導入部分で燃え尽きた残りカス   作:キューブケーキ

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銀英伝に転生してみた 9~10話

9.帰ってからの事

 

 5月19日、宇宙港は帰還兵と出迎えの人だかりで混雑している。

「ルパート!」

 クリーム色の髪をした女性が手を振っている。エヴァンゼリン姉さんだ。

 母さんと叔母さんと姉さんの姿が見えた。やっと帰って来たんだと笑みが浮かんだ。

 出征から帰還した将兵には、恩給と休暇が下賜される。

「休暇は何日貰えたの」

「駆逐艦の艦長に任命されたんだ。帰って早々だけど学校に通って特技教育を受けないといけないんだ。だから今日と明日が家に居れる予定かな」

 慣れない船乗りになるから勉強しに行く。そういうことで休暇はお流れになり、準備で忙しくなる。

 高速睡眠学習を使っても、専門技術の習熟は一昼一夜でできる物ではなく、最短でも2ヶ月はかかるという。

「本当なら、1年ぐらいかけてやる内容なんだよ。それもこれも、皇帝陛下の寵姫の弟のせいだよ」

 久しぶりに家に帰れた。母さん達の手料理は胃袋を満腹にさせ心を和ませる。

「気をつけてね」

「ありがとう」

 皆に見送られて駐屯地に戻った。

 中隊での引き継ぎは大してない。官舎で移動の準備を終えて、一息付く。

 食事は基本的に駐屯地か外食、あるいは買って来たもので済ます為、自炊はあまりしなかった。だから荷物は少ない。

 軍隊という組織に所属していると、部内移動、部外移動。さらには教育参加の移動など様々な移動が多い。

 だから私物をあまり買いこんだりしなかった。本は許して欲しい。

 アンゴラの時もそうだった。

 今回はかなり変な人事だが、駆逐艦長に任じられ教育を受けることとなっている。

 普通に考えて、歩兵が船乗りって有り得ないな。

 艦長とか言う前に、教育の方が先だろうと、何度目かになるかわからない溜息をはき出す。

 鉄帽や背嚢といった個人装備は、中隊の補給係に返納した。

 持っていくのは、制服・制帽・短靴・作業着・作業服・弾帯・戦闘靴・中帽・運動靴にジャージ。

 あとは手袋や下着の代え、タオル、洗面用具といった細々とした日用品。

 釣り用の折りたたみバケツがあるが、これが演習では役に立った。今回も持っていく。

 ああ、洗剤とハンガーは忘れてはいけない。

 そう言ったものを衣装ケースに入れて準備した。

 行きは中隊から先任が送ってくれると言っていたので安心だ。荷造りを終えて迎えを待っているとインターホンが鳴った。

『小隊長』

 あぁ。迎えが来た。

 高速道路のサービスエリアで途中、休止をとり、昼過ぎには到着した。

 エダヅィマー術科学校は、宇宙艦隊の中核を成す士官候補生の教育訓練を担当している。

 本来、装甲擲弾兵のルパートには畑違いで場違いな場所だが、新しい生活が始まる。

 

 

 

10.11月の戦争

 

 第6次イゼルローン要塞攻防戦前哨戦の最中。1つの分艦隊が壊滅しようとしていた。

「ブリュンヒルト」の中和磁場を打ち消され、敵の砲火に晒された艦体の外殻にデブリや破片の擦れる音が艦内に響く。

 分艦隊司令官であるラインハルトに将兵の生死は委ねられている。キルヒアイスは佇むラインハルトの後姿を見ながら考える。

(ラインハルト様は、こんな所で立ち止まって良い御方ではない。だが、今回の戦闘は言い訳出来ない)

 敵に手を読まれて、対処は後手に回った。

「姉上……」

 ラインハルトが洩らした掠れた声。この光景に全てを打ち砕かれたようだ。

 物語は数ヶ月前に巻き戻る――。

 

 

 

 6月11日。グリンメルスハウゼン大将は引き続き次の出兵参加を願い出に、果樹園の田園風景に囲まれた小高い丘に在る皇帝の居城、“新無憂宮”(ノイエ・サンスーシー)に参上した。

