導入部分で燃え尽きた残りカス   作:キューブケーキ

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銀英伝に転生してみた 37話(3-1を選択)

37.3-1

 

 フェザーン回廊での戦いは終局に向かおうとしていた。フェザーン軌道上には同盟軍第二陣の艦艇が展開している。目的はフェザーン防衛、目標は帝国軍の撃破又は撃滅。

 推進剤の補給作業急がれる中、パエッタは一際損害の激しい艦隊に視線を向ける。

 弾痕だらけの廃船と見紛う駆逐艦、艦尾を失った巡航艦、貴重な推進剤を吐き出し続けている戦艦。無傷な艦艇は1隻もない。

「残存戦力の収容はどうだ?」

「ヤマグチ中将に第13艦隊編成の辞令が出ており、第5艦隊も任せられたそうです」

 第一陣として送り込まれた3個艦隊が壊滅して残余艦艇がかき集められた。名称こそ第13艦隊となっているが、実体はお荷物にすぎない。

(ヤマグチも貧乏くじを引かされたな)

 後輩の顔を脳裏に浮かべて、苦労を考えると憐れに思う。

 パエッタは戦場で勝利を得るべく邁進して来た。その自分だから分かる事もある。

(この戦争は負けだ)

 強大な戦力を保持する帝国軍と、まともにぶつかり合って勝てると思うほど楽観視をしていなかった。

 評議会の決定に従うのはシビリアンコントロールの結果だが、政治家が同盟を滅ぼそうとしているのは納得できない。急遽降って沸いたフェザーンへの派遣。そして逐次戦力の投入。

(行き当たりばったりか……)

 統合作戦本部が立案した対帝国戦略は、こちらから攻めずフェザーンを緩衝地帯として戦力を回復する事だった。しかし、現状は消耗戦に引きずり込まれている。

(その結果が、これだ)

 フェザーン側の空気が当初の歓待するような姿勢から、微妙なものに変わっていた。

「帝国と講和を結ぶという噂もあります」

 自分達、同盟軍が犠牲を払った事でフェザーンは守られてきた。排外主義、差別主義の帝国と融和すると言う事は、同盟にとって裏切りと言えた。

「だとしたら、我々はどう動くかだな」

「連中に非和解で戦い抜く根性が無いなら、帝国軍の奴等と一緒に血の海に沈めてやりましょう」

 裏切るなら武力行使でフェザーンの制圧も辞さない。その様に部下は意見を言った。内心では同意できた。しかし、それをしてしまえば民主主義の大義を失う事にもなる。

「上の判断を待つしかないな」

 現時点でなら、対峙する帝国軍を蹴散らせると自負している。しかし戦闘停止命令が出されており、今は政治家に判断を委ねるしかない。

(時間の経過と共に敵は増強される)

 無尽蔵に思える敵戦力。この先に描ける未来は悪夢でしかない。

 

 

 

 ヤン・ウェンリーは、パエッタと合流して息を吐く間も無くハイネセンより召還命令が出た。帝国領内での後方攪乱任務の報告である。

 ヤン・ウェンリーの帰還。それと同時に3個艦隊壊滅の報告がハイネセンに入った。

 フェザーンは封殺されビュコック、ウランフ、ボロディンと言った名だたる提督の戦死も痛い。同盟軍が受けた打撃と損害の深さを痛感する。

(帝国領を荒らし混乱させる事には成功した。だが迷走させる程では無かった)

 シトレは苦虫を噛み潰した様な表情で、損害報告に目を通していた。

(今回の作戦で非戦闘員を殺傷した。同盟軍の威信は泥にまみれたと言うが、そんな事よりこの戦争は分が悪い)

 パエッタの到着で帝国軍が一時的に退いたが、いずれ再攻勢に出てくるのは明白だ。このままでは、せっかくイゼルローン回廊を封じたのにフェザーン回廊で同盟の国力は搾り取られてしまう。

 更なる軍拡と徴兵を行わぬ限りは同盟軍の戦力は磨り減るばかりだ。だが徴兵は禁じ手である事も理解していた。人的資源の枯渇は経済活動も停滞させる。社会が回らなく成るのだ。

 

 

 

 幸せは落ちていない。簡単に見つけられる物ではない。今ある物に満足できるなら、それも幸せの形ではないだろうか。

 ユリアン・ミンツは両親の死後、ヤン・ウェンリーに拾われた。ヤンは私生活ではだらしない一面もあるが常識人でここでの生活に不満はない。

 ヤンを見ているとイゼルローン要塞陥落の英雄と言う印象は無い。食事時に眠たそうな表情でこちらを見つめるヤンは、冴えない中年でしかない。

「中年って私はまだ若いんだけど……」

 士官学校でヤンの後輩だったアッテンボローは、ヤンを不良中年と呼んでいた。ユリアンに言わせればアッテンボローも似たようなものだった。

 今では官舎に訪ねてくる者は少なくなった。ユリアンが手料理を奮うことも減った。それでもユリアンにとっての平穏がここにはある。

(それに今日は帰ってくる!)

 TV電話でヤンから知らせがあり、帰宅の時間は遅くなるかもしれないが客人も一緒だと言っていた。

(久しぶりに腕をふるえる)

 夕食の献立を何にするか食材を確認しにキッチンへ向かう。

 

 

 

 帝国軍の襲来に備えて、お飾りとはいえ防空火器が屋上に設置され要塞の趣を見せる統合作戦本部の庁舎に、宇宙艦隊司令長官のロボス元帥、参謀長グリーンヒル大将、統合作戦本部長シトレ元帥と言った軍の重鎮が集まっていた。

 室内の空調が効いているはずなのに書記のリチャード・ドゥティ大佐は息苦しさを覚えた。無理もない。今日は内輪での非公式な査問だ。

 呼び出されたのはイゼルローン要塞陥落の立案者であるヤン・ウェンリー。若き英雄だ。

「ヤン中将。貴官が部下を見捨て敵前逃亡したと言う証言があるのだが、これに対して申し開きはあるか」

 グリーンヒルは顔をしかめてそう言った。

「それは誤解です」

 ヤンにとってこの問答は想定済みであり、額に汗が浮かべ困ったような表情で演技をする。

「誤解だと? 反革命、反民主主義の敵対者は許されない。君の行いは反階級的犯罪で同盟軍の歴史的指命に対する裏切りで、組織規律の重大な侵犯であると分かっているのかね」

 言い訳は許さないと、グリーンヒルは強い眼光でヤンを睨んでいる。

「弁解を許されるなら私欲からではありません。小官に与えられた任務は帝国領内での後方攪乱でした。物理学が示す通り環境が人を変えるのです。今回の場合は環境が人を支配した実例です」

