4.初陣(1)
装甲服は機密性が高い。その為、嫌でも自分の汗や尿の臭いがむせ返るほど篭る。
数万隻の艦隊が宇宙空間を、光の速さで動きぶつかり合うこの時代。それでも歩兵の仕事は変わらない。泥と血と硝煙によって薄汚れ戦う事だ。
僕は蟻の様に這い蹲り、塹壕の中にいた。
空気を切り裂く飛翔音と共に弾着の衝撃音が辺りに響き、
中隊規模の効力射。信管は
自分達は重火器が無いからかなり不利だ。
着弾のたびに悲鳴や怒声が聞こえる。
(こんな時に慌ててもどうしようもないだろう)
そんな事を考えていると、フレーゲル男爵と視線が絡んだ。自分より年下の僕を頼り、すがりつくような目で見て来た。
(初めての地上戦なのだろう)
正直に言って僕もあまり余裕はないが、下手に錯乱されても困る。安心させたくて笑いかけた。
「大丈夫ですよ。閣下は必ず生きて帰れます」
(と言うか、救出が目的だから死なれたら困る)
中隊の防御陣地は、脱出艇の周囲に急造の個人
(叛徒の奴ら。ベトコンなみのしつこさだ)
諦めずに攻めてくる敵にうんざりしていると砲撃は5分程で止んだ。偽装材料の草木は吹き飛んでしまっている。
(
敵の3度目の攻撃に備えて、ルパートは自分の小隊を配置に就かせる。
中隊長の号令が伝わってきた。
「戦闘配置。定位に就けっ」
判断が遅いなと、僕は不敵な笑みを浮かべた。
帝国暦480年4月。僕、ルパート・ケッセルリンクは14歳になった。本人としては、精神年齢は41歳プラスと言いたいが、元々が41歳の実年齢に達していたかは不明だ。
よくあるネット小説では、前世の記憶を持って生まれ変わった人間が、前世の年齢そのものを精神年齢として足している事があるが、それはありえないと感じた。
(結婚して子供が産まれて、意識面で変わる物はあったが、大学時代から本質的に変わったとは思えない)
そんな風に自己分析しながら、今は極普通の下士官候補生をやっていた。
実戦参加は予想外に早くやって来た。
イゼルローン駐留艦隊司令部は、叛徒と対当する最前線として
ヘルマン・フォン・リューネブルク准将も、実戦に勝る訓練はないと常々訓示をしており、本来なら戦場に立つのはまだまだ先のはずだった僕たち後期教育隊を、教育担当していた装甲擲弾兵連隊と共に参加させた。
惑星P2A5。コダック、カラカラ、ゼニガメとか適当に名前を付ければ良いのに、アルファベットと数字で整理番号を振られた惑星で、イゼルローン回廊の敵勢力圏に位置する。
「近接戦闘部隊に対する密接な火力支援」という名目で訓練感覚でやって来たフレーゲル男爵麾下、300隻程の分艦隊の支援で僕達たちは降下した。
軌道上から事前に行った艦砲射撃に生き残った防空火器が反撃して来る。
至近弾が通過する時の衝撃で揚陸艇がぐらぐらと揺れた。対地装備のワルキューレが叩きに向かうのが銃眼から見える。
(航空機の対地攻撃は、概ね30と言うがここでも同じなのだろうか)
同期のみんなが不安そうな表情をしている。顔色が悪い、無理もない。初めての実戦だ。
(まぁ、僕も初めてのときは緊張した)
インドシナのうだるような暑さを思い出した。その頃はCIDGの傭兵だった。
視線を向けると、ハルオのやつ震えているからガムの包み紙が上手く開けられない。
「お前。何個目だよ」
先ほどから何度も新しい包みを開けては口に入れていた。
口の中に、まだ入ってるだろと僕が指摘してやると、無理して笑おうとしながら雑納に直す。
緊張感を解そうと班長のムーア軍曹と班付きのカミナリ上等兵が、楽しそうにからかって来る。
「お嬢さん方。まだここは地獄の淵にも差しかかってないぞ」
「降りたら吐くなよ」