 若い頃から何かと皇帝の世話を焼いたグリンメルスハウゼンは、皇帝の双眸にアルコールの酔いとは異なる輝きが浮かんでいる事に気付いていた。

「久しいなグリンメルスハウゼン」

「お久しゅうございます。陛下」

 皇帝との謁見時間は限られている。グリンメルスハウゼンは挨拶を述べた後、今回来訪した本題に入る事にした。

 フェザーン経由の情報によると、12月を以て同盟軍の大規模進行作戦が発動されるらしい。例によってまたイゼルローン要塞攻略を企図しているとのこと。当然ながら帝国軍はこれを看過せず、討伐の兵を挙げる。

 グリンメルスハウゼンも武人の端くれ。体は衰えようと、戦場を駆け抜ける気概まで失った訳ではない。先の会戦参加で、さらに闘争心に火をつけたと言っても良い。

「此度の討伐には是非参加させて戴きたい物です。陛下」

 この歳になって失う物など何も無い。戦場に散ろうとも悔いは無い。そして恐れる物も無いと言った。

「そちも物好きなじゃな。戦など何が楽しいのか分からんが、好きにするがよい」

 可笑しそうに皇帝は笑って許可をした。

「ところで、そなたの下で働いたラインハルト・フォン・ミューゼルという者のことだが、あの者をどう思う?」

 皇帝が話の区切りが付いたところで話題を変えた。

 ラインハルトの評価がヴァンフリートの戦い以降、めっきり下がっているそうだなと。

 そうなったのはグリンメルスハゼンにも責任がある。

 皇帝の寵姫の弟に箔を付けてやろうと陸戦の副将に任じたのだから。結果は期待はずれだった。

「蛮勇と勇気を履き違えた若者でございますな。陛下、あの若者を見ておりますと、寵姫の弟と言う立場に甘えている、この世の中に不可能などないと思っている馬鹿者に見えます」

 遠慮のない発現を許していたので皇帝も咎めようと思わない。報告を読むと、自分から敵に向かって行ったとの事だ。兵卒ならまだしも、責任ある指揮官には相応しくない行動だ。本来は、副将としてリューネブルクを立てて補佐に徹するべきであった。

 両者に確執が在った訳ではなく、むしろリューネブルクは積極的にラインハルトを活用しようとしたがラインハルトが一方的に敵視していたとの証言も在る。協調性が無く自尊心が強いだけ。組織には不適格だ。皇帝の手元には「いずれ、何らかの大きな失敗を起こすと考えられる」と軍務省から報告が上がっていた。

「そうだな、グリンメルスハウゼン」

 信頼するグリンメルスハウゼンの証言でラインハルトに対する悪評の裏づけはなされた。処断すべき時が近づいている。

 皇帝は寵愛する寵姫の弟に対するにはあまりにも厳しい表現をした。

「責任ある将官であるにも関わらず、己の蛮勇によって負傷し役目を果たせなかった。将官の質も落ちたものよのう」

 老子爵がまったく、と頷くと皇帝は続ける。

「実はなグリンメルスハウゼン。余はあの者に期待しており、どこぞの(れっき)とした貴族の家名を与えてやろうと思っていたのじゃが」

「ほう。箔を付けてやろうとお考えで?」

 今まではな、と皇帝は告げる。

 今までは美しく覇気に溢れた若者と、その傲慢な態度も看過して目をかけてやって来た。しかし期待は裏切られたと皇帝は感じていた。

「あそこまでの馬鹿なら、辞めじゃ。もう少し様子を見てみることにしよう。余の考えをどう思う?」

 誠に結構ですな、とグリンメルスハウゼンは相槌を打つ。

「若者を甘やかせてはつけあがります。結構なことでございますな」

 皇帝に期待され、裏切ったと不興を買った憐れな若者を話の種に、老人たちの笑い声がお茶の香りとともに謁見室に広がる。

 

 

 

 8月20日を期してイゼルローン方面に出兵がおこなわれる。

 僕の指揮する駆逐艦ミステルも参戦の機会を得た。僕みたいな見た目は子供な艦長に付いてきてくれる乗員はありがたかった。

「ケッセルリンク艦長はどうして宇宙艦隊に移動されたんですか?」

 先任士官の質問はもっともだ。

「ここの分艦隊司令官、ミューゼル提督と知り合いだからですよ」

 僕が装甲擲弾兵と言う事で、この前の戦闘を思い出した様だ。

「なるほど」

「お互いに死なない様、協力してくれ」

 そんなこんなで艦の運用にも慣れてきたが、足に地が付いてない場所で戦うのはいささか不安だ。

 無重力状態でバランスを取るのは難しいが、航宙訓練が終わる頃に自然と立っている事が出来るようになる。

 情報端末を手に取り、画面に触れる。

 便利な時代だなと思いながら、表示された情報を目で追っていく。

 姉さんからメールが届いていた。出港の見送りに母と一緒に来ていた事を思い出す。

「体に気をつけるのよ」

 母はそういって僕を抱きしめてくれた。

(いやいや、母さん。そんな事言われても戦場に行くし)

