※最終加筆2020/01/15
はじめに
銀河帝国最後の忠臣と言えば、エルンスト・フォン・ザイドリッツ大公の名前が上げられる。
皇太子ルートヴィッヒの従弟、ザイドリッツ大公は大公領に篭り帝位や世間に興味を持たれなかった。従弟と言う遠慮もあったと考えられる。
「エルンストは余の甥だが、帝位に興味は無いとほざきおった」
「それは……」
皇帝の言葉にリヒテンラーデ侯は返答の言葉を詰まらせた。
皇太子の亡き後、正当な後継者である大公が自領の統治にしか興味を持たない。ならば領土を増やしてやれば帝国の国政に興味の目を向けるのだろうかと所領加増が決定された。皇帝直轄地の1/3にあたる。
ブラウンシュヴァィク公を初めとした門閥貴族はザイドリッツ大公の影響拡大を懸念したが、大公は皇帝陛下崩御となっても自領に閉じ篭り、帝国暦488年に発生した門閥貴族とリヒテンラーデ侯の内戦にも関与しなかった。
いわゆるリップシュタット戦役で勝ち残ったのは、寵姫の弟ラインハルト・フォン・ローエングラム伯であった。
ラインハルトは門閥貴族の危惧した通りに簒奪者だった。エルウィン・ヨーゼフを擁立していたリヒテンラーデ侯を排除した後、不遜にも爵位を公爵に進め帝国宰相を僭称し権力を掌握した。
「大公が臆病者か慎重なのか分からない。だがゴールデンバウムの血は根絶やしにせねばならん」
当時、30歳であった大公は最も脂の乗りきった時期であり、ラインハルトにとって脅威度も高かった。
ラインハルトは傀儡に過ぎないヨーゼフ2世から禅譲され、帝位に就くと大公に軍門に下るよう命じた。挑発である。
これに対して大公は屹然と返答を返した。
「余が認める全宇宙の支配者はゴールデンバウム王朝のみである。下賎の生まれにも関わらず引き立てて貰った恩を忘れ簒奪者となった金髪の小僧。お前のような恥知らずに屈する膝は無い」
卑しい生まれである事を自覚していたラインハルトは激怒した。
「引き篭もりの貴族が余に歯向かうと言うのか。良いだろう。叛徒の前にゴールデンバウムを叩き潰してくれる!」
親友キルヒアイスの亡き後はラインハルトを諌められる者は居なかった。
カイザー・ラインハルトが新王朝を打ち立て艦隊を派遣する事、6度。その全てに勝利した大公軍。ゴールデンバウム王朝の正当なる後継者が誰かを物語っていた。
ぼろぼろになった旗艦でラインハルと麾下の将帥は歯軋りをした。
「なぜあの男は出てこない。あれだけの武力があれば銀河を支配する事も出来ただろうに」
合わせて20万隻の艦艇が沈められた。敵に与えた損害は自軍の1%にも満たない。
捕虜の身から釈放されたミッターマイヤーがラインハルトに告げる。
「殿下は宇宙を求めません。ただ身の周りの一握りの物を守れる力さえあれば良い。そう仰っておりました。あのお方こそ王者の風格。本物の貴族にして君主です」
ミッターマイヤーにビッテンフェルトが食って掛かる。
「卿はどっちの味方だ。我らはカイザーに忠誠を誓った身だぞ」
ラインハルトに引き立てて貰った諸将にとっては旧ゴールデンバウム王朝の残照等は認める訳にいかなかった。それはラインハルト陣営の正当性を失い、今まで築き上げてきた物を否定する事になるからだ。
「私は真実を言ってるだけだ。あのお方こそ、本来宇宙を総べるに相応しいお方なんだ!」
「黙れ、日和見の裏切り者め!」
ミッターマイヤーは呆れた。捕虜を解き放つほど寛大な大公とは大違いだった。
(仰ぐ旗を間違えたか……)
提督として艦隊の指揮権を取上こそされなかったが、ラインハルトから謹慎を命じられたミッターマイヤーにロイエンタールは囁く。
「ミッターマイヤー、卿の考えはわかる。今からでも遅くは無いぞ。俺と卿の艦隊でオーデインを制圧し、ザイドリッツ大公殿下に臣下の礼を尽くす。そうすれば大公殿下は嫌でも帝国の内政に関わらざるをえない」
これまでの情勢を見て自由惑星同盟は密かにフェザーン経由で大公に接触した。大公への援助を餌に、帝国との講和を提案したのである。
「余ザイドリッツは皇太子殿下の従弟だぞ。叛徒と馴れ合いなどできるか。こちらに手出ししなければ看過はしてやる。だが手出しをしてくるなら容赦はしない。子々孫々に至るまで根絶やしにしてくれる」
あまりにも上からな物言いだったが要点は理解できた。お互いに不干渉と言う事だった。
銀河帝国はザイドリッツ大公領として健在であり、ラインハルトは正当性を証明できないまま新生銀河帝国を統治しようとしたが民の離反は防げられ無かった。
