよ、ドヤ顔ダブルシールド。ルートの他にもいんのか」
隊員を貶され、隊長はむっとする。当のセドランも、険しい表情で男二人を睨んでいる。
しかし、漆黒聖典の任務は彼らのような、ならず者の相手をすることではない。一刻も早く陽光聖典を見つけ出し、救出しなくては……。
「申し訳ないが、そこを通してはもらえないだろうか?」
隊長がいうと、二人の騎士は顔を見合わせた。
「こいつマルドロじゃね?」
「背中向けたらぜってーバクスタとってくるわ」
槍を持った騎士が懐から黒い壺を取り出した。彼はそれを振りかぶると、隊長に向かって投げつけた。
着弾した途端、それは爆発し、隊長は炎に包まれた。
「くっ……」
いきなり先制を許してしまった。
隊長は地を転がって火を消化する。
下を向いた顔をすぐさま上げると、眼前に雷撃が迫っていた。
間一髪だった。隊長は顔を横に傾ける事でそれをかわすことに成功した。しかし、続けざまに矛先が彼の顔を貫かんと迫る。
隊長は槍を引き戻し、上に振り上げてその一撃を逸らす。
「ちっ、こいつうぜえ!」
自慢の二連撃を防がれ、『†Ornstein†』――オーンスタインは声を張り上げた。
オーンスタインが吠えている隙に、隊長は体勢を整える。そして、今度はお返しとばかりにオーンスタインへ向かって槍を突き出す。
槍と槍がぶつかり合い、周囲に雷撃が走った。
『†Artorius†』ことアルトリウスは左手に持つ大剣で、中性的な顔をしたレイピア使いを弾き飛ばすと、青と銀色をした大剣を持った男と鍔迫り合いとなった。
腕に力を込め、そのままの態勢で男を突き飛ばし、距離をあける。
「へっ、てめえごときが俺に盾つくなよ」
先の鍔迫り合いで、アルトリウスは大剣を持った男が自身よりも弱いことを悟った。彼は大剣を肩に乗せ、余裕の笑みを浮かべる。
「……むかつく男だ」
男が言う。
彼は再び大剣を構えると、アルトリウスを見据えた。
その態度が余裕のないものに見えたためか、アルトリウスは兜の奥で笑みを深めた。
「雑魚なんだから、雑魚らしくとっととやられてろよ」
「……」
アルトリウスの言葉に男は青筋を浮かべた。英雄級以上の兵が集まる漆黒聖典、その第六席次たる自分を指して、雑魚呼ばわりとは……。
しかしながら、実際のところ、両者間に実力差があるのは明らかだった。
アルトリウスの回転しながら打ちつけてくる連撃に、男は徐々に追い詰められていく。
掬い上げるような一撃が、男の大剣を上に弾く。隙だらけとなった懐。そこに向けて渾身のダッシュ突きが放たれる。
だが、手応えは壁にぶつかったかのような味気ないもの。
アルトリウスと男の間には、漆黒聖典第八席次――セドランが。彼は左手に持つ大盾で、アルトリウスの強烈な突きを防いでいた。
セドランは大盾を押し返し、アルトリウスを後ろへと退かせる。そしてその隙を狙っていたのか、第四席次の神聖魔法がアルトリウスへと放たれる。そして、アルトリウスは光に包まれ、発生した衝撃で吹き飛ぶ。
深刻ではないが、直撃による少なくないダメージが、アルトリウスへと与えられる。
「っ……あああああ~!! 糞どもがよおおおお!!」
ゲーム脳で、この上なく短気なアルトリウスは、自分が無双できないことに癇癪を起した。
「俺は†Artorius†だぞ! てめえらみてーな雑魚が生意気なことしてくんじゃねえよ!!」
そう喚いてから、荒い呼吸を整える。
「ひっひひひ。いいぜ、てめえらムカつくから、この俺の最強究極奥義をくらわせてやる」
アルトリウスは無手だった右手にもう一本の“栄華の大剣”を手にする。
そして――
「おおおおおおっ!
さながらオタ芸である。目にも止まらぬ機敏な動きで、剣を無茶苦茶に振り回す。
キレた子供のする、連続猫パンチの様なカッコ悪さだが、彼の身体は第六席次を軽く捻ることが出来るほどのもの。振り回される大剣からは、次々に衝撃波が発生し、漆黒聖典の接近を許さない。
「くっ! どうする、セドラン?」
第六席次が表情を苦くして訊く。
「どうするも、止めるしかあるまい……」
両手に持った盾を握りしめ、セドランは荒らぶるアルトリウスを見据えた。
セドランはすうーっと大きく息を吸う。一拍して、姿勢を低くし、タックルを仕掛けると同時に盾を突き出す。
「な、なにぃぃぃ!?」
馬鹿な! 俺の究極奥義が止められるだとっ!? などと思ってアルトリウスは顔を衝撃に歪める。
アルトリウスの両大剣のうち、右手の剣は後方へすっ飛び、左手の剣はセドランの右肩口から左胸までを切り裂いている。セドランは重傷を負ったが、アルトリウスの迷惑なオタ芸は止まった。
「ナイスだぜ、セドラン」
倒れ行く仲間の隣。一気にアルトリウスへと接近した第六席次は、大剣を横に薙ぎ払った。
アルトリウスの首が宙を舞う。
そして、首と分離した胴体は、初めからそこに存在していなかったかのように、霞となって消え失せた。
「はあ、はあ、はあ……」
心臓に突き刺した槍を引き抜く。
膝をついて前のめりに倒れて行く、雷の槍を持った騎士。
灰となって消滅した騎士を一瞥し、隊長は頭から流れる血を拭った。
「一体、何だったんだ……あの騎士は……? そうだっ、もう一体!」
隊長は一瞬だけ呆けていたが、かぶりを振ると、隊員たちのいる方へと振り返った。
見えたのは、仰向けに倒れているセドランと、彼を神聖魔法で治療している第四席次。そして脇腹を押さえる第二席次に、片膝をつく第六席次。
これは少し厳しい任務になりそうだ。隊長は大きなため息をついた。
†Artorius†
レベル:65
ダクソレベル:542
†Ornstein†
レベル:75
ダクソレベル:625
漆黒聖典隊長
レベル:75位
セドランら4人
レベル:平均35位
クラーゲ「ダクソプレイヤーの面汚しめ!」