 母を抱き返しながら、内心で突っ込みを入れた。

「風邪とかひかないでね」

 悪戯な表情を浮かべ、覗き込んでくる姉さんの言葉に思わず苦笑が漏れる。

(姉さん、貴女もですか)

 沈んだら死ぬけどねと、内心で付け加える。

 他の将兵も見送りの家族や恋人と抱き合っている。僕も2人と抱擁を交わして別れる。

 2人の目じりに涙が浮かんで見えた。家族とは良い物だと再確認し、少し感動した。

(帰ったらお土産を買ってご機嫌を取っておこうかな)

 2人に手を振り連絡艇に乗り移る。

 9月26日に駆逐艦「ミステル」は他の艦隊と共に、イゼルローン要塞に到着した。ここで意外な人物と再会する機会をもった。

 遠縁のウォルフガング・ミッターマイヤー大佐である。

 ミッターマイヤー兄さんは僕を弟分として可愛がってくれていた。

 お互い軍務に忙しく、休暇が合う事も少ない。再会するのは久しぶりだった。

「兄さんどうしてここに?」

「戦隊の一つを預かっているんだ」

 平民出身にしては兄さんも出世した物で、160隻の砲艦とミサイル艇からなる戦隊を預かりイゼルローン駐留艦隊に所属していた。卓越した指揮能力と数々の武勲。その噂は聞いており身近で憧れる英雄だった。

「ミッターマイヤー。卿の家族か?」

 話しかけてきたのは兄さんの僚友だろうか、金銀妖瞳(ヘテロクロミア)で見るからに女性受けのする面構えをしている。

(畜生。神様は不公平だ)

 黒く沸き立つ物を感じたが、抑えて挨拶する。

「ルパート・ケッセルリンク中尉。ミューゼル分艦隊で駆逐艦長を務めております」

 モゲロと言う意味不明な単語が脳裏をよぎった。

(ん。今のは何だ)

 僕の心情など露知らずイケメンは挨拶を返す。

「オスカー・フォン・ロイエンタール大佐だ」

 渋めの良い声をしていた。

 兄さんはイケメンに僕を紹介する。

「俺の家族で弟だ」

 そして僕に話しかける。

「装甲擲弾兵の小隊長をしてると聞いたばかりだったが」

 兄さんのその言葉にロイエンタールは驚く。

 装甲擲弾兵。臨時編成の陸戦隊と異なり、それは選ばれた精強たる男たちである。

 実戦経験を聞いて、将来は間違いなく中隊長に進むはずだったと確信する。

「色々と複雑な事情がありまして」

 僕も説明をしにくい。

(金髪の小僧のせいだとは言えない)

 ロイエンタールが面白そうな顔をしてこっちを見ている。そのあと真面目な顔をして兄さんは言った。

「死ぬなよルパート。エヴァを泣かせたら承知しないからな」

「兄さんこそ」

 優しいこの兄が家族として心配してくれるのがよく分かる。だからこそ嬉しく思う。

「このあと会議があり時間が無くて残念だ、落ち着いたらまた連絡をくれ」

 そう言う2人と別れて自分の艦に向かう。

 私室に戻る。艦長だから個室を与えられているが、駆逐艦は狭い。

 いつ沈むかわからない船だから、日用品以外、私物はあまり持ち込んでいない。

 兄さんも言っていたし、FTLでオーディンに私信を送っておこう。艦長の特権だ。

 しかし、残念ながら留守だったようで、メッセージだけ残しておく。

『兄さんと久しぶりに会った。元気そうにしていた。姉さんのことを気にかけていたよ。叔父さんたちにもよろしく伝えて。短いけどそれでは、また』

 

 

 9月からミューゼル分艦隊は回廊出口の哨戒任務を精力的に行った。ミューゼル准将は遊猟にでも出かけるように楽しんだが、末端の兵はたまらない。

(あいつ、僕達が疲れを知らないとでも思っているのか? 機械だって耐久限界があるんだぞ)