 残念ながら逮捕されましたが、と断って続ける。

「アンラックで戦線の一翼を担う革命軍支援は、事前の計画に則りムライ少将が指揮をしました。小官が合流したのは帝国軍に破れた後でした」

「その辺りは端折って良い。問題はフェザーン回廊で帝国軍と遭遇した時の事だ」

 ヤンはなるほどと言う風に頷く。

「小官には任務を報告する義務がありました」

 指揮官は、兵と共に死ぬべき事が仕事ではない。

「あれもこれもと、全てを望む事は不可能です。優先順位に従ったまでです」

 答えるヤンの顔は当然の事を成し遂げたと言う物だった。

 一方で、直接的な部下を失ったグリーンヒルは眉をひそめ不快そうだった。

 シトレは咳払いをすると発言する。

「納得は出来ないが、理解はできる」

 艦隊を犠牲にしたヤンとロボス派の縁は、今回の脱出劇で切れた。ここでヤンに恩を売り取り込もうと、シトレは弁護した。

「我が軍はフェザーンで多くの人的資源を失った。ヤン中将には、階級にふさわしく同盟のためにも帝国と階級攻防で戦って貰わねばならない」

「勿論です。帝国軍の侵略を粉砕すべく邁進し、同盟の旗を打ち立てるとお約束致します」

 ヤンはシトレの思惑に乗り愛国的言動をした。いかに自分が現状を憂いているか、帝国との戦争を具体的にどう対処するか。

「ヤン中将の提案は興味深い物があった。具体的に検討して見たいと思う」

 終盤には査問の空気は消え失せており、対帝国戦争計画の意見具申の場に変わっていた。グリーンヒルは話をすり替えられたと苦々しい表情を浮かべていたが、結果的にヤンの処罰はなかった。

 他の者が退室し二人きりになるとシトレはヤンに話しかけてきた。

「ヤン中将。今回は貸しだからな」

「はい。ご期待に応えられるよう善処いたします」

 査問が終わり、ヤンが庁舎から出ると空は日が沈もうとしていた。

「早かったわね」

 ベンチに腰かけて待っていたマグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ男爵夫人は、ヤンが歩み寄るとそう言った。マグダレーナの肩越しに私服の憲兵が会釈してきた。監視だ。フェザーンの協力者である亡命者とは言え、しばらくは監視もいる。

「それじゃ、私の家に向かおうか」

 官舎まで憲兵が地乗車で送ってくれた。窓から見る町並みは、シャッターの降りている店舗も多く、出兵前と比べて人通りが少なく感じた。

(戦時経済の統制。その影響か)

 ぼんやりと考えている間に玄関の前に地上車は停まった。

 官舎と言えど、待っている者がいると安息の地になる。久しぶりのわが家に、リラックスしてインターホンを押した。

「お帰りなさい」

 非保護者が可愛らしい笑顔でヤンを迎え入れる。

「ただいま」

 そう答えるヤンの肩越しに妙齢の貴婦人が居ることに気付いた。

「ヤン中将?」

 ユリアンの問いかける眼差しに気付いてヤンは紹介する。

「ああ。こちらは僕の知人にあたる女性だ」

「こんにちは。貴方がユリアンね。私はマグダレーナよ」

「あ、はい。ユリアン・ミンツと申します」

 突然の出会いに驚きながらもユリアンは挨拶を交わす。

(綺麗な人だけど、ヤン中将の恋人だろうか?)

「玄関先で立ち話も何だから、ともかく中に入ろう」

 ヤンの言葉に苦笑を浮かべて官舎の中に入る。

 夕食を出前で取り、食卓を三人で囲む。

「どうだい。学校の方は」

「卒業後をどうするか先生に訊かれました」

 外では相手が望む答えをする。教科書通りに愛国者を装い軍に入りたいと受け答えをしておいたとの話に、ヤンは愉快そうな表情を浮かべる。

「良いね正解だよ、ユリアン。そのまま、相手の望む答えを返して演じなさい」

 ユリアン・ミンツは人生の先輩にして保護者の言葉に耳を傾ける。

「そうなのですか?」

「要らぬ不興を買えば人生を楽しめないからね」

「なるほど」

(可愛い顔をしていても、この保護者の影響を受けているわね)

 マグダレーナは、目の前で皮肉と言うスパイスを効かせた師弟のやり取りする会話に呆れていた。

 

 

 

 グリーンヒルは仲間を見捨て逃亡したヤンに失望をした。理想を持ち反骨心のある革命の闘士と思っていたが、考え違いだったと気付かされた。

 甘利の斡旋、収賄を行う政治家と変わらなく姑息な敵前逃亡者だ。

 帰宅して扉を潜ると、玄関で待っていた娘の眼差しにグリーンヒル大将はたじろぐ物を覚えた。

「どうした、こんな所で」

 フレデリカは帰国後、ヤン・ウェンリーが友軍を囮に逃亡した事実を父親に告発した。

「お帰りなさい。ヤン中将の起訴は取り下げられたと伺いましたが?」

「ああ、ただいま。その件は残念だが事実だ」

 父であるグリーンヒル大将は、ロボス元帥の懐刀として影響力もある。だがヤンは、シトレ元帥に擁護され今でものうのうと笑みを浮かべているということだった。

(許せない! 贖いはさせる)

 シェーンコップだけではない多くの将兵が犠牲になった。フレデリカの瞳に黒い炎が宿っていた。

 

 

 

 銀河を統べる神聖不可侵な皇帝に牙を剥いたリッテンハイム侯爵。叛乱計画は土壇場で瓦解した。

 決起の参加予定部隊を事前に押さえられたのは、リューネブルクの働きにもよる。

 事情聴取を終えたリューネブルクは、軍務省で今後の進退について説明を受けていた。

「だが無罪放免とはいかない。わかるな?」

「承知しております」

 皇帝の決断一つで首と胴体が別れる。緊張しながら軍務尚書からの通達を受ける。

「よって貴官には、フェザーン地域軍(FATF)の司令官を任ずる。戦力的には不満かもしれないが鍛え上げて貰うぞ」

 フェザーン回廊で亡命フェザーン人のゲリラを相手に掃討作戦を行う。それが与えられた罰則だった。

(これでは罰どころか栄転ではないか!)

