エ・ランテルへ到着したスパルタカスたちは、ガゼフが、
『クラーゲ殿は元一国の国王とのことなので、王都へ入るのはしばらくお待ちいただきたい。陛下に事情を説明申し上げ、許可が下り次第、追って使者を出すようにしますゆえ……、その後に王都へ来ていただきたい』
と言って、すぐに王都へと発ってしまったために、エ・ランテルにしばらく滞在することが決定した。
人通りの多い路上。
プレイヤーたちは物珍しそうに、中世風の街並みを見学している。
「スパルタカス殿、この建物に入ってみて良いでござるか?」
シコシコが周りよりも一際大きな建物を指した。
中には人が多くいるのか、喧騒が聞こえてくる。
ガゼフからの使者が到着するまでは、基本的に自由行動を許している。スパルタカスは頷き、入るように促した。
建物の中へ入ると、そこはラウンジとなっており、軽装の鎧を着た男たちがテーブルを囲んで座っていた。正面には受付嬢らしき女性もいる。
何らかの施設だろうか――。
スパルタカスは、にやにやしながらこちらを見る男たちを一瞥し、受付の女性へと声をかけた。
「すみません、お聞きしたいことがあるのですが」
「はい、いかがなされましたか?」
「あの、ここはどういった所なのでしょうか?」
その質問に、女性は一瞬目を見開いたが、すぐに笑みを浮かべた。
「こちらは、冒険者組合になります」
「冒険者組合? ギルドみたいなもんか?」
「あの……お客様。お客様は、冒険者組合にご登録なされるためにこちらへ?」
受付嬢の言葉を聞いていた、後ろのシコシコたちが興奮した様子で何かを語り始めたが、喧しいので無視する。
「なぜです?」
「あ……申し訳ございません、依頼の方でしたか?」
スパルタカスの言葉に、受付嬢は意外だと思った。彼の恰好はどう見ても、戦士だとか傭兵だとか、そっち系のものだ。
「い、いえ。何か依頼を頼みに来たわけでもないのですが……」
「えっと……?」
歯切れの悪いスパルタカスに、受付嬢は困った。お客がどういう要件でここを訪ねてきたのか、それを話して貰わないと、彼女は対応のしようがないのだ。
「ふっふっふ……ここは拙者に任せてもらおうか」
「シコシコさん?」
シコシコはスパルタカスの肩を掴み、彼を下がらせる。
すると、彼は受付嬢と相対する形となる。
「きゃあっ!」
目の前にいきなり現れた腰巻一枚の変態に、受付嬢は顔を真っ赤にして、悲鳴を上げた。
悲鳴を聞いた周りの冒険者たちが、何事かと思い、スパルタカスらの方を見た。そして、殺気づいた。
受付嬢が、変態に襲われていると勘違いしたのだ。
「おい、そこの変態! 早くその嬢ちゃんを解放しやがれ!」
「何かしやがったら、ぶっ殺すぞ!」
「ええ……?」
特に何もしてはいないのに、がたいの良い男たちから暴言を吐かれるシコシコ。しまいには、ガンを飛ばされたまま近寄ってこられる始末。
そんな状況に彼は戸惑った。
「何だ、何の騒ぎだ!」
騒ぎを聞きつけたのか、一人の男が両者間に割って入ってきた。
その男の首元には、白金のプレートがある。彼は白金級の冒険者だった。
しかし、目を引くべきはそこではなかった。
鼻をすっぽりと覆う兜に、白色の鎧。その恰好に、シコシコたちは見覚えがあった。
その“玉座の監視者”シリーズに身を包んだ冒険者も、シコシコの恰好とスパルタカスらの恰好を見て、見覚えがあると感じた。
そして当然の流れとして、両者は口を揃えて、
『ダクソプレイヤー?』
と言うのである。
◆
エ・ランテルにある最高級宿屋――黄金の輝き亭。
その宿の一室は現在、むさ苦しい男5人によって占領されていた。
銅色の鎧に身を包んだ男、ほぼ全裸の男、鶏冠付きの兜を付けた男、バケツ頭の銀騎士、そしてこの一室を借りている、白色の鎧の男。
スパルタカスや白色の鎧の男のおかげで、何とか冒険者たちからの誤解を解いたシコシコは、白色の鎧の男の好意により、この一室に身を置いているのである。無論、この一室の借主は、白色の鎧の男である。
「いやー、申し訳ない。ウザベルさんのおかげで助かりましたぞ」
「いえいえ、困った時はお互い様ですよ。それより、村に向かったはずの皆さんが、ここを訪れているなんて意外でした」
白色の鎧の男――ウザベルは、頭を軽く掻きながら言った。
「村自体は特に見るべきもない所でしたし、留まる理由もありませんからね」
スパルタカスはそう言って、鶏冠付きの兜を外して手に持った。
