導入部分で燃え尽きた残りカス   作:キューブケーキ

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銀英伝に転生してみた 16~18話

16.どこの陣営も問題はある

 

 帝国暦487年4月18日。ラインハルト・フォン・ミューゼル大佐の指揮する戦艦「ブリュンヒルト」を旗艦に、巡航艦5隻、駆逐艦18隻からなる小規模な戦隊はフェザーン回廊の帝国側出口を哨戒していた。

 フェザーン航路は商業航路として栄えており華やかだが、目立つ武勲をたてるにはイゼルローン回廊に比べると物足りない。こでの敵は叛徒ではなく密輸業者だ。

 艦隊司令官として出世街道を歩んでいた人間には左遷だが、ラインハルトは現状にかなり満足している。

「これはこれで、案外楽しいものだな。キルヒアイス」

「そうですか、ラインハルト様」

 ここでラインハルトは水を得た魚のように活躍し、今月に入って拿捕した不審船は12隻を数える。

 これでも数は減った方で、帝国軍が哨戒部隊を置く一昔前は違法な禁製品や密入国を行う密輸船が横行していた。

「ミューゼル司令。不審船を確認しました」

 無人偵察機から位置・方位・距離・速度の情報が送られてくる。

「よし、逃がすなよ」

 最寄りの駆逐艦を不審船の進路封鎖に向け、「ブリュンヒルト」は追跡する。

 艦橋のスクリーンに艦影が見えてきた。貴族私有の旅客船だ。

「一般航路を離れて、こんな所で何をしてるのでしょうね」

 キルヒアイスがいぶかしげな表情で言った。ラインハルトも頷き同意を示す。

「確かに。停船させればわかるさ」

 不審船に向け「ブリュンヒルト」から停船命令が出るが反応はない。

「増速しています。逃走の模様」

 オペレーターから報告が入る。

「馬鹿な。軍艦相手に、民間の船舶で逃げ切るつもりか。砲術。一発ぶち込んでやれ」

「はい、艦長」

 威力を落としたレールガンが放たれ、艦尾を捉える。

 弾着の閃光が深淵の宇宙に浮かび上がる瞬間が見えた。

「命中。速度落ちます」

「良いぞ、乗り込ませろ」

 臨検の為、駆逐艦が接舷し舷側が爆破される。

 艦内の家具や美術品は豪華な装飾を施されていた。それらが破壊される。魂をこめた職人にとっては冒涜的な出来事だろう。

 準備されていた装甲擲弾兵が突入する。

 それほど大きな船ではないので制圧に5分もかからない。

 船内で抵抗はなかった。当然だ。陸戦のプロフェッショナル相手に戦い、万が一勝ち抜いたとしても「ブリュンヒルト」の主砲が狙っているからだ。

 武装解除が終わり突入部隊から報告が来た。

「カストロプ公の自家用宇宙船。クルマルク号か」

 カストロプ公オイゲンは朝廷の重臣として過去15年間、財務尚書を務め、その間、腐敗貴族の見本として地位と権力を駆使し私財を貯め込み様々な悪事に手を染めていた。

 司法省の捜査にもかかわらず一向に尻尾を掴ませず、捜査当局の摘発を掻い潜って来た手腕は見事としか言いようがなかった。

 しかしそれも今日で終わりだ。

「何だこれは……」

 送られてきた報告を凝視してラインハルトは驚愕した。

 船内からは大量のサイオキシン麻薬が発見された。大貴族の犯罪。その証拠が現れたのだ。

 他にも犯罪の証拠が出てきた。忌まわしい事に、年端もいかぬ少女を拉致監禁しての人身売買、売春や、臓器密売の斡旋をしていた。違法賭博など次々と明るみになるカストロプ公の犯罪加担。

「まいったな。これは……」

 自分の手には余る事件だ。

 船長は悪びれもせず、ラインハルトの前に連行されるとカストロプ公に連絡させろと恫喝し、目を瞑るなら今回の事は不幸な事故として不問にするとまで言い放った。

「言いたい事はそれだけか」

 ラインハルトの端正な顔に青筋が浮かび、腰のブラスター手をかける動作が見える。

 キルヒアイスが慌てて船長を引きずり倒して口を閉じさせた。

 潔癖症のラインハルトは激怒していたが、赤毛の親友に諭され営倉にぶち込んだ。

 オーディンのルンプ司法尚書は、軍務尚書エーレンベルク元帥を通じて送られてきた情報に狂喜した。

 今回に限りカストロプ公は揉み消しに失敗した。

(いいぞ! 遂に待ち望んだ瞬間が来たんだ。よし、陛下に上奏せねば。それと、カストロプ公に煮え湯を飲まされていた貴族を集めて奴を排斥してやる。帝国からカストロプ公の息のかかったダニを一掃するチャンスだ)

 その後、報告に来た秘書は嬉しくて執務室で小躍りする司法尚書を目撃する。

 

 

 

 4月20日。カストロプ公爵所領惑星メルマック。かつては鼻の長い異形の生物が繁殖していたが、入植後の乱獲によって絶滅している。

 クリストフ・フォン・バーゼル中将がミヒャエル・ジギスムント・フォン・カイザーリング大将に呼ばれ警備隊司令部に行くと、参謀長のフリドリン・フォン・ゼンガー・ウント・エッターリン少将が迎えてくれた。

「緊急の要件とは、何事だ」

「クルマルク号がフェザーン回廊で摘発されたそうです」

 あの船には非合法な取引の証拠が多数乗っていた。自分達の雇い主が逮捕されるのも時間の問題だ。

「なるほど。厄介だな」

 会議室には警備隊を構成する艦隊の各級指揮官が集まっていた。しばらくして状況確認の説明が行われ、それから事後の行動指示が明示された。

「マクシミリアン閣下は公爵閣下の救援に向かっていただきます」

 マクシミリアンの艦隊は3,000隻。帝都防衛軍と正面対決する訳でもないし、十分任務はこなせるはずだ。

「任せてくれたまえ」

 マクシミリアンは会議室に連れ込んだ幼女の髪を撫ぜながら応える。その様子を見て嫌悪感を抑えるのに苦労する。

「バーゼル艦隊はマリーンドルフ伯領攻略に当たってもらう」

「了解した」

 バーゼルの任務は、鎮圧に向かってくるであろう帝国軍の前進拠点になるマリーンドルフ伯領の予防攻撃。そして攻略だ。

 カイザーリングは淡々と、各自に役割を振っていく。

 武装蜂起の実行。帝国に叛旗を翻す。その事実に思わず皆顔を見合わせる。

 領内の平民を徴用すれば即座に15,000隻の艦隊が揃う。これ以上にフェザーンの民間軍事会社を通して人材と装備も送り込んでもらう事になっている。

 以前から準備は出来ていた。ただ、刃を向けるのが早まっただけだ。

「起立!」

 エッターリン少将の言葉で全員起立し敬礼する。カイザーリングが答礼し会議は終わった。

 出撃準備の為、バーゼルはカイザーリングに会釈し駆けていく。その後姿を眺めながらカイザーリングは口元を微かに歪めた。

 

 

 

「グリンメルスハウゼンでも見つけられなかった彼奴の犯罪証拠を遂に見つけか……」

 金髪の小僧に感謝せねばなとリヒテンラーデ侯は皇帝の傍らで聞きながら、そう思った。

 ルンプ司法尚書の報告に皇帝は溜め息をつき、カストロプ公爵の捕縛を命じた。これに対して、自分の身に官憲からの手が迫っている事を察知したカストロプ公の動きは、カイザーリング達の動きに劣らず速かった。

 4月21日未明、帝都オーディン各所で一斉に爆弾テロが発生。深夜にも関わらず憲兵はその対処に追われた。その混乱に乗じて自家用宇宙船で出港したカストロプの手腕は治安関係者を唸らせる物があった。ライフラインの破壊によるサポタージュ活動は後方攪乱の基本だ。

