29.フェザーン進行 第一段階(2)
フェザーン進攻、それに続く同盟領進攻作戦の立案は帝国国内の意思が分裂した状況では不可能だった。
貴族の利害、見解、志向が紛糾しなかったのは、ひとえに皇帝の威光故だった。
イゼルローン要塞陥落で一時は和平を唱える声も上がったが、自由惑星同盟は原始キリスト教的平等関係を復活させ、また帝国にもこれを承認するよう要求していた。
同盟側の発言は帝国側を激怒させるに十分な物だった。
「我々は皇帝と言う偶像崇拝をする帝国臣民を憐れむ。我々自由惑星同盟には皇帝は無く、諸侯もなく、貴族も無い。一切の権力者は無く、自ら日々の糧を得る為、自ら働いて獲得しなければならない」
当時の社会情勢から考えて、貴族と平民を対等にする事などまったくあり得ない話だった。
フェザーンも激しい革命的性格を帯び、帝国の支配を痛罵した。
この件に対して、ブラウンシュヴァイク公爵は次の様な言葉を残している。
「彼奴らは、皇帝陛下の御政道に耳をかさず道理を弁えない。彼奴らが従順にならぬならば、最早憐れみをかける必要はない」
彼の言葉は、貴族の意見を代弁していた。
諸侯はフェザーンの裏切りを非難して「狂犬を叩き潰さねばならぬ」と口にした。
フリードリヒ大帝の御世にあって煌めく将星の中で、凡人ながらも歴史に名を残したフレーゲル大公は、フェザーン進攻にあたり次のように訓示したと記録に残っている。
「時は来た。神聖不可侵な皇帝陛下に背くフェザーンを打ち砕き叛徒共を追い散らし、彼奴らの意思を覆し、そして後に大地の肥料として耕し植えん。汝ら将兵の栄光は我と共にある。皇帝陛下万歳!」
皇帝の忠臣として後世の人物評価も高い、国務尚書リヒテンラーデ侯の日記によると「帝国の様々な身分、すなわち諸侯、貴族、平民は、この戦争に勝ち叛徒を打ち倒すと言う国家的目標の方向に向かって、情熱を持って動き出していた」と記されている。
事実そうであったのだろうか疑問に残る個所もある。
ロイエンタール艦隊は快進撃で、これまでの遅れを取り戻すかの様にフェザーン主府のある惑星に迫りつつあった。同盟軍の妨害さえなければ数日の中には到着できる距離にまで迫っていた。
「一気に攻め落とす。首謀者さえ討ち滅ぼせば後は烏合の衆。どうとでもなる」
敵の中枢を叩く。戦争遂行能力を奪う上での基本だ。
(帝国は叛徒に与したフェザーンを許す事は無いだろう)
多少強引では在るが、結果さえ示せば問題はない。
「皇帝陛下の名の下で銀河の乱れを正す事は大義だ。武器を持ち立ち向かう敵は排除せよ」とロイエンタールは命令した。
先鋒はファーレンハイトとミュラー。親友は排除しようとしたが、再び提督の地位に戻った男達だ。
親友の敵は自分にとっても敵、と言う単純な思考でそれは決められた。
(もし敵の罠に自分の艦隊がかかるなら、そのまま食い破るだけだ。それに犠牲にするのは奴らだけだ)
ロイエンタールの動きをビュコックもみすみす放置していたわけではない。帝国軍の先鋒が回廊出口まで戻らなかった場合を想定していた。ウランフが敵要塞を落とせば、それはそれで問題ない。そのまま敵増援を要塞で迎撃すれば良いからだ。備えに問題があるとすればビュコックの方だ。
フォークは諦めて割り切ったのか、苦笑いを浮かべて話しかけて来る。
「出来れば後退して欲しかったですね」
スクリーンに映し出された戦況表示では帝国軍先鋒はこちらに向かっている。それに対してビュコックの手元に残された戦力は限られたものだ。
ビュコックは達観していた。敵が向かって来る以上、それは阻止せねばならない。やれる事をやるだけだ。
「いつもの事だが楽にはいかんな。たまには楽をして勝ちたい物だ」
パエッタの到着にはまだ時間がかかる。それまでの時間稼ぎとして少々の罠を仕掛けておいた。
効果的な手段の一つとして、敵の予想進路上に機雷や改良型山びこ山を散布した。イゼルローン要塞を巡る戦いで、帝国軍が頻繁に使用した手の一つだ。
「そうですね。楽が出来る勝ち方を精一杯考えてみます」
何としても敵の侵攻を遅らせようと頭を動かせながら、フォークは眼光を煌めかせ答える。
自己犠牲の軍事ロマンチシズムに陶酔する様では参謀の役割など出来ない。冷静な判断が生死を分けるからだ。
会社の営業成績が悪い。人員整理として首切りが始まった。いつ勤め先が潰れるかも知れない。明日は我が身と考えれば胃が痛くなる。
そして肩を叩かれた。
「野比君。悪いけど今日で会社に出勤しなくて良いから」
「はい?!」
(何で自分が……パパはくそまじめで困るとのび太に言われたぐらいなのに)
その時、思い出した。一般企業で勤めた経験がない。僕は軍歴が全てだ。
世界が暗転した。浮遊感が全身を襲う。
「うわっ」
悪夢に跳び起きた。
見渡せば狭い艦長室だ。
あったかい布団で寝る。これ以上に素晴らしい事があるか、と戦場では特にそう思うが全身にびっしょりと寝汗をかいており枕が湿っていた。
喉に渇きを覚え、サイドボードに置いていた水差しの水を飲み顔の汗を拭う。
「ふぅ」
目覚めてみれば、何の夢だったかは覚えていない。
喉を潤した事で落ち着いた気持ちがしてきた。
戦場では敵をいかに効率良く倒すかを考える実行する。そして今は休む時間だ。
休める時は休む。乗員にもその事は徹底していた。
(まずは艦長たる自分が休まないと駄目だな)
新兵なら色々な事を考えて、頭の休まる時間すらないだろう。
そんな簡単に気持ちの切替が出来るのだろうかと思われるだろうが、別に不思議でも無い。慣れたのだ。
(戦いに慣れると言う事を自分が生前居た日本の戦後世代に話しても、厳しい批判を受けただろう。彼らにはそれが愛国心やただ戦う為達観したと言う事が理解できない)
当直の交代時間にはまだ余裕があったが艦橋に戻る。駆逐艦は小さいとは言えそれなりの数の乗員がいる以上、責任者として仕事はある。
当直の敬礼に答礼しながら状況報告を受ける。
推進剤の曳航補給を補給艦「ヴァリエール3」から受けていると、巡航艦「ツヴィッカウ」の偵察艇から報告が届いた。
「敵機8、方位20度、距離0.8光秒」
「0.8光秒って、近いな」
至近距離に敵が入る等あり得ないと思ったが、対空砲戦用意の指示を出しておいた。寝ている人間を叩き起こす事になるが仕方ない。
配置に就けるとしばらくして警戒解除の連絡が来た。やはり友軍機の誤認だった。些細なミスで同士撃ちをする所だった。
(人騒がせだな。偵察艇の搭乗員は後で叱られるんじゃないか)
乗員がぶつぶつ文句を言う声が聴こえる様だ。それでも僕らは変わらず警戒を続ける。
どっちも自分が正しいと思ってる。戦争なんてそんなもんだ。そして敵を甘く見て沈むのは自分達だからだ。
ファーレンハイトはロイエンタールが自分達を忌避して、すり潰そうとしている事を薄々勘付いていた。
(ミッターマイヤー提督の復讐か、みすみす思い通りに死ぬつもりはない。全てが終わったら必ず告発してやる。だが今は目の前の叛徒共を先に片付けねばならない)
11月25日、ファーレンハイトたちの目の前には機雷原が広がっていた。
「なんだ、いつものパターンか。このまま破壊しろ」
艦砲射撃で進路上の機雷原を強引に開口する。開口部を通過しようとした味方の戦列に青いビームの光が幾つも交差する。苛烈な光と熱の奔流が叩き付けられ、爆発する帝国軍艦艇。
「艦影右60度、50(5000メートル)」と報告が来た。冷静な声だが近い!
敵の駆逐艦が宙雷戦隊旗艦の「ホイエルスヴェルダ」に突っ込んで行く瞬間だった。
「敵艦取舵反転。魚雷発射の模様」
刻々と報告が入って来る。
「『ホイエルスヴェルダ』より入電。駆逐隊は敵に突撃後、退避せよ」
『ようこそ、帝国軍の皆さん。此方の歓迎は楽しんで頂けたかしら?』
帝国公用語で同盟軍のオペレーターは丁重な出迎えをしてくれた。敵からの放送にファーレンハイトは口元を微かに歪めた。
「敵も随分と味な真似をしてくれる」
敵の砲火に混ざり対艦ミサイルも飛来する。ECMが敵の電波誘導を感知し、レーダーがパッシブからアクティブに切り替えられる。
飽和攻撃でこちらを圧倒している。駆逐艦は一発でも当たればお終いだから必死の対応をしていた。迎撃ミサイルが放たれ、撃ち洩らした目標を艦砲で叩く。
「本艦の右90度。撃ち方始め!」
これでも撃ち洩らせば最後の手段。近接防御火器が対応し、デコイやフレアをばら撒きながら回避運動を取る。
『ここから先は通さない。命の惜しくない奴からかかって来い!』
敵の挑発に激発し、一部の指揮官が部下を前進させる。
「行け! 敵はこちらより数が少ない。圧し潰せ」
確かにその考えも間違ってはいない。だがスクリーンを埋め尽くす光球の大半は自軍。友軍の損害の方が多い。
戦いで指揮官が先頭に出て討たれるのは無責任だ。ファーレンハイトはその事を理解しており、先頭はミュラーに任せていた。
ミュラーの手腕を見せて貰おう。
「敵を近付けるな。距離を取り砲撃で片を付ける」
敵と同じ土俵で戦ってやる必要は無い。こちらは数の有利を生かし、遠距離から叩くだけだ。
最初に放たれた魚雷を追い抜き対艦ミサイルが飛来するまで数秒しか差はない。
駆逐艦「オロハネ」は、対艦ミサイルを回避したものの魚雷の直撃を受け爆沈する。その間にも魚雷艇とスパルタニアンが、艦艇の間を縫うように近接戦闘を挑んでくるのを止められない。
「ちょろちょろと、鬱陶しいな」
小回りの効く小艦艇の相手は、象が蜂を相手にしている様なものだ。しかもこの蜂達には象を一撃で倒すほどの毒矢を持っている。無視もできず厄介な敵だ。
悪逆非道の限りを尽くしている帝国の貴族に善政が出来るわけがない。民主主義の自分達より上手く政治が出来る訳がない。その様に、自由惑星同盟に所属する市民達は思っていた。しかし、その暗い期待は裏切られる。
フェザーン回廊で両軍が交戦に入っても、帝国領内での物価は上昇する事無く安定していた。事前の物資集積で準備をしていた事や総力戦に移行した事もある。
一方の同盟では自分たちの日々の生活とは別にフェザーンをも支援せねばならなくなり、物価の上昇は歯止めが効かなくなっていた。主要糧食の市場価格はフェザーン回廊での戦闘が始まる前と比べると12倍になっている。
食料の増産なども行っているが消費量に追いつかず、市民には不足しがちなタンパク質を補う為、ネズミ、犬、猫などの摂取も推奨されていた。その事に忌避感を持つ人間もいるようだが、食べねばならないと言う事実もあり街からそれらの姿が減っている事が現状を物語っていた。
「市民を飢えさせては支持率が下がる。フェザーンの自由より、自分の胃袋を満たされる事が第一だ」
そう言う議員自身は今日の昼食にプラッタネスカのちくわぶ添えを食べていた。
「確かにな」
サンフォード議長は頭を抱えていた。フェザーンを支援する事で恩恵を受けれるはずだった。しかし苦境に立たされたのは同盟の方だ。
