導入部分で燃え尽きた残りカス   作:キューブケーキ

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銀英伝に転生してみた 25~26話

25.まずは辺境鎮圧だ~!

 

 8月10日、今日のオーディンは晴れと昨日の天気予報が言っていた。

 目が覚めると僕は姉さんに抱き寄せられていた。

 欲情する以前に、僕は一気に目が覚めてヒヤッとした。玉子さんに何て言い訳をしたらと考えた所で──。

(ああ、そうか)

 思い出した。誘われて最後は流されてしまったのだ。

 姉さんは穏やかで幸せそうな表情を浮かべているが、昨夜は何だか怖かった。

 気持ち的に不味い物を感じモヤモヤしていると呼び出し音がした。少し、ほっとした。

 ドック入りをしていた駆逐艦「ミステル」の点検が終わったとの報告だ。

 事前の通達で20日には新たな出兵に向け動員がかけられる事を知っていた為、慌てることなく家族と別れを済ませて来た。これで気持ちを整理する時間が出来たと思った。

 軌道エレベーターから連絡艇で「ミステル」に向かうまでのシートで、久しぶりに再会した父からの連絡を思い出す。

 TV電話の画面に映し出された頭部に一本も毛のない精力的な男の顔。

「久しぶりだな。ルパート」

 でも声は知っている。温かい眼差しに覚えがある。

「パパ」

 正直、最近音沙汰がないから死んでいるのかと疑っていたぐらいだった。

 まさか自治領主をやっていたとは予想もしていなかったよ。

(家族にそれ位の連絡はして欲しい物だ。まったく……)

 僕はヴェスターラントで家を買おうと思っている。家族で一緒に暮さないかと伝えると父は喜んでくれた。

 頭金の一部どころか全額払ってくれそうな勢いだった。

「まだ処理しなければならない用事が残っているので、しばらくはまた会えない」

 父は残念そうに言った。

「そっか。でも母さんだって心配してるんだから、出来るだけ連絡してよ。家族なんだから」

 約束をした。

(あ!)

 姉さん──いや、エヴァンゼリンの事を言い忘れた事に気付いたのは「ミステル」に着いた時だった。次の機会で良いかと諦める。

 

 

 9月25日。アンラック大公国の、革命軍に所属する巡航艦「ナッシュ・ブリッジス」は航路を誤り彷徨っていた。

 狼狽した艦長に、不安を浮かべた乗員。そんな風景を黙って中止する男が居た。軍事顧問だ。

「ナッシュ・ブリッジス」では同盟軍から送り込まれたニルソン中佐が苛々しながら、その操艦を指導していた。

 自分達で対応などの術を学び取って貰わねばならない。だから極力口出しは、しないと決めていた。

 その結果、無人偵察機を放つ事に気付きようやく航路算定ができて帰路を確認した。

 艦内の空気が弛緩した時、新たな報告が入った。

「艦影多数、接近中」

 熟練とは程遠く位置の情報が入ってなかったが、それでも伝えたい事は伝わった。

 当初は小惑星群や隕石を艦艇と誤認する事もあったが、今回は電波妨害もあったので間違いない。

 そして無人偵察機が撃墜され識別信号が途絶えた。

 9月19日にオーディンを出撃した帝国軍の討伐艦隊がやって来たのである。

「来たぞ、帝国軍だ!」

 ただちに「ナッシュ・ブリッジス」からの報告が、首都メカポリスに居るナポギストラーの下に届けられた。

 チャモチャの北半球にあるメカポリスは円形の都市設計が成されており、南には海が広がり沿岸部には防風林が植生されている。西には川が流れ六本の橋で工業地帯と繋がっており重要な交通手段だ。

 北の山間部からの地上軍の大規模侵攻は困難で二本のルートしかない。結果、橋を落とされれば天然の要害と成り、東か南の海上に進撃路は限定される。

「北からの侵攻はある程度は阻止できるでしょうが、他の三方が脆いですな」

「橋梁の爆破は、敵の侵攻前と言う事で……」

 防御指揮官に任命されたシェーンコップとナポギストラーが打ち合わせをしていると、ネジリン准将が駆けて来る。

「失礼します!」

 ネジリンはナポギストラーの決起に賛同した数少ない将官の1人で、腹心とも言え頼りにしている。

「報告します。航路を間違え彷徨っていた味方の巡航艦が帝国軍の接近を発見しました」

「討伐軍か。艦隊に警報は?」

 報告のあった周辺宙域の艦隊を掻き集め、警戒を厳重にするように通達したという。状況判断は悪くない。

 これが本格的侵攻か、偵察かを判断するには情報が足りない。

 日付が29日に変わる前に革命軍は帝国軍の先鋒を捕捉した。

 帝国軍前衛を勤めるレンネンカンプ艦隊。そのさらに先頭集団であるラインハルト・フォン・ミューゼル准将の分艦隊2800隻。

 対するは革命軍カール・レンペルネ大佐の戦隊600隻。構成された戦闘艦艇の性能差も考えるならば革命軍の勝率は低かった。

 

 

 

 ラインハルトにとっては再び武勲を打ち立てる与えられ好機だった。機会があれば、汚名を返上すると待ち望んでいた。

(レンネンカンプ提督の期待に答えねば)

 直属の上官であるレンネンカンプは、ラインハルトと面識もあり指揮能力を評価してくれていた。

「友よ。ヴァルハラで俺を見ていてくれ」

 ラインハルトは胸から下げたペンダントを覗き呟いた。そこにはめ込まれた写真は、猪のような提督。

 最近、マリーンドルフ伯の令嬢と親しく付き合っている赤毛の親友は、その様子を複雑な表情で見ていた。

「皇帝陛下に仇成し叛徒を先導する首領のナポギストラーを討て。民を正道に導くのは我ら高貴なる物の責任だ」

 出兵に先立ち、骨の髄まで支配階層としての教育を受けて来たブラウンシュヴァイク公はそのように訓示していた。

「ミューゼル准将、卿の働きに期待している」

 本物の貴族であるブラウンシュヴァイク公の温かい言葉に感銘を受けたラインハルトは、門閥貴族への偏見を180度転換し与えられた任務は果たす為に燃えていた。

 アンラック大公国の叛乱鎮圧にあたり、帝国軍が目標とするのは首都の制圧。頭さえ落とせば後は烏合の衆との見解だ。

 その前には、目障りな敵の艦隊を撃破する必要がある。

 今回はそう言った、帝国側の思惑から、艦隊が送り込まれた。

「艦隊なんか無視して、一気に首都を制圧するべきだと思うんだがな」

 ラインハルトは背後で控える赤毛の副官に話しかける。

「キルヒアイス。お前はどう思う」

「道は一つとは限りませんから」

 その言葉を考えてみる。

 最近、赤毛が自分を見る目が以前と微妙に違う事には気付いていた。

 盲目的な忠誠はではなく反論もする。追従されるよりはましだ。

 少年の頃、姉と引き裂かれ二人は誓った。大艦隊の司令官となり、銀河の海を駆け抜け手柄を立てる。

 そしてゴールデンバウム王朝をぶち壊し社会を変える。

 だがしかし、その過程で多くの物を切り捨てて来たが降格され、取り巻いていた世界観は変わった。

 世界の摂理を壊す物は排除される。つまり目立ち過ぎたのだ。

 今度は上手くやる。

「そうだな。こうやって艦隊を誘い出すのも無駄にはならないな」

 革命軍はまだ本格的侵攻だと判断していなかったが、帝国軍は片をつけるつもりで両軍の士気にも差が現れていた。

 かつては帝国を構成する一員としてアンラック大公国もイゼルローン方面へ出兵要請で参陣し、共に肩を並べて戦う事もあった。

 そんな時代を記憶に残す古参兵にとっては、帝国軍を敵として認識するには迷いがあった。

 その躊躇を断ち切るように旗艦「ヒンデンブルグ」でレンペルネは兵を鼓舞した。

「我らは帝国と袂を別った。躊躇する物も居るだろう。だが奴らは遠慮なく砲門を向けて来る敵だ。生き残りたければ戦え!」

 0240時。ミューゼル艦隊の先頭を警戒隊として進む第271駆逐隊がレンペルネ戦隊の最初の獲物になった。

 哀れな子羊に襲いかかる狼の咆哮のように、腹に力を込めてレンペルネは号令をかけた。

「全艦撃ち方始め!」

 灼熱した鋼鉄の矢が放たれる。実体弾はエネルギー中和磁場を易々と貫き、最初の砲撃でミューゼル分艦隊の先頭集団30隻程を撃沈した。

 続けて放つエネルギー・ビームは中和磁場で防がれ至近弾となる。そしてこの一撃に耐えた帝国軍は、27光秒先に革命軍艦艇を発見した。

「舐められた物だな」

 味方が消えた先に現れた相手の戦力はたかだか600隻。自分の半分にも満たない敵の襲撃にラインハルトは眉を寄せる。

 警戒隊の10光秒後方を進んでいた第111戦隊の高速戦艦と、直衛の第160、第6-11駆逐隊を率いてラインハルトは交戦宙域に突入する。

「ブリュンヒルト」の周囲にすぐに敵の弾着が集中する。

 0321時。前衛を指揮するレンネンカンプは、先鋒のラインハルトが会敵した事を知らされて、戦場に急行せており、一方の革命軍も4個戦隊を集結させつつあった。

 艦艇の合計数だけならミューゼル艦隊とほぼ互角。問題は指揮官の技量と兵の質だ。

 レンペルネは他の戦隊と連携し、ミューゼル艦隊を包囲しようとした。

 考えたのは軍人なら誰もが思い描く包囲殲滅の勝利だ。

 両軍の位置は見る間に詰まる。

 正面中央と左翼は手痛い反撃を食らっている。

 狂乱の宴。その言葉がふさわしい。

 纏まりを欠いた革命軍は、個々の戦隊で連係が無く包囲する以前の問題に見えた。

 それでも右翼アッテンボローの戦隊は、ミューゼル艦隊側翼に食らいつこうとしている。

 敵の攻撃に耐えられない物でもない。ラインハルトは自分の勝利を確信した。

 

 

 

 0345時。ニコラウス・フォン・ファルケンホルスト大佐が艦長を務める戦艦「マルクトシュテフト」が、革命軍左翼の戦隊を指揮するカール・ヒンペルト大佐座乗の旗艦「クリムゾン・カーマイン」を撃沈。最初に攻撃を開始したレンペルネも、光の渦の中で戦死した。