 リューネブルクは感動していた。最前線で武勲をあげて凱旋する機会を貰えた。武人として名誉な事だった。

 帝国は考えていた。

「はっきり言って、フェザーンを解体することは容易い。だが次の戦が待っている。自由惑星同盟──叛徒との決着だ。精々、フェザーン人には希望をもって働いてもらおうと言う事だ」

「はい」

 帝国軍は友軍を囮に逃げ出したヤン・ウェンリーと、汚名を覚悟に投降したシェーンコップ以下、薔薇の騎士連隊を宣伝した。3個艦隊を失い惨敗した同盟にとって、この不祥事を認めるわけにはいかなかった。

 ヤンの言い分を認めて同盟市民には仕方の無い犠牲と喧伝した。一方で薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊の名は同盟軍の汚点でしかなかった。帝国軍に投降しただけならまだしも、積極的に帝国の尖兵としてフェザーン地域軍などに参加したとある。同盟への亡命帝国人が白眼視され、あるのは疑心暗鬼の社会不安だけであった。

 フェザーンの再軍備。その為、人員と器材を帝国から提供し補完する。帝国軍の後方で作戦に当たるが、貧弱な組織では困る。ハルオ、ルパートや多くの人間が出向する。

「内務省の管轄で設置されるが、戦時の指揮系統はこちらに一元化される」

 まあ、今も戦時だがなと付け加える。

 そこに秘書官が微笑みを浮かべて、お茶とお菓子を二人の前に置いていく。

 戦場で血と硝煙にまみれてきた自分には縁の無い香水の香りが鼻腔をくすぐるとリューネブルクは思った。

(俺には高嶺の華だった妻のように、いずれ誰か、有力者に貰われていくのだろうな)

 一部のフェザーン人には、帝国に不満を持ち武装解除に応じない残党を匿っている者も居る。それがテロを助長している。残党狩りは報償金を賭けた。

「現地住民に任せると手を抜かない。古代の植民地支配に倣ったやり方だ。貴官はどう考える」

 意識を切り替える。

「FATFはフェザーン人と亡命者を有効利用できる。悪くない手ですね」

「うん。貴官になら、元部下のシェーンコップを使いこなせるだろう」

 この新設される組織は未知数だった。内心複雑な心境で曖昧な笑みを浮かべる。

「温情に感謝いたします」

 少なくともリューネブルクは名誉の戦死を選べる。自分が死んで家族に類が及ぶこともなく、遺族年金を残せると言う事に安心感を覚えた。

 

 

 

 独立商船「ベリョースカ」の薄暗い船内で男は電子新聞の記事を読み上げていた。

「意外に呆気なく降伏したな……」

 フェザーンが自治権を放棄して帝国に降伏すると同意したのは10日の事だった。

「帝国暦487年12月15日正午までに同盟軍はフェザーン回廊から退去して貰いたい」

 正式な退去指示が出された。

「亡命するならこれが最後の機会だ」

 帝国はフェザーンを緩衝地帯として残す選択をはなから放棄していた。講和条約締結後に進駐してきた帝国軍の戦力は大きく、フェザーン人に同盟領内進行への前線基地として活用する方針を示していた。

 帝国の武威を前に、いままでフェザーン人として保証されていた権益を失う事になる。

 住民は同盟に亡命するか、唯々諾々と帝国に従うかの選択を迫られる。

 ここにも選択を迫られている男がいた。

「それで船長。俺達はどうなるんですか?」

 船長と呼ばれた男、ボリス・コーネフは密輸行を手掛けていた。

 帝国が広域指定犯罪者として捜索していたヤン・ウェンリーの逃走にも手を貸した。

 カストロプ叛乱でもフェザーンから消耗品の輸送にあたった。すねには傷があり、内務省が見逃すとは思えない。

 おんぼろな船はともかく、これまで苦楽を共にしてきた部下を帝国の手に引き渡すことは避けたい。

「お前達は俺に付いてくるのか?」

 部下たちに否応も無い。ボリスに付いていけば安心と言う自信を持っていた。

「勿論です!」

 幸いにして家族はいない。フェザーンに引き留める者がいないのならば同盟に亡命するだけだ。

(商売はどこでもできるからな)

 ヤン・ウェンリーも亡命するならば便宜を図ってくれるだろうと言う、考えがあった。

 新たに臣従宣誓が行われて、フェザーンは自治領から皇帝直轄領へと変わる。フェザーンの住民を三等人種として待遇すべきだと言う意見も出たが、同化の融和政策が選ばれた。しかし、フェザーン人にとって住みやすいかは別だ。

 

 

 

「貰える物は何でも貰っておけ」

 軍隊の鉄則である。自分が要らない物でも他者には有用な物かもしれない。物品愛護の教えを混ぜた話だ。

 物の付加価値を正しく判断できるかどうかは人生経験も必用だ。人材の有用性。その判断基準も同じく言える。

 使えないと思っていた者がある日突然、優秀になっている。お膳立ても必要かもしれないが人材育成は時間がかかる。一昼一夜で判断はできない。

 帝国軍宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥の前に立つラインハルト・フォン・ミューゼルもその一人だ。統帥本部次長アルフレート・グーゼンバウアー中将の同席していた。

「ラインハルト・フォン・ミューゼル准将。皇帝陛下の命により艦艇6800隻を以ってテロ組織である地球教鎮定を命じる」

「はい!」

 ラインハルト・フォン・ミューゼル。人間は変われば変わるものだ。かつては増長した小僧でしかなかったが、多少は協調性を身に付けたように見えた。

「よろしかったのですか?」

「上部だけの演技かどうかは、まぁこれからの働き次第だな」

 ミュッケンベルガーは、グーゼンバウアーに向かってそう言った。何しろ、第六次イゼルローン要塞攻防戦ではラインハルトの指揮で一個分艦隊が壊滅したのだから、そう易々と信用する事はできない。

(今はもう少し保護観察の期間だな)

 いずれは黄金の鷲になって飛び立つかもしれない。だがそれは今ではないのは確かだ。

 

 

 

「ミューゼル准将が地球教鎮定の下命を受けたそうだ」

 ラインハルトの噂を酒の魚に、ミッターマイヤーはロイエンタール相手をしていた。共と過ごす時間は雑念から心を落ち着ける。一人で居ると善からぬ事を考えてしまうからだ。

 FATFが地上戦の主力となる為、地上軍の指揮はリューネブルクが執る。ラインハルトは艦隊を自由に動かす最良が与えられた。

「軌道上から艦砲射撃で総大主教の居る根拠地を叩けば済む事じゃないか?」

 宗教上の殉死者を出す訳には行かない。情報管制と物理的封鎖で地球は世界から葬られる。

「多少の無理は利くだろう?」

 核攻撃も辞さないなら楽勝だろうと、ロイエンタールは大量殺戮兵器の使用をほのめかせていた。ミッターマイヤーは、ふとアルコールの香りに焼け焦げる臭いを感じた。飲みすぎたかと軽く頭を振って唇を開く。