「このままでは同盟が破綻するのも時間の問題だ」
戦争とは国家が行う大規模な経済事業であり、累積財政赤字は本来あってはならない事だ。
「シトレ元帥から提出された報告書を議長は読まれましたか?」
「ああ……」
サンフォードは露骨に顔を歪める。
今はビュコックが健闘して帝国軍を抑えているから良い物を、これで敗北でもしよう物なら、まったくどうしようもない。
帝国領内で不穏分子を支援する事は、派遣した戦力の損失をしただけ。完全に失敗した。
「こんな事なら、思い切って皇帝の居城を襲撃させた方が良かったのではないだろうかと思う。今となっては不可能だがな」
政治的に暗殺と言う手段は卑怯だと言われるかもしれない。だが、戦争には明確な終わりがある。相手を跪かせる時だ。
「勝てば官軍。弱肉強食が世の摂理ならば手段を選ぶべきではありません」
現状から考えて、やるなら最も影響を与える貴族を的に絞るべきだ。
「では誰を標的にすべきかだ?」
「ブラウンシュヴァイク公爵が理想的です。政治的に敵対しているリッテンハイム侯爵の仕業に見せかけて、帝国に新たな火種をばら撒けるかもしれません」
「なるほど、良い案かもしれない」
サンフォードの表情に血色が戻ってきた。
「ブラウンシュヴァイク公は前線には出ず甥のフレーゲル男爵が名代として戦場での指揮を取り行っています。そこが狙い目です」
彼自身は、取り留めて優れた能力があるわけでもない。しかし周りの幕僚陣が粒揃いだ。
参謀長のオーベルシュタインはカストロプの叛乱鎮圧で活躍し、各艦隊の指揮官にもロイエンタール、ファーレンハイトなど優秀な人材が揃っている。
フレーゲル自身は神輿なので倒しても、すぐに別の者が取って代わるだけだ。
(よし、細部の調整はシトレ元帥に任せよう)
サンフォードは受話器を取り、秘書にシトレと連絡を取るよう命じた。
帝国軍将官の椅子は少ないとは言えない。戦闘による人員の消耗、部隊の壊滅などで席が開くのも早いからだ。ある分艦隊など一回の作戦参加で、三回も麾下の各戦隊指揮官を失っている。
そう言う訳で亡命者のヘルマン・フォン・リューネブルクも少将の地位を得ていた。
勿論ただの無能ではここまでのし上がる事は出来なかった。
(一番いけないのは自分なんか駄目だと思い込む事だな)
リューネブルクはオフレッサーやシェーンコップと同じで、戦士として猛々しいまでの闘争を愉悦として楽しむ事が出来る分類の人間に入る。
一方で、戦場でしか生きれない訳でもなく家族の前では良き夫、良き父親の顔を見せていた。
妻のエリザベート。彼女と出会ってからリューネブルクは、毎日が幸せだと実感している。小さいながらも庭付き一戸建てが買えた。そこで子供達の成長を目に出来る事に生きがいを覚えている。
(のんびり行こう、人生は)
アンラックでの鎮圧終了後、リューネブルクは後備連隊の動員状況確認の為、帝都に戻ってきていた。
次の予定では、フェザーンの占領に彼の旅団も参加する事になっている。
(また家を空けてしまうな)
妻や子供達と離れて過ごす事は寂しい。
(正直、自分がここまで感傷的な男だとは思わなかった)
だがそれでも良いと思っている。
軍人という職業を選んだ以上、いつ戦死しても不思議はない。だからこそ、家族と過ごせる時間は大切にしたい。そんな風に考えていた。
その日の夕方、一日の課業を追え自宅に帰った。
「お帰りなさい、父さん!」
「ははは、ただいま」
子供達の出迎えを受けた後、クローゼットルームに向い上着を脱いでいると、予定外に義兄の訪問を受ける事となった。
「あら、お兄様」
「久し振りだな。御亭主は帰っているか?」
ハルテンベルク伯爵は満面の笑顔を浮かべたエリザベートの頬に口付けし花束を渡すと、駆け寄ってきた子供達を抱き上げる。
「ええ。少しお待ち下さい。貴方達、挨拶はしたの?」
妹に促され挨拶をする子供達にハルテンベルク伯爵は笑みを浮かべる。
応接室に通された後、妹が呼びに行くのを見て、子供達の相手をしながら時間を潰す。
この家には召使がいない。
(我が妹ながら、伯爵家の娘なのだから召使を雇えば良いのにと)
この家に来るたびにハルテンベルク伯爵は思っていた。
(彼女の亭主もそれなりに稼いでいるはずだし、結婚した時にかなりの持参金を持たせた。しかしこんなこじんまりとした家でも妹夫婦は満足している)
それは自分の胸のうちにだけ留め無粋な事は言わない。
リューネブルクが来た後、本題に入る。二人だけで話したいと人払いを頼んだ。
「今日は一緒に夕飯を食べていくでしょう?」
「ああ。戴こう」
兄の返事に満足すると、妹はハルテンベルク伯爵の膝元に抱きついていた子供達を連れて席を離れる。
「それでお話とは?」
(正直、妹夫婦をこの件に巻き込むのは気が進まない。だが切れる持ち札の中で有効な物があれば使うべきだ)
リューネブルクに対し一通の書簡が机の上に置かれた。
何だこれはとリューネブルクが義兄の顔を窺うと、読んでみろと促されリューネブルクは封を開く。
『謹んで惟るに我が神洲たる所以は万世一系たる皇帝陛下御統帥の下に挙国一体生成化育を遂げ遂に八紘一宇を完うするの国体に存す。此の国体の尊厳秀絶は太祖ルドルフ大帝建国を経て益々体制を整へ今や方に万邦に向つて開顕進展を遂ぐべきの秋なり――』
古めかしく使い古された常套文が頭から始まる。最後まで読むとリューネブルクは、重いため息をついた。ようは尊皇討奸――「君側の奸臣軍賊」を討つと言う決起文だった。
「それで、これはどういう事なんでしょう?」
ハルテンベルク伯爵は、義弟の問いに決意を込めた視線を向け口を開く。
「これは他言無用だ」
そう前置きし、頷いた義弟に密謀を話し始めた。
帝国貴族の一部に焦りが有った。緩やかではあるが、行われつつある国内の社会改革である。
自分達貴族が没落すれば、皇帝の権威は衰微していく。だから自分たちの運命は一蓮托生、永遠に保護される特権階層だと信じていた。
ここ数年、様々な利害や要求を貫こうとし排除され、その権力を失った貴族が多数いる。カストロプ、クロプシュトック、それらに与した者など数えればきりがない。
そして行われた皇帝の聖断による社会改革。平民には賞賛を以て受け入れられ、皇帝の権威はますます強力になる一方で、自分達貴族は没落して行く。
この様な事情から、不満を持つ者は当然の様に存在した。
リッテンハイム侯を盟主とする者たちが、優れた貴族の支配による民主制を唱えた。第一の敵は、完全な平民への権限移行を行う改革派であった。
これを聞き及んだ同盟はフェザーンを通して密かに接触を行い、利害の一致を見たがリッテンハイム侯は拒絶した。
特権的地位を放棄する気は無かったからだ。
最初に抱きこまれたのは帝都防衛軍を統括するウルリヒ・フォン・フッテン大将。
「最近の陛下はたぶらかされている。君側の奸賊を排除せねば帝国は滅ぶ」
「やりましょう!」
フッテンはリッテンハイム侯に共鳴した。
政治面では内務省高官のフランツ・フォン・ジキンゲンが協力を約束した。
「民は甘やかせれば付け上がる。際限無く求め最後は我らを恨む。それが民主主義の末路だ。邪魔物消してしまえ。住み心地良い世界にしようじゃないか」
帝都における大胆な武力蜂起を含む行動計画。メンミンガンとカウフボイレンの連隊が条件付きで参加。ローテンブルクとエーリンゲンにいる後備連隊はリューネブルクが指揮する事になる。
動員兵力は地上軍だけで6個連隊。3万ないし4万名。
これだけの動きが察知されないわけがない。
上級司令部の不穏な空気に、近衛師団長ゲオルク・トルーフゼス・フォン・ワルトブルク中将は疑念を抱いた。
(何らかの政治的策謀が存在する)
ただ、それが軍事的行動を伴う物なのかは分からない。過去に帝位継承権を巡り、帝国領内で内紛があったことも歴史に残っている。近年だけでもクロプシュトック、カストロプと有名な貴族が叛乱を起こしている。
(何が起こってもおかしくない世の中だ)
皇帝の軍旗を唯一掲げる事ができる近衛師団。その責は重い。周囲を見渡す目と耳が指揮官には求められる。
近日中に行われる行事の中で、皇帝に関係する警備で問題点を確認した。
出兵の動員に辺り観閲式が行われる。皇帝の受閲を承ける栄誉は、後備兵にとっては自慢になるだろう。皇帝の身辺警護は近衛師団の一個中隊が行う。その他にも憲兵や警察も動員されるのも恒例通りだ。もし誰かが害意を持って動けば、阻止するには十分だ。そう上が判断していた。
当日は群衆の雑踏に凶器を忍ばせたものがいないか、家屋に狙撃手がいないか、通りに爆発物が仕掛けられていないかなどで警備も神経を使うことになる。
しかし、警備の中枢である帝都防衛軍が事に加わっていれば事前の巡回も漏れるだろうし、犯意を持つ者の行動を阻止することは困難かもしれない。
当初は憲兵総監クラーマー大将に相談を持って行こうかと思ったが、確たる証拠もないし、逆に自分が逮捕され尋問されるかもしれない。
トルーフゼスは取り越し苦労に終わるかもしれないが、ネッカーズルムに駐屯する盟友のルートウィヒ・フォン・ヘルフェンシュタイン伯に相談した。
ネッカーズルムは、帝都から南方のズルム海とネッカー海が交わる紅玉湾沿岸部の都市だ。紅玉湾には帝国軍宇宙艦隊の艦艇10万隻が同時に停泊する事の出来る広さを誇っており、観艦式を挙行された事もある。
現在そこには警備府が設置されており警備府司令長官ヘルフェンシュタインの指揮下で、少数だが根拠地隊、航空隊などの実戦部隊が揃っていた。味方になれば、それなりの動きを期待できる頼もしい戦力だ。それに、自分の覇なしを最後まで聞いてくれると思えたからだ。
「出かけてくる」
面会の約束を入れた後、副官に外出先を伝え師団司令部の置かれている本部隊舎を出た。駐車場で私有車に乗り換え営門を出る。
保険をかけておいても損はない。常に備える。それが軍の存在理由なのだから。
その時だった。駐屯地の前の国道を走行していたタンクローリーが左折しようとしたトルーフゼスの車に追突してきたのは――。
激しい衝撃を受け車体が横転する。営門から警衛がその事故を目撃して駆けて来る姿がトルーフゼスの視界に写った。
「師団長!」
呼びかける声を耳に入れながら、そのまま意識を手放す。
30.フェザーン進行 第一段階(3)
11月25日、帝国軍ロイエンタール艦隊前衛集団は翻弄されながらも突破口を拡大し、周囲の残敵を一掃し航路の安全を確保した。
帝国軍は同盟軍の綿密な策敵網に引っ掛かり抵抗を受けていたが、じりじりと圧している。
「前衛集団の損害は、撃沈された物と全損判定で遺棄された物が2300隻。中小破が600隻です」
「そうか」
戦闘経過をまとめた報告にロイエンタールは素っ気無く反応を返す。
幕僚の受け取り方は信頼すべき上官を疑う物ではない。その深謀は常人に窺い知る事は出来ない。
「自軍の損害が少なかったと喜ぶべきか、敵がすんなりと引き下がった事を罠と見るべきか悩む所だな」