 ラインハルトは、敵が我を迎撃に来ているならばと「触ればタコ」と言う柔軟な対応で革命軍をあしらった。ラインハルト自身は攻撃が好きだが、状況により防御を行う方が有利な事も知っている。

(イゼルローンの件では突撃馬鹿と散々に言われたからな)

 敵に手を出させ、こちらが迎え撃つ。単純だが有効な手だ。

 革命軍の各戦隊が統一指揮されていれば攻撃要領も変わったかもしれないが、逐次投入により消耗されていく。

(このままで勝てるか)

 放火に突撃してくる革命軍を見て、「これでは七面鳥撃ちだな」とラインハルトは評した。

 続けて革命軍では中央の戦隊司令がまた一人戦死した。

 これで戦闘開始から早くも、革命軍は三人の戦隊司令官が失われた事になる。敵を排除出来ずに正面攻撃では損害が増えるばかり。最初の迎撃に革命軍は失敗した時点で引き揚げるべきだった。

 アッテンボローは4個戦隊の残存戦力をまとめて指揮し、友軍の到着まで時間を稼ごうとしていた。

(余計な手間を増やしやがって。親父なら喜んで記事にするだろうな)

 内心の苛立ちを抑えて戦線の再構築を行っているが、錬成が足りなかった。革命軍は勢いで押されている。

「敵艦隊の後方に新たな艦隊出現!」

 新たな増援が敵に追加された。アッテンボローはその報告に歯噛みした。

(貧乏人と金持ちの差か……。ヤン先輩、俺の手には負えませんよ)

 持たざる者は知恵を振り絞って戦うしかない。ここに居ない捕虜生活の上司を恨んだ。

 対象的にラインハルトの司令部は、友軍到着の知らせに空気が緩んだ。

「レンネンカンプ艦隊です」

「勝ちは俺達がいただきだな」

 敵の増援が到着する前に、味方の後続が到着した。このまま押し潰そうと帝国軍の攻撃に勢いが増す。

 

 

 

 戦況報告を受け取るとナポギストラーは艦隊温存を放棄し決戦を決意した。

「これは威力偵察ではない」

 レンネンカンプ艦隊の出現で、帝国軍による本格的侵攻だと判断した。

「敵前衛を撃破することで、戦勢(主導権)を獲得する」

 判断に異論を挟んだのは軍事顧問団だけだった。

「これこそ我が軍を引きずり出そうと言う敵の罠ではないでしょうか」

 正面切っての消耗戦は望む所ではない。数で勝る帝国軍の勝利が見えている。

 大抵の戦場では数の多い方が勝つ。戦力差があるのに、敵と同じ土俵でこちらから決戦を挑むなど問題外だ。

 さらに彼我の主力が戦場に到着するまでに戦況がどのように推移するか、また戦闘力が組織的化されるまでの時間関係を的確に見積もらなければならない。

 ムライは当初の計画通り領内に引きずり込み遊撃戦を展開する様に意見具申した。

「失礼ながら言わせて頂きます。革命軍は正面から艦隊決戦を挑める程の戦力はありません」

 ナポギストラーも理解をしておりムライの発言を咎めようとはしなかった。

「貴官の意見も分かるがすでに戦いは始まっている。まさか友軍を見捨てるわけにもいかんだろう?」

 見捨てろと言いたい。だが、それは出来なかった。

 ムライの説得は失敗し、革命軍は決戦へと加速する。

 

 

 

 悠然と「ブリュンヒルト」の艦橋で戦況を見ていたラインハルトが言った。

「無様だな」

 30日1000時。チャモチャに向かう狭い航路に、両軍の艦艇が集結し混雑状態に在った。レンネンカンプ艦隊17800隻、革命軍12600隻である。

 ミューゼル艦隊はレンネンカンプ艦隊の到着で交代して後方に下がっており、その混乱に巻き込まれていない。

 帝国軍としては敵を消耗戦に引きずり込んだだけでも十分に成果をあげている。

 戦局全体を見渡す視野が狭いと後世の歴史家に色々言われるが、ヘルムート・レンネンカンプは実戦部隊指揮官としては優れた判断力を持っている。

「ゲリラ戦をやられるよりは、一度に潰す方が堅実だな」

 レンネンカンプは幕僚にそう言いながらも、寡兵である敵を鎧袖一触といかずに内心で苛立っていた。

(一度引き揚げて、体勢を立て直すべきか。しかし敵を取り逃がす事にならないか?)

 レンネンカンプは知らなかったが、この戦場で革命軍はアッテンボローが軍事顧問という中途半端な立ち位置で、助言や要請という形で指揮しかろうじて艦隊をまとめ上げている状態だった。

 全面攻勢に出れば指揮系統を壊乱させ得る好機だった。

 

 

 

 味方の損害にアッテンボローは舌打ちする。

 各級指揮官の自主積極的な戦闘指導で、戦況の固定化を避けるのは普通だが、今求められているのは守りだ。

 だが革命軍の一隊が、複合装甲とエネルギー中和磁場の限界で火球となるまで闘う艦艇群の間を縫うように進んでいた。アッテンボローの命令ではない。

「命令無視したのは何処の馬鹿だ!」

 怒りで心拍数が一気に上がるのを感じた。

「テンプルトン・ペック中佐です」

 自信満々のにやけた面構えを思い出した。ペックは女性関係で問題をよく起こす困り者で、その噂は軍事顧問の自分にも流れてきていた。

(だめだ、あの部隊は諦めよう。とにかく、今は耐えるしかない)

 即座に存在しない部隊として割り切った。

(こちらの戦力には限界がある。ここからは手際よく戦わないと)

 アッテンボローは額に汗が吹き出すのを感じた。

 

 

 

 帝国軍も余裕だった訳ではない。

 レンネンカンプも抵抗は予想していたが、この様な膠着状態は華麗な戦術機動とは程遠く不愉快だった。このまま引き下がる訳にもいかない。

「あれは……使えるな」

 今まで守りに入っていた革命軍の一隊が攻め寄せて来る。だが連携された動きではない。

「敵の前進に合わせて後退する」

 圧されている様に欺瞞し、突出した敵を叩く。

 

 

「勝てる。勝てるぞ!」

 テンプルトンは後退する帝国軍に気分を良くして勝利を確信した。

(俺は、この戦いで帝国軍を蹴散らし英雄になる)

 そんな夢想さえしていた。

 30分後、突破点も何も目標を持たない革命軍の突撃は、レンネンカンプの緻密な計算で配置された帝国軍の攻撃で崩壊する。

「かかったな」

 レンネンカンプは、最近大人しい金髪の小僧に戦況を変えるチャンスを与えた。

 予備隊として後方で控えていたミューゼル分艦隊が投入されたのだ。

「撃て」

 ラインハルトの腕が振り上げられ、それを合図にエネルギーの豪雨が革命軍を叩く。

 たかだか600隻程度の戦隊。倍する帝国軍艦艇から放たれたビームにより白く輝き爆発していく。テンプルトンは、絶望と屈辱に顔をゆがませ戦死した。

 貴重な戦力の損耗をアッテンボローは苦々しく見詰めた。

「馬鹿が部下を道連れにしやがって……」

 アッテンボローは長年の帝国軍との戦いから、革命軍のような貴族に対する平民の憎悪と言った精神論だけで勝てる相手とは思っていない。

 もちろん最後と言う時になれば、一隻でも多く沈め道連れにするだけの覚悟はあった。

(戦死した馬鹿の事を考えても仕方ない)

 気持ちを切り替え戦闘指導に集中する。

 

 

 

 1300時。レンネンカンプは全面攻勢に出る事にした。

「そろそろ、片を付けるとしよう」

 ラインハルトは命令が下ると、精力的に革命軍の戦列に楔を打ち込み、亀裂を拡大させた。

 その亀裂にレンネンカンプの後続が進入し、突破口を拡大する。

 それに対してアッテンボローはこのままでは負けると判断し、決断した。

「もう良い。撤退だ!」

「宜しいのですか」

 その言葉に幕僚が反応したその時だった。

「右舷二時方向より敵影。本艦に向かってくる!」

 電測員の報告に素早く反応して指示を出す。

「取舵一杯!」

 艦長の操艦の指示が聴こえる中、スクリーンに爆装したワルキューレの編隊が死の天使のようにやって来る姿がはっきりと見えた。

 弾幕を張るが、艦砲射撃も飛んでくるのでそれにも対応しなければならない。

 急に戦場が身近になった気がする。

 今まで自分を守ってくれた幸運の女神が、いつも微笑んでくれている訳ではないと言う事を身をもって知らされた瞬間だ。

 旗艦に敵の攻撃が集中してきた。衝撃が艦を襲う。

 直撃は免れたが、中和磁場を突き抜けた至近弾が複合装甲に亀裂を与えた。外壁の穴は、艦内外の圧力の差で空気を吸い出していく。

「痛っ……」

 アッテンボローは床に倒れていた。幕僚がそこかしこで倒れて血を流している者もいる。立ち上がろうとしたが足に力が入らない。

「おい……嘘だろう……」

 自分の体に深々と、破片が刺さっていた。アドレナリンが分泌されて、痛みが鈍化しているのか体が痺れる感じがする。この負傷では手当てをしても無駄だなと自分でも分かった。

「アッテンボロー司令! 衛生兵を呼べ、司令が負傷した!」

 幕僚の騒ぐ声が聞こえるが、出血で徐々に意識が闇に沈んでいく。

(俺は死ぬのか……)

 最後の瞬間、アッテンボローの脳裏に映ったのは、キャゼルヌの妻であるオルタンスと次女の姿であった。

 

 

 

 一瞬、革命軍の指揮系統が混乱したように、レンネンカンプには見えた。

 優秀な彼の部下達はその隙を見逃さず、革命軍にさらなる出血を強いる。

「旗艦でも沈めたか」

(このまま圧し切ってやれるか?)

