導入部分で燃え尽きた残りカス   作:キューブケーキ

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銀英伝に転生してみた 27~28話

27.フェザーン進攻・前哨戦

 

 帝国暦487年10月23日。同盟軍のフェザーン進駐から8日目、帝国軍は動き出した。

 バイエルラインの指揮する艦隊は、ミッターマイヤー艦隊の先鋒としてフェザーン回廊に向け航行していた。

 各戦隊の配置をM字型に展開しており、中央に支援艦艇が縦列を組んでいた。推進剤の補給作業に当たる艦は輪形陣の内側に入って行って、そこから曳航補給を受ける仕組みだ。

 バイエルラインの任務は陸戦に於ける尖兵と変わらない。索敵と誘引にある。ドアノブを握り開けるまでが仕事だ。

(叛徒の軍勢がフェザーン回廊に入ったのは、事前にばら撒いた仮装巡航艦からの情報で、ある程度の情報が入って来ている)

 問題は敵が、いつどこで反撃して来るか。そしてそれが、どれだけの規模なのか。

 バイエルラインはそんな事を思い浮かべながらも、視線はスクリーンに浮かぶ前方を捕えたままだ。

 分艦隊とは言え初めての艦隊指揮。

 ここまで引き立ててくれたミッターマイヤーの為にも、今回の任務はなんとしても成し遂げるつもりだった。

「まあ卿なら大丈夫だと信じている」

 敬愛するミッターマイヤーの言葉に頬を高揚させ答えた。早く武勲を立てて、今の地位まで引き上げてくれた上官への恩義に報いたい。その想いがこもっていた。

「大神オーディンに誓って、ご期待を裏切らぬよう戦果を上げてきます!」

 苦笑を浮かべるミッターマイヤーに送り出され、後で我ながら大言を吐いたかなとバイエルライン自身、思わぬ物でもなかった。

 指揮官の陣頭指揮と言う事を英雄譚などで好まれるが、指揮官が一番に戦死すれば組織的戦闘能力は低下する。バイエルラインの敬愛する上官、疾風ヴォルフと呼ばれるミッターマイヤーも例外ではない。

 ミッターマイヤーはバイエルラインに「無理はせず、危険な兆候を確認すれば後退しろ」と指示していた。

「間も無く転針宙域です」

 旗艦の将旗を掲げる戦艦「リリックボックス」の艦長はバイエルラインと同じ若手で、逐一報告して来る。

(俺も余裕は無いんだけどな)

 バイエルライン報告に頷き返す。

 門閥貴族の提督の中には艦の操艦まで口出して来る者までいる。艦の指揮にもラインがある。それを逸脱するのは組織体系を混乱させる物だ。バイエルラインも艦長時代を何度かやった事があるので、その事は理解している。

 初めての艦隊指揮で操艦にまで口出しする余裕が無かったのも事実だ。

 

 

 

 自由惑星同盟軍フェザーン派遣艦隊。

 名前こそは立派だがその兵站は遠く本国から離れ、フェザーン側に大きく頼っていた。

 航路情報などはフェザーン側の協力で手に入れられたが見知らぬ異境の地。その為、とれる艦隊の動きも制限される。

 今、誰も本気では無かった戦争ごっこが本物の戦争として脅威を与えている。その結果、戦争終結に向けての明確な戦略構想が求められた。

 自由惑星同盟側ではサンフォードと最高評議会の面々に戦争終結の道筋が有ったのかは、いささか疑問である。

 軍では侵攻して来る帝国軍への迎撃とイゼルローン要塞攻略作戦は幾度も研究を重ねられあらゆる想定が行われていたが、戦争の終わらせ方を明確に考えた者などいなかった。

 派遣艦隊の責任者であるアレクサンドル・ビュコック大将もそこまでの考えは持っていなかったが、今回の戦場に限れば帝国軍を懐奥に誘い込み捕捉撃滅する事で勝機を望めると、フェザーン側に提案した。

 これに対して長老会議は、商人気質と言うか、市場経済が暴落する事を恐れ、早期決戦による撃退を求めた。

「はっきり言おう。我々は、長々と戦争をするつもりはない」

 早期決戦で遠く、遠征して来た帝国艦隊を撃滅し、講和を結ぶ。それが彼らの総意だった。

(何を甘いことを言っているのだ……)

 ビュコックはフェザーン側の意思を聞いてその様に思った。同席し傍らに控えていた参謀長のアンドリュー・フォーク少将が囁く。

「ビュコック提督」

「うむ」

 ビュコックの同意を得てフォークが事前に作成していた作戦計画の一つを提案する。

 皇帝暗殺計画だ。ざわめき声が起こった。

「今なら敵に対処の暇を与えず、帝都まで艦隊を送り込めます」

 小規模な特殊部隊を潜入させる。その為の偽装として帝国領での大規模な攻勢を行う。

「馬鹿な! それが成功しても、帝国と和睦を結ぶ事が困難になるだけだ」

 フェザーン人は帝国の怒りを恐れた。長老会議が反対意見で満たされる中、フォークは冷笑を浮かべて口を開いた。

「頭さえ潰せば中央集権体制の銀河帝国はバラバラに瓦解します。その事は歴史が語っています」

 フォークは、残された貴族同士が権力争をして、こちらに目を向ける余裕が無くなるだろうと語った。

「私たちは戦争をするんです。形振り考えられる状況ではないでしょう」

 帝国とまっとうにぶつかり合って勝てるとは考えていなかった。だからこそ、帝国軍が討伐の兵を向けて来る前に先手を打とうとしたのだ。

 結果的にフェザーン側の激しい反対に遭い本作戦はお蔵入りとなる。

 帝国はイゼルローン要塞陥落後、安穏とした時代が終わった事を悟り「銀河の統一」という明確な戦争目標を掲げ動いている。今までも、そう言った事は唱えられた事はあるが、総力戦として経済的損失なども含めて動いた事は無かった。

 送られてくる情報から現状を考えれば、帝国が手心を加えるつもりも無く、本気なのが理解できる。

 フォークの言葉に同意しながら、ビュコックはフェザーン人の優柔不断さに呆れかえっていた。

(奴等は甘くはないぞ)

 自分達が到着した当初は「一緒に帝国の貴族どもを倒そう!」などと威勢の良い事を言っていたフェザーン人が、現実に帝国軍来襲の脅威がやって来ると態度を豹変させた。

 不満足なまま、何度目かになる防衛会議は実りの無いまま終了する。

「うちの政治家どもより性質が悪いな」

 長老会議から戻るとビュコックは副官にそう漏らした。

 フェザーンの要望は同盟本国にも伝えられた。

 トリューニヒトは艦隊に自由行動の裁量を与えるべきだと渋ったが、結局フェザーン側の意向に従う様、指示が届いた。

『すまないな』

 その事を伝えて来たシトレの表情が曇っていたのは、見間違いでは無いと思う。

 救国の英雄。それはロボス派ではなくシトレ派で演出する。

 それがシドニー・シトレ元帥の計画だった。

 ビュコックの戦術家としての手腕は信じている。彼には自由な裁量で、帝国軍を相手にしてもらいたかった。

 自分の思い通りに成らず、暴走し始めた同盟の上層部。

 その為、シトレの声に苛立ちが混じっていた。

 同盟軍は決戦に先立ち、フェザーン警備艦隊の増強を受けた。指揮系統や装備さえ異なる艦隊など、実戦ではお荷物でしかない。

 フェザーン側もその事は承知していたので、同盟軍の後方警備などで補完する任務を与えられた。

「指揮権すら渡さん部隊など、現場を混乱させるだけだからな」

 うんざりしたようにビュコックは洩らした。

 

 

 

 フェザーン警備軍。その前身は帝国内務省警察局から派遣された警察中隊で、フェザーンの自治権獲得と同時に警備軍として規模を拡大された。

 帝国内務省から天下りした上級捜査官2000名と帝国軍将校6000名が中核となり、対反乱鎮圧作戦を主目的とする特殊部隊も編成され、自治領の制宙圏を警備する艦隊も整備された。現在ではフェザーンの組織として完全に同化している。

 それでも本格的軍事行動を行うには頼りない貧弱な戦力だった。現在、悪名名高いホネカワやゴウダ等の民間軍事会社と雇用契約を結び大規模な戦力増強中だという。

(PMCはあてにできん)

 ビュコックは思考を目前に迫った今後の帝国軍との対決に切換える。

 早期決戦を求められた。

(敵の先鋒を撃破するのは容易だろう。それ位なら現有戦力で対処できる)

 ビュコックの手腕を、老練と一言で語るには短すぎる。

「帝国軍との戦いで、ただ生き残って来ただけだ」

 人に言われると、その様に答えた。

(問題は、後続する敵主力との決戦だ)

 嫌に成る程の戦力差。敵は圧倒的で下手な動きをとれない。

 だからと言って行動しないことは許されない。自分達はこのフェザーンを守りにきたのだから。

「さて、どうするかだな……」

 とりあえず行き当たりばったりにぶつかってみる。

 そんな馬鹿な考えしか浮かばない。

 

 

 

 アクアドロップ級の比較的新しい戦艦「スプラトリー」はレーダーの性能も高い。発令所に警報が鳴り響いた。

「ドリルラムタからナイトホークへ向かうアカペンギンを確認──」

 デビッド・ラウスマン少将の指揮する同盟軍第5艦隊前衛は、バイエルラインの艦隊を捕捉した。

 オペレーター報告は、張り巡らされた哨戒線に帝国軍が引っかかった事を示していた。

 同盟軍は基本的に機動打撃による迎撃が方針だ。前衛は、主力到着まで敵を戦場に拘束するのが任務だ。

 彼我の戦力は同盟軍4500隻、帝国軍6200隻。

 目の前に美味しそうな餌があれば、ぱくっと口に含んでしまうのは誰しも同じだ。そしてラウスマンの艦隊も、帝国軍を釣り上げる為の撒き餌の一つだった。

 ラウスマンは出撃前の打ち合わせを思い出す。

 ビュコックも老練な指揮官の一人。必用とあれば部下を使い潰す事を躊躇わない。

 部下思いであるからと言って、戦況全体を読めないものでもない。

「貴官にしか頼めない事だ」

 死んで来い。その命令を受けた時、ラウスマンはひざが震えた。いつのまにか閉じていた目を開けると、ビュコックが真剣な眼差しで自分を見ていた。

(尊敬する上官に頼られる。男としてこれほどの栄誉があるだろか)

 二人の視線が絡む。様々な思いがラウスマンの内を駆け抜けた。

「了解しました」

 全てを飲み込み二つ返事でラウスマンは了承の返事を返した。

「約束しよう。貴官の好意を無駄にしない」

 ビュコックも切なそうな表情になっていた。

「敵はミッターマイヤー艦隊ですね」

 部下の報告に驚いたが、同時に喜びも感じていた。

(名だたるミッターマイヤー提督なら相手にとって不足は無い)

 ラウスマンは不屈の闘志をもって最後に成るであろう闘いに挑む。

「各艦に発令。『全艦突撃せよ』以上」

 緊張感が張り巡らされる。

 一方のバイエルラインも接敵の報告に驚く事は無かったが、疑問はあった。

「U12に敵艦隊出現。我が方に向かって来ます!」

 スクリーンに光点が拡大されて映し出される。間違いない。敵艦隊だ。

 それとは別に三次元CGで敵艦隊が単純映像化されて、我が方に向かって来る様子が見て取れた。

「会敵予想時刻は5分です」

 バイエルラインは、交戦を決意した。

「何であいつらは突撃して来るんだ?」

 傍らの副官、ズッキーニ大尉に問いかけながら指示は的確に下す。

「本隊に報告。敵の位置、針路、速力だ」

(あいつら、あれか。よくある突撃馬鹿って物か)

 そんな事を考えている内に、距離は詰められて、射撃準備完了の報告が入る。

「艦隊斉射、撃て」

 艦長がその指示に反応する。

「前方敵戦艦。砲撃始め!」

 各艦が射撃を開始する。

 

 

 

 フェザーン進攻にあたり帝国軍は、一直線に主府の制圧をするよう基本指針を記されていた。

「首都さえ押さえれば、腐った家の扉を蹴飛ばしたように崩れて戦争は終わる」

 統帥本部長のエーレンベルク元帥さえ、その様に発言していた。

 しかし実際の現場は異なる原理で動いていた。

「は? 敵艦隊を放置して進めだと。側背を衝かれたらどうするんだ!」

 歴戦の指揮官たちに机上の空論は認められなかった。

 頭では敵の本拠地を落とせば勝てる事を理解しているが、実際に敵の脅威に晒されれば変わってくる。心理的圧迫が作戦遂行を阻害する。

 見えない敵は幽霊を恐れるような物だ。敵が襲ってこなくても、来るかもしれないという緊張感は絶えない。

 オーベルシュタインは提督達に自由裁量を与えた。

「叛徒の艦隊が迎撃に出てくるのは確実だ。奴等とフェザーンは一蓮托生で、政治的にも退く事が出来ないからな。卿らは敵艦隊と遭遇した場合、撃滅を優先して良い」

 アンラック方面の戦力がまだこちらに到着して居ない為、彼我の戦力に開きがないと言うのも理由の一つだった。

 そう二兎を追う者が一兎を得られない様に、有力な敵艦隊を無視して首都に向かう事は危険だった。

 後背の備えを気にして戦うよりも先に片付けてしまう方が、将兵の精神的にも健全だ。

 帝国側の釣り餌がロイエンタールとミッターマイヤーだった。

 ミッターマイヤーに同盟軍は喰いついた。だが、バイエルラインに遭遇した敵だけとは当然考えられないので、ロイエンタールは予定の航路を進んでいた。

『さて、疾風ウォルフのお手並み拝見と行こうじゃないか』

 ロイエンタールの言葉にミッターマイヤーは笑って返す。

「卿が来る前に、平らげて見せるさ」

 ミッターマイヤーは前衛集団に急行するよう命じた。

 この時ファーレンハイト分艦隊は、ミッターマイヤー艦隊の前衛集団の一角を構成していた。

(精々、敵を減らしてくれよ)

