導入部分で燃え尽きた残りカス   作:キューブケーキ

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帝国側で女オリ主の立身出世を考えて書き始めた物。
※最終加筆2020/01/08


銀河復讐伝説

■プロローグ■

 

 腐敗と混乱の病巣に蝕まれていた銀河連邦を再生させたのは、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムという一人の男だった。強権と秩序を掲げ、彼は帝政を打ち立て、銀河帝国を築いた。以来、彼の名を冠する王朝は数世紀にわたり、宇宙に君臨し続けていた。

 だが、平穏はつねに脆い。自由惑星同盟と名乗る叛徒たちが帝国に叛旗を翻したのは、創世の記憶がなお新しい頃だった。幾度の戦乱を経てもなお、帝国辺境の空は静まり返ることはなかった。

 帝国暦四五九年。帝国の西辺、ブリブリ星系に生を受けた一人の少女がいた。フローネ・フォン・リカルド──のちに「辺境の女帝」と称され、帝国軍史上初の女性元帥として名を刻む存在である。

 自由惑星同盟の軍人ヤン・ウェンリーは、獄中で処刑を待つあいだ、彼女についてこう語っている。

 

「彼女は魔女だったよ。幻惑し、鼓舞し、そして従わせる。帝国にとっては神に等しい存在だったが、我々にとってはまさに災厄だった」

 

 フローネは、辺境惑星ボットンで幼年期を過ごした。父、リカルド子爵は帝国の任を忠実に果たす開拓領主であり、社交界とは無縁に、与えられた領地の民を守り、地を耕していた。娘が問いかけた。

 

「お父様。どうして他の貴族の方々みたいに遊んで暮らさないの?」

 

 リアクション学院付属幼稚舎で教わった“貴族らしさ”とは、享楽と傲慢に彩られたものだったのだろう。

 

 父は答えた。

 

「爵位を賜った者が、その恩を裏切るなどあってはならぬ。お前もいつか、分かる日が来る」

 

 彼の背を見て育ったフローネは、貴族とはすなわち帝国と皇帝に身命を捧げる存在だと信じた。

 その信念が試されるのは十八の年。ブリブリ星系に十三万の叛徒艦隊が襲来する。迎え撃つ警備隊は二百に満たず、父は玉砕し、星系は軌道上からの艦砲射撃によって焦土と化した。分け隔てなく住民が殺された──身分も齢も、問われなかった。

 瓦礫のなか、シェルターを出たフローネは叫ぶ。

 

「許さない……叛徒ども、皆殺しにしてやる!」

 

 その言葉を胸に、彼女は国務尚書に直訴し、父の爵位と家名を継ぎ、皇帝の勅許を得て士官学校に入学した。そして──

 

■フローネの決断■

 

 帝国士官学校に一人の少女がいた。入校を許された理由はただひとつ、皇帝の勅許があったからだ。

 周囲の反応は冷ややかだった。

 

「本気で戦場に出るつもりなのか?」 「親を叛徒に殺されたそうだ。仇討ちだよ、貴族の鑑ってやつさ」

 

 人の噂は真実を装ってはびこる。興味本位の憶測が、真心を毒する。

 

「復讐より、どこかに嫁いで子供でも産んだほうが親孝行だろうに」 「女は命を生むもの。命を奪うことに手を染めてはいけない」

 

 士官学校には、かつて一般事務要員としての婦人補助兵が存在していた。しかし、将校として、それも貴族の令嬢が入校するなど、例がない。男たちは混乱し、そして警戒した。

 

「とはいえ、規則に禁じられていない以上、皇帝陛下の御裁可も当然だろう」

 

 それでも、フローネに味方はなかった。彼女が信頼を寄せたのは、学内に飼われていた一頭の老犬──ナイトハルトだけだった。

 ビーグル犬はほとんどの時間を寝て過ごしていたが、フローネが撫でると、微かに身体を揺らした。

 父を殺された。民を焼かれ、母は生き延びたものの統治の才は持たず、子爵家は彼女の双肩にあった。

 

(私がやるしかない。私が……すべてを取り戻す)

 

 それが彼女の戦場に立つ理由だった。帝国貴族として、皇帝に仕える者として。

 士官学校で重視されるのは指揮能力だった。生徒たちは仮想戦場で戦術を学び、疑似艦隊戦を通じて実戦の感覚を叩き込まれる。

 フローネは優秀だった。特に遊撃戦における判断力と火力集中の精度は、教官たちの目を引いた。

 

「どうだった? フロイライン・リカルドとの模擬戦は」

「手堅いですよ。火力を一点に集めて、予備隊の投入も的確でした」

 

 ミッターマイヤーは素直にそう語ったが、ロイエンタールは微笑を浮かべた。

 

「惚れたな。愛しのエヴァ嬢に怒られるぞ」

 

 フローネが女子でなければ、ここまで注目されなかったかもしれない。あるいは逆に、これほど誹られることもなかっただろう。

 

「勝てばいい、というものではない」

 

 教官はそう語った。貴族としての矜持を説くように。

 

「戦争は反乱鎮圧だ。正義はこちらにある。防御に徹する敵には、包囲して嬲れ。攻撃してくる敵には、補給を断って干からびさせろ。相手の出方を待つな。勢いを掴め。それが、帝国の軍人だ」

 

 卒業式の日、フローネは校庭の片隅で佇んでいた。そこには、もう主を失った犬小屋があった。

 ナイトハルトは、彼女の卒業を待たずに息を引き取っていた。心配はしていたのだ。巡回に付き添うその足取りはすでに覚束なかったのだから。

 