 さすがに皇帝の居城は近衛師団が厳重に警備しており、入り込む隙間が無く被害は無かったが、帝都という皇帝の膝元を騒がせたのは事実だ。

 帝都防衛軍に所属するシュムーデ提督の艦隊300隻がカストロプ公の船を拿捕すべく追跡した。

「逆賊を逃すな!」

 オーディンの防衛は帝都防衛軍が担当している以上、今回のテロは大失態と言える。

 首謀者のカストロプ公が乗った船はすでに飛び立ったという。

 無人偵察機を飛ばしカストロプ領への航路を重点的に探し、そして遂に発見した。

「逃がしはせん」

 艦隊に増速を命じ急行する。

 艦橋のスクリーンに自家用船が映し出される。

 いざとなれば撃沈も已むを得ない。そう思い警告射撃を命じようとした。

 その時、砲火が降り注いだ。

「敵襲!」

 マクシミリアンの率いるカストロプの艦隊である。

 閃光が走り光球が次々と発生する。

 相手を非武装の船と侮っていた為、注意の視角外から現れた攻撃は完璧な奇襲となり、追跡の艦隊を容赦なく叩く。

 たかが地方領の警備隊と侮るなかれ。フェザーンとの交易で装備と民間軍事会社から人材を手に入れ増強された戦力は脅威と呼ぶに相応しい規模だった。

 事前に連絡を受けていた息子のマクシミリアンの率いる艦隊だった。

 襲撃を受けシュムーデ提督は戦死。追跡は失敗し帝国軍が敗走した。

「お待たせしました父上」

「うむ。良いタイミングだったぞ、マックス」

 領内に戻ったカストロプ公は隣接するマリーンドルフ伯領に侵攻開始、瞬く間に制圧し本格的叛乱の兆しを見せた。

 

 

 

「オイゲンのやつ、何を狂ったか」

 報告を受け、リヒテンラーデ侯は言葉を失う。 

 今回の帝都における脱出劇の陽動である同時爆弾テロで一般民衆、貴族を問わず多くの犠牲が出た。

 復讐を叫ぶ貴族の声も高く討伐の規模も拡大し、皇帝の居城、新無憂宮の謁見室に国務尚書リヒテンラーデ侯、ゲルラッハ財務尚書、フレーゲル内務尚書、ルンプ司法尚書といった文官が帝国軍3長官と共に招集される。

「それで」

 皇帝はワインで喉を潤し口を開いた。

「カストロプ公爵が余を謀っていた。そう言うのだな?」

「はい、陛下」

 リヒテンラーデ侯が代表して受け応えする。

 いわく、これ以上看過する事は帝国の威信に関わり民衆の不満に繋がる。膿は出し切るべきだ。

「ふむ」

 面白くもなさそうに皇帝は頬杖をつく。

「容疑は固まったな。公爵の地位、領土は召し上げじゃ。速やか討伐せよ」

 逮捕をしても釈明の機会はあった。カストロプ公爵は武装蜂起する事で、自ら対決の道を選んだ。

「御意」

 リヒテンラーデ侯は恭しく応じる。

 皇帝は視界にフレーゲル内務尚書を捉えたた。

「内務尚書、そちの息子の武勇伝聞いておるぞ」

「倅には身に過ぎた評価で畏れ多い事です」

 リヒテンラーデ侯の傍らに並んだ内務尚書は畏まる。

「武名の名高い、ブラウンシュバイク公の一門にして帝国軍中将だったな?」

「はい陛下」

 武名というか、運に近いが。

「そちの息子にカストロプ討伐を命じる」

 思わず隣のリヒテンラーデ侯の方を見るが、視線を合わせ様とはしなかった。

 絶句するフレーゲル内務尚書の顔を見て、面白い玩具を見つけたように皇帝は言った。

「これは余の勅命じゃ」

 神聖不可侵な銀河帝国皇帝の勅命が下った。臣下は膝を着いて頭を下げる。

 帝国軍三長官である軍務尚書、統帥本部総長、宇宙艦隊司令長官に形式的に挨拶して退席した後、フレーゲル男爵に勅命を伝えた。

 フレーゲルは艦隊編成の人事を考える。司令部の先任参謀には、オーベルシュタイン大佐を引き抜き任命した。

「犬の世話が……」と言っていたが、それぐらい召使でも雇って任せれば良い。それよりも討伐を手伝えということだ。

 実戦部隊の各艦隊司令には、ワーレン、ルッツ、ケンプ、ビッテンフェルトなどの若手に声をかけた。我も我もと貴族の士官が名乗りを上げて来たが、実戦で足を引っ張られたくない。

「カストロプ公は、これまで辺境伯としての職務を代行しており、フェザーンとその所領が隣接しているということもあり、それなりの兵力を保有しておりました」

 オーベルシュタインの言葉に、蜂起後はさらに増えてるかも知れないという事かとフレーゲルは考える。

「するとフェザーン経由で戦力を増強している可能性があるな」

 机の上に広げられた資料はオーベルシュタインによって整理され、フレーゲル男爵にも見やすく簡潔で少ない量だった。

「ええ。状況にもよりますが、いずれフェザーン領内で越境作戦を行う事になるかもしれませんな。フェザーン領内に進攻して、訓練所や物資集積所を叩く訳です」

「うわ、外交にも配慮しないといけないのか。頭が痛くなる」

 顔をしかめたフレーゲル男爵を気にせず、オーベルシュタインは報告を続ける。

「周辺諸侯を動員し封鎖を行いますが、長期化すれば日和見に走る者が出ると思われます」

 そんな貴族がいたら伯父に言って、処分してもらおうとフレーゲルは心に決めた。

「短期決戦で終わらせたいな」

「御意」

 帝国軍全体としての討伐参加戦力は意外に少ない。

「今回、宇宙艦隊から動員される艦艇は54,000隻。封鎖に当たる諸侯の私兵は含みません」

「うん。自由惑星同盟を僭称する叛徒の動きの方はどうなっている?」

 この機会に乗じてイゼルローン方面に再侵攻され、二正面作戦というのは避けたい。

「すぐに確認致します」

 続けてオーベルシュタインは、事前に今回の討伐を想定していたかのように進言する。

「ルッツ、ビッテンフェルト、ケンプ、ミュラーの各提督に分艦隊を預け、本隊に先行させようと思いますが、いかがでしょうか」

 敵支配地と隣接する私領を持つ諸侯は、警備隊を動員し境界の封鎖に当たっている。

 現在、マリーンドルフ領以外に本格的侵攻を行っていないが、カストロプ側が本気になれば、そこら貴族が持つ私兵では鎧袖一触と蹴散らされるのは明らかだ。

 帝国軍の到着が待ち望まれている。

「うん。卿に任せる」

 早急な戦力展開が求められている以上、反対する理由も無い。フレーゲルは頷く。

 フレーゲルは帝国軍中将としてカストロプ討伐の指揮を取る。

 総司令官が中将を以てあたる為、麾下の提督に大将や上級大将、元帥はいないと思われがちだが、装甲擲弾兵総監のオフレッサー上級大将が加わる。

 階級の序列から考えて不思議な所だが、討伐の主軸である艦隊指揮をフレーゲル、地上戦の指揮をオフレッサーが執る事で役割は分担され問題は無い。

「そもそも、わしは艦隊の指揮など知らんからな」

 連絡を受けたオフレッサーは豪快に笑ってそう告げた。その会話を義眼の参謀が冷ややかに見ていた。

 

 

 

17.続き

 

 ミヒャエル・ジギスムント・フォン・カイザーリング大将は60歳をこしたばかりで、まだまだ若々しい精神と肉体を持っている。その上、帝国暦483年のアルレスハイム星域での勝利は士官学校の教材に使われるほど伝説となっている。

 今回、カイザーリング大将は賊軍であるカストロプ公側に付いていた。

 秘匿回線を使い私室で交信していた。

「皇帝陛下は、今回の我らが蜂起を許されまい」

 友人であり、マリーンドルフ伯領制圧を指揮したクリストフ・フォン・バーゼル中将が画面に映し出されていた。

 彼とその妻とは40年以上の付き合いになる。

『そうだな。討伐の兵が押し寄せてくるぞ』

 バーゼルはカイザーリングよりも10歳は若く見え、妻帯者にもかかわらず若い女性に人気がある。自分の人生の半分も生きていない孫ほど年齢の離れた女性に囲まれるバーゼルを散々見てきた。