 バイエルラインはともかく、ファーレンハイトの艦隊はすり潰しても良い考えだった。

(エヴァは任せろ、俺が幸せにしてやる。だから死んでくれよ、ルパート)

 前衛集団が増速し戦場へ急行する光景をスクリーンで確認しながら、ミッターマイヤーはそう思った。

 ミッターマイヤーの母が息子を見たとしたら「まあ、何を拗ねてるのかしら。この子は」と一笑に伏された事は間違いない。

 ミッターマイヤーの不幸は、戦場に本心を打ち明けられる相手が居なかった事だ。

 

 

 

 歴戦の不沈艦として宙雷戦隊でそれなりに知られる存在となりつつあった駆逐艦「ミステル」だが、死を願う相手が上に居るとは僕は知らなかった。

「久々の生まれ故郷か……」

 僕は感慨深げにスクリーンに映し出された光景を眺めていた。

 父と別れて数年ぶりの帰郷。ただし祖国から見れば、自分は侵略の尖兵だ。

 父――アドリアン・ルビンスキーは、このような状況をどう思っているのだろうと考えてしまう。

 敵味方に分かれ、家族が再び再会する事ができるのだろうかと悪い想像ばかりが浮かんでくる。

(姉さんとの事も説明しないといけないし)

 男としてけじめは付けると、もう覚悟は決めた。

「艦長」

 先任がそろそろだと報告してくれた。今は目の前の戦い集中して勝つことが先決だ。

 バイエルライン分艦隊が交戦中の戦場到着まで12.5光秒の距離で、新手の敵艦隊が現れた。

「左舷に質量多数感知。敵艦隊です!」

 同盟軍第5艦隊主力の登場である。

 

 

 

「撃て!」

 ビュコックの号令が飛ぶ。

 同盟軍の攻撃が始まった。

「撃て!」

 若干遅れて、ファーレンハイトも応戦の指示を出す。

 爆発の閃光が星の輝きさえ及ばぬ光をスクリーン一杯に華開かせる。

 同盟軍は初戦の奇襲に成功したが、全ての艦が幸運だった訳ではない。

 長い戦争で人的資源に影響が出ているのは、戦艦「モンポアルナス」でも同じだった。

「うわああああ、死ぬのは嫌だ!」

 これはまだましな方だ。

「でゅるわぁあああああ」

 人語になっていない。

「ぶるわっひゃあひゃひゃひゃひゃ」

「どぅるわっはあああああああああ」

 恐怖が吹っ切れて笑い出す者がいた。

「ぎゃあああああ」

「うわああああああああ」

 光線が中和磁場を叩き揺さぶられる艦体の中で、死の恐怖に怯える若年兵達。

「黙れ! 泣くな、笑うな、持ち場を離れるな」

 古参兵の叱咤と怒声が飛び交う中、無残にもビームとミサイルが命中し艦体が引き裂かれる。そして、その様な動きの悪い艦は原子の雲となり沈んでいく。

 似たような惨劇は帝国軍でも在ったが、熟練した乗員の比率の高さから混乱は一部でしかない。 

 初戦の奇襲に耐えた生き残りは、混乱する事も無く即座に反応した。

「敵の反応、中々良いな」

 ビュコックはファーレンハイト艦隊をその様に評価した。

「やはり将兵の質ですな」

 副官のスーン・スールズカリッター少佐はビュコックの言葉に同意する。同盟軍も多くの人的資源を消耗していた。

 現に艦隊出発の直前トラックにはねられて急遽入院を余儀なくされたファイフェル少佐に代わって、スールズカリッターがビュコックの副官に任命されここにいた。

(艦隊の練成度とは一昼夜にして出来る物ではない。やはり生き残って次に受け継がねばならん)

 今回の作戦は単純で、前衛に敵を誘引。その間、本隊は戦場を迂回し増援を後背から突く。

 国力から考えて少ない損害で帝国軍を撃退しなければならない苦肉の策だった。

 戦術的勝利を重ね、戦略的目標を達成する。

「言うは簡単だが上手くいくかな」

 ビュコックは顎を撫ぜながら呟いた。

「相手は名高い疾風ウォルフですからね。すんなり行くとは思えません。後、あまり顎を触ると割れるそうですよ」

 スールズカリッターはそう応じる。

 ボロディンの第12艦隊ももう一つの帝国軍艦隊を釣り上げている頃だった。

 

 

 

『パスファインダーからラスタライズへ。猫のしっぽと遭遇、応援を請う』

 ファーレンハイトからミッターマイヤーに接敵の報告が届いた。

 黒い感情が湧き出してくる。

(俺からエヴァを奪ったあの男……。そうだ。今こそ、奴を亡き者にする好機だ)

 大神オーディンが自分に与えてくれた絶好の機会だとミッターマイヤーは信じた。

(逃すわけにはいかない。復讐者よ、刃を振り下ろすのは今だ)

 押し黙ったミッターマイヤーの異様な空気に幕僚は躊躇いがちに声をかける。

「閣下?」

 周囲も幕僚が不安そうな顔をしている。

 ミッターマイヤーは決断した。

「これは敵の罠の公算が大きい。その為、現状が判明するまで本隊はこのまま待機する」

「しかし、それでは前衛集団が危険ではないでしょうか?」

「それはない」

 ミッターマイヤーは自信があるように演技をし、微かに嘲笑を浮かべ言葉を続ける。

「それにファーレンハイトなら耐えれるだろう。前衛集団には他にミュラーもいる」

 ミッターマイヤーの個人的感情と思惑の知らない幕僚は、なるほどと納得した表情を浮かべた。自分達の上官の指揮能力を彼らは信じていた。戦に私情を持ち込むとは、今までのミッターマイヤーから考えられなかった事もその理由の一つだ。

 その間、本隊が奇襲を受けない様に無人偵察機を四方に飛ばし索敵が行われた。

 

 

 

 英雄色を好むと言う様に、多くの女性と浮き名を流した同盟軍の種馬提督と名高いウランフ。彼の指揮能力高くビュコックから信頼されていた。

 ウラフが率いる第10艦隊の任務は、第5艦隊にミッターマイヤー艦隊が喰い付けば、その後背を叩き挟撃する計画だった。

 しかし帝国軍に動きが無い。

「なぜ奴等は動かないんだ。此方の計画が読まれたのか?」

 ウランフは戦況掲示板に表示される情報を読み帝国軍の配置に首をかしげる。

 ビュコックの第5艦隊は敵前衛を押しつつある。このまますんなり行けば、撃破できる。

 ボロディンもロイエンタール艦隊と交戦に突入している頃だ。

(目の前には第5艦隊と言う絶好の餌がある。決戦の好機でも喰い付かない。まさか友軍を見捨てるつもりか? いや、それは無いだろうな)

 自問自答しながら考える。

(疾風ウォルフと名高いウォルフガング・ミッターマイヤー。直情的に動くと思っていたが中々どうして、こちらの思う様には動いてくれない。もしや、こちらの誘引しようと言う計画を読んだのか。それならば、前衛救援に本隊は動かない訳が理解できる)

 計画の修正を考えるべきだとウランフは、誤解によりミッターマイヤーを過大評価していた。

 

 

 

 帝国軍に光のシャワーが叩きつけられている。

 同盟軍との兵力には差が在った。

 ミッターマイヤーが前衛を見捨てようとしている。その思惑を知らずに彼らは、第5艦隊を相手に勇戦していた。

 ビームとミサイルの集中豪雨は容赦なく襲いかかり、艦艇の数を確実に削ぎ取っていく。

 帝国軍前衛集団のもう一つを指揮する青年は、そろそろ中年の年齢に差し掛かろうとしていた。

 砂色の髪と瞳を持つナイトハルト・ミュラーである。

 穏やかな外見とは異なり、手堅い攻守の指揮を評価されてアーダーベルト・フォン・ファーレンハイトと共に前衛集団を構成していた。

 しかしながら今回に限っては、巻き添えを食らったと言って良い。

(おっと、こいつはいけねえや)

 ミュラー帝国軍士官、提督として言葉遣いには気を使っている。内心はともかく、口から出す言葉は品位を保っていた。

「敵は半包囲の形を狙っている様だな」

 ミュラーはビュコックの動きをそう読んだ。

 並走する直衛の艦が火球と化し爆発する。

(叛徒の奴等め、調子に乗りやがって)

 不快感に表情を歪めながらも通信士に話しかける。

「本隊から返答は変わらんか」

 そろそろきつくなってきたので再度、応援要請を出した。

 申し訳なさそうに振り返り、返答する。

「はい。返信すらありません」

 呼びかけても無駄だと表情が物語っていた。

「分かった」

 諦めの表情でスクリーンに視線を戻す。

 見慣れた光景。エネルギーの濁流が炸裂と閃光と言う形となり広がっていた。

 ミュラーは嫌な予感がした。本当にこのまま命令に従った大丈夫なのだろうかと不安が沸き起こるのを抑えられない。

(どうする。こんなミッターマイヤー提督は初めてだ)

 尊敬する上官が何を考えているのか分からない。

「ファーレンハイト少将に繋いでくれ」

 本隊が当てにならない以上、そろそろ自分たちでどうするか決める時だ。

 すぐにスクリーンにファーレンハイトの姿が映し出された。

「お忙しい所を申し訳ありません」

『構わない。こちらからも相談したい事があったしな』

 どうやらお互い同じ事を考えていたとミュラーはファーレンハイトの双眸を見て、その様に感じた。

「ファーレンハイト少将。ミッターマイヤー提督の指示にはいささか腑に落ちない点が在るのですが」

 ファーレンハイトはその言葉に同意を示し頷く。

『小官もそう思う。納得のいかない点が目立つ。このままでは壊滅の恐れがある。叛徒の奴らを舐めて、みすみす陛下から御預かりした艦艇と部下を失う訳には行かない』

 吐き棄てる様にファーレンハイトは真情を吐露した。

 ミュラーも表情を曇らせながら頷いた。

『ミッターマイヤー提督には後で謝罪すると言う事で良いな?』

 ファーレンハイトの決意を見て取り、ミュラーは行動を共にする事を決意した。

「ファーレンハイト少将に従います」

『すまんが、二人で泥を被る事になりそうだ』

 二人は打開策を協議する。

 

 

 

 僕は例によって変わり映えのしない艦隊戦をスクリーンで眺めていた。

「う~」

 唸り声をあげたると先任が話しかけて来る。

「どうしました艦長?」

「いやね。本隊が救援に来てくれないと言うのが気になってね……」

(まさか、根に持ってるって事は無いよな)

 姉さんを巡るいさかいを思い出す。

 常識的に考えれば一艦隊を預かる提督が、痴情の縺れと言う私怨で行動するとは考えられない。

「ミッターマイヤー提督が我々を見捨てるとでも?」

 身内を悪くは言いたくないし、甘いかも知れないが信じたいと言うのが本心だった。

(だが、もし兄さんが本気で壊れていたら……)

 先日は首を絞められて殺されかけた。あれは家族を見る目では無かった。

 自分一人を謀殺する為に前衛集団を見捨てるつもりなら、相当な馬鹿だと言える。

「そこまでは言わないが、油断できる状況ではないのは確かだよ」

 帝国軍前衛集団は押されている。何しろ相手はビュコックだ。

(あの爺さん、敵に回すと厄介だな)

 老練な名将に率いられた敵は手強い。

「旗艦より入電!」

 通信士が報告して来る。

 そろそろ何らかの指示が在るとは思っていた。

「うん。なるほどね」

 ファーレンハイト提督から、前衛集団は敵艦隊の追撃を振り切りバイエルライン分艦隊との合流を目指すとの指示が入った。

 戦力の合流を図る。まぁ理にはかなっている。

 僕は兄さんに悪意が在るとははまだ信じられない。

(だけど、もし怨恨で今回の事があったなら、監察に報告してそれなりの対応はさせてもらう。だって死にたくないし)

 視線の先でさらに爆発が闇を切り裂き、光を浮かび上がらせる。

 

 

 

 光芒の渦の中、帝国軍艦艇が揉まれながらも直進している。

「ふむ。後退はせず直進か……」

 ビュコックは意図する所を正確に理解した。

 先鋒と合流しようとしている。

「悪くは無いが、そのまま行かせはせんよ」

 ここで見逃すつもりはない。

 ビュコックは帝国軍の追撃を命じた。

 エネルギーの濁流が帝国軍前衛集団の後背を追う。

「目標左舷、敵巡航艦。撃て!」

 ミュラー艦隊後衛の1隻である「オーバーハウゼン」が、その攻撃を受け数十本のエネルギーの矢に貫かれ未亡人や孤児を量産する。

 第5艦隊旗艦「リオグランデ」艦長のエマーソン中佐は食堂でゆっくりと食事を取る余裕は無かった。参謀長のフォーク直々に手配したサンドイッチを摘まみながらが操艦の指示を出していた。

 フォークもサンドイッチを摘まんでいたが、味わっている余裕がなかった。

 内心で頭を悩ませていた。

(どういう事なんだ。何で敵艦隊は動かない)

 今回、迎撃作戦の原案を考えたのは年若い彼だ。

 ミッターマイヤー艦隊の動きは予定と異なる。その事が彼に心労となって押し寄せる。

「参謀長、余り気にしない方が良いのではないですか?」

 同期のスーン・スールズカリッター少佐がフォークをコーヒーに差し出し、そう言った。少将と少佐、階級に開きは出たが関係は良好である。

「うん。だが、罠だった時が怖い」

 考える事が大過ぎて胃が痛くなってくる。

「参謀長と言うのは難儀な仕事だな」

 スールズカリッターは思った。秀才は苦労する。自分で無くて良かったと。

 

 

 

 バイエルラインは同盟軍の突出部に濃密な火力を注ぎ、その切っ先を叩き潰そうとしていた。

 ビームとミサイルが先頭集団を捉え、敵の突撃は崩壊していく。

「野蛮人め。突撃しか能が無いのか」

 同盟の指揮官を罵倒しつつも、バイエルラインは興奮の絶頂にあった。

 自分の艦隊は、同盟軍の先鋒を撃破しつつある。

 壮絶な砲撃と華麗な光芒。

(これこそ男のロマン!)