カルネ村は、6つの篝火とプレイヤーたちの召喚サインがある以外は、彼らの興味を引くものは全くなかった。
今のところは、用済みというわけである。
「そうでしたか。それで……何かわかったことはありますか?」
「篝火と召喚サインのことや、この国の情勢について、少しばかり」
「よければ、情報交換をしませんか? 勿論、こちらはこの世界について知り得たことすべてを話します」
ウザベルの提案に、スパルタカスは首を縦に振った。
エ・ランテルに今までいたプレイヤーとの情報交換は、彼からすれば、未知の情報を得るまたとない機会だ。断る理由がなかった。
スパルタカスはシコシコに目配せし、ウザベルに今までのことを纏めて話すように、言外に頼んだ。シコシコはふざけたなりと言動をした男だが、要点を纏めて話すのは、自分よりも上手かった。
適材適所というやつだ。
「ぶふふ……。では、拙者たちが村で何を見て、何をしてきたのか……それを話しますぞ――」
こちらの出した情報は、篝火や召喚サインの作り方、六色聖典との対峙やガゼフとの共闘、これから彼に雇われることになっていることなど、要点以外の無駄を端折ったものだった。端的にまとめられており、よくできているとスパルタカスは感心した。
ウザベルはシコシコの話を聞き終えると、少々驚いた様子で、
「ボスなんているのか……」
「逃がしてしまった敵が召喚してきたんですぞ」
「そうか。なら、もしかしたら……この街にも、“ボス”がいるかもしれない」
「なに?」
ウザベルの予想だにしない台詞に、スパルタカスは思わず椅子を蹴って立ち上がった。彼は、失礼、と一言いうと、再び椅子に腰かけた。
それを確認したウザベルは真剣な眼差しで、それでは続けます、と言って他4人の顔を見回した。
「スパルタカスさん。俺はそこにいるハゲピカさんと一緒に、冒険者として行動を共にしているんだが……」
と、言って、ウザベルは髭面の兜を被った銅色の鎧の男――ハゲピカを指した。
「俺たちとはチームを組んでいない、ソロプレイをしていた白金級冒険者のプレイヤーが、2日前に忽然と姿を消してしまったんだ」
「他の街へ移ったのではないのか?」
腕を組んだワイが訊いた。
「その可能性も考えられますが、彼は依頼を受けている状態でした。しかもその依頼内容は、共同墓地のスケルトンの討伐というものだったらしいです」
「共同墓地? スケルトン? 随分ときな臭くなってきたな」
「やはり、ワイさんもそう思いますよね」
スケルトンといえば、ダークソウル2は言わずもがな、ソウルシリーズの定番モンスターの一種だ。それが、この街の墓地にいるという。それだけで、もうすでに怪しい。
「その共同墓地というものの規模は?」
「かなり広いです。ダークソウルのあの地下墓地と同等か、それ以上です」
ウザベルのその言葉に、ワイたちは確信に近い物を得た。
この共同墓地には、ボスがいる。そして、行方不明となったそのプレイヤーは、おそらくそこのボスに敗れたのだろう――。
「少し探索してみたいですな……今から行ってきてみても、よござんすか?」
「私は他のメンバーの様子を見てこなくてはならないんで、同行しませんよ」
「私は先の戦いでボスのソウルを取らせていただいたからな。今のところ、ソウルは足りている。行きたいのなら、貴殿一人で行くとよい」
スパルタカスとワイは、シコシコの提案にあまり乗り気ではなかった。両者とも、自ら危険を冒すような性格はしていないのだ。
「ウザベルさん、ハゲピカさんは来ていただけますん?」
シコシコは、僅かな期待を込めて言った。彼の目は、捨てられた子犬のような、どこか同情を誘うものがあった。
しかし、ウザベルらにも事情というものがある。
二人は、申し訳なさそうに首を振って断りを入れると、今日の午後からオークの討伐を行う旨を告げた。
「そうであるか……残念無念! あっ……ところで、スケルトンの出現は昼夜関係あるどすか?」
「確か、聞いた話だと、夜の方が出現しやすいとは聞きましたが」
「なるほどっ!」
と、言って手をぽんっと叩いたシコシコは、ウザベルに感謝のお辞儀をすると、窓を開け、そこから飛び降りて出て行ってしまった。
窓下の街道で、女性の悲鳴が中心となった大騒ぎが起きているが、スパルタカスらは我関せずを決め込んだ。
(あ。そういえばシコシコさんに、皆が今夜どこに泊まることになっているのか、教えてねぇわ。……まあ、どうでもいいか。あの変態なら、どんな事が起きても死なないだろ)