「前衛集団には引き続き警戒するように伝えましょう」
情報参謀と作戦参謀がその様に意見を交わし、ロイエンタールの指示を仰ぐ。
「卿等に任せた」
その視線にロイエンタールは鷹揚に頷き返す。
「はい」
その指示を伝える為、通信回線が開かれる。
ロイエンタールの反応が素っ気無かったのは、善戦しファーレンハイト達が死ななかった事と同盟軍の引き際の良さに対する不満だった。
自軍の損害を省みなければ、機雷原で前衛集団を拘束していたのだからもっと損害を与えられたはずだ。
(中途半端な攻撃で満足して引き揚げたようにしか見えない。叛徒の奴ら、敢闘精神が足らないのではないか)
ロイエンタールは御膳立てをした。だが暗い期待は裏切られ、不甲斐ない敵に怒りを抱いていた。
軍人としての判断と、ミッターマイヤーの親友としての判断は別にすべきだと理解はしている。だが理性と感情は別だ。ロイエンタールは私人としての感情を取った。
帝国は開戦前に、民間船舶に偽装した仮装巡航艦を多数放っていた。
時には敵の商船を襲い正面兵力から航路警備の為、分散を強いると言う目的の後方攪乱を行う事もあるが、主たる目的は通報艦や偵察巡航艦としての任務補助だ。
通信妨害で情報収集が困難な状況になる事は考えられた。
在フェザーンの弁務官事務所が使い物にならない以上、頼れるのは仮装巡航艦と彼らの放った衛星経由の情報だけだった。
同盟軍が進駐時に多くの仮装巡洋艦が拿捕または撃沈された。だが生き残った物もいる。
仮装巡航艦「エムデン」もその内の一つだ。
その「エムデン」からFTLの秘匿回線で報告が届いた。
11月26日、前衛集団の位置はあれから進んでいない。後続の輜重部隊が追いついていないからだ。
戦闘をすれば通常の航行に比べ推進剤が激しく消費される。当然、補給作業を行わねばならなくなり、曳航補給をしても足並みは送れる。これを狙ってビュコックは足止めを行っていた。
数時間前に友軍の仮装巡洋艦「エムデン」の無人偵察艇が微弱だが、同盟軍の艦艇が使用している電波を傍受した。
距離が離れているからだろう。「エムデン」の器材では正確な内容までは分からなかったが、近付いているのは確かだと判断し報告してきた。
敵が増援を送り込んで来るなら早急に確認しなければならない。フェザーンの早期制圧の計画が根底から覆る事になるからだ。
幸い一番近いのはロイエンタール艦隊前衛集団だった。
長期戦は何としても避けたい。だからこそ情報の確認は優先された。
ルパート・ケッセルリンク大尉の指揮する駆逐艦「ミステル」は、僚艦の「ウラナミ」と共にファーレンハイトの指揮下を離れて行動した。
推進剤に余裕のある戦艦から事前に補給を受けて来た為、航宙距離に不安はない。遊弋中の各艦からは激励の発光信号で送られた。
スクリーンに映し出された「ウラナミ」の艦尾に、白い識別灯が小さく見える。
ファーレンハイト提督から受けた指令は「叛徒の警戒を掻い潜り、先行した仮装巡航艦『エムデン』と合流せよ」と言う事で、フェザーン回廊同盟領側出口に向かう。
(まぁ行けと言われれば、ハイネセンでもどこでも行くけどね)
オーディンを基準にした帝国標準時で、日の出から半日は経過している。しかし漆黒の闇に包まれた宇宙空間で朝や昼が体感出来る訳がない。
体内時計が空腹を訴え、そろそろ昼時だと気付かせてくれる。
ルフェザーン主府の執務室で、ビンスキーは同盟軍から送られてきた補給物資の請求書を処理していた。
(ビュコックは健闘しているが、そろそろ継戦能力の限界に当たるな。ウランフが要塞を落としてくれれば良いが……)
時刻は正午を過ぎている。午前の勤務時間は終わり、休憩時間に食い込んでいるが画面をスクロールさせる手は止まらない。
サイドボードには簡単な軽食が置かれている。カリカリに焼かれたベーコンとスクランブルエッグをパンで挟んだサンドイッチ。それをミルクと砂糖たっぷりのコーヒーで流し込む。
休憩を取っている時間も惜しい。そこへ予定にない来客が訪れた。
不快気に眉を寄せたルビンスキーにドミニクは告げる。総大主教の紹介だと。
「失礼します」
黒髪を脂ぎった額にべっとりの張りつかせて現れた男。その姿を見た瞬間、ルビンスキーは嫌悪感を持った。
人を外見で判断するのは人生経験が少ない事だと知っている。だがその男はルビンスキーにとって最も忌むべき侮蔑の対象である肥満体形だった。
自己管理のできない人間は、共に仕事をする上で信頼できない。それがルビンスキーの持論だ。
「コウタロウ・ブリテンです」
ねっとりとした粘着感を覚える笑みを浮かべて、男は慇懃に挨拶をしてきた。
ルビンスキーは会釈を返しソファに座るよう勧めた。
スカーフを取り出し顔の汗を拭っている。
(まるで豚の様だな)
総大主教の紹介で「クラブの一員」である事は分かったが使えるかどうかだ。
早速、ブリテンの資料が端末に送られてきた。ドミニクの仕事は早い。秘書の仕事に満足しながら目を通す。
女性にもてる容姿ではないが大主教が紹介して来るだけの事は有り、それなりに優秀な人材の様だ。2年前まで同盟領内に出店していたフェザーン資本の某ブランド会社で支社長を務めていた。フェザーンに帰ってからはIT関連の会社を立ち上げ代表取締役社長をやっている。
フェザーンで成功するのは並大抵の手腕では無理だ。
(フェザーン人が同盟で市場開拓するのは大した度胸だ。経営状態も悪くは無いらしい)
本業以外にSEO事業担当の会社もあるという。よく働く男だと少し見方を改めた。
同盟に人脈を開拓して、幅広い顔を持っている。
「閣下に御協力させて戴ける事は私の名誉です」
見え透いた世辞だ。
(だがはっきりしており嫌いではない。欲があり上昇志向のある人間は駒として使いやすい)
ブリテンを観察してその様に判断した。
向こうもこちらを利用する心算だろうが、ルビンスキーは甘くはない。
「貴公は現在のフェザーンを取り巻く情勢をどのように考える?」
ルビンスキーとしての試験だ。
「そうですな……」
少し考えるブリテン。
予定を大幅に過ぎた2時間後に、ブリテンは面会を終え退室する。
その時、両者の顔に一定の満足する答えを得た表情が浮かんでいた。
11月28日、「ミステル」と「ウラナミ」はガス雲の塊を突き抜け、太陽風に煽られながら回廊出口に差し掛かった。航路を選ぶと言う事は、簡単で安全な方を選ぶ事だ。
「そろそろ会合予定宙域のはずですが……」
「エムデン」からの信号は無い。緊張感が艦橋を包む。
僕は本能に従って「戦闘用意」を命令した。
それに反応して各部署が慌ただしく動き始める。
間もなくして「ウラナミ」のレーダーが艦影を捉えた。
電話が鳴り「敵艦見ユ」の報告が入る。そして「ウラナミ」から情報が送られて来る。
「スッピン級駆逐艦1、ソフティモ級特設砲艦2、ロゴ級哨戒艦2、エイジング級輸送艦14……。敵の輸送船団ですな」
積載しているのは何らかの物資だろう。発見した以上、黙って通すわけにはいかない。
(こいつらに「エムデン」は発見され沈められたのか。仇討ちをやろう、ぶっ殺してやる!)
何はともあれ、敵の増援は阻止しなければならない。
「叩けるときに叩いて置くべきだ。砲戦、魚雷戦用意」
「ミステル」の艦内を号令が駆け巡る。
「ウラナミ」の艦長ホンゴウ少佐も同じ気持ちだったのだろう。向こうから連絡が来た。
「ウラナミより戦闘開始の報告」
通信士の報告と同時に「ウラナミ」が発砲を始めた。閃光と青い弾道が見える。
目標は一番の脅威となる駆逐艦だ。
僕も加わる為、増速の指示を出す。
(こっちは弱い敵を戴こう)
「前進一杯!」
先に機先を制したのはこちら側となった。
敵の駆逐艦は中和磁場も展開していなかった。初弾命中で爆沈した。
続けて特設砲艦に「ウラナミ」は砲撃目標を変更した。
しばらくして「ミステル」も艦影を捉えた。
「艦影右110度、85」
「ミステル」は哨戒艦を狙う。
「右砲戦反航。目標敵哨戒艦」
哨戒艦と言っても舐めた物ではない。航宙能力は駆逐艦に比べて劣る物の、魚雷発射管もあり十分脅威になる。
「撃ち方始め!」
青い矢が放たれ哨戒艦に突き刺さる。すぐに薄い装甲を突き抜け爆発の閃光が生まれた。
「敵艦轟沈!」
敵の弾は一発も被弾せずに、こちらは正確な命中弾を与えた。
「ウラナミ」と「ミステル」はすぐに護衛艦艇を始末し、貴重な魚雷は今回使わずに砲撃で輸送船を叩く。
船足の遅い輸送船など駆逐艦にとって沈めるのは容易い。無駄弾は出さない。
会合する事の無かった「エムデン」の敵討ちとばかりに撃ちまくる。
全て撃沈し大戦果といえた。
敵はこの輸送船団1つとは考えられない。規模が小さすぎる。
まだ後続はいるだろうし、別名あるまでこの宙域に待機となる。
ルパートが仮装巡航艦「エムデン」の復讐を果たした頃、同盟軍フェザーン派遣艦隊第二陣がようやく回廊に差し掛かろうとしていた。
「PQ-8船団より入電。『我、敵の襲撃を受ける。救援を請う』ここから遠くは有りません」
パエッタはその報告に直ちに反応した。
「モートン少将に急行するよう伝えてくれ」
ライオネル・モートンは臆病とは無縁の闘将で、前衛集団を指揮していた。
艦艇数4500隻。駆逐艦2隻を相手には過剰な戦力だ。
そして、フェザーン回廊帝国側出口での戦いも苛烈を極めていた。
砲火による前奏曲が終わった。同盟軍は要塞表面の制宙権を確保し、陸戦隊を内部に送り込んでいた。
降下するまで陸戦隊は艦砲射撃とスパルタニアンの支援がある。要塞内部での戦いはゼッフル粒子によって限定された武器を使い昔ながらの白兵戦となる。
守る側も必死だ。装備に優劣はなく技量と兵の数が物を言う。
第2層から第3層に向かうエレベーターと階段。そこを分散浸透した同盟軍が襲う。
防御側の一員であるクリスチャン・ハウニッシュ大尉は自分の小隊を担当区域に存在する4ヶ所の階段に振り分けていた。直径60Kmともなれば守るべき場所も多く、1ヶ所当たりの人数は少ない。そこを同盟軍の陸戦隊は狙っていた。
ハウニッシュ大尉の手元に居る兵は少ないが、敵の戦力も限られた物だと理解していた。
カラン、と音がした。
次の瞬間には発煙弾の煙幕を転張しながら敵が駆けてくる。
「来たぞ! 気合いをいれろ」
視界は煙幕で遮られ銃火器による射撃は効果が薄い。
煙幕の中から同盟軍の兵士が姿を現した。
銃口を向ける前にゼッフル粒子発声装置が投げられ、廊下を粒子が満たした。
舌打ちをすると帝国軍は銃口を下げる。火器は封じられた。取り出すのは銃剣や戦斧。
「ウオォォォォ!」
雄叫びをあげて両軍は戦斧を交わして戦闘を再開する。
旧石器以来の白兵戦。人類の野獣としての闘争本能が刺激される。
相手を殴り、切り裂き、吹き飛ばし鮮血と肉片で廊下を染める。
自分の部下が瞬く間に切り倒されていく光景に愕然とした。
(馬鹿な、早過ぎる!)