「それでは正解とはいえないな」

 力攻めをすれば済むと言うものでもない。首領が生死不明では困る。

「死体を確認せねばならんからな」

「なるほど」

 その任務を行うFATFが相手にするのは狂信者。普段、同盟軍を相手にしている戦闘よりも凄惨な物になるだろうと想像できた。

「だからミューゼル准将か」

 ロイエンタールはこれを踏絵と読んでいた。この戦いでは決断を求められるだろう。ただの小僧では無いと証明する機会だ。期待に答えられる男なら、忌まわしい過去を振り切って、再び出世街道に立ち戻れるだろう。

 

 

 

 12月も半ばを過ぎた24日。太陽系の地球。銀河に住む全ての人類発祥の惑星。地球教の聖地にして根拠地だ。そこで信者は寡黙的な生活を送っている。

 多くの宗教が既存の宗教を取り込む事で勢力を拡大したように、クリスマス行事も地球教に取り込まれていた。祝日の前夜、浮わついた空気が流れていた。

 男の名はヴォルフガング・シュッセル。司祭として地球教の幹部であり、迷う事無く長年、信仰をしてきた。近年では、信者獲得にばかり目が行き、教団幹部の中に、サイオキシン麻薬を使用した洗脳で犯罪紛いの勧誘を行っている者もいる。シュッセルは信仰心の厚さを自負しているが、そのやり方は下品だと思う。

(内部の自浄効果を期待したい……)

 だが、総大主教自体に信者に手を出しているなどと黒い噂が流れていた。

(このままで良いはずがない)

 地球教は宗教団体ではあるが、一つの惑星をほぼ完全に支配している。信者と言う手段を用いる事で、帝国や同盟の諜報機関を凌ぐ情報戦を展開してきた。

 自分達が聖地と仰ぐ地球の防衛は、教団の大きさに対して驚くべきほど貧弱な物だった。

 軌道上には申し訳程度の偵察衛星が浮かんでおり、防空用の火砲やミサイル発射機の類いは備えられていない。

「誰がこの聖地に手を出す?」それが彼らの持論だった。

 しかし、近年の情勢変化は地球教にも影響を与えた。叛乱鎮圧の為と称してフェザーン越境を行い、遂にはフェザーン進攻を行った帝国。いつ自分達の教団に牙を剥くかもしれない。それは杞憂に終わらなかった。

「シュッセル司祭様。ブルジョワジーの手先、帝国軍の艦隊が迫っております!」

 防空指揮所と呼ぶにはみすぼらしい警備隊詰所に、衛星からの情報が届いた。観測された艦艇数は、後続を含めると一万隻を軽く越える。帝国の侵攻と言う文字が脳裏をよぎる。

 地球教は、情報を統べる者が世界を動かせると知っており、帝国と同盟の共倒れを狙っていた。

 良い小説を書こうとして資料を買い漁っても、積んでるだけで読まなければ部屋のゴミだ。同じ様に、情報は持っていても生かさなければ宝の持ち腐れだ。自分達に接近して来たルビンスキーを飼い慣らしたつもりで、最後の瞬間に止めを刺したのも情報だった。

 アドリアン・ルビンスキーの造反。地球教はルビンスキーに首輪をつけたと安心しきっていった訳ではない。だが監視は懐柔されており、情報を最後まで察知できなかった。

 帝国に売り渡されたのは地球教に関する密謀の数々と、銀河に張り巡らされた枝について。国内の防諜に目を光らせていた帝国は、ルビンスキーの身の安全を保証し、引き換えに情報を手にいれた。歴代皇族の殺害計画や叛乱の煽動。フェザーンの黒幕は地球教だった。

 作戦名「神の座」発動により、ラインハルト・フォン・ミューゼルの艦隊がやって来た。

「総大主教様にご報告を! それと警備隊を呼集して下さい」

 シュッセルの指示に警備隊は動き出す。地球教に転換期がやって来た。

(せめて防空火器だけでも備えておくべきだった)

 気付いた時には全てが後手に回る。

「グルームレイクとの回線が途切れました!」

 第一段階として軌道上の衛星がワルキューレに排除され目と耳が失われた。

 

 

 

 初陣。それは期待と緊張感を持つ物だ。だが、現実は味気無い。歴史上の英雄のように武勲をたてる機会は、早々に訪れる物ではない。

 ハルオの指揮するFATF第101大隊はフェザーン人志願兵と出向の帝国軍人からなる。新設部隊の初陣。部隊を錬成する時間は少なかった。

 厄介事を押し付けられた気分でハルオはため息混じりに、傍らに立つ部下に話しかける。

「俺が大隊長でお前が中隊長とはな」

 中隊長の一人として部下に同期がいた。ルパート・ケッセルリンク大尉だ。

「お前の方が俺より大隊長に向いていると思うんだがな」

 ハルオから見てルパートは完成された人間だった。同期とは思えないほどの落ち着きを持っており、臨時に任された小隊を歴戦の指揮官のように指揮していた。

(あれで初陣とは思えない。別の世界で実戦経験を積んでいたと言っても信じるぞ)

 あながち間違いではなく真相に一番近づいていた。

 ハルオにルパートは答える。

「謙遜するな。薔薇の騎士連隊を相手に戦ったんだ。当然だろう?」

 ルパートは中隊規模以上の指揮をしたことがない。駆逐艦にも長く乗っていた為、ハルオの実戦経験に一目をおいていた。

 ルパートの言葉に恨みがましい視線を向けてハルオは言った。

「それならせめて俺の階級を上げて欲しいな」

 二人とも階級は大尉のままだった。

「役職手当てがつくんだろう?」

「微々たる物さ」

 にもかかわらず責任と仕事は多いとハルオの瞳が語っていた。

「いっちょ、ぶちかましてやろうぜ」

 ルパートはハルオに不敵な笑みを返した。

 帝国軍には地球教の拠点配置や装備の情報が伝えられている。軌道上から惑星を調べたところ、中世時代と同程度の文化圏が存在する事を確認した。

 問題となるのは北米大陸のカートランドと呼ばれる地域。古代史研究で高名な歴史学学者ウィリアム・ムーアは、当時の世界帝国である米国のシグマ、プレイトン、レッドライト、フェニックスと言った計画によって巨大な地下施設が築かれたと記している。