 股間の物がいきり立つのをバイエルラインは感じた。

 勝利は目前。

(初陣にしては十分な戦果ではないか)

 そう思っている所へ通信士から報告が入る。

「提督。ファーレンハイト艦隊から入電です」

 スクランブルのかけられた暗号通信で、連絡が届いた。

「読め」

「はい。『前衛集団は敵艦隊主力と遭遇。貴艦隊と合流すべく急行中』えっ……」

 その続きを読もうとして驚愕の表情を浮かべる。

「どうした?」

 訝しげな表情を浮かべながら訊ねる。

「は、はい。『本隊は増援の余力無し。後退は認めず。勇戦を望むとの事』だそうです」

(ミッターマイヤー閣下が動かれない?)

 訝しげな表情を浮かべる。

(前衛集団と合流すれば全ては分かるか)

 それよりも、今は目前の敵に対応する事が優先だと考えを切換える。

「敵は寡兵だ。一気に揉み潰そう」

 各艦に前進の指示が飛ぶ。

 同盟軍小艦隊を撃破したバイエルラインは意気軒昂だった。

「このまま主府も落としてしまいましょう!」と、幕僚からは威勢のいい声も上がって来る。

 新設されて間も無いこの分艦隊。初陣での勝利に司令部は沸き立っていた。

 そこに前衛集団到着の報告が入って来た。

「後方より友軍の反応」

 意外に早い到着だったなと考えている間にも、報告は続けられる。

「さらにその後方に敵を伴う模様!」

 スクリーンに映し出される灰色の友軍艦艇。後方から火線が延び光球が生まれる。

 敵と交戦中なのが明らかだ。

 うわついた戦勝気分が一蹴される。

「友軍を支援する! 艦隊、一斉回頭」

 バイエルラインは気持ちを切り替え、屹然と指示を出す。

 バイエルライン分艦隊が左舷に取舵し、一斉回頭する姿がファーレンハイトからも見えた。

「ミッターマイヤー提督の秘蔵っ子。反応は悪くないようだな」

 ファーレンハイトは、先任として前衛集団を指揮していた。

 すでに前衛集団全体での損害は二割を超えている。

 駆逐艦が機雷散布を始め敵の足を食い止めようとした為、同盟軍は小型艦艇を先行させて来た。

 後衛にぴったりと食らいついて来ている。

(忌々しい奴らだ。敵の錬度は高い。こう言う敵が厄介だ。そろそろ頃合いか。)

 ファーレンハイトは、ここまで釣り上げた第5艦隊の先頭に反撃開始する。

 傍らに控える艦長に声をかける。

「待たせたな、艦長。そろそろお返しをするとしよう」

 その言葉に艦長は喜色を浮かべる。

「待ってました!」

 バイエルライン艦隊を中央に誘導するように前衛集団も一斉に回頭して、ミュラーとファーレンハイトは左右に分かれる。

「これまでしつこく尻を蹴飛ばされていた。今度はこちらが蹴り返す番だ」

 艦長の号令に、ファーレンハイトは苦笑を浮かべる。

 気持ちは分かる。

「主砲目標、先頭駆逐艦。遠慮せず吹き飛ばせ!」

 間も無く、こちらを追撃していた敵先鋒を捉える。

「砲撃始め!」

 灰色の艦艇が闇に浮かびあがり、艦首から一斉に主砲が放たれる。

 敵の駆逐艦も回避運動を行いながら距離を詰めて来る。

 水上戦と違い三次元立体の宇宙空間での戦闘は、一回の斉射で圧倒的な面制圧効果がある。

 今度は向こう側に光球と火球が出現する。

「やった!」

 士官学校を出たばかりと言う新任少尉が興奮して立ち上がる。

 ファーレンハイトは、歓声を洩らす幕僚を一瞥し、無言の叱責をする。

「失礼しました……」

 視線に気付いた幕僚は恥ずかしそうに、席に座った。

 追撃の先鋒である宙雷戦隊が、巡航艦数隻と共に原子の雲となり消える。

「敵主力の動きはどうだ?」

 次に考えるべきは敵主力だ。

「先頭から17光秒後方で、こちらに向かっています」

(こちらを逃がすつもりはないか。ま、当然だな)

 死神が鎌を振るう様に、閃光が発生するたびに艦艇が数を減らす。

 爆発の火炎で、スクリーンに写された光景も揺らぐ。

 

 

 駆逐艦「ミステル」は回頭したことで、最後尾を進む形になっていた。

「後ろはいいなぁ」

 学校の授業で先生に当てられたくない生徒。そんな気分だった。

 のんびり観戦気分になっていた所に、報告が来る。

「方位0-1-0、距離12光秒先。敵艦載機多数、こちらに接近中!」

 レーダーの表示を見る。

 6000機程のスパルタニアンが500機の梯団に別れ、間隔をあけてやって来た。

 味方のCSPも上がり迎撃に向かうが1対4の割合で帝国軍の方が少ない。

「あ。またやられた」

 スパルタニアンの編隊とすれ違い様に、ワルキューレがミサイルの直撃を食らい吹き飛ばされ火球に変わる瞬間が見えた。

「お仕事しましょうか」

 CSPを掻い潜った敵が主力艦に向かって行く。

「ミステル」の様な小物には目もくれず、戦艦や巡航艦が獲物だ。 

「射撃開始。敵機を近付けるな!」

 砲雷長に号令をかける。

「ミステル」は砲門を開き両舷から発射炎が煌めく。

 後続する駆逐艦も戦列に食い込ませまいと、スパルタニアンにウラン238弾を浴びせる。

 この攻撃でスパルタニアンの何機かが、金属とセラミックの破片に姿を変えた。

 

 

 スパルタニアンが帝国軍の艦艇を味方の火網に誘いこもうとするが、帝国軍は深追いをせず乗ってこない。

「なかなか楽には勝たせてくれないな」

 ビュコックはたかが前衛集団と思っていたが、ファーレンハイトの動きに手を焼いていた。

(ここは早々に見切りを付けて、ボロディンの支援に向かうべきではないか?)

 その様な考えが浮かんでいた。

「中央の敵艦隊、前進して来ます!」

 ようやく策に乗って来たかとビュコックは表情を綻ばせた。

 一方のファーレンハイトには同盟軍の動きが読みとれていた。

「使い古された手だな」

(ケンプが好んで使った手だ。その手に乗るつもりはない)

 ミュラーは耐えているが、バイエルラインは釣られて前進しようとしている。

(馬鹿が。友軍の戦闘報告ぐらい読んでおけ)

「バイエルラインに繋げ!」

 進むのは罠だ。そう教えるつもりだった。

 バイエルラインは提督として経験が浅い。そして司令部も開設されて間もない。

 全てが不運としか言い様が無かった。

「右舷上方と左舷下方より、敵艦載機多数接近!」

「母ちゃん、勘弁して……」

 その報告に幕僚の口から呻き声が漏れた。

 敵は包囲して来るつもりのようだ。

 バイエルラインは前進する事で、包囲を食い破ろうとした。

「蝿など構わずに前進だ! 中和磁場は簡単には破られん」

 直衛の僚艦が必死に防空網を構成し、スパルタニアンを近付けまいと奮戦している。

 モニターの向こう側で同盟軍艦隊が見えた。

「敵艦隊発砲!」

 強烈な閃光と共に闇を切り裂き、敵の砲撃が降り注いで来た。

(やられる!)

 その時になって、遅れて開花した指揮官としての才能が敵の意図する事をはっきりと理解した。

 間断なく降り注ぐ敵の攻撃。火球が周りで次々と発生し直衛艦が沈められた。

(罠だ、これは罠だ。罠に違いない!)

 通信士は冷静に任務を続け報告する。

「ファーレンハイト艦隊より入電。下がれ、との事です」

 それが出来れば苦労はしない。そう言い返そうとした瞬間、バイエルラインはヴァルハラに召された。

「バイエルライン艦隊旗艦と交信途絶。リリックボックスは撃沈された模様です」

 淡々とした報告であったが、ファーレンハイトは顔を歪める。

(敵の誘いに乗りやがって。馬鹿者が)

 旗艦を失ったバイエルイン艦隊は見る間に数を減らしていく。

 指揮系統の一時的空白と言うのは恐ろしい。

(あいつらを助けるのは無理だ)

 素早く状況を見て取り判断を下す。

「ミュラーに繋げ」 

 予定と違うが仕方ないと次の手に移る。

 

 

 

 旗艦を撃沈された中央の帝国軍は一瞬で崩壊した。。

 それに対して両翼の艦隊は統率され、自制した艦隊運動を見せていた。

 ビュコックは落ち着いて戦況全体を見詰める。

「さて、どう動くかな」

 敵艦隊はこちらに向かって来る動きを見せた。

 自暴自棄になったとは思えない。

 艦砲の射程に引きずり込める。そう思った瞬間、敵の戦列が乱れた。

「何」

 思わず、スクリーンを覗きこむ。

「敵艦隊は分散し、後方に浸透突破する模様」

 ファーレンハイトとミュラーは、戦隊や駆逐隊単位で分散させ第5艦隊の間隙を突破しようとした。

 密集してるならともかく、広範囲に分散されては、火力が上手く運用できない。

 あと少しで前衛集団を撃滅出来た。そう思うと少し悔しい。

 ミッターマイヤーも策に乗ってこなかったし、計画は崩壊していた。

 ビュコックは溜息をつき、指示を出す。

「逃げたいのならば、逃がしてやれば良い」

 ビュコックは、この小癪な敵に関わりあうと、戦勢を制される為うんざりしていた。

 時間は貴重だ。それよりも兵をまとめよう。

「第5艦隊は転進し、ボロディン提督と合流する」

 ウランフにも伝えるよう命じる。

「少し休ませてうよ」

 フォークに後を任せ、艦隊司令官に与えられた居室に戻る。老人には緊張の連続で疲労が溜まっていた。

 

 

 

 ミッターマイヤーの旗艦「ベイオウルフ」にファーレンハイトとミュラーが報告の為、参上していた。

 二人の顔を見ると無性に殴りたくなったがミッターマイヤーは耐えて、黙って二人の報告を聴いていた。

 その後、ミッターマイヤーは重く閉ざされていた口を開く。

 口調こそ抑えているが、ミッターマイヤーの表情は怒気に満ちていた。

「本官の職責に於いて撤退は許可しないと命じたはずだ。卿達は命令を無視した。これは皇帝陛下の信頼を裏切る事だ」

 勿論、ファーレンハイトとミュラーにも言い分はある。

 そのままでは戦力差で押し潰される。だから前衛集団はバイエルラインと合流し、戦力差を少しでも埋め有利な条件を整えようとした。

 だからこそ、現場でそのようにに判断した。

 それに、今その事を報告したばかりじゃないか。

 理解してくれると思っていた上官の豹変に、二人は戸惑いの表情を浮かべた。

「あまつさえ友軍を巻き込み壊滅させ、皇帝陛下より御預かりした貴重な兵と艦艇を失うなどとは言語道断」

 バイエルラインはお前たちが殺したんだ。その様にミッターマイヤーの瞳が語っていた。

「卿達は臆病風に吹かれて撤退した」

 その言葉に、ファーレンハイトは顔色を変える。ミュラーも明白な殺意に満ちた表情を浮かべている。

 臆病者と言われるのは許せない。これまで、忠孝を尽くし戦って来た自分に恥じる点は無い。

 帝国軍では独断専行を許す気風が在った。今回もそれに当てはまるはずだった。

 ミッターマイヤーが増援を送ってくれなかったから、そう対処したまでだ。

「ミッターマイヤー提督!」

 ファーレンハイトが弁明の為、口を開くが怒声で阻まれる。

「黙れ! 言い訳など聞く耳を持たん」

 武人の恥さらしめと、二人の肩章を剥ぎ取る。

 ミッターマイヤーは、恥辱でぶるぶると震える二人に冷徹に告げた。

「指揮権を剥奪の上、身柄を拘束する」

 ミッターマイヤーは一切の弁解を許さず、待機していた憲兵が二人を拘束する。

「閣下! 我々は、むざむざと艦隊を消耗する訳にはいかなかった。貴方に従えば我々は、あの場所で壊滅していた」

「それでも命令だ。死ねと言われれば、黙って死ぬのが艦隊を預かる物の責務だろう」

 ミッターマイヤーとファーレンハイトの視線が合う。冷たい視線を向けられて、その瞬間にファーレンハイトは理解した。

(そうか、最初から我々を切り捨てるつもりだったのか)

 ミッターマイヤーに何を言っても通じないだろう。諦めて二人は大人しく退室して行く。

(生き残ったのがお前たちの罪なのさ。俺の復讐の機会を奪い、バイエルラインさえ死なせた。お前達二人を俺は許しはしない)