皆、何とか笑いの表情を作ろうとしているが、強張って失敗している。
そんな様子を見て班長と班付きは苦笑を浮かべる。
知らず知らずのうちに高揚してきて口元がにやけてくる。それで周りから不審な目で見られた。
(あ、腹が痛くなってきた)
僕は出かける前にバナナを二房食べていた。次に帰って食べれるのはいつになるかもしれないと言う経験からだった。だが調子に乗りすぎた。
「班長。便所に行きたいです」
「お前はバナナを食いすぎだ」
しっかりとその姿は見られていた。
その後、班長は指示があるまで勝手に発砲するな。負傷者が出ても持ち場を離れるなと指示をしていた。
(まあ、いざとなれば皆、忘れてしまうのだろうな)
僕たちの任務は宙港の確保だ。
宙港は、連隊本部が惑星P2A5に設定した
(うん。早く片づけて帰ろう)
第Ⅱ大隊を指揮するデキスギ中佐は「惑星P2A5を制圧するには1個連隊では少ないのではないか」とフォン・リューネブルク准将に進言していた。閣下も「まったくその考えに同意する」と答えていたそうだが、決定済みであり変更はされなかった。
4月15日早朝に大隊は、高度450メートルから先行する降下誘導小隊の指示で、ゆっくりと宙港の南東に着陸した。幸いな事に僕たちが降りる時には、粗方の防空火器は潰されており被害は出なかった。
教育隊は大隊に
空爆で焼かれた臭いに混じるものに気付いた。
(アンフォ爆薬の香りがする。他にも、これはRDXとTNTの混合された炸薬だな。懐かしい戦場の臭いだ)
焼け焦げて葉の落ちた枝を広げている街路樹が、人の手の様に見える。その横に倒れた黒焦げの死体を見て嘔吐している者もいた。
敵の抵抗は散発的だが油断できない。降伏しないなら1つづつ敵
エプロンはすぐに制圧されていた。建物に籠った敵の捜索が行われている。
太陽が昇って次第に装甲服の中で汗をかいていた。
「よし。行くぞ」
班長の指示で、揚陸艇に載せられた機材をリヤカーや一輪車で運び出し移動開始する。
(せめて馬でも用意してくれよ……)
僕らが地上戦を展開してる頃、空の上では敵が小規模な反撃を行っていた。
地上部隊にFTL秘匿回線を使って急報が入ったのは、日付が4月18日に変わってからのことだった。
秘密区分:機密 緩急区分:特緊
発信者氏名:Ⅰaレオポルド・シューマッハ少佐
あて先:146R長デキスギ中佐
整理番号:154 発信番号:1314
先方受付時刻:1015 受信時刻:1017
本文:1.P2A5軌道上に
2.叛徒の新手の艦隊が接近中
3.ただちに救出の用、有りと認む
雨が降っていた。嫌になるほどの土砂降りの雨だ。
フレーゲル艦隊が司令部を失い再編成に追われている頃、初期目標の主要施設を制圧した連隊は、中隊単位で担当地域に分かれて掃討戦を展開していた。
問題は悪天候のため航空機の離着陸が出来ず、雨が撤退する敵軍の行動を隠していた。
大した抵抗も無く、比較的簡単に軽微な損害で宙港を制圧した第Ⅱ大隊が、第一次降下で看過出来ない損害を受けて再編成中の第Ⅰ大隊に代わり脱出艇の人員回収に向けられた。
実際は、お荷物だろうが、小隊規模の戦力増強(教育隊)を受けており、人手も余っているだろうという判断だった。
146連Ⅱ大般命第83号 480.4.18
帝国暦480年度要人救助実施に関する第146装甲擲弾兵連隊第Ⅱ大隊一般命令
1 大隊は、146連般命第41号(480.4.18)に基づき全力をもって救助を実施する。
2 教育隊長は、別紙「帝国暦480年度要人救助実施計画」により所要の人員・装備を差し出し本作戦を支援せよ。
3 第Ⅱ大隊長が、要人救助の長となり本作戦を指揮する。