 接戦で細かい艦の識別まではやっていない。しかし、戦果拡大して捕捉撃滅する絶好の機会だと言う事は分かった。

 敵に再編する暇を与える気は無い。

「ミューゼル艦隊に命令。退路遮断を行い、進出路を確保せよ」

 突撃の正確な使い方である。

 英気を養ったラインハルトは勇躍して戦場を駆けた。

 ラインハルト艦隊の猛攻を受けた革命軍の戦列は瞬く間に蹂躙された。後退する革命軍を追い抜くのに時間はかからない。

(これまでの抵抗が嘘みたいに無くなった。これはまでの時間を取り戻せる)

 目に見えて革命軍の組織だった抵抗が崩れてきた。自分達前衛だけで、革命軍の艦艇を一掃できそうな勢いだ。

 

 

 

 悪い情報ほど正確で広がるのは早い。緒戦の敗退が、チャモチャの軌道上で増援を集結させていたムライの元に届けられたのは2時間後の事だった。

「くっ」

 ムライは呻いた。

 保有艦艇の56%に当たる8400隻が失われ、主要な戦隊指揮官は全員戦死したと言う。

 その中には自分と同じように自由惑星同盟から遠くここまで送り込まれたアッテンボローの名前もあった。

 ムライから見てアッテンボローはチャラチャラした青年だったが、軍人として最後は義務を果たして死んだ。

 後退する残存戦力は現在も追撃を受けており、損害はさらに増えると予想される。

「48時間以内にチャモチャの宙域に到達すると思われる」そのように報告は締めくくられていた。

 戦線の崩壊はもうどうにもならない。混沌の坩堝に陥っていた。

 

 

 

 フェザーン自治領の行政を掌るのは主府だが、実際に決定権を持つのは長老会議で、ルビンスキーもここから選出された。

ルビンスキーはランズベルク伯爵を通して帝国からの提案を受け取った。そして今日、その提案は長老会議の議事進行を大いに荒れさせていた。

 まず現状を分析しよう。

 

 フェイズ1:帝国の辺境、アンラック大公国でナポギストラーの起こした叛乱。これが、今現在だ。

 有力な帝国軍前衛は、叛乱軍を遭遇戦で打ち破り追撃中。本隊は数日以内に、チャモチャに到達するとの情報を得ている。この叛乱は間も無く鎮圧されて終息するだろう。

 フェイズ2:国内の問題を解決した帝国軍は、フェザーンに対して何らかの形で懲罰を与える事は明白だ。理由は色々あるが、ここ最近だけでもカストロプを支援し同盟に肩入れをしていた。

 そして帝国はこの不出来な自治領に、見切りをつけようとしている。

 フェイズ3:ここでの選択を誤ると、フェザーンは滅ぶ。その事は長老達も分かっており、だから荒れていた。

 

 フェザーンに対する帝国の目は厳しく、フェザーン回廊の帝国側出口に建設された要塞“大将軍の城”(グロスアドミラルスブルク)では、カストロプ討伐後も戦力が増強されている。

 その様な現状で、ランズベルク伯のもたらした帝国からの提案は、帝国軍のフェザーン領内通過である。

 カストロプの叛乱では、フェザーン領内の後方拠点を叩く為、帝国軍が暴れまわり越境作戦を行った。帝国はその気になればいつでもフェザーンを蹂躙出来て、それを阻むすべはない。

 公式に帝国軍がフェザーン領内を通過して同盟領内に侵攻する事を認めれば、フェザーンの中立性は失われる。その様な事は認められる事ではない。

 ここで初めてルビンスキーが発言した。

「自由惑星同盟から今回の件とは別に提案がありました」

 彼らは今回のような問題がいずれは発生すると予想していたのでしょうと、ルビンスキーは続ける。

「もし我々が助けを必要とするのであれば、同盟は我々を支援する用意があると申し出てきました」

 必要があれば、ただちに3個艦隊を派遣する準備が出来ているとの事だ。

 確かに帝国に対抗する手段は欲しい。しかし同盟の提案を受け入れれば帝国の敵となり、フェザーンは戦場になる。

 だが逆に帝国の提案を受け入れれば、フェザーンの自主性は失われ帝国の地方領になり下がる。議題は紛糾しそうだ。

 ルビンスキーに長老会議での決定権はないが発言する。

「私は自治領主として、自由惑星同盟の提案を受け入れようと思う」

 怒声と困惑のざわめきが巻き起こる。

 ルビンスキーの発言に後押しされ、同盟と利権のある者はそれに賛同して、帝国に利権のある者は反対する。

 会議に一石投じたのは確かだ。

 

 

 

 フェザーンが今後の対応で苦悩する中、“大将軍の城”(グロスアドミラルスブルク)には、フレーゲル男爵を司令官とする帝国軍が長距離機動演習としてオーディンから遠く遠征して来た。

 分艦隊の司令官にはミッターマイヤー、ロイエンタール、ファーレンハイトと言った名高い一線級の指揮官が揃っていた。

 彼らの下でならば勇敢に戦える。そう多くの将兵は思っていた。

 その指揮官の一人であるミッターマイヤーは拘束され、椅子に座らせられている。

 そこは要塞内に割り振られたロイエンタールの私室。仮住まいの宿舎は、家具などが少なく殺風景な部屋だ。

 机を挟んでロイエンタールが向かい合う様に腰かけていた。

「初めて捕虜を尋問した時を思い出すな」

 ミッターマイヤーの瞳はどんよりと濁り、口の周りは乾いた涎で汚れていた。

「そろそろ落ち着いたか?」

 先程ロイエンタールは、以前ミッターマイヤーが弟だと紹介してくれたルパート・ケッセルリンクと再会した。

 家族の再会。そして他愛もない雑談を、ミッターマイヤーの傍らでロイエンタールは聞き流していた。

 しばらくして、ルパートが思い出したように言った。エヴァンゼリンと言う女と婚約したと。

 その事を告げられるとミッターマイヤーは俯き、小刻みに震え始めた。

「ん。ミッターマイヤーどうした」

 ぶつぶつ呟いている姿は傍から見たら危ない奴だった。

「き……」

「き?」

「きええええええええーっ!」

 突然、ミッターマイヤーが奇声をあげて、ルパートの顔面を殴った。唖然として居る間に、彼の首を締め付ける。

(俺としたことが、一瞬思考が停止して反応が遅れた)

「お、おいミッターマイヤー」

 ロイエンタールは慌ててミッターマイヤーの体を引き離そうとした。

「畜生!よくもエヴァを」とか「二人して俺をからかっていたんだな!」などと叫んでいる。

 どうやらミッターマイヤーが好意を向けていた女が、ルパートを選んだらしいとロイエンタールは認識した。

 通りかかったバイエルラインにも手を借りてミッターマイヤーを抑え込んだ。

(まったく手間を貸せさせやがって。俺達はもう若くないんだぞ)

 責任ある提督として醜聞は不味い。身の破滅を招く。

 ロイエンタールは廊下の壁に備え付けてある救急箱から鎮静剤を取り出し、手際良く注射する。

 幸い他に目撃者は無く、ミッターマイヤーをロイエンタールの私室に連れて行き、後は任せろと二人は返した。

 これから作戦が始まろうと言う時に、双璧と謳われる帝国軍の少将が錯乱したなどと噂が広がっては困る。 

 意識を目の前のミッターマイヤーに戻し、ロイエンタールは話しかける。

「俺は他人の家庭に口出せるほど立派な人間ではないが、もしお前が望むならルパートを消すのを手伝ってやるぞ」

 それは本心だった。ルパートには申し訳ないが、ロイエンタールは親友の為なら手を汚しても構わないと思っている。それ以外は有象無象に過ぎない。

 

 

 

 自由惑星同盟軍統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥のオフィスにビュコック、ウランフ、ボロディンの三人が呼び出されたのは10月2日の事だった。

 シトレは帝国側協力者からの情報提供により、近々帝国軍がフェザーン回廊で何らかの軍事行動を開始すると見ていた。

 そこで万が一、帝国軍がフェザーン回廊を通過して同盟領内に侵攻してきた場合を想定し、その対策として同盟軍のフェザーン派遣を検討させ、評議会に計画の見積もりを提出した。

 前回の提案で旨い蜜を味わえた議会の面々は、今回も簡単に承認した。そして準備段階として艦隊の動員令が発令された。

 三人は、初めてフェザーンへの艦隊派遣を打ち明けられ驚いた。

「行ってくれるかな」

 シトレが尋ねた。彼らは、ロボス派ではないがシトレに信服している訳でもない。断ろうと思えば断れる。ウランフとボロディンが視線を合わせビュコックに向かって頷く。

 年長者であるビュコックに従うと言う事で、その意を汲んでビュコックが代表して口を開く。

「わしらは、行けと言われればオーディンだろうがどこでも行く」

 ただ、兵は無駄死にさせられない。参加艦艇は3個艦隊合計で32,900隻、人員5,206,000名。行くならば当然、それなりの準備も必要だ。

「フェザーン側はこの件を了承しておるのでしょうか」

 ビュコックの疑問は当然の事だ。

 フェザーンが了承していなければ領土侵犯するのはこちら側になる。フェザーンが帝国に救援要請すれば問題は拡大する。

 地の利もない派遣した艦隊が待ち伏せなど受けたら、大きな損害を受ける恐れがある。問題点ばかりが目立った。

「当然承知している。現地では十分な支援を受けられるだろう」

 それならば良い。余計な敵を増やすのはご免こうむる。

「解りました。本分を尽くします」

 その後、ビュコックに大将への昇進の辞令と、真新しい階級章が渡された。

「おめでとう。これからも頼むよ」

「生前贈与ですかな」

 ビュコックの遠慮のない物言いにシトレは苦笑した。同盟軍の宿将がようやく相応しい地位についた瞬間である。

 

 

 

 僕はバイエルライン大佐に連れられて医務室で手当てを受けた。

 顔がひりひりと痛む。

(他人に殴られるなんて斗手格闘の訓練以来か)

 要塞の中に停泊している駆逐艦「ミステル」に戻った僕は、自室に戻り鏡で確認をする。

「ああ。まいったなぁ」

 頬が腫れ上がっていた。後は首にくっきりと手形が付いていた。

 あの時の兄さんの顔は恐ろしかった。あれが嫉妬に狂った男の顔と言う物なのか。

(まぁ、兄さんが姉さんに惚れていたのはしっていたけど、僕は悪くないよな?)

