11.年明けの戦争
帝都オーディンに冬がやって来た。
12月中旬からここ1週間ほど、寒波がやってきて急激な冷え込みを見せている。
何年か置きにやって来るその寒波は-15度にもなるが、地元の住民には慣れた物で少し寒いかなという程度のものだった。
僕としては夏に汗だくになるのも、冬に凍えるのも遠慮したい。どっちも嫌だ。
オーディンに討伐艦隊が帰還後、グリンメルスハウゼン大将の葬儀がしめやかに執り行われた。
軍務尚書エーレンベルク元帥、統帥本部総長シュタインホフ元帥、宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥の帝国軍トップ、三長官が参列した葬儀は皇帝と死者の、生前での付き合いの深さを表していた。
葬儀が終り雪が振り積もる中、傘をさしながら人々は帰っていく。
(さあ、家に帰れる!)
葬儀が終わると僕は年末年始休暇を貰った。
次の配属が決まるまでの骨休みだ。冬の賞与もほとんど手付かずで残していたし、お土産を買って帰る。
駅のホームに人影は疎らだ。ベンチに座り売店で買ったサンドイッチをコーヒー牛乳で流し込み時間を潰しながら、乗り換えの到着を待っている。
帝国暦486年は皇帝フリードリヒ4世陛下の戴冠30周年に当たり、新年は盛大に祝われている。
(昭和の天皇陛下は、在位100年行きそうな勢いだったな)
お祭り騒ぎではめを外し過ぎたのか、飲酒して泥酔した貴族が池に落ち溺死したとか、打ち上げ花火でホテルが全焼したとかくだらないニュースが電光掲示板でやっていた。
帝国国営鉄道の誇る急行ラインゴルトが駅を通過していく。
ゴミ箱にゴミを捨て立ち上がる。そろそろ時間だな。
アナウンスが流れる。
『まもなく一番線に電車が参ります。白線の内側までお下がり下さい……』
警笛を鳴らし電車が入ってくる。
電車の清掃は行き届いているようで、中は清潔に維持されていた。
「あ。ルパート」
話しかけてきた蜂蜜色の髪の小柄な青年はうちの兄さんだ。
「ああ、兄さんも同じ電車だったんだ」
手にはカバーのかけられた本を持っている。辺りに人がいないのを確認し兄さんは言う。
「年明け早々に、また出兵があるそうだからな。今のうちに休んでおかないと」
「そうか……」
准将になり提督の仲間入りした兄さんだ。内示があったのかな。詳しくは軍機に関わることだし家族と言えお互い軍人、それ以上その話題には触れないことにする。
(次の動員があるとすれば、2月か3月と言うことになるな)
ぼんやり考えながら車内の広告に何気なく目をやると、『フェザーン自治領第5代領主アドリアン・ルビンスキー氏の夜の生活』と言う文字が見えた。
(皆、ゴシップ記事が好きなんだな。ん~あの頭の照り具合何処かで見たような……)
差し障りの無い範囲で、お互いの近況を話しているうちに時間が過ぎて降りる駅についた。
時刻は夕方。電車を降り駅から歩いて帰ると、昼間は穏やかな太陽の日差しが程よく暖かったが夕暮れが近づき少し肌寒い。
駅で帰宅を連絡をしていたので、皆が玄関で待っていてくれた。
「お帰り」
皆の前で父親に抱きしめられ兄さんが少し照れくさそうにしている。
「ただいま」
今日は女性陣が張り切って料理をしたらしくご馳走だった。伯父さんが兄さんに、お前も26でいい歳なんだから早く結婚しろと言っていた。繊細な兄さんはふられたからと、すぐ次の女性に乗り換えるなど直ぐに出来ない。
(しかし、あれから2年だぞ)
女性にもてそうなのに浮いた噂一つ聞かない。いや、待てよ。1つあった。
「ルパート?」
訝しげに姉さんが覗き込んでくる。
「なんでもない。これ美味しいね」
小皿に取った大根サラダを突付きながら僕は料理を誉める。
嬉しそうに笑い、二人のために作ったから沢山食べてねと姉さんが甘えた口調で言う。
ワイングラスをナプキンで拭い兄さんが立ち上がる。
「ご馳走様。今日はもう寝るよ」
昼には出かけてくると兄さんは言っていた。
僕は久しぶりに伯父の手伝いをする予定だ。土と触れ合うのも久しぶりだ。戦場で穴を掘るのとは違う。
夕食後、自室で本を読んでいたが眠れず、テラスに出てワインを楽しむ。相手は観葉植物のアロエ君。アロエ君とはフェザーンに居た頃からの付き合いだ。
こんなにのんびりするのは久々だ。月明かりが庭を照らしている。
「ルパート。寒くないの?」
姉さんが薄手のガウンを羽織ってやって来た。