まさに獣だった。
故郷で農業をしている老いた両親の姿がハウニッシュの脳裏に浮かんだ。戦斧の輝く光が迫ってくるのを視界の端に収めた。
(ああ……)
ふと、懐かしい夏草の香りを嗅いだ様な気がした。それを最後に、彼の意識が活動を終える。
フレーゲルは要塞司令部で巨大なスクリーンに映し出された戦況を見ている。
オペレーターが引っ切り無しに報告を読み上げている。
「港が閉塞されました!」
呻き声とどよめきが広がる。
外部カメラは、自沈した敵の無人艦艇の残骸が港の入口を封鎖している光景を映し出していた。
「敵、第3層まで侵入」
表面の第1層は防空火器を破壊され、抵抗は散発的な物になっている。橋頭堡を確保し第2層の制圧をしながら、敵はまっしぐらに司令部を狙っている。
要塞の攻略は司令部の制圧が鍵だ。その為、防御側も司令部を要塞中枢の最深部に設置している。
「早いな」
フレーゲルはそう呟いた。
橋頭堡を確保するまでは時間がかかったが、降りてからの動きは早かった。
「この調子では予想外に早く司令部に到達しそうですな。もっとも此方の守り手は一筋縄では行きませんが」
オーベルシュタインの言葉にフレーゲルも同意する。ここには帝国軍最強のオフレッサーが要るのだから安心だ。
オフレッサーは廊下の先から聴こえて来る悲鳴や怒声、鈍器のぶつかり合う音と言った戦場騒音に己を昂らせながら歩いて行く。
背後には直卒の装甲擲弾兵1個小隊が続いている。
「叛徒の連中に負ける様な弱兵は死ね。俺の部下にはいらん」
オフレッサーの言葉に続く兵はきを引き締めた。
その時、帝国軍士官の黒い制服を着た首の無い死体が飛んできた。装甲服や気密服を着ていない事から戦闘要員でない事はわかる。
(敵の攻撃があるのだから気密服ぐらい着るべきだな)
軽々とその死体を避けて視線を前に向ける。
白い装甲服を鮮血でどす黒く染め、赤い死神と言った姿で敵兵が立っている。挑戦的な強い眼差しを受けた。
(良い度胸だ。俺を誰だか分かっていないのか)
オフレッサー達の姿を視認した敵兵は戦斧を手に駆けて来る。
「ふん!」
振りかぶった敵の戦斧を、戦斧の柄で弾き返しそのまま首元に押しつける。
ざっくりと肉の繊維が切り開かれる感触を腕で味わいながら、殺された士官の様に斬り捨てる。
敵兵の首が切断されポンと転がって行く。その首を踏みつぶして巨漢の敵が現れた。
「やるじゃないか。帝国軍にしては」
その言葉にオフレッサーは余裕を持って答える。
「お褒めに与かり光栄だ。それより討たれたとは言え味方の首だろう。敬意ぐらい払えばどうだ?」
オフレッサーの言葉に敵は侮蔑する様に笑みを浮かべた。
「俺は──」
敵が名乗りを上げようとするが、迷わず顔面に戦斧を叩き込み打ち砕く。
頭蓋骨を陥没させ脳漿が頭蓋骨の断片と共に飛び跳ね、顔面の穴と言う穴から血を噴出し倒れる。
オフレッサーの足元を流れ出る体液が濡らす。
「ひ、卑怯だぞ!」
残った敵兵が言う。
オフレッサーはその言葉に、不快気に眉を潜ませ吐き捨てる様に告げる。
「卑怯だと、俺とお前達が対当だとでも言うのか。仲間の死に敬意も払えぬ獣風情が調子に乗るなよ。貴様ら叛徒では準備体操にもならんわ」
その言葉で激昂した敵兵が襲いかかろうとするが、オフレッサーの部下達が迎え撃つ。
オフレッサー自身にも数人がかかって来る。
妥当な選択だが相手が悪かった。
久々に味わう血の香の中で、武人としての技量を嫌と言うほど見せ付けた。
「お前達は死にたいのだろう? まだだ。こんな物では俺の渇きは満たすせんぞ」
一方的な戦いだ。死神の鎌の様に血を吸ったオフレッサーの戦斧が、腕や足を軽々ともぎ取り肉塊を宙に巻き上げる。浮き足立って逃げ出そうとするものも居た。
監視カメラの映像を見て嘔吐感を催す。
人類が地球と言う小さな惑星を生活圏に、蟻の様に地表を這いずり回り戦っていた時代。一人の武が戦場の大勢を変えた。そしてここでも戦況の流れが変わり、帝国軍は敵の前進を止めた。
オフレッサーの動きが敵を押し返し後退させている。司令部にはほっとした空気が流れ出した。
「可を見れば、すなわちこれを撃つ……か」
フレーゲルの洩らした言葉に、幕僚達は意外そうな表情をして視線を向けた。六韜の記述で、好機と見れば攻撃しろという内容だ。
その言葉を聴いてオーベルシュタインも古人の格言を思い出す。
「よく戦うものは、これを勢に求めて人に責めず」と言う。戦いは兵力だけではなく、勢いを重視すると言う内容だ。
「オフレッサー上級大将を支援し予備隊を前進させろ。敵侵入部隊を一掃する」
一方の同盟軍司令部は要塞への侵入後、遅々として進まない陸戦隊の前進と損害報告にどんよりとした濁った空気が漂っていた。
悪い知らせというのは早く伝わる。「尖兵の任に当てられた中隊が壊滅した」と言う報告にウランフは眉をひそめる。
(その中隊にはルイ・マシュンゴと言う黒人の巨漢がいたはずだ)
戦技競技会で何度も好成績を収めている為、ウランフの記憶にも残っていた。
(薔薇の騎士連隊に次ぐ実力と聞いていたが)
あれ程の男が倒されるとはどういう状況なのだろうと副官に調べさせようとした所、さらに続報が入ってきた。
「敵にオフレッサーがいるそうです!」
「何だと!」
司令部を驚愕が襲った。帝国軍上級大将にして装甲擲弾兵総監。戦場で舞う姿は魔王か死神だと伝えられている。
「ここは一先ず兵を下げませんか。オフレッサー相手では損害が多すぎます」
参謀の進言をウランフは却下する。
「構わん。攻撃を続けろ」
それに自分達には時間がないと、心の中でウランフは付け加える。
(無理をして兵力を抽出して下さったビュコック提督の信頼に応えるためにも、敵の増援が到着する前に要塞を陥落させねばならない。多少の無理をしてでも、司令部さえ落とせばこちらの勝ちだ)
ウランフは指揮官なのだから、大局的に多少の犠牲を出すと言う覚悟をしていた。
自由惑星同盟首都ハイネセン。官庁街から離れた郊外の閑静な住宅街。その一角にある国防委員長ヨブ・トリューニヒトの自宅。
同盟軍宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥、同参謀長ドワイト・グリーンヒル大将、最高評議会財政委員長ジョアン・レベロ、同人的資源委員長ホアン・ルイといった同盟を動かす面子が密かに集まっていた。
「リッテンハイム侯はこちらの申し出を拒否した」
トリューニヒトの報告にレベロは失望を隠しきれない表情で尋ねる。
「和平の道は絶たれたと言う事か? 馬鹿だね、実に馬鹿だ」
「そうとは限らん」
グリーンヒルに視線を移しトリューニヒトは促す。
「軍としてはフェザーンが落ちれば、帝国軍が次に狙うのは同盟領だと考察しております」
レベロは頷き同意を示す。評議会としても同意見だ。だからパエッタの艦隊を送り込んだ。
「それでは後手に回り、敵に主導権を与える事になります」
情報によると、来年1月以降には新たな艦艇が就役する。総力戦に移行した帝国が本格的に動き出す。
そうなっては、彼我の戦力比は開くばかりだ。
情報端末に表示される戦闘損耗の推定値、補充艦艇の生産量。絶望的数字だ。
レベロは顔を歪める。
「そこで、我々としては全戦力を投入した決戦をフェザーンで行うべきだと思います」
帝国軍に決戦を強い、壊滅的打撃を与え講和の椅子に座らせる。その為の戦いだ。
「帝国と言えど、一度の会戦でそれだけの人的資源を失えば継戦能力に支障が出るな」
ホアン・ルイも納得した表情を浮かべる。
「パエッタ提督の艦隊だけではだめなのかね?」
自分達はビュコックの増援として、すでにパエッタの艦隊を送っている。戦力的に十分ではないのかと、レベロが質問した。
「ビュコック提督は善戦なされるでしょうが、戦力差から考えて押し切られるでしょう。パエッタ提督が到着しても戦力的にこちらが劣っている為、決定的勝利を収めるには数が足りません」
初めからそれだけの戦力が揃っていれば良かったのですが、とグリーンヒルは告げた。
サンフォード議長は自分の権力を維持する為、負け始めても戦いを止めないだろう。
(今ならまだ間に合う。あの男の独裁を止める最後の機会だ)
レベロはグリーンヒルに聞いた。
「それで艦隊はいつから動ける?」
それに対してロボスが返答した。
「今すぐにでも」
ロボスが演習の名目で準備した艦隊は3個。自ら率いてフェザーンに行く心算だ。
「万が一、我々が破れた場合は同志達が一斉蜂起。首都を一気に制圧させます」
クーデターなど民主主義を信じる者としては容認できる事ではない。だが、政治の腐敗は誰かが正さねばならない。この場合自分たちが尻拭いをしなければならない。
レベロは沈痛な顔をして軍人たちに視線を向けた。
(憂国の志から彼らは死地に向かおうとしている。自分たちにできる事は彼らが戦えるよう支援するだけだ)
レベロは自分を含めて、安全な後方にいる政治家と言う職業が唾棄すべき物のように思えた。
アンラック公国での革命軍支援に送っていた軍事顧問団の正確な情報が同盟軍に届いたのは、フェザーンでの戦いが始まってからだった。フェザーン経由で逃走して来た革命軍の生き残りが証言していた為、信憑性は高いと判断された。知己の行方が伝わるのは早い。
「アッテンボローが戦死したそうだ」
「えっ」
アレックス・キャゼルヌは官舎に戻ると、妻のオルタンヌにその事を淡々と伝えた。
キャゼルヌはオルタンスの手料理を食べさせに、後輩のアッテンボローやヤンをよく家に誘っていた。知らない中ではない。彼女も知っておくべきだと思った。
オルタンスは思わず洗っていた食器を落としかけた。
「残念だ」
顔色の悪い妻をそっと抱きしめながらそう呟いた。
オルタンスの顔色が悪いのは、キャゼルヌが思っているような感情ではない。
彼女はアッテンボローを愛していた。
家族思いで明るい妻。その実、夫の愛情に不満を抱いていた。
心寂しい人妻の間隙に入り込んだのが、夫よりも若く情熱的な男性アッテンボローだった。
ほとんど家にいない夫。反比例するように、頻繁に訪れる若い男。長女もアッテンボローに懐いていた。
いけない事とは知りつつも二人の交際は長く続いた。それに次女は夫の子供ではない。真面目な夫に罪悪感を覚えていた。
(どうしたらいいの?)
いつキャゼルヌに離婚を切り出そうか二人で相談をしていたが、遂に打ち明けることなくアッテンボローは戦死してしまった。
オルタンスに残された道はこの秘密を障害守りぬき、夫の命が尽きるのを待つだけであった。
31.フェザーン進行 第一段階(4)
帝国暦487年(宇宙暦796年)11月28日。フェザーン回廊同盟側出口で両軍は遭遇する。
自由惑星同盟軍ライオネル・モートンは長年、部下を動かして来た経験から計画が予定通りに運ばない事を知っていた。今回も敵に察知されないなどと、甘くは考えていなかった。
ずれた計画は修正させ出来れば良い。前提条件が異なるのに、元の計画に固執して失敗を繰り返す方が悪い。
「敵は駆逐艦2隻。その他に見当たりません」
「そうか」
モートンは幕僚の報告に頷く。
「味方輸送船団を壊滅させたのは、帝国軍による通商破壊に引っかかったのではないか」
「そうかもしれません。回廊を封鎖するには戦力が少な過ぎますし」
実際は偶発的な物で、モートンも幕僚も帝国軍を過大評価していたが、ロイエンタール艦隊の戦力については正確に分析していた。
「まずは目の前の敵を片付ける所から始めよう」
モートンの言葉に幕僚は気を引き締める。勝った気になるのは早い。
駆逐艦2隻に対して相対した敵は戦隊規模。圧倒的戦力だ。
本来なら、即座に撤退をしたいところだが、「ウラナミ」艦長のホンゴウ少佐は「ミステル」に追従するよう命令し増速する。
(マジでか!)
印刷された電報起案用紙を思わず握りつぶしてしまった。
「艦長、宜しいのですか?」
「ミステル」の艦橋に居た面々の戸惑ったような視線を受けていた。
このまま「ウラナミ」に従って良いのか。そう言う問いかけだ。
僕は溜め息を吐き出すと指示を下す。
「第1戦速。『ウラナミ』に続くぞ」
敵に向かう。職業軍人として染み込んだ信念が、「ミステル」を動かす。
不満の声は出ない。艦長の決断と命令に従うのが彼らの責務だから。
一方、同盟軍にとって2隻の駆逐艦が示した反応は予想外だった。
「向かって来るだと。気でも狂ったか」
宙雷戦隊が露払いに向かう。
帝国軍の突撃にモートンは畏怖すら覚える。
(何を考えているのだ。奴らは……)
「『ウラナミ』より入電。雷撃後、機雷放出し離脱する」
一撃与えて引き揚げる。そう上手くいくとも考えられないが。
まぁ指示に従いますよ。
(向こうの方が階級上だしな……)
まずは単縦陣を組んで突撃した。
敵の艦砲が中和磁場を叩き向か撃たれた。圧倒的な戦力差。青い矢が集束し、すべて自分に向かって飛んでくると思えば圧巻であった。
(まぁ、当然の帰結だよな……)
主力艦の砲撃が混ざっている様だ。艦体を揺さぶる振動が激しくなって来た。
(と言うか、これで魚雷なんて撃てるのか?)
