導入部分で燃え尽きた残りカス   作:キューブケーキ

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銀英伝に転生してみた 22~24話

22.糞溜めに漬かった気分

 

 イゼルローン要塞の陥落。そして回廊の無力化。

『もう帝国軍が侵攻して来る事はない!』

 その知らせは自由惑星同盟全土に広がり、市民は歓喜した。

 この偉大な勝利の機会を作った評議会の支持率は上昇し、議長を初め出兵に賛成の票を投じた議員はご満悦だった。

 シドニー・シトレ元帥の統合作戦本部長留任は決定し、全ては上手く運んでるように見えた。

 しかしシトレ元帥の表情は優れない。

 今回一番の英雄となったのは、実戦部隊を率いたラザール・ロボス元帥。

 彼の名声は天にも届くと言われるほどの勢いがあった。おそらく今、政界に出馬すれば間違いなく次の評議会議長に就任するだろうことは明らかだが、ロボス自信に政治的野心はない。

 その実直な姿勢から、さらに彼の支持者は増えていた。ロボスの温厚な性格と相手が二等兵だろうと変わらない人当たりの良さと言う人徳による物である。

 真剣な眼差しで放送を見つめるシトレだが、胸中はどす黒い怒りで荒れ狂っていた。

(確実に自分の障害になる。奴を引きずり降ろすつもりが、前より地位が向上してしまった。不可能な要塞攻略を押しつけ失脚させようとしたのに、まさか破壊してしまうとは)

 同盟軍内部ではイゼルローン回廊の戦略的価値消失により、今後の軍の戦略方針の是非が問われ、連日会議が開かれている。

 戦争を始めるのは簡単だが終わらせるのは困難と昔からよく言った物で、同盟軍はイゼルローン攻略後の戦略方針を持っていなかった。

 もし存在したとしても、現在の状況としては想定外だったと思われる。

 攻略に固執していた同盟軍にとって破壊すると言う発想は、コロンブスの卵に近いパラダイムの変換だった。

 同盟軍は勝ってしまった為に悩む事となった。

 反戦をうたい文句にして当選したウェンデル・スティーブンス、ロバート・エクスラーら若手議員は次のように現状分析をして、評議会に意見書を提出した。

 

 1.帝国軍による同盟領への侵攻脅威は一切排除された。

 2.同盟市民に負担を強いてまで、帝国領内での不満分子活動を支援する必要性を認められない。

 3.フェザーン自治領に仲介の労をとって貰う事で、帝国と和平を前提とした交渉をすべきだと思われる。

 

 退役した傷痍軍人を主体とする憂国騎士団も「今こそ国力を回復させ、圧政者から銀河を解放する時である」と声高に叫び、軍も戦力回復と休養の時期を求めて帝国との和平を全面肯定した。

 そこにタイミング悪く、帝国軍のフェザーン領内での越境作戦実施が報じられた。~「やはり帝国は油断なら無い! 次なる戦場はフェザーンだ」と言う意見が自然沸いて出た。

「軍人は政治に関与すべからず」を美徳とするが、同盟が自由の解放者としてフェザーンに介入する好機だと高級将校のみならず一般の兵も考えた。そして、その先にあるのは帝国本土進攻である。

 しかしホネカワと言う企業を切り捨てたルビンスキーの声明を聞く限り、フェザーンは帝国と敵対する意思は今の所はないようだ。

(フェザーンの狐と言われておきながら、帝国と事を構える根性もないのか)

 フェザーンは帝国を構成する地方領に過ぎないと言う事実を失念していた。

 自分の野心を満たす為なら、同盟軍の将兵を犠牲にするのを厭わないシトレだからこそ、ルビンスキーの動きは手緩く思えた。

「帝国軍は当面、イゼルローンの損害から再編成を余儀なくされるでしょう。こちらが艦艇の喪失数と実際に建造されて配備される数のグラフです」

 会議の席上で、情報部の分析結果の報告が情報部長のブロンズ中将に代わり、バグダッシュ中佐から行われた。情報端末を操作しながら、推定される敵の総戦力などを表示した。

「それと、イゼルローン要塞に匹敵する要塞をイゼルローン回廊とフェザーン回廊の帝国側出口に設置すると言う情報もあります」

 要塞の主砲と呼ぶべき決戦兵器があるとすれば、いささか厄介な敵になる。その事にざわめきが広がった。

 バグダッシュは対敵諜報活動で国内の帝国諜報員狩りに活躍した人物で、防諜の第一人者と認識されている。その為、バグダッシュのもたらす情報は同盟軍の意思決定を左右する。今回も有益な情報を提供してくれていた。

「要塞の設置を考えていると言う事は、守りに入ったと言う事かな」

 シトレの発言にバグダッシュは頷く。

「ええ、再編成を優先するなら当分は攻勢に出ない物と思われます」

 その言葉に何人かの提督が納得したように相槌を打つ。

「カストロプでの反乱鎮圧、アンラックの反乱勃発と内紛続きですから、フェザーン領内を通過しての我が国への侵攻も有り得ないと考えられます」

 敵は攻めて来れない。

 議会にも同じ報告が上げられており、そう言った状況から、軍縮すべきだと言う意見が出始めていた。

 宇宙艦隊にはフェザーン回廊の警戒監視に必要な戦力を除き、当面余剰戦力となっている人員の動員解除や、艦隊の再編成を検討するよう指示が出されている。だからと言って、何もせず減らすだけでは国防にならない。

 現在、帝国と同盟の緩衝地帯となっているフェザーンで活動中の民間軍事会社ホネカワを支援し、帝国の力を少しでも削ぐべきだとバグダッシュは提案した。

「あそこには、同盟の退役軍人も多く雇用されていますし、ホネカワを通してカストロプのように帝国領内で不満分子を援助して扇動できるかもしれません」

(悪くは無いな……)

 シトレはその様に評価した。

 検討すべき出来事はまだ他にもある。辺境にある自治領の一つ、アンラック大公国で起きたクーデターを同盟が支援すべきかということだ。

 心情的には帝国や貴族の支配から立ち上がった彼らを支援してあげたい。 

 軍事顧問として人材を送り込んだり、武器供与の形で支援してもいい。

 シトレには人事決定権がある。

(ロボス派の人間を送り込めば、奴の力を削ぐチャンスだな)

 成功すれば帝国の国力を低下させ、悪い事はない。

(よし。次こそ、ロボスの奴を今の地位から引き摺り下ろしてやる)

 国を守る軍の指導者でありながらシトレは自分が視野狭窄に陥っている事に気付いてはいない。

 

 

 

 イゼルローン要塞失陥に対して、帝国は思い切った手を打った。

 幾ら回廊を叛徒が自ら機雷で封鎖したとはいえ、帝国領内に侵攻してこないとはいえない。

 統帥本部の一部では正確に次の手を分析していた。

 敵が国内の行き詰まりを打開するには戦争が一番だ。その上で帝国の隙をつきフェザーン回廊から奇襲攻撃をかけてくる恐れがあると指摘した。

 何時、やって来るか分からない敵に備えるのが軍事だ。

 防衛上の観点から、今最も強力なガイエスブルク要塞をイゼルローン回廊帝国側出口に移動させることにした。

 この事は技術的に可能だと相談を受けた科学技術総監アントン・ヒルマー・フォン・シャフト技術大将が回答を返している。

 またフェザーン回廊帝国側出口に、新たな要塞建設を始めた。

 そして現在フレーゲル艦隊の司令部は、まだ名前の決まっていないその要塞にあった。

 全工程の5%も進んでいない建設中の要塞だが、会議室程度なら十分に利用できる。新しいもの好きの珍しいもの見たさで、フレーゲル男爵が決定したのだった。今回は珍しく義眼の参謀は「それも宜しいでしょう」と、肯定的で特に反対意見を述べなかった。

(へぇ、イゼルローン要塞なみの大きさだな)

 各分艦隊、戦隊は決められた宙域に停泊している。

 僕も会議に参加する為、迎えの連絡艇で他の艦長達と同じ様に要塞に向かう。

「迷子になるなよ」

 港は建材があちこちに積み上げられてごった返しており、工事の喧騒と熱気に包まれていた。

 民間委託の工事関係者がたくさん作業をしているのが見える。

 入札参加の業者は事前に憲兵の厳重な身辺調査が行われ、監視下で作業を行うので、映画や小説のように破壊工作員が紛れ込むなんて考えられない。

 電光掲示板の表示に従いながら歩くが、会議室を目指す人ごみ揉まれ他の連中とはぐれてしまった。

「よぉ。久しぶりだな」

 背後から声をかけられ振り返ろうとした所、力強く背中を叩かれ廊下に倒れる。

「いてっ」

 振り返ると凶暴な面構え押した原始人もとい、装甲擲弾兵総監のオフレッサー上級大将がいた。

(上級大将と言う立場にもかかわらず、相変わらず気さくな方だ)

「オフレッサー閣下。ご無沙汰しております」

 笑いながら手を差し伸ばされ、ぐいっと引き起こされる。

「他人行儀は止せ。同じ戦場で闘った仲じゃないか」

 敬礼する僕の胸を軽く叩きながらオフレッサー上級大将は言う。

 その心遣いを嬉しく思う。

(そう言う所が閣下の魅力だよな)

 他の将帥官とは異なり、一般の兵卒にも気さくに声をかけていると聞く。男らしく豪胆で、兄貴と呼びたくなる気風の良さだ。

(これで奥方が居ないと言うから不思議だ。人は外見だけでは無いのに)

「会議室に行くんだろ?」

 俺も行く所だったんだと笑っている。

 仮にも上級大将。閣下と呼ばれる人だ。従卒はどうしたんだろうと思い尋ねると、はぐれたとの事だ。

(おいおい。今頃、きっと慌てて探しているだろうな。お気の毒に……)

 従卒は見目麗しい美女で、口さがない者には美女と野獣だと言われている。

(まぁ、この人は襲われても自力で撃退できるだろうし、警護は要らないだろうけどね)

「知ってるか、叛徒の連中は元から遺伝的疾患があって、頭に穴が開いてるそうだ。だから狙うなら頭だ」

 無茶苦茶言うなと思ったが、考えてみれば本当に脳足りんなら納得が行く。

「そうなんですか?」

「流刑地に送り込まれ逃げ出した罪人の末裔だぞ。同じ頭の作りをしてる訳がない」

 途中歩きながら話していると、なんでも今回は装甲擲弾兵師団8個、後備歩兵師団12個という大規模な兵力を率いて、カストロプ勢力圏の各有人惑星の制圧と占領維持に当たるそうだ。

(編成の内訳をぺらぺらと洩らして良いのか)

 こんな話、廊下でする物じゃないだろうと僕は苦笑する。

「あの後、ミュッケンベルガーの親父に怒鳴られてな。当分、前線に出るなと言われたわ」

 あの後と言うと、ヴァンフリートの地上戦で僕の小隊に潜り込んで来た事を言ってるのだ。

「それはそうでしょう」

 装甲擲弾兵総監の役職の人間が前線に出るなど正気じゃない。

 この人は自分の地位に無頓着で、根っからの武人だからな。でも振り回される部下はたまったものではない。

 ミュッケンベルガー元帥も諦めてるだろうが、苦労なさってるんだな。

 そうこう言ってるうちに会議室に着いた。

「閣下、探しましたよ」

 オフレッサー上級大将の従卒で、伍長の階級章を付けた若い女性下士官が半泣きやって来る。周りの目が白いけど閣下はそれほど気にはしていない。

 すまんすまんと苦笑しているのを見ていると、美人相手で羨ましいなと思えて来た。

「では、またな」

「はい閣下」

 挨拶を交わして別れ、僕も席に向かう。

 おや。前の方の席に座っている金髪の頭は、糞ったれミュゼル閣下か。

(あいつ准将に昇進したのか、これだから寵姫の弟ってのは嫌になる。何十万人味方を殺したと思ってるんだ。のうのうと生き長らえ恥知らずが。良い人ほど先に死んで行く)

 不快な気分になったが他にも何人か、見知った顔が散見された。挨拶をしに回った。

 

 

 

 会議を召集したフレーゲルは曖昧な色を瞳に浮かべていた。

(噂が広まるのは早いな)