車間距離15m。雨に打たれながら第Ⅱ大隊の車列が進む。偵察警戒車を先頭に、大隊本部、4中隊、5中隊の行進順だ。
脱出艇の位置は救難信号で確認できた。敵が同じように信号を受信してやって来ないとはいえない。
大隊長のラウディッツ少佐は不満を抱えていた。自分の部下だけでは戦力が心もとないと言う事だった。
(わからなくも無いけどね、一々、部下の前で不満を露にするなよ)
本来、大隊は3個中隊編成だが、6中隊は予備役主体で構成されており、今回の急な派遣では駐屯地に残してきた。ただでさえ少ない戦力がさらに減っているわけだ。
結果として大隊長が警戒していた敵の襲撃はあった。
小高い丘の間に挟まれ、干乾びた古代の川の後を大隊の車列は進んでいた。移動経路を考えた結果、車両に負荷をかけることなく最短で行けそうな経路だったからだ。
問題があるとすれば隘路で敵の待ち伏せも予想できた事だ。しかし他に選択は無かった。
途中で起伏の激しい場所を通る事もあるが、事前に偵察を出せば良いだろうと考えていたらしい。
(今の所は、何事も無く順調に進んでいるな)
そう思って地形を確認していると前方で、爆発音が聴こえた。
気を緩めた所での襲撃。絶妙の動きだ。
それは大隊を先導していた偵察警戒車が、対戦車ミサイルで撃破された音だった。
次の瞬間、後方でも爆発音がした。
最後尾もやられた。その事で前進と後退が困難になった事を悟った。
「下車、戦闘用意」
班長の号令がかかった。
車載機銃が援護射撃をしている中、班長に続いて装甲服を着た僕たちも飛び下りる。
右翼から敵の銃火が降り注ぐ。降りた者は、速やかに左側に移り車列を盾に応戦の姿勢を取る。
(これって、ローデシアでよくあった手じゃないか……)
僕はその事に気付いて、班長に進言することにした。
「班長、これは陽動です!」
「なんだと?!」
実戦経験がない下士官候補生が突然、言ってくるのだ。こいつ、いきなり何を言っていると言いたそうな表情だった。僕の前世の記憶をを知らないから、そう思っても普通の反応だ。
気にせず説明する。
「右から叩いて注意を集めて、左から叩く。初歩的なゲリラの手です!」
ムーア軍曹が何か言おうとする前に、首に銃弾を受けて倒れる。
首筋から多量の出血が確認された。確認するまでも無く致命傷の即死だ。
右翼に気を取られていた味方の多くが背中からの攻撃に咄嗟の反応が出来ず、装甲服を血に染め倒れていく。
「うわあああああああああ」
ムーア軍曹の血を浴びて同期のヤスオが叫んでいる。太ったハルオと名前が似ているので細い方と覚えている。
「わめくな。男なら反撃しろ」
ルパートが殴りつけてやろうと近づいたら、ヤスオの頭が荷電粒子ビームを受けて吹き飛ぶ。肉片や鮮血が鮮やかに蒸発するのが見えた。
「くそっ」
(モヤシ野郎め!)
無様に戦死した同期を内心で罵倒する。使える兵隊はいつの時代、どの職業でも限られる。
周囲を見渡すが、皆遮蔽物に隠れる事で必死なようだ。
視界に写るのは死んだ班長の死体。戦争では中堅である叩き上げの下士官が不足して、組織が人手不足で成り立たなくなる。
現状がまさにそれだ。班長は死んだ。適切に指示できる上官がいない。
(挟撃されている)
地面の
(なんとかしないと全滅だ)
現実逃避をしてる小隊長の姿が目に映った。
(あの糞野郎!)
臆病者に付き合ってこんな場所で死ぬ心算は無い。
士官学校出たてのフォン・コルプト少尉は、子爵家を継ぐ兄が彼の経歴に箔を付けてあげようと、軍務省に影響を与え下士官候補生の教育担当を命じられた。
教育は基本的に、訓練計画や運用内容を軍歴の長い実戦経験もある先任と班長たち助教が具体的に決めそれを承認するだけでよかった。
しかし今はそれでは困る!