「うん。アルコールが入っているからね」
「そう」
隣に腰掛ける姉さん。風邪ひくよと思ったが好きなようにさせておく。
取りとめも無い事を会話して、ごろんと横になる。
いい月だ。ひんやりとした床がアルコールが入って火照った体に心地良い。久しぶりに酔っ払い寝てしまい、気がつくと朝には毛布がかけられていた。
帝国暦486年。休みが明けるとやはり動員令が出た。
2月。昨年末に行われた叛徒の攻勢、第6次イゼルローン要塞攻防戦に対する報復として、また対外的に戴冠30周年を軍事行動の成功によって飾りたてるため、宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥は艦艇35400隻の討伐軍を率いて出撃する。
僕の駆逐隊が今回所属するのはノルディン分艦隊。かつての上官、ミューゼル大佐とビッテンフェルト大佐の戦艦もその中に居た。
司令官のノルディン少将は子爵家の長男で30代前半。若い貴族にありがちな傲慢さもなく上官としては理想的だ。また、参謀長のパウル・フォン・オーベルシュタイン中佐。この義眼の参謀長は、冷静で優れていると実力に定評がある。
(あらためて考えると、今回の面子は中々、豪勢で恵まれているよな)
関係上司や所属艦艇の内訳を見てそう思った。
一方、叛徒の連中は総司令官ロボス元帥の指揮で5個艦隊艦艇6万余隻を以て迎撃に出た。
前衛はアレクサンドル・ビュコック中将の第5艦隊、ウランフ中将の第9艦隊、ウィレム・ホーランド中将の第11艦隊からなる33900隻。
ロボス元帥が後方にいる以上、最先任のビュコックが3個艦隊を指揮するらしい。老練な指揮官と言うのは厄介な敵だ。
敵はイゼルローン要塞から6.2光年離れたティアマト星系外縁部に展開している。第5艦隊が右翼、第9艦隊が左翼、第11艦隊が中央という配置だった。
ティアマトは過去2回戦場となっており、帝国軍も周辺の状況は概ね把握している。
後に第三次ティアマト会戦と呼ばれるこの戦いは1600時、帝国軍の攻撃に同盟軍が応戦する形で始まる。両軍は10.8光秒の距離に接近していた。
さすがに距離がありすぎて戦闘開始には早い。
「宙雷戦隊、空戦隊は砲撃開始後、出撃に備えておけ」
教範通りまずは主力艦の殴り合いから始まる。徐々にお互いの距離を詰めていき、艦載艇が放たれる。
「さて、ぼちぼち出番だな」
戦闘空中哨戒のワルキューレとスパルタニアンがお互いに艦隊の頭上を守ろうとドックファイトを繰り広げる中、両軍の教導駆逐艦あるいは巡航艦を旗艦とする宙雷戦隊が主力艦に食いつこうと必殺の光子魚雷を積んで猟犬のように駆け出す。その中に僕は居た。
ロボス元帥の2個艦隊が到着するまで、ビュコックは帝国軍を拘束するのが目的だった。
「敵第11艦隊、向かってきます!」
味方の前衛が中央からの敵の逆襲で壊滅した。
友軍の戦列を表していた光点が、火球に変わりスクリーン一杯に広がっていく。
表示される情報では圧倒的に味方の損害が多い。
ホーランドの用兵はミューゼル分艦隊を壊滅させた時の手を使っただけだが、効果は十分にあった。艦隊機動は十分に統制されており、深追いと突出はしないよう抑えられていた。
すぐにノルディン分艦隊の周りにも、敵の火線が集中する。
至近弾が中和磁場を叩く度、「ミステル」の艦体も揺さぶられる。
「これって不味いんじゃないかな」
僕がそう思っている頃、旗艦で頭の回転が速い幕僚が進言していた。
「閣下。ここは遅滞行動を取りつつ、敵が攻撃限界点に達した所で逆襲に出ましょう」
オーベルシュタイン中佐はノルディン少将の面子を立てて、さり気無く進言しさらに補足説明する。
「敵艦隊の動きは速度と俊敏性に劣っていますが他の2艦隊との連携が出来ており、その意図は長期戦にあります。持久戦に持ち込まれれば、おそらく増援が到着し戦力比で我が軍を圧倒するものと考えられます」
「だとすると攻勢限界点になる前に引き上げることが考えられるのではないか?」
オーベルシュタインは義眼を細め、仕える上官が凡庸でないと感心する。
「その時、逆襲に出ても問題はありません」
「ふむ。参謀長の策でいこう」
そんな会話があったそうで「ミステル」にも司令部からの指示が伝わって来た。
「適当に相手をしつつ後退しろだって?」
向こうが本気で撃って来るのに、適当に相手ができる訳ない。
回避行動と反撃で余裕など無く、司令部の指示が抽象過ぎて意味が解り難い。