 手駒が増えたと手放しには喜べない。

 緘口令が布かれている物のイゼルローン要塞陥落の噂は帝国軍に広まっていた。

 そんな中、イゼルローン駐留艦隊からファーレンハイト分艦隊が増援として到着し、それを証明しているようなものだった。

「参謀長、俺の奢りで一席設けてくれ。忌憚の無い意見が聞きたい」

「承知しました」

 相変わらず卵かけご飯がご馳走という貧乏提督ファーレンハイトも、今回は参加費を支払う必要が無い会食と言う事で参加する。他の幕僚も一緒だ。

 要塞から離れフェザーン領内のトカイトカイに行く。

 ここは要塞から一番近い有人惑星で、現在帝国軍の制圧下にある。

 ホネカワの様に帝国に敵対しない限り一般市民の安全は保障しているので、行政も通常通りで、帝国軍が居るのを除けば生活が行われている。

 市街地には憲兵も巡回しており治安は良い。駐屯地の士官クラブではなく外の居酒屋に行った。

 士官クラブはかけ売りでつけが利くので、よく給料前の若手の士官が入り浸っている。

 今回は帝国全土に全国チェーン店を展開している系列店の店で、宴会用の個室を予約した。

 集まった面子は防諜の関係で全員私服だ。店内は一般客で賑わっていた。

「すいませ~ん。予約したフレーゲルですけど」

 幼年学校の同期と遊び歩き、場慣れしているフレーゲルは受付に声をかける。

「可愛い子だな」と軽口を叩きながら案内され個室に入った。

「ここはトリアエズの食材を使っているけど美味いんだ」

 門閥貴族の筆頭、ブラウンシュヴァイクの一門であるフレーゲルがトリアエズの物を口にすると言う事に参加者は驚いた。

 スーパートリアエズはフェザーン資本の全銀河チェーン店で安売りをモットーとしている。安物=不味い物ではない。調理の腕だ。

 乾杯をして食事と酒で30分程、談笑してから仕事の話に入った。

「フェザーンでの越境作戦はミュラーとルッツの両名によって苛烈な攻撃が行われている」

 オーベルシュタインは今回ファーレンハイトの他、数名送られてきた分艦隊司令や戦隊司令に状況を解説する。情報共有化が目的だ。

「カストロプの航宙交通路は遮断され、干上がるも時間の問題と思われる」

 各自の情報端末に、三次元映像で航路図と制圧した惑星が表示された。

 帝国との境界にあるホネカワ名義で登録されている惑星は、制圧したことを示し青く点滅している。

 さらに偵察と情報収集の結果、拠点と判明したまだ制圧されていない惑星や衛星が、赤く点滅している。

 その状況を見て、もうすぐフェザーンでの作戦も終了すると一同納得する。

「そこで第二段階に移行する」

 次にカストロプの勢力圏が映し出され、全員注目する。

 マリーンドルフ伯領は帝国領への突出部となっている。勢力圏の境界には、各領主からかき集めた警備隊が展開している。

 ファーレンハイトが見た所、敵が本格的攻勢に出たら、正規軍以外は時間稼ぎにもならないと予想できた。

「D日。両翼からの挟撃」

 青い矢印が、突出部の根元である旧カストロプ領とマリーンドルフ伯領の境界線上を、挟み込むように移動する。

「そのように見せかける」

 やるんじゃないのと、全員が思った。

「この陽動には全体の半分を投入する。攻撃の指揮はメックリンガー少将」

「はい」

 メックリンガーは大任に、頬を高揚させる。

 D+6日までに、敵艦隊を誘引したいとの事だ。

 その後、主力の動きの説明に入る。

 

 

 

 6月の半ば。シトレ元帥は帝国の中枢に居る協力者から秘匿回線を通じて送られて来た報告に笑みを浮かべた。計画は順調に言っているとの事だ。

 シトレは自分を売国奴とは考えない。それどころか愛国者と自己評価している。

(愛国者である自分を邪魔をする者こそ売国奴なのだ。ならば、いかなる手段を使っても排除するだけだ)

 協力者の紹介をしてくれたのは、とある宗教団体。自分達の目的は銀河の平和ですと言っていた。簡単に信用した訳ではなかったが、その情報は正確だった。

「今後も良い協力関係を維持したい物ですな」

 敵の襲来時期、編成など全て本物だった。だから有効利用させてもらった。

『全くです』禿頭だが童顔の相手は、顔に似使わない低い声で応じた。

 一方的に情報提供を受けるだけではない。こちら側からも様々な情報を流していた。

 彼とは利害が一致している。自分にとって邪魔な者を排除する為に、情報漏洩と言う形で互いに協力する。

 こう言う分かりやすい人間が好きだ。

『近日中に結果報告が出来ると思います』

「楽しみにしております」

 笑顔で2人は別れを告げる。

 

 

 宇宙空間での負傷というのはあまりないという話があるが、それはデマだ。

 実際、負傷者が多く出るのは回避運動をしている時だ。

 被弾すれば小艦艇ならほぼ100%戦死するから、そう言う話が出たのかもしれないが、運良く外壁を塞げば済む程度の損害で沈められなくても酸素が急激に吸い出され、その時に落下物で重傷者が出る場合もある。

 艦から放り出された場合は絶望的だ。タント酸素飴を服用すれば宇宙空間でも呼吸は出来るが長続きはしない。

 そんなわけで駆逐艦「ミステル」は、集結地に着くと他の艦艇と同じように補充と交代の引き継ぎ、そして新兵の教育といった事に追われ始めた。

「次の行動が決まった」

 要塞での何度目になるか分からない会議の後、僕は教導駆逐艦「デュイスブルク」に他の駆逐艦長らと共に集まった。

 今回組む駆逐隊は「デュイスブルク」と僕の船の他に、「ヴェストファーレン」「ライン」の4隻で構成される。

 ファーレンハイト少将の指揮する前衛(挺身砲撃隊)とカール・グスタフ・ケンプ少将の指揮する(機動部隊)に分かれ、マリーンドルフ伯領に駐留する叛乱軍拠点を叩くのが目的だ。

「うちの駆逐隊は前衛に所属する」

 さらにその先頭で哨戒艦として任務に当たる。

(本当に消耗品扱いだな)

 貴族の私領を守る警備隊の艦艇が、港で豪華な調度品を下している様子が窓から見えた。出港前に可燃物は降ろすのは水上艦艇と同じだ。

(あんな物、軍艦に乗せるなんて馬鹿じゃないか)

 大きな額縁に入った絵を運んでいるのを視界に捉えて、ルパートはそう思った。

「――では、先導はケッセルリンク大尉。ミステルに任せるぞ」

(何か押しつけられたぞ)

「歴戦の手腕を見せてくれ」

 にこやかな駆逐隊司令の表情。そして僕より若い他の駆逐艦長達の尊敬に満ちた視線に気づいた。

(こっちを見るな。笑ってんじゃねえぞ)

 何故、そんなに評価されているかと言うと、擲弾兵突撃章に加えて駆逐艦突撃章も胸に飾られていたからだ。駆逐艦の生存率は低い。自分の艦を守り生き残らせた艦長は尊敬を集める。

「微力ながら努力致します」

 期待を受けて内心はともかく無難な返事をしておく。

(本当、期待なんてされても面倒臭い)

 出港準備で忙しくてニュースを確認して居なかった。それでも悪い情報と言うのは自然と入って来る。

 帝国領内で不穏分子の逮捕劇が在ったそうだが、それよりも大きな事件が発生した。

 無差別テロだ。

 手際から見て叛徒の特殊部隊による後方攪乱と思われる。

 目標と成ったのは、軍の施設だけではなく、一般市民の生活に関わる病院、学校、発電所などありとあらゆる場所が襲われた。

「糞、何て事をするんだ!」

 罪もない市民が爆破に巻き込まれ、死傷者が続発した。

 血だらけの我が子を抱きかかえ、泣き叫ぶ母親。倒壊した学校の校舎と担架で運ばれる全身にガラスの破片が突き刺さり、呻いている痛々しげな女子学生。

 そう言った様子が連日、FTLで全銀河に流され同盟の有識者の間でも批難されている。

(母さんも皆、無事って言ってたから良いけど、うちの家族が犠牲になっていたら、絶対に許さない)

 計画を立案した奴は誰か知らないが、捕まれば間違いなく死刑だな。

 ますます叛徒の奴らが嫌いになった。

 

 

 

 カストロプ討伐の動きとは別に帝国は大きいな捕り物を行っていた。

 6月16日、帝国領内の不穏分子の監視活動を目的とする、内務省社会秩序維持局の局長ハイドリッヒ・ラングの報告により、憲兵隊は帝国領内の共和主義者を一斉摘発したのだ。

 この日、検挙された逮捕者数は12,564名、抵抗又は逃走を図り射殺された人数が2,528名。

「素晴らしい成果だ。陛下のお喜び頂けるだろう」

 ラングが部下を労うだけの大きな収穫があった。

 自由惑星同盟を僭称する叛徒の工作員多数を芋づる式に逮捕したのである。その中には、同盟軍最年少の知将と言われるヤン・ウェンリー中将の姿もあった。

「まいったな。何だって私が……」

 こんな事は予想外だよとぼやくヤンは、背中を小突かれ護送車に乗せられる。

「シェーンコップが、後は上手くやってくれれば良いけど」

 ヤンに出来る事は計画の成功を祈るだけだった。

 そして彼の部下は意思を引き継いで行動していた。

 一組の男たちが山間部に位置する水力発電所を望む高台に来ていた。一見、登山客の様だが、持ち物は無反動砲、荷電粒子ライフル、戦斧、手榴弾と物騒な代物だ。

『狐6、こちら狐3。送れ』

「狐3、こちら狐6。送れ」

 装甲服では無く平服に身を包みワルター・フォン・シェーンコップは、警戒に出した部下の呼びかけに応じる。

『狐6、こちら狐3。民間人を下流に確認、指示を求む。送れ』

 攻撃目標のダム。その下流に民間人が居ると言う。その報告に周りに居た部下達が窺う様に視線を送って来る。

「狐3、こちら狐6。計画の変更無し、続行せよ。以上」

 訓練なら中止はあるだろう。しかし自分達は後方撹乱の為、身の危険を冒して敵地に侵入している。予定通り行動するだけだ。部下達にも納得できぬなら、薔薇の騎士連隊を辞めて他の部署に転属願を出せと言って来た。当然、反論する者などいない。

 無反動砲の射手に頷く。

「撃て」

 後方爆風を噴き上げたのを見て戦果確認をするまでも無く、即座に撤収の作業に入る。

 崩壊したダムの貯水は、強力な破壊効果を生み出す。この結果、どれだけの人間が死のうが帝国の人間だ。同じ同盟の人間が傷付く訳ではない。

 その様に説明を受けていたしそう信じるしかない。

 任務に就けば自分達は歯車であり効率的に戦う戦闘機械でしかない。感傷的な事を考えている余裕などない。

 襲撃を終えた後は準備していた中古車によって脱出し、警察の検問などにも引っ掛からないよう引き上げることになっている。シェーンコップの意識は次の攻撃目標に移っていた。

 ヤンの逮捕から数日の時間を置かずして、かねてからの計画に従ってシェーンコップと彼の率いてきた優秀な部下達は動き出した。

 後方攪乱である。

 帝国各地に数名の班に別れ浸透し、破壊活動を実施した。

 目標は軍の施設、警察署、役所などの官公庁、宇宙港、港湾施設、空港、橋梁、トンネル、鉄道などの交通網に、病院、学校、銀行、発電所、工場等だ。

 計画を立案したヤンに言わせれば、必用な犠牲だと言う。

「これは戦争なんだ。一部に良い貴族が居ても、全体的多数は腐って馬鹿ばかりだから、誰かがやるしかない」

 意識を変えるには長い時間がかかる。手っ取り早いのが恐怖による支配。邪道だが手段は選ばない。

「やつらに恐怖を教えてやってくれ」

 そう言って作戦命令を出した。

 不正規戦による恐怖。帝国の指導者達に、何時いかなる時も安全な場所など無いと、恐怖を与え、そういった意味ではシェーンコップは戦果をあげた。

 しかし、副次的な効果として、予想外な反政府分子狩りで虐殺を生み出す事と成る。

 ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム3世。つまり、リッテンハイム侯爵は、自領の惑星レジャッキー、リディツェ、ベルナルティツェで無実の領民に共和主義者への協力の疑いをかけて、2万名以上を不穏分子として処刑した。