「さようなら、ナイトハルト……」

 

 指先で犬小屋の屋根を撫でると、彼女は門を目指して歩き出した。

 帝国士官学校を卒業してすぐに、艦隊を指揮できるわけではない。実務を学び、再教育を受け、少しずつ軍人としての階梯を上っていくのだ。

 それから一年、フローネはグリンメルスハウゼン提督の麾下に配属され、反乱鎮圧任務に従事した。

 

「貴族たちは、自領が危険でない限り軍と協力しようとはしません」

「ふむ……では、リカルド少尉。君ならどうする?」

 

 彼女は答えた。策源地の奪取と占領地の安定化こそが鍵だ、と。

 

「住民の虐殺や略奪は、敵のプロパガンダに利用されます。反抗分子を排除した上で、寛容と恩赦を示すべきです」

 

 若い少尉の言葉に、老提督は微笑んだ。

 

「なるほど、君は骨がある」

 

 グリンメルスハウゼンは彼女を私室に招き、従卒が持参した菓子を勧めた。

 

「帝都で一番の職人が作ったういろうだ。食べてみなさい」

「……は、はい」

 

 その厚意に、フローネは不意に涙をこぼした。

 

「……提督、しょっぱくて、美味しくないです」

 

 記録には残らなかったが、その日、老提督は久方ぶりに笑ったという。

 

 

 彼女は、口と指で敵を屠る。言葉と指揮──すなわち命令と判断で、戦場を支配する。

 老提督の幕僚として表に立つことは稀であったが、会議の場でひとたび静かに声を上げれば、その一言が艦隊の進路を定めた。指先が戦況図をなぞれば、討つべき敵と守るべき民とが即座に明確にされた。

 フローネ・フォン・リカルド。その名は、まだ広くは知られていなかったが、彼女の存在は確かに、帝国の戦場にひそやかで確実な潮目を生みはじめていた。

 

「貴族の御令嬢が幕僚席で口を挟むとは、軍務省も随分と寛容だな」

 

 会議の終わり際、年若い中佐が皮肉げに吐き捨てた。言葉には笑みを添えていたが、その眼には嘲りが濁っていた。

 フローネは即座に反論しなかった。ただ椅子から静かに立ち上がり、彼に向かって一礼をした。

 

「私は父の代から帝国の命を受け、所領を治めてまいりました。戦場での血は初めてでも、民と生死を共にする責務は、身に沁みております」

 

 声音はあくまで柔らかく、理路は整っていた。その場にいた幾人かは、眉を上げ、他は目を伏せた。

 だが、彼はなお舌を止めなかった。

 

「ええ、ええ、さぞご立派なご覚悟だ。ですが、敵の砲火の前では、綺麗ごとなど煙のようなものでしょう。……それとも、あなたは言葉とお飾りの指で敵艦を沈めるとでも?」

 

 言葉の刃が、無意識のうちに女であることを侮辱していた。

 フローネの睫毛が微かに震えた。視線は逸らさず、しかし瞳の奥に、冷たい怒りの光が差した。

 

「軍人にとって、命令とは刃に等しいものです。それが届かぬとお感じならば、それは貴方の耳の鈍さか、心の腐蝕でしょう」

 

 短く、鋭い言葉だった。穏やかな声でありながら、空気はきしんだ。

 中佐は口をつぐみ、その場の重さに手の指を動かすだけだった。

 その日以降、彼女に対して声を荒げる者はいなかった。だが陰で囁かれる侮蔑と憶測は、なお消えはしなかった。フローネはそれにも、微笑で応えた。微笑みの裏に、焼けた大地と屍の山を彼女だけが見ていた。

 

 

 

「少尉、ちょっと。いい話があるんだ」

 

 そう言ってフローネの肩を掴んだのは、ユルゲン少佐だった。酔いの抜けきらぬ息が、至近に感じられる。

 

「少佐、何のご用でしょう」

 

 彼女は努めて冷静に問うた。だが、返ってきたのは答えではなく、無遠慮な指の感触だった。制服の胸元を弄るような、その手の動き。

 

「顔は悪くない。貴族様が、こんなところで女ひとりで過ごすのも不自然だろう。勤務が終わったら、今夜、私の部屋で──」

 

 言葉は続かなかった。彼女の掌が、彼の頬を平手で打っていたからだ。乾いた音が、廊下に広がった。

 

「リカルド子爵家の名を、貴様ごとき下賤に汚される筋合いはありません」

 

 彼女の声は震えていなかった。怒気もなかった。ただ、鋭かった。刃物のように。

 

 ユルゲンの顔が赤く染まり、唇が歪んだ。

 

 「……貴族様が女であることは否定しないらしいな」

 

 唾を吐くような声。フローネは言葉を返さず、その場を静かに去った。背を向けたまま、拳を握りしめていた。

 自室に戻るなりクマの人形にその拳をめり込ませた。

 

(私の矜持は、あれごときで崩れたりはしない)

 

 鏡に映った自分を見つめる。怒りと羞恥、そしてなにより、悔しさが胸を焼いていた。

 

(叛徒も、敵も、同じ。下劣な欲に支配された者は、皆等しく焼き払うまで)

 

 その夜、彼女は書類に目を通しながら、かつてない集中力で作戦案を練り上げた。怒りは静かに、冷えた鋼のようにその手を導いた。

 

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