 疲労が蓄積されていく中、僕や部下達の中で不満が溜まって行く。

 ラインハルトの扱いに各戦隊司令も不満を持っていた。末端の艦長、駆逐隊司令などからも苦情を受けていた。推進剤や弾薬など消耗品は補給を受ける事はできるが、体の疲れは抜け切らない。

 一方、同盟軍は10月半ばに艦艇36900隻を動員しイゼルローン回廊からの同盟側入り口を封じた。

 第5次イゼルローン要塞攻略戦から2年。再び行われる要塞攻略戦は、同盟にとって執念の国家的悲願であり大事業だ。

「何で叛徒の奴等は懲りもせずに攻めてくるんでしょうね」

 先任士官の言葉に僕も同意する。全く理解できない自殺志願者だった。

「そうだね。このまま自滅してくれたら、イゼルローン要塞も作った価値があるんじゃないかな」

 もっとも攻略出来たとして、その後の具体的戦争計画は作られておらず、執念だけで攻めているとも言えた。

 

 

 11月6日。人が羨み嫉妬するほどの栄達を歩んでいた若き美将、ラインハルト・フォン・ミューゼルは、人生の転機となる手痛い敗北をこの日経験した。

撃て(ファイエル)!」

撃て(ファイアー)!」

 同じく意味をする号令が出され戦闘が始まった。

 ミューゼル艦隊はラムゼイ・ワーツ少将麾下、同盟軍分艦隊2500隻に対して大胆にも中央突破を図った。

 ラインハルトの目の前には、各艦艇から送られてきた索敵情報と味方の現状が三次元映像で立体的に表示されている。艦隊の動きは見やすいように簡略化の表示設定にされている。ほとんどがこの設定で、細部まで詳細に映し出すことも可能だが、数が多いときは見にくいだけだから変えることは少ない。

 その映像を見ながら支持を出す。

「突撃だ。蹴散らしてやれ」

 ここでラインハルトは大きな勘違いをしていた。

 突破は組織的抵抗帯を抜け突破目標に到達するだけが目標ではない。事後、成果を拡張して包囲撃滅すべきなのである。突撃するだけなら誰でもできる。

 単調で、馬鹿の一つ覚えのように「突撃」と「撃て」「迂回しろ」の指示しか出さないラインハルトに幕僚は呆れていた。これでよく提督になれた物だと。

 高等軍事教育の一環として、各種特技教育の入校制度があるが、ラインハルトは自らが嫌っている門閥貴族の一部の様に、その課程を飛ばして将官になった。まさに姉の威光である。

 ラインハルトにも言い分はある。早く栄達を極め、姉を取り戻す。その為に戦ってきた。膨大な時間を教育期間で過ごすなど耐えられない。戦場で武勲を上げるのが近道と考えたのだ。