 自らが生み出した暴力の連鎖に、シェーンコップは恐怖した。

「くそ……」

 安宿に溝鼠のように潜み、協力者からの迎えを今待っていた。

 酒を飲まずには居られない気分だった。

(ヤン・ウェンリー。あの男の口車に乗った為、俺と“薔薇の騎士”(ローゼンリッター)連隊の名前は、民間人を無差別虐殺した悪魔、そして無関係な人間を巻き込んだ死神として歴史に名を残すのだろうか)

 バーボンを酒瓶ごと口に含む。胸が焼けるように熱いが、それ以上に一般市民を護るべきという自分の信念を曲げた事で心が痛んだ。

「くそったれめ」

 それが誰に対しての罵倒なのか自分自身、良く分からなかった。ただ一つ分かる事は、糞溜めに漬かった様な最低な気分だと言う事だ。

 安宿の扉がノックされて、ヘイゼルの瞳を持つ女性が入ってきた。

「シェーンコップ少将。お待たせして申し訳ありません」

 目立たない色の私服に身を包み、帽子を被ったフレデリカ・グリーンヒル大尉である。

 彼女はヤンとシェーンコップの連絡を取り次いでいた。本来ならあの憲兵の一斉検挙で一網打尽にされた仲間と一緒に収容所に送られていた所だが、急用で外出していた為、難を逃れられた。

 フレデリカはその時、平然とした表情を取り繕い逮捕の列を横切り、通りを離れようとした。

 ふいに腕が捉まれ路地に引きずり込まれた。

「えっ!」

 振り返り、相手を確認しようとすると、私服を着て変装したシェーンコップがいた。

「見ての通りヤン中将は捕まった。どこも一斉に手入れを喰らったようだ」

 状況は見れば分かる。

 これからどうしたら良いのだろう。呆然とするフレデリカ。手を離し男は言った。

「俺達に付いて来るか?」

 女癖が悪い不良中年として名高いこの男、シェーンコップしか今は頼る相手は居ない。

「はい」

 決意を込めて返事をし、それから薔薇の騎士連隊と行動を共にした。

 もちろん彼らの行った破壊工作も知っている。

 その間、やれる事はやった。帝国の官憲は威信を賭けて自分達を捕らえよとしている。今日も危険を押して協力者に接触し、次の目標への移動手段を手配する算段をつけた。

 監視されている兆候は確認できなかった。自分は諜報のプロでは無いので正確には分からないが、ここに来るまで何度も周囲は確認した。追われる逃亡者という事で、それなりの注意はしているつもりだ。幸運だったのか? それとも、監視は居て泳がされているのか。

 いままでは何とかやって来れた。 

 廊下を伺いさっと部屋の鍵を閉める。帽子を脱ぎフレデリカが振り返るとシェーンコップはベットに横になり、床に空いた酒瓶が転がっていた。

「また飲んでいたんですね」

 覇気に満ちて力強さを感じた男の瞳が、今はどんよりとアルコールで暗く濁っている。

 小言を言いたかったが、今の状況では仕方が無い。フレデリカはそっとため息をついて空き瓶を机の上に置く。

 彼の状況は、自分のような小娘に軽々しく口出しできるものではない。

「チャモチャへの船の手配は棲みました。本日1130時に港に向かい、リンツ大佐の班と合流して乗船という形です」

 経過報告をするという事で遠まわしにしっかりしてよと、叱咤したつもりだ。

「そうか」

 シェーンコップは退室して良いと言う意味で、フレデリカに片手を軽く振る。

 捕虜になった友軍の救出は計画に入っていない。このまま見捨てるのは忍びないが、これも任務優先だから仕方が無い。

(計画に従えば次は不満分子の支援だったな)

 アルコールを追い出すように計画の見直しを頭の中で始める。

 ベットから動かないシェーンコップを見て、フレデリカはそっと溜め息をつくと、失礼しますと退室した。

 一方、自由惑星同盟軍中将にして戦時捕虜のヤン・ウェンリーは、将官と言う事もあり比較的自由な生活を送れていた。

 与えられた部屋は所狭しと本で埋め尽くされている。

「何か必要な物は」と尋ねられ本を求めた結果だ。

 イゼルローン要塞を破壊した立案者と言う事で、ヤンは帝国でも名が知れ渡っていた。優れた敵に相応しい敬意と待遇だった。

「まさか、これは20世紀の小説じゃないか」

 本を幾らでも読めるという夢のような生活だった。

「うん。これなら一生ここに居ても良いな」

 本気である。

 廊下で待機している監視の兵は、その部屋の床にうず高く積まれた本を見ても驚かない。

 ここ数日の付き合いで多少の奇行には慣れており、一日中読書をしているヤンは警戒の対象にならなかった。

 今もヤンは読書に熱中している。

 扉が開錠される音がした。

 与えられた従卒が、紅茶のお代わりと一緒に馴染みと成った面会を連れて来る。

「ヤン中将。面会です」

 その言葉に読んでいた本を置く。

「ああ。ありがとう」

 従卒は一礼して、部屋から出て行く。

「今日は何を読んでらしたのですか」

 香水の香りと共にやって来たのは女性。男爵家頭首のマグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ男爵夫人。捕虜である今のヤンのパトロンだ。

「ああヴェストパーレ男爵夫人。いつも本の差し入れ有難うございます」

「いいのよ。私が貴方を気に入っているのだから」

 そう言って彼女は微笑む。

 無償の好意を向けられる事に慣れていないヤンは、照れくさそうに頭をかく。

 希少動物のように手厚く保護されているのは、才色兼備なこの女性の知的好奇心を一見平凡な学者風のヤンが射止めたからだ。

 かつて多くの恋愛で浮名を流した彼女も、今は1人の男性に夢中である。それがヤンだ。

 マグダレーナは、提督としても名高いメックリンガーとも良き友人として付き合っている。多くのパトロンを持つ男爵夫人は、同盟軍最年少の知将であるヤンに興味を持った。

 メックリンガーの伝で面会を許可されると、一目で気に入り連日訪れるようになった。

 机の上にヤンが置いた本を手に取る。古い漢字で書かれた書籍だ。

『壮烈!戦艦大和 遂に足が生える』『犬耳巨乳メイド装甲車隊、南へ』『大逆転! 中国本土決戦』『尖閣要塞2016』等々。

 漢字は読めないがカバーイラストの凄さは伝わってくる。

 呆れたような男爵夫人に対して、ヤンは照れくさそうに「こういう別にリアルさを追求してるわけではない小説は、細かい粗探しをして追求したら負けなんです。それを解っていて喰らいつくのはそれこそアンチか余程の狭量者だけですよ!」と言い訳する。

 そんなヤン子供っぽさが可愛く見えて彼女は可笑しそうに笑っている。

 ヤンの髪を愛おしげに撫ぜながら頬に口付する。

「ちょ、ちょっとヴェストパーレ男爵夫人」

 思わず飛び跳ね入口の方に逃げようとするが、腕に絡みつかれ逃げれない。

「マグダレーナと呼んでくれて良いといってるじゃない」

 魅力的な胸が腕を押す。甘い吐息がヤンの理性をくすぐる。こんな捕虜生活を考えていなかった。

「マグダレーナ!」

「きゃっ」

 禁欲生活の長かったヤンは我慢できずに飛び掛る。

 ヴェストパーレ男爵夫人は嬉しそうに悲鳴をあげた。そう仕向けたのは彼女自身だから。

 

 

 

 ここに高待遇とは正反対の位置にいる虜囚がいた。

 暗い室内。濃厚な血の臭いが充満している。

 フランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵だ。

 彼が幽閉されかなりの日数が過ぎた。もう時間の感覚もない。利用価値があるのか、まだ生かされている。

 手足の爪は剥がされた。鞭打たれた体はみみず腫が絶えない。削がれ耳の止血はされているのが慰めだろう。足を潰され最早、歩く事も叶わない。

 散々痛めつけられたその体は、糞尿と汗で薄汚れている。それでも彼は貴族の誇りを持って屈しない。

 公明正大な領主としてその人柄を知られるフランツ。だが優しいだけでは家族と領地を守れない。それなりに汚い事にも手を染めて来た。彼は覚悟があり不屈の闘志を胸に秘めている。

(下賤な輩が調子に乗りおって。必ず殺してやる。私はまだ死んでいない。生きてさえいれば機会はある)

 怒りは生きる力となる。それに希望があった。

 同情的な看守から情報が知らされたのは数日前の事だった。甥のハインンリッヒ・フォン・キュンメル男爵が病弱な身ながら警備隊を指揮し勇戦し、娘のヒルダを逃がしてくれたという。

 ハインリッヒは自ら憧れた英雄となって死んだと言う事だ。

(ああ、そこまでしてくれたのか。馬鹿者め、誰が死ぬまで戦えと言った。だが私は果報者だ。だからこそ甥の為にも、娘のヒルダの為にも私は生き延びる)

 足音が聞こえて来る。その音を聞いて顔をしかめる。

 扉が開いた。

「伯爵様。今日もお遊戯の時間ですよ」

 下卑た笑い声を上げ拷問係がやって来る。永遠の煉獄だろうとも生き延びてやると、決意を込めていた。

 その時、廊下の外で慌しい声が聞こえた。

「帝国軍だ!」

「何だと」

 状況に変化があった。

 漆黒の宇宙に帝国軍艦艇は展開していた。艦首の向いてる方向には、星が煌めいている。

 今から罪人を業火で焼き尽くすのだ。

 警戒配置の駆逐隊は周囲に散らばっている。ハナでの教訓から無人偵察機とワルキューレによる戦闘宇宙哨戒(CSP)がそれを補助している。猫も通さぬ配置と自負して良い。

 6月25日0700時。

 ファーレンハイトは唇を軽く湿らせ副官に合図した。その意を組んで副官が指示を出す。

「射撃用意」

 射撃計画に則った射撃命令が伝達される。

『射撃用意』

 復唱の言葉が受話器から聴こえてくる。訓練と変わりがない。

「艦隊効力射」

『艦隊効力射』

「榴弾20発。秒時12.50」

 方位角、射角と言った射撃諸元の情報を読みあげ伝える。

 射撃諸元の算定は慣れれば簡単だ。使用する弾薬の種類、それから分離装填弾の場合は装薬を選ぶ。それから各種の計算が入る。

 信管秒時の計算の場合、高角と補助高低角の和に応じる信管秒時に、気象や誤差の修正量を足す。方向の算定は図上方向に、偏流、気象方向、方向誤差の修正を足す。そして射角の計算は、高角と高低、そして気象距離、弾量、初速、初速誤差修正量を足すとでる。

 不規形状目標だが、何度も繰り返し行う事で染み込んだ動きは機械のようだ。

『122B、射撃準備よし』

『122C、射撃準備よし』

 各戦隊からの射撃準備完了の報告が、ファーレンハイトの下に届く。

「各個に撃て」

 号令をかける。

『122B、発射』

『122C、発射』

 ファーレンハイトの艦隊に期待される効果は何か。敵の制止、制圧、撃破、破壊、阻止、攪乱である。目的に従っているなら好きにやって良いとオーベルシュタインから通達されていた。楽しませてもらおうとファーレンハイトは笑みを浮かべていた。

 

 

 

 帝都オーディンは一昨日から雨雲に覆われていた。

 午後にはようやく雨も弱まって来て、灰色のどんよりとした雲から薄らと白に変わり太陽の光が感じられる。

 ルドルフ大帝の時代「雨は不快だ」との一言から、軌道上空に艦隊が集められ艦砲射撃によって雨雲を皇帝の居城、その上空から一掃した事がある。費用効果を考えればこれ程無駄で贅沢な事はない。