シコシコの身の危険など、取るに足らない些事だ。スパルタカスは、この場を離れた男のことを意識から除外する。
「ウザベルさん。それで、何か他にわかったことはなんでしょうか――?」
■
太陽が顔を隠してしばらくの時間がたった。共同墓地は、不気味な静けさを纏っている。
共同墓地への入り口、門を守っている門兵は、アンデッドが出る可能性に微塵も危機感を感じていないのか、暢気にも欠伸をしていた。
だから気が付かなかった。気配を忍ばせて近づいてきていた存在に。
「でゅふふふふ……失礼しますぞ」
「わああああっ! な、何だ貴様は!?」
いきなり目の前に現れた半裸の男に、門兵はパニックを起こした。彼は反射的に、その男に向かって手に持つ槍を突き出した。
「ああ、拙者は怪しいものではないですぞ」
「いや、見るからに怪しいのだが。それより、何用だ! どのような要件でここを訪れた!?」
「散歩」
「は?」
「あ、駄目でやんすか?」
「駄目に決まっているだろう! この奥はゾンビやスケルトンが出現する共同墓地だぞ!」
ふざけたことを言う目の前の変態に、門兵はキレた。
しかしながら、目の前のそいつは、その程度で引くようなタマではなかった。
「ならば、仕方あるまーい!」
門兵は虚を突かれた。あろうことかその男は、門兵を横切ると、門の上に繋がる階段を駆け上がり始めたのだ。
「ま、待たないか!」
必死に追いかけるが、彼が門の上へと辿り着いた時には、すでにその姿を見失っていた。
門兵を撒いたシコシコは、スケルトンを右手一本で葬りながら、共同墓地を進んだ。
門の上から飛び降りてから、ひたすらまっすぐ進んできたが、どうも変わり映えしない景色が続く。どこもかしこも、同じような墓が乱立する映像一色だ。
もしかして迷ったか?
不安になった彼が、そんなことを思い始めた時だった。
目の前に、神殿のような立派な建造物が見えた。
(おっ! これはボスの予感!)
期待と興奮が入り混じる中、彼はしっかりとした足取りで、その建造物を目指した。
道中、不思議な事にスケルトンらの襲撃がなく、彼は難なく入口の目の前まで辿り着けた。
だが、その瞬間に、彼は強烈な殺気を感じて、顔を後ろに反らした。
瞬間、風切り音がして、彼の鼻筋を何かが掠めた。
シコシコが掠めた何かの方を見ると、それは不敵な笑みを浮かべて、こちらを見つめていた。
「いやぁ、やるねぇあんた。ただの頭おかしい露出狂かと思ってたよ……」
突くことだけに特化した刺剣を舐め、その舌をこちらへと向けてくる女性――クレマンティーヌ。
彼女は笑みを浮かべ、余裕のある体を装ってはいるが、内心では動揺していた。
先ほどの一撃は、彼女にとって、文字通りの必殺の一撃だった。気配は消していたし、気付かれてもいなかった。しかも、武技能力向上、能力超向上、疾風走破、流水加速の四重掛けを行っての一撃だ。外すなんて、ましてや避けられるなんてありえない。
「……」
「な、なに……?」
殺気を向けられ、あまつさえ攻撃をされたにもかかわらず、シコシコは黙ってクレマンティーヌを見つめていた。特に何の感情も表わしていない彼の表情、その気味の悪さ、不愉快さに、彼女は動揺を見せてしまった。
「な、何者だてめぇ!」
“鎧貫き”をシコシコに向け、吠えるように訊く。彼女の声色には、若干の怯えが混じっていた。
そんな彼女の様子を見たシコシコは、左手を顎に添えると、
「暗殺者系強気っ娘か……新しいな」
「は?」
シコシコの台詞を理解できないクレマンティーヌは、口を半開きにしたまま、数秒固まった。が、すぐに持ち直すと、
「何者かって訊いてるんだけど?」
と、声色をいつものように戻して訊いた。なんとか、先ほどの動揺が治まったのだ。
しかしながら、相手は自分を動揺させるほどの身のこなしの男。変態だろうが、油断はしない。
と、ここでシコシコは、彼女の右手に握られているものに目がいった。
「拙者の名前はシコシコ。一つ聞きたいのだが、その右手の武器は――」
「ああ、これ? いいでしょー? よわっちい奴が持ってたから、貰ってあげたの」
「それを持っていたのは、もしや……白金級の冒険者ではないか?」
「へえ~、よく知って――!!」
シコシコの台詞に、クレマンティーヌは驚愕を浮かべた。
まさか、もうダクソプレイヤーが復讐しに来たのか――?