(一を聞いて十を知るとでも思っているのか)
内心、毒づいている内に鋭い衝撃が「ミステル」を襲った。
「くそ!」
何が起こったかはアホでも馬鹿でも直ぐに分かる。
「右舷に被弾!」
情報端末に目を向ける。戦闘航行には支障は無い。
「後進微速」
僕は回避運動の指揮に集中する。
1640から1720時の間、同盟軍は文字通り暴れまわった。
帝国軍の予想通り、頃合いを見計らってビュコックはホーランドに引き上げを命じた。
帝国軍も押されているだけではない。
ノルディン分艦隊に所属する、黒一色に塗られた戦艦が単艦、容赦ない追撃で第11艦隊に被害を与え、戦果をあげている。
猪──ビッテンフェルトだ。
「撃て撃て。追撃の手を緩めるな!」
かなり大雑把な指示だ。砲雷長がその指示を補完するように、麾下の砲術士、水雷士に適切な指示を出す。
放たれる主砲の斉射。青い矢は、同盟軍後衛の駆逐艦をあっという間に貫き4隻を撃沈していた。
味方を沈められていきり立った同盟軍の砲火が中和磁場を叩く。
「艦長。友軍から本艦だけ突出しすぎです」
副官のオイゲン大尉がたしなめる。その額には汗が吹き出ている。緊張の為か、顔色も優れていない。
それに対してビッテンフェルトは口角を釣り上げ、綺麗な笑みを浮かべて告げた。
「勝利は目前だ。一気にこのまま、敵に切り込み搔き乱して友軍の前進を支援する。恐れず進め」
その自信は何処から来るのだとオイゲンは呆れる。
(この突撃馬鹿には何を言っても無駄か)
一方でそれを見たラインハルトは大したものだと素直に感嘆していた。
「キルヒアイス。俺たちも続くぞ」と、その後に続き巡航艦を沈める。
ビッテンフェルトが攻め、ラインハルトがその背中を守る。少し前では考えられない状況だが、連携が上手くいっていた。
ビッテンフェルトは手元の情報端末で、後に続く「ブリュンヒルト」に気付いて呟いた。
「ふん。あの金髪の小僧も協調というものを学んだか」
口角を吊り上げてビッテンフェルトは呟くと、オイゲンに向かって大声で告げた。
「この調子なら我が黒色槍騎兵艦隊に入れてやっても良いかもしれんな」
オイゲンはいつもの妄言と苦笑を浮かべる。
黒色槍騎兵艦隊とはビッテンフェルトが構想している将来、自分が持つ艦隊で、現段階では妄想と言っても良い。ちなみにビッテンフェルトの中では、ルパート・ケッセルリンクを駆逐隊司令として引き抜く予定だった。
2隻の戦艦が追撃に出るのにつられて、周りの帝国軍も勢いに乗る様に加わる。
僕としては面倒だが流れに飲み込まれた。
「ビッテンフェルト大佐か。相変わらず無茶をするなぁ」
赤毛の青年士官を思い出しながら呟いた。
与えられた任務は数が減ろうとも同じだ。
敢闘精神が無ければ艦長職はやっていられない。
(まあ、そうなんだろうけどね)
連携を考えるべきだと思う。
(下手に考えるより、動くべきか……)
勝機を見ると言う意味では良い頃合だった。
「そうかもしれないな」
「艦長?」
僕の呟きに先任が反応した。
苦笑を浮かべてルパートは答えようとするが、そこに通信士から報告が入る。
「『イルティス』より入電。我に続け」
相手は駆逐隊司令だ。
「イルティス」の指示で駆逐隊を構成する「ヤーグアール」「ミステル」「ワンダーモモイ」「アンセブ」「トンドルベイビー」の5隻も続く。
敵はビュコックが指揮するだけあって連携は巧みで、帝国軍の追撃は遅々として進まない。
スパルタニアンが群れて立ち塞がって来た。
「前進一杯!」
「ミステル」はビッテンフェルトの盾となるように前進した。他の僚艦も続く。
1隻の戦艦は5隻の駆逐艦よりも高価なのだ。
「ミステル」の対空射撃が数機のスパルタニアンを叩き落す。
僚艦は「ミステル」ほど幸運だったわけではない。標的を変えたスパルタニアンの攻撃で駆逐隊司令の乗る「イルティス」は爆沈、「ヤーグアール」は艦尾を吹き飛ばされ大破。曳航されなければ自力航行不能損害を受けていた。
(あれ、駆逐隊司令が死んだぞ)
駆逐隊で生き残った先任は僕だった。
「駆逐隊の指揮権は艦長に引き継がれます」
何て事だ。
目の前で味方の駆逐艦2隻が撃破される姿を見て、ビッテンフェルトは手元のコンソールに拳を叩き付ける。物に当たるなとその場に居た全員が思ったが、ビッテンフェルトは気にはしていない。
「くそ。逃がすな!」
盾となり犠牲になった味方の為にも、これで引き下がる訳には行かなかった。