 自問自答する。

 今後、顔が合わせ難くなった。どうしようか。

 家族の皆はもう知っている事だし、兄さんにも知らせておくべきだと思った。伯母さんが「良いわ。私があの子に言っておくから」って言うのを僕が「自分で言います」なんて遠慮したのが間違いだったのだろうか。

 とりあえず、バイエルライン大佐には家族の問題なのでと言い口止めはしておいたし、変な噂が広がる事は無いだろう。

 兄の事は結構気に入っていたので早く仲直りがしたい。

「とりあえず姉さんに知らせておくか……」

 FTLでオーディンに連絡をする事にした。どうか、姉さんが怒りません様に。

 

 

 

 チャモチャの軌道上空に帝国軍の迎撃の為、革命軍の雑多な艦艇が集結している。

 艦種は、最終決戦に向けてかき集められ商船から改造された仮装巡洋艦や特設砲艦、急造の無人艦艇なども含んでおり、その数は6280隻。

 ムライは旗艦の巡航艦「オルニトミス」に座乗し、迎撃配置を全般指導していた。

「何とか形にはなりましたかな」

 傍らに立つパトリチェフが捲り上げた上着から見える筋肉隆々とした腕を組み、三次元に表示された配置図を見て言った。

「だと良いがな」

 そう答えるムライの表情は芳しくない。

 それも仕方ない。最初の迎撃は失敗し、革命軍は保有艦艇の半数を失い帝国軍は無人の荒野を走るような快進撃だ。

 現在判明している敵戦力は、前衛のレンネンカンプ艦隊だけで15,000隻以上。これに後続する本体を加えると4万隻以上で、兵力比ではおよそ6倍となる。

(火力指数の戦力比は考えるまでも無いか……)

 敵に致命傷を与えるには戦力も足りない。切り札はアルテミスの首飾りと呼ばれる迎撃衛星。これが頼みの綱だ。

 パトリチェフは豪快に笑い、ムライの不安を吹き飛ばすように言った。

「切り札の決戦兵器に、それを守る艦隊配置。攻めてくるのは圧倒的多数の敵艦隊。燃える状況ですな」

 史劇の題材には相応しいかもしれない。

「そうだな」

 

 

 

 監視衛星が破壊されると同時に敵味方識別装置の信号が途切れ、帝国軍襲来の報が革命軍に知れ渡るのに時間はかからなかった。

「撃ち方止め」

 漂う残骸の間を縫う様に帝国軍ミューゼル艦隊が先鋒として、チャモチャ宙域に侵入しつつあった。

 先日の遭遇戦以来、敵を追撃し戦果拡張を行っていた帝国軍は、チャモチャを目前にして組織的抵抗に遭遇した。

「少々、厄介な敵だな」

 ラインハルト・フォン・ミューゼル准将は金髪をかきあげ、幕僚たちにそう漏らした。

 戦艦「ブリュンヒルト」の艦橋では、ラインハルトが無人偵察機の偵察結果を確認し幕僚にそれぞれ意見を述べさせていた。

 変われば変わる物で、以前ならば幕僚に意見などを求めず、相談しても赤毛の親友だけで自分一人で総てを判断し決断を下していた。

「叛乱軍は軌道上に艦隊を集結中ですが、それ程脅威と言える規模では無いですね」

 先任参謀のアーメッド・モハメッド大佐が発言していた。その見解には全員同意しており頷く。艦艇数と錬度で、帝国軍は革命軍を遥かに勝っている。

「問題はこの軍事衛星ですね」

 情報参謀のネイサン・エンティンハ中佐は同盟からの亡命者で、アルテミスの首輪を当然知っている。

「アルテミスの首輪は単体では使えません。諸兵科混成で有機的な運用が基本で、長距離砲台と思っていただければ十分です」

 敵艦隊が十重二十重に囲んでおり、迂闊に手は出せない。

「廉価版だとしても、これが敵の本土防衛の切り札だな」

 ラインハルトは断言するように言った。

「どれ程の性能が有るか解らないので迂闊に手出しは出来ませんな」

 モハメッド大佐の言葉に現状が要訳されている。濃密な機雷原も構築されており、野戦築城の要塞とも言え、チャモチャへの降下作戦では障害となる。

 

 

 

 

 撒いた芽の一つが成果を上げた。

 帝国駐在の弁務官、ニコラス・ボルテックからの報告にルビンスキーはほくそ笑んだ。

 ヤン・ウェンリーを籠絡せり。

 地球教からルビンスキー監視に派遣された若い主教の青い目は、まだ全てを見通す能力は無くルビンスキーの工作に感付いた様子はない。

 同盟の知将をこちら側の切り札として手に入れたルビンスキーは、精神が高揚して来るのを感じた。

(いいぞ。俺の野心と浅知恵が総大主教猊下に叶うか楽しみだ)

 愛すべき家族と再会する為に、このゲームを降りるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

26.ブリキの王国終了

 

 フェザーンが喧嘩を売って来るとは思わなかったとは言わない。帝国はフェザーンの武力制圧を数十年も前から計画していた。ただ、フェザーンが隙を見せず介入する機会が無かっただけだ。

 カストロプの事件で越境作戦の前例を作った帝国は、最早、躊躇も遠慮もしなかった。全てを片づけるなら早い方が良い。帝国がその決断を下そうとした頃、ルビンスキーもまた、情報提供者によって時代の流れが変わったことを感じ取っていた。

 同盟、帝国、フェザーン。三者の均衡は崩れたのだった。

 現在帝国軍は、10万隻以上の艦艇を揃えようとしていた。ただ艦艇だけを揃えて浮かべるなら無人艦艇でも良い。それを成し遂げる技術はある。

 それは帝国が始めて迎える総力戦であり、神々の黄昏作戦の本質で終わりの始まりに向けての大規模な動員である。

 同盟は本腰を入れていなかった帝国相手に総力戦を挑んでいた。今まで以上に力を入れてきた帝国を相手にするのは至難と言える。

 軍事作戦としては、アンラック方面とは別にフェザーン方面で投入される戦力が7万隻以上を予定していた。各地の工廠で艤装が済み次第、送り込まれている。帝国の経済全体に与える影響も大きく、特需に市場は活性化していた。

「これは、悪逆な叛徒を一掃する聖戦である」

 皇帝の聖断が下り、挙国一致していた。

 長きに渡る戦乱に終止符を打ち、本年中に全ての叛乱勢力を一掃し銀河を統一する。

 それが帝国の方針でリヒテンラーデ侯をはじめ多くの貴族も納得していた。

「いよいよ皇帝陛下も腰を上げられた。我等貴族も本気に成らねばならんぞ」

「新領土総督はブラウンシュヴァイク公か?」

 これだけの動きが同盟に察知されない訳がない。防諜管理も行っているが人の口に戸をたてれないのと同様に、大規模出兵の噂が広がっていた。

「帝国は叛徒を討伐する為に本腰を入れた。フェザーンもどちらに付くか決断する時が来た」

「イゼルローン要塞を落としたとは言え、同盟は勝てるのか?」

 フェザーン側には協力者を通して情報が筒抜けだった。同盟は艦艇と人的資源の消耗が回復していない。現状から考えれば、同盟とフェザーンが協力しても帝国に太刀打ちできる訳が無い。

 ルビンスキーは、フェザーンの敗北を当然のように受け止めていた。最後に生き残りさえすれば良い。

 

 

 

 10月5日。チャモチャの周回軌道を囲むように帝国軍の艦隊が布陣している。幾つも輝く光点の煌めきが、そこに艦艇が存在していることを現していた。一見、美しい幾何学的模様を漆黒の宇宙に描いているが、それはあくまでも革命軍を討ち滅ぼそうとする討伐軍だ。

 後方の軍務省や統帥本部では圧倒的艦艇数の戦力差で、揉み潰せと言う大胆な意見を提案する者も居たが、現場ではそう言う訳にもいかない。

 兵の損耗は将の指揮を問われる。闇雲に攻撃を行い戦力を失えば今後、納得して従う者など出てこない。

 クルーゼンシュテルン中将の旗艦に、麾下の各分艦隊司令が集まっていた。

 皆、実戦経験豊で、闇雲に突撃しようなどと言うバカではない。

「右翼集団は迂回機動で敵艦隊を牽制し、可能であればアルテミスの首飾りから誘引してもらう」

「お任せ下さい」

 クルーゼンシュテルンの指示に、シュタインメッツ少将は自信満々だ。

 カストロプ鎮圧では地味な封鎖を実施し、決定的な勝利に寄与できなかった。今こそ武勲をあげる好機だと張り切っていた。

「前衛は後衛と交代し、予備隊として待機してもらう」

 後衛を指揮するのはグリューネマン少将。戦力的にはレンネンカンプよりは少ないが問題は無い。

 若いが同盟軍相手に実戦経験を積んでおり、将来を嘱望されている。

 しばらくは休んでいてくれとクルーゼンシュテルンが言い、レンネンカンプは配慮に感謝し了承する。

 ここ数日、戦闘続きで確かに疲労は蓄積されていたからだ。

「右翼の牽制が成功した場合は、敵艦隊の撃滅を優先する。成功しなかった場合は、力押しで正面攻撃になる」

 その言葉に各指揮官は納得はできない。そんな安直な手など貴族のバカ子弟でも立てられる。

 アルテミスの首飾りの火力支援がある敵艦隊との交戦は、こちらも無傷で済まない。出来れば、それは避けたいところだ。

「よろしいですか?」

 末席に連なる年若い少将が発言を求めた。

「うん」

 レンネンカンプに替わり前衛となるケーリヒ少将だ。

 状況の打開策があるなら歓迎する。クルーゼンシュテルンは発言を認め頷く。

 期待を込めて全員の視線が集中する。

 ケーリヒはいささか緊張しながら発言した。

「さすがに正面攻撃はこちらにも損害が出るので、ちょっと考えてみたのですが……」

 三次元で表示されたチャモチャ星周辺。その近くにある小惑星帯を指差す。

「こいつを利用できないでしょうか? あの難攻不落のイゼルローン要塞は、恒星を破壊する事でその熱量や質量を使い、陥落させられました。それよりも小さいアルテミスの首輪ならば、もっと簡単に壊せるのでは無いでしょうか」