 現在の皇帝は、歴代の皇帝と比べ凡庸だと言われるが、そのような無駄な事に財を費やさないだけまともな方と言える。

 この日、軍務尚書エーレンベルク元帥が皇帝の居城に報告で参上していた。

 まずはイゼルローン回廊への備えについて、続いてカストロプの叛乱鎮圧についての報告が行われた。

 フェザーン領での帝国軍の活動により、兵員・物資の調達が不可能になったカストロプ側は、消耗を重ねて、戦力のバランスは絶望的に圧倒され、差が開きつつあった。

 そして、今回の攻撃である。

 確かに、大規模な艦隊の移動は隠せないし、攻勢の兆候はあった。しかし、対応するだけの戦力が無かった。守る所が多過ぎるからだ。

 防御線を突破し雪崩れ込んだ帝国軍は、7月2日までに80の惑星を解放し、カストロプ領とマリーンドルフ領の境界を守備する戦力は、壊滅に近い状態にまで陥っている。

「それとマリーンドルフ伯の救出に成功いたしました」

「それは上々」

 皇帝は愉快そうに言った。マリーンドルフ伯は清廉で高潔な人物で政治的野心もなく、おべっかを使う事もない。その姿勢を皇帝は好ましく思っていた。

「後で見舞いの使者を送る事にしよう」

 リヒテンラーデ侯に手配を命じる。

「それと先日、陛下のお膝元を騒がした賊の取り締まりで、一部の者を泳がせたとご報告いたしましたが」

 敵を分散させると言う事は、相手に行動の自由を与えると言う意味もある。

 軍としては手間暇を考えると一ヶ所に集めて一掃したい。対叛乱鎮圧作戦の鉄則だ。

 内務省もその点は了承しており、一部はそのまま取り逃がし追跡した。

「やはり、アンラック大公国に集っているとの事実が判明いたしました」

 そこが新たな害虫の巣になると言う事だ。

「よきにはからえ」

「御意」

 許可は下りた。エーレンベルク元帥は頭を下げる。

 ブリーキン侯爵には無理だと言ったが、それは今すぐに討伐の兵を出すという意味でだ。

 獅子は兎を狩る時も全力で行くという。準備ができれば躊躇などしない。なぎ払うだけだ。

 

 

 

 アンラックの革命軍は、チャモチャの首都機能をそのまま利用していた。

「既存の設備がそのまま使えるのに、わざわざ新設する必要はない。今はそれよりも急ぐ事がある。祖国の再生だ」

 革命軍の指導者ナポギストラーはその様に述べた。

 アンラック大公国の革命軍では、ナポギストラーのカリスマ性に魅せられた志願兵が殺到していた。

 そして革命軍の補強として日夜、無人艦艇が工場で生産されていた。

 この他にも同盟から素晴らしい贈り物があった。

 軍事顧問としてチャモチャに送り込まれた同盟軍将兵は少なくない数だった。

 ムライ少将を指揮官に、技術的な指導者として2500名。これに実戦部隊として、オリビエ・ポプラン中佐、イワン・コーネフ中佐ら選りすぐりの搭乗員が400名。それとベテランの整備員も送り込まれている。

 そしてワルター・フォン・シェーンコップ少将と、同盟軍陸戦隊最強の薔薇の騎士連隊もまもなく到着する手筈だ。

「アルテミスの首飾り。良い名前だ」

 ナポギストラーは同盟から送られた設計図の三次元モデルによる完成予定を見て、満足気に頷いた。フェザーン経由で行われていた武器援助は巧妙で、必要な部品は届いていた。

「部品の組み立ては最優先で行わせております」

「これが完成すれば、チャモチャは難攻不落の要塞になったのと同じだな」

 基本性能の説明を受けた革命軍指導陣の表情は明るい。最高の玩具を贈られた気分なのだろう。

(難攻不落の要塞など無いとヤン・ウェンリーなら言っただろうな)

 ムライは冷めた表情で眺めていた。

 腐敗した貴族に比べて、愚直なまでに生真面目なムライの姿勢はナポギストラーにとって好ましく見えた。ムライはナポギストラーの絶対的信頼を寄せられて、防衛作戦の立案も任される。

 薔薇の騎士連隊は確かに戦技に優れた部隊だが、地上部隊に過ぎない。当面は制宙権を確保して、来るべき帝国軍の襲来に備えねばならない。

 そのためにもできるだけ早く国内に潜む貴族の抵抗を排除し、アンラック大公国を完全に掌握したい。

 現在アッテンボロー大佐が25個ある戦隊の1つを指揮して、貴族の抵抗拠点である惑星の1つに向かっていた。

「我々の手札は限られておりますな」

 パトリチェフ准将が言った。

 たしかに人手も少な過ぎる。保有する艦艇は15000隻。対する帝国がカストロプの叛乱鎮圧後に、こちらに差し向けて来る戦力は、推定で5万~6万隻以上。

「まぁ、幾ら帝国が強大と言っても直ぐには動けるとは思えないな」

 幾ら帝国が同盟に比べて国力が有るとはいえ、補充・再編、それに兵の疲労もあるので休養も必要だ。

 油断は出来ないし警戒は怠らない。正面から戦って帝国軍に勝てるとは思えないが、対策を考えねばならない。

 アルテミスの首飾りが必要になる時は、ここまで敵が押し寄せて来る時だ。

 当面はヤン中将の計画通り機雷原の構築により敵の侵攻経路を限定させ、遊撃戦を展開すると言う事で、目新しい事は思いつかないまま時間は過ぎていく。

 

 

 

23.カストロプイベント終了

 

『カストロプの叛乱――左翼集団の戦い6月~7月』

 エルネスト・メックリンガー著、大銀河絵画出版より

 

 帝国軍によって「ピブロクト」作戦と名づけられ、一般に火病の戦いと呼ばれる戦闘は、決定的に戦況を変えた決戦として戦史愛好家と歴史研究家の注目を集めた。

 カストロプの敗北は艦隊戦力を消耗し主導権を失った事で決まったからだ。

 フレーゲル上級大将の回想録で、彼は次のように記述している。

『オーベルシュタインが提案したのは、私にも分かりやすい単純な陽動作戦だった。敵を引きつけて、その間に敵の大将を取る』

 目的は敵戦力の誘引。それが帝国軍の思惑を離れ決戦へと拡大したのは、あのオーベルシュタインの遠慮深謀をもってしても想定外だった。

 

 

 

 6月半ばからの帝国軍の部隊移動は進撃路の事前偵察や、艦隊集結の偽装など行っている。

「やり過ぎず程々にな」と指示が出ている。

 敵にある程度見つけてもらわなければいけないという事もあり、カストロプ側にも知れ渡った。

 普通に考えれば、マリーンドルフ伯領という突出部を両翼からの挟撃で叩こうとしていると情報が示しており、帝国軍の攻勢と判断できた。

「クレメンスカヤとエリスタに敵が集結中です。構成から考えて主攻はエリスタからだと思われます」

 カイザーリング大将に仕える参謀長のフリドリン・フォン・ゼンガー・ウント・エッターリン少将は、敬愛する上官に戦線を縮小するように進言した。

「敵の企図は明白で、我々の艦隊戦力を遊兵化させ様としています」

 カイザーリングにも参謀長の言っている事は十分理解できる。

(ならばどうするか)

 緑の星に目が止まった。惑星グリン。

 細長い航路が暗礁宙域に一本あるだけだ。

「狙うならここだな。ここで敵の前衛と後続が伸びたその時にバーゼル艦隊を脱出させる」

 ただ引き揚げるだけではない。敵に痛烈な打撃を与えて帰還する。

「決戦場は決まりですね」

 両軍の艦隊は戦いに向けて動き出す。

 

 

 

 帝国軍が解放しれたばかりの惑星ノーヴィ・オスコールに連絡艇がやって来る。

 護衛にワルキューレの編隊が付いている事から、高位な身分の人物が乗っている事が分かる。

 ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ。マリーンドルフ伯フランツの長女で、この歳19歳になる彼女が乗っていた。

 舷側の窓から外を見ると、晴れ渡った空が広がっている。

 星の大海を巡航艦で揺られている間は、父の事が心配で窓の外を見ても綺麗だと想う事は無かった。

(ようやく、父に会える)

 伝えたい事がたくさんある。

 掃討が終えた装甲擲弾兵が揚陸艇で空へ引き上げていく様子が見えた。

 後の治安維持は、後備歩兵連隊と特別編成警察大隊があたると赤毛の青年士官が説明していた事を思い出す。

 6月25日に帝国軍挺身砲撃隊は、第24及び第25戦隊からなるクルト・ハーゼ少将の分艦隊が守備する3層の防衛線を突破し、マリーンドルフ伯が幽閉されていた惑星ノーヴィ・オスコールも陥落させた。

 そしてマリーンドルフ伯の生存の報告が令嬢に伝えられ、彼女は父に会うため取るものも取り敢えずで駆けつけて来た。

「フロイライン・マリーンドルフ」

 赤毛の青年がやって来て声をかける。

「まもなく到着です」

 窓から振り返って、ヒルダはここまで付き添ってくれた青年に礼を述べる。

「無理を言ってご迷惑をおかけしました」

「いえ」

 青年の笑顔がまぶしい。彼の視線を感じて体温が上がってくるのが解った。

(何を考えているのだろう私は。これからお父様に会うというのに)

 頬を高揚させ、表情をころころ変えるヒルダを好ましく見詰めて、赤毛の青年――ジークフリード・キルヒアイス少佐は思い出す。

 皇帝の寵臣であるマリーンドルフ伯が保護されたと言う事で、「令嬢を送り届け親子の対面を実現させよ」との勅命が、寵姫であったアンネローゼの弟であるラインハルトに下ったのがつい先日の事である。

 婦女子との付き合いなどした事も無いラインハルトに、まともな相手が出来る訳も無い。

「どうせ貴族の令嬢などわがままで傲慢な卑しい性格だろう。俺では喧嘩になってしまう」

 お前に頼むと言われた時はどうしようと思ったが、良い意味でヒルダは予想を裏切ってくれた。

 艦内では専らキルヒアイスが相手をする形となり、短い時間であったがお互いの人柄を知り合うには十分で、楽しく過ごせた。

(アンネローゼ様とは違った美しさがあり、可愛い女性だと思う)

「あの、キルヒアイス少佐?」

 ヒルダが上目遣いで困ったように声をかけてくる。

(ああ。見詰めすぎていたらしい)

 照れる彼女のしぐさが可愛く好ましいとキルヒアイスは感じた。

 しばらく取りとめも無い会話をした後、ふとヒルダは言った。

「また、お会いできるかしら」

「ええ」 

 彼女との会話は、歴史、哲学、文学、軍事など幅広い知識で話題に困る事は無く本心からキルヒアイスは楽しんでいた。

「そうですね。私もまたお話が出来れば嬉しく思います」

 気取らずに話せる相手は数少ない。良い友人になれそうだとキルヒアイスは思った。

「まぁ……!」

 ヒルダは口元に手を当て瞳を潤ませている。

(ん、花粉症か。年中花粉が飛んでいるし大変だな)

「約束よ」

「はい」

 ラインハルトと共にアンネローゼを救い出すと誓った約束。アンネローゼからラインハルトを頼まれた約束。そして守るべき約束がまた一つ増えた。

 

 

 

 元々、帝国軍は掃海を重視していない。艦隊決戦に備えた整備を第一と進めていた。

 カストロプ側の構築した重層的機雷原の突破口を開く掃海戦力が十分に存在しなかった為、航路は限定された物を選ぶしかなかった。

(そのつけを払わされるのが末端の僕らなんだよな)

 待ち伏せや奇襲を喰らう危険はあったが、望まれた効果は奇襲であり浸透突破で達成される。

(なんやかんやと言っても僕らは陽動なんだよな)

 僕の指揮する駆逐艦「ミステル」は、挺身砲撃隊の先頭を哨戒艦として航行していた。

 度重なる戦闘は人的資源の浪費で、毛髪の少なくなった頭皮に石油系界面活性剤をかけているような物だ。

 少なくなった毛髪は大切だ。僕も少ない生き残りとしてベテランのように扱われている。

 これは駆逐艦の命が短いからだ。

 大量生産の消耗品だから艦齢一年も経たずに同型艦が数万隻沈んでいる中、この「ミステル」は幸運艦だと思う。

(何だかんだで、この艦との付き合いも長いんだよね)

 初めて乗ってから階級は一つしか上がってないが、給料の号俸は上がっている。いわゆる配置手当てなどを考えると、それなりの生活が維持できるだけの蓄えも出来た。

(そろそろ、家族で新しい家を買って暮らせるかな。ヴェスターラントとか引越し先に良いな)

 領主のシャイド男爵が善政を布いており、暮らしやすいと言う。新築一戸建てと言うのはサラリーマンの夢だ、住宅ローンの審査だって必ずしも通る訳ではない。のび助として生きていた頃は借家だった。だからある程度のややこしい現実を知っていた。

 基本的にこの世界でも用意する必要書類は変わらない。印鑑証明、源泉徴収、住民票謄本など他にもたくさんある。

(帝国軍は戦争に負けなければ潰れない一流企業。僕は士官だし終身雇用の社員のようなものだ。問題点は駆逐艦の艦長と言うことか。立場的に死にやすいど審査は通るのかな?)