同盟側の資料によると、ビッテンフェルトが悔し紛れに後退する同盟軍目がけて放った斉射の一発が、ホーランドの旗艦に命中したのはこの時であったと言う。
ホーランドは後世の歴史家に独断専行と命令無視による戦死と、歪曲し伝えられるとは知らず塵となった。
自らがあげたこの戦果を、ビッテンフェルトは知らなかった。知っていればまた調子に乗っていた事は間違いない。
「またこの年寄りより若者が逝ってしまった」
報告を受けたビュコックはそう言った。
新しい芽がその才能を花開く前に摘まれてしまった。残念でならない。
第11艦隊は旗艦を失ったものの友軍の支援もあり潰走などしない。ビュコックとウランフは、突進してくる帝国軍を手酷く叩きのめした。
司令官の気迫が乗り移った様に第5艦隊も奮闘している。
(もしかしたら、自分の弟子に慣れたかもしれない男。将来の名将を育成できたかもしれない)
そんな意味でもビュコックは残念だった。
『ウィレム・ホーランドも英雄になり損ねたようですな』
ウランフは皮肉交じりに言った。それに対して何かを言う元気は無い。
「彼は、残念だった……」
老人の心には悔いが残っていた。守ってやり、まだこれから色々と教えてやろうと楽しみにしていた。それだけに残念だ。
予定通りにロボス元帥の応援が到着すると同盟軍前衛の第5、第9艦隊は攻勢に出た。
「うげっ……」
僕はうめき声をあげた。
なにしろスクリーンに2万隻以上の敵がこちらに向かって来るのが映っていたからだ。
間違いない。標的はうちの艦隊だ。
(出来れば、後方に下がりたかったな……)
そんな事を考えてしまう。
僕の平穏を求める願いをあざ笑うかのように、周りの艦艇が次々と撃破される。
知らない艦とは言え友軍が沈められていく光景に、思わず眉をひそめてしまう。
攻守の逆転。今度は敵の番か。
「命を惜しむな。名を惜しめ」と習ってきたが、時と場合による。
「回避に専念しろ! 生き残るのが優先だ」
歩兵の僕が、こんな場違いな駆逐艦で死んでたまるかと言うのが本心だ。
同盟軍の新たな増援到着に対して、ミュッケンベルガー元帥の決断は早かった。
無傷の2個艦隊が戦場到着したことで、彼我の戦力比が2倍近くなった。
普通に戦えばこちらも無傷で済まない。
「止む負えない。全軍に撤退の指示を出せ」
これ以上の戦闘は無用との判断だ。
壊滅するまで戦うのは包囲下の劣勢ならまだしも、通常の会戦の場合あり得ない。
なぜなら全軍崩壊を避ける為だ。
戦場における後衛程、苛烈な戦闘に立たされる部隊は無い。勝っている時の敵の勢いは凄まじい。
ノルディン艦隊は後衛を構成する一部として、同盟軍の砲火に身を晒した。
駆逐艦「ミステル」の周囲にも敵のビームと弾が集中する。
僚艦が次々沈み、すぐに新しい駆逐隊が再編される。その指示は戦術情報の管制によって素早く行われる。
「うは」
目の前で、後衛をしていた駆逐隊がまた1つ、レーダーから消えた。
撃沈されたのは間違いない。
沈んだ物を気にしてる余裕などない。
次には、こちらの駆逐隊に敵の放火が降り注ぐ。
「ミステル」の所属する駆逐隊も2隻が後退している間、2隻が支援射撃を行うと言う交互躍進で後退する。
「『ワンダーモモイ』『アンセブ』退避完了」
次は「ミステル」の番だ。
「中和磁場を艦尾に集中しろ!」
凄まじい閃光と爆発が、僚艦を包み込み火球に変える。
「『トンドルベイビー』爆沈!」
これで「ミステル」の所属する駆逐隊は、4隻から3隻へと数を減らした。
次は我が身と考えると、冗談ではない!
(畜生。どこを向いても敵ばかりじゃないか)
地に足を付けての戦いなら、どれだけ敵に囲まれようと、生き延びる自信はある。
しかし、これは少々荷が重い。
(帰ったら絶対、転属願いを出すんだ!)
僕は心にそう誓った。
補給を終えたワルキューレが、弾丸のように飛び出して行き、追い縋る敵から味方艦艇を庇うように編隊を組んで展開していく。
結果的に、ノルディン艦隊は敵の追撃を支え、全軍崩壊は喰いとめた。
第3次ティアマト会戦は、帝国軍が参加艦艇35400隻の内、ほぼ四割の12800隻を損失。一方同盟軍は、投入された5個艦隊6万隻の内、2割にあたる11000隻を損失した。これは終始、前線で闘った前衛の損害と言える。
12.クロプシュトック侯のアレ
ティアマトの出兵から帰還して間もなく人事移動発令通知を受けた。僕は大尉に昇任し艦を降りることとなった。
(やった!)