 歳を考えろとカイザーリングは常々、苦言をしていた。

「素直に討たれるつもりはない」

『だろうな』

 カイザーリングの言葉にバーゼルも笑みを浮かべる。

「戦いはまだまだ続く。それに次の手はある」

 打ち合わせを終えると、思いついたようにバーゼルは付け加える。

『戻ったらヨハンナも交えて三人で飲もう』

「ああ。楽しみにしているよ」

 カイザーリングが笑顔で応じたあと交信を終える。

「ヨハンナか……」

 消えた画面を笑顔を消し見つめるカイザーリングは苦い物がこみ上げてくる。

(かつて自分が愛した女性。だが、彼女はバーゼルを選んだ)

 レストランで食事を取るカイザーリングとヨハンナ。イカリングをフォークで突付いていたヨハンナからバーゼルから求婚された事を告げられた。

 驚きを隠しながら彼女に質問した。

「それで、君は何と答えたんだね」

「承諾したわ」

 嬉しそうに頬を染め告げるヨハンナ。

 友人として祝福の言葉を告げておくが、内心穏やかではなかった。

 心が悲鳴をあげて亀裂が走った。

 支え続けた女性が裏切ったように感じた。彼女は、自分を男としては見ていなかった。

 そして極めつけの言葉を告げられた。

『あなたは良い人だわ』

 その瞬間、黒い憎悪が湧き出してくるのを感じた。

(あれが、止めを刺した)

 彼女の言った言葉が思い出される。

(良い人、だと。馬鹿にしているのか)

 良い人など女は求めない。

(お友達でいましょう、そういうことか)

 カイザーリングの心はあの時、完全に壊れた。

「だから、ヨハンナ。私は決めたんだ」

 憎しみだけで復讐の機会を狙った。

(私は、君と君の選んだ男を破滅させてやろうと機会を持っていたんだ)

 今回、二人を絶望に叩き込んでやる心算だ。

 

 

 

 バーセルにも野心は有った。中将の地位まで昇ると次は大将と言う具合にだ。

 しかしながら皇帝の勅命による犯罪の根絶は、軍内部の綱紀粛正にまで発展し、自らの地位が危うくなった。カイザーリングの誘いもあったが、これは自分の望みを潰してくれた帝国への復讐の意味もあった。

(私を切り捨てた奴らに思い知らしてやる。だが妻には無理をさせてしまうな)

 バーゼルが妻の事を考えていると、無人偵察機から討伐艦隊発見の報告が入って来た。

「索敵機より入電。敵艦隊発見」

 コルネリアス・ルッツの分艦隊であった。

「ふん。ようやくお出ましか」

 マリーンドルフ伯領の制圧では手ごたえは無かった。所詮は私兵による警備隊だ。プロとは違う。

(骨のある相手と戦えるかな)

 5月13日。バーゼルは戦勢を制するべく先制攻撃に出た。先鋒はフェザーンのPMC、ホネカワ(Honekawa Security Guards Limited)による分艦隊3000隻。

 スパルタニアンが発艦する様子が中継されて来てスクリーンに映し出される。

(帝国軍として戦って来た私が、叛徒の武器を使い帝国軍と戦うとはな……)

 幾度か戦場で相対した同盟軍の兵器。それを見つめるバーゼルの心情は、いささか複雑な物であった。しかし戦場では望む物がいつも手に入る訳ではない。その事は経験から知っていた。

(与えられた物で精一杯戦う。それだけだな)

 この時バーゼルには、まだその様な事を考える精神的余裕が有った。

 

 

 

「敵艦載艇多数接近中。方位0-1-0、会敵予想時刻は五分後です」

 敵の機影は馴染み深い同盟軍のスパルタニアン。同じ帝国軍のワルキューレだ、攻撃することを躊躇したかもしれないが、これなら遠慮なく撃ち落とす事が出来る。その様に全員が思った。

「急げ! CSPを上げろ。全艦紡錘陣形」

 ルッツの指示で慌ただしく動き出す艦隊と迎撃の為、発艦して行くワルキューレ。時間などすぐに過ぎてしまう。

 バーゼル中将は直属の4000隻と、ホネカワを含め徴募した傭兵の操る8000隻を伴い、討伐軍の先手を打って一撃を与えようとした。しかし、その顔には僅かな苛立ちの色が見て取れた。

 前衛が押されている。

 スクリーンに向けられた視線は、また1つ沈む光点を捉えていた。

 ルッツ分艦隊は4000隻。

 ルッツは噛ませ犬では無い。持ち前の粘り強さを発揮し、バーゼルの前衛を撃破した。

 奥歯をかみ締めながらも、バーゼル中将は感情を抑え淡淡と撤収の指示を出す。

 討伐軍は強引に突破しようと攻めては来ない。

「良い指揮官だ」冷静な部分でルッツを、そう評価した。

 あとは、カイザーリングの描いた作戦に従い進めるだけだ。

 バーゼル艦隊はマリーンドルフ伯領に通じる二つの航路を機雷で封鎖し引き揚げた。

 掃海にかかる作業時間は早くて8時間、これでは追撃ができない。

 掃海部隊からの報告にフレーゲル男爵は顔をしかめた。速やかな鎮圧が要求されているのに出鼻を挫かれた。

 これに対して義眼の参謀はバーゼル艦隊を遊兵化させ、無視する事を提案した。

 マリーンドルフ伯領は狭い。現有戦力だけで簡単に封鎖できるとの事だった。

 

 

 

 帝国本土でそんな大事が起こっている最中、辺境のイゼルローン回廊でファーレンハイト分艦隊は日常営業だった。

 ファーレンハイト艦隊は、イゼルローン回廊の同盟側出口で威力偵察を行うため久しぶりに集まっていた。

 艦隊ってのは、やっぱり集まっていると壮観だ。

 前衛として哨戒に当たる宙雷戦隊に所属する駆逐艦「ミステル」の艦長席で僕は、オーディンからのニュース速報を閲覧していた。

『カストロプ公遂に逮捕か?…「フェザーンと帝国の平和は俺が守る」ミューゼル大佐』と記事のタイトルが踊っている。

 記事の投稿は487/05/20(月) 13:30:55.72と新しい。

 オーディン時事によると、帝国軍のミューゼル大佐はフェザーン回廊の帝国側出口でカストロプ公の自家用宇宙船を不審船として臨検した。内務省によると──。

 名無しさん少年兵が記事に対してレスをしている。

『どうでもいいけど、金髪うざくねえ? 』

 うむ、同感だけどストレートな書き込みだな。

『あいつが絡むと味方に死人が出すぎる。覇王の卵でも持ってるのかよって 』

『この前に負けたくせに、また火種を起こしやがって』

 金髪についてコメントがかなり荒れていた。

(あ~この書き込み。きっと関係者か被害者だな)

 わかるわかる。さて、本文は……と。

 携帯端末を操作し記事の詳細を読む。

 クルマルク号事件と言うのが、フェザーン回廊の帝国側出口で起こった。

 密輸船の取締りをしていたミューゼル大佐が、貴族私有の旅客船を不審船として臨検したのが発端だそうだ。

 まったく、あの人はどこに行っても厄介事ばかり持ってくるのだな。

 クルマルク号は、カストロプ公の自家用宇宙船だった。

 いわゆる悪徳貴族なのに一向に尻尾を掴ませず、捜査当局の摘発を掻い潜って来た手腕は見事としか言いようがない。その悪名は僕のような平民ですら知っている。

 でも今回は船内からカストロプの関わった証拠が見つかった。

 これで大貴族もおしまいだった。

(悪事はいつか必ず暴かれるんだよ)

 続報を読むと帝都で暴れて艦隊まで繰り出したそうだ。

 事件が大きくなりすぎだよ。

 迷惑な。これで、また動員されるのは明らかだった。

 今回はフレーゲル男爵が54000隻を率いて討伐にあたる事になったそうだ。

 お疲れ様。

(此方はイゼルローン回廊に張り付いてるから、今回は関係無いね)

 だけど他人事だと余裕を見せる程、此方も暇では無かった。

 艦内に警報が鳴り響いた。

「敵対艦ミサイル群、接近!」

「敵の反応が速いな」

(此方の動きを読んだのか?)