 そんな事を考えながら7月4日0300時がやって来た。

 惑星グリンを通る細長い航路へ進入した。敵の兆候は無い。あそこは、木材の産出地としてしか利用価値はないから今回は素通りする。

(それにしても、この細い航路だと、襲撃されると悲惨だ)

 そう思いながらも0515時には無事通過し終わり、広い宙域に出れた。

 ほっとして、朝食を交代で取ろうかなと思ったときだった。暗礁宙域から出口に差し掛かっていた挺身砲撃隊の最後尾から閃光が吹き上がった。

 

 

 

 エーベルハルト・フォン・マッケンゼン准将は、巡航艦「ブロンベルク」に座乗して、挺身砲撃隊の右舷後方を警戒する第17宙雷戦隊を指揮していた。

 宙雷戦隊は複数の駆逐隊で構成される。艦隊が敵の攻撃を受けた場合、本隊の生死を分ける肉の盾となり一番に死ぬ。

 マッケンゼンは駆逐艦が消耗品だからと言って惰弱な部下はいないと信じている。

 自分達から30光分の後方を機動部隊の前衛が続いていた。

「そろそろ暗礁宙域を抜けます」

「ブロンベルク」艦長のディートリヒ・フォン・コルティッツ大佐が報告してくる。

「うん」

 操艦の難しい航路も終わるので、ほっとしたのだろう。そんな空気をかき消すように報告が入った。

「小型質量前方より多数接近。ミサイル警報!」

 レーダー見張りに付いていたCICの電測員から報告が飛び込んでくる。

 ミサイルの迎撃は基本的に対空戦とやる事は変わらない。迎撃の為、光子ビームの弾幕が張られる。

 続いてエネルギー波感知の報告が届けられた。敵艦による艦砲射撃だ。

「衝撃に備えろ!」

 考えるより前に回避機動を取る為、コルティッツは操艦の指揮を取った。 

 中性子ビーム砲から放たれた濃厚な弾幕が降り注ぎ、右舷を航行していた2個駆逐隊が丸々、レーダーから反応が消えた。

 僚艦は有視界の範囲の外に輪形陣を組んで航行しているのだが、スクリーン越しにはっきりと閃光が浮かび上がって沈んだ事が分かった。

「ブロンベルク」のエネルギー中和磁場にも敵の砲撃がめり込む。振動が艦を揺らす中、考えている時間など無い。次の攻撃が殺到して来る。

「敵艦載艇多数接近中」

 ここでクリストフ・フォン・バーゼル中将麾下、バーゼル艦隊の攻撃を受けた挺身砲撃隊の状況報告はそれぞれ異なっている。

 第17宙雷戦隊のように最初の一撃に耐え激しい抵抗を行う部隊もあれば、誰に気付かれる事も無く壊滅した戦隊もあった。

(やれれたな!)

 報告を受けたファーレンハイトは、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。

 敵が何処から沸いて来たのかなど考える前に、ケンプの機動部隊との間隙が突かれた事を理解した。

(敵は此方の分断を狙っているのか)

 艦隊を反転させると言う選択は無い。みすみす軟らかい横腹をさらす事になる。

(後背からの一撃に対してどうするかだが、罠は食い破るしかないな)

 ファーレンハイトは時計回りに動いてバーゼル艦隊の後背を突こうと考えた。そこへさらに新たな報告が入る。

「左舷後背より、新たな敵艦隊接近!」

 カイザーリングが直接率いてきたカストロプ本領の艦隊だ。

 司令部に動揺の空気が走るがファーレンハイトは司令官だ。一々、驚いていられない。

「要は新手が来る前に目の前の敵を潰せば良いだけだ」

 先ほどの考えを通達しバーゼル艦隊を潰しに動く。

 バーゼル艦隊はバーゼル艦隊で、挺身砲撃隊と機動部隊の間隙を食い破りカイザーリング艦隊と合流しようとしている。つまりはカストロプ本領への撤退だ。

 ファーレンハイトとしてはそのまま逃がすつもりなど無い。何しろ陽動の目的は、敵戦力の誘引なのだから。

 

 

 

 0340時。カイザーリング艦隊は一撃離脱で後退し、バーゼル艦隊はその空けた穴を通り抜けようとしている。その後背に僕ら挺身砲撃隊は高速機動で取り付こうとしていた。

 駆逐艦「ミステル」の10光分程、前方にバーゼル艦隊の後衛が見えた。

「巡航艦数隻に1個宙雷戦隊と言った所か」

 ここまで来たら喰らい付くだけだ。

 僕は指示を出している。部下もそれに従って動いている。

(絶対に逃がさない)

 そこに報告が入る。

「左舷、10時方向から再び敵艦隊接近!」

 カイザーリング艦隊がバーゼル艦隊の後背に迫る挺身砲撃隊を見て、再び反復攻撃に来たのだった。

「しつこい奴等だ」

 砲撃が来る。経験がそう告げていた。

「総員、衝撃に備えろ!」

 数秒後、敵の砲火が中和磁場に降り注いでくる。

「デュイスブルク爆沈!」

 後方を航行していた司令駆逐艦が耐え切れずに沈んだ。「ミステル」を後方から爆風が煽り、揺れる揺れる。

(ああ。また手間が増える)

 駆逐隊司令の一人や二人死のうが混乱などはしない。僕が先任の駆逐艦長と言う事で、駆逐隊の指揮権を引き継ぐ。

 短い付き合いなので感傷など沸かない。

「ミステル」の後に「ヴェストファーレン」「ライン」が続く。

 一本の槍のように何てお上品な突撃はしない。そんな分かり易い機動だと、未来位置を予測されて沈められるからだ。

 僕らの所属する第27宙雷戦隊旗艦から命令変更の指示は無い。ならば引き続きバーゼル艦隊を目指して突っ込むだけだ。

 戦闘を怖くないとは言わない。背筋がぞくぞくする。でも進むしか道は無い。

 スクリーンは敵が撃ち込んで来る放火の閃光で、真っ白に覆われて眩しい。聞いた話だと、あんまりスクリーンを見続けていると光過敏性発作があるらしい。

 

 

 

 後続するケンプ少将も暗礁宙域という狭いトンネルを抜け、麾下の艦隊の両翼を延伸させ始めた。

 戦闘は負けたと思えば、部隊を残すためにそれ以上戦闘損耗率を抑え引き揚げたい所だ。

 しかし実際は追撃し戦果拡張を狙う敵が居る事だし、そう上手くいつでも逃げれる訳じゃない。

「敵艦隊の企図はわかった」

 ケンプは主力艦で敵と接触する中、快速艦艇とワルキューレからなる高速機動部隊を左翼に掻き集めてバーゼル艦隊の頭を抑えようとした。

 上手く行けば挺身砲撃隊と協力して、動きを取れなくなったバーゼル艦隊を前後から挟撃できる。

 勝利の美酒は誰もが味わいたい甘美な物だ。

 ケンプの取った作戦は1941年に北アフリカで、第21装甲師団と第15装甲師団の戦闘団がシディ・レゼクで取った行動の焼き直しだ。実際その戦闘でドイツ軍の右側面に食い込んだはずの英軍は壊滅している。

 必用なのは「その時、どう対応できるか」の知識と判断力だ。

 左翼集団の指揮を預けたのは、第一級の用兵家として名高いアイヘンドルフ准将。その麾下には、フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー大佐の第35巡航戦隊とハンス・エドアルド・ベルゲングリューン大佐の第59宙雷戦隊が居た。ベルゲングリューンは防御にはやや雑な傾向だが、敢闘精神は旺盛でケンプの信頼も厚い。

 

 

 

 僕は戦場と言う狂乱の渦に居た。

 気付けば後続の駆逐艦がいつの間にか沈んでいた。仕方無いよね戦争だし。

 家族と知り合い以外が死ぬのは諦めるし割り切っていた。

「撃てば当たる。どんどん撃て!」

 駆逐艦の中和磁場に戦艦や巡航艦のような耐久度は無い。被弾した時に備えて、艦内の可燃物を捨てるつもりで僕はは命令した。

(それに弾が無くなれば後ろに下がれるしね)

 400発の砲弾が5分間で消費される。

「ミステル」は良く耐えていたが、先頭を進むと的になる訳で敵の火力も集中してぶつけられる。

 敵の砲弾が中和磁場を突き破った。信管が作動し複合装甲を打ち破る。

 衝撃に襲われ、ルパートは艦長用座席から床に叩きつけられた。

「んほぉ」

 よほど強く打ったのか、体に痺れを感じた。何だか体が思う様に動かない。

 視線の先では、床に転がったメモが流れ出る空気に引き寄せられている。

(まずいな。空気が漏れている)

 指示を出そうとしたが声が出ない。

(あれ?)

「亀裂を塞げ!」

 僕の代わりに先任が大声を上げて指示を出す。

(良い指示だ)

 そう思った。

 手空きの班が応急処置で瞬間的に固まる補強剤を流し込みにあちこち駆けていく。

 駆逐艦なんて脆い物で、一発で沈む事はざらにある。そういう意味では幸運な事に、艦の操艦に必要な個所が破壊され致命的になるという事は無かった。

「艦長!」

 副長が慌てたように飛びついてきて僕の腕を抑える。

(何だ?)

 視線をやると片腕がぐしゃぐしゃに潰れていた。

(うわ、何これ。気が付くと痛みが急に襲ってきた。気分が悪くなってきたぞ)

 嘔吐感が襲ってきて出血の為、眩暈を感じた。

「ウエキ中尉。悪いけど、後は任せていいかな?」

「はい。お任せ下さい」

 指示を出し医務室に搬送される途中で僕は気を失ってしまった。

 

 

 

 時刻は正午になろうとしていた。

 敵の抵抗は軽微で余裕もあり、部下に交代で休憩を取らせるとメックリンガーは昼食の用意を従卒に命じた。

(陽動は空振りに終わったのか)

「閣下、左翼集団から報告です」

 断片的な報告が何度か来ていた。

(あちらの戦闘は終わった様だな)

 ケンプがスクリーンに現れた。戦闘後で高揚しているのが分かる。

『0340時から迂回機動を終えた挺身砲撃隊が、バーゼル艦隊に攻撃を開始。後続する機動部隊も随時戦闘参加に移り敵艦隊を捕捉。0450時には撃滅しました』

 ケンプの報告を聞きながら付随する艦隊機動の簡易的な映像を見る。倍速再生された動きにより、両翼から挟撃されたバーゼル艦隊が見る見る数を減らしていく様子がわかり易い。

「バーゼル提督は戦死しましたか」

『捕虜には居ませんでした』

 終始、巧みな機動で友軍を脅かしたカイザーリング艦隊も少なからぬ損害を受け、カストロプ本領へと撤退し防御を固める様だ。

『本会戦で我が方の損害は集計中ですが、4000隻と見積もられます』

 報告書と映像データーで送られて来ている。

「ご苦労様でした。グリンで兵を休ませて下さい。事後の行動は追って指示を与えます」

『はい。失礼します』

(まずまずの満足すべき戦果ではないか)

 バーゼル艦隊はマリーンドルフ伯領で遊兵化させる程度の目的だったが、撃破できたのだから計画以上に大きな戦果だ。そして敵主力のカイザーリング艦隊。こちらに誘引するだけの目的だったが、戦力を減らす事に成功した。

(これで主力も動き易く成るだろう)