 そう説明した。

「なるほど、そいつをぶつける訳か! 上手くすればこちらの艦隊は無傷で勝てるかもしれませんな」

「損害を抑えられるのならやるだけの価値はあるな」

 意図する所を理解したシュタインメッツが賛同する。 

 正攻法の戦闘指導ではシュタインメッツも十分有能な指揮官である。

 士官学校で指導教官も担当していただけの事はあり、正統派の制宙権の確保を目的としたやり方だ。

 0745時。帝国軍の先制攻撃によって、アルテミスの首飾りを廻る戦いが始まった。

 まずは陽動としての攻撃だ。

「頑張れよ~」

「大物を沈めて来いよ!」

 整備兵の歓声に送られて、ワルキューレの編隊が出撃していく。

 その様子をシュタインメッツは、スクリーンに映し出される映像で確認していた。

「攻撃隊の発艦が完了しました」

 航空参謀甲の報告にシュタインメッツは頷く。

 陽動を行う場合は、実際にその方向から攻撃を行う様に、部隊の一部を移動させたり、偵察を送り込まなくてはいけない。

 シュタインメッツは教科書通りと言ったら聞こえが悪いかも知れないが、それらの動きを取る事で革命軍の注意を引いた。

 攻撃側は圧倒的戦力差の場合、確実に脅威を排除して戦果をあげようとする。

 第一に狙われたのは外延部の哨戒艦。次に防空艦、そして主目標と言った攻撃手順と成っている。

 革命軍の戦闘宇宙哨戒についていたスパルタニアンが、それに対応する。

「来たな! ウィスキー、ラムは俺に続け」

 ポプラン、コーネフはそれぞれ48機のスパルタニアンを率いて帝国軍を迎え撃った。

 敵の数を見てポプランは口笛を吹いた。 

「喰い応えがありそうだな」

 帝国軍ワルキューレの数は圧倒的に多い。口元に笑みを浮かべると、緊張している部下に声をかける。

「一番多く落とした奴には、帰ったら隊員クラブで奢ってやる」

 ポプランの言葉に歓声が無線から返ってくる。

『約束ですよ!』

 撃墜数を稼ぐには良い機会だと部下も張り切っている。

 錬度と士気、どちらが欠けても勝率は落ちる。一人でも多く生還させる為に、部下の士気を上げる事も指揮官の勤めだ。

 星の大海を飛翔してスパルタニアンは急速に距離を詰める。

 まずは一機目。ポプランは体に染み込んだ動作で作業的に標的を叩く。

 照準レティクルに標的を捕える。

「いただき!」

 ワルキューレがビームに引きちぎられる。

 そのまま敵の編隊に突っ込み、射線上にいた列機も撃墜する。

 一撃離脱。感情が沸き立つような物はない。

 そして旋回し反復攻撃する。

「しっかりとついて来いよ!」

 錬度の低い革命軍には、格闘戦を行うなと指示している。共同戦果でも良いから数機で一機を屠るよう教育していた。

 次の獲物を探してポプランは周囲を見回す。

 有視界戦闘では計器の確認だけではだめだ。自分の目も鍛えなくてはいけない。

 今の所、自分の生徒たちは上手く戦っている様だ。

 応援に上がってきた革命軍のスパルタニアンが加わり、帝国軍のワルキューレが激しい戦闘を繰り広げる。

 そしてその迎撃を掻い潜った帝国軍の攻撃隊は艦艇に襲い掛かった。

 ワルキューレの猛攻に革命軍は戦列を搔き乱される。

「前進!」

 シュタインメッツの号令で、そこに右翼集団が突っ込んで行く。外縁部に位置していた駆逐艦が帝国軍の砲火を浴びて撃沈される。後続する艦艇が警戒線に開いた穴を塞ごうと前進する前に、帝国軍宙雷戦隊が入り込む。

「艦隊戦とはどう言う物か教えてやれ!」

 抑制された動きで、敵であるはずの者も見惚れる艦隊機動だった。

 

 

 

『陽動でしょうか?』

 帝国軍右翼集団の動きにパトリチェフがムライに問う。錬度の高さを感じさせる動きだがその分、疑念を抱かせた。

 普通に考えれば敵の攻撃圏内で動きたくはない。出来るなら自分達にとって有利な状況下での戦いを望む。

「おそらくそうだな」

 自分達革命軍側が、帝国軍より少ない火力を有効に使うには戦力の集中しかない。

 ムライはアルテミスの首飾りが持つ援護の傘から出るつもりはなかった。

「守りを固め敵の手には乗るな」

 自分達にとって有利な土俵に敵を引きずり込む。上手くすれば帝国軍に一矢報いるどころか、今回の戦いに限れば逆転できるかもしれない。その様に考えていた。

『勿論です』

 手の内は読めたが、放置はできないので迎撃だけはする。

『ではいってきます』

 パトリチェフの予備隊が突出した帝国軍を半包囲で叩く。

 革命軍の中では比較的、質の良い部隊で、巡航艦と駆逐艦で構成された高速打撃部隊だ。

「撃て!」

 艦の配置と火網の配置は、隣接する艦との間隙を相互に補うものだ。凹面鏡に突っ込むような物で、前方のみならず、側方・後方から数十万のビームが交差し、帝国軍先頭集団で火球が広がる。

 この場合の対処法は、両翼の凸部分――突角がこちらにとって凹状態で叩けるわけだが、長居をするつもりはない。

「よし、計画通りに食い付いてくれたな。後退するぞ」

 シュタインメッツはすぐに攻撃を中止して引き上げる。

 後退して革命軍を釣り上げるのがシュタインメッツの任務だからだ。

「帝国軍が逃げたぞ!」

 実際は一時的に後退しただけだが、圧倒的有利なはずの帝国軍を退けた。初めての勝利に革命軍は興奮する。

「追撃の許可を下さい!」

 ムライはいきり立つ各級指揮官を抑える。消耗戦に引きずり込まれれば、こちらの負けだ。

「全艦攻撃停止。追撃は無用だ」

 彼我の動きを双方が注視している。

 革命軍はムライが戦列を立て直し追撃して来ない。 

「上手くは乗って来ないようだな」

 クルーゼンシュテルンの言葉に参謀長の少将が応じる。

「それでは、ケーリヒとグリューネマンに前進命令を出します」

 帝国軍左翼と前衛が前進開始する。この動きに革命軍は備える。

「あいつら、正面からぶつかって来た。力押しするつもりか!」

 野蛮人めとムライは思った。

 アルテミスの首飾りが、戦艦の主砲を超える長距離射程で、前衛に被害を与える。

 これも帝国軍にも想定の内で、レンネンカンプ艦隊が作業を終えるまでの時間稼ぎだ。

「いい気になって撃ってろ。すぐに立場は逆転する」

 小惑星帯で作業をしていたレンネンカンプ艦隊から、待ちに待った報告が来た。

「レンネンカンプ艦隊より入電。出発準備完了との事です」

「よし! 作戦開始だ」

 小型の燃焼機関と動力を大量に取り付けられた小惑星が射出された。

 後は、チャモチャ重力に引かれ慣性で自由落下するだけだ。

 直径100km以上で戦艦などを超える大きさ。それだけでも、十分、質量兵器となって脅威だ。

 襲いかかる数も10や20と言った数では無く、100を軽く超える。

「新手の敵艦隊出現!」

 革命軍は帝国軍の物量にうんざりした。しかし自分達にはアルテミスの首飾りがあると安心していた。

 余裕は直ぐに絶望へと変えられた。

「何だあれは!」

 帝国軍の艦艇が散開したと思った瞬間、後方から巨大な岩が次々と射出された。

「げ、迎撃しろ!」

 各戦隊は迫りくる隕石から回避運動を執りながら、迎撃の弾幕を張る。

「撃て撃て、弾幕を切らせるな!」

 砲撃やミサイルで破壊は出来ない。表面の破片を撒き散らすだけだ。

 戦艦や巡航艦もぶち抜き押し潰し、破壊しながらアルテミスの首飾りに向かって飛翔する。

 金属鉄やケイ酸塩鉱物の塊が破片となってさらに、飛び散り周囲に被害を与えていった。残骸が新たな残骸を生み、質量がそのまま兵器となる。

 革命軍に与えた恐怖と衝撃は凄まじい威力であった。

「うろたえるな! 各艦、間隔を開け、隊形を崩すな」

 パトリチェフも戦列を立て直そうとするが、指揮所ごと押しつぶされ戦死する。

「何て奴らだ。やられたな……」

 ムライにはそれが何であるか解った。

「イゼルローンで我が軍が使った手か」

 衝突のエネルギーは凄まじく、被害は甚大でアルテミスの首飾りは次々と破壊されていく。

 せっかく準備された貴重な艦艇が無残に破壊されて、艦隊戦などすでに出来る状態ではない。

 ムライには、破片が地表に落着しない様、迎撃の命令を出すぐらいしか手は無かった。

(これ以上の戦闘は無意味だ。地上部隊を収容して撤退するしか無いな)

 帝国軍は潰走しつつある革命軍に、さらなる圧力をかけるべく砲火を強める。

 落着する隕石の多くは大気圏の摩擦で燃え尽きるが、生き残った欠片は地上にも甚大な破壊をもたらし、大混乱となった。

 

 

 

「よし。予定通り地上部隊を降ろそう」

 帝国軍が正面攻撃で敵艦隊の注意を引いている間に、チャモチャに落着する隕石群に混じり揚陸艇が革命軍の警戒を掻い潜り降下する。

 実際の所、防空レーダーは隕石落下によりほとんど無効となっている。

「これが成功すれば、名をあげれるぞ」

 リューネブルクはそう言ってハルオを送り出した。

(冗談じゃない。カストロプの鎮圧から帰って来たばかりだと言うのに……)

 ハルオは愛犬のブクの写真を眺めていた。

(帰ったら散歩に連れて行ってやらないとな)

 手柄より、生還する事が望みだった。

 一年中霧が覆っている北極海。そこに浮かぶブリキン島。降下地点には最適で島には人の気配も無かった。

「人員・装備異状無し」

 中隊の集結は無事成功し、先任からの報告を受けた。

「まずは降下成功だな」

 潜水艦が降ろされるのを待ち、ハルオの中隊は海路で首都のメカポリスを目指す。

 中隊の任務は後方撹乱。可能であれば友軍の降下時、敵の戦力を分散させ支援すると言う事だ。

 

 

 