 ミッターマイヤーの瞳に暗い光が宿っていた。

 

 

 

 推進剤の補給作業を勧めていた駆逐艦「ミステル」に通達が来た。

 ファーレンハイト、ミュラー両分艦隊の解散命令だ。

 噂が広まるのは早い。どうやら二人の提督は報告に行き逮捕されたらしい。

(兄さんはどうしたんだ? 戦場で指揮官を解任するなんて)

 家族として心配だ。

(次は誰の下に付くのだろう)

 そんな事を考えていると、慌ただしく艦隊の通信量が急に増えて新たな指令が届く。

「艦長」

「うん」

 電文を一読し眉をひそめる。

「ロイエンタール艦隊より救援要請……だと?」

 あの負け知らずと言ってもいいロイエンタール提督に何があった。

 

 

 

 

 帝国軍の電子機器は同盟軍に比べ遅れている。民需と軍需の技術提携が進んでいない事もその理由の一つにある。そう言う訳で、最初に帝国軍を発見したのは同盟軍だった。

「来たな」

 偵察衛星と無人偵察機からの報告にボロディンは相好を崩した。

 ボロディンに余念は無かった。何しろ帝国の双璧と呼ばれるロイエンタールを相手にするのだ。

(相手は年若いとは言え、歴戦の将。油断ならない相手だ。持って生まれた才能も有るのかもしれないが、自分も同盟軍に奉職して、それなりの指揮経験もある。持てる力の全てで、迎え撃つ)

 5.4光秒の距離に接した時、ボロディンの攻撃命令が宇宙に飛んだ。

「砲撃開始!」

 最初はアルフレット・アロイス・ヴィンクラー少将率いる帝国軍前衛集団を標的に射撃を集中させた。

 この中に若手の分艦隊司令官が数名いた。地理学者兼軍人のグリルパルツァーもその内の一人である。

 グリルパルツァーは若者らしく派手な武勲と栄達を狙っていた。その野心はロイエンタールに好ましく思えた為、前衛集団で分艦隊の一つを預けられた。判断力も指揮能力も人並みには当然ある。

「スパルタニアンを出せ!」

 ボロディンは単座式戦闘艇──艦載艇による打撃で戦力差を削ろうと努力した。

「敵艦載機射出!」

 報告に対し、ヴィンクラー少将も素早く対応する。

「こちらもワルキューレを出せ」

 迫りくる敵機はCSPとすぐに交戦に突入する。

 防空網を掻い潜った攻撃隊が散開し襲いかかるまでそれ程時間はかからなかった。

 ここまで双方、戦の作法として予定された動きだ。

「くたばれ帝国!」

 被弾したスパルタニアンの一機が体当たりし、駆逐艦が爆沈する。

 その様な光景にロイエンタールが苦虫を噛み潰しながらも、懸命に艦隊を立て直す。

 ミッターマイヤーの艦隊も遭遇戦に入ったと報告が入っている。

「やらせはせんぞ!」

 クナップシュタイン分艦隊が僚友を救おうと突進して来る。

「あいつ、連携しないなら邪魔だな」

 クナップシュタインの乱入にグリルパルツァーは舌打ちをする。

 これに対してフィッシャー少将が行動を起こした。

 彼の分艦隊がクナップシュタイン分艦隊の側面に回り込み砲撃を浴びせる。クナップシュタインは恐慌に陥った。勢いだけで戦闘参加した為、被害が増す。

「クナップシュタインの馬鹿め」

 グリルパルツァーは無様な僚友を罵った。

(背後に奴の艦隊が居る為から俺の艦隊が後退が出来ない。舐めてるのか!)

 エネルギー中和磁場が耐えかね、被弾個所が増えて行く。

「うわあ!」

 旗艦も砲火に捉えられ集中砲火を浴びて、艦体が火球と化し炸裂した。クナップシュタインの体も原子の雲に仲間入りして消える。

「メンヘングラートバッハ消滅。クナップシュタイン提督は戦死した模様です」

 クナップシュタインの戦死と前後して、グリルパルツァーの運命も決した。

 上下左右から降り注ぐ敵の攻撃。

(死神に心臓を掴まれた気分だ。畜生、これまでなのか? だが、俺はまだ死ぬわけにはいかない!)

 そう思っている所へ敵の砲撃が集中し衝撃がグリルパルツァーの体を包む。傍迷惑な友人の後を追ったのはその数秒後であった。

 

 

 ロイエンタールの旗艦「トリスタン」。その艦橋で副官のレッケンドルフは高潔な上官の戦いぶりを記憶に書き込んでいた。

 オスカー・フォン・ロイエンタールは帝国軍の数ある将星の中、華麗に戦う事が出来る少ない人物の一人だ。

 艦隊の用兵に於いては同盟軍の追従を許さず卓越した手腕を見せつけていた。

「いかなる敵であろうと、全力で当たる」

 これが武人としての礼節であるとロイエンタールは心得ていた。

 敵だからと蔑視したりしない仕えるに相応しい上官である。

 参謀長のハンス・エドアルド・ベルゲングリューンは、表示される戦況を見て眉間に皺を寄せる。敬愛する上官も不満そうだ。

 先手を取られ同盟軍に翻弄される様を見て、ロイエンタールは不快気に呟いた。

「これでは死んだビッテンフェルトの奴を笑えんな」

 前衛集団が壊滅しかけていた。しかしロイエンタールは負けるとは思っていなかった。

 数から考えてこちらの方が多いし、このまま殴り合えば、戦力の限られた敵はいずれ退かざるを得ない。

「どこまで耐えれるか見物だな」

 グリルパルツァー、クナップシュタイン両名が戦死しても分艦隊の生き残りはまだ戦い続けていた。

 各戦隊、駆逐隊が連携を取ろうと火網を構築し同盟軍の圧力に耐える。

「俺は良い部下に恵まれてる」

 耐えればロイエンタールが何とかしてくれると彼らは信じていた。

 ボロディンがロイエンタール艦隊に出血を強いていたが、長く持つとは思えなかった。3時間後。状況を変える報告が入った。

「方位1-8―0。新たな敵艦隊接近!」

 その報告で幕僚に動揺が走る。

「新手の別働隊か」

 ロイエンタールも驚いたが表面に現さない様抑え込んだ。

「艦艇数1万以上!」

 1万隻。ほとんど1個艦隊と言って良い。

 ミッターマイヤーの奴。敵を抑えきれなかったのか。

 守勢に立たされる。ロイエンタールは防御が得意ではない。

 その事に緊張を覚えた。

 ビュコックの第5艦隊は最良のタイミングで現れ、ボロディンとロイエンタールを挟撃する形となった。

 ロイエンタールが後背に対する備えを怠っていた訳ではない。

 しかし目前の敵に注意が集中していたのは事実だ。

 目の眩む思いだった。

 第5艦隊とロイエンタール艦隊後衛との距離はすぐに詰まった。

「敵艦隊発砲!」

 発砲炎がスクリーン越しに見えた。続いて砲火の嵐が叩きつけられた。

 最後尾の巡航艦が一撃で失われ、警戒の駆逐隊も砕け散る。 

 ディッタースドルフの旗艦に信号が上がり、分艦隊を率いて後方の消火に向かう。

 戦艦と巡航艦を中核とした4個の戦隊を先頭に、宙雷戦隊が後に続く。

 少しでも主力が体勢を立て直す時間を稼ぐ。それがディッタースドルフの考えであった。

 ロイエンタールも部下の考えを読みとり、前衛の戦列を下げ再編成を行った。

「ままならんな」

 ロイエンタール艦隊が押されている。

 戦闘経過6時間。事態は混沌と化している。

 両軍は激しい砲火の応酬と戦術行動で少しでも相手を削ろうと努力し、半日に渡る戦闘で将兵は疲弊していた。推進剤や弾薬消費から考えてもこれ以上の継戦も難しい。

(そろそろ退くか)

 疲労した頭でロイエンタールが考え始めた時、彼らが遂に来た。

「撃て!」

 旗艦「ベイオウルフ」でミッターマイヤーの号令が響いた。

 それに合わせてミッターマイヤー艦隊の砲撃がビュコックの側面を叩く。

 爆発の閃光が深い緑色に塗装された同盟軍艦艇を浮かび上がらせる。

「敵の増援です!」

 報告にビュコックは顎をつまみ考える。

 艦種の識別の結果、ミッターマイヤー艦隊と判明した。

「先程の坊やか」

 用心し過ぎに思えたミッターマイヤー艦隊がようやく動いた。

(やはり、こちらの罠を警戒していたのだな)

 ビュコックはミッターマイヤーの不可解な反応をその様に結論付けた。

(フェザーンに侵攻した敵戦力は、おそらくこれで終りだろう。後続がいるならもっと積極的に動いていたはずだ。手札は全て見せてもらった)

 フォークが訊ねてきた。

「閣下。そろそろよろしいでしょうか?」

 フォークが撤退を進言する。

「もう少しだけ敵を引きつけよう。いい酒は寝かせる事で旨くなる。味わうには多少の手間隙を惜しんではいかん」

 傍らでビュコックとフォークのやり取りを聞いていたスールズカリッターは比喩ばかりで意味が解らないと思った。

 両軍が引き上げを検討し始めた頃に応援はやって来た。

「友軍です! ミッターマイヤー艦隊です!」

 その報告にロイエンタール艦隊では歓声が起こる。

 疲れが吹き飛ぶ朗報だ。すぐに通信回線が開かれた。

 スクリーンにくたびれたミッターマイヤーの姿が映る。

「遅いじゃないかミッターマイヤー。疾風ウォルフの名前が泣くぞ」

 憎まれ口を叩きながらも助かったのは事実だ。ロイエンタールは感謝の意を込め会釈する。

 友人の軽口にミッターマイヤーも少し微笑む。

『待たせてすまん』

 ロイエンタールは不敵な笑みを浮かべ親友に提案した。

「よし。今度はこちらがやり返す番だ」

 帝国軍は合流した事で士気が盛り上がった。目前の勝利を確信していた。

 

 

 

 ルパート達の上官となったのはホフマイスター准将。ファーレンハイト艦隊で勇将と知られた人物で先頭切って戦う生粋の武人だ。

「その分、死に易いって事だと思うけどな」

 僕はその様に漏らした。

 勇将だろうが、馬鹿だろうが指揮官先頭で死なれたら、残された物が困る。

 例えて言うなら社長が現場にやって来た。

 あんた後ろに居てくれと言う事で、よく自分の責任と立場を考えて動いてもらいたい物だ。

「艦隊司令部より入電。全艦突撃せよ」

「航海長。舵、任せた」

 この命令は指揮の放棄に近い。だから僕も指揮を投げた。

「はい艦長!」

 全艦突撃。これは勢いに任せて突撃し、敵を蹂躙し押し潰すと言う物で、戦術でも何でもない。鋼鉄の濁流である。

(馬鹿でも出来る)

 前進方向に立ち塞がる敵は全て撃破する。この命令が出た時は、友軍の後に続くだけだ。

(むりせずに高みの見物と行こうか)

 味方はロイエンタール艦隊の側面を攻撃していた敵艦隊を突いた。

 これに呼応し、ロイエンタール艦隊も前進する。

「魚雷管発射準備よし!」

「主砲射撃準備よし!」

 次々と報告が入って来る中、僕は砲雷長に頷く。自分が熟練した駆逐艦乗りに比べたら未熟なのを承知している。細部は叩き上げの部下達に任せていた。

『目標、左舷反航の敵宙雷戦隊。突撃!』

 続けて教導駆逐艦から命令が下達され、ミステルも増速する。

 第241駆逐隊も駆けて行く。

「敵は此方の頭を抑える積もりのようですね」

「今更だよ」

 同盟軍も反応し宙雷戦隊が阻止行動に出た。すぐに敵の射程に入ったようだ。砲撃が襲いかかって来る。

 距離が詰まって来た。至近弾が降り注ぐ。そんな状況でも「ミステル」は幸運だった。

 前方を航行していた「プラウエン」に巡航艦の艦砲が高速で叩き込まれた。

「『プラウエン』被弾」

「ミステル」にまだ砲撃は来ない。

 運と言うか、確率の問題か。僚艦が被弾したようだ。

(幸運の女神っているのかな)

 そんな事を思っていると「ミステル」にも弾は飛んで来た。衝撃が響く。

「艦首左舷に被弾。人員被害無し!」

「右舷機銃壊滅!」

「前部上甲板B砲塔大破!」

 駆逐艦の主砲は戦艦のレールガンと違い、22世紀から使われている原子核破壊砲だ。

 今のところまだ、戦闘航行は続行可能だ。

 艦尾から衝撃が大きく来た。

 被弾二発で左舷艦尾が大破した。

(余計な事を考えたら、死亡フラグってやつか?)