 その為、正規の教育を受けて来た者には、小僧が増長していると受けが良くなかった。

 同盟軍も同じ様な軍事教育制度を持っている為、若年層の将官と言うのは珍しい。相対したワーツ少将も、半生を艦艇で過ごした叩き上げの熟練した指揮官だ。

「帝国軍のあの動き、ただ単に突撃しているようにしか見えませんね」

 ワーツ少将に対して、27歳の年若い参謀長が話しかける。

「そうだな」

 その言葉に頷き同意を示す。

「閣下。ここは故事に習ってみませんか」

 参謀長マルコム・ワイドボーン大佐は悪戯を思いついた子供のように、不適な笑みを浮かべ進言した。

 同盟軍は、ワイドボーン大佐の策により、逆に両側面から背面に迫る形でミューゼル分艦隊を包囲すべく動き出した。

 一方、ミューゼル艦隊前衛を預かるロルフ・シュタイナー大佐は、自ら指揮する戦隊を有機的に動かしラインハルトの拙い指揮を補助していた。

 突撃せよと言う命令だが、敵の抵抗は激しい。

「顔は綺麗だが人使いの荒い坊やだ」

 シュタイナーに悪意はなく、ラインハルトに将器を見ての軽口だった。

 彼が見たところラインハルトの戦術指導は荒い部分もあるが、年齢から考えれば将来を期待させる物だった。

 若き才気溢れる英雄。それを、これから自分達で守り立てていく。実に楽しみな事だ。 

 そんな考えを持っていた。

 敵の砲火が中和磁場を叩き思考を中断する。

 まずは、目の前の敵を倒す事だ。このままでは危うい感じがした。それは、長年培われた経験が言う警告だったのかもしれない。

 それを錯覚だと思おうとした瞬間、彼の艦は同盟軍の駆逐艦が放った雷撃を受け爆沈した。

 その結果、戦闘は長くは続かなかった。

 ここが運命の分かれ道だったのだろう。指揮官を失ったシュタイナー戦隊は、上下からの挟撃に耐えられず、容易く蹴散らされた。

「前衛が壊滅しました!」

 ラインハルトはその報告に顔面を朱に染める。ばらばらに逃げ始めた生き残りを、後背から同盟軍の砲撃が遅い次々と撃沈していく様子が見えた。

(何だと!)

 こう言う時にどう対処したら良いか。考える前に、初めての敗北でラインハルトの心は乱れた。足は振るえ無様を晒していた。

 軍に入ったのは権力を握る出世の近道と言うことも在ったが、その圧倒的な力に対する憧れもあった。

 力があれば姉を守れた。そう思ってしまったのも、当然の事だろう。

 しかし、自分にその力が向けられるとなると話は別だ。

「こんな……馬鹿な……」

 顔を蒼白にしてラインハルトは呻く。

 一に突撃、二に突撃。馬鹿はお前だと、ラインハルトに対して艦橋に居た幕僚が全員思った。

「ラインハルト様。ここは撤退すべきではないでしょうか」

 無理だと思えば戦わずに退く事も必用だ。

「そ、そうだな。俺に後退の二文字は無いが、今回はキルヒアイスの顔に免じて後退しよう」

 赤毛の親友の言葉に頷き、ラインハルトは後退を命じる。敵は深追いをして来なかった。

 ラインハルトは確かに優れているかもしれないが、ワイドボーンもまた士官学校時代、10年に1人の秀才と謳われている人物であった。1000隻近い艦艇を損失し、ラインハルトの完敗だった。

 

 

 

 鎮守府に匹敵する権限と設備を与えられたイゼルローン要塞要港部。通常の要塞駐留艦隊に対する業務の他に、送り込まれた宇宙艦隊への各種補給業務などで猫の手も借りたいほどの忙しさだった。そこへ6日の戦闘で3割を超える損害を受けたミューゼル艦隊が帰還して来た。

 作業員たちは、見るも無残に穴だらけになった艦隊に目を丸くする。

「何だこれは。酷いやられ具合だな」

 廃船同様の有様でたどり着いた艦艇の損害に、船渠入りは間違いないと私語を交わす。

「自軍より少ない敵に負けて逃げて来たんだとさ」

 旗艦の「ブリュンヒルト」が接舷し、負傷者が運び出されていく姿が目に写った。硝煙とオイルの臭いが自分達の居る場所まで漂ってくる。

 まだ戦いが始まっていないのに、ここまで叩かれる負け戦をするのも珍しい。

「指揮官は誰なんだ?」

「ほら、あの顔の綺麗な金髪の坊やさ」

「ああ。寵姫の弟と言う……」

 その時、話声が聴こえたのだろう。キルヒアイスに作業員たちは鋭い眼差しを向けられ黙りこむ。

 ラインハルトから補充の要請を受けた司令部は却下した。

「負けたから尻拭いしてくれだと? 舐めてるのか小僧は」

 他の分艦隊や戦隊も動いているが、そこまでの敗北は負っていない。1人だけ、「はい。そうですか」と要求通りの補充をする事も出来ない。持ち駒は限られている。

「帰って小僧に言って置け。戦争は1人でする物ではないとな」

 特別扱いは出来ない。キルヒアイスはその言葉に言い返す事も出来ず「ブリュンヒルト」に戻った。報告を受けたラインハルトは、門閥貴族に対する不満をぶちまけ帝国への敵愾心をさらに燃やしす事となる。

 ラインハルトの分艦隊は、その内の半数近くが損傷によって工廠の船渠入りを余儀なくされていた。

「これでは、戦闘に間に合わないではないか!」

 怒る金髪の青年を幕僚は冷めた目で見ていた。お前の指揮が悪いからだとは、流石に言わない。

 

 

 