疑問を感じている所に報告が来る。
「『ウラナミ』被弾!」
直撃を食らったのだろう。
スクリーンに、青白い光球を描いて消滅する僚艦の姿が映し出される。
(ホンゴウ少佐は英雄になり損ねたか)
状況は変わった。今は「ミステル」1隻しかいない。
続いて「ミステル」に先程に倍する衝撃が襲って来る。中和磁場を突き破った実体弾が命中して魚雷が誘爆したのだ。
「後部魚雷発射管損傷!」
歯軋りをした。
「ミステル」の船足は落ちてはいない。
(航行に支障はないようだ)
「取舵一杯」
「取舵一杯!」
細かく軌道を変えながら「ミステル」は、敵からの距離を開けようとする。
(あほ臭い命令に死んでまで従えるか。生き残るのが優先さ)
蛮勇と勇気を履き違えてはいけない。本来なら無駄な交戦をせずに撤退するはずだった。
(馬鹿は沈んだ。うちまで巻き添えになる心算はない)
帰ったら家を買うことになっているし、住宅ローンとか考えたらまだまだ死ねない。
「針路そのまま。前進いっぱい!」
「ウラナミ」は回避機動を読まれ撃沈されたが、僕達は何とか敵の追撃を振り切り、逃げ切る事が出来た。
(無駄な仕事をさせやがって)
死んだホンゴウ少佐には怒りしか感じない。
ファーレンハイトに新手の敵艦隊到着を報告しながら「ミステル」は帰路を急ぐ。
同盟軍艦隊第二陣はフェザーン回廊に入り、ビュコックとの通信を開いた。
「お待たせしましたビュコック提督」
心労でいささ痩せたビュコックに申し訳なさそうにパエッタは挨拶をした。
『お茶には良い時間さ』
それでも余裕を見せるビュコックの言葉にパエッタは苦笑を浮かべる。
11月28日、フェザーン回廊同盟側出口に於いて生起した遭遇戦で、同盟軍は巡航艦「チェサピーク」、駆逐艦「カイカイ」「ナコハルホ」を損失。敗北と言える損害を受けた。対して上げた戦果は駆逐艦1隻を撃沈、1隻を大破させ撤退させた。
損害が戦果を上回っており、帝国軍の手強さを再認識させた。
モートンからの報告に司令部は色めき立った。パエッタは帝国軍を甘く見るつもりはない。これまで150年間戦い続けてきた相手なのだから。
ビュコックは戦線を何とか支えているが、合流まではまだ時間がかかる。敵の攻撃も厳しい。
暗い雰囲気を打ち消すようにビュコックは言った。
『晩飯は一緒に食おう』
「はい。御相伴に与からせて頂きます」
ビュコックの疲れた笑顔に答えながら、夕食の時間に間に合わないのは分かっている。帝国軍の攻撃に耐え切れる限界までに自分達が間に合うか不安だった。それさえ間に合えば、一緒に夕食を囲む事も出来る。
帝国軍特設警備艦「サザン・シティ」。領主の警備隊に徴用される前は、大型旅客船としてそれなりに知られた船だった。
特設とは言え警備艦だけあって、急造ではあるが電子機器、センサー、火器を搭載している。
艦長のアンドレイ・サハロフ中佐は、大半の乗員と同じように予備役から現役招集された者で、年間の訓練日数はこなしている物の長期航海で船に乗るのは久しぶりだった。
与えられた任務は安全な後方での警備。「サザン・シティ」が第一線で戦える船で無い事は承知している。補助艦艇の分類だし、正規の駆逐艦相手でも手こずるだろう。
前線は遥か離れたフェザーン回廊内。帝国軍双璧の片割れであるロイエンタール提督の艦隊が叛徒を押していると言う。“大将軍の城”と言う大層な要塞をフェザーン回廊帝国側出口に築いた以上、普通に考えて戦線後方のここまで敵が来る事はない。
だからと言って気を抜いていた訳ではない。
12月1日0300時。僚艦との定時連絡を終え、哨戒任務を継続していた「サザン・シティ」のレーダーが反応を示した。
「方位030に艦影らしき物の反応が4つ」
年代物の敵味方識別装置は時々、故障をしていた。前回、それで味方の輸送船団を襲いかけて大目玉を食らった。
今回も反応はない。だからと言って敵とは言えない。
「砲戦用意」
サハロフ中佐は戦闘配置を命じながら目標への接近を命じた。
自由惑星同盟軍第10艦隊パイク戦隊に所属する第110駆逐隊の駆逐艦「オブライエン」「サダフコ」「サンドラ」「ベイチモ」。それが「サザン・シティ」の発見した目標だった。
「目標、前方駆逐艦。撃ち方始め!」
第110駆逐隊司令ジョン・タイター中佐は、「サザン・シティ」への攻撃を命じ
遠慮なく飛んで来る同盟軍からの砲火に対して「サザン・シティ」は回避運動を取ろうとした。しかし間に合わない。
乗っている乗員の想いは関係無く、同盟軍の砲火が「サザン・シティ」を捉えて撃沈した。
「目標撃沈」
タイター中佐は報告を聞きながら任務を思い出す。
今、この瞬間にもパイク戦隊に所属する艦艇が複数に分かれて、帝国領内に浸透しつつある。
ウランフ中将から直々に命じられたのは、住民を連れ出して殺害するという「殲滅」命令。
「我々は同盟市民を守る醜の御盾。帝国の民衆は守る対象ではない。精々、利用させて貰うだけだ」
作戦上、期待される敵への効果は後方撹乱と畏怖させる事だ。敵に兵力分散を強いる効果も絶大だと思われる。
「無抵抗な民間人の殺戮、だから何だ。相手は帝国だぞ。綺麗事だけで平和が得られるのか?」
タイターは反論する部下を黙らせた。任務に迷いは禁物だからだ。
惑星ミンドロ。フェザーン回廊帝国側出口に近いこの惑星は、フェザーン航路から離れている為、カストロプ騒乱でも辺境惑星と言う事で戦火に見舞われる事は無かった。
非戦闘員を戦火に巻き込む事は潔しとせず、彼らを庇護するのは職業軍人の本分である。
しかし時代は変わった。
綺麗事では済まず、何かを得ようとするなら何かを犠牲にしなくてはならない。
巡航艦2隻、駆逐艦5隻からなる同盟軍は、マンガリン湾に面したヒル宙港とエルモア宙港、その2ヵ所を最初に砲撃した。
帝国軍が駐屯している訳でもなく中小の民間船舶しか停泊していなかった為、抵抗は無かった。その後、随行する輸送船から降ろされた1個連隊によって、近隣のブスアンガールズ市が制圧された。
「一人も逃がすな!」
自由惑星同盟軍陸戦隊第20歩兵連隊第1大隊C中隊。彼らは、敵対勢力の支配下にあるとされる街を包囲していた。
早朝の寝込みを襲撃された事もあり、住民達は抵抗もせず大人しく広場に集められた。
上級司令部からの命令は明白だった。「協力が期待できず、疑わしい者は殺せ」との通達が出ている。
「私達、自由惑星同盟は貴方がたを帝国の圧政から解放しに参りました」
同盟軍は帝国の住民が、自分達を解放者として熱狂的に歓迎されると信じていた。
圧政に苦しむ人々を救う。正義を信じ理想に燃えていた。
「わしらは何も苦しめられてはおらんのだがのう……」
ところが住民たちは現状に不満も無く、逆に叛徒である同盟の兵達を犯罪者でも見る様な目つきで出迎えた。自分達との温度差に軍政担当の法務官は戸惑った。
「しかし自由と平等の基本的権利を保障されていないゴールデンバウム王朝の体制を……」
「あんたが何を言っておるのか、わしらにはよくわからん。わしらは領主様にお仕えするただの農民じゃからな」
「帰れよ! 叛徒に用は無いんだ」
そうだ、そうだと賛同する住民達。これでは協力者を募る事などできない。それに敵と味方を区別する事も出来ない。
価値観の違い。絶対的に正しいと言う物は存在しないと言う実例だった。帝国の民が皇帝と貴族の支配を受け入れており、同盟の解放を侵略だと拒んでいるのが現実だ。
「帰れ! 帰れ!」
同行していた中隊長ウィリアム・カリー中尉は舌打ちすると、部下を集めた。
「ではお前らは敵だな」
中隊長の言葉が翻訳されると、ざわめきが起こる。
「な、何だ。脅そうって言うのか」
「脅しなんてしない。俺の質問に答えろ、帝国軍はどこにいる?」
代表して古老が質問された。
「知らない。私はただの農民だと言ってます」
帝国公用語ではなく、訛りが入って聞き取りにくい。
通訳の言葉にカリー中尉は顔を歪める。
「俺達が帝国の言葉が分からないと思って舐めてるな」
一人死ねば口を割るだろうと告げて、カリーは住民の一人を無作為に選び射殺した。
叫び声と鳴き声が広がり、騒然となる。
「うるさい黙れ!」
自ら引き起こした事態に興奮してカリーは怒鳴る。興奮した住民が掴みかかって来た。
「構わん、撃て!」
指揮官の叱咤する声と共に、銃声が響き渡り、阿鼻叫喚の地獄絵図が再現される。その後、住民は敵協力者として一掃され街は焼き払われた。
その顔を狂気の色に塗り染めて 笑いながら銃剣を刺す兵士たち。
「中隊長。どうせ皆殺しにするなら俺達で楽しんでも良いですか?」
部下が歳若い少女達を指差す。持て余した性欲の発散だ。
「早く済ませろよ」
「はい!」
その言葉を聴いて、腕を振り払いに少女達は逃げようとするが、直ぐに追いつき押さえつけられる。
「最初は俺だ」
「馬鹿野郎。そこは中隊長がお先だろ!」
先任の言葉に謝罪する。
「すみません」
差し出される少女を前にして、苦笑しつつカリーは装甲服を外し部下に渡す。
炎上する街で小隊の兵士達は女性を集団強姦した。男が殺され止めようとする者はいない。止めようとした法務官は敵の攻撃で殺されたと報告された。
澄み切っていた青空が噴き上がる炎と煙で黒々と彩られていく。
「あ、忘れ物だ」
カリーは印刷された告知文を焼け残った民家の壁に貼りつける。
(教示事項)
この処分について不服があるときは、処分があったことを知った日の翌日から起算して60日以内に、自由惑星同盟国防委員会に対して、異議申立てをする事ができます。また、処分があった事を知った日の翌日から起算して6か月以内に、自由惑星同盟を被告として(起訴において自由惑星同盟を代表する者は、自由惑星同盟国防委員会となります。)、処分の取り消しの訴えを提起することもできます。
なお、異議申立てをした場合は、その意義申立てに対する決定があったことを知った日の翌日から起算して6か月以内に、処分の取り消しの訴えを提起することができます。
――自由惑星同盟国防委員会
皆殺しにしていて起訴も不服も関係無い。だが、これも正式な法的手続きなので必要な事項であった。
ウランフ中将は公明正大にして高潔な軍人で知れる。一方で、勝つ為に手段を選べない事を知っていた。戦争はお互いの弱い所を突き合う物だ。忠に生き義に殉じる。それはすばらしいが、清廉に正道を貫き生きていけるものではない。
いずれ来襲するであろう敵の増援の到着を少しでも遅らせる。その為、敵の注意を他の場所でひく事にした。近隣の有人惑星への攻撃である。この事が後日問題になるのは明白だ。だからこそ全ては自分の責任にあるとして、ウランフは公式な命令として証拠を残しておいた。
「作戦指令第5号」として「敵勢力圏にある者は全員排除せよ」と言う命令が麾下の部隊に通達され、小規模な戦隊や駆逐隊、あるいは単艦に分散して広範囲に浸透して同盟軍は行動を開始した。
非戦闘員の殺害すら計画に入れた事に、幕僚の一部から疑問の声も出た。それに対してウランフは「誰に対しても償う必要はない。これは戦争だ」と答えた。
戦隊司令の一人であるアルバート・パイク少将は将旗を揚げる巡航艦「アウターバンクス」で苦虫を噛み潰した表情でその命令を受けた。
軍人だあるからには上官の命令に従わねばならない。帝国軍の警備部隊を排除し、惑星ミンドロを制圧した彼の戦隊は陸戦隊を降ろして、住民を一箇所に集めた。そして帝国臣民と言うだけの民間人が8000名、帝国への共謀者として殺害された。
カリー中尉の小隊が行った行動も軍事作戦としての命令による結果であった。
帝国軍は“大将軍の城”を叛徒の軍勢から解囲するつもりだったが、各地から救援要請が出た。送られて来た情報をまとめ、同盟軍が分散して浸透して来た事に気付いた。