「小隊長!」
敵の銃撃を避けるように走って近付いた。
「発煙弾で援護するよう車両に指示をして下さい」
「わ、分かった」
車列が煙に覆い隠されていく。
発煙弾射撃は、目つぶし煙幕又は遮断煙幕を構成するために実施する。いずれの場合も
これで、敵の視界を遮り射的の的になることは無くなった。
(良いぞ、これで体制を立て直せる)
大隊長も混乱していたのか、遅れて指示が来た。
「全員乗車。被弾した車両を進路上から排除し突破する」だとさ。
惑星の大気状態が悪いらしく、FTLの通信が影響を受け途切れがちになっている。
当初、敵の戦力は連隊規模と想定されていた。防空大隊を撃破、軽装備の警備大隊の防衛していた主要目標を制圧したものの第Ⅰ大隊の損害が激しく、第Ⅱ大隊は1個中隊欠けているが救出任務は遂行できるだろうと派遣された。
事前の艦砲射撃と空爆で叩いたとはいえ、損害は大きい。
降下時の損害はある程度許容できる。しかし、本来の地上戦で航空支援を受けながらの数字は、敵の戦闘能力が当初の予想以上に高いといえる。
さらに武装解除した敵部隊に砲兵や装甲戦闘車両の姿が見られないことから、元から配備されていなかったのか、それとも友軍到着まで遊撃戦で時間を稼ぐつもりなのか判断に不確定要素が加わる。
(敵を甘く見すぎたな)
そう思ったが、口には出さない。たかが下士官候補生で上層部批判はしない。
5.初陣(2)
帝国暦480年の惑星P2A5の戦いは、4月、フレーゲル分艦隊の支援で第146装甲擲弾兵連隊が降下。4月17日、自由惑星同盟軍ジャムシード警備艦隊の突入により第一次P2A5会戦が勃発。
この戦いで旗艦が沈みフレーゲル男爵は、敵勢力圏に不時着した。
4月18日、146連Ⅱ大般命第83号により救出のため第146装甲擲弾兵連隊第Ⅱ大隊が向かうも敵の待ち伏せを受ける。そして、大隊は危地を脱したが損害は軽くなく、1係と3係は再編の人事に、4係は
戦闘の興奮が収まると気持ちが沈んだ。
(やっぱり仲間の死は慣れないな)
戦死者を埋葬して、動かせない重傷者のために治療・処置の
先程の戦闘での損害から、再編成で人手不足な大隊本部は、ほぼ教育の終わった下士官候補生を吸収し第4中隊と共に脱出艇を目指す。
移動の間、装甲兵員輸送車の後部兵員室で揺られながら、僕たちは思い思いに過ごしていた。
雑毛布に包まり、まだ幼さの残る顔に疲労を浮かべ眠るものもいれば、炭素クリスタルで出来た
「ルパート、お前凄いよな」
いつも一緒だった相方のヤスオが死んだのに、そんな事を感じさせずハルオが戦闘糧食をむさぼる様に食べながら言った。
「発煙弾で煙幕を張ろうなんて、俺思いつかなかったぞ」
「たいしたことないよ」
疲れていた僕の返事はお座なりな物になった。
新しいドライカレーの封を切るハルオを見て、食欲のあるお前の方がすごいよと周りのものは思った。戦闘直後、胃に物を入れても吐いてしまった。だからその食欲が羨ましい。
(できれば皆を家に生きて帰してあげたい)
ささやかな願いが通じたのか、この後、敵の襲撃を受けることなく脱出艇に会合する。
ちょっとしたトラブルがあった。
「お待たせいたしました閣下」
ラウディッツ少佐が、衛生兵から手当てを受けているフレーゲル男爵に敬礼した。
「遅い。何をしていた!」
神経質そうな取り巻きの貴族の一人がラウディッツ少佐を殴った。
思わず飛び出そうとした僕の肩が摑まれた。振り返ると止めておけというようにカミナリ上等兵が小さく首を振る。
「叛徒の襲撃を受けまして対応しておりました」
ラウディッツ少佐は唇を切ったらしく血を流しながらも直立不動で報告した。
それに対してフレーゲル男爵は、救援に対して素直に礼を言い、ラウディッツ少佐を殴った取り巻きに注意した。いい気味だ。
それにしても、貴族の中にも、常識を持った人間がいるのだと思った。大抵の貴族は礼を言わない。奉仕されて当然という思考で動いているから新鮮で、少し見直した。
その時、遠くで地鳴りのような砲声が聞こえた。
(あ──)