自由惑星同盟ではザイドリッツ大公領内が想像以上に豊で人々に笑顔が絶えない事から、帝国も一部の貴族が悪かっただけではと言った風潮が流れていた。
ラインハルトが実効支配する新生銀河帝国では、軍政下にあり平民の暴動が相次いだ。領内の統治は粛清のやりすぎで味方となる文官が足りなかった。
精神的重圧となり苛々するラインハルトの下に急報が届いた。
「ミッターマイヤー、ロイエンタールが余を裏切っただと!」
双璧の指揮する艦隊は8万隻。新帝国に於ける重鎮と宇宙艦隊の貴重な戦力が失われた瞬間だ。
双璧は凡将とは違う。帝都の主要施設を制圧し、惑星を背後に衛星軌道に艦隊を浮かべていた。
双璧でさえ見限ったのだ。戦わずして次々と脱走する将兵と逃亡する官僚。平民の支持は完全に失っていた。
「無念だ」
ラインハルトは反乱を起こした部下に捕らえられ、大公の下に引きずり出された。
流刑地である辺境惑星で開拓に従事せよ。大公は命までは取らず、ラインハルトとその一党を許したとある。
大公は器の大きさを見せた。しかし、真実はゴールデンバウム王朝歴代皇族の例に漏れず、大公自身も怠惰な性格であったと語られている。
1.大公殿下の日常
家督を次ぐ前の大公世子であった頃は、地球時代のビンテージ物であるワゴンRを乗り回す事がエルンストの楽しみだった。
「今日も峠を攻めてやるぜ」
等とのたまい、コップから水をこぼさない訓練を行っていた。
一応は尊い皇族の血を引いた身である以上、護衛は着く。軌道上から艦隊が警戒の目を広げていた。
「まったくうちの殿下と来たら」
「おい、不敬だぜ」
放蕩生活と臣下は呆れているが、諫言してもエルンストが高貴なる者、大公世子として姿勢を改める事は無かった。
また帝国暦473年に15歳で士官学校に入校した時は、一般清掃員の格好をして授業をサボって釣りに出かけたりと門閥貴族以上に破天荒な行動を見せた。
「おい貴様、ここで何をしている」
「おっ、引いてる引いてる」
清掃員姿で、課業中に釣りを楽しんでいる物だから、当然、声をかけられる。
「釣り以外の何に見えるんだよ」
無礼な物言いに目を見開く。
「何だと……って、もしかして」
今期、入校して来た重要人物であるエルンストの顔は保安上の理由から教官、助教一同周知させられていた。
「ザイドリッツ殿下?」
「その通りであります」
「殿下も士官学校に入校した以上は、他の士官候補生と立場は同じです。放校されないとは言え、帝国軍士官として任官する以上は、節度ある行動を心得るべきです」
教育修了後に大公世子が部隊配属されても腰かけのお客様でしかなかった。エルンストにはザイドリッツ大公として領地を治め、藩屏として帝国を維持する。あるいは次の皇帝として即位する事が考えられたからだ。
「はい、ご指導ありがたくあります!」
返事こそ立派だが釣竿から視線は逸らさない。
他にも在校中はやりたい放題だった。
「起床、起床!」
午前6時、日朝点呼で当直の声がかかる。ベッドで待機していた士官候補生達が居室飛び出し廊下に整列するが、エルンストは就寝点呼が許されていた。
事後、食堂で食事を採る。
「今日の朝飯は何だ?」
「はい、殿下。すき焼き風だそうです」
エルンストの場合、御付きの者が食事を用意する。エルンストと同期の交流する機会と言えた。
「俺は大公になる。それはもうしゃーない。でさ、人生のメインが俺の場合、領地経営である以上は、慣れなくてはいかんし、慣れるまで凄い時間がかかる。一応、伝統に従って士官学校行ったら行ったで、シビアな話、教育修了しても命の価値がお前らとは違う。戦場に出て死ぬわけにはいかない。だから無視して、色々やっちゃっても良い訳よ。え、営倉入り? 牢屋ってワクワクするよな」
この様な事をエルンストはぶっちゃけで語っていた。
駐屯地司令兼士官学校校長の朝礼が終わると、エルンストは早速、抜け出す。
「ザイドリッツ候補生がまた居なくなったぞ」
「あの野郎……」
駐屯地の持続走競技会以外に体育の一環として、野戦のフル装備で行軍を行う行事がある。ハイポートでないだけましなのだが、ここでもサボり、同期の顰蹙を買った。
「体力錬成だ? 笑わせんな、しゃらくせえ」とエルンストは述べている。
校長や教官も職責から叱責すべき立場にあったが、皇帝に近い尊い血筋なだけに遠慮し、他の生徒の迷惑にさえならなければ最悪、遊んでいても良いと伝えた。
後世に美化され伝えられる大公の姿とはかけ離れた物だった。