その時、帝都オーディンでは近衛兵総監ラムスドルフ上級大将が狙撃され重傷。憲兵総監クラーマー大将が爆弾テロに合うという異常事態で混乱の渦中だった。それでも、情報伝達は機能しており宇宙艦隊司令部に、同盟軍による虐殺行為の報告が届くまで時間はかからなかった。
生き残った人々からの生々しい報告と映像、音声の記録。それらは皇帝にも民の声として届けられたと言う。
帝国領の防衛を司る宇宙艦隊は、フェザーンに進攻して居るはずが逆に攻め込まれている。“大将軍の城”で足止め出来てる間は良かったが非戦闘員に被害が出た。面目は丸つぶれだ。
報告を受けた宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥は即日、フェザーン進攻の全般指揮を取っていたブラウンシュヴァイク公を召喚した。
私邸で寛いでいたブラウンシュヴァイク公は急な呼び出しに驚いた。フェザーン進攻に関しては、基本的にフレーゲルにすべて任せていた。
状況の説明を受ける内にブラウンシュヴァイク公の顔面は朱に染まって来た。
「一般の非戦闘員まで虐殺されている。速やかに処理して貰いたい」
穏やかな口調ではあったが有無を言わせぬ物があり、明確な叱責だ。
ミュッケンベルガー元帥の瞳には戦線の維持ができず、後背に侵入されたことへの非難の色も在った。
帰りの地上車の中でブラウンシュヴァイク公はアンスバッハに告げた。
「これ以上、奴らに帝国領を侵させ跳梁跋扈を許すわけにはいかん!」
この事はブラウンシュヴァイク公と帝国軍上層部の判断に影響を与え、“大将軍の城”に移動中であった戦力を各星系への救援にも分散させる事となる。ここにウランフの目論んだ「敵兵力の分散」の策が成功したのであった。
アンラック方面から転進しフェザーン回廊に向かっていた帝国軍は、フェザーン回廊方面からの通信途絶の報告を受けた。
先鋒は回廊内に進攻しており戦勢はこちらに有るはずだ。通信回線は復旧せず持続して途絶している。敵が攻勢に出ており通信妨害と判断できた。
無論、その状況を帝国軍も放置せず数隻の艦艇が幾度か連絡を取る為送り込まれていたがたどり着く前に同盟軍の哨戒線に引っ掛かり沈められていた。
それに各星系からの救援要請を受け取っていた。
叛徒の軍勢が帝国領に侵攻して来ている。規模は不明だがかなりの広範囲に分散している模様。状況を分析した帝国軍はアンラック方面軍を各地の救援と“大将軍の城”への連絡回復に分けた。
ルッツ艦隊も割り振られた担当星域に向かっていた。
12月7日。レーダーの索敵圏内に同盟軍艦隊を確認した。
同盟軍第110駆逐隊。ルッツ分艦隊の前では障害にもならなかった。
青い矢が艦体を貫き光球に変えるまで、時間にして僅か数秒。
「敵艦撃沈。周囲に敵影なし」
「針路そのまま。第1戦速」
同盟軍の哨戒線をルッツは突破した。このまま星系内に進入する。
「敵艦隊後退します」
帝国軍の接近に対して同盟軍は迅速に撤退を始める。
「叛徒の艦隊は引き揚げる様ですな」
(この程度の兵力。見逃すべきか……)
無駄な戦闘は避けるべきか考えていると報告が入って来た。
「無人偵察艇が大気圏に入ります」
スクリーンに地上が映し出された光景を見て、ルッツは言葉を詰まらせた。焼け果てた田畑、荒廃とした街や村。串刺しにされた住民の遺体が通りに並んでいる。
壁に並ばされて処刑された男達。下半身丸出しで、明らかに凌辱され殺害された婦女子の遺体。戦争犯罪の痕跡。
帝国軍における超甲巡と言うべき新鋭巡航艦「ベンハイム」。その運用で想定された状況は、味方宙雷戦隊の突撃に於ける火力支援にあった。在来の宙雷戦隊には、戦隊司令の座上する旗艦に巡航艦が宛がえられており、状況によってはより小型で小回りのきく駆逐艦に将旗が掲げられていた。
しかし混戦する戦場で通信能力の貧弱性や被弾によるもろさなども指摘を受けており、より生存可性を高めた艦を宛がうべきだと意見が出ていた。
ただでさえ損害の多い宙雷戦隊は再編成などで処理能力を多く求められる。そのまとめを行うべき司令官の戦死。組織的継戦能力の低下を意味する。
「高速戦艦よりは安価で、巡航艦よりも優れた艦を!」その声で、「ベンハイム」は誕生した。
「ベンハイム」の艤装委員長を経て初代艦長を拝命したリーゼ・ロッテ中佐は、若くして才気溢れる女史。帝国軍における女性の進出と活躍を象徴する格好の宣伝材料だった。
今回、彼女はルッツ艦隊の一員として馳せ参じていた。
当初の運用目的である宙雷戦隊は任されておらず、ルッツ麾下での司令部直轄の付隊と言う役割だった。
無人偵察機から送られてきた映像は「ベンハイム」でも確認された。
「そんな……」
思わず口を手元で覆うロッテ。彼女と同様に乗員の衝撃も激しく、叛徒への敵愾心を燃やした。
「叛徒の奴らは人間ではない! 奴らは獣だ」
無人偵察機からの映像にルッツ艦隊司令部を構成する幕僚達は激怒した。
ルッツはいきり立つ部下を抑えて命令した。
「見敵必殺、叛徒の豚共を叩きのめせ!」
猛り狂ったルッツ艦隊が後退する同盟軍艦隊に食いつくまで時間はかからなかった。復讐に燃え盛った帝国軍の艦列から砲撃が叩きつけられる。
それはまるで怨嗟の炎だ。無数の閃光が発生する。
ロッテの指揮する「ベンハイム」も僚艦と共に追撃の矢を放つ。
(報いは受けさせる)
12月8日、帝国軍ハインツ・ハウシュタイン少将の率いる分艦隊がルッツ艦隊と同じように救援要請を受けて惑星マツヤに到着した時、街の通りは老若男女問わず、虐殺された非戦闘員の死体で溢れていた。
他にも両手を後ろ縛りにされた捕虜が、ひざまずかされた状態で射殺された遺体が多数発見された。
後に入手した公式文書の記録で確認されたが、同盟軍は捕虜の連行によって撤退が遅れないよう、捕虜の処分を命令されていた。
ルッツ艦隊が交戦に突入した同じ頃、ラインハルト・フォン・ミューゼル准将の分艦隊は、通信途絶後、“大将軍の城”に始めてたどり着いた帝国軍となる。
「間も無く“大将軍の城”と直接交信可能な宙域に入ります」
通信参謀の報告にラインハルトは頷く。
無人偵察機を先行させ、中継機の役割を与える事で通信回復を図った。
「映像が届きます」
スクリーンに小さな米粒ほどの光が映し出された。それが拡大される。
表面を覆う様に展開している緑色の艦艇。見間違える事は無い。同盟軍だ。そこかしこで、砲火と爆発の閃光が目につく。
同盟軍の攻撃は予想通りだった為、幕僚の空気は変わらない。
「まだ“大将軍の城”は落ちていないようですな」
幕僚の言葉にラインハルトは頷く。
イゼルローンやガイエスブルグに匹敵する要塞として建造された要塞だが、まだ工程の大半が残っており未完成だ。その為、防御の間隙を突かれたとも考えられる。
ふとキルヒアイスはラインハルトの頬が高揚しているのを見て、冷や汗が流れた。
(ラインハルト様は、また何かをやらかすおつもりか)
キルヒアイスは暴走による失敗を危惧した。
ラインハルトの脳裏をよぎったのは、ここは武勲を上げる好機だと言う事だった。
物語に出て来る英雄の様に叛徒の軍勢をかっこ良く蹴散らし、孤立した味方を助ける騎士。
そんなラインハルトの夢想を断ち切るように報告が入る。
「敵艦隊の一部がこちらに向かって来ます」
新手の帝国軍接近に気付いたウランフは、ボロディンに迎撃の指示を出した。
これに対してラインハルトの反応も速かった。
「各戦隊に発令。砲戦、魚雷戦用意、ワルキューレも出せ」
後続するレンネンカンプに敵の存在を報告しながら、ラインハルトは麾下の戦隊へ矢継ぎ早に指示を出す。戦いへの期待感でラインハルトは生き生きと輝いていた。
報告を受けるレンネンカンプには、ラインハルトの猛る気持ちが手に取るように理解できた。
失敗の連続で降格され寵姫の弟しての特別扱いも終わった。
失った階級を取り戻し分艦隊を与えられたのは、今度こそ本人の実力だ。挑戦的な態度も鳴りをひそめており対人関係は良好だと言う。
レンネンカンプとしても部下の不和は望む所では無い。
(これで増長する事無く謙虚さを失わずに居て欲しい)
それが本心だった。
敵艦隊出現の報告に艦橋に緊張感が満ちる。遅々として進まない要塞の攻略は、降下した陸戦隊が主体であり自分達艦隊には手出しする事も出来ず、手持ち無沙汰だった。
弛緩していた空気が一気に張りつめた。
「遂に来たか」
ボロディンは来るべき物が来たと、顎鬚を擦りながら迎撃の指示を出す。
「帝国軍の奴らを地獄に送ってやれ!」
威勢の良い指示を出しながらも、ボロディンは冷静な視点で敵情を把握しようとした。
攻略途中に、帝国軍の増援が要塞に到着したらどう対処するか。想定はしていた。
早期攻略が出来なかった時の事を考えて置くのも指揮官の務めだ。
ボロディンの第12艦隊が対処する事になっていた。
“大将軍の城”はイゼルローン要塞の様な防御火器も十分に存在しない。その為、応援艦隊との挟撃と言う恐れも無かった。今の所は計画に従い艦隊は動いている。
(大事なのは戦勢を押さえられない事だ)
情報幕僚が、向かって来る敵艦隊の個艦情報から「ブリュンヒルト」を見つけ出した。
「あれはラインハルト・フォン・ミューゼル准将の旗艦ですな」
ボロディンは、その名前に記憶があった。
(たしか、ホーランド提督が叩きのめした分艦隊を指揮していた寵姫の弟だったかな)
あまりにも無残なラインハルトの壊滅状況は、同盟軍の戦闘分析で話題になった。
傍受した通信記録や艦隊の機動から、稚拙な指揮で相手の指揮官は艦隊を壊滅させた事が判明している。敵の失敗を自分達が繰り返す事が有ってはならないと、再認識させられた。
(しかし、いつまでも未熟な子供のままと言う訳でもないだろう)
敵を舐めてかかるのは自らの死を招く。
スクリーンには敵艦からワルキューレが次々と発艦していく様子が映し出されていた。
ワルキューレとスパルタニアンが入り乱れて交戦を始めた。
艦隊が砲火を応酬するにはまだ距離があった。ボロディンの下に通信参謀が駆けて来た。
「提督。傍受した敵の通信ですが、いささか厄介な内容でした」
「ほう?」
ボロディンはそう答え、続きを促す。
同盟軍がフェザーン回廊帝国側出口周辺の有人惑星で虐殺を行っている。それを帝国軍の謀略ではないかと当初は疑ったが、音声のみならず映像も入手し確証に変わった。
その報告をボロディンは幕僚にも伝えた。
「第10艦隊の部隊ですな」
情報幕僚の言葉に静止画像を皆が注目する。
「ウランフ提督はご存知なのでしょうか」
部下の発言にボロディンは苦々しげに呟く。
「おそらく敵戦力を誘引し、分散させる為だろう」
その言葉に若手の幕僚は激怒した。
「な、何ですと! それは戦争犯罪ではないですか!」
自由と正義を信じる者にとって、自軍の殺戮行為は納得できる内容では無かった。
ウランフにしてみれば兵力で劣っている以上、使える手段を選んだだけだ。
(正義は人の立ち位置で幾らでも変わる。ウランフ提督は自ら泥を被る心算だな)
ボロディンはそんなことを考える。共謀する心算なら初めから打ち明けられたはずだ。
(だから一人で突っ走ったと言う事か)
「敵の増援に対して取れる有効な手段など限られている。その為、ウランフ提督は非情な策を取られたのだろう」
ボロディンの言葉に激昂していた幕僚達も落ち着きを取り戻す。勿論、全を納得できた訳ではない。しかし今は目前に迫った敵増援に対処する事が優先だった。
「目の前の敵を倒すのが優先だ。本件に関しては口外を禁じる」
「わかりました」
他の艦も傍受しているかもしれないし、いずれは兵の間にも洩れるかもしれない。それでもボロディンは、幕僚に口止めする以外の事をする気にはなれなかった。
(既に世界は狂っているのだから、この舞台で踊り続けるしかない……)
32.フェザーン進行 第一段階(5)
アンラック方面から到着した先鋒のラインハルト分艦隊がボロディンと交戦に入った頃、ロイエンタール艦隊は引き続き進撃していた。