 ファーレンハイト艦隊はまだ敵の勢力圏まで進んでいない。

 対艦ミサイルの標準的仕様であるレーザー水爆ミサイルが迫って来る。無数の弾幕が張られ迎撃を行うが掻い潜った物もある。

「デコイ発射」

 回避運動をとる「ミステル」の艦体を衝撃が襲う。至近弾が中和磁場の近くで爆発した。

 中和磁場は無敵ではない。防弾に優れているケブラー繊維が刃物には貫かれる様に、実体弾には効果が薄い。完全に回避する盾は無いと言う事だ。

 開けられた戦列の隙間に砲撃が加えられて、ワルキューレが加わる。

「敵さんは相も変わらず多いな」

 スクリーンに写る無数の光点。こっちらよりも多い。

 イゼルローンへの本格的攻勢が始まった事に気付いた。

「なるほど」

 その呟き声を聴いて副長が反応した。

「艦長?」

「敵が攻めてくる予報当たったな、と思ってね」

 5月20日1400時、楽しい戦争が始まった。同盟軍の前衛である第4艦隊と帝国軍は遭遇。同盟軍来襲の急報は帝国全土に駆け巡る。

 

 

 

 同盟軍の前衛としての指揮権を与えられたパストーレ中将は昼食で満たされぽんぽんと張った腹部を撫でながら旗艦「レオニダス」でスクリーンを睨むように見つめていた。

(食い過ぎた。気分、悪い……)

 帝国軍の哨戒部隊がいるのは予想していた通りだったが、少し規模が大きい事に気付いた。

(敵は寡兵。こちらが押している)

 第4艦隊の後方には、第6艦隊が控えている。背中を預ける第6艦隊の指揮官は美食家のムーア中将。いつも美味い飯屋に連れて行ってくれる気さくで信頼に足る盟友だ。

 しかしパストーレも知らない問題が第6艦隊で発生していた――。

 第6艦隊旗艦「ペルガモン」のトイレ。その個室に司令部幕僚のジャン・ロベール・ラップ大佐は籠っていた。

 ラップの頬はこけ、汗が噴き出ている。

「こんな時に下痢だなんて」

 昼食で食べた鮭のムニエルにあたったらしく、司令部幕僚の全員が同じ症状を医官に訴えていた。集団食中毒、ということだ。

 しかし艦隊司令官のムーア中将は鉄の胃袋を持ってるらしく平然と艦橋で指揮を執っていた。

(前に賞味期限が1年過ぎたクッキーを完食したって言ってたな)

 ラップは司令官が無事なので第6艦隊は戦えると信じるしか無かった。苦痛に身悶えしながらしゃがみ込む。

(トイレに入ったままで死ぬなんて事は御免だな。無様すぎる)

 下半身丸出しで糞を洩らしながら宇宙を漂流する自分の死体。

 ラップの脳裏にそのような事が浮かび頭を振る。すぐにそんな妄想は激痛で消える。

 

 

 

 帝都のミュッケンベルガー元帥の下にファーレンハイト分艦隊が同盟軍と遭遇した報告が届いたのは、退庁しようと部屋を出る瞬間だった。

 鳴り響く電子的な呼び出しの音に、ドアノブに伸ばされた手が止まる。

 大したことも無ければ副官が対応している。顔を一瞬しかめるが、応答するため机に戻る。

 鞄を置き通話ボタンを押す。

「どうした?」

 報告してきたのはイゼルローン要塞駐留艦隊司令官のハンス・ディートリヒ・フォン・ゼークト大将で、その巨漢を恐縮そうにしていた。

 その顔を見て、すぐに緊急事態だと悟った。ゼークトも挨拶を省き報告する。

 『叛徒どもが、性懲りも無くまた攻めてきました』

 規模は5万隻以上とのこと。

 今からの動員では応援より、敵のほうが先にイゼルローンに到着することになる。

(後手に回るな。カストロプ討伐で忙しいこの時期に攻めてくるとは、忌々しい奴らだ。まさか、タイミングを狙っているのか)

 カストロプ討伐に宇宙艦隊から5万隻動員している現状で、イゼルローン方面に転用出来る兵力は要塞駐留艦隊を含めて6万隻。

 もちろん帝国全土から各諸侯の私兵や警備部隊をかき集めればもっと戦力はあるが、兵站能力の限界を考えるとそれが精一杯だ。

 叛徒との戦いは、大貴族とは言えカストロプのような地方領主とは異なり、帝国軍の本来任務だ。

(ふん。帝国を侮った事を後悔させてやる)

「今回も帝国の武威の前に押し潰し、イゼルローンにその屍を晒す事になるだろう」とゼークトには答えておいた。艦隊を集める為に忙しくなってきた。

 

 

 

 フェザーン自治領において主府は、行政の頂点として機能している。

 そして最終決定権を持つ自治領主アドリアン・ルビンスキーは“フェザーンの黒狐”の異名を持つ知謀の持ち主だ。

 彼の自治領主に就任するまでの私生活や経歴などの個人プロフィールは完璧に近い防諜管理で秘密のヴェールに包まれていた。内縁の妻や帝国軍に勤める息子ルパートの存在は知られていない。

 ルビンスキーの元に芸術家提督として名高いエルネスト・メックリンガー少将が弁務官事務所の頭を飛ばして帝国からの特使として訪れたのは、午前中の忙しい最中だった。

「これはこれはメックリンガー閣下。遠路、足をお運びいただき恐縮です」

 自分の分もコーヒーをと秘書官に頼みルビンスキーは応接セットのソファに腰掛ける。

「それで、今回はどのようなご用件で」

 メックリンガーはルビンスキーの言葉に冷笑を浮かべる。

「すでに承知していると思っていたのですが」

「何の事ですか?」

 ルビンスキーは何も知らないという表情で尋ねる。演技半分で、おそらくカストロプ関連の事だと思う。

 この狸め、とメックリンガーは思いながら告げた。

「こちらに登記されている民間軍事会社のホネカワが帝国に反旗を翻したカストロプを支援している」

 そこには装飾された推定の言葉ではなく、断定された言葉しかなかった。

 フェザーンは銀河帝国を宗主国とし、内政の自治と交易の自由を認められた特殊な地方領に過ぎない。明確な叛乱支援は帝国に対する謀反を意味する。それはフェザーンの未来を閉ざす事になる。

「ほう。それは早速対処させましょう」

 許せませんなとルビンスキーは愛想よく答えるが、メックリンガーはまともに相手をしない。

 自分はメッセンジャーで必要な事を伝えるだけだ。帝国の意思を。

「無論、そちらにも然るべき処置をしてもらいます。こちらはこちらで手を打たせてもらいました」

(手を打った? どう言うことだ)

 ルビンスキーは初めて疑問を感じた。

 しっかり取り締まれと言われ、帝国に協力を要請される程度なら予想していた。

(そうじゃないのか?)