駆逐艦の任務は、縁の下の力持ちのように艦隊構成をする上で重要だ。便利な消耗品として使われる乗員達は生き残る為、家族のように一つにまとまり艦を動かす必要があった。
そうした、生活を短い期間だったが過ごしてみて、慣れ親しんだ戦友たちとの別れは一抹の寂しさがある。が、それ以上に嬉しかった。
「艦長もお元気で」
「ああ、君らこそ気をつけろよ。駆逐艦は消耗品だからな」
しかし念願の装甲擲弾兵への復帰だ。心が浮き立つものを感じた。地に足をつけての戦いなら自信がある。
オフレッサー上級大将に呼び出され、しばらくは教導団で教育支援にあたる事を命じられた。
「期待しろ悪いようにはしない」と笑顔で言われた。
(期待ってなんだ?)
給料アップか休みを消化出来るならましな方だが、もっと大きなイベントが待っていた。
3月21日の夜、ブラウンシュヴァイク公の私邸で爆弾テロが発生した。公爵夫人はフリードリヒ四世の娘アマーリエで、外戚として皇室とも親しく付き合っており、標的は来訪予定の皇帝だったと言う。
ブラウンシュヴァイク公のような大貴族の家では、夜会が開かれる事が多かった。パーティーの参加者は現役・予備役を問わず准将以上の将官が交流し、意見を交わす事で仕事を円滑に進める事が目的だった。
捜査の結果、事件の首謀者がクロプシュトック侯と判明。
大逆罪の未遂犯として爵位を剥奪され、私領に逃げ込んだクロプシュトック侯討伐の兵が挙げられる事となった。
多くの貴族が巻き添えになり、主催者であるブラウンシュヴァイク公爵の面目は丸潰れになった。皇帝に直直訴して討伐の総指揮を執る事を認めさせたと言う。
それで僕にも関係ある事だが、3月30日、勅命が下り討伐軍が出兵する事になった。
討伐軍の到着までクロプシュトックが大人しく、座して死を待っているとは考えられない。そのままだと逃亡の可能性もある為、事前に隣接する各領主には封鎖を命じていた。
討伐軍の参加艦艇は23000隻。数こそ多いものの雑多な私兵部隊で、大は戦艦から小は警備艦艇まで寄せ集めだ。
艦隊の兵站を維持するのは正規軍で宇宙艦隊が支援し、途中通過する諸侯の私領で消耗品の補給を行う手配がされていた。これらの資金は皇帝から支度金としてブラウンシュヴァイク公に渡されていた。
(私闘ではなく国家を敵に回したからか。貴族は色々と便宜を図って貰えて良いな)
それだけの準備がされていて艦隊の速度は一番遅い船に足を合わせるために、クロプシュトック侯領内に入るまで10日がかかり3分の1が途中で脱落した。
そういう条件の中でロイエンタールと兄さんの両少将が統括する軍事顧問団と共に僕も大尉も参加している。
「地上戦になるだろうな。気をつけろよ」
兄さんは引っ越してき頃の僕を知っており、いつまでも子供として見て心配してくれている。家族に心配されて悪い気はしない。照れ臭くて話題を変えることにした。
「それで兄さんの方はどうなんだい?」
すると苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「あいつらが素直に言うことを聞くと思うか?」
あいつらとは貴族の子弟の事だ。最初から懸念されていた問題点の一つで、正規軍と貴族の私兵の混成では、初めから指揮系統には問題点があり貴族が軍事顧問の指導を受けるか怪しかった。
中には素直に意見を受け付ける者もいたが、大多数は「貴族様」として何不住無く過ごしてきた為、他人に命じられると言う事に慣れていない。
正規の軍人教育を受けた者なら、軍制上の指揮統制と言う物をはっきりと理解しており問題はない。だが爵位だけで階級を付与された者はその点を理解していない。自尊心が強く、自分一人で何でもできる気になっている。
「まぁフレーゲル男爵が話のわかりそうな人で良かったね」
「ああ。自分に軍事的才がないと言う事を理解してるとは、中々珍しい御仁だな」
前衛はブラウンシュバイク公の寵愛を受けるフレーゲル男爵麾下3000隻。
ブラウンシュヴァイク公は、有力な戦艦、巡航艦の一部をフレーゲル男爵に預け命じた。自分が落伍した艦艇をまとめ上げ追いつくまで掃除をしておけと。
中々悪くない。
対するクロプシュトック侯の私兵は約5000隻で警備隊に毛が生えた程度。
お世辞にも錬度が高いとは言えなかった。
それは鎮圧する側も同じだが、 P2A5での艦隊運用の経験からフレーゲルは自分に軍事的才能がないことを理解していた。
派手な栄達など望む事もできない。ならば、無難に与えられた責務をこなして損害を抑えるだけだ。