 その場所は現在、岩盤に囲まれた大地で岩と枯れた樹木が立っている。ただ、電子の目は誤魔化せない。巧妙に偽装されているが、大出力のアンテナや貯水槽があった。明らかに地下施設の為の物だ。地球教は、施設を修復し再利用していた。

 

 

 空爆で地ならしをして地上軍が降下する。

 降下作戦の原案は僕が立案した。ハルオに頼まれたからね。

 参考にしたのはクロプシュトック討伐の焼き増しだ。

「敵の抵抗は軽微です」

「うん」

 0600時、FATF第101大隊は北米大陸東海岸に降下した。

(地球か、何もかもが懐かしい。その内に日本も行ってみたいな)

 空挺堡を確保して降下誘導が、尖兵である僕の中隊の任務だ。焼き焦げた草の臭いが鼻腔をくすぐる。

 つい先日、オフレッサーの言葉通り人事発令通知で移動命令が僕に出た。

 装甲擲弾兵への復帰かなと期待したよ。

 実際はFATF。僕の他にも帝国軍から士官、下士官が派遣されていた。

 FATFは新設された部隊とは言え、元叛乱側の人間ばかり集められている。

(何だかな……)

「中隊長、降下時に揚陸艇1隻がエンジン不調で引き返した他に問題はありません」

「あっそう」

 中隊の展開状況を確認して満足に頷く。何事もなければ、全ては予定通りに終わる。

「後は本隊の降下を待つだけだ」

 そこに斥候が戻って来て報告した。

「敵の軽車輛が向かってきます」

(事前の空爆で脅威になりそうな物は排除したはずだが?)

 しばらくすると、砂塵を巻き上げて車列が姿を表した。

 民製仕様の地上車に、機銃や無反動砲を搭載した簡易装甲車だ。数こそ揃っているが脅威と言えるほどに物でもない。

「成る程。正規の戦闘車輛ではないから撃ち漏らしたのか」

 機動打撃戦力としてはお粗末な物だった。

 地球に降り立ち感傷に耽る間もなく戦闘開始だ。

 

 

 

 地球軌道上には、帝国軍の艦隊に混ざってFATFの艦艇もいた。

 巡航艦「フリントストーン」からワルキューレが発艦準備をしている。コックピットでオリビエ・ポプランは、いらいらと作業が終わるのを待っている。

『ポプラン中佐。敵は地球教だから間違えるなよ』

「了解……」

 艦長からの言葉に愛想を交えず簡潔に返事をするポプランの心境は複雑だった。

 オリビエ・ポプランはFATF空戦隊を預かっている。今まで同盟軍として戦ってきた敵と肩を並べている。

 戦死した同期や部下を思えば、今すぐ帝国軍に噛みついてやりたいが、自分一人の責任ではない。付いてきた部下にも迷惑をかけることになる。

(それに真の敵はヤン・ウェンリーだ。俺達は騙されて捨てられた)

 自分達を使い捨てにしたヤンを許さない。

 

 

 

 軍用車両に比べれば、装甲も無に等しい。機銃の掃射で簡単に撃破される敵車輛。近接航空支援で手は抜かない。与えられた兵装をワルキューレはばら蒔いていくだけだ。

 爆弾が油の中に入れられるフライドポテトのように投下される。轟音が空気を震わせ、宇宙空間との戦闘の違いを実感する。

 爆発の炎と煙が収まると、四肢を曲げて口を開き苦悶の表情を浮かべた焼け焦げた死体が見える。

(ざまあみろ)

 アンゴラでの戦闘を思い出した。懐かしい戦場だ。口元に笑みが自然と浮かぶのを感じた。

 瞬く間に空爆で車両部隊は壊滅していく。

「続けて第二波がやって来ます!」

 後続する歩兵が追い付いたようだ。

「射撃用意!」

 号令をかけるが車両部隊を撃破して爆弾を残した手持ちぶさたなワルキューレが歩兵に襲いかかる様子が見えた。

(抜かれるな……)

 後続する敵兵力は火制範囲に入りきらない規模だった。勢いよく向かってくる。

「撃て!」

 突撃破砕線上に敵の死体がごろごろと転がる。現実感のない嘘のような光景だ。

 太陽が頭上でぎらぎらと暑い日差しを放っている。

「車輛を縦にしろ!」

 人海戦術で倒されても、わらわらと集まってくる敵の姿は不気味だった。

「狂信者どもめ……」

 弾薬の消耗が激しい。航空支援があるのは慰めだった。

「蟻のように出てくるな」

 巣穴である地下から出てくる所など蟻にそっくりだ。

 我ながら的を得ている言葉だと思う。

 地上に在る建造物が本拠地ではない。中枢施設は地下に築かれている。

 迫り来る敵が見えた。僕も銃を手にする。

 二人目を倒した所で距離は詰まっており、悠長に射撃できる余裕は無くなった。戦斧が手元に無いため、銃剣を着剣して敵に肉薄する。

 右肩に痛みを感じた。敵の銃剣が突き刺さっていた。

 敵に先手を取られたが、構わず体の中心を狙って突き刺す。確かな手応えを感じた。

「死ね糞が!」

 二撃目を放とうと思って抜こうとするが、銃剣が途中で折れてしまった。

 しかしまだ槍として突き刺すことはできる。武器は拳の延長に過ぎないと言う事を忘れなければ戦える。

「楽しいなあ」

 僕は根っからの歩兵だと実感した。負傷してもこの興奮は押さえられない。

 敵に適当な数が揃っているならば、人海戦術だけででも帝国軍を退けられたかもしれない。しかし帝国軍は十分な火力を備えていた。

 産み出されるのは死体の山だけだ。文字通り屍山血河となっている。濃厚な血の臭気と戦場の狂気に触れて、FATFの新兵に動揺が見える。

「おい、そこの二等兵」

 しゃがみこんでいた兵士は立ち上がる。胃の中の物を地面にぶちまけげっそりとしていた。

「お前の同期を集めて捕虜を後送して来い」

 全ての信者が洗脳されている訳ではない。装甲擲弾兵が迫ってくると、戦意を失い武器を捨て投降する者も多い。

「は、はい!」

 目標を与え考える余地を与えない。初めての殺人を行った兵士に対する心配りは指揮官務めだ。

 空に舞い上がる黒煙と炎。懐かしい香り胸いっぱいに吸い込んだ。

 僕は僕の戦場に帰って来た!