 作戦の目的とは違い芸術的とは言え無いが、陽動としては十分過ぎるほどの成果をあげている。

 フレーゲル男爵に報告する為、回線を繋ぐよう指示を出す。

 

 

 

『カストロプの叛乱――左翼集団の戦い6月~7月』

 エルネスト・メックリンガー著、大銀河絵画出版より

 

 帝国軍による両翼挟撃を行う陽動部隊の移動が始まった6月半ばから、カストロプ本領ではカイザーリングの提案により、数多くの抵抗拠点――要塞地帯の構築が始められた。その目的は、高い火力と少ない人員による兵力の節約を作り出す事だ。

 この抵抗拠点を構成するのは、航行能力は低いが火力のある砲艦とワルキューレであり、これによってその他の艦艇を主力艦隊に配備しもっと機動的で重要な攻撃で運用される様になった。

 この叛乱鎮圧の勝利は、フレーゲル艦隊の戦術上の優位というよりも、カストロプ側の戦力弱体の為であった。

 

 

 

 マクシミリアン・フォン・カストロプは、カイザーリング艦隊の留守を守りカストロプ本領の機動打撃戦力として控えていた。麾下の艦艇は3000隻。主力艦隊がマリンドルフ伯領との境界で攻勢を始めた帝国軍と対峙している中、貴重な虎の子の戦力だ。

 マクシミリアンの容姿は端整で有力貴族の子弟の地位もあるが、人格破綻の引き篭りであった。

 その種の人々に特有の根拠の無い病的なまでの自尊心が甘やかされて増長し、領内の年端も行かぬ少女を攫い、その蕾を散らしていた。今も少女に首輪とリードを付けてペットのように連れてきている。

 その様子を旗艦の艦長を務めるホルスト・シャイベルト大佐は、苦い物を噛み潰したような表情で視界に納めていた。

(軍事的才能があるのは認めよう。帝都からのカストロプ公脱出の支援をした手腕は見事だった。奇襲の効果があったとは言え、帝国軍の艦隊を撃退しているのだから。ただ、幼児性愛はいただけないな)

 突如として警報が鳴り響いた。

「敵艦載艇、多数接近!」

 警報に驚いてワイングラスを落としたマクシミリアンが苛立たしげに怒鳴り返す。

「何を馬鹿な。ここは味方勢力圏の真ん中だぞ!」

 訓練中の友軍機では無いか、そう言葉を続けようとした。その時に衝撃が襲ってきた。

 爆発の閃光が広がり、光球の中からワルキューレがその特徴的な機影を現す。

「馬鹿な!」

 幻ではない。帝国軍の襲来だ。

 艦長が指示を求めようと、艦隊司令であるマクシミリアンの方を伺うと床に座り込み茫然自失している。

(所詮は素人か)

 艦長は諦めて操艦の指揮を取る。

 ワルキューレの対艦攻撃能力など知れているが、マクシミリアン艦隊の陣形は掻き乱された。

 さらに後続する帝国軍艦隊が現れて、艦砲射撃を撃ち込んで来るから混乱に拍車がかかる。指示が無いため各艦は個々で回避運動をするしかない。

 艦長がぐいっとマクシミリアンに顔を近付ける。

「閣下。撤退の御指示を願います!」 

 その迫力に無礼を咎める余裕も無く、マクシミリアンは顔を引きつらせる。

「わ、わかった……」

 勢いに押されるように同意したが全てが遅すぎた。

 その決断を下した瞬間、帝国軍の砲火がマクシミリアンの乗艦を捕らえた。

 

 

 

「敵旗艦を撃沈しました」

「終わりかな」

 フレーゲル男爵は、三次元スクリーンに擬似的に映し出された戦況を見て満足気に言った。「勝ちましたな」とオーベルシュタインも同意する。

(勝利の余韻だろうか。いつもは貴族の割りに顔の血色が悪く、しっかりと食事を取っているのかと疑いたくなるけど、今日は血の巡りが良さそうに見える)

 そんな事を考える余裕すらフレーゲルにはあった。

 何しろカルナップ准将とディートリッヒ・ザウケン准将の前衛だけで、マクシミリアン艦隊は撃破した。

 そしてフレーゲル艦隊は、ここまで敵に企図を隠蔽し察知される事無く浸透突破して来れた。

(勝ち戦と言うのは良いものだ。これが勝者の余裕と言う物か)

 満足気な笑みを浮かべるフレーゲルに、オーベルシュタインは進言する。

「降下作戦を開始します」

「うん。後はオフレッサー上級大将にお任せしよう」

 指示は直ぐに伝えられた。準備を終えた輸送船団から揚陸艇が切り離されていく。

 別のスクリーンに惑星軌道を包囲したフレーゲル艦隊と、ワルキューレの支援で降下して行く揚陸艇の群れが写し出される。

 降下作戦は三段階に分けれる。まずは1㎞四方の空挺堡を確保する。この段階では個人携行火器の射程だ。続いて空挺堡を5㎞四方に拡大し装甲戦闘車輛などの増援が到着する。最後に火砲を降ろして10キロメートル四方に前進拡大される。

 7月6日。第三段階に入り空挺堡を拡大し、重装備の機材と後続が降りて来る。

 ヤクィオニギリ平原。ワルキューレが戦闘空中哨戒に当たっている。装輪装甲車が揚陸艇から降ろされると、敵との接触線へ即座に投入される。

 ハルオが指揮する中隊はそこから20キロメートル離れたダイクォン村に前進した。

「我々は帝国軍だ。逆賊討伐にやって来た」

 スピーカーの声に住民は怯えた表情でこちらを窺っている。

 村外れの廃屋に偽装網を張っただけの臨時の指揮所が開かれている。窓ガラスはなく窓枠から外を覗くと、一面の大根畑が広がっていた。

(うまい大根飯が喰えそうだな)

 そう思っていると、隣接するニンズィン村に送った斥候が戻って来た。

「中隊規模の敵装甲部隊が接近中です。歩兵はは見かけませんでした」

(こちらが降下してきたから、慌てて近隣の部隊を投入してきた。そう言った所か)

 ある程度のまとまった兵力が動けば直ぐにわかる。その為に大規模な戦車戦は発生しなくなった。代わって戦場の主役になったのは機動性に優れた装輪装甲車である。

「対機甲戦準備!」

 ハルオはでっぷりと肥えた腹を揺すりながら指示を出す。

 叛徒とは違い同胞相手と言う事で、今回の装備は軽めだった。個人携行のこけおどし手投げ弾は音と煙で敵を混乱させるだけだが、中隊にはハッタリバズーカーやみせかけミサイルが配備されていた。街道には対戦車地雷を埋設させる。

(住民には申し訳ないが、ダイクォン村は抵抗拠点として、敵からの防御に使わせてもらおう)

「大隊本部に火力支援は要請できそうか訊いてくれ」

 非戦闘員に対する配慮など本来はしない。作戦行動中の部隊にとって住民など想定外で憲兵や警察の対処すべき問題だからだ。

「航空支援を2回送れるそうです」

「そいつは良い。できれば村の外で仕留めたいからな」

 前線航空管制官に周波数を切り替え連絡を取る。

 舌を噛みそうな呼出し符号を通信士は何とか発音しながら呼びかけた。

「ウヌャニュペェィギュゥリュ、ウヌャニュペェィギュゥリュ。こちら牧羊犬7。感明送れ」

『牧羊犬7こらウニャ。感明よし、送れ』

 相手はあっさりとしていた。

(おい! 省略してんじゃねえよ)

 思わず内心でハルオが突っ込みを入れたのも仕方ない。

 同情の視線を向けた先で通信士は、無線の感度と明瞭差を確認している。

「繋がりました」

 受話器を受け取りウヌャニュペェィギュゥリュに攻撃目標である接近中の脅威の位置と規模を教える。村に被害を出したくない事も付け加える。

「お手並み拝見と行くか」

 双眼鏡を片手に敵の方向を覗く。しばらくして対地装備の爆装したワルキューレが頭上を通過していく。

 数分後、街道上には破壊された車輛の残骸が溢れる事となる。

 

 

 

 大の字を描いて敵の死体が転がっている。路上に敵の遺体を集めて殺害戦果の確認を兵士達が行っていた。作業の邪魔にならないよう観察している。

 血の染み込んだ赤い土が、死体よりも目を引く。

 死体を放置すれば衛生的にも問題はあるし、戦場の清掃を含めた一連の流れだ。

 畑の端に撃破された敵の火砲が見られる。

「ん、あれは叛徒の使用している牽引式の榴弾砲だな」

「155ミリですな。陣地進入はAPUで自走するそうです」

(ある意味自走か?)

 それはフェザーン経由で入手されたものだった。

 焼け焦げた畑から麦の香りに混ざって油脂が焦げた匂いがする。戦場の匂いだ。

 口元を歪める。自分達が来なければこんなことも無かっただろうと思う。

「敵の迎撃はどうだ」

 降りてからの事を情報参謀に問う。

「小規模な部隊が、散発的に接触して来ました。組織的抵抗と言えるほどの物ではありません」

 撃破された車輛は1700輛、航空機488機を数えている。

「そうか」

 重火器は事前の艦砲射撃で叩き潰され、脅威になる様な数の敵戦力は残っていないだろうと判断された。

 オフレッサーは丘陵地帯に設置された指揮所に向かう。

 インスタントルームセットを使えば、粒にお湯をかけるだけで部屋が作れる。陣地の構築も楽だ。

 フレーゲルのここまで送ってくれると言う約束は守られた。次は自分達の番だ。

 直接オーベルシュタインによって伝えられた作戦を思い出していた。

 装甲擲弾兵はフレーゲル艦隊主力が目標まで連れて行ってくれるので、降りたら一気に確保して欲しい。そう言う事だった。

 対空砲火は厳しく降りる事は難しかったが、降りたらこちらの番だ。

 すでに捜索大隊を増強した戦闘団を尖兵として威力偵察に送り込んでいる。

 他の連隊も戦闘隊形を取り指示された目標方向へ移動する手筈だ。

(少しは楽しめるかな)

 穏やかな田園風景が広がっているが、今からここも戦場になる。

 

 

 

 サブロー・カタクラ中尉の指揮する偵察小隊は、ハルオの中隊に増強戦力として配置されていた。

 任務は中隊に先行し、敵の配置、移動状況を偵察する事。

 サブローの指揮する装輪装甲車には偽装網がかけられ、偽装材料を植生されていた。

 中隊が補給を受けている間にサブローは、先行し敵との接触を継続する為、前進している。航空支援は敵の装甲部隊を撃退し、さらにその後方に歩兵を発見し叩いた。

 さらに戦果拡張すべく中隊は前進する。

 街道を後退するカストロプの車列が見えた。

「大した戦力じゃないな」

 坊主頭を撫ぜながら、サブローは判断した。

「小隊長。この際、叩いておきますか?」

 先任下士官の言葉に頷く。無線の通信系を車内から、小隊系に切り替え指示する。

「ギラン2からバーツ。カストロプの糞ったれ共を叩きのめせ」

 装輪装甲車が偽装材料を吹き飛ばしながら増速して、敵の前に姿を現す。

「小隊、徹甲、前方の敵車列、各個に撃て!」

 徹甲榴弾が敵の車列に撃ち込まれ、兵員輸送車が爆発炎上した。そこから、服に火がつき転げるように兵士が飛び降りて来る。

「撃ちます」

 機銃手がそう告げると、引金を絞り軽快な射撃音と共に車体が小刻みに揺れる。

「よし、前進」

 偵察小隊が接敵し交戦している頃、炎上する集落をハルオの中隊が通過していた。カストロプ側が撤退時、火を放って行ったようだ。住民が幽鬼のような茫然と表情で見つめていた。

「消火を手伝え! 住民を保護するんだ」

 ハルオの中隊は消火活動を終えて投げ出された住民を後続部隊に引き継ぐと、サブローの偵察小隊に続いて前進を再開した。

「今日中に終わらせるぞ」

 連隊長はその様に言われた。

 

 

 

 カストロプ公爵家警備隊指揮所。そこは辺境伯として軍備を備えねばならなかった必要性から、地方領の一貴族の私兵、警備隊としては十分な司令部機能を備えており、現在は叛乱軍の中央指揮所として各部隊の統合運用を指揮していた。