僕は皆に注意喚起するため大声で知らせた。
「砲弾落下――――!」
いきなり修正射なしの制圧射撃が雷鳴のような砲声と共に始まった。
「退避!」
「砲弾落下、退避!」
弾着地に停車していた装甲車が、ダンボールのように吹き飛ばされ、人がバラバラになるのが見えた。太鼓を叩いたような音と、凶暴な破壊力で全てを押しつぶしていく。
「小隊長。何ぼさっと突っ立っているんですか!」
僕は泥水に汚れるのもかまわず、フォン・コルプト少尉を突き倒し、地面に伏せさせた。
「ひぃいいいいいいい」
「すぐ終わると思いますよ。弾なんてすぐ撃ち終わりますし」
僕の言葉にカミナリ上等兵も同意してうなずくが、フォン・コルプト少尉は震えて説明を聞いていない。
(これだから、貴族の子弟は……)
お互い苦労するなとカミナリ上等兵と視線を交わす。
辺りは砲煙と土煙に覆われ視界不良になっていた。
鋼鉄の暴風は四分ほどで終わり、装甲車の撃破、人員の制圧と錬度の高さを見せ付けてくれた。各班長が点呼をとり部下を掌握しようとする。
叛徒といえど、国家を名乗り正規軍の形態をとっている以上、次の手は読める。
警戒線に敵が接近しつつあった。
「中隊規模装甲部隊接近中。歩兵は伴わない模様」
この時の指揮官である同盟軍エベンス大尉は、部下思いで細かい気配りのできる人間だが、エベンス大尉の攻撃実施に、サンドル・アラルコン少佐は 「昼間の攻撃は無謀であり、兵を犬死にさせるだけだ」 と攻撃に反対し兵を出さなかった。
意見が合わず激論になり、アラルコン少佐を出し抜き手柄を立てようと攻撃時間を早め戦端を開いてきた。
こちらは迫撃砲小隊や工兵を連れてきていないため、対機甲戦の装備が
破壊された車両から使える装備・機材を回収させ、築城作業を実施する。
単純に、脱出艇の周囲を囲んだ防御陣地だ。予備陣地はない。
通常、敵装甲部隊の密度に対して、1.1~1.4倍の対抗火器の密度を保持した場合に限り防禦は成功する。そのように戦史が語っている。しかし贅沢は言えない。あらゆる手段を確保して敵の圧迫に耐えねばならない。抵抗線は約40m先。手榴弾・機関銃・ロケット発射筒及び小銃で叩くことになっている。
「急げ!敵は待ってくれないぞ」
雨で濡れ泥まみれになりながら地面を掘る。
闇雲に突撃してくれれば楽だが、前方の車両が後方の車両の支援で第1の
「奴らにも頭はあるらしいな」
感心したように言うフォン・コルプト少尉の言葉に、周りにいた全員がこれまでの戦闘で何も学んでいないのかと不快な表情を浮かべた。
相手だってアホでは無いのだから、戦争をしてれば戦術だって学ぶ。
「射撃用意」
後方爆風に気をつけてロケット発射筒を構える者、補助するものなどそれぞれ配置についている。
緊張で喉が渇いてくる。仕掛けはうまく作動するだろうか。
先頭車両の小隊が、突撃破砕線を越え進入してくる。土煙をあげ快速にやってくる車体が形として視界に捕らえられた。
そこかしこで轟音が響き渡り、車体が下から持ち上げられる姿が見える。地雷だ。
「やったぞ!」喚声が沸き起こる。
亀裂、打こんのある弾薬は使用してはならないと取扱上の注意事項にあるが、今回、破壊された車両から回収された弾薬を効果的に再利用し応用の対戦車地雷として埋設した。
悪魔の園と言うほどの規模を作るほどの時間も機材も無く、1m辺りの地雷密度は0.5。第一波に対する触雷率は三割と想定されていた。
しかしながら期待以上に、即席だが効果はあった。
地雷を想定せず無処理に進入すれば脆い物だ。装甲車5輌を撃破され混乱が生じた敵は回避運動を始める。
側面が見えた。
「各個に撃てぇ!」
射撃号令が出た。
古参兵の操る
再び敵の砲撃が始まる。撤退援護だろう。ようやく敵は後退を始めた。
「今度は歩兵を連れてくるな」
泥に汚れた装甲服をフォン・コルプト少尉が裁断布で拭うのを視界に入れて、ため息と共にカミナリ上等兵が言った。
「でしょうね、まだ終わらない」
日が暮れようとしていた。
夜の闇が辺りを覆っている。雨はまだ止まない。