「発艦始め!」
同盟軍第5艦隊に所属するヤマグチ分艦隊旗艦「ブルー・ドラゴン」の艦橋で、ウィリアム・ヤマグチ少将はスパルタニアンの発艦作業を見守っていた。
甲板員の指示で「ブルー・ドラゴン」から暖機運転を終えたスパルタニアンが機体の固定を解除されて発艦していく。
同盟・帝国軍の双方は、捕獲又は修復された機体の分析で、相手側が使用する単座式戦闘艇は、自分たちと比べて機体性能に大差の無い事を知っている。艦載艇として大きさが制限され、固定武装も似たような物になる。そうなると優劣は、戦技の習熟度と機体の数で決まる事になる。
はっきり言ってヤマグチは鍛え上げた熟練の搭乗員が失われていく現状に不満だった。
兵力の小出しによる遊撃戦などでは大局を変える事が出来ない。連日の戦闘により、麾下の戦力は低下している。艦艇や機体の補充は出来ても人的資源までは回復できない。
(こんな所で、部下将兵を消耗するなど愚の骨頂だ)
ヤマグチの考えとしては、「同盟軍宇宙艦隊の全戦力を投入して、一気にフェザーンの戦いを終わらせるべきだ」と言うものだった。
このまま、戦線を維持できるとは思えなかった。
帝国軍ロイエンタール艦隊。その前衛集団はアーダルベルト・ファーレンハイトの指揮で動いており便宜上、ファーレンハイト艦隊と呼称されている。
ファーレンハイト艦隊に所属する帝国軍駆逐艦「ソーメン」は哨戒艦として先頭にいた。つまり帝国軍の中で最も敵中深く先行する艦になる。
「ソーメン」の艦長であるチアン・ツォーミン少佐は、同盟軍との戦いで父を失い敵愾心が強く「叛徒の根拠地であるハイネセンを制圧し、城下の誓いをさせよう!」と言う過激な発言から強硬派として知られる。
士官学校時代は「叛徒に対し皇帝陛下に叛旗を翻した大逆罪の謝罪を求めるべきだ」などと非現実的な事を唱えて同期の失笑を買っているが、仕事面では熱心で部下の面倒見も良い人物だ。
「ソーメン」は艦橋当直を2時間の6直輪番当直体制を取っている。ツォーミン少佐は仮眠を取った後、艦橋に上がろうとしていた。
『敵艦載艇多数接近。本艦の左舷、方位3-5-0、距離1.2光秒』
艦橋で当直に当たっていた副長にレーダー見張りの電測員から、レーダー情報の報告が上がってくる。
「対空戦闘!」
警報ベルが艦内に響いた。ツォーミン少佐はラッタルを駆け登った。
「ソーメン」は敵の接近を艦隊司令部に通報し対空戦に備える。
「撃ち方始め!」
「ソーメン」の火器管制装置が一斉に動き出す。艦隊で連動しているため無駄な配分はせず適正な数だけの火器が標的に指向される。
艦舷側に設置された近接防御火器が唸るように高速で実体弾をぶちまけていく。銃口から発射時に発生した硝煙の幕が艦体を中和磁場に沿って覆う。その被膜を突き破り、エネルギービームが幾つも蒼い尾を引いて放たれる。
艦隊を遠くから見たとき、その光景は蒼い光に包まれ綺麗だ。しかし実際に突っ込んで行く者には、触れれば砕け散る暴風雨。文字通り死神の息吹になる。
連日、敵艦を沈める事を目標に訓練を励んできた者にとってもその中に突っ込むには度胸を必要とする。当然、その攻撃隊指揮官には熟練者があてられる。
サレ・アジズ・シェイクリ少佐もその一人だ。
「ヘゲソ・リーダーから、カオスラウンジへ。全機続け!」
宙雷戦隊と同様に空戦戦隊は、指揮官陣頭が求められる。超甲巡や巡航艦で駆逐艦を指揮する宙雷戦隊司令とは事なり、空戦隊の指揮官は特別仕様の単座戦闘艇など与えられない。その点に限れば帝国も同盟も変わりはなかった。
率先する者が居なければ、誰が好き好んで死中に飛び込むだろうか。これも集団心理で、皆で進めば怖くないと言う事だ。その為、第一歩を踏み出す馬鹿が必用だ。
死の恐怖に打ち勝つ事などできない。ただ耐えるだけだ。その経験は実績となり資質を育んで行く。そして立ち向かう事のできる者が指揮官であり、指揮官の姿があって初めて部下は付いて行く。
オリビエ・ポプランやイワン・コーネフと同様の撃墜王であるシェイクリだが、部下に批評され続ける毎日だ。だからこそ彼らは自らの技量に誇りを持ち、それを証明するため大きな戦果をあげようと時には無謀と思える勇敢に戦う。彼らキチガイの論理に言わせれば、戦場は芸術活動の発表の場であり、自分達はアーティストなのだから。
原隊のファーレンハイト艦隊が敵の襲撃に悩まされている頃、駆逐艦「ミステル」は僚艦の「ウラナミ」が沈んだ事から単艦で敵の勢力圏から離脱中であった。
現状は端的述べると逃げてるだけ。
(まあ仕方無いな)
魚雷と機雷を全てばら蒔いてきたので、艦の重量は往路より軽くなっている。少しは推進剤の節約にはなる。
水と酸素に関しては、浮遊している氷塊から抽出できるので問題はない。人間は最悪この二つが在れば生きていけるのだ。最悪の場合は近くで敵の駐屯していない惑星を経由する事も考えている。
そこにCICのレーダー見張り員から、進路上に航行する小型艦艇を発見したとの報告が入った。
「敵の偵察か?」
速度は駆逐艦や単座戦闘艇よりは遅いとの事だ。
「密輸船に似ていますが、高速連絡艇では無いでしょうか」
ここは一般船舶の航行する航路ではない。そもそも「ミステル」は敵の哨戒区を避けて逃亡中なのだから、ここに船が居るのもおかしい。
「どちらにしても、捕まえたら正体が分かるな」
「はい」
沈める事を前提に僕は不審船を拿捕する事にした。
フェザーン回廊の外、帝国領内でも戦闘は続いている。これからが本番と言っても良かった。
「前進!」
機関出力を上げてミューゼル艦隊は、嵐のようにボロディン艦隊に襲い掛かった。
民間人虐殺の噂は広がっており、同盟軍への敵愾心は沸き立ち沸点へと達していた。
「卑劣な侵略者に正義を示せ!」
怒りを殺意へと変え、通常より増した戦闘力を見せ付けていた。
無数の閃光がボロディン艦隊に発生するが、混乱の様子は見れない。
たかが分艦隊に圧されるボロディンではなかった。その艦隊機動は切れを見せており、ラインハルトに感嘆させるものがあった。
「やるではないか」
獣のように蹂躙しようとすれば隙を見て急所を突いて来ようとする。
(叛徒とは言え一角の将。中々の手腕だな)
「レンネンカンプ艦隊は続いているな」
「はい!」
一旦後退して敵の圧力を自分の分艦隊より数の多いレンネンカンプ艦隊に流そうとした。擦り付け美味しい所を頂く算段だ。
その時、要塞に張り付いているはずのウランフ艦隊の一部が動いた。
「敵艦隊、反撃してきます!」
ラインハルトは眉をひそめる。これまで戦闘に参加していなかったウランフが麾下の艦隊を攻撃に参加させてきた。一部とは言え十分牽制にはなる。
(要塞を攻撃しながら、こちらにも兵を向けてくるとは、よく見ているな)
まともにぶつかればラインハルトもただで済むはずが無いことを理解している。
(俺の兵力は分艦隊。せめて1個艦隊の指揮権があれば、蹴散らしてやれる物を……)
しかし部下を扱いきれずに壊滅させるのは罪だ。前回の敗北で戦場全体を観察する様に心掛けている。
戦いには余計な雑念はいらない。他の思考が入れば必ず負ける。ラインハルトは頭を振り後退の指示を出す。
「全艦後退、敵との距離を取るぞ」
キルヒアイスが回頭の指示を伝達する。
惑星ミンドロに分散していた同盟軍パイク戦隊は引き揚げにかかった。それを、みすみすルッツが見逃してやる義理も無い。
(やった事には責任を負う。それが大人の社会だ)
言って見れば、妊娠させたけど後の事は知らん。そんな風に「やり逃げ」する男のようなものだった。
パイク戦隊は50隻も居ない。分艦隊の帝国軍と規模が違う。まともに戦って勝てる戦力差ではない。そして逃げる方と追う方でも勢いが違う。
直ぐに追いつき同盟軍を包囲した。
応戦してくるが包囲してるほうが有利なのは常識だ。敵の方が撃沈される数は多い。
ルッツは殺害された住民の報復として敵を皆殺しにしても良いが、無益な殺生をするほど下卑た趣味を持ち合わせては居ない。頃合を見て投降勧告をする事にした。
「投降勧告を出せ」
その勧告を受信したのか、同盟軍の砲火が一瞬弱められる。
包囲の中で一悶着があった。
「馬鹿者! 攻撃の手を緩めるな!」
「司令。最早これまでです」
パイクは反論する部下にブラスターを突き付け戦闘継続を命じる。
「命令に従わない艦は裏切り者だ。撃て!」
巡航艦「アウターバンクス」はパイクの指示で、戦闘継続の命令を無視した周りの艦を撃ち始める。
「同士討ちか?」
ルッツの目にはその様に映った。
敵が戦闘継続を止めていない以上、攻撃停止の命令を出さない。
帝国軍の砲火で艦橋に被弾した同盟軍巡航艦「アカデミー・スター」。艦長のロン・クック大佐が戦死し、下部のCICで最先任のリンダ・カルヴェイ少佐が指揮を取ることになった。
中和磁場が消滅しており、残骸がガンガンと艦体の外郭を叩く。
(これで、さらに攻撃でも食らったら、人生が一完のお終いね)
一際激しく「アカデミー・スター」が揺れた。よろめく体は制動できない。
「痛っ……!」
舷側の窓に打ち付けられた時、戦隊旗艦の「アウターバンクス」が僚艦に砲撃する光景が目に写った。
数えるほどに数を減らしてきたパイク戦隊。その中で味方を攻撃する「アウターバンクス」の行動は一際、目立った。
(あれさえ沈めれば敵は降伏するな)
ルッツは最後まで抵抗していた敵の巡航艦に照準を絞って射撃命令を出そうとした。が、味方の巡航艦に沈めらた。
「ガチャピンαより入電。叛徒の巡航艦より投降信号が出ているとの事です」
降伏勧告に応じ投降してくる事は珍しいことではない。
『自由惑星同盟軍第10艦隊所属、巡航艦『アカデミー・スター』艦長代理のリンダ・カルヴェイ少佐です』
疲れた表情を浮かべた女性。ルッツは答礼して答える。
「銀河帝国軍コルネリアス・ルッツ少将だ。貴官たちの投降を認める」
狂気に取り付かれた味方の艦を、英断を持って沈めたのが彼女だとルッツが知ったのは後の事だった。
後退したミューゼル艦隊はレンネンカンプ艦隊と合流。ケーリヒ少将とグリューネマン少将の艦隊も戦場に到着したことで、帝国軍は本格的に陣容を整えボロディンを潰しにかかった。
「くそ。敵は一体、どれ程の戦力を投入して来ているんだ!」
コナリー少将の洩らした声はボロディンの内心と同じだった。
(敵の戦力が多すぎる)
自軍に比べ、戦場に到着した敵の増援は依然として少ないが、それでもまとまると脅威だ。
丈夫そうに見える陶器でも落とせば一瞬で瓦解する。製作過程での苦労や、持ち主の思い出など関係は無い。同じ様に第12艦隊が敗れるのも一瞬の出来事だった。
「ボロディン提督が戦死しました」
その報告に第10艦隊司令部は静まり返る。普段冷静な参謀長のチェン少将ですら顔色を変えていた。
ウランフは数秒間の間、瞳を閉じ盟友への黙祷とした。
敵艦隊を分散させる事は成功したが、思っていたほど戦力を誘い出せなかった。その為、有力な戦力を保持した敵増援とぶつかり合う事になってしまった。
後悔はしない。その時、最善と思える手段を選択したのだから。
状況が変わったのは明白だ。
「撤退する」
ボロディンの仇討ちをしないのかと言わんばかりの視線が幕僚から向けられる。しかし、流れが変わった事を考えるならば、損害を抑えて引き揚げる方が最優先事項なる。
「要塞攻略の意義は失われた」
ウランフが説明を始めた瞬間、新たな報告が入った。
「要塞表層にエネルギー反応多数!」
死んだふりをして沈黙していた防御火器が動き出したのだった。
(今まで反撃が少なかったのは、工事が未完成と言うだけではなく、火力の温存で機会を待っていたのか)
要塞攻略支援に残されていたウランフ艦隊は、要塞の至近距離に展開していた。撃ち放題の標的が今の原状だ。
(このままでは、良いように撃たれる!)