そういう心情だったフレーゲルは、ロイエンタール、ミッターマイヤー少将を呼び出すと艦隊の運用に関して権限を一任している。正しい判断だ。
「全部丸投げとは驚いたよ」
さすがに二人も疑問に思ったそうだ。
貴族からそこまでの信頼と権限を与えられた事は無かったからだ。
貴族と言えば自分が表に出たがるものだと認識していた二人にとって、フレーゲルの決断は驚くべき事だった。
「ご命令は謹んでお受けいたしますが、功績を横取りされると他の貴族の方々が誤解しますまいか」
ロイエンタールの疑問は尤もだ。下手をしたら他の貴族からいらぬ恨みを買って謀殺の対象になる。
「そこまで卿が心配する必要はない。責任は私が取るので卿らの善処に委ねる」
「御意」
フレーゲルのお墨付きで艦隊の全てを指揮できる事になった。
それで相談をしたそうだ。
「いずれにしろ我々は最善をつくすだけだ」
信頼には応えないとな、と兄さんは付け加えた。
「それに卿は戦いたかろう?」
「そうだな。それは卿も同じではないか」
不敵な笑みを浮かべ同意を示し、ロイエンタールは続けて提案する。
「ここは、お互い半数の1500隻づつ率いて、どちらがより戦果をあげるか勝負するというのはどうだろ」
負けた方が1ヶ月隊員クラブで酒を奢るという約束をした。
(殺し合いを賭け事にするって馬鹿じゃないの)
賭け事の対象にするのは不謹慎だなと思ったが、その事を語る兄さんが機嫌良さそうにいきいきしていたので注意するのは止めた。
帝国の双璧と名高いお二人を相手にする敵が憐れに思えてきた。
艦隊戦の間は暇だ。僕は装甲擲弾兵としてここに来ているので地上の掃討作戦の立案に加わる。
国内治安を預かる内務省の捜査によると、クロプシュトック侯爵家は銀河帝国誕生以来の歴史を誇る名門であったが、現頭首のウィルヘルムが帝位継承権問題で、現在の皇帝フリードリヒ四世陛下を蔑視して来たため、即位後に陛下の側近から疎んじられ冷遇されてきた。そのため逆上し激発したのが今回の原因だという。言い方は悪いが、賭ける馬を間違えた上に逆恨みの自業自得だ。
地上戦の作戦立案にあたり僕が提案したのは、1977年11月23日にモザンビーク領内シモイオの北17KmにあるZANLAの拠点を急襲したディンゴ作戦で使った手で、いわゆるファイアー・フォースという戦術だ。
この作戦で僕らは拠点を空爆で叩いた後、DCダコタ機で空輸されたRLI48名とSAS96名がH時(0745)の2分後に降下、パラトローパーズ・ボックスという凹型陣形で包囲、掃討していった。
(敵の司令官を拘束するのが第一目標だな)
降下した後に包囲網を狭めていく単純なやり方だと、錬度の低い貴族の私兵でもやれるだろう。
打ち合わせで懐かしい人と再会した。
「やあ」
「え?」
肩を叩かれ振り返るとフォン・コルプト大尉がいた。
教育時代、そして中隊配属になってからの事が思い出される。
「ケッセルリンク中尉……今は大尉か! 懐かしいなぁ」
(それ程、分かれてか経っていない気もしますがね)
内心苦笑しながらも笑顔で応じる。
「はい、中隊長殿もお変わりないようで」
フォン・コルプト大尉も喜色満面で近づいてきて、親しそうに会話をするものだから取り巻きの貴族は、誰だこいつという目でこっちを見る。
(貴族は群れるのが好きなのか?)
貴族連中でコルプト大尉は雰囲気が異なっていた。実戦を経験して自信が付いたらしい。落ち着いた感じがする。
「うん。今は何をやっている?」
「軍事顧問としてです。お陰さまでそれなりにやらせて貰ってます」
本当は暇です。
「そうか。私の父はブラウンシュヴァイク公の従弟だ。姉はリッテンハイム侯の一門に嫁いでいる。困ったことがあればいつでも頼れよ」
「ああ。それはどうも」
好意で言ってくれているのだろうが、貴族の派閥はあまり関わりあいたくないな。
連絡先を教えてもらい再会を約束して別れた。
そういえば、ディンゴ作戦で右翼Aグループのストップ4を指揮していたSASの大尉、ボブ・マッケンジーと言ったか……あのアメリカ人と今回のフォン・コルプト大尉はどこか空気が似ていた。まぁ戦死したという噂も聞かなかったし、大丈夫、気のせいだろう。
あと、交戦規程を確認したところ、何と定められていなかった。大量虐殺なんてやられたら洒落にならない。非戦闘員への略奪・暴行行為はしないよう兄さんにフレーゲル男爵を通して軍規を徹底してもらう。
1127時、敵の迎撃に遭遇し艦内に警報響き渡る中、揚陸艇で僕は待機している。
無慈悲な砲火が敵軍に叩きつけられ、戦場騒音である振動が揚陸艇にも響いてくる。
後で聞いた話だと、敵艦隊は初めから陣形が崩れていたという。