 

 

 

 ミューゼル艦隊は輸送船団の護衛と地上軍への対地火力支援を任務としている。射撃計画通りに戦場で事が進むのは稀である。ある程度の予想もしていたが、当然のように敵の逆襲が始まった。

「敵機甲部隊が空挺堡に接近中。第101大隊は火力支援を求めております」

「無様だな」

 ラインハルトはスクリーンに映し出された地上の戦況に眉を潜める。降下誘導の先遣隊が降りて、まだ日も暮れていない。

「第101大隊が敵の包囲を受けています」

 FATFに期待をしていなかったが損害は看過できない。日没と同時に第一波が降りる予定だ。大隊が壊滅すれば計画に齟齬が生じる。

 航空支援で敵を叩いているが、かなりの戦力が集まってきている。

「不味いな……」

 降下時間を早めることにした。

「薔薇の騎士の力を見せてもらいましょう」

 投降した同盟軍のうち、協力的な者は新設されたフェザーン地域軍に配属された。

 FATFの指揮はリューネブルクが当たっている。

「ああ。任せてもらおう」

 薔薇の騎士連隊。同盟軍陸戦隊でも精強と名に知れた部隊。帝国領内での後方撹乱、アンラックでの革命軍支援で戦力を減らし、ロイエンタール艦隊の旗艦突入で投降した。現在はFATFで投降したフェザーン警備隊や同盟軍陸戦隊の人員で再編成されている。

 新生薔薇の騎士連隊にとって初陣となる。降下する地上軍はFATFから抽出されており、帝国軍は軌道上から支援する。

 泥の中で足掻くのは、帝国への贖罪であり彼らの義務だ。ここで手を抜いたり無様な姿を晒すようなら、存在価値はない。

 ラインハルトは支援射撃を命じる。

「地球を原始時代に戻してやれ」

 戦隊司令を艦隊司令部から分離していた。戦隊司令の指示が通達される。

「各艦に信号。針路250度」

 その指示を受け艦長が艦の針路を変更する。

「取舵一杯。針路250度」

 復唱の声を聞きながら、射撃号令も合わせて出す。

「主砲右砲戦。準備出来次第、各個に撃て」

 旗艦の乗員は優秀な人材が集められている。即座に反応が返ってくる。

「射撃準備良し!」

 艦長が戦隊司令に視線を向け、頷くのを確認すると指示を出す。

「撃ち方始め!」

 艦長の注文通りに機能する乗員の動きは、見ていて気持ちの良い光景だ。それが艦隊の有機的な動きとなる。

 ラインハルトの横に並んで立ち、キルヒアイスはスクリーンを見つめていた。士官学校を卒業してからずっと隣に立ってきた。初めて乗艦した駆逐艦に比べれば、自分でも落ち着いてきたと思う。

(ラインハルト様の傍らに立つのも、今回の出兵で最後か)

 マリーンドルフ伯爵の口利きで、来年には駆逐艦艦長への移動内示が出ている。

(フロイライン・ヒルダには、お礼を言いに伺わねば)

 ラインハルトとキルヒアイス。お互いの依存から卒業する良い機会だと思った。

(ラインハルト様は羽ばたく翼を持たれている)

 

 

 

 艦砲射撃が地表をえぐり撃ち込まれていく。

「良いぞ! どんどん潰してくれ」

 嬉しそうに部下達が歓声をあげているが、僕には懸念があった。

 必然的に潰されていない出入り口に敵兵力が集中する。それは自分達地下に進入予定の経路だ。

(敵の抵抗に、正面からぶつかる事になるな)

 

 

 

 降下した薔薇の騎士連隊。同盟からの投降兵を中核に2個大隊と連隊本部で構成されている。

 乗船中、帝国軍の人間からは不信な視線を向けられていた。勿論、シェーンコップも気付いていた。今回の地球教掃討は、自分達に与えられた好機だ。ここで戦闘力を誇示すれば、同盟領進行の際には同行出来るかもしれないと言う考えもあった。

(ヤン・ウェンリー。奴の息の根は俺が仕留める)

 シェーンコップにとっては、FATFの大隊が壊滅しようとどうでも良かった。だが小癪にも勇戦している。

(あまり活躍されると薔薇の騎士連隊が目立たない)

 揚陸艇がワルキューレの支援で降下するが、歓迎の対空砲火もなくあっさりと地上に展開できた。

(先陣を願い出るべきだったか……)

 物足りなさを感じながらも、第101大隊の指揮所に向かう。

 大隊本部は降下地域の外縁部にある農家に開かれている。

 敵の抵抗が弱まって来た。ハルオは幕僚を引き連れて各中隊を激励して回る事にした。これも大隊長の仕事だ。最初に向かったのはルパートの中隊だ。

「この無反動砲は叛徒の装備ですね」

 遺棄された武器の山を前にルパートが説明している。部下の目もあり、今は敬語を使っていた。

「帝国、同盟色々とあるな。武器援助を受けていたのか、あるいは横流しの品か……」

 どちらにしても地球教とフェザーン、同盟の協力関係が帝国の想像以上に進んでいた証拠だ。

 ハルオの視線の先では、投降してきた捕虜を武装解除して連行されている。そこへ恩着せがましい態度でシェーンコップが現れた。

「薔薇の騎士連隊のお手並みをご覧頂けたかな?」

 薔薇の騎士連隊が投入されて戦況が動いたわけではない。十分な近接火力支援と増援があったからだ。

 ハルオがむすっとした表情で応対する。

「お久しぶりですな、シェーンコップ准将。アンラックでは貴方を仕留め損なって残念です」

 するとシェーンコップも表情を引き締めた。

「あの時、対峙した帝国軍の指揮官は貴官か?」

「ええ、そうです」

 メカポリスの戦いで薔薇の騎士連隊は半数を失った。殆どがハルオの中隊との交戦での損害だ。シェーンコップにとっては部下の仇でもある。二人の間で冷たい空気が流れた。

 薔薇の騎士連隊の降下予定が前倒しで早められた為、ハルオとは前進計画の打ち合わせをする必用があった。しかし、険悪な空気で顔見せの挨拶程度になった。

(まぁ良い。俺達は俺達で好きにやらせて貰う)

 地上軍を統轄するリューネブルクからは、無傷の薔薇の騎士連隊に残敵掃討を、第101大隊には引き続き尖兵として前進命令が出た。

 

 

 

 新たな地上部隊の降下で、敵の戦力的劣勢な状況は明らかだ。だが敵の抵抗は弱まるどころか、再び激しさを増して来た。

 負傷者が後送されるのを傍目に、僕の中隊は前進を続ける。

 教会の床を爆破したら、情報通りに地下道への入り口が開いていた。

「前へ」

 長大な地下道は地上車が通れるほど広い。

「情報通りだな。油断するなよ」

 事前の打ち合わせで、進入経路は確認していた。

 大気圏内での戦闘は、弾道に影響を受けるビーム兵器より実体弾が重宝される。近接戦闘では昔ながらの白兵戦で、戦斧が猛威を振るった。

(地下王国と言った感じか)