 10月9日。メカポリス沖合いに多数の艦艇が集結していた。

 民間船舶だけでなく、駆逐艦や巡洋艦、そして戦艦もいる。

 元はアンラック公国海軍に所属する海防戦艦「トリステイン」。現在、他の艦艇と共に革命軍が接取している。

 仰ぐ旗が変わっても海軍の任務は変わらない。海上交通路の哨戒、沿岸部の警備、海難救助と多岐にわたる。

 軌道上での邀撃が失敗した以上、敵が降下してくるのは明白だ。

 だが、今はそれ以上に問題があった。

 降り注ぐ隕石によって、気象が大きく狂い被害が各地で巻き起こされている。

 首都も無傷ではなく、西部工業地帯は壊滅的打撃を受けていた。

 沿岸部で火災が発生している。

 黒煙が舞い、油脂の焼ける臭いが沖合いにいる「トリステイン」の艦上にまでやって来る。

 艦長のチュ・ドーン大佐は相貌を歪め、憎々しげに呟いた。

「悪魔どもめ」

 海軍も艦艇と航空機を動員して、救助を支援していた。

 ナポギストラーは首都の建て直しを第一として、戦力を終結させている。チャモチャの他の地域では、救助の手が足りず困っている人々が放置されている。

 納得は出来ないが理解は出来る。首都が陥落すれば、この革命も終わるからだ。

 

 

 

 対潜哨戒の警戒は無く手薄だった。

(まぁ、こちら側の行ったアルテミスの首飾り攻撃の余波を食らったのだから仕方がないといえば、仕方がないが)

 ハルオは物にぶつかりながら狭い艦内の廊下を移動して来た。士官室で小さな机をはさみ最後の状況確認を行う。艦長はハルオとそれ程年齢も離れていない、まだ20代前半と思われる幼い顔立ちをしていた。

「戦果は予想外に大きかったようです」

 薄暗い電灯の光の中、艦長の説明によると、落下物によって死者が出るなど各地で大きな被害が出ているそうだ。その説明にハルオは頷く。

「なるほど。それで敵の警戒が手薄だった訳の説明がつきますな」

 敵前上陸は訓練とは違う。用心するに越したことはない。

 上陸を行う前に乗艦していた船が沈められるかもしれない。そう思っていたが、ハルオの中隊は問題無くここまで来れた。

 災害派遣で多くの人材が駆り出されており、自分達のような特殊部隊や工作員による騒擾を敢行した際の防衛計画が立案されているとは思えなかった。

「陸の方も同様です」

 先行して上陸させた斥候の報告によると、海岸を守っていたのは革命軍の歩兵1個大隊で、定時の巡察が辺りを見回りしていた。陣地はまともな着上陸があるとは考えていなかったようで、地雷も埋設されておらずろくな状態ではない。拍子抜けする警戒の薄さだった。

「こいつら、帝国軍なら懲罰物だな」

「まったくです」

 ハルオの言葉に先任も同意する。

「それでは仕事にかかるとするか」

 ここまで運んでくれた艦長に礼を言い、気密室に向かう。

 海中にも障害物は無く、上陸は無事完了した。

 大気圏で燃え尽きずに落着した隕石や、デブリによって各地は混乱している。

 これは進攻作戦を行う軍事活動では有利となる。

 占領後の宣撫工作は、治安の回復やライフラインの復旧を行えば自然と民衆の心を掴むのは容易い。

(それまでは、せいぜい地獄を見てもらおう)

 ハルオの中隊は、薔薇の騎士連隊が帝国領内で行った後方撹乱をそっくりそのまま再現するだけだ。

 

 

 

 市内中央部にある革命軍の中央指揮所。

 そこに幼いころ帝国から亡命し同盟軍の将官となった男は居た。

「アイフェル4番地の交差点で爆発発生。死傷者多数の模様」

「プァルツ病院が爆破されました。警察だけでは人手が足りません!」

「ウルムから後方支援連隊を出せ」

 次々と入ってくる報告は料理の鍋をぶちまけたような喧騒だ。

 ワルター・フォン・シェーンコップは敵が侵攻してきた場合、自軍が極めて不利な状況に置かれる事を自覚していた。

(制宙権は失われ次に行われるのは、地上部隊の降下。圧倒的な戦力でこの星を制圧するのは簡単だろう。自分が指揮官として出来る事は限られている)

 市内の被災地救援に警察や軍が動員されており、防御態勢も怪しい。

(この状況なら、一挙に司令部まで浸透突破される恐れがある)

 ナポギストラーさえ押されば、この戦いも終わりだ。

(自分ならその手を使うな)

 連隊は各重要拠点の防御の為、各地に分散させていた。もちろん、自分たちだけではなく現地部隊が主となり、補完する形をとっている。

 お陰で、手持ちの兵力はない。

(まずいぞ)

 シェーンコップが各中隊を呼び戻そうとそう思った瞬間、外から爆発音が響いた。

 アラン・コスナー伍長は帝国軍の指揮所襲撃で革命軍最初の戦死者となった。

「うっ……」

 正門にいた彼は、眉間に実体弾の射撃を受けて、脳漿をぶちまけて倒れた。

「あれ?」

 上番していた警衛司令のチャールズ・テイラー中尉は、警衛所からその姿を見た。

 最初は、あいつ何をしているんだ、ぐらいにしか思わなかった。

 次に、倒れたコスナー伍長の頭部から流れ出る血を見て異常事態の状況を悟った。

「て、敵襲!」

 そう部下に告げた瞬間、警衛所に黒い物体が投げ込まれた。ころころと床を転がる物体に視線を向けて捉えた物体は、手榴弾。

 爆発と共に、窓ガラスが砕け散り、扉が吹き飛ばされる。

「ナポギストラー拘束を優先する。ナポギストラーを逃がすな」

 ハルオは道に転がった警衛所の扉を踏み締めながら指示を出した。

 革命軍の反応が遅かった訳ではない。

 帝国軍が戦力的に優位だったから、多くの手段が選べただけだ。

 ハルオの中隊は警備の警衛を排除し、中央指揮所の敷地内に踊りこんだ。

 通信妨害も実施し外部との連絡を遮断した。市内が混乱状態であるため、司令部との連絡が途絶えてもそれ程不審な点はない。

(敵の増援が来る前に片づけねばならない。俺達の手で叛乱の決着をつけてやる)

この時、ハルオは野戦指揮官として最も脂の乗り切った時だった。

(良いぞ! 奇襲の効果で、敵の抵抗は軽微だ)

 後はナポギストラーの逃走を阻止できるか、時間との勝負だ。

 中央指揮所の中にある執務室で、ナポギストラーは寝食の生活を行っている。

 連日の敗戦と重圧から最近は薬物に頼るようになっていた。それでも責任感から、疲労困憊しながら指揮を執っている。

 アルテミスの首飾りが破壊され制宙権が損失した。そして降って湧いた隕石落下による災厄。

 正常な判断を行うには、事態が悪化し過ぎている。

 短いが貴重な仮眠をとっていたその時、ネジリンがやって来た。

「閣下! 敵が侵入して来ました。退避を願います」

 浅い眠りだったのですぐに状況が理解できた。

(遂にここまで敵がやって来た)

 部下は逃げろと言う。だがナポギストラーはそれに同意しない。

「司令官が真っ先に逃げ出して将兵がついて来るとは私には思えない。私が逃げる事は、我々の大義を否定する事になる」

 それに私が死んでも革命は終わらないとナポギストラーは述べた。

 ネジリンはナポギストラーの瞳の中にある決意を読みとると、諦めと同時にこの男についてきて間違いなかったと感じた。滅びるのなら彼と共に滅びようと決意を新たにした。

「分かりました。少しでも敵の侵攻を食い止める為、私も行ってまいります」

「すまんな」

 ネジリンは今生の別れに綺麗な敬礼をして退室する。

 廊下では激しい銃撃戦が発生していた。

 近接戦闘に於いて後方の司令部要員と実戦部隊では、戦闘技能に雲泥の差が在るのは当然だ。

 帝国軍装甲擲弾兵は選ばれた精兵であり、ハルオの中隊も数多くの戦闘を経験している。だからこそ今回の司令部銃撃に選ばれた。ここで対抗できるのは薔薇の騎士連隊ぐらいだ。

 突然、革命軍の抵抗が激しくなった。

(指揮官が変わったのか?)

 すぐに気がつき、ハルオは距離を開けるよう指示を出した。

 そして廊下の先に装甲服に身を包んだ集団を確認した。

『ここから先は、同盟軍薔薇の騎士連隊が行かせんぞ』

 シェーンコップの綺麗な帝国公用語がハルオの耳を打った。

「薔薇の騎士連隊だって?」

 相手にとって不足は無いが、厄介な敵だ。

 薔薇の騎士連隊が、革命軍に加わっている情報が知らされていた。しかしここの警備に兵を割いていたとは予想外だった。

(撹乱と言う意味では自分の中隊は、もうこれだけで十分成果をあげている。後は主力の降下まで適当に姿をくらませていても良い)

 だが、この戦いを早く終わらせる事が自分には出来ると気付いた。

(英雄になろうと言う訳じゃないが、やってやる)

 ナポギストラーを捕らえる為にハルオは薔薇の騎士連隊との戦闘を選んだ。

「叛徒が威勢の良い事を言うな。帝国軍の真髄を見せてやる」

 ハルオは前進継続を指示する。

 連隊本部と本部管理中隊だけとは言え、さすがは薔薇の騎士連隊連隊だと唸らせるものがあった。

 ナンバー中隊でなくても、その白兵戦技量が帝国軍の一般部隊よりも上なのははっきりと分かった。

「やるな」

 薔薇の騎士連隊が複合鏡面処理を施した盾で、レーザー・ビームを反射させながら突撃して来る。

 炭素クリスタル製の戦斧によって部下が倒されていく。飛び散る鮮血と悲鳴に怒りが掻き立てられる。

「まともに相手をしてられるか。遊びじゃ無いんだよ」

 ハルオは対物ライフルで狙撃するよう命じた。大口径の実体弾なら貫通できる。

 装甲車すらぶち抜く威力はここでも遺憾無く発揮された。

 シェーンコップの傍らで闘っていたカスパー・リンツが仰け反り倒れる。

「リンツ!」

 シェーンコップが振り返ると、リンツは頭部を撃ち抜かれ脳漿や頭蓋骨の断片を鮮血と共に撒き散らして血の海に沈んでいた。

「くそ!」

 執拗な射撃で指揮官ばかり狙い撃ちされる。

 長い廊下では良い的だ。ここでは分が悪い。

「後退する!」

 戦死者の遺体を回収する余裕はない。

 安全ピンを抜き発煙手榴弾を転がす。煙幕に紛れて薔薇の騎士連隊は撤退した。

 

 

 