雨音しか聴こえないが、奴らが来るのは分かっている。
日が暮れると、陣地の偽装材料を刈り集めに行き交代で休憩をとった。
フレーゲル男爵と取り巻き貴族は脱出艇の中で休んでいる。
僕たちに寝具など無く、その場で仮眠するだけだ。こういうとき、ベットで眠れることがありがたいと思い知らされる。
足の裏が汗でふやけて真っ白になっており匂う。
塹壕に雨が降り注ぎ、足元に水溜りが出来ている。
(掘るのが足りなかったんだな)
雑納から増加食として配られた菓子を取り出して口に含む。疲れた体に甘味が美味しく感じられる。
敵が引き返すか、味方の増援が来るまで温食は望めない。夕食代わりには物足りないが、戦闘中は忙しくて食べれない事もあるのでこれで済ます。
(帰ったら休暇がもらえるだろう。まず風呂に入りたい。暖かいシャワーで汚れを流し、あとはベットで眠りたい)
僕は雨具を寝具代わりに被って横になり、ぼんやりとそんな事を考えていた。
(そういえば父さんは元気にしているのだろうか。時々手紙が来るだけだし、長く会ってないから心配だ)
高揚していた気分も落ち着き、うつらうつらしてる内に、いつの間にか眠りに着く。
未明。昼間遺棄された装甲車の残骸が残る正面から敵2個中隊が攻撃を開始した。
この接近には全く気付かなかった。手榴弾を俺体に投げ込んでくる瞬間にやっと姿を確認した。
「監視所のやつは何をしていたんだ!」
そんな風に罵倒する声を聞きながら責任者を思い出す。
(あ、フォン・コルプト少尉か…)
「敵襲!」
炸裂がおき閃光が見えた。
仮眠をとっていた者も飛び起き応戦する。
「突っ込め!」
敵が立ち上がり、喚声を上げ突撃してくる。
戦場にロマンなどない。
大貴族や提督が号令一つで数千万の将兵を動かしている世界で、僕たちは蟻の様にこの惑星の大地で戦っている。
夜間戦闘において攻撃隊形は通常、昼間と比べ、距離・間隔は短縮されており、密集している。そこへ機関銃がなぎ払うように掃射さればたばたと腕や首を切断され、あるいは臓物をぶちまけ倒れていく。いくら装甲服を着ていてもこの至近距離では打ち抜かれる。
突き刺す銃剣、振り上げる
手榴弾を投げ、拳で殴り、噛み付き肉薄攻撃などで反撃した。凶器として使えるものは何でも使う。
あるのは薄汚れ生き残るため野獣のように戦う、血と硝煙で彩られた戦場だ。
永遠にも思える長い戦闘だったが、実際の時間は短かった。
敵は死傷者が増大してきたために20分程で撤退を始め、こうなると、敵砲兵は援護射撃もしてきた。フォン・コルプト少尉は
第4中隊長以下中隊本部全員が戦死し、「臨時の野戦任官だ」とラウディッツ少佐はそういって、他の指示に戻り僕は当惑させられた。
(中身はともかく、新米の下士官候補生に任せるのか)
小隊の先任となったカミナリ上等兵は嬉しそうに「よろしくお願いします」と言ってきた。
(子供に小隊を任せるとは……)
ハルオにいたっては「まぁがんばれや」と増加食のチョコレートを食べていた。
「お前も食ってばかりじゃなくて動け!」
命令を下すものと、遂行するものに分かれ、僕は下すものになった。
激しく体を動かして排出された汗で、体が冷えてきた。
(寒いなぁ)
惑星によって恒星の公転距離が異なる。当然の事ながら、近い惑星も在る。
日中、日差しが当たると地表面の温度は上昇し、凄まじく暑い。装甲服もある程度の温度には耐えられるがきつい。
(夜は逆に、放射冷却て冷え込むんだよな)
防寒着代わりに装甲服の上から、ポンチョを着込む。裏表が春夏用、秋冬用のリバーシブルになっている。
部下へ配置の指示を済ませて外周を見て回る。途中、射界の邪魔になりそうな茂みを取り除くよう指示を出す。過剰な偽装など邪魔でしかないからだ。
今は動きが見えないが、木立の先に敵が展開している。
明け方。雨はようやく小降りになってきたが、雨雲はまだ低く停滞していた。夜明けと共に10分間にわたる突撃準備射撃の砲撃が行われた。現在、大隊残存者78名。