 そして射程内に敵を捉えた。

 そろそろ頃合いかな。

「魚雷発射!」

 誘爆が怖いので先に撃ってしまう。

 何しろ駆逐艦だけで数千隻。下手な魚雷でも数撃てば当たるのである。

 その間にも友軍の被害は増える。

「『アナベルク』沈没!」

 前を進む「アナベルク」が沈んだ。

 航海士が必死に操舵し「アナベルク」だった残骸を避ける。

「うわ」

 中和磁場に細かい金属の破片などがぶつかって来た。中には恨めしそうな表情を浮かべた戦死者の遺体もある。

(こうなるとタント酸素飴も意味が無いんよな。仇は討つから成仏してくれ)

 主砲も射程に敵を捉えたようで報告が入る。

「撃て!」

 射撃号令で、「ミステル」の艦体が閃光に包まれ、砲火が獲物に向かって解き放たれる。敵を何隻沈めても賞与にはならないが、自分達が生き残る為だ。

 射撃開始後、弾着のカウントがスクリーンの端に表示される。

 僚艦も攻撃を始めたようだ。

 

 

 

「双璧の衝力は大した物だな」

 ビュコックは狼狽する事も無くフォークに話しかける。

 もし同盟軍であったなら自分の部下に欲しい所だと評価する。

「ええそうですね」

 フォークも十分過ぎる戦果をあげて笑顔だ。

「閣下、後退しますか」

「そうさな、頃合いだろう。ウランフ提督にも合図を出せ」

 猛禽類の様に瞳を輝かせ、フォークは秘匿回線を通して暗号電文を打つ。

 それを受け、これまでに待機していたウランフ艦隊が満を持して戦闘に参入する。

「かくし球か!」

 ミッターマイヤーはビュコックを押し潰すつもりだった。しかしウランフの艦隊が自分の艦隊に食い込んで来た。

「撃て!」

 敵の砲撃でミッターマイヤー艦隊に被害が出る。再び攻守が逆転した。

 ロイエンタールは舌打ちをする。

(まだ伏兵がいたのか。一体、奴らどれだけの艦隊を投入して来たんだ)

 混沌としていた事態は更なる深みへと入っていく。

(敵戦力はこちらの3倍。しかも熟練した指揮官に率いられて手強い)

 自分の部下でバルトハウザー、シュラーが戦死し、ディッタースドルフ負傷した。

 ミッターマイヤーの艦隊も圧されている。

(最悪な混戦状態だ。このままでは消耗戦になる。やられっ放しは癪に障るが、仕方ない)

「ここは退くべきではないか?」

 ロイエンタールの言葉にミッターマイヤーも同意する。戦況が消耗戦になれば、ただの力押しで潰し合いにしかならない。

「残念だがそうだな」 

 無意味な損耗を避けるべく、散らばった艦隊の再集結と戦線の縮小が迅速に行われる。

 後衛はゾンネンフェルス分艦隊と ホフマイスター分艦隊が堅固に固めた。

 

 

 

「連中、逃げていくぞ。くたばれカイザー!」

 部下の喜ぶ声とは逆に、ビュコックは同盟軍は追撃をしなかった。

 余力がないと言うのもあるが、逃げる敵は手負いの獣と言う。

 帝国軍の整然とした後退を見て、下手に手出しをすれば手痛い反撃を食らうと読めた。

「残念ながら双璧の首は討ち取れませんでしたね」

 フォークの言葉にビュコックは軽く答えた。

「何、次があるさ。それに迎撃と言う目標は達成された。十分ではないかな」

 まずは初戦の勝利でフェザーンと同盟の双方へ面目が立った。

(味方の士気も上げれたし今回はこれで良しとしよう。次も勝てるとは限らんが、努力はするさ)

 

 

 

 フレーゲルは会議室でサンドイッチを食べながら、幕僚を集め状況報告を受けていた。

「ロイエンタール、ミッターマイヤー両艦隊の参加艦艇42,770隻。その内24,680隻が失われました」

「手酷くやられた物だな」

 呻き声をあげる面々の前に、戦闘経過が三次元で再現される。

「これは……!」

 その艦隊機動を見て、それぞれが不快そうに顔をしかめる。

 今回の前哨戦は攻守が幾度も逆転した。

 その様な混戦の原因を作ったのは、ミッターマイヤーとしか考えられなかった。

(まるでこのサンドイッチのようだな)

 一枚目のパンがボロディン、次の具材がロイエンタール、その次に同盟軍のビュコック、応援に駆け付けたミッターマイヤーと来て、最後にウランフに挟まれた。

(ビュコックが餌で、挟まれたと言う事か)

 その様にフレーゲルは理解した。

「ミッターマイヤー提督に戦意なし。そのようにしか判断できません」

 前衛集団の損害を放置し、同盟軍第5艦隊の捕捉撃滅させるチャンスを逃した。

 フレーゲルの目から見ても明らかだ。

「再三にわたり、前衛集団の各分艦隊司令官から出された支援要請を、握りつぶしていたのも見逃せません」

 戦闘後には、二名の少将を解任し逮捕。分艦隊を解散させた。

(これから戦おうと言う時に、前線部隊の指揮官を解任するなど正気とは思えん)

 ここで取り逃がした同盟軍1個艦隊が、ロイエンタール艦隊を挟撃し損害を与えた。

 応援に向かったのは良いが、後手に回り過ぎて損害を増やした。

「何を考えていたんだ?」

 フレーゲルの問いに誰も答えられない。

「フレーゲル閣下。今回の敗因が誰にあるかは明白です」

 義眼の参謀が、処断を下すよう進言した。

「ミッターマイヤーか……」

「御意」

 ミッターマイヤーは今まで有能な指揮官であった。一度の失敗で全てを否定するには、惜しい人材だ。

 ふっと溜息を洩らす。

「代わりの指揮官はどうする?」

 オーベルシュタインが澱みなく答える。

「ロイエンタール艦隊が半減したので、補充と再編を兼ねて合流させようと思います」

 今回は、解任し後方で控えさせる。しばらく頭を冷えさせ、使えるようになったらまた活用すれば良い。

 信賞必罰。けじめは必用だ。それがオーベルシュタインの考えだった。

「分かった」

 かくしてミッターマイヤー艦隊は解散し、ロイエンタール艦隊に吸収される事となった。

 ファーレンハイトとミュラーの処断は撤回され、ロイエンタールの下で分艦隊の指揮を預かる事となった。

「ミッターマイヤー。女で身を滅ぼすか……」

 ロイエンタールは私室で、ミッターマイヤー艦隊解隊と自艦隊への合流を報告され、独語する。

 的確にミッターマイヤーの心理状況を把握したのは、刎頚の友である彼一人だった。

「卿の借りは俺が返してやる」

 グラスを手に取ると、琥珀色のブランデーを飲み干し熱い息を吐く。

 

 

 

 

 

28.フェザーン進行 第一段階(1)

 

 同盟が艦隊をフェザーンに派兵したのは、帝国との対決を辞さないという姿勢の表明もあった。

 現実に、ビュコックから帝国軍との交戦が報告された時、評議会は追加の派兵を決定した。

「敵の侵入した兵力は凡そ4万隻。帝国の双璧として名高いウォルフガング・ミッターマイヤーとオスカー・フォン・ロイエンタールの両提督が指揮官です」

 報告に対して感嘆したような溜め息が出る。同盟でも、敵の各級指揮官の分析はしている。自分たちに苦渋を飲ませて来た相手。若手の出世頭である分、能力的にも油断できない相手だ。

 現状は、同盟軍のフェザーン進駐から時間をそれ程置かず帝国軍は艦隊を送り込んで来た。帝国領内における大規模な叛乱鎮圧(アンラック方面)が終わって間もないこの時期にだ。

 これ程、迅速な対応が出来たのは事前に大規模な戦力を集結させていたからだ。その事は情報収集で周知の事実だ。

 フェザーンへの外交上の手札としか同盟もフェザーンも受け止めていなかった。

 今回、実際に矛を交え帝国が本気だと言う事は分かった。フェザーンを征服するか、降伏させるまでこの戦いは終わらない。

「我が軍は中々、勇戦しているようではないかね」

 楽観的な言葉が洩れた。それも無理はない。初戦を勝利で華々しく飾った。政治的効果も大きい。

 帝国軍の先鋒は約4万隻。そのうちの25,000隻近くを沈めた。

「生き残った艦艇にも損害を与えているだろうから、敵の前衛はほぼ撃破したと言える。第一回戦としては十分な戦果だ」

「いかに帝国が国力で我々より勝っていると言っても、4万近い損害を受ければ行動に支障が出る。当面は動けないのでは無いかね?」

 政治家は有権者に対して目に見える成果が必要だ。これで次回の選挙での支持率は期待できるとサンフォード議長は御満悦だった。派手に勝利を収める事が大衆への娯楽提供となる。

 ビュコックやウランフたちに栄典を授けようと、機嫌よく提案するサンフォードとそれに追従する主戦派の議員達。それに対して報告するシトレ元帥の表情は優れない。

「双璧は過去の戦闘で少なくない武勲を上げており、限定的な攻勢に使われるような人材ではないと考えられます」

「それで?」

 つまり帝国軍は本格的攻勢を行おうとしている。

 先鋒だけで4万なら、その後続はどれだけの戦力になるか。自分たちのイゼルローン攻略作戦を思い出せば分かる。当然ながら帝国軍が動員した戦力は、保有する全戦力の内かなりの割合を占めると考えられた。

 現在の派遣戦力では敵を支えられても退ける事は叶わない。増援を送るべきだ。それが軍の結論だ。

「この戦いで敵の侵攻部隊を撃破すれば、いかに国力で勝る帝国とは言え戦力の回復にかなりの時間がかかると考えられます」

「いや、それはさっき私が言った事と同じでは……」

 議員の言葉を一睨みして黙らせるとシトレは続ける。

「勝利は同盟にとっても国力を回復させる為の貴重な時間を生み出す事になります」

 その後、各省庁の有識者によってサンフォードや他の議員達に経済成長率や出産率、税収など事細かな説明が行われる。

 決戦。これに勝利できれば帝国領進攻ですら夢ではない。

「帝都オーディンで城下の誓いをさせる」

 妄想ではなく、急速に現実性を帯びてきた。

 ならばやるべき事は早急な増援派遣だ。

 反戦派として、今回の派兵も反対するだろうと思われていたヨブ・トリューニヒトも同意した。

「君が同意するとは思わなかったよ」

 周りからは意外そうな表情で言われた。

 トリューニヒト本人にとっては意外でもなく、敗戦の総括から導き出した当然の判断だった。

「無駄な派兵は反対だが、いざ戦端が開かれたのなら全力を尽くすべきだ。戦力の逐次投入で敗北する事こそ避けねばならない」

 かくして同盟軍はフェザーンに増援を送り込むべく大規模な動員令を発令した。

 第一陣として投入される戦力は3個艦隊。増援艦隊のフェザーン到着は約1ヶ月と見積もられる。

 パエッタ大将を指揮官に第2艦隊、ルフェーブル中将の第3艦隊、アルトミューの戦い後に第4艦隊を吸収したムーア中将の第6艦隊となる。

 シトレ元帥は今回の人選に納得していなかった。現地にはビュコックもいて指揮権はどうなるのだと言う意見もあった。

 大将に昇任した時期から言えばパエッタが先任だが、軍歴の長さでビュコックにかなう者が同盟軍に居ない。

「私としてはビュコック提督の指揮下に入る事に問題を感じない」

 現場の最先任者であるはずのパエッタがそう言うのだから、それならばシトレに異存はない。

 ロボス派の人間が指揮を取り、戦果を上げられたら困るそれだけだからだ。

 

 

 

 

 帝国側も動き出していた。

 帝国暦487年10月26日。旧アンラック公国首星チャモチャに駐留するクルーゼンシュテルン中将に転進命令が来た。

 治安維持に必要な一部の戦力を除き、速やかにフェザーン方面に転戦しろとの命令だった。

「計画より半月は早いな」

 10月13日にアンラック大公国における叛乱の鎮圧が終了したと発表されていたが、残党の武装勢力が各所に潜んでおり掃討はあまり進んでいなかった。その為、艦隊も軌道上から艦砲射撃やワルキューレを出したりと忙しく動き回っており、裏方として活躍している。

「今の状態では、まだ内務省に引き継げませんね」

「そうだな」

 幕僚の言葉にクルーゼンシュテルンも表情を歪める。

 占領地の治安維持業務は、内務省の武装警察と憲兵があたる。最終的には自警団などが内務省警察局の監督で代行する事になるが、現状では武装警察や憲兵に引き継ぐ事も難しい。

 命じられたのなら従うだけだが、疑問を抱かずにはおれなかった。

 添付されたフェザーン方面の戦況報告を読み進める内にクルーゼンシュテルンの顔色は変わる。

「なんと言う事だ、惨敗ではないか」

 前衛2個艦隊の敗退によりフェザーン進攻計画の一部は速められたという。

 事態を把握したクルーゼンシュテルンは顔色を青ざめる。

「ミッターマイヤー提督は更迭か」

 前衛が敵戦力を誘引しつつ、フレーゲル本隊が後詰めとしてフェザーン主府を陥落させると言う計画だった。総予備としてアンラックからの兵力転用も計画に入っていたが、自分達は保険の様な物だった。

 フェザーン方面での作戦の齟齬が生じた事で、自分たちにも影響が大きく出る。

「ともかく手開きの艦隊から準備出来次第、移動を始めさせてくれ」

 参謀長にその事を伝えると、肩をすくめて答えた。

「それでは補給計画も見直さないといけませんね」

「うん。頼んだ」

 この後、装甲擲弾兵の指揮官に事情を伝えなければいけない。航空支援の調整も必要だ。ワルキューレの対地攻撃は基本的にhi-lo-hi(軌道上から降下、低高度で戦闘、母艦に帰還)となる為、艦隊とセットだ。残る艦隊も選ばなければいけないし、やる事は幾らでもあった。新しい戦場は武人として楽しみだと言うが、上に昇れば昇るほど仕事が増える。素直に喜んでいる暇は無かった。

 停泊地の宙域を守る機雷原が出港の為、信号を受けて移動を始めている。各艦隊は出港を命じられ慌しい空気を醸し出していた。

 レンネンカンプ艦隊もその一つで、ラインハルト・フォン・ミューゼル准将の分艦隊もその中に在った。司令官の椅子に座りながらラインハルトは、麾下の艦艇から準備の報告を受けていた。