 攻勢をかけている同盟軍もまた敵の戦力を削ろうと動いていた。キャボット少将もその1人だ。

 覇業への第一歩を踏み外し、ラインハルトは内心で傷ついていた。それでも、まだ萎縮するほどではなかった。

 ラインハルトの様子を見て、回りは眉をひそめ噂する。

「あれで、少しでも大人しくしていれば可愛気があるものを……」

 一度の失敗で彼の覇気を抑えきれるものではない。汚名返上、名誉挽回の機会を求めていた。そして偵察衛星がキャボット艦隊の存在を確認した。

「これだ! この艦隊を叩くぞ」

 11月12日。戦力的に満足いくほど回復した訳ではないが、ラインハルトは艦隊の出撃を命じた。

 何度も司令部に足を運んだキルヒアイスの努力によって、巡航艦30隻、護衛駆逐艦180隻の戦力を手に入れた。

 そして11月14日。意気込んでいたラインハルトはキャボット少将の同盟軍高速機動集団を襲撃する

「大丈夫でしょうか。ラインハルト様」

 赤毛の親友は心配そうに表情を曇らせラインハルトに囁く。

 ラインハルトは、キルヒアイス以外の幕僚に自由な発言を許さない空気を纏っていた。

 依然、ラインハルトに進言した士官は殴られた事があった。その為、萎縮する者もいて司令部の空気は硬くぎこちないままだ。

 これがラインハルトの為にならないことをキルヒアイスも理解しているが、ラインハルトに社交性が無いため仕方がない。

「今回は、この前の様には行かないさ」

 俺を誰だと思ってる。安心させるようにラインハルトは力強く言ったが、キルヒアイスの不安は払拭されなかった。

 戦闘が始まると同盟軍は頑強な抵抗を示した。

「中々手ごわいな」

 ラインハルトからその様な感想が洩れた。

 巡航艦と駆逐艦を巧みに運用し、キャボット少将は組織的抵抗線を鉄壁のように硬く維持している。

 宙雷戦隊が同盟軍の戦列を崩そうと、幾度か挑発の為、向かっていくが軽くあしらわれてしまう。

「くそ。埒が明かない」

 ラインハルトは腹立たしげに言った。彼の予想では、雑魚である叛徒は一瞬で蹴散らされるはずだった。敵の予想外の粘りに、ミューゼル艦隊も思うように動けない。

 これでは攻撃衝力が鈍化してしまうとラインハルトは側背攻撃しようとする。

「迂回だ、迂回しろ」

 正面に1個戦隊を牽制のため残して攻撃を継続させる一方で、主力は迂回機動を行う。

 しかし、終始主導性を確保して戦勢を支配していたキャボット少将はこの動きを見て取ると、兵力転用し逆襲してきた。

「帝国軍は馬鹿か。子供でも読める機動だ」

 正面の圧力が弱まった事で、相対する1個戦隊を文字通り撃破し、迂回機動を行っていたミューゼル艦隊の後背を突いた。

「後背に敵艦隊!」

 最後尾の戦隊は回頭する時間も与えられず、砲火を浴び撃破されて行く。

「糞……」

 自分たちの方が同盟軍の側背を突く予定だった。しかし、敵の方が遥かに洗練された艦隊機動を見せていた。

(計画通りに戦場で上手くいくとは限らない。その事は理解している……。だが、口惜しい!)

 拳を握り締めたラインハルトの体が、恥辱で震える。

 戦闘開始から累計で、800隻の損失が出ていた。

(このままでは、完敗するだけだ)

 耐え切れ無い事を理解したラインハルトは麾下の艦隊に後退命令を出す。再びラインハルトは敗れたのである。

 

 

 

「小僧が調子に乗ってしゃしゃり出るからだ!」

 短期間に度重なる敗北をしたラインハルトにミュッケンベルガー元帥は激怒する。

 幕僚も、彼の怒りに同意し追従するように次々とラインハルトをののしった。

「そうですとも閣下!」

「あの小僧。寵姫の弟だと調子に乗っていますよ」

「降格すべきです!」

「断固たる処罰を望みます」

 そこへ、普段ラインハルトを敵視していたフレーゲル男爵が、珍しく取り成した。

「まぁ、金髪の小僧もこれで懲りたでしょう」

 意外な人物の意外な発言に一同押し黙る。

 ただ、助けてやろうと言うのではない。

 これは、あの金髪の小僧を叩き潰すチャンスだ。

「どうでしょうか、閣下。もう1度だけ機会を与えてみては」

 フレーゲルの瞳の中に悪意を、そして口元に僅かな笑みを読み取ったミュッケンベルガーは心を落ち着ける