そう思った途端、彼女は背筋が冷たくなるのを感じた。彼女は、自分が高を括っていたことに気が付いた。
他のダクソプレイヤーも、この前殺した、あの男程度の奴なのだろうと思っていた。しかし、実際は違った。己の全力の一撃を、しかも死角からのそれを、何のことはなしに避けてしまうような奴だったのだ。
「ちっ」
「おおー、気の強そうなその顔。非常にグッドですぞ」
こっちは殺気を放っているにもかかわらず、ウインクをして親指を立ててくる変態。そのふざけた態度が、クレマンティーヌの神経を逆なでする。
「てめえ……殺す!」
先ほどの一撃同様、武技を四重に掛ける。姿勢を低くし、一気に駆ける体勢をとる。
こんな変態より、私の方が上だ。
クレマンティーヌはそれを証明するため、余裕を見せてからシコシコを殺そうと考えた。
「そんじゃあ、行きますよー」
そう声を掛けてから、突進を開始する。
彼女の眼前に、直立不動のシコシコが迫った。
なぜ動かない?
攻撃や防御、回避の気配すら見せないシコシコに、クレマンティーヌは不信感を抱いた。
だが、もうそんなことはどうでもいい。あとは、右手の刺剣を眉間に打ち込んで終わりだ。
そう思い、右手を突き出す。しかし、その攻撃は、空を切った。
それと同時に、突然、彼女の視界が高くなった。そして、感じる浮遊感。
「取ったどおー!」
「ぎゃっ!!」
首筋に奔る痛みに、クレマンティーヌは猫のような悲鳴を上げた。彼女が気付いた時には、彼女はシコシコに捕らえられていた。猫のように首根っこを掴まれ、右手一本で、その身体を持ち上げられていた。
シコシコが仕出かした人間離れした荒技に、クレマンティーヌは我が目を疑った。彼はあろうことか、刺突攻撃を左手でいなし、続けざまに彼女の首を掴んで持ち上げたのだ。
自分の攻撃をかわすどころか、逆に捕らえてくるなど……。
クレマンティーヌは愕然として、顔を下げた。そして、気付いた。
彼は、自分が襲いかかったときから、
2回も本気で攻撃を仕掛けたのにもかかわらず、一度も攻撃を当てることなく、しまいには捕らえられた。
ズタズタに引き裂かれたプライド、これからのことを考えた時の恐怖。これらが、クレマンティーヌの中を支配した。
「ん、ぐぅ……くっ! は、放せ! くそ、この野郎!」
自分を拘束している右手を、殴ったり蹴ったりするが、びくともしない。
刺剣を突き立てようと振るうも、狙い澄ましたかのような、左手による華麗なパリィに、刺剣は手元を離れていった。愛用しているスティレットを取り出すが、それもまた1本、2本……、とパリィによって弾き飛ばされていく。最後の武器であるメイスなぞ、彼の拳とかち合った結果、柄以外が崩壊してただの棒切れとなってしまった。
シコシコの誇る人間離れした肉体と身体能力、圧倒的な技量による実力差を実感し、クレマンティーヌは口をわなわなと震わせた。
あまりの恐怖に、歯がカチカチという音を立てる。
「およ? もう抵抗しないんか?」
右手を僅かに下げ、ずいっとクレマンティーヌに顔を近づける。
「ひっ! ……お、お願い……な、何でもするから……い、命だけは……命だけは……」
目に涙を浮かべ、嘆願する。
クレマンティーヌの必死な哀訴を聞いたシコシコは、ん? と言って首を傾げると、
「今、何でもするっていったよね?」
シ コ シ コ は カ キ タ レ を 手 に 入 れ た
ステータス設定的なもの
クラーゲ Lv833 オバロlv.99
生命力90 持久力90 体力83 記憶力83 筋力99 技量99 適応力99 理力95 信仰95
装備 右手:歪んだ直剣、古い混沌の刃 etc 左手:パリングダガー、王の盾 etc
防具 兜:白王の冠 胴:白王の鎧 籠手:白王の籠手 具足:白王の靴
指輪:緑化の指輪+2、刃の指輪+2、生命の指輪+3、フリンの指輪
ワイLv700 オバロlv.84
生命力70 持久力68 体力70 記憶力70 筋力78 技量90 適応力80 理力75 信仰99
装備 右手:太陽の直剣 左手:ラージレザーシールド、竜の聖鈴、たいまつ
防具 兜:ハイデの騎士のグレートヘルム 胴:ハイデの騎士のチェインメイル 籠手:ハイデの騎士のガントレット 具足:ハイデの騎士のレガース
指輪:澄んだ蒼石の指輪+2、古い太陽の指輪、太陽の印、南の司祭の指輪+2
ヨロイLv795 オバロlv.95
生命力99 持久力99 体力99 記憶力36 筋力99 技量99 適応力99 理力85 信仰80
装備 右手:煙の剣、アヴェリン 左手:煙の特大剣、アヴェリン、呪術の火
防具 兜:レイムの兜 胴:レイムの鎧 籠手:レイムの手甲 具足:レイムの足甲
指輪:緑化の指輪+2、刃の指輪+2、石の指輪、三匹目の竜の指輪