 擲弾の破片が、密集していた敵の真ん中で炸裂した。

 装甲服も着ていない、通常野戦服の司令部幕僚では、ただの的だ。

 ハルオの中隊は転がった死体が本当に死んでいるかを確認しながら廊下を進む。

 すると、床に倒れていた一人の男がハルオの足首を掴んだ。

 腹から臓物が出ており瀕死の重傷なのは一目でわかる。蓄えられた口髭から高級将校である事がハルオには分かった。服装は端正にいておくのは軍人の務め。髭を伸ばせると言う事はそれなりの地位と言う事だ。

「死ぬ前に答えろ、ナポギストラーはどこだ?」

「貴様らごときに閣下の理想を邪魔立てはさせん」

 ネジリンにはハルオ達が権力の走狗に見えた。自分たちの正義を邪悪な力で踏み躙ろうとする矮小な悪魔ども。

 血に汚れながらも、憎悪に瞳は燃えている。

「あっそう」

 尋問をしている時間も惜しい。協力しないなら用は無い。

 ハルオは躊躇することなく、戦斧でネジリンの頭を叩き割り先に進む。

 敵の首領はもう目前だ。

「ここか」

 扉が爆破され指揮所の中に装甲擲弾兵がなだれ込んだ。

 高級将校が椅子に腰かけ待ち構えていた。資料で見た革命軍の指導者だ。

「ナポギストラーだな。投降しろ!」

 ハルオの言葉にナポギストラーは不敵な笑みを浮かべる。

 火薬式拳銃に片手を伸ばす。

「生き恥を晒すつもりはない」

 大義の為にこそ命を捨てられる。それこそ革命家の道だと信じている。

「やめろ!」

 ナポギストラーの意図する事を読みとり駆けよって来るが、それより早く眉間に銃口を当て引金を引いた。

 撹拌された脳漿が床に飛び散る。

「くそ……」

 口元に笑みを浮かべたまま頭部を吹き飛ばしたナポギストラーの死体を前に、ハルオ忌々しげに溜息をつく。

(殉教者を作ってしまった。逃走中に射殺したと言う事にしておこう。その方が外聞は良い)

 司令部にはそう報告する事にした。

 

 

 

 残存艦艇を纏め上げようと指揮していたムライの下に、司令部陥落の報告が来た。

「誤報ではないのか?」

 ただの連絡不調、それによる誤報かと考えられた。

「いえ、襲撃を受けて陥落したそうです」

 帝国軍は既に地上軍を降下させていた。手際の良さに感心すら覚える。

(向こうには薔薇の騎士連隊も居たはずだ。それさえ退けたとすると、少数精鋭の特殊部隊か)

「ムライ少将。我々はどうなるのでしょうか」

 副官のラオが不安な表情を浮かべて、皆の疑問を代弁した。 

 ここから同盟領まで無事帰還できるとは考えられない。ならば投降すべきではないかと。

「敵地上軍の本格的降下はまだだ。それにやる事は残っている」

 革命軍への義理は果たした。これ以上に何があると、全員がムライに注目する。

「地上に残っている、友軍の救出だ」

 ここで言う友軍とは、軍事顧問として送られた薔薇の騎士連隊だ。

 通信回線が開かれシェーンコップが呼び出される。

「こんなこともあろうかと、連絡手段を用意していて良かった」

『ずらかるんですね』

「時間はない。一度だけだ」

 帝国軍はこちらに対する掃討を続けている。いつまでの耐えれる訳ではない。

 救出のため地上に近付くのは惑星の自転周期に合わせて一度だけだ。

『深刻に考えなくても良いですよ。捕虜になっても、戦死しても皆一緒ですから』

 軽口を叩き敬礼すると、シェーンコップはスクリーンから姿を消した。

 

 

 

「これで終わったな」

 クルーゼンシュテルン中将は、チャモチャに降下する地上軍の支援と、周囲の残敵掃討に艦隊を振り分けを命じた。

 敵の指揮機能の破壊。それにより組織的継戦能力を奪い、早期制圧を実行すると言う計画だ。

 軌道上で革命軍の残存艦艇掃討が進められる一方で、中央指揮所が陥落した後、帝国軍は本格的降下作戦を始める。

 日没と同時に帝国軍の準備攻撃が始まった。軌道上からの艦砲射撃は首都攻略をを目的に、北半球に集中された。地ならしの後、ワルキューレが残った抵抗拠点や火砲を空爆で片づけて行く。装甲擲弾兵が降下するのは、脅威が排除された後となる。

 メカポリス沖20キロに停泊していたドーン大佐の指揮する海防戦艦「トリステイン」も空からの攻撃を受けていた。

 夜間であろうと電子の目は欺けず、精密爆撃で僚艦が沈んでいく。

「『レンフリード』被弾。『ウシジマ』沈没!」

「『ツクシ』より入電。我、操舵不能」

 次々と被害の報告が入ってくるが、こちらの戦果は芳しくない。

「方位1-9-0より新たな敵編隊が、本艦に向かってきます!」

 スプレッドと呼ばれる編隊を組んでワルキューレが「トリステイン」に向かって来る。海軍もまた滅びようとしていた。

 

 

 

 ラインハルトの指揮する分艦隊も対地支援としてチャモチャに降下する。

「敵宇宙艦隊は壊滅。大気圏内の機動能力を有する航空戦力もほぼ撃破しました」

 情報参謀の報告にラインハルトは、キルヒアイスの差し出した情報端末を操作し確認する。

 地上での掃討なども残ってはいるが宇宙艦隊を撃破し司令部を陥落させた以上、旧アンラック領の解放は一段落ついたと考えられる。事後は抵抗勢力を排除して治安回復に努めるのが主要任務となる。

(戦後の賠償請求を取れる訳でもないし、帝国は復興に力を貸さねばならない。厄介事だな)

 自分の考える事ではないと、思い直して苦笑を浮かべる。

「残る脅威は洋上艦隊ですな」

 中核となる戦力は海防戦艦。他の艦艇と同様レールガンとミサイルで武装している。

「空も飛べず浮かんでいるだけの船など鎧袖一触だ。脅威と言える物でも無い」

 ラインハルトはその様に切り捨てた。

 まともな戦力とも言えない敵の討伐で時間を取るのは、人生の無駄だとラインハルトは思っている。彼が求めるのは対当かそれ以上の敵。自分が全知全能をかけて戦える敵だった。

 彼が望む同盟軍との再戦には、今少しの時間が必要であった。

 帝国軍は圧倒的航空優勢で制空権を握り地上軍を降ろした。まずは首都の確保であり、他の地域は後回しとなる。

 サブロー・カタクラ中尉の指揮する偵察小隊は川沿いの道を進んでいた。当然のように舗装されていたが、今では掘り起こされており通れる箇所を見付ける方が大変だ。

 敵の増援を阻止する為とは言え、自分達の進撃まで速度が落ちた。

(撃つにしても後先考えて欲しいよ)

 装輪装甲車から半身を出して周囲を見ながらサブローはそう思った。

 交差点に差し掛かると、車体が少し浮き上がる感じがした。

 爆発と同時に右の前輪が吹き飛んだ。

「くそ!」

 続けて通りに面した民家から銃火が降り注ぐ。首を引っ込めて敵の方向を注視する。白い庭付き一戸建て。窓から機関銃を撃って来ている。

(ああ。あんな家、俺の給料では買えないな)

 そう思いながらも敵情を分析する。

(他に敵の姿は見受けられない)

 火点の位置を確認して機銃手に指示を出す。

「1時方向、敵散兵、民家だ。撃て!」

 砲塔が回転して機関砲が制圧射撃の為、放たれると民家の窓が粉砕されて庭の芝に木片を撒き散して行く。

 

 

 

 10月13日。アンラック大公国における叛徒の扇動による革命の鎮圧が終了。帝国軍は治安回復の為、しばらくは同地に駐留する事になる。

 以上の報告がフェザーンに届いた。

 獲物を狩り尽くした猟師が次に狙うのは、自分たちだ。

 敏感にその空気を感じ取ったフェザーン人は行動を開始する。

 フェザーン駐在の帝国高等弁務官事務所。そこでは、帝国とフェザーンを結ぶ窓口として様々な業務をこなしている。

 正午が近い。午前中の業務もそろそろ終わる。

 手続きで並んでいた来訪客の列が途切れ、一等書記官であるバド・ロバーツは、一息入れようと何気無く窓の外を眺めた。

 敷地と外界を隔てる塀の外には、フェザーン警備隊と治安警察の地上車が集まっていた。

 予備役中尉である彼は、戦場特有の殺気に気付いた。

 装輪装甲車から武装した警官隊が降りて来る。元は対反乱鎮圧や暴徒鎮圧を目的とした軽歩兵程度の貧弱な装備だが、銃は人を殺すには十分な威力を持っている。

 殺気が窓を通してもこちらに伝わってくるのが分かった。

「おい何事だ!」

 帝国の警備兵が門の内側で騒ぎ出し、集まり出した。

 弁務官事務所の敷地内には常時、帝国軍の1個小隊が警備の為、駐屯している。

 敷地の内側は外交官特権に守られた治外法権の場所だ。

『武器を捨て道を開けなさい』

 警察からの言葉に驚いた。

(まさか、やつらこっちにやって来るつもりか)

「何を馬鹿な事を言っている。この敷地は帝国領だぞ……おい、何をする。待て!」

 警備兵の制止の声を振り切って、装甲車が突入して来る。

「射撃用意」

 指揮官の怒声がこちらにも聴こえて来る。

 ロバーツから見て同胞とは言え、装甲車相手では無駄な抵抗である気がした。

「撃て!」

 警備兵も果敢に抵抗するが小火器しか持ち込んでいない。装甲車相手では当然のように制圧される。

 帝国本土に急を知らせねばと、FTLの回線を帝国に繋ごうとするが電波妨害を受けているらしく繋がらない。

「何だ、何事だ!」

「フェザーンの奴らどう言うつもりだ」

 廊下の外も騒がしくなって来た。

 バドの執務室にも武装した警察官が乗り込んでくる。

「全員その場を動くな」

「無礼な!ここをどこだと思っている。この敷地内は帝国領だぞ」

 上司が怒鳴り返していた。

(そうだそうだ。言ってやれ!)