 地下に何かしらの宗教的観念があるのか知らないが、地下道は長く延びており、迷路のようだった。それだけではなく制圧した地域でも隠し通路があるのか、敵が襲来する。

(中隊本部が敵に襲われるなんて最低だな)

 心臓の拍動を感じる。汗が装甲服の中を蒸らしていた。

 戦斧《トマホーク》を一閃させるごとに死体が生み出されていく。恐怖を伝達させて戦意を低下させるには派手な演出が必要だ。しかし曲がりくねった通路では対峙する敵の数は知れている。地形防御の効果か、こちらの威力を見せ付けるには壁などで遮られて視覚的障害が多く心理的効果が薄い。

 敵の数は泉のように湧き出て多い。難攻不落の要塞を攻めている気分にさせる。あまり訓練されていないのだろう。敵の射撃精度は低い。

 狂信者は帝国軍を怖れぬ死兵のように襲いかかってくる。敵の戦意はさほど落ちる事も無く、有視界での近接戦闘は凄惨な物となる。幼い子供でさえ包丁やナイフを手に迫ってくる。

「中隊長!」

 僕の前にも敵が現れた。まだ年端も行かない子供だ。

(馬鹿げている。SWAPOでもこんな自殺的な攻撃をしてこなかったぞ)

 戦斧を振るうには距離を詰められた。柄から手を離して投げつけると、ブラスターを引き抜き眉間に銃口を向ける。

(すまんな)

 子供に引き金を絞る事に内心で葛藤しながらも務めを果たす。

 サイオキシン麻薬による洗脳だ。殺意もなく幽鬼のよう視線を向けてくる敵に不快感を覚えた。

 相手への恨みや殺意はなかった。先に引金を引かなければ、こちらが殺されていただろう。

 角を曲がれば不意の遭遇。敵は粉塵爆発を気にする事もなく発砲してくる。

 こちらは総大主教を「最悪、死体でも確保しなければならない」と言う条件で窮屈な動きだった。

 上からは「爆発物の使用は極力控えろ。使用も相手を確認してからだ」と聞かされていた。

(面倒を負うのはいつも兵隊だ)

 居住区域と執務室の制圧を第一目標にしている。しかし、他の部屋に潜んでいる可能性もあるため一々捜索しなければならない。

(現場に負担と混乱をもたらす指示ばかりだな)

 目標以外の部屋には、手榴弾でも投げ込んで迅速に通過したかった。

 現状は、貧弱な武装だが数だけはいる敵に足止めされている。

 

 

 

 生産ラインのある工業区域に入った。制限区域の表示が壁や通路にある。

 周囲から敵意をまとった銃弾が降りかかってくる。

(これじゃ、|立体TV(ソリビジョン)の戦争映画だ!)

 ドナルド・ハンバーグラー二等兵は、入隊1ヶ月も経たない内に戦闘に投入されるとは思ってもいなかった。帝国軍の補助任務と聞いており、FATFを警備隊に毛が生えた程度となめていた。しかし戦場で敵は手を抜いてくれない。

 殺すか殺されるか。だから攻める側も手を抜かなかった。

 ある部屋では、巨大な水槽の中で黄色い液状の何かが撹拌されていた。作業員の中に標的が居ない事を確認すると、手榴弾を投げ込み扉を閉める。

 悲鳴と同時に連続した爆発が起き、扉の隙間から黒煙が漏れ出してくる。

 捕虜を取っている時間が惜しい。小隊は先に進む。

 

 

 

「伝令!」

 尖兵として先行する第1小隊から童顔の兵士が駆けてきた。入隊前は商店のアルバイトをしていたと言っていた事を思い出す。

「中隊長、投降して来た者が邪魔で進めません」

「うん、だが殺す訳にもいかない。捕虜には監視を残し、迂回して前進を継続しろ」

 雑納に残っていた飴を伝令の口に入れてやる。蜜柑味だ。

 疲れた体には甘味が一番だと思う。時計を見れば、地下に突入して半時間も過ぎている。

 玉砕覚悟の敵を相手にまともに考えるのは無駄だ。

 穴蔵にこもった敵と戦う不利を考えて、神経ガスを流して皆殺しにすべきだとハルオに進言した。

『司令部に進言してみる』

 しかし提案は却下される。ラインハルトには汚い戦い方であると見えた。

 地上で戦う兵士が地獄を見ていると考えたことはない。宇宙で艦隊を指揮して駆け抜ける。それがラインハルトの考えるの戦場だ。

(甘いんだよ糞が。戦場は綺麗じゃない)

 今すぐ必要な戦闘行動に過ぎない。許可を持っていては損害が増える。

「俺が責任を負う」

 戦場では聖人でいられない。必要なのは決断できる事だ。

「金髪の馬鹿な判断は聞いてない」

 そう言う事で、化学防護服を着用するよう通達し、神経ガスの使用を実行する。

「帝国に仇成すごみは皆死ね」

 貧弱な軽火器程度の装備しかない教団の警備では帝国軍に敵う術もない。

 

 

 

 ラインハルトは甘さを自覚していた。陸戦では地上で戦っている指揮官たちに及ばない。

(だが、俺は人生の敗者ではない)

 蟻のように大地を這いずり回るどころか、艦隊を預けられている。

「お待たせいたしました」

 ラインハルトに頼まれた納豆入りコーヒーを従卒から受け取ってキルヒアイスは振り返った。その瞬間だった。ナイフを持った士官がラインハルトに脇から近付いていた。

「ラインハルト様!」

 思考に没頭していたラインハルトの反応が遅れた。キルヒアイスはラインハルトが刺される瞬間を目撃した。炭素クリスタルの刃は心臓深く、柄まで達している。

 直ぐに取り押さえられる士官だが、最後の瞬間にナイフを引き抜いていた。吹き出る鮮血がラインハルトの制服を見る間に染めていく。

「貴様! 地球教の信者か!」

 士官は抵抗はしない。

 駆け寄ったキルヒアイスは圧迫止血方で傷口を押さえる。しかしラインハルトの傷から命がこぼれ落ちていくのを感じた。

 取り押さえられていた士官が狂ったように笑い声をあげる。

「思い知ったか!」

 小突かれても笑い声をやめない。

「家族の復讐だ!」

 第6次イゼルローン要塞攻防戦で士官の兄は、巡航艦「ノルトライン」に乗艦していた。ミューゼル分艦隊の一翼を担い、無残にも沈んで行ったのである。この戦いで無様な負け姿を晒したラインハルトの事は帝国軍で知れ渡っていた。残された遺族にとって、無能な指揮で理不尽に死んだ事は納得などできない。