それはワーテルローの戦いでイギリス軍に突撃したミシェル・ネイ将軍の騎兵のように損害を拡大させ消耗し、きっかり2時間で撃滅された。鎧袖一触とはまさにこの事だ。
「実につまらん。手応えがなかった」と兄さんは語っている。
軌道上の敵を撃破した後は、慣れ親しんだ降下作戦が行われるのが例によって同じ。
まずは敵の指揮機能への爆撃。そして大気圏内の制空権確保。航空優勢下で降下準備の支援攻撃として、敵の集結地や陣地を爆撃する。そして仕上げに地上へ兵を降ろして大規模な包囲作戦だ。
所詮、地方領の警備隊と急募された傭兵。大して抵抗も無く同盟軍に比べれば対空砲火も寂しい限りだ。
空挺堡を確保し降下地点を拡大していく。派手な地上の掃討作戦は貴族の若手将校に任せる。彼らが手柄を立てる為のお膳立てをするのが僕たち軍事顧問の仕事だ。
敵の地上戦力は9000~11000名だと想定されていた。その内4000~5000名が事前にワルキューレを飛ばし叩き潰すことで無力化したと考えられる。
ここまで作戦を立案し準備したんだ。失敗することはないだろう。
僕は司令官の身柄を抑える為、包囲の形成する部隊とは別れた。3隻の揚陸艇で敵後背に進入する。
装甲服に荷電粒子ライフル、実体弾の機関銃に、装甲車もぶち抜ける対装甲ライフル、
幹線道路の東側は退路を絶つため空爆で破壊されていた。
ここまでする必要は無かっただろうに……。今後の領民の生活と復興は深刻だなと思う。
敵の抵抗は軽微な物だった。治安維持を目的に編成された警備隊と傭兵の混成では、外征を前提にした正規軍とは違いが大きすぎる。
指揮所や通信施設などを叩かれて、クロプシュトック側の組織的抵抗は不可能になりつつある。
包囲網では捕虜を武装解除し後送する。そしてまた前進。その繰り返しだ。
僕らの目標は敵の首魁であるクロプシュトック侯の捕縛だ。
市内に敵はバリケードを築いたり、可燃物を燃やして煙幕代わりの目くらませを行っている。
(こんなの無駄だ)
道路に面した右側の建物が目標とするクロプシュトック侯の館だ。
外周にそって武装した警備兵が巡回している。
狙撃手が対物ライフルで支援する。
警備兵の頭が熟れたトマトのように砕けた。正門の警備兵が倒れたのを確認し突入の指示を出した。
アプローチのレンガ敷きに軍靴の足音を響かせ、玄関に向かう。
騒音を聞きつけてばらばらと警備兵が集まって来た。
「二時方向に敵散兵!」
擲弾筒から榴弾が放たれ、遮蔽物に隠れていた警備兵を吹き飛ばす。
悲鳴と銃声、そして爆音が辺りに響く。
庭師が手入れしたであろう芝生が鮮血に彩られ、赤い絨毯と変わるまで時間はかからなかった。
玄関から屋内に入ると執事らしい男性が待ち受けていた。
「武器を収めてください。旦那様は自害なされました」
「自害?」
部下に待機の指示を与えて、僕は寝室に寝かされたクロプシュトック侯の遺体と対面した。
(貴族と言っても死ねばただの屍の様だ)
可能であれば身柄の確保をという事であったが、一足遅かった。
最後の責任を取り、投降するように指示が出していたと言うことで、武装解除はスムーズに行われた。
(それなら、もっと早く投降しろよ)
外での戦闘はなんだったのだろう。
フレーゲル分艦隊は単独で鎮圧に成功した。
この報告に対して、ブラウンシュヴァイク公はその武勲を手放しで喜んだ。
「よくやったぞ。さすが、我が甥だ」
占領政策でフレーゲル男爵は軍規の徹底を命じており、ブラウンシュヴァイク公の名の下で非戦闘員・捕虜の生命・財産保護を約束した。領主の叛乱が鎮圧されれば、帝国臣民として正道に復帰するのは当然で、いずれ復興支援や交易の再開がされるのは明らかだから、無用な非道を行い恨みを買う必用もない。
そんな配慮を気にも留めず、問題を後続部隊が引き起こした。
リッテンハイム侯の私兵部隊が、略奪・暴行を始めていた。
報告を受けたブラウンシュヴァイク公は、顔を潰されコケにされたと激怒し、リッテンハイム侯に厳重抗議、ただちに兵を引き上げるように命じた。
リッテンハイム侯は夫人がブラウンシュヴァイク公と同じく、皇帝の娘であり各界への影響力も強かった。そのため、両者の意地の張り合いのような形となり、その間に事態は悪化する。
フレーゲル男爵の命を受けた僕たちは非道の限りを尽くす掠奪者と化したリッテンハイム侯の私兵部隊を制止しに向かった。
「これは!」
愕然とする光景が広がってた。
路上は血でべったりと赤く染まっていた。
妊婦が腹を割かれ、引きずり出されている物体が見えた。
赤ん坊が銃剣で刺し殺され、年端も行かない幼女が膣から血と精液を出し絞殺されている。