「手を見える所に上げろ。不審な動きをすれば射殺する」

「お、おい!」

 抗議の声を無視して警察官は、職員を次々と拘束していく。

 

 

 

 10月15日。

 艦艇32,900隻、人員5,206,000名の同盟軍が、歴史上初めてフェザーン領内に足を踏み入れた。

 スクリーンにフェザーン回廊を構成する星の大海が広がっていた。

 予定宙域で同盟軍はフェザーンの警備艇と会合し、ほっとした空気が艦内に流れる。

『歓迎する。フェザーンへようこそ』

 道先案内の警備艇から信号が送られてきた。

「ここがフェザーンか」

 ビュコックは感慨深げに言った。ここから先は未知の航路だ。

 長老会議に同盟軍到着の報告が届いた。

 スクリーンに静々と誘導されて、フェザーン領内に進駐して来る同盟軍の艦隊が映し出される。

 見るからに頼もしい、煌めく光点の群れ。その光に幻惑されたのか誰かが叫んだ。

「フェザーン万歳!」

 事前に用意された扇動者だが、一人が動けば数人が動く。数人が動けば群衆心理で我も我もと皆が動き出す。それに唱和する者が現れ、大きく広がっていく。

 全ては意思統一という目的の上で描かれた台本通りに進行している。

「打倒銀河帝国!」

「ゴールデンバウム王朝を倒せ!」

 ルビンスキーは熱狂する人々とは別に、冷めた表情でその様子を眺めていた。

 これまでの会議で帝国に利権を持つ者と同盟に利権を持つ者に別れて討論は続けられていた。当然、同盟と手を結ぶと言うことに対して強い反発はあった。

 ルビンスキーが先手を打って、不満分子を一網打尽にしていなければ自治領主の座を追われていたかも知れない。

 今ここに居るのはルビンスキーを支持した者ばかりだ。

(もっとも自分の利益が脅かされるようになれば、手のひらを返すかもしれない連中だ。信頼に足る者はいない)

 帝国に反旗を翻す。その事で今は興奮しているだけだ。落ち着いて考えれば、勝ち目が無いのは分かっている。

(まぁ良い。最後に笑うのは私だ)

 笑みを浮かべてルビンスキーは人々の輪に加わり、握手を交わす。

 

 

 同盟軍がフェザーン領内へ進駐した。その事がFTLを通して全銀河に配信された。

 そして、フェザーン回廊の帝国側出口は、転じて同盟との最前線となり、そこに位置する要塞――“大将軍の城”(グロスアドミラルスブルク)は、触れれば切れるような緊張感に包まれていた。

『これは、宇宙開闢以来の快挙であります』

 レポーターが興奮気味に報道している。その背後には、同盟の艦艇が写っていた。

 自由惑星同盟はこれまで中立的な立場を示してきたフェザーンが自由惑星同盟を正式に承認することによって、帝国の貴族体勢と訣別をした事を確認しフェザーン人の「正統な国家」として独立承認したと伝えている。

 要塞の会議室でフレーゲル、ロイエンタール、ミッターマイヤーといった提督が揃っている。

「さて、奴らは自分から動いてくれた。これで大義名分は揃ったな」

 フレーゲルは楽しげに言い、傍らの参謀に頷く。

 帝国は「弁務官事務所を攻撃し占拠するのは違法行為だ。拘束した人々を解放しないのならば開戦も辞さない」と公式声明を発表し、フェザーンによる帝国高等弁務官事務所乱入事件を批判した。

 回答の猶予時間を与えたにもかかわらず返事は無く、代わりに同盟軍のフェザーン進駐が放送された。

 事実上の宣戦布告だ。

「只今より、神々の黄昏作戦は第二段階に移行する」

 オーベルシュタインの発言と同時に、スクリーンにフェザーン回廊が写る。

「本作戦の目標は、フェザーンから叛徒の軍勢を駆逐し、再びフェザーン人どもを皇帝陛下の足元に跪かせる事だ」

 フェザーンから帝国に渡されている航路の情報は限られた物だ。実際のフェザーン回廊は、開示された情報以上の範囲を持っている。その事を薄々、帝国も知っており独自の調査をしていたが遅々として進んでいなかった。

 進行の先方は例によって、双璧。詳しい情報を知る為に偵察は怠れない。歴戦の二人なら情報不足を補って、任せられるだろうとの判断だった。

 アンラック方面の兵力も転用されるし、戦力的に不足は無い。

 概要の説明が終わると、フレーゲルにしては珍しく、訓示らしいものをした。

「奴ら自由同盟を僭称する叛徒共が、帝国領内で騒乱を巻き起こしていた事を諸官も知っているだろう」

 薔薇の騎士連隊によって行われたテロ行為の犠牲者の姿が、映像で表示される。炎上する家屋、焼け焦げた死体。幼い子供の姿さえある。

「他にもカストロプやナポギストラーにも武器給与や人材の面でも支援していた事実がある」

 若手の士官たちは敵愾心を燃やし、怒りの表情を浮かべる。

「ここで叛徒共を叩き潰し宇宙を統一しよう」

 杯をあげるなどと芝居のかかった事はしない。短い言葉だが、鼓舞する事には成功した。

 戦争を終わらせる。明確な平和と言う目標のための聖戦だ。

 細かい打ち合わせを終えると、それぞれ自分の艦隊に戻る為、駆けて行く。

 

 

 お偉方が難しい事を考えている間、僕と兄さん仲は冷えきっていた。

 大尉と少将の階級差を持ち出して取りつく隙も無い。姉さんは困った顔をしていた。

 世間ではアンラック大公国の革命ごっこ鎮圧が終了したけど、そう言う叛乱もあったと言う事をすっかり忘れていた。

 自分の事で手一杯だったから。

 同期のハルオがあっちに行ってたそうだ。

 薔薇の騎士連隊と戦ったとか言っていたが、嘘臭い。

 あのデブが、叛徒とは言え敵の精鋭と戦える訳がない。

 しばらくは同地に駐留すると言っていた。

 あいつも忙しい奴だな。

 目新しい事件と言えば、フェザーンの件だ。

 最初、フェザーン駐在の帝国高等弁務官事務所と連絡が途絶えた時は、ふ~んって感じだったけど、電波妨害を受けてフェザーン領内とは繋がらないと言う事でお偉方が集まり、何やら会議を初めた。

 今後の対策でも練るのだろうと思っていた。

(これは予想外だよ)

 僕は、ぽかんとスクリーンに写る映像を見つめていた。

 同盟軍がフェザーン領内へ進駐する様子が配信されていた。

 僕と同じようにスクリーンを見つめる周りは、緊張感に包まれていた。

『これは、宇宙開闢以来の快挙であります』

 レポーターが興奮気味に報道している。その背後には、叛徒の艦艇が写っていた。

 誘導されてフェザーン領内に進駐して来る同盟軍の艦隊が映し出される。

 誰かが叫んでいた。

『フェザーン万歳!』

 その声が大きく広がっていく。

『打倒銀河帝国!』

(えっ、本気で言ったこいつら)

『ゴールデンバウム王朝を倒せ!』

 熱狂する人々の声が聴こえて来るが、反対にこちらは殺気が満ちて来た。

 あいつら、本気で帝国に反旗を翻すつもりか。

 国力を考えろよ。馬鹿じゃないか。

「舐めやがって…」

 誰かが呟いた。

 僕も同じ気持ちだ。

 会議が終わって提督連中が帰って来た。僕の所属するファーレンハイト分艦隊でも、分艦隊司令部により状況説明が行われた。

「敵の保有戦力は約10個艦隊」

 分艦隊に所属する各戦隊司令、駆逐隊司令、そして艦長が集まっている。

「フェザーンに派遣された敵兵力は、報道によると3個艦隊。艦艇数は4万から6万隻と想定される」

 常識に考えれば帝国が鎮定に派兵する事は想像も容易い。これに対抗する為、更なる増援とフェザーン自身の戦備増強が予想された。

「敵の動員できる艦隊は、最大で7個艦隊と見積もられる」

 7個艦隊。艦艇数は軽く10万隻を超える。その数にどよめきが起こった。

「本作戦の主旨は、敵増援が到着する前に現在展開する艦隊を撃破し、フェザーンを攻略する事にある」

 現時点で確認された敵戦力は派兵された3個艦隊。それにフェザーン警備軍。フェザーン警備軍も叛徒から艦艇の供与を受け増強されている可能性がある。

 もっとも、その多くは民間船舶を徴用した特設艦艇であろうと言うのが、これまでの叛乱鎮圧による経験から考察された。

(パパ、なに考えてるのさ。全て投げ出してこっちに逃げてくれば良いのに)

 僕は父の身の上を案じながらも自分に言い聞かせる。

(パパの事だ。上手く立ち回るさ)

「フェザーンの狐」の異名を持つアドリアン・ルビンスキーでも、僕にとってはたった一人の父親だった。

 

 

 

 独立商船「ベリョースカ」が要人を乗せてオーデインを出発したのは、アンラックの叛乱鎮圧から5日目の事である。フェザーンへの航路は帝国軍によって厳重な警戒化にあったが封鎖されている訳では無かった。

 乗客はルビンスキーの指示で帝都を脱出したマグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ男爵夫人、ヤン・ウェンリー。それと護衛の者達であった。

「良いのかい、僕に付いて来て」

 ヤンの言葉にマグダレーナは微笑む。

「その分、私の人生を楽しませてくれるのでしょ?」

 不安を微塵も感じさせない、楽観的な言葉にヤンは苦笑を浮かべる。

「退屈だけはさせないと約束するよ」

 マグダレーナの手を握りしめるヤン。そこに従者がやって来て報告する。

「アンラックの蜂起が鎮圧されたそうよ」

 ヤンは当然と言った表情で答える。

「そうかい」

「驚かないのね」

 貴族の支配からの解放をスローガンにあげ蜂起したアンラック大公国での革命は、国際情勢に対する考察がなかった。

 帝国が蜂起をそのまま放置し、革命が成功するとでも思っていたのなら、とんでもない思い違いだ。

 ヤンはナポギストラーの敗因を問われて、その一つとして語った。

 その事を語るヤンの横顔を浮かべながらマグダーレは、彼の頭脳が衰えていない事に喜びを覚える。

(これから貴方には、活躍して貰うのだから)

 微笑むマグダレーナはお茶の用意をする。

「難しい話はそれくらいにしてココアとマフィンはいかがかしら。私の手作りよ」

「頂くよ」

 ヤンは柔らかい笑みを浮かべた。

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