二個小隊の装甲車の支援で再び敵が攻撃前進を開始すると、ラウディッツ少佐は絶望的な気分だったが、そんな事を露ほども洩らさず、直ちに敵に反撃を加えた。弾薬やエネルギーパックなどの消耗品も残り少ない。3度目の攻撃を支えられるだろうか。
すぐに陣地内に進入され白兵戦となり、
兵士に求めるのは、機械の様に冷静に効率よく大量殺人をする事だ。冷めた部分でその事を実感する。
一方で、気合と言うか気勢を上げて戦わねばならない事もしっている。
「ウオオオ――――」
雄叫びを上げ、
自分自身に活を入れると言うのだろうか。雄叫びを上げる事で、アドレナリンが分泌して精神が高揚してくる。新兵には声を上げろと言うのと同じだ。
死への恐怖など感じなかった。飛び出て地面に落ちた眼球を踏みにじり、次の敵を探す。
口角を吊り上げながら、敵を叩き殺す。血飛沫を浴びながら頭の片隅で考える。
(微笑みながら敵を殺せるようになったのはいつからか)
インドシナに居た頃は吐き気を覚えた。
(だが、今の自分はどうだ)
戦斧を振り、一撃で倒そうと頭部や上半身を狙う。場合によっては、足の甲を突き刺し、そちらに意識が行った瞬間に刈り取る。技巧を尽くし、効率よく倒そうとする。
『……雷鳥……こちら雷鳥、送れ』
混戦の最中、FTLの通信が入ってきた。
「雷鳥、こちら扶養家族送れ」
『扶養家族……こちら雷鳥。感明……れ』
通信状況が戻り増援を要請した。天候も回復してきたようだ。うっすらと雲の切れ目が見えてきたと思ったら、黒ゴマの様なものが視界に入った。
黒い影は、近付くに連れて機影をはっきりとさせる。彼らは来た。
騒音を立てながらの派手な登場で、ワルキューレが対地攻撃をする。次々と撃破される敵装甲車。後方の砲兵も陣地を叩かれているようだ。ローデシアのファイアー・フォースを思い出す。
陣地内で喚声が沸き起こる。
ようやく、航空支援が駆けつけて来たのだ。
敵も黙っては居ない。携帯式滞空誘導弾をケースから取り出そうとしているのが見えた。
(やらせはせん!)
落ちていた荷電粒子ライフルを構えて狙う。
頬付けをして照門から照星を結んだ先に、二人で組立作業をしている敵兵の姿を捉える。しかし引金は引かれることは無かった。
「うぇ」
見てしまった。
降下してきたワルキューレの一機が機銃掃射で、二人の体を引き裂いた。
生身の人間が、血と臓物をぶちまけ体を切断される場面など、一生のトラウマになる。
まぁ、僕も見慣れているけど、気持ちが良い物ではない。
自嘲気味に苦笑し、かぶりを振った。
「どうした、ルパート?」
ハルオがやって来た。こいつ生き残ったのか。
「何でも無いよ。ただ疲れただけさ」
僕の言葉に、ハルオは頷く。
「そうだな。本当に疲れたよ」
近くに来ると座り込みだした。
もうやる事は無さそうだ。敵が後退していくが、追撃する余力は無い。
概ね、周囲の掃討が終わった頃に、揚陸艇からフォン・リューネブルク准将が降りて来て、不敵に笑みを浮かべた。
「待たせたな」
ぬけぬけと空気も読まずそう言われて、ぶん殴りたくなった。
敬礼するのも億劫で、僕たちは疲労していた。
ラウディッツ少佐も後ろ手に組んだ拳をぎゅっと握り締めたのを僕は見逃さなかった。
(あ、この人も怒ってる)
高みの見物をしていたのか、どうかは知らないが、こう言う時はお疲れ様の一言ぐらい欲しい。
結局この攻撃も頓挫し、敵は後退し、僕らの任務は終わった。
大隊は迎えの揚陸艇に乗り、整然と帰還する。
シートに腰掛けていると、やっと終わったという実感がする。
この後、僕たちは地上から撤収すると言う事だ。これだけ損害を出して負けたのだろうか。
ま、兵隊は命じられるまま動く駒だからな。
一足先に、連絡艇でフレーゲル男爵は軌道上の艦隊に戻った。
ああ、そう言えば、取り巻きの貴族が連絡艇に乗る前に、すまなかったとラウディッツ少佐に誤っていたな。
その日、作戦目的を達成したと言う事で慌しく引き揚げの準備が行われた。
そしてイゼルローンへ帰還後、フレーゲル男爵を救出したことで、それぞれ恩賞を下賜され、僕も士官学校に推薦入学できることとなった。