 しかし処理能力の限界を超えた敵の襲来で、飽和状態に成ろうとしている。

「どう言う事だ!」

 オイゲン・フォン・カストロプ公爵は激昂していた。マクシミリアン艦隊は支えきれず壊滅。旗艦が沈み息子は生死不明となっている。

「カイザーリング。貴様に任せれば勝てるはずではなかったのか!」

『勝利を約束した覚えはありません』

 モニターの向こう側に写るカイザーリングの言葉に、オイゲンの周りに居た物はぎょっとした様に表情を変える。

「なんだと!」

『勝てないまでも、一ヶ月か二ヶ月は暴れて見せましょう。その後は、名誉ある和議を申し入れるべきだと申し上げたのです』

 その言葉に偽りは無い。事実を言っている。

 この状況で正論を言われるほど腹立たしい事は無い。お前は無能だと罵倒されているような物だ。

 迫り来る敵に対しての恐怖と、無力な味方に対する怒りから公爵の体が震える。

 当初は帝国軍がマリーンドルフ伯領解放を優先すると予測してていたが、同時にカストロプ本領に攻めて来た。

 単純にそれだけなら、来襲に備えて要塞化していた抵抗拠点でカイザーリングの主力艦隊が戻ってくるまで時間稼ぎをすれば良かった。

 ところが蓋を空けてみればどうだ。準備した抵抗拠点を無視して一気に本拠地までやって来た。

「もはやこれまでか」

『御意』

 カイザーリングは事実のみを答えた。

(自分の代でカストロプ公爵家は滅ぶだろう。娘のエリザベートをフェザーンに逃がしていたのがせめてもの慰めだ。自分は遂に皇帝に勝てなかった)

 公爵は諦めの気持ちが沸いてくる事を受け入れた。

「是非も無い」

 

 

 

 神聖不可侵なゴールデンバウム王朝の象徴であり皇帝の居城、“新無憂宮”(ノイエ・サンスーシー)。その広大な敷地内にある庭園の一部は、皇帝自らが世話をしている。世辞抜きで薔薇園は多彩な色と姿、香りで訪れる多くの人々を魅了していた。

 リヒテンラーデ侯は、捜し求めていた人物の姿を庭園の中に見つけ近付く。

「陛下。カストロプの討伐が終了したとの事です」

 オイゲン・フォン・カストロプ公爵が自害し、叛乱終息の一応の目処はついた。首謀者が討たれたとは言え、各地にまだ有力な部隊が残っており武装解除が済むまで油断は出来ないが、ともかく山場は過ぎたと言える。

 薔薇の手入れをしていた皇帝はその報告に頷く。

「ご苦労だった」

 亡き友グリンメルスハウゼンの代わりに皇帝は犯罪の根絶を誓った。

(黒い噂の絶えなかったカストロプをようやく処断できた。今日は気分も良い。シュザンナにでも逢いに行こう)

 皇帝は庭園を後にする。

 

 

 

 医薬品の特徴的な匂いがする。

 僕は気がつくと清潔なシーツに寝かされていた。

 体を起こし辺りを見渡す。医務室の寝台だ。

「痛っ!」

 腕の傷口が疼き痛みで声をあげた。

「ああ艦長。気がつかれましたか」

 その声に反応して医官がやって来る。

「気分はどうですか? 麻酔が切れて痛みがあるでしょうがしばらく我慢して下さい」

 寝起きで頭がくらくらする。それと腕が痛むのを感じた。

「戦闘はどうなった?」

 一番気になる事を訊いた。

「我が軍の勝利です」

 敵艦隊の一つは撃破し、もう一つをカストロプ領に追い返した。主力は敵の抵抗を難なく排除し、カストロプ本星に降下してカスロロプ公爵の遺体を確認したと言う。

 その後、ブラウンシュヴァイク公からの召還命令が届きフレーゲル男爵は一足先にオーディンへ戻る事になった。

(偉い人も大変だな)

 カイザーリング艦隊への対処など事後の行動を託し、高速戦艦で帰路に就いたそうだ。

 この反乱鎮圧が終わるのもそう遠い事ではないと思う。

「本艦の被害はどうなっている?」

 何と言っても艦長だからやる事が溜まっているはずだ。

「損害が軽微とは言えません」

 戦死者は幸いな事に無く、負傷者のみで人的被害は少なかったが、「ミステル」の艦体にかなりの損害を受けドック入りも已む無しとの事だ。

「操艦は先任が指揮を執っております。お呼びしましょうか?」

「いや。もうひと眠りさせてもらおう」

 それが宜しいでしょうと医官は頷く。

 早く復帰する為にも健康管理も仕事の内だ。

 戦傷章が授与されるでしょうと言う医官の言葉を聞き流して再び眠りにつく。今は体が休息を求めていた。

 

 

 

 イゼルローン出兵の成功から自由惑星同盟最高評議会の空気は不穏な物へと変わり始めた。

 出兵の賛成者が自らの功績のように増長し出し、最初にサンフォードが、議長の終身制を議題にあげて来た。

 お前にその器があるのかと、正面から国防委員長のヨブ・トリューニヒトは罵倒し取り下げになったが油断はできない。

(何を考えているんだか、あの議長は……。独裁官にでも成るつもりなのか)

 そして次に情報交通委員長コーネリア・ウィンザーが新たな出兵を提言した。

 帝国の圧政からフェザーンを解放する。

 別に自治領主のルビンスキーに求められたわけでもない。

 ある意味お節介と言える。

 イゼルローン回廊は閉じられ、内戦中の帝国から攻めてくる可能性も低い。

「これからは国力回復に勤しみ守りを固める時なのに、何を求めて出兵しようと言うのだね」

 今回もトリューニヒトは反戦を訴えている。それに対してウィンザー婦人は冷ややかだ。

「決戦に勝利し自由と正義を銀河に飛躍させる為です」

 彼女はそれを信じて疑わないようだ。

 内心、溜息を吐きながらトリューニヒトは諌めようとする。

「その為に、また多くの将兵の命が失われる事になるんだよ」

「かまいません。完全勝利と言う歴史的大偉業の前では些細な事です」

 冷淡に言い放つ彼女の言葉に戦慄を覚えた。

(この女は、親しい者を戦場に送りだす気持ちがわかっていない)

 これ以上、戦争を経済的に支え切れないという事情もあった。今、市民は戦争が終わり、社会的にもようやく安定し始めたばかりだ。

「大義の為に死ぬのは、自由惑星同盟の軍人として当然の責務です。それにフェザーンへの出兵は我が国の防衛と言う観点から必要です。現に帝国は越境作戦を防衛と言う理由で行っています」

 あれはフェザーンが反乱を支援していたからだろう。そう言おうとしたが、気付いた。自分と同じ反戦派の財政委員長ジョアン・レベロが大人しく沈黙して、諦めの表情を浮かべている。

(ああ、なるほど)

 ここに居るものの大半がすでに、出兵するつもりだ。議長を初め主戦派の議員が、トリューニヒトに冷ややかな視線を送って来ている。

(すでに決定事項で今更、自分の意見で翻る事はない。そう言う事か)

 諦めに似た溜息を吐いた。

(これ以上の議論は無駄だ)

「死をも怖れぬ同盟市民の抵抗は、帝国を恐怖のどん底に叩き込むでしょう! これこそが武装闘争で、帝国に鉄槌を加える決意です」

 

 

 

24.求めよ。さらば与えられん ?

 

 カストロプ本領のマリーンドルフ伯領との境界に近いノルトライン星域。

 恒星ノルトラインを中心に幾つかある惑星の内、リッペ、エッセン、ハム、ヘレネの四個所にカストロプの残存戦力であるカイザーリング艦隊は籠っていた。

 恒星の周回軌道を討伐艦隊が封鎖している。

 カストロプの懐刀として期待されたカイザーリング。

 若い頃は皇帝の火消しとして、イゼルローン回廊周辺の戦いで戦線を安定させる活躍を見せ、手堅い防御の名人として知られている。

 今回の叛乱では自軍の準備不足と言う事もあり、大きな戦果をあげる事は出来なかった。

 彼の得意とする防御。そして今だ旺盛な士気と油断できない戦力を保持する艦隊。

 この脅威をメックリンガーが代将として指揮する討伐軍は包囲していた。ここを落とせば組織的抵抗力を持った部隊はもう無い。長々といつまでも反乱鎮圧に時間をかけているわけには行かない。

 

 

 カイザーリングはその知らせを受け取ると、歓喜の表情を一瞬浮かべた。

 バーゼルが戦死した事を知らされると、婦人は自殺したと言う事だ。

(悪いな。これが俺の復讐なんだよ)

 友情の皮を被り二人と接して来た日々。思い出すだけでも苦痛だった。

(恥辱に耐えたのも、全てはこの為だ)

 無駄な叛乱に誘い込み憎い二人を破滅させる。

 目的は達成され穏やかな気持ちになっていく。

 7月12日。オーベルシュタインの進言を受け入れて、メックリンガーは投降勧告を行った。

『皇帝陛下に弓を引く大逆罪だが、首謀者のカストロプが自決した以上、情状酌量の余地があり恩赦で死罪は免れられるよう小官も尽力しよう』

 芸術家提督で名高いメックリンガーの言葉であり信頼もできた。

 だがカイザーリングは「銀河帝国の大将は降伏などしない」と断った。

 実際に投降したとしても情状酌量の余地など無い。皇帝に弓を引いた大逆罪なのだから。

 メックリンガー本人は武人としてのカイザーリングの手腕を尊敬しており、弁護に尽力するであろう事は間違いなかった。

 

 

 

 メックリンガーは指揮所の外に設置された自販機でコーヒーを買う。

「卿はカイザーリングを殺したくないのだな」

 ケンプがメックリンガーに話しかけて来た。周りに注意を払う物も無く、二人だけの為、砕けた口調だ。

「まあな」

 勧告は断られた。あとは攻撃するだけだ。

 カイザーリングの心意気は良し。だが罪もない一般市民や兵を巻き添えにするのは好ましくない。

 メックリンガーが忌々しげに攻撃開始時期を考え込んでいると、しばらくしてカイザーリングに長年仕えていると言う参謀長から、降伏の申し入れがあった。

 カイザーリングは自分は降伏などしないが、兵は別だと言い、艦隊を解散させたそうだ。

「閣下はどうなされるのですか」

 分かっていた。予想も付いていた。

 参謀長に対して、カイザーリングは清々しい笑顔で答えた。

「自分の人生は自分でけりを付ける」

 満足そうな笑みを見ると、一緒に投降しませんかと言葉をかける事は出来なかった。

 自転車に乗ると、カイザーリングは地上に置かれた司令部から離れ、近くの森に姿を消したという。

 

 

 

 軍務省ではカストロプ討伐で武勲を上げて昇進をする者たちの為、少ない将官のポストがさらに減ると言う事で人事を巡り会議は荒れていた。

 そんな中フレーゲル男爵も今度は大将に昇進できるかなと楽しみにしていたが、そうでは無かった。

 7月19日にオーディンに急いで戻ると、先日のクロプシュトック討伐で元帥に叙せられたブラウンシュヴァイク公の元帥府で休む間もなく会議に参加者する。

 真新しい元帥の階級章を付けたブラウンシュヴァイク公の傍らに、主席副官のアンスバッハ准将が控えている。それにブラウンシュヴァイク公子飼いのクルーゼンシュテルン、ヴァーゲンザイル中将の2人がいる。

 フレーゲルとこの3人が、実戦ではブラウンシュヴァイク公の艦隊で各集団を受け持つ事になる。

 会議には他にも、ブラウンシュヴァイク公の元帥府に所属する将官が多数参加していた。

 今や帝国の双璧などと謳われているミッターマイヤーとロイエンタールの二人も来ている。フレーゲルに気付いたのか、一礼して来たので頷き返す。

 他にもシュタインメッツ、レンネンカンプ、アイゼナッハ、ケーリヒ、グリューネマン少将と言った名高い顔ぶれが揃っている。

(どうでもいいが、長時間艦の中で揺られ続けたので眠い)

アンスバッハ准将がフレーゲルに気付いて、厳しい視線を向けてくる。

(あの人は、昔から厳しかったからな……)