 報告が途切れ少し開いた時間、手を休めて従卒にコーヒーを持って来させる。

「フェザーンで叛徒共を相手に、双璧が破れたそうだな」

 喉を潤して気分転換にラインハルトはキルヒアイスに語りかける。

(出撃を命じられて嬉しいのは分かりますが、味方の敗北を喜んでいるように見えますよ)

 ラインハルトの嬉々とした表情を見てキルヒアイスは思った。

「中々、油断できない物です」

 頷き返しながらラインハルトは考える。

(もっとも、あの二人に油断があったとは思えないが)

 同盟軍を軽んじる心算はない。

「久々に骨のある相手と戦えそうじゃないか」

 ラインハルトは楽しげに言った。

 イゼルローンの戦いから久々に、叛徒相手に戦える。

 ラインハルトにとっては雪辱戦とも言えた。

「もしかしたら、我々が付く頃には戦いが終わっているかもしれませんよ」

 キルヒアイスは冗談交じりにそう言うと、ラインハルトは不快そうな表情を浮かべた。

 他人に獲物を取られるのは愉快な想像ではない。

(出来れば自分の手で叛徒と雌雄を決したい)

 ラインハルトは帝国軍でも優れた指揮官だと自分の才能を自負していた。しかし蓋を開けてみれば、頭の切れる割に深読みし過ぎて好機を逃し、叛徒相手に敗北を重ね降格された。

 実戦では持論を証明しようとする前に、任務分析をすべきだった。

 戦場では上級司令部の作戦指導で進む以上、自分も駒に役割を徹すべきだ。でないと、指揮系統だけではなく軍規を乱し余計な損害を出す事になる。

 事実そうだった。協力と言う事をしなかった為、自滅しそうだった。功名心、名誉欲。若気の至りと言えばそれまでだが、巻き込まれた部下はたまった物ではない。

 ラインハルトはラインハルトなりに反省していた。

(今度は失敗を繰り返さない。それに叛徒を倒す事は、戦死したビッテンフェルトの仇を討つことにもなる。降格されてからの自分に表裏無く付き合ってくれたのは奴ぐらいだった)。

 以前は「ラインハルト様」と忠犬のように側を離れなかった赤毛の親友――キルヒアイスは、女性との付き合いに忙しいらしく最近相手をしてくれない。

(まったく、姉上の事を忘れたのではないだろうな?)

 

 

 

 ロイエンタール艦隊は旧ミッターマイヤー艦隊を吸収し、再び帝国軍の先鋒としてフェザーン領内に進入する事となった。

 一方のビュコックは、帝国軍を一度撃退したからとそのまま待つような事はしなかった。

 魚雷艇や砲艦まで駆り出して、積極的にフェザーン回廊帝国側出口で攻勢に出た。警戒を掻い潜り輸送船団を狙った襲撃を繰り返して、帝国軍を干上がらせようとした。

 艦隊の再編成が急がれる中でこの被害は無視できる物ではなく、来襲する同盟軍に対応するため帝国軍も手を打った。

「航続距離から考えて魚雷艇や砲艦が長距離の作戦行動を取れるとは考えられない。拠点や母艦が存在するはずだ」

 巣穴を探せ。各戦隊、分艦隊が分かれて潜伏する敵の捜索に向けられた。

 上下左右見渡す限り灰色の帝国軍艦艇。

 前衛集団を指揮するのはファーレンハイト。分艦隊を指揮していた時より指揮する数は多いが、ファーレンハイトはこの大任に萎縮する事も無く普段と変わらず艦隊の指揮を取っていた。

(こちらの戦力分散を狙ってやった可能性も捨てれないな)

 自分の艦隊は、無人偵察機を放ち索敵も濃密に行っている。

(まぁ奇襲される可能性はないだろう)

 実績に裏付された自信をもっていた。

 

 

 

 貴族階層の出自で有るにもかかわらず、ゴールデンバウム王朝に対しオーベルシュタインの忠誠心はそれ程存在しない。

 王朝を倒そうと言う才気溢れる者がいれば、その覇道を手助けすべく馳せ参じたかもしれない。

 現実にはそのような人物も現れなかった。そんな現状で信じるべきは自分の信念であり、結果がすべてだ。

 帝国は変革の時を迎えつつあった。

「馬鹿な上官=貴族」と言う図式であった時代は変わりつつある。

 クロプシュトックやカストロプ叛乱が始まった頃は、法令を捻じ曲げ恫喝や圧力をかけて来る馬鹿な貴族が残っていたが、今では自然淘汰されている。

(社会階層論など、腐敗すればくだらん宗教だ)

 戦場で権威を主張するだけの馬鹿は、すぐ死ぬ。

 別に味方に背後から撃たれるとか、そう言う事ではない。

 状況に対応できず指揮系統を乱すから、右往左往して敵の良い的になる。

 戦場で生き残った貴族将校はそう言った事を自然学んでいた。オーベルシュタインもその一人だ。

(リッテンハイム侯爵が上官でなく良かった)

 自分の性格から言ってもリッテンハイム侯とは相入れず、叛意を抱いた事だろうとオーベルシュタイン分析する。

(侯の粗暴の悪さは噂に聞いている。一度はブラウンシュヴァイク公と交戦までしでかしたからな。妻子が皇帝の一門でなければ、間違い無く断罪されていただろう)

 皇帝から、恩賜の銀時計を賜った秀才の一人であるオーベルシュタイン。そんな彼の持論はNo1不要論である。他人が聞けば自己矛盾で質の悪い冗談にしか思えないが、当人は至って本気だ。

 軍隊と言う人的消耗の多い世界では、換えが効かないと組織は機能しない。

 双璧の様な有能な人材の存在は戦略の幅を広めるが、その反面、初戦の敗退のような不具合が有った時、代わる人材がいないと言う事になる。

(必要なのは精鋭では無く、補充の利く戦力だ)

 上官であるフレーゲルは理想的人物だった。

(ずば抜けて優秀と言う訳でもないが、無能でもない。部下に全てを任せ最終決定を下す鷹揚さは司令官人格に相応しい)

 名門貴族の系譜に連なる者として、血統も他者を頷かせる。

(もしフレーゲルが不慮の事故で無くなっても代わりはいる)

 今回、同盟軍の来襲に対して偵察任務を帯びて出港したコルプト子爵の分艦隊も、そう言った換えの効く戦力の一つだった。

 

 

 

 斬減作戦と言う言葉が有る。

 敵の戦力を削ぎ取るように消耗させ、決戦で叩き潰すと言う古くから使われた戦術だ。

 ウランフの信頼するサンドル・アラルコン少将が分艦隊2200隻を率いて誘引に動いた。

 これに対応したのが、偵察行動中のコルプト艦隊だった。

「索敵機より入電。敵艦隊を発見」

 通信士が無人偵察機からの報告を読み上げる。

「方位0-3-0。距離7.4光秒。仰角20度」

 CICの電測員も目を皿のようにしてレーダー見張りをしている事だろうが、無人偵察機の方が足は早い。

 敵の艦艇数は2200隻。コルプト麾下の艦隊とほぼ同数。

「よろしい諸君。戦闘開始だ」

 コルプトの宣言で艦隊は慌ただしく動き出す。

 コルプト子爵は部下に対し公平な人物であった。おそらく弟の死因がその直接的な原因だと思われる。

 彼の弟はクロプシュトック侯叛乱の際、装甲擲弾兵の大尉として中隊を率い参加。非戦闘員へ暴行を行うリッテンハイム侯の私兵を制止しようとして殺害された。

 その為コルプト子爵は、非戦闘員への虐殺など断じて許さずカストロプ鎮圧でも厳正な規律を保持し占領に当たった。

 この辺りが評価され、今回のフェザーン進攻の一員に選ばれた。

 一方の同盟軍だが、帝国軍と接触する前にアラルコンは移動を開始した。

「敵艦隊は転針しております」

(敵は気付いていない。このまま、本隊の位置まで案内させよう)

 その様にコルプトは判断した。

「このまま追撃し捕捉撃滅する」

 ミッターマイヤーが捕捉のチャンスを逃し、ロイエンタール艦隊が損害を受けたのはつい先日の事で記憶にもまだ新しい。

 コルプト子爵が戦果拡張を狙ったのも、この時点ではあながち間違いとは言えない。

 しかし、百戦錬磨のウランフが手ぐすね引いて待ち構えた。

 コルプトも実戦経験はあり、有る程度は洞察が出来る目を持っていたつもりだが、ウランフの方が策士だった。

 こちらが敵の存在に気付いていないと錯覚させて追跡を行わせる。砲火を交わさずに帝国軍を誘い込む。それがアラルコンに与えられた任務だった。

 気が付けばコルプト艦隊は後退する同盟軍を追撃して、フェザーン回廊に引き釣り込まれていた。

「今だ。全艦回頭!」

 コルプト艦隊を引き釣り込んだと判断し、アラコルン少将は艦隊を120度反転させる。

「敵艦隊一斉回頭します」

 コルプト子爵は眉をひそめた。

(まさか追跡に気付かれたのか?)

 そう思った瞬間、敵艦から一斉砲撃が始まった。

「敵艦発砲!」

 青い光の束がスクリーン越しに向かって来るのが見えた。

 前衛の戦隊が叩かれ瞬く間に、光球が続出する。

「くっ……」

「方位2-4-0より新たな敵艦隊出現!」

 左舷後方から敵がやって来た。

 後方の敵は4000隻ほど。

「敵は半個艦隊を投入して来たようですな」

 冷静に参謀が状況判断する。

「そのようだな」

 自分の迂闊さを呪った。

 名誉の戦死ならともかく、無様な敗北で死ぬのは恥の上塗りだ。

(それでは戦死した弟に顔向けが出来ない)

「救援要請を出せ」

 自分の無能を晒すようだが、部下を見殺しにするよりましだ。

 この急報を受けファーレンハイトが動いた。

 ロイエンタールも友軍救援の為、承認して分艦隊規模の戦力を急派した。

 帝国暦487年10月26日。コルプト子爵の分艦隊は同盟軍の狡猾な罠にかかり、包囲下から救援要請を出した。

 1800時。ファーレンハイトの下に、参謀長がココアを入れ持って来た。

「援軍が来るまで、彼らは耐えられるでしょうか」

「耐えろとしか言えんな」

 受け取りそう答え、一口含む。

「薄いな。ココアとカルピスはたっぷり入れた方が上手いんだ」

「そうですが、健康には薄口が良いんですよ」

 参謀長の言葉にファーレンハイトは苦笑を浮かべた。

 その時、先頭を航行する「ミステル」が会敵した。

 

 

 

「方位3-5-0。距離10.5光秒先に敵艦隊の反応」

 報告の声に僕は耳を傾けて考えた。

「新手の敵艦隊かな」

 艦隊司令部に敵艦隊発見の報告を上げた。

「艦艇数は凡そ800隻」

 僕らの前に現れたのは、同盟軍デュドネイ分艦隊840隻。

 先に口火を切ったのはあいつらだった。

「敵艦隊発砲!」

 灼熱に燃えあがったウラン238弾が襲いかかって来る。

(綺麗だな)

 数秒遅れて、友軍の主力艦も射撃開始する。他の宙雷戦隊が動き出した。

「バルスームより入電。我に続け」

「ミステル」が所属する宙雷戦隊旗艦の巡航艦「バルスーム」からも指示が出た。

「さあ、お仕事だ」

 4個駆逐隊16隻が一斉に動き出す。演奏の始まりだ。

 敵の砲火がエネルギー中和磁場を打楽器の様に叩き、振動を送って来る。

「ミステル」も射撃準備は完了しており、命令を待っていた。

「方位0-1-0。距離4.5光秒。俯角20度に敵宙雷戦隊」

 反航するように両軍の宙雷戦隊がすれ違う。艦橋の中が緊張感に包まれる。

 僕は駆逐隊司令からの射撃許可を待っている。

(まだか、まだか……)

 敵の駆逐艦が肉眼で視認出来る距離になった。その瞬間、司令駆逐艦「メンヘラ」から射撃命令が出た。

『撃て』

 射撃管制で、それぞれの駆逐艦に目標が被らないように付与されている。

「撃ち方始め!」

 僕も指示を出す。

 当然、敵も射撃の時期を待っていたのだろうが、先手を打ったのはこちらだった。

 火線が敵の艦体を貫き、呆気なく火球と化す。

「脆いな……」

 違和感を感じて僕は呟いた。

(敵の錬度が低い。先日の相手とは大違いだ)

 

 

 

 

 ルパートの違和感は正しい。デュドネイ准将の艦隊は若年兵が補充として送り込まれており、ウランフの艦隊では錬度の低い方だった。

 早すぎる実戦投入だがウランフは戦力が限られている以上、使える物は使うと判断だった。

 目的は、敵が送り込んでくるであろう敵艦隊の足止めで、デュドネイの他にも複数の分艦隊がフェザーン回廊帝国側出口周辺で動いていた。

「方位3-5-0。敵宙雷戦隊接近!」

 スクリーン上で味方の宙雷戦隊が鎧袖一触と片付けられる瞬間を目撃した。

(熟練した動き。敵の方が腕は良いな、自分の部下に欲しいぐらいだ)

 デュドネイは鼠狩りの指示を出す。

「スパルタニアンを出せ」

 駆逐艦にとっての脅威は敵主力艦だけではない。スパルタニアンは単座式戦闘艇。対艦攻撃能力を持った危険な敵だ。運用や開発の歴史だけで、本が数百冊書けるほどだ。

 

 

 