性別で女に分類されると年齢を問わず犯され殺されていた。男など無残に性器を切り取られ口に咥えさせられている。
(掘られるよりはましかな)
僕には見慣れた光景だ。アフリカでは部族同士の殺し合いになると虐殺は普通だ。いちいち胸を痛める程、初心でもない。淡々と事実を受け止めていた。
ただコルプト大尉には許せない物が在ったのだろう。拳を強く握り締めていた。
死者まで陵辱されている。そんな様子を見てフォン・コルプト中尉は激怒していた。
(真面目すぎるな。悪いとは言わないけど)
コルプト大尉の反応を見て僕はそう思った。指揮官は部下に動揺を見せるべきではない。悠然と構えているべきだ。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!」
女性の叫び声が聴こえた。生存者だ。
フォン・コルプト大尉はその声を聞くと駆け出した。
「中隊長!」
先任が声をかけるが振り返らず、要救助者を探し走る。慌てて他の者も後に続く。
路地を抜けると噴水のある広場で兵士達が集まっていた。自分達の兵ではない。
「へっ。良い感じだ。お前も気分出せよ」
「くあっ……もう、止めて!」
視線を向けると、ぐったりとした女性に下士官が下半身を叩き付けていた。
「何をしている! その女性から離れろ!」
フォン・コルプト大尉の言葉に、嘲笑の声を上げる兵士達。
皇帝陛下の臣民である非戦闘員への暴行。唾棄すべき事案だ。
軍規の観点から厳正な処分を下されねばならない。
コルプト大尉は正義感からさらに言葉を続ける。
「貴様らそれでも帝国軍人か!」
それに対して、彼らは鼻で笑いブラスターでフォン・コルプト大尉を射殺した。
(糞!)
僕はコルプト大尉を撃った相手を射殺した。軍法に則った判断と言いたいが、知り合いを殺されてむかついたから殺した。後悔はしていないし此方は悪くない。
遅れてフォン・コルプト大尉の部下も銃を構え、そこかしこで交戦状態に入った。
「逮捕しなくて良いよ」
僕の言葉に中隊長を失ったフォン・コルプト大尉の部下は従った。
彼の遺体を回収して後退する事にした。少々、うんざりしてきた。
「糞ったれどもには相応しい待遇って物があるんだよ」
一般人の被害を考慮する必要はない。奴らが皆殺しにしたからだ。
では、こちらも害虫駆除では遠慮はしない。
軌道上のフレーゲル分艦隊に艦砲射撃で支援を要請するという判断だ。
「そうですね小隊長殿」
僕の提案に古参兵はニヤリと笑顔を返した。
「所詮、連中はクズだ。捻り潰してやる」
軌道上からの艦砲射撃が始まった。圧倒的暴力で非戦闘員を虐殺した奴らが、掃除されて行く。いい気分だ。すっきりとした。
目論見は当たり地上に展開していたリッテンハイム侯側の兵は、艦砲射撃で戦意を喪失し次々と投降していった。挽き肉になるか逮捕されるかの選択だから当然だな。
しかし納得しないものも居た。軌道上にいたリッテンハイム侯の艦隊がフレーゲル分艦隊に襲いかかって来たのだ。
「他の貴族は巻き込まれないよう静観している」
地上での惨状の報告を受けたフレーゲル男爵は正義感から、徹底的に叩きのめし思い知らせてやれと言った。
許可を得て遠慮することなどない。ミッターマイヤー、ロイエンタールの双壁には赤子の手をひねるよりもたやすい。
今回は明らかに貴族の名誉を傷つけたリッテンハイム侯側に問題がある。
この後、リッテンハイム侯の艦隊は完膚なきまでに叩きのめされた。
ブラウンシュヴァイク公の停戦命令が届いてリッテンハイム侯は命拾いをするが、双方に遺恨が残ったのは間違いない。
この事件の惨劇から、貴族とはどうあるべきか。高貴なる者の使命と責務をフレーゲル男爵や多くの貴族が学び取れたのは、不幸中の幸いだった。何も得る物が無ければあまりにも虚しすぎるからだ。
僕たちには緘口令が敷かれた。
(門閥貴族が殺しあったなんて外聞が悪すぎる物な)
事態の収拾と鎮静化、占領処理が一段落しオーデインに帰還したのは5月2日、なんやかんやとしてる内に今年も半年が過ぎようとしている。
人の口に戸を立てられないように、リッテンハイム侯とブラウンシュヴァイク公の配下の間で小競り合いがあったと母さんまで知っていた。
「平民、貴族の貴賤を問わず虐殺したそうだよ」
休暇で帰った兄さんがそう喋っていた。守秘義務って物を考えろよ。
「恐ろしいわね」
姉さんが怯えていたので、大丈夫、僕と兄さんが守るよと言ってあげた。
ブラウンシュヴァイク公は、今回の討伐の戦功により元帥に叙せられるとの噂だ。
(元帥って給料美味しいのかな。バナナで何本分だ?)
僕は今日も元気です。