その事に気付いた、ウランフは回避命令を出そうとした。
「エネルギー多数接近!」
悲鳴のような報告と共に、ウランフの視界が白く染められた。瞬間、重力制御されているはずの床から体が持ち上げられた。
爆発の閃光が要塞の人工重力圏上空に広がっていく。要塞の外殻が反射した閃光で光り輝く様は人口の太陽が出現したようだ。
ラインハルトは勝利を確信した。生き残っていた要塞の防御火器も、友軍の到着と呼応して反撃の火を噴いたのだった。
後続のレンネンカンプもボロディン艦隊の残存戦力を掃討に移っている。ラインハルトは友軍の位置を確認して決断する。
(いけるな)
戦果を拡大する好機だ。
「このまま押し潰せ!」
形骸と化したボロディン艦隊をあしらいながら、旗艦損失により混乱したウランフ艦隊に襲いかかる。
レンネンカンプ艦隊の後方を進む一つの艦隊が居た。
艦艇は灰色の塗装をされている物の帝国軍所属ではない。アンラックでの革命軍を指揮した同盟軍軍事顧問が乗っている。
チャモチャ軌道上でアルテミスの首飾りが破壊された後、ムライは決断を迫られた。
艦隊の生存か、降伏かである。
「我々は動くシャーウッドの森となる」
それがムライの決断だった。
この中で最先任であるムライには、同盟軍人である部下を生きて祖国に帰らせる責務がある。
途中で敵の艦隊や根拠地があれば襲撃し、必要な物資を略奪する。
(行き当たりばったりの手で気に入らないが、これ以上の手は思い付かない)
ムライ少将の指揮で脱出したその戦力は300隻にも満たない。
艦隊の中央に位置する輸送船団。その中には薔薇の騎士連隊の面々の他に、ヤン・ウェンリーの姿もあった。
ヤンと再会した時をムライは思い出す――
フェザーン商船と遭遇した。
「渡したい荷物が在る。そう言ってますが」
「罠かもしれん。警戒は緩めるな」
艦艇が十重二十重に取り囲む中、接舷され乗り込んで来た。
そこには予想外の顔が在った。
「ヤン提督!」
「やぁ。久しぶりだね」
皆、元気にしていたかなどと言うヤンに、ムライはあきれ顔を浮かべながらもほっとした。
そして今、ヤンがフェザーン回廊への脱出方法を説明している。
「敵の後背を突き、一気に通り抜ける」
ヤンにこれからの行動指針を明かされた彼らは呆れていた。
「本気ですか。敵は我々よりも数で勝っていますが」
ムライ少将の言葉に全員同意する。
「敵より多くの戦力を用意する事。それは理解している」
前に国防委員長に問われてヤン自身が答えた言葉だ。
「だが諸君は一騎当千のつわもの達だ。やれると信じている」
その言葉にシェーンコップはうんざりした表情を浮かべた。甘い甘言に騙され、彼と連隊の名誉は汚された。また顎で使おうという心算かと、殺気をこめた視線をヤンに向けて放つ。本来、ヤンの副官であるはずのフレデリカもシェーンコップの傍らで嫌悪感に満ちた表情を浮かべている。ここで好意的なのは男爵夫人ぐらいだ。
少数の側が自軍に倍する敵を撃破したと言う例は無いわけではない。地球で人類が地に足を付けて戦っていた過去の戦史でも幾度かあった。
「要は優れた指揮官と作戦。それと与えられた任務を確実に遂行できる駒。これこそが必要だ」
駒扱いされたシェーンコップの頬が一瞬、動いた。
評価は適切に、ヤンは自分達の能力からできると判断した。
艦隊司令官を失い組織的抵抗が瓦解した同盟軍の残存戦力を掃討していく帝国軍。もはや戦場の勝者は明らかだ。
落ち武者が農民に討ち取られるように、追いすがる追撃の帝国軍から放たれた放火は、さらに出血を強いる。
見るも無残に壊滅した艦隊は分艦隊規模に減少している。2個艦隊の残余が2000隻を切ろうとしていた。
第10艦隊の次席指揮官であるコナリー少将がウランフと共に戦死した為、戦艦「ホーン・チャーチ」に将旗を掲げるレイ・スペンサー准将はウランフ艦隊の残存戦力を指揮していた。
(住民虐殺まで行い、帝国軍の戦力分散を図ったが負けた。捕まれば極刑は免れない。自分たちでもそうするだろう)
その事実に兵は意気消沈している。
(自身の行いから目を背けるつもりは無い。だが兵は命令に従っただけだ)
何としても、捕まる訳には行かなかった。
巡航艦「シェルトン」と駆逐艦「コウゾウ」「タバサ」が後衛を勤め、損傷艦を放棄して同盟側回廊出口を目指す。まだパエッタの艦隊が無傷で存在しているからだ。
この艦隊を追跡する帝国軍はヨーゼフ・ワルテンバッハ少将麾下、戦艦「ヴェッテンベルク」「ザールブリュッケン」「ゲロルシュタイン」を中核とした戦隊。他にも幾つかの戦隊や分艦隊が追撃に動いていたが、帝国軍の多くは広く分散して周辺の惑星へ治安回復と住民救助の為、送られている。
「敵は撃退した。まずは民生の安定が第一だ」その様にフレーゲルは命令したと言う。
巡航艦「シェルトン」艦長ポール・ヘンダーソン中佐は、2隻の駆逐艦と共にワルテンバッハ戦隊を迎撃した。3隻で1個戦隊を相手にする。生きて帰れば賞賛は間違いないだろう。そんな思惑が在った訳ではないが、結果として追いついた帝国軍の駆逐隊と交戦に入った。
しかし長くは持ち堪える事が出来なかった。
数隻を沈めたが、相手は倍以上いる。動くのを止めれば撃破されるのが目に見えていた。
絡めるように伸ばされてくる火線の網をあしらいながら、推進剤の残りを気にする。
「ミサイルもエネルギーも残り僅かです!」
砲雷長の報告に眉を寄せる。思っていたよりも早く、継戦能力の限界が近付こうとしている。
だからといって降伏は論外だ。
戦死して二階級特別昇進で准将になる未来が脳裏に浮かんだ。
(新たに作られる宙港はヘンダーソンと名付けられ、その死は称えられる……か)
「そろそろお迎えが来たようだな」
ハイネセンに残して来た妻に、先に逝く事を詫びねばならない。
もう駄目だと思い、ヘンダーソンがそう呟いた時だった。
一つの艦隊が有った。
艦艇数は300隻にも満たない小艦隊だ。
「各飛行隊の準備は?」
艦橋で司令官の問いかけに、ヘイゼルの瞳を持つ副官が答える。
「いつでも出られます」
帝国軍ワルテンバッハ戦隊に所属する駆逐艦「サイコルシェイム」は、駆逐隊を構成する僚艦の「メガデス」「メタリカ」「マジキチ」と後衛を勤めていた。
レーダー見張りの電測員ジョン・ヒンクリー軍曹は、スーパーのチラシに載ってる子供の写真の切り抜きコラージュを作るのが趣味で、部屋には多数のスクラッチブックが貯まっている。
(勤務が終わったら新作に取り掛かろう)
そんな人が顔をしかめる趣味の事を考えていた。普段からこんなことを考えていた訳ではない。味方は勝っており形ばかりの後衛で、自分達の後方に敵は居ないのだから気楽になるのも仕方が無かった。
だから後方から近付いて来る艦載艇の群れを友軍だと勘違いした。何しろ友軍の信号を出している。
もっと詳しく確認していればそれが最近失われたばかりで、登録抹消の済んでいない物だと言う事が分かったはずだ。
全ては遅すぎた。
スパルタニアンの攻撃に先立ち、艦砲による突撃支援射撃が行われた。
(え!)
ふっと気付いてヒンクリーは当直士官に報告する。
「後方より熱源多数接近」
衝撃と共に、旗艦「ヴェッテンベルク」が揺れた。
青い光の矢が降り注ぎ、爆発の閃光が帝国軍の後背に出現した。
「後方に敵が現れた模様!」
「後背に敵だと」
ワルテンバッハは恥辱に顔を歪ませる。
(ここまで来て、何事だ)
後背は帝国領だ。敵は掃討されつつある、と完全に油断していた。
馬鹿な。有りえんと考える前に、被害の報告が嵐の様にやって来る。
「『セーブル』被弾沈みます!」
「『ケープコッド』航行不能…」
数発喰らい、青い光球に変わる僚艦。
感傷に浸っている暇は無い。
出現位置は帝国領からの針路を刺している。真後ろだ。
「真方位1-8-0。仰角35度」
距離は1.35光秒。距離にして405,000キロ。
帝国軍は不意を突かれる形となった。
「初弾命中、敵艦隊に反応はありません」
「良いぞ。奇襲は成功したようだ」
ヤンは傍らの男爵夫人に笑いかける余裕さえあった。
「全艦突撃」
ヤンの号令がかかり約300隻の艦艇が紡錘陣形で帝国軍の後背を突いた。
中央には補助艦艇の輸送船などが集まっている。
「見学しか出番が無いのは残念だな」
そう言いながらシェーンコップは、スクリーンで繰り広げられる戦闘を眺めていた。
「撃て!」
フレデリカは実戦で上官の有能さを初めて知った。幸せそうに腕を組みしなだれかかる男爵夫人の姿が堪に触った。
(お買い得の商品を逃したのかもしれない)
そう思うと、早々に見切りを付けた自分の迂闊さを呪った。
「全艦全速前進、このまま突破する。後ろの敵に構うな。後一歩で突破できる!」
ヤンの叱咤激励が飛ぶ。本来なら戦死したパトリチェフ辺りが似合う役割だ。
「撃ちまくれ!」
そして待ち望んだ報告が入る。
「敵陣突破」
勢いに乗って帝国軍の戦列を食い破った。
ヘンダーソンの目の前で、帝国軍の戦列を横っ面を叩くように青白い矢が襲った。
「識別信号確認。友軍です!」
数こそ減らしたが、アンラックに派遣されていた友軍で、ヤン・ウェンリー指揮する軍事顧問団の生き残りだった。
新たな艦隊出現に、帝国軍の砲火も一瞬弱まった。
この機を逃さず、ヘンダーソンは命令した。
「主砲三斉射。あの友軍と一緒に退くぞ!」
希望が有ると不思議な物で、今度は生きようと言う気持ちになって来る。
「全艦、全速で味方艦隊まで逃げろ!」
ワルテンバッハからの戦闘報告をフレーゲルは要塞の司令部で受け取った。表示される戦況経過を見ながら呻く。
「くっ……」
敵2個艦隊を完膚なきまでに叩いた。そのまま戦果拡張をしようとした所、横槍を入れてきた小癪な艦隊のお陰で、敵は混乱から回復して整然と撤退して行った。
オーベルシュタラインの視線は興味深そうに、敵艦隊の機動を追っていた。
取りこぼした残存戦力もそれ程多くは無い。それで満足すべきかも知れないが、フレーゲルはいささか不満だった。
「もう少しだったんだがな」
それは、その場に居た全員の思いだった。
そこに通信士から報告が入った――
※ここからルート選択です。
それは、ロイエンタール艦隊がビュコックを討ち取ったと言う報告だった→1-1へ
(33~34話)
パエッタの艦隊が間に合い、ビュコックと合流したとの報告だった→2-1へ
(35~36話)
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