 敵主力艦まであと少しで射程に入る。そう思って、僕は気合いを入れていた。

「敵機直上、急降下!」

 スクリーンに敵の編隊が表示される。

 3、40機は居るだろうか。一塊りになって襲いかかって来る。

「バルスーム」から指示は無い。このまま一気に敵主力艦に肉薄し魚雷を撃つ心算だ。

 上が何も言ってこないなら僕に出来る事も限られている。

「針路そのまま。俯角15度。第4戦速!」

「針路そのまま。俯角15度。第4戦速、宜候!」

 航海士が復唱する。

「ミステル」は敵艦隊の下方へ潜るように進む。

 まぁ三次元戦闘の宇宙空間で上下も無いが、自艦が基準だ。

「対空戦用意」

 サイボーグ技術の発達はアイボールを装着した「ゆうどうミサイル」を誕生させた。これは既存の誘導ミサイルを超えた命中性能を発揮し、艦隊防空の要となった。

 同盟軍の手口は読めている。艦隊による嫌がらせの様な攻撃。

 こちらが少数なら討ち取ってしまおうという漸減作戦だ。

 劣勢なゲリラが戦力差を補おうと、昔から繰り返し行われた手だ。

 これで帝国が、敵の策源地を叩くモグラ叩きの様な行動しかとれなければ、かなり不利だっただろう。

 しかし今回はフェザーンを滅ぼし、同盟領に攻め込む本格攻勢だ。

 躊躇も遠慮もしない。

 まずは、迅速にコルプト艦隊を救出し味方勢力圏まで引き揚げる。

 その様に指示されていた。

 だから次のキャンペーンに備えて「ミステル」の生存性を第一に、無理なく戦う。

 

 

 

 同盟軍はこれまでの戦闘経験から、一度に500機以上のワルキューレが出撃して来る可能性は無いと判断していた。

 さらに同盟軍は少ない戦力を補うため、小隊が平面では無く、三次元的な立体を組む。それを中隊単位で拡大して行き、空間を覆うコンバットボックス編隊を採用している。

 若年兵の補充兵が多い中、一撃離脱で個別の格闘戦に持ち込ませないための苦肉の策だ。

 同盟の若き撃墜王オリビエ・ポプランの洗練を受けたモランビル大尉も、その教えを守り3機1体の小隊連携プレイで、回避運動を取りながらも前進を止めない巡航艦に狙いを定めて、帝国軍宙雷戦隊に襲いかかった。

 視界一杯に拡大して来る敵艦。

 迎撃の弾幕が撃ち上げられるが怖くなどない。

 モランビルが対艦ミサイルを放つと僚機もそれに続く。

 振動と重力が体に襲いかかって来る。

 離脱しながら、首をのばして戦果の確認をした。

 後方に火球がまた一つ生まれていた。

 

 

 

「『ゲンゼキルヒェン』沈みます!」

 友軍の船が沈むのは残念だが、別に悔しくも悲しくも無い。特に親しくないからね。

 敵編隊は反復攻撃を繰り返して来た。

「俯角45度より、敵機来襲!」

 敵主力艦までの距離が永遠に思える。

「間も無く魚雷の射程に入ります」

 報告に頷く。今度はこちらの番だ。

 教導駆逐艦から射撃指示が出た。

 僕達、帝国軍宙雷戦隊は同盟軍の戦列に向け魚雷を放った。

 射出の衝撃の後「ミステル」は右舷に転舵し、敵との距離を稼ぐ。

「とっとと逃げよう!」

 撃ったら速やかに逃げる。戦艦に比べて豆腐な装甲の駆逐艦は一撃離脱が基本だ。

「命中まで30秒」

 先任が表示された時間を読み上げる。

 反転離脱しようとする艦列を同盟軍の砲火が叩く。青い光が雨の様に降り注ぐ。

 これが殺し合いでなければ綺麗だと見とれるぐらいだ。

「『プロエスチ』被弾」

 不運な僚艦が爆発し火球へ姿を変えた。

 第4戦速から第5戦速に上げ、本気で逃げにかかっている。

「5、4、3、2、1……今!」

 期待してスクリーンを眺める。

 迎撃で阻止されたようだ。光球は3つ。うちの宙雷戦隊だけの戦果だ。

 錬度が低いと言う分けでもないが、不満足な戦果だ。

 他の宙雷戦隊はどうなのだろう。

 

 

 

 2000時。帝国軍は移動中の戦力を含めると、保有戦力の大半をフェザーン回廊に投入していた。

 国内の不満分子を一掃し障害は無い。そう言った判断だ。

 戦争の影響を受けず、帝都は煌びやかな光に包まれている。

 オーディン郊外にあるリッテンハイム侯爵の館に、訪れる者がいた。

 内務省警察総局次長のエーリッヒ・フォン・ハルテンベルク伯爵。リッテンハイムとは若い頃から馬が合い、今でも親しく付き合う間柄だ。

「卿の所にはもう来たか? 軍務省が諸侯に私兵を提出するよう通達して来たそうだ」

 帝国が総力戦に移行しつつある中、安穏と過ごせるわけではない。

 警備隊などの私兵部隊の供出は軍役の一つだ。

「後方警備と言うやつだな」

 正規軍に比べてどうしても錬度や装備で劣る私兵は、カストロプやアンラックの時の様に後方で支援する。

「ブラウンシュヴァイク公の所ならともかく、うちは財力も限られているから元から大した警備隊は持ってない。大規模な私兵を抱えてる卿など大変だな」

 リッテンハイム侯の私兵は一時期に比べれば減少したが、今でも帝国で第三位の戦力を保有している。

 一位は言うまでも無く帝国軍。二位がブラウンシュヴァイク公だ。

「国内にいる帝国軍の戦力が限られているからな。仕方あるまい」

 これも皇帝に仕える貴族の務めだ。

 そう言いながら、リッテンハイム侯の脳裏に、皇帝から登城を禁じられた悔しい日々が蘇る。

 カストロプ叛乱鎮圧に協力し、ようやく皇帝の怒りも解けたのか、つい先日社交界に復帰した。

 ブラウンシュヴァイクのあの厭らしい笑みを忘れる事が出来ない。

 恥辱だ。

「帝都を今護るのは近衛師団と憲兵だけ。叛乱でも起こされたらひとたまりも無いな」

「そうだな」

 ハルテンベルク伯爵の言葉で考える。

 クロプシュトックやカストロプは玉を押さえないから失敗したんだ。

 私なら確実に抑える。

 娘が王冠を戴き、玉座に座る光景が脳裡に浮かんだ。

 馬鹿な、不敬だぞ。頭を振る。

「どうした。急に黙り込んで?」

「酒に酔ったのかもしれんな」

 クロプシュトックの言葉に笑みを浮かべる。

「ふ。お互い良い歳だからな。あまり無理するな」

「ああ」

 本当に、酒に酔ったのかもしれないとリッテンハイムは考えた。

(だからこの様な考えが、次から次へと浮かぶのかもしれない。皇帝を廃し、我が娘を帝位につけるなどと大それた事を……)

 

 

 

 10月27日0100時。

 ファーレンハイト艦隊が手こずっていた頃、コルプト分艦隊はその数を200隻にまで減らしていた。

 スパルタニアンがしつこい蝿の様に襲いかかって来て、ワルキューレがその駆除に追われている。

 緑色の細長い艦艇が艦首から青白い光を放ち、その光に貫かれるたびに、光球と火球が生まれ爆発する。

 最早、救援の到着を望める状況ではない。

 コルプト子爵は覚悟を決め、次席指揮官のワン・ニャン大佐に連絡を取った。

「ワン大佐。私が死んだ後は卿が最先任だ。後は任せたぞ」

 スクリーンの向こうでワン大佐は顔を歪めたが、コルプトの決意を読みとり答礼し答える。

 防戦一方だったコルプト艦隊は、紡錘陣形を組み包囲突破を挑んだ。

「撃て!」

 同盟軍は逃がすまいと火網をさらに集中するが、死兵相手の戦闘は損害が出る。

 コルプトは後衛として最後まで残るつもりだった。

「閣下。旗艦の移乗を進言いたします」

 艦長の言葉にコルプトは断り席を立つ気配はない。

 自分の美学だけで、司令部を失うのは責任ある立場に相応しくない。

「閣下」

 再度、艦長が進言しようとするがコルプトは瞳を閉じ答えない。

 幕僚の中には、狼狽したように辺りを見回す者もいた。

 死にたくない。それが誰しもの考えであった。

 コルプトの考えは異なる。指示はすでに伝え終えた。あとは華麗に死ぬだけだ。

(もうすぐ、弟の元に行ける)

 それだけが望みだった。

 これから激しく出なるであろう叛徒との戦いで、帝国軍は女性にも軍の扉大きくを開いていた。

 ミシェル・キゼベッター大尉もそういった女性たちの一人で、士官学校を卒業後、部隊配属を経て各種学校に入校し特技教育や、将校としての教育課程を済ませ将来を約束されていた。周りからも将来の女性提督と大いに期待され、本人もその点は自覚している。そして、参謀の一人として分艦隊司令部の末席に連なり今回の戦いに挑んだ。

 現実の戦場で彼女の存在はちっぽけな物だった。優れた作戦を立案して、味方の勝利に貢献するなんて夢のまた夢。

 右舷を航行していた戦艦が立て続けに3隻沈んだ。

(あれは、「イーダーオーバーシュタイン」と「フライブルク」。それに「ハイルブロン」ね……)

 スクリーンを凝視し額に汗を浮かべながら、彼女の優れた記憶力は沈んだ艦名を導き出す。

 しかし今そんな情報は必要ではない。

 分艦隊司令のコルプトはすでに諦めきっており、後は少しでも多くの敵を道連れに沈める心算だった。

 その空気は司令部幕僚にも蔓延しており、戦死はほぼ確定していた。

(嫌だ。こんな所で死にたくない)

 湧き出てくる想いを抑えるのも将校の務め。部下の前で醜態を晒す訳には行かない。

 もしここで取り乱せば、今までの評価が一気に覆る。所詮、女は戦場で使えないとなってしまう。

 それだけは嫌だった。

「本艦上方より魚雷多数接近!」

 スパルタニアンにワルキューレの警戒が引きつけられている間に、コルプト艦隊の隙間を縫うように忍び寄っていた魚雷艇が雷撃を行った。実体弾に中和磁場も役に立たない。

 死は免れない事を悟った。

(お母さん……)

 それがキッゼベッターの最後となった。

 帝国暦487年10月27日。結論から言うとコルプト子爵の救出は失敗した。

 同盟軍によって張り巡らされた罠に引きずり込まれ、ファーレンハイト艦隊が駆け付けた時には、コルプト艦隊が壊滅していた。ウランフは追撃をせず迅速に引き揚げ、アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト も残存する艦艇を収容し終えると後退の指示を出す。

(今回は負けたが次は勝てば良い。それに、これも作戦計画の進行では、些細な事に過ぎない)

 そのように思うことでファーレンハイトは割り切ろうとした。

 両軍の交戦開始から概ね一週間が経過した。帝国軍に出血を強いながらも、同盟軍は8000隻の艦艇を消耗している。フェザーンでも艦艇の建造は出来るが、人的資源の確保は難しい。

 帝国軍は前進が困難と見るや、激烈な火力支援で収容部隊を配置し、逐次後退を始め回廊出口周辺を固め始めた。

 遊撃戦を使用する敵は、自軍より大きな敵と正面からぶつかり合う事はしない。生き残る事が目的だからだ。

 この種の敵に対し鎮圧する側は敵を拘束する為、二種類の手段を取る。離脱経路沿いに阻止陣地を作る事。もう一つは包囲し捕捉・撃滅する事だ。

 アレクサンダー・パパゴマスが20世紀後半、ペロポニソス半島で共産ゲリラを掃討したのが阻止陣地構築だ。同時代に朝鮮半島で行われたハンマー・アンド・アンビルと言う方式では約2万名の邪悪な共産ゲリラが包囲撃滅されている。

 帝国軍が使用したのは前者の阻止陣地方式だ。

 同盟軍の接近経路は限定されている。そして、帝国軍の投入に必要とされる戦力も比較的少なくて済む。

 帝国軍の指揮官達は、叛乱軍を撃滅する為の方法を学び取りつつあった。

 一方同盟軍は、フェザーンへの全面侵攻を企図する帝国軍に対し、占領された回廊出口周辺の回復は正直な所困難だった。

 ビュコックは同盟からの新たな増援投入の知らせに対して、「敵の侵攻を阻止し、友軍増援の到着を以て反撃する」と基本方針を明示した。

 監視網による敵情報告に基づくと、帝国軍の方でも増援の到着を待っているような兆しが見受けられた。

 双方、少しでも現在の敵を減らして置きたい所だ。

 

 

 

 11月5日、ビュコックは「毛髪作戦」を発令し、フェザーン回廊帝国側出口から戦力を引き揚げを開始した。

 恒星ブーゲンの星系を構成する惑星ブカにも、1個連隊を主力とする守備隊が駐屯していた為、ゴードン・シャムウェイ大佐の指揮する駆逐艦50隻が11月10日、引き揚げの為向かい、次いで11日午後8時49分に人員を収容し帰途についた。