(こんな所で俺は死ぬのか……)

 薄れ行くラインハルトの意識に批難の声は届かない。結局、ラインハルトは自らの血で贖罪を遂げる事になった。

「通信士。ダットマン大佐に繋げ……」

 キルヒアイスに戸惑ったような視線が集中した。

「キルヒアイス少佐?」

 ラインハルトの腰巾着、男娼と思われていた男が上官の死に直面して騒いでいない。

「次席指揮官に指揮権を速やかに委譲する」

 キルヒアイスの言葉に幕僚は、はっとしたように動き出す。

 キルヒアイスは自分でも驚くほど冷静だった。ストレッチャーに乗せられ運ばれていくラインハルトの姿が視界の端に映る。心に動揺はない。

『キルヒアイス、俺と一緒に宇宙を手に入れよう! 宇宙を手に入れたら酒池肉林の贅沢が出来るぞ。重婚や近親婚も思いのままだ。姉上だって俺達の物に成るんだぞ?』

 少年時代にラインハルトはそう言っていた。下らない戯言。だがラインハルトなら何かを成し遂げると信じていた。

(酒池肉林の夢は、夢のままでも終わった)

 ラインハルト・フォン・ミューゼルは歴史の主人公に成る事は出来なかった。

(ヒルダ様……)

 こんな時だからこそ、ヒルダに逢いたいと心から思った。

 

 

 

 尖兵小隊として先頭を進む第1小隊は総大主教の寝所を囲んだ。ミトロファン・モスカレンコ中尉は部下の緊張感をもった視線と瞳が合い、微笑を浮かべた。

「行くぞ」

 大きく深呼吸をして合図をする。ドアノブを導爆線で破壊した。

 戦斧を構える手に力を込めて中に突入した。敵の迎撃に備えて扉から飛び込んで、即座に散開する。

「え……?」

 視界には大きなベットの上で倒れている男女の姿があった。近付いて確認すると全員死亡していた。

「これが総大主教か」

 裸の老人が苦悶の表情を浮かべていた。汚物にまみれていたが、本人である事を確認した。

(やれやれ、無駄足だったか)

「30α、こちら20。卵は孵っていた」

 モスカレンコはルパートに目標制圧の報告をする。

 

 

 

 戦場に神は居ない。当然、マリア様も見ていない。あるのは死体袋に入る者と生き残った者だけだ。

 運び出されて行く死体袋を眺めていると、失われたはずの腕が痛む気がした。

 カストロプ討伐で失った片手。幻肢痛は今後も断続的に現れるだろうと診断を受けていた。これから一生付き合っていくしか無い。指先の屈伸をしていると先任が近付いてくる。

「ようやく終わりですな」

「そうだね」

 味方の遺体回収は当然として、敵の遺体は放置しておきたいが戦果確認のために搬送される。

「宗教は本当に録でもないですね」

 総大主教様の遺体は肥大した豚のようで、信者の女性たちと裸のまま寝所に倒れ伏せていた。まさに醜聞だ。

「指導陣と根拠地である地球を失い、奴等も終わりだな」

 捕虜が虚ろな表情を浮かべて列を作り移送される順番を待っている。収容所か刑務所で再教育を受けると言う事は予想できた。

「それと、少々厄介な問題があります」

「どうした?」

 先任が他の場所に誘導する。部下の一人が拘束されていた。

「捕虜の女性に手を出したそうです……」

 階級章を見るまでもなく、初陣の新兵だとわかった。彼の班は待ち伏せで壊滅したと言う。PTSDの症状が見てとれた。

 本来なら指揮官の職責で射殺できるが、法務官と軍医に相談する必要性を感じた。

(おいおい、勘弁してくれよ。何をやってくれてるんですか……)

 僕は人格者ではないが、投降した者は保護される物だと考えていた。大隊長であるハルオを通してラインハルトにも報告が行く事になる。

 その時は、まだラインハルトの死亡を知らなかった僕は、自分を馬鹿にするラインハルトを脳裏に浮かべてうんざりした気分になった。 

 

 

 

 ヨブ・トリューニヒトは終戦工作を行っていた。現状的に自由惑星同盟の敗戦は避けられないと考察していた。まずは講和の下地を作ることだ。その為、軍と接触し協議を重ねていた。

「敵に一撃を与え、会談の席に着かせる」

 政治的切り札として自軍が勝利を得られるなら異論はない。問題はサンフォード議長ら議会の面々が帝国との講和に応じるかだ。権力の椅子にあくまでも固執し、同盟を滅ぼすつもりならクーデターを行う計画だった。

 その時期にヤン・ウェンリーが接触してきた。ヤンの口から出たのはクーデターの計画だった。

「サンフォード議長ら主戦派を権力の座から引きずり下ろすには、クーデターしかありません」

 最終的には、トリューニヒトを首班とする政権を発足させると言う提案だった。

(私達と同じ結論に至ったわけか……)

 同席する様にトリューニヒトに頼まれていたグリーンヒルは、ヤンの言葉に表情を変えない。その様子からヤンは自分と同じ考えに至っていた事を確信する。

「魅力的な提案だがね。ヤン中将は、暴力的な行為には反対だと思っていたよ」

 トリューニヒトの言葉に、東洋系特有の腹を読ませない笑みを浮かべる。

「私の家族に少年がおりまして……」

 ユリアン・ミンツの父親が戦死してヤンに引き取られた事などを説明する。女なら物にしていた所だとまでは漏らさない。清廉潔白な軍人を演じきる。

「政府の洗脳教育で、子供が戦場に立ったり軍人に憧れる社会は異常だと思います」

 軍を賛美しなかった。愛国的な言葉を吐く訳でもないヤンに対して、今まで不快感を持っていたグリーンヒルは悪印象を少し和らげた。

「あの子のためにも、戦争を終わらせたいと思っています」

 イゼルローン要塞陥落の立案者として、ヤンの能力は評価できる。目的が一致しているなら協力できるとトリューニヒトは判断した。

「頼りにさせてもらうよ」

 トリューニヒトは今後の動きをどうすべきか、ヤンに意見を求めた。ヤンは迷う事無く答えを口にする。

 

 

ルート選択分岐

 

a)市民を混乱させるわけにはいかない。戦力の回復を優先し、まずは帝国の出方を見てからだ→3-2-a

b)後手に回っては不味い。火急的速やかに決起する→3-2-b

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