「本日未明。帝国軍はフェザーン自治領内における軍事行動を開始しました」

「何ですと!」

 思わず声が出た。

(フェザーンに侵攻開始したというのか?! いや、それならもっと情報が来てるはずだ)

 驚きの表情を浮かべるルビンスキーに、メックリンガーは冷ややかに応対する。

「任務に対する妨害は、容赦なく排除されるでしょう」

 心しておけ、とメックリンガーの双眸が告げている。ルビンスキーの背中を冷たい汗が流れた。

 

 

 

 フェザーン自治領内の帝国領に近い惑星ハナ。その名前は宇宙開拓時代、最初に発見した探検家が自分の愛犬にちなんで名付けたのが由来だ。

 現在、ハナはホネカワの支社が置かれており同社の私有惑星として登記されている。

 叛乱軍というものは基本的に長期的な継戦能力は保有していない。その兵力が大きければ大きいほど兵站の維持に負担がかかる。第三勢力の支援があるならともかく、地方領主が正規軍相手に長期戦を行える訳が無い。ということは支援している者がいる。

 帝国国家保安本部の対外諜報部と前線部隊の偵察報告から、フェザーン領内でカストロプ公への人材と物資の供給元になってるのがはっきりした。

 ならばやる事は決まってる。帝国は敵を遠慮なく叩き潰すだけだった。

 5月22日。フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト准将を指揮官とする分艦隊は3500隻の兵力を以てカストロプ公領を迂回し、これを強襲すべく送り込まれる。

 ビッテンフェルトの艦隊が航行する進路上に、小型の艦艇が集まって来ていた。

 数は凡そ60隻と言った所か。

「フェザーンの警備隊ですな」

 オイゲンの言葉を立証するように、スピーカーから警告が聴こえてくる。

『停戦せよ、停戦せよ! 貴艦はフェザーン自治領を侵犯している。繰り返す…』

「主府には連絡が入っているはずだよな。邪魔するなら排除するだけだ」

 ビッテンフェルトは艦隊の速度を落とすことなく前進を命じる。

「進め!正義は我に在りだ!」

 警備隊の艦艇が、正規の軍艦である帝国軍相手に本気で戦える訳も無い。

 警告を空しく繰り返すだけだと思っていたら、警備艇の一隻が本気で進路に立ち塞がって来た。

「うん? 身を持って喰いとめるつもりか」

 ビッテンフェルトはそう言う無茶をするのが嫌いではない。

「だが、この場合は無謀だな」

 普段、突撃ばかり言うあんたが言うなよとオイゲンは思った。

 艦隊の先頭を進む巡航艦の艦首が、遠慮なく警備艇の艦体を切り裂き残骸を撒き散らす。

 その様子を見て、周りの警備艇が発砲し始めた。

「なんだ、戦おうとでも言うのか」

 蟻が巨像に立ち向かうような物だ。警備艇程度の火力では、中和磁場すら貫けない。

「愚かな。逃げれば良い物を」

 ビッテンフェルトは侮蔑の表情を浮かべ命じる。

「目障りだ。薙ぎ払え」

 僅か一斉射で警備隊は、電子の霧となり消えた。

「問題にならないでしょうか」

 オイゲンが心配そうに言ってくる。フェザーンの自治権を侵害している。

「なるな」

 ビッテンフェルトの言葉に顔をひきつらせる。

「だが、そもそもフェザーンは帝国の自治領に過ぎない。帝国に文句を言えるわけがない」

 この後、主府からの連絡が入ったらしくフェザーンからの妨害も無く、目標宙域に到達出来た。

『ここは私有惑星です。速やかに退去願います』

 ホネカワの警備艦艇が艦隊の進路に立ちふさがり警告を送って来る。

「どいつも言う事は同じだな」

 ビッテンフェルトはうんざりした顔色で命じた。

「撃て」

 警備艦艇が撃沈される。

(民間軍事会社の船など、無敵の俺たちには鎧袖一触だ)

 赤子の手を捻る様に簡単だった。

「今更慌てて対応しても遅すぎるぞ」

 ビッテンフェルトは自信満々に言う。

「さあ、そろそろ行くか」

 スクリーンにハナが大きく写っている

「ショータイムだ」

 ビッテンフェルトは、『塵も残さず殲滅する』と言うぐらいの心積もりで今回の作戦に当たっている。

 ハナの重力圏、軌道上に分艦隊は侵入する。

「敵の艦隊は出払ったのか、いないようだな」

 物足りなさを感じたのか少し残念そうにビッテンフェルトが言う。

「そうですね」

 先程の警備艦艇は通報していなかったのか?

 勿論、していた。

 帝国軍艦隊の索敵範囲外であるハナの軌道上で周回する、衛星ハナⅡの裏側にホネカワ練習艦隊と輸送船団の艦艇、4500隻が控えていた。

 プロフェッショナルとしての教育・物資輸送・機材整備などの後方支援から、戦闘要員の人材派遣を行うホネカワには多くの同盟軍関係者も雇用されている。

 自由惑星同盟軍予備役のバーナビー・コステア中将もその一人として、オブザーバーとして役員手当を毎月支給されていた。

 今回のカストロプ叛乱にあたり、最前線には出ないが後方基地にあたるフェザーンで、人材の教育を行うためハナに送り込まれていた。

「まさか帝国軍がフェザーンに侵攻してくるとは思わなかったな」

 コステア中将は実質的指揮官として、帝国軍来襲の報告に艦隊の指揮を執ることとなった。

「なんとか、敵には見つからずにいけそうだ」

 参謀長のジェニングス少将に話しかける。

「ええ。ギリギリのタイミングで間に合いましたな」

 警備艦艇の急報を受け、急遽退避した。彼の教え子たちは今の所、正規軍ではない割に満足すべき動きをしている。

「さて、帝国軍の奴らに教育してやろうじゃないか」

 現役を退き久々の実戦で精神が高揚してくる。

 コステアの指示を受け長身の黒人、ボーディ大佐の戦隊800隻が尖兵として、帝国軍側翼に切り込む手筈になっている。

 

 

 

 ホネカワの私設の集中する南半球の軌道上空。

 そこに黒く塗装されたビッテンフェルトの艦隊は展開していた。

「各艦。射撃位置に就き準備完了しました」

 オイゲンが報告してくる。

 弟一目標:防空火器、レーダー施設、第二目標:兵舎、陣地、車両、火砲、第三目標:発電所、港湾施設、物資集積所。時差は殆ど無く、数分で全てが破壊されるはずだ。

「よし」

 艦砲射撃を始める射撃号令をかけようとした。

 その瞬間、右翼の戦隊から弾ける様に火球が広がった。

「敵襲!」

 スクリーンに灰色に塗装された艦艇の群れが突っ込んでくる姿が写った。

(あれではまるで、帝国軍と同じじゃないか)

 ビッテンフェルトは敵の塗装を見てその様に思った。敵味方識別装置をつけているとは言え、混戦になれば誤射もありうる。ましてや機器の故障でもした時に、彼我が同じ塗装では目視で見分けがつかない。高速で移動するワルキューレなど、反応が無ければその船を沈めてしまうかもしれない。

 ビッテンフェルトの頭脳は、そこまでの事を一瞬で導き出した。

(あいつ等を近付ける訳にはいかん!)

 ホネカワ艦隊の砲撃が軟らかい側面を突き崩す。

 射撃時の警戒配置は就いていたが、哨戒の駆逐艦は警報を発する前に撃沈された。

 輪形陣の外周を護る駆逐艦が吹き飛び、その開いた穴からスパルタニアンが飛び込み戦列を掻き乱す。

 さらに、傷口を抉じ開けようとホネカワ艦隊が突撃してくる。

「全周囲目標だ。撃て撃て!」

 攻撃するホネカワ側にとっては、前進軸上の敵を叩けば良いだけだ。迷う事も無い。

 ボーディ大佐の叱咤激励が飛び、破壊という嵐が吹き荒れる。

(畜生、俺の黒色槍騎兵艦隊(シュワルツ・ランツェンレイター)が良い様にやられている)

 ビッテンフェルトは自分の迂闊さを呪った。

(敵の艦隊は、味方の右翼を突破しつつある。目標は何処だ。このまま横断するつもりか?)

 脱出する前に一撃与えようとしている。そのようにも見て取れたが、違うと判断した。

(こっちに向かっている?)

 判断材料が少ない。そう考えているうちに、直衛の巡航艦「フラウエンロープ 」は駆逐隊を率いて敵の針路に立ち塞がった。後方に戦艦「ブランデンブルク」「ヴィルヘルム・デア・グロッセ」と巡航艦「デアフリンガー」「ブリュッヒャー」も続いている。

「敵を旗艦に近づけるな!」

 他にも、ビッテンデルトが将旗をあげる旗艦「ケーニヒス・ティーゲル」の四方に、巡航艦「ヴュルテンベルク」「ヴェストファーレン」「ザクセンアンハルト」「チューリンゲン」と二個駆逐隊が広がり輪形陣を組んでいる。

 皆が盾として敵を食い止めようと立ち塞がるが、瞬く間に四隻の巡航艦が沈められてしまう。無秩序に前進してくるわけではなく、敵の集団には明確な目標があるように感じた。観察して、流れの勢いは何処に向かっているかを考える。

 答えを導き出して、ビッテンフェルトは戦慄した。

(この艦が狙いか!)

 スパルタニアンの攻撃は、中和磁場に守られた戦艦にとって軽い接吻のような物だ。だが、しつこくてうんざりする。

 艦砲射撃も加わり、可愛く鳴いてくれと、攻撃はさらに苛烈となる。

「『ザクセンアンハルト』沈みます!」

 艦体を下から持ち上げて、爆発の衝撃が襲い掛かってくる。

 中和磁場の限界を狙って叩かれたようだ。

 ぎゅっと拳を握り締めて、ビッテンフェルトはスクリーンから目を離さない。彼らが自分の盾となって沈んだのを知っているからだ。

 コステア中将は、帝国軍に比べ錬度の低いホネカワ艦隊を尤も効率よく生かすべく考えた。

 自分達に出来るのは、最初の一撃。

 奇襲効果の衝撃から敵が立ち直る前に、火力の一点集中により浸透突破し、通信量の多い艦──旗艦を沈める事だ。

 乾坤一擲。その策にビッテンフェルトは敗れた。

 遂に護衛を蹴散らして敵の集団が目視できる距離になった。

(ああ。負けた)

 青い交戦が集束し滝のように向かってくる様子が見えた。

 閃光がスクリーンと視界を覆う――――

 悔しいなどと考える暇も無く、ビッテンフェルトの旗艦は沈没した。

 帝国軍残存艦艇はハナ軌道上から帝国領へ撤収する。

「何とか勝ったな」

 コステアは従卒から焼酎入りのコーヒーを受け取りながら一息を入れる。アルコールでも取らなければ、素面でこんな作戦を指揮は出来ない。

(同盟軍に居た頃に参謀からこんな作戦を提案されたなら却下していたな)

 ホネカワ艦隊も損傷が多く、ビッテンフェルト艦隊の残存部隊を追撃する余力は無かった。双方、これから再編に追われることになる。

 

 

 

 フレーゲルの趣味は古典文学の読書だ。

 貴族の嗜みとして読書は一般教養の一つだが、最近、オーディンの古書市場で仕入れて来た20世紀の作品など彼の嗜好に合致した。

 今読んでいる「カレードーナツマン」は、都市の制圧を企図する敵エボラマンとそれを阻止しようと迎撃する主人公側との攻防が描かれている。

 シリーズ全巻で300冊を超える。そのため登場人物だけでも1768名もいた。

 児童向けに生と死が薄められ擬人化した作品だが、そこから学べる事は多い。

 いかに戦争計画を立てるか。任務分析も重要だ。

 ただ単に攻めるだけなら誰でもできる。

 この作品で敵は決定的な一撃を躊躇しているのか、思い切った手を使わない。

 その結果、最後に勝つのは正義の味方を気取った主人公カレードーナツマン側だ。

(実に歯がゆい)

 仲間のズキンちゃんや部下のノロルンルン達への情も厚い敵の指揮官エボラマン。心情的には敵側を応援したくなる。

「毎回、お邪魔虫め」

 カレードーナツマンは、敵にも正義が有ると言う事を最初から除外しており、偽善的、独善的と思える。

(お好み焼き定食パンマンか。斬新だな。今度、料理長にお好み焼きを作らせてみよう。ただしライスはいらない)

 古書のページを捲る手を止めて、ふとその様に思った。

「失礼いたします」

 参謀長のパウル・フォン・オーベルシュタインが、次の行動計画指針について説明にやって来た。

 オーベルシュタインの視線がフレーゲルの手元に止まる。

「ほう、その本は…」

 背表紙のタイトルを読んで、感心したように義眼を細め言った。

「軍事作戦の失敗例研究には最適ですな」

「そうだろう」

 オーベルシュタインに褒められた事にフレーゲルは気を良くした。

「丘の上に前進拠点を築いたり悪くは無い策だと思います」

「エボラマンやズキンちゃんは、一挙に敵の根拠地を叩きに行かないのだろうか? マスオおじさんを倒されたら、一気に継戦能力は低下したはずだが」

 マスオおじさんとは町に雇われた傭兵のリーダーで、部隊の補給を一気に賄っている人物だ。

「ネタバレになりますが敵側は何度か、主人公の拠点を叩いておりますよ」

 二人で軽くこの作品の軍事的考察を語り合った後、オーベルシュタインは当初の入室目的説明に入る。

 カストロプの保有戦力は艦艇15000隻。帝国財務省と軍務省が把握していた蜂起前の敵兵力で、多くはモスボール状態で保管されているはずだった。

 もっとも今は戦時だ。叛乱を始めた以上、いつまでもそのままとは考えられない。

 蜂起からマリーンドルフ伯領への迅速な戦力展開の裏には、フェザーンから民間軍事会社経由で人材・装備の供給があり、さらに戦力増強されているのは明白だ。

 そして行われたフェザーン領内に於ける越境作戦だが、失敗しビッテンフェルトが生死不明になったと言う。

「生存は絶望的です」

 この損害で尻込みすることなく、オーベルシュタインはフェザーンへの更なる戦力投入を進言する。

「攻撃の手を緩めるべきではない。攻撃し、前進し、攻撃する。ただこれだけです」

 分かりやすいのは良い事だ。本質を突いている。

 害虫は巣と共に根絶すべきなのだ。フェザーンに遠慮する必用も無い。

「そうだな」

 フレーゲルに賛同の色を見て取り、オーベルシュタインは現状を解説する。

 隣接する周辺の各領警備隊から送り込まれた諸侯の私兵で、マリーンドルフ伯領は封鎖されている。現状は、切り札である敵艦隊が積極的に行動する兆候がない。

「ここ一週間にわたるフェザーンからの輸送船団迎撃で、敵に多大な損害を与えました」

「うむ。そうだな」

 その事にはフレーゲルも知っている。

 討伐軍はよくやっている。

 大きな物では5月21日、カール・グスタフ・ケンプ少将の分艦隊が、フェザーンと帝国の境界を越え、カストロプの勢力圏に物資輸送を行おうとするホネカワの輸送船団を迎撃。

 各種輸送船300隻余を撃沈し、50隻を拿捕した。細かい物を含めるとさらに数が増える。

「この損害から一企業が立ち直るには相当の時間がかかると考えられます」

 そのためホネカワは数隻か単艦で、警戒の網を掻い潜ろうと、大規模輸送船団から方針を変更している。いわゆる鼠輸送だ。

 これを封鎖艦隊は迎撃し、戦果をあげていた。

 結果的に輸送量が大幅に低下しており、ただでさえ、多くの推進剤や消耗品を必要とする艦隊を保有している賊軍は、戦略物資の備蓄量も減少しており動けない。

「さらに敵の策源地を叩くべきです」

 ハナだけではない。他にも複数の敵拠点が確認されている。

 ビッテンフェルトの指揮官としての手腕を評価していただけに、彼の戦死は残念だった。しかし総司令官には部下が失われたと感傷に浸っている暇は無い。

(我々は戦争をしている)

 一度の失敗で諦めず、さらに反復攻撃すべきだ。

「では、そうだな……」

 少しフレーゲルは考え、思いついた名前をあげる。

「ミュラーとルッツに任せようか」

 その二人は、若手だが十分な能力を持っている。信頼に応えてくれるだろうとフレーゲルは考えた。

「御意」

 オーベルシュタインは恭しく応じる。

 基本的には兵糧攻めで日干しにして一挙に叩くのが、友軍の損害が少なくベストだと考えられた。

 やるなら全力で封鎖しないと、ナポレオンがイギリスに対して行った海上封鎖のように中途半端になる。ゴキブリを巣で全滅させるのと同じだ。

 カストロプ討伐の一方で、帝国軍は大きな動きを見せていた。

 5月23日。アルトミュールで同盟軍を迎撃すべく、イゼルローン駐留艦隊が出撃した。

 

 

 

18.アルトミュールの戦い

 

 古代から国土防衛上の軍事拠点である城の防衛技術は、出城・出丸・陣屋など様々な形で発達してきた。それらは、敵の侵攻を通報する連絡網や、抵抗拠点としての役割も併せ持ち、戦場の野戦築城へと進化していく。

 恒星アルテナを中心にした公転軌道に建設されたイゼルローン要塞も例外ではない。帝国防衛の砦であり、同盟領内への前進拠点としての役割を担っている。

 イゼルローン回廊には、帝国・同盟双方の戦場として様々な残骸が漂っており、安全な宙域など存在しない。そして、大規模な艦隊の航行可能な宙域には、両軍の機雷がばら撒かれていた。そのため、航路は限定される。

 フェザーン領内に於ける越境作戦失敗から時間をおかず、イザルローン回廊でも本格的戦闘が発生しようとしていた。

「駐留艦隊が出撃したか」

 ファーレンハイトの手元に、ゼークト大将からの司令電文が届いた。迎撃作戦の実施と、その為の移動命令だ。内容を一瞥すると、色素の薄い水色の瞳に不満を浮かべる。

(問題は敵第一波を退けた後だ)

 威力偵察の任務は遂行できなかったが、接敵して敵の来襲を通報した。接触した敵の規模から考察して、後続はこれまで以上の大戦力だ。

(今まで通り要塞に籠っていて勝てるとも思えない)

 届けられた命令で、ファーレンハイト分艦隊は恒星アルトミュールに向かう。

 イゼルローン要塞から同盟領方向へ六光年。難所として知られる宙域である。

 

 

 

 同盟軍との接敵報告から3日目の5月23日。

 要塞駐留艦隊司令官ハンス・ディートリヒ・フォン・ゼークト大将は、麾下の艦艇18500隻を率いて、アルトミュールにて迎撃をすべく出撃した。

 対する同盟軍前衛は前後の2個挺団に別れている。先頭を第4艦隊12400隻、後続する第6艦隊が13600隻。

 合計戦力では敵の方が勝っている。幕僚はその事に不安な表情を浮かべている。

「よく見ろ」

 三次元に投影された敵艦隊の情報を指して、ゼークト大将は自信満々に言った。

 全体だけ見れば物事がわかりくい。狭い視野で見れば、個々の戦力ではこちらが勝っていると理解できる。

「ああ……各個撃破ですか」

 一人が漏らした言葉で、全員は気付いて顔色を変える。

「複雑に考えるな。敢闘精神で物事を捉えろ」

 今の戦力からできる事。ランチェスターの法則に従い、各個撃破すべきだ。

「ここは古代の陸戦における定石通り、先頭を進む数の少ない敵部隊乙を攻撃。しかる後に数の多い後続、敵部隊甲を叩く」

 要塞駐留艦隊の使命は要塞を守る事であり、それはミュッケンベルガー元帥の応援が到着するまで時間を稼げば良いという事だ。

 ここで敵前衛を自軍にとって有利な戦場に引き込み撃滅する。その後は要塞に籠って応援を待つ。いつもの通りだ。

 分艦隊司令や幕僚は、ゼークトの基本指導要領に好意的な反応を示し、反対意見はない。

 しかし、ファーレンハイトは納得していなかった。イゼルローン要塞に対する攻撃方法が、いつまでも同じとは限らない。

「机上の空論じゃないか」

 戦争の手段である兵器開発は盾と矛の関係だ。戦術も状況に会わせて変化する。イゼルローン要塞攻略の新たな方法を見つけ出していてもおかしくはない。

(もし敵が各個撃破を想定していない様な無能ならば問題はない。だが、連絡を密にして相互の間隔が詰まっていれば、損害を受けるのはこちらの方だ)

 何かあった時に備えるのも必要だ。

(要塞に帰還したら遊撃戦力として外に配置して貰えないか進言してみよう)

 自分の分艦隊だけは生き残ってやると、ファーレンハイトは決意を深めた。

 

 

 

「前方に機雷群」

「またか」

 オペレーターの報告に、パストーレがうんざりした返事を返すのも仕方が無かった。

 同盟軍第4艦隊は巧妙に偽装され配置された機雷と残骸に悩まされて、神経をすり減らしていた。

 中和磁場では大質量の残骸などを防げない。あくまでもエネルギー・ビームを中和するだけで、無敵の盾ではない。

 艦隊の外輪部を構成する警戒隊は、交代で曳航補給を受けながら艦隊の進路上にやって来る残骸や機雷を掃討している。射撃により自分達の位置を敵に曝す事になるが、仕方ない。

 掃海艇の数も足りず機雷の無い安全な航路の発見が求められた。

 司令部が先行する無人偵察機からの情報を分析して、アルトミュールに細い航路を発見した時、各艦の航海士はほっとしたぐらいだ。

 しかしそれもすぐに絶望に変わる。

「うわ!」オペレーターや航法士官の叫びが響いた。

 アルトミュールの細い航路に入った瞬間、電波妨害を受けた。

 同盟軍は普段から電子戦を考慮しており、簡明な通話及び通信妨害の克服・回避要領を重視して訓練していた。しかし訓練は訓練に過ぎない。

 待ち受けていた帝国軍の準備は、数万の電波妨害装置を散布することで実施されていた。

「敵が来るな」

 パストーレ中将も敵の待ち伏せを予想していなかった訳ではない。

 しかし舌打ちをせずに居れなかった。

 通信参謀が各艦に通信を確保できるように連絡しようと、発光信号を提案する。

「まずは、連絡の回復を優先したいと思います」

「そうだな、よろしく頼む」

 第4艦隊の後方には第6艦隊が続いている。

 長くなった第4艦隊の航行序列を帝国軍の砲火が襲い始めた。最悪のタイミングである。

 光球が次々と出現して自軍の損害を物語る。

 数ではこちらが勝っているし混乱は一時的な物だ。戦勢を制して勝機を掴む。

「火力を全面に集中し突破口を開けろ!」

 第4艦隊の先頭集団2,600隻は通信手段の回復も無しに、眼前の敵に対応すべく向かっていった。目の前の敵さえ排除できればと言う心境だった。

「ほう。突っ込んでくる気か」

 ゼークトはその様子を確認して嘲笑を浮かべる。

 本来なら後退して第6艦隊と合流すべきだった。だが、そうさせる気は無い。ここで撃滅する。

 圧倒的火力を叩きつけられば中和磁場も耐え切れず、粒子の雲となり沈む艦が多い。

 ファーレンハイトの艦隊も側翼への攻撃に加わる。

「まるで七面鳥を狩ってるようですな」

 幕僚の言葉にファーレンハイトは、「七面鳥を撃った事は無いが、そうなのか? 何にしても油断はするな」と指示する。

 同盟軍先頭集団が撃破され第4艦隊本隊に射撃目標が変わるまで時間はかからなかった。

 駆逐艦「ミステル」もしつこく、同盟軍の戦列に喰らいついていた。

 駆逐隊司令も、それぞれの駆逐艦に好きに狩りを楽しめと通達してきていた。

「うは。今回は楽勝だな」

 僕は既に巡航艦1隻と駆逐艦3隻を沈めている。

「そろそろメインディッシュに取り掛かろうか」

 僕は余裕の笑顔で言った。その言葉に、艦橋内の全員が笑い声を上げる。

「次はあれを喰おう!」

 狙ったのはパストーレの旗艦。

 中和磁場も味方の砲撃で弱くなっているようだ。これならいける。

「艦橋を狙えるか?」

「勿論です!」

 その攻撃は「レオニダス」に向かう事で同盟軍に察知された。

「レオニダス」の艦橋に小口径の出力とは言え、ビームが集中する。

 パストーレに報告が入った。

「左舷より、敵駆逐艦接近!」

「面舵二〇。第三戦速!」

 艦長が回避指示を出す声がパストーレの耳を通り抜けていく。

 スクリーンを睨みつけ自問していた。

(まいったな。ここまでやられると、イゼルローン要塞を攻撃する所では無いな。これは終わった)

 不意に家で帰りを待つ妻の怒ったような顔が脳裏に浮かんだ。

「ごめん」

 それがパストーレの最後の言葉になる。

 そんなやり取りがあったと、敵の報道で愛国美談として知る事になるが、その時は十分な戦果を確認する余裕が無かった。

「撃沈は出来なかったが、艦橋が粉砕され大破したようだ」

 止めを刺せないのは残念だが、標的を切り替え、新手の脅威に対応する。

 

 

 

 旗艦「レオニダス」は艦橋を粉砕され大破。

 司令部の損失。それにより混乱の被害はさらに増す。

「やれやれ、厄介事を全部押し付けられたな」

 初老のフィッシャーは艦隊運用で名人芸といわれる手腕を持つ。

 生き残った中で最先任となったエドウィン・フィッシャー准将は指揮系統を失い、組織的抵抗も出来ず、崩壊していく第4艦隊の残存戦力をまとめ後退の指揮を執る。

「信号弾だ。信号弾を使え!」

 信号弾と言う手段が宇宙空間で使用されなくなって、かなりの年月が流れた。

 数十隻の艦艇が有視界で戦闘を行っていた頃は良かったが、数百、数千、時には数万の艦艇がぶつかり合う様になると、信号弾では指揮統制が出来ない。

 そして現在、お互いがスクランブルで変換された周波数で通信を行う様になった。

 軍用のFTL回線は傍受出来ても、通話表と呼ばれる乱数表がなければ最新の電算機を使用しても数百年かかる為、ほぼ解読不可能だ。

 しかし、この電波妨害された空間では信号弾でも使わねば意思疎通が出来ない。

 撤退を意味する信号弾が旗艦から放たれた。

 的確に意味を受け取った艦長達は、各戦隊ごと熟練した操艦技術で後退しようとする。

 

 

「第4艦隊との交信が途絶えました」

 通信幕僚の報告にムーア中将は第6艦隊を、第4艦隊に合流させるべく急がせた。

「どう思う」

「不測の事態が起こった。それも敵襲としか考えられません最悪の場合を考えておくべきでしょう」

 ラップの言葉にムーア中将は頷いた。

 12400隻の艦隊が待ち伏せで壊滅したとは考えたくもないが、常に最悪を予想しておくのも司令官の責任だ。

(うちの司令部全員が食中毒になったのも、その前兆か? ああ。そう言えば、パストーレ中将の結婚式に招待された時も、嫌な予感がした)

 内輪だけの簡素な挙式と言う事で深く考えずに参加したが、その予感は正解で、酔ったパストーレの妻に飛び蹴りを喰らった。苦痛で呻くムーアを気にせず皆、盛り上がっていた。

(結局、肋骨を折り入院通院したが、あの女、「ごめんね~」だけだと? ああ、もしかしたら今回も危険なのか?)

 事態を甘く見るなと本能が告げている。

 冷や汗を流す艦隊司令官を見てラップは、危機感を持っていると認識した。

「敵小型艦艇多数、前方より接近!」

「来たな!」

 報告が上げられ、無人偵察機からの映像がスクリーンに映し出される。

 ワルキューレの大群だ。

 0250時。同盟軍まで15光秒の距離に迫った帝国軍は、対艦装備をしたワルキューレからなる攻撃隊を先行させる。

「迎撃する。撃ち方始め」

 ワルキューレの前方に弾幕が張られる。

「中々、反応が早いじゃないか」

 ゼークトは、先ほどの戦闘と比較してそう評価する。 

 ワルキューレの攻撃は、足掻く敵の防空網を潜り、綺麗に塗装された外壁の装甲版を機銃やビームの掃射で傷付けた後、対艦核融合ミサイルを撃ち込んで来る。

 弄ぶ様な攻撃だ。

「忌々しい奴らだ!」

 艦艇よりも小回りが効く単座艦載艇。その運用は大気圏での航空機と変わりは無い。その為、用語も艦艇より航空機としての扱いの方が多い。

 この後、のべ11波にわたる攻撃が上げた戦果は、撃沈2107隻、大・中破606隻。その他多数の艦艇に損害を与えた。

「駄目だ、撤退する」

 ムーアは無視できない被害の数字に撤退を決意した。

 0530時。帝国軍の右翼と左翼集団が、第6艦隊を包囲するように前進開始。ファーレンハイトの分艦隊は連日の戦闘で、消耗していたので今回は本隊の後方で予備兵力として待機している。

「さて、お手並み拝見と行くか」

 そういうと、交代で兵を休ませることにした。

 0630時には、絶好の位置に付き、帝国軍の砲火が同盟軍艦艇を射程に捉える。

 ムーアは第6艦隊と敵の戦力比が、ほぼ二倍である事を知り救援要請を出した。

(間に合うか? それでもやるしかない)

 麾下の各艦艇は必至の努力で防戦しているが、数が違いすぎる。

 それに、敵の勢いも違う。頭を抑えられ両翼を挟み込み、万力で締め上げる様な空きの無い攻撃だ。

(敵ながら大した物だ。この状況では第4艦隊がやられたのは確実だろう)

 生き残っているとは考えられない。

 竹の子の皮を剥ぐ様に、味方の艦艇が沈められ戦列が薄くなっていく。

 0740時。残存艦艇が7000隻を切った。

「前進一杯!」

 回避運動の為、機関が増速、減速を繰り返し艦は疲れたと喘ぎ声の様な音を出している。

 敵の砲火がずぶずぶと戦列をかき乱し、その度に大量の艦艇が失われていく。

 優勢に攻撃している帝国軍には楽しい戦闘だろうが、こちらにはたまった物ではない。

(ジェシカ、もしかしたら戻れないかも知れない)

 同盟軍第6艦隊はは、後尾が下がり両翼に延伸し本体の後退を援護する形だが、応援の到着まで第6艦隊は持ち堪える事ができそうにない。

 その動きを見てゼークトはさらに攻撃の手を強める。

「ここでお前たちを逃がすわけにはいかんからな」

 後顧の憂いを絶つため、勝つ時は徹底的に叩きのめし勝つ。

「全軍突撃せよ」

 帝国軍は追撃し戦果拡張を狙うが、そこに側面から攻撃があった。

 同盟軍を圧していた帝国軍の艦列に青い矢が降り注ぐ。

「何だと」

 死神の接吻だ。次々と光球が生み出される。

 3000隻程の分艦隊が放った斉射の一撃で、1000隻近い船が沈められた。

 ゼークトは、クスクスと笑い声を耳元で聴いた様な錯覚を覚えた。

「予備兵力が残っていたのか」

 それは、フィッシャー准将の指揮する第4艦隊残存戦力だった。

 応援はそれだけではない。

 ゼークトにさらなる報告が届く。

「前方に、新たな敵艦隊。2万隻以上!」

 オペレーターの報告に驚愕が走る。

 急報を聞いてロボス元帥は補給の計画を無視して、おっとり刀で主力艦隊を駆けつけさせた。その為、数こそ揃っていたが一部の艦艇では推進剤が切れかけていた。

 それでも新手の艦隊出現は十分、帝国軍に脅威を与える。

 ゼークトの決断は早かった。

「敵の主力だな。もう少し勝ちたかったが潮時だ。イゼルローン要塞に引き上げる」

 その様子を同盟軍第2艦隊旗艦「パトロクロス」でも確認できた。

「敵艦隊撤退します」

 パエッタは傍らのヤンに話しかける。

「第4艦隊は、間に合わなかったな」

「残念です」

 第6艦隊の戦闘損耗率は約50%、第4艦隊はほぼ壊滅で75%を失い、アルトミュールの戦いは同盟軍の惨敗で終わった。

 

 

 

「敵の新手の艦隊か」

 敵は一体、何個艦隊を投入して来たのだろうかと僕は呆れ返った。

 第4艦隊を撃破した後、後方に予備隊として残ったファーレンハイト艦隊は補給と再編成を行っていた。

 大規模な会戦になると、部隊丸ごと後ろに下がって休憩を取る機会もあり、意外と暇がある。

(このまま帰ってくれたら良いけど、今回は何か違うな)

 敵の投入して来た艦隊の多さから、いつもと違う意気込みを感じた。

 でも死ぬ気は無いけどね!

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