 アンスバッハからの咎める視線に、幼い頃を思い出して背筋をびくりと震わせた。

「作戦名は神々の黄昏。これが成功すれば、孫子の代にまで語れる手柄話となるだろう」

 ブラウンシュヴァイク公が次の出兵について心意気を語っている。

 帝国の栄誉がどうの、武人の本懐がどうのと言っているが耳に入ってはいなかった。

 今のフレーゲルはきっちり食事と睡眠がとれるなら何でも良い。

 本格的に眠くなって来たフレーゲルは意識が途切れそうだった。睡魔を払拭する為、別のことを考えようと意識を切換える。

(そうだ! 詰まらない会議に参加するぐらいなら、なじみの店で可愛い子と遊んでいる方が良い。旨い料理に良い音楽。魅惑的な世界……。いかん、意識が一瞬飛んでいた)

「――同盟の関心が、チャモチャに集中した時、我が主力は一気にフェザーンへ進撃します」

(ん、何だ。今、フェザーンに進撃するとか話が聴こえたような)

 壁側に置かれたアンティーク調の柱時計。その針は、2時間の経過を示していた。

(駄目だ。眠すぎて話が頭に入ってない)

 軽く頭を振り、血流を良くし覚醒させようと努力する。

「アンラック大公国の解放に当たる方面軍は、クルーゼンシュテルン中将が統率する」

「はい。光栄です!」

 斜め向かいでクルーゼンシュテルンが返事の声をあげて頭に響く。

(うるさいな、ボルシチでも食ってろ)

 眠い頭は思考能力を低下させていた。

「参加する各艦隊はシュタインメッツ、レンネンカンプ、ケーリヒ、グリューネマン……」

 各級指揮官の名前が読み上げられて行く。ブラウンシュヴァイク公は、彼らに目をかけており手柄の機会を与えてやろうという心積もりだった。

(と言う事は、今回私の出番は後詰めの艦隊かな)

 そんな事を考えていると、ヴァーゲンザイル中将がやって来た。

「フレーゲル男爵」

「はい?」

「カストロプ討伐で見せた閣下の手腕、今回は特と学ばせてもらいますぞ」

「ああ、はい」

(なんだろう。嫌に私を持ち上げるな。男にもてても嬉しくはないぞ)

 会議が終わったので、フレーゲルは伯父に挨拶して帰ろうと席を立った。

「フレーゲル閣下」

 再び呼び止められた。

(何だ、次は誰だよ)

 うんざりしながら振り返ると双璧がいた。

「ああ。久しぶりだな」

 無愛想に成らない様注意しながらフレーゲルは返事をする。

 女性にもてる男は観察眼も鋭い。ロイエンタールはフレーゲルの表情を観察して気付いた。

(挨拶も億劫だ。だが表面上は取り繕うか。その顔を見れば一目瞭然だがな)

 別に不快にはならない。フレーゲルが面倒臭そうなのは戦場でも同じだ。

「はい。今回も閣下の下で戦える栄誉を賜りました。宜しくお願いします」

 ミッターマイヤーは友好的に挨拶しているので、ロイエンタールもそれに習う。

「我々に自由な裁量を任せて下さる方は少ないですからな。閣下に戦果を捧げましょう」

 ロイエンタールを使いこなすのは難しい。それだけの器量が必要になる。

「うん、そうか。宜しく頼むよ」

 いまいち話の流れが分からない。

(小言を言われるだろうが、後でアンスバッハ准将に教えてもらおう)

「帰ったばかりなので、しばらくは屋敷の方に居るから用があれば何時でも連絡してくれ」

「はい」

 二人から挨拶されるフレーゲルを目撃した者は、双璧を使いこなすとは流石にブラウンシュヴァイク公の一門だと噂した。フレーゲル本人の知らないところで評価が高まるのだった。

 フレーゲルは二人に別れを告げ、ブラウンシュバイク公の書斎に向かう。

(ああ、眠い)

 あくびをかみ殺して前まで行くと、中からアンスバッハ准将が出てきた。

「丁度良い」

「はい?」

 今訊いておこう。そう思い、フレーゲルは先程の件を尋ねた。

 それを聴くとアンスバッハは顔をしかめて頭を振った。

「ああ、嘆かわしい」と呆れられ久しぶりに本気で説教された。

「貴方は男爵家頭首としての御自覚が足りません。良いでしょう、今日はとことんお話しましょう!」

 さすがは叔父の腹心と言うだけの事はある。怒鳴り声で、士官学校で野外教育を担当してくれた古参兵の叱咤を思い出し背筋を震わせる。

(子供の頃から散々、世話になっているからアンスバッハには頭が上がらない。ああ、まずいな。こんなに大声を出していたら……)

「どうしたアンスバッハ。そんなに大声を出して」

 扉が開いて、伯父が出てきた。

「御館様、お聞き下さい」

 事情を聞いてブラウンシュバイク公は、人を舐めているのかと激昂した。

「貴様。会議で何も聞いてなかっただと!」

「いや、その……寝不足で……」

 フレーゲルは何か言いたかったが、考えがまとまらず尻すぼみで言葉は消えていく。

 結局、2時間近く廊下で説教を受ける事となり、館に帰ると着替えるのもおっくうで、崩れるようにベットに倒れこんだ。

(やっと寝れる……)

 

 

 

 世の中に、時代の変化を感じ取れる人間が何人いるだろうか。

 アドリアン・ルビンスキーは、数少ないそのうちの1人として“フェザーンの狐”の異名に相応しく、今までは世界を動かしていた。しかし、今は自分の権力地盤が危うい。

 中立にしてほとんど神聖不可侵と思われていたフェザーンで帝国軍が好き勝手に戦闘行動を行った結果、地球教の支持を受けて就任したとは言え、長老会議で叩かれるのも時間の問題と言えた。

(帝国の連中が思い切った行動に出たのは予想外だった。だが予測できなかった事ではない。まだまだ私も甘いな)

 帝国に仇名す逆賊のカストロプをフェザーンが支援していた。この事により帝国相手に商いをするフェザーンの商人たちは、風評被害を受けている。

(それは自業自得だ)

 それに帝国は、今回の一件でフェザーンに敵意を持ち始めているようだ。

(自治領の廃止もあり得る。その先は皇帝の直轄地編入か)

 同盟と帝国の間で存続してきたフェザーンにとって、現状は好ましくない。支配の原理は力であって正義ではないと言う。帝国がその気になればフェザーンなどひとたまりもない。

「さて、どうすべきか」

 フェザーン主府の執務室で書類を処理しながらルビンスキーは、現状を打開する次の手を考える。

 雲行きが怪しくなって来た。これでは、家族揃ってフェザーンで静かに暮らすという夢も危うい。

『失礼します』

 秘書のドミニクから盗聴防止の秘匿回線を通じて連絡が来た。

 夜の愛人の顔とは違い、今は男性も顔負けな有能な秘書としての空気を纏っている。

『ランズベルク伯爵から、内密に自治領主閣下にお会いしたいとの申し入れがありました』

 ランズベルク伯爵は皇帝の側近の一人として、親しく付き合わせてもらっている。皇帝の命を受けた使者としてだろうか?

「会おう。先方の時間を聞いて、予定を組んでくれ」

『かしこまりました』

 さて、どう言った要件だろう。外交的圧力をかけて来るならこちらにもカードは残されているという事だろうし。

 

 

 

 ルパート・ケッセルリンクは人生の岐路に立たされていた。

 姉と慕うエヴァンゼリンが自分の胸に顔をうずめており、胸に触れる軟らかい感触が本能を刺激する。

 少しだけ見えた胸元の白さに、どきっとした。もしかしたら、悟られたかもしれないと内心で冷や汗をかく。

 今重要な、問題はそんな事ではない。愛の告白を受けていた。

(据え膳食わぬは男の恥と言いますが、玉子さん、これは浮気でしょうか?)

 今では、遠い過去になってしまった妻に心の中で語りかけルパートは自問自答している。

 頬を染めながら熱っぽく潤んだ瞳で自分を見上げるエヴァ。

(何故こうなった?)

 天を仰ぎ見れば、無数の星が見える。

(うん。明日は晴天だな)

 8月に入るとカストロプ討伐軍がオーディンに帰還し、次の出兵に備え艦隊の再編成や人員の補充が行われた。僕も火病の戦いで左腕を失い療養を兼ねて、休暇を貰い帰省した。

 この時代の医療技術は大した物で、本物と大差ない義手が手に入った。

 しかしそうは言っても、やはり家族としては衝撃的だったのだろう。母親は気絶して伯母が介抱し、義姉が抱きつき号泣している。伯父は何と慰めの声を掛けて良いのかわからず、困った表情を浮かべていた。

(そのうち、全身義体化なんて実現するのかな)

 泣き付く姉さんをあやしながら、家族の優しさが感じていた。

 それから、夕食の時には落ち着いて談笑できるようになった。

 食事の片付けが終わると姉さんが、散歩に誘ってきた。昔、幼年学校に入るまでの短い間に連れて行ってもらった高台にある近くの公園。そこから見える帝都中心市街の夜景が綺麗だった。

 少し前は、カストロプ公の悪趣味な成金丸出しの館が帝都の美観を損ねていたが、今は区画整理をされたのか姿を消している。

「あ。雪山は変わらないね」

 西の方にフロイデンの山岳地帯が見える。万年雪が夜目にも鮮やかだ。あの辺りは、貴族の山荘が立ち並んでいるそうで、平民には縁のない羨ましい話だ。

(そうだ、新しい引越し先のことを姉さんに相談しようかな)

 今後の事を思い浮かべ、そう考えていた。

 

 

 

 私、エヴァンゼリンは今年23歳になる。

(そろそろ落ち着きたいとか、年齢を考えるようになると歳なのかな)

 友達の彼の話を聞いていたら、自分も早く結婚して幸せになりたいと思う。

(出来たら専業主婦ね)

 今、戦争で女性が働き手として社会に受け入れられている。男手が戦争に駆り出されて、女性だからと言って断っていたら企業もやっていけない。

 私の友達でも普通に働いている者も多いが、小母様達の様に夫や家族に尽くして過ごしたい。

 戦争からルパートが腕を失くして義手で戻ってきた。いろいろあったのだろう。訊きたい事はたくさんあったが、胸がいっぱいになって何も言えなくなった。

 抱きしめた彼の体が以前より痩せており、悲しくなった。

「ただいま」

 彼はそう言った。かけがえの無い人だから心が痛む。

 台所のシンクで洗物をしながら私は考えた。

 中途半端に片付けられる気持ちではない。きっと家族としてではない別の物で、純粋な気持ちでルパートが好き。

 そうと分かったら私は勇気を出して行動した。

(女は度胸と昔の偉い人、たしかピンコーと言う人が言ってたっけ。当たって砕ける訳には行かないけど、頑張ります!)

 散歩に誘い出す事には成功した。ここまでは順調に進んでいる。

 後は、タイミング。

 だけど、口から出た言葉は――

「ルパート、私の事好き?」

 直球過ぎて、意味が通じないかもしれない。頭を抱えたくなった。

「好きだよ?」

 唐突な前後の文章が無い言葉に彼はうろたえる事無く答える。私がどう言う意味で訊いたか分かっていない。だからその好きのレベルが知りたい。

「どれくらい好き?」

 家族として好きなんだろう。異性としては考えた事も無いと言う事が様子から伺え、私はじっと彼を見詰める。困ったような顔をして考え込んでいる。

 よし、ここはもう一押しだ。ルパートに抱き付き口付けした。驚いて開かれた彼の目と視線が合う。

(お姉ちゃんは逃がしませんよ)

 軽く微笑むと唇を離し私は言った。

「覚悟しなさいよ。私は本気だから」

 くすくすと笑いながら、彼の背中に回した手に力を入れる。

 彼は私の物なのだ。

「ええっ!?」

 今まで姉としてしか意識しなかった女性からの突然の告白。それは狼狽させるには十分だった。でも今はそれで良い。外堀は埋めてある。

 ルパートの胸に頭を委ねる。ドキドキと鼓動が伝わってくる。

(ふふ、チョロいわ)

 答える前に既成事実で一歩リードした。あとはこの手綱を緩めない事だと小母様達が言っていた。

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