 叛徒が引き揚げつつあると言う報告に対して、帝国軍も黙って見過ごしはしなかった。

「すぐに阻止に迎えるのは誰だ?」

 ファーレンハイトの問いに幕僚は、惑星ジョージアのクジラ泊地で休養を取るジョン・スミス大佐の戦隊を報告した。

 スミスは奇襲戦法の名人ではないが、駆逐艦乗りとしての戦歴も長く信頼できる指揮官の一人だ。

 スミス大佐の手元には38隻の駆逐艦がいて、その中にルパート・ケッセルリンクと「ミステル」の姿もあった。

 ファーレンハイトの迎撃指示はすぐに伝えられている。具体的に達成すべき目標は明確だ。

 敵を撃破する。ただその一点に集約されていた。

 12日零時過ぎ、ブーゲンとブカの中間にある公転軌道を周回している小惑星群の一つ、ワンダと名付けられた宙域で帝国軍は迎撃した。

「敵艦隊発見! 方位0-1-0、距離6光秒先」

 自軍に向け接近して来る同盟軍艦隊を発見した。

「射程に入り次第、ぶちかませ」

 スミス大佐は司令用座席に腰掛け、部下達の動きを見守っていた。

 指示は出した。後は結果を見せてもらおう。

 まず3個駆逐隊が一斉に魚雷を発射し10発が命中した。

 当たれば戦艦も沈める魚雷だ。駆逐艦相手なら言うまでも無い。

 青い光球が見えた。

 攻撃を受けたシャムウェイ大佐は戦況を立て直そうとしていたが、初戦の奇襲を受けた混乱は大きかった。

 この段階で選ぶべき手段は、反撃では無く離脱を優先すべきだった。

 

 

 

「敢闘精神は評価するが、状況判断がまずいな」

 叛徒の対応は平板的なものであった。

 敵の質も色々あるなと僕ははっきり確認できた。

 認識の甘さ。野戦の小隊分析官(補助官)のように敵をそう評価した。

「敵艦隊発砲」

 こちらの攻撃に敵が反撃を始めた。

 帝国軍は小惑星群を影に地形防御の効果もある。敵の砲撃は漂う氷塊や岩を撒き散らすだけだ。

(下手くそ)

 顔がにやけるのは仕方がない

「旗艦より入電。全艦突撃せよ」

 通信士の報告に頷く。

「針路そのまま。第四戦速」

 増速の指示を与えた。

「針路そのまま。第4戦速、宜候」

 航海士が復唱し、「ミステル」は艦体を震わせ加速する。

 この後、帝国軍がさらに肉薄し魚雷攻撃をしかけ叛徒の戦列は乱れた。

 一時間後には合計して34隻の駆逐艦を失い、敵は撤退を余儀なくされた。僕らの受けた損害は無く完勝だった。

 

 

 

 帝国歴487年11月19日。ブカの戦いの後も接触線で小競り合いは続いていた。

 同盟軍は「K号作戦(毛髪)」に基き遅滞行動を取りながら後退し、帝国軍は接触を保ちながらフェザーン領内へ浸透しつつあった。

 ロイエンタールは戦況表示板に瞳を凝らせ、敵の手を読もうとしていた。

(焦ってはならない)

 敵の後衛が戦線を堅持している為、闇雲に前進すれば被害が出る。友軍は回廊出口周辺を着実に抑えている。

 帝国領内の不満分子を一掃し、後顧の憂いを取り除いた帝国軍は戦力を増強されつつあり、物資も豊富にある。

 ロイエンタールが見る所、劣勢な敵は決戦で我が軍に打撃を与え戦力を回復する時間を稼ぐ心算の様だ。帝国軍としても敵に時間を与える事無く、速やかに主府を落としたかった。

(こうなって来ると、初戦の失敗が影響を与えて来るな。ミッターマイヤーの奴が私情討ち洩らさなければ……)

 子飼いの各級指揮官を失うなどと、ロイエンタールが被害を受ける事も無かったかもしれない。

 ロイエンタールの心を暗くしていたのはその事だけではない。

 吸収した旧ミッターマイヤー艦隊のファーレンハイトやミュラーは、武名の誉も高く優秀だが、親友の面目を潰し更迭の原因の一つと言えた。

(正直気に入らない)

 部下には公正であろうとは心掛けて来たが、今は自分の視界に入らない前線に居て欲しい。可能なら死んでくれ。それが本心だった。

 いかに気に入らなくても、指揮官には冷静に判断を下す勇気が求められる。そして戦場では、失敗を少なく抑えた者が勝利する。ロイエンタールはその基本を無視しようとしていた。

 そしてロイエンタールの迷いや苛立ちを読んだわけでもないが、11月20日、ひたすら持久し耐え、戦線を縮小した同盟軍は攻勢に出た。

 指揮官はウランフ中将。投入兵力は2万余隻。

 奮発して送り出した結果、ビュコックの手元に残されたのは貧弱なフェザーン警備艦隊と、急造された駆逐艦や特設砲艦と言った補助艦艇ばかり。

 戦力の少ない側が戦力の分散をさせるのは戦術の基本だ。一般的に戦力を集中させることこそ常道だと思われているようだが、少ない側は生存率を高める為、正面対決を避けた選択をする。

 それにビュコックは各個撃破を避けれるだけの指揮能力を持っていた。

 

 

 

 ロイエンタールは硬い表情のまま、司令官の座席に座っていた。

「叛徒の軍勢はこちらの警戒線を突破。“大将軍の城”に向かう様です」

 幕僚は報告に色めき立ちロイエンタールは眉間に皺を寄せる。

「後方遮断が目的では?」

 2万隻と言う戦力は本格的だ。敵の目的は帝国領側の後方遮断。これをやられると、フェザーン回廊に進出した帝国軍は干上がってしまう。普通に考えれば放置できる物ではない。

「まんまと出し抜かれたと言う訳か」

“大将軍の城”はイゼルローン要塞よりは小型だが堅固な防御拠点だ。簡単には落とせるとは思えない。しかしながら兵站線は寸断される。

(厄介な事をしてくれたな)

 喧騒が艦橋の中を覆う。

「帝国領に一歩でも踏み入れたら奴らの艦隊など全滅だ!」

 激昂した若手士官の言葉に頷ける物もある。

 フェザーン進攻の総司令部が設置され兵站の中継基地でもある。アンラック方面の増援到着まで持ち堪える機能は十分にあった。

「閣下。ここは今すぐ、“大将軍の城”の応援に向かいましょう!」

 参謀の一人がそう進言して来た。

 幕僚の熱気とは逆に冷め、ロイエンタールは呼吸音だけで笑った。

「逆に我が艦隊は行動の自由を得たぞ」

 自分たちの目の前に広がる接触線は、実は手薄の可能性がある。ここ数日の小競り合いは戦線が手薄になった事を偽装する為だったとも考えられた。

「各戦隊に集結命令。これより我が艦隊は敵主府を目指す」

 フレーゲルに敵主力を押しつける。増援も間も無く到着する。そうすれば戦況など盛り返せる。そのように判断した。

 それにロイエンタールは自らの闘争本能を満たす戦いを欲していた。

 

 

 

 コルネリアス・ルッツ少将はカストロプ討伐でバーゼル艦隊相手に勇戦した。今回も活躍が期待され、フレーゲルの招致に答え参加している。

 ロイエンタールが先鋒としてフェザーン領内に切り込む仲、ルッツはフェザーン回廊帝国側出口を固めていた。出来れば自分も前線で武勲を上げたかったが、アンラックからの増援到着までの我慢と納得していた。

 ルッツの与えられた旗艦。その艦橋で報告を受け取った11月22日の事であった。

「警戒中の第241駆逐隊と連絡が途絶えました」

 提示連絡の時間になっても報告がない。不審に思いこちらから問い合わせたが連絡は無かった。

 ルッツは即座に可能性がある答えの一つを導き出した。あるとすれば敵と遭遇し壊滅したと言う災厄だ。

「“大将軍の城”に報告。敵が戦線を突破し侵入した模様。警戒されたし」

 艦橋内に緊張の空気が走る。戦闘の主導権が敵に握られた可能性がある。

「受け持ちの哨戒区に向かおう。敵がもし居るなら速やかに発見せねばならん。時間との勝負だな」

  確認の為、無人偵察機も出そう。そう思ったところに更なる報告が入る。

「先導の巡航艦『シュベリーン』より入電。方位2-3-0に質量反応。艦隊らしき物接近中」

 方位から考えて敵の方向に当たる。本来ならロイエンタール艦隊が居るはずだが、彼らが戻って来る理由がない。

(ならば誰だか言うまでもない。敵だ)

「遅かったか……」

 返信する間も無く「シュベリーン」がレーダーの表示から消えた。彼らが来たのだった。

 戦闘経過20分でルッツ艦隊は粉砕された。それでも、要塞の指令部はルッツ艦隊の生き残りが放った緊急電を受信し防禦を固める事が出来た。

「無駄に艦隊を出撃させて敵に戦果を上げさせるよりも、要塞に篭り、粘り強く守備に徹し凌ぎ切れば、増援が到着するのは時間の問題だ」

 狼狽する部下に対してオーベルシュタインは平然と言った。

「艦隊の人材育成も無尽蔵に出来る訳ではない。参謀長の案で決まりだ」

 フレーゲルはオーベルシュタインの意見を全面的に支持し、全般指導方針を決めた。

「友軍到着までこちらから仕掛ける事はしない。のんびり行こう」

 穴倉に篭った熊をいぶりだすのは難しい。同盟軍はイゼルローンとは違う相手の出方に戸惑う事になる。

 

 

 

 11月24日。緑色に塗装された同盟軍の艦艇が、球体の形状をした“大将軍の城”を包囲していた。そして色鮮やかな爆発の閃光が表面を覆っている。

 叛徒の軍勢がロイエンタール艦隊を抜きここまでで来ていた。ある程度の来襲予想はしていたが、正確な位置が判明したのは要塞のレーダー探知圏内に入ってからだった。

 回廊周辺に設置された偵察衛星やカクミサイル発射衛星、FTLの中継施設を破壊され電波妨害まで受ける中、帝国側の対処はルッツ艦隊の急報を生かし何とか後手に回らずに済んだ。

 叛徒は本気で要塞を攻略するつもりのようだ。

 この要塞はイゼルローン要塞とは仕様が異なり、来襲した敵艦隊を圧倒的火力で一掃すると言う事が出来ない。

 防禦には駐留艦隊と各砲座、ワルキューレが連携して当たっていた。

 要塞にはオフレサー上級大将が居た。

 久しぶりに自分が戦斧を振るえるかもしれない状況に精神が昂っている。上級大将の地位についても、後方の事務机を前に座って安穏としているより戦場の空気を好む。

「2万隻とは叛徒の奴等、随分と数を持ってきたな」

 スクリーンでは敵艦隊と激しい砲火の応酬が行われていた。

「ええ、本来なら無敵砲台で防衛は完璧なんですが、まだ用意できていません。敵揚陸部隊への対処は宜しくお願いします」

 フレーゲルの言葉にオフレッサーは、満面の笑みを浮かべ任せろと応えた。

 顔面に刻まれた傷はオフレッサーの誇りだ。幾多の死線を潜り抜けた勇者の勲章と言えた。「最近は体がなまっていたからな。楽しませて貰うさ」

 オフレッサーの軽口に、彼が居れば大丈夫だとフレーゲルは安心する。装甲服の下にある肉体が、鍛え上げられ贅肉を付けていない事は皆知っている。彼こそ万夫不当の勇士だ。

 オフレッサー自身は飢えていた。魂の震えるような熱い闘争を求めていた。 

 彼の要求に応えられるだけの、武人としてぶつかり合える技量を持つ相手は中々居ない。

 ヴァンフリート4=2で戦った相手は、自分を殺すに相応しい技量を持っていた。あの時は邪魔が入ったが、好敵手にまた会えるのだろうか。

 

 

 

 軍務尚書エーレンベルク元帥の執務室に統帥本部長シュタインホフ元帥、宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥の二人が訪れていた。卓上には決済を待つ報告書と参考資料がうず高く積まれている。

 エーレンベルク元帥の前で来賓用のソファに深く腰かけるのは、この二人ぐらいだ。

「諸侯の動員は問題無く進んでいる。計画通り皇帝陛下の御臨席で、出陣の観閲式を挙行し彼らの戦意を高める予定だ」

 帝国軍は宇宙艦隊だけではない。諸侯が警備隊等の名称で数多くの私兵を保有する。編成や装備も様々だから、即座に実戦投入できるとは考えられないが掻き集めれば役には立つ。フェザーンへの往路と現地到着後で十分鍛え上げられるはずだ。

 シュタインホフ元帥の説明にエーレンベルク元帥は頷き、書類をめくる手を止めミュッケンベルガー元帥に尋ねる。

「“大将軍の城”に迫った敵。あれはどうする心算なんだ?」 

 フレーゲル艦隊は要塞に篭り防戦している。アンラック方面からの増援到着までは持ち堪えられるだろうというのが宇宙艦隊司令部の見解だった。それに、フレーゲルの参謀長はあのオーベルシュタインだ。気に入らない風貌だが能力だけは優れている。奴がいれば大丈夫だろうとミュッケンベルガーは確信していた。

「応援到着を以って逆襲する。イゼルローンで使い古された手だが、そうするようだ」

 要塞主砲のような決戦兵器がない以上、それが妥当な手段だと考えられた。

「うむ、理解した」

 従卒の入れた抹茶ラテで喉を潤して、エーレンベルクは言葉を続ける。

「先鋒のロイエンタール艦隊はそのまま前進しているそうだな」

「ああ。さすが双璧の一人、やる事が早い」

 ミュッケンベルガーは肯定的だが、シュタインホフは不満そうに僅かに表情を曇らせた。彼は独断先行より組織としての指揮統制を望んだ。安定した戦線の回復こそ優先すべき課題だと考えていたからだ。

 フレーゲルの幕僚の中にもロイエンタールを呼び戻そうと言う意見はあった。しかしオーベルシュタインは居なくても良いと判断し、フレーゲルはそれを認めた。

 現場部隊の指揮官が問題ないといっている以上、シュタインホフが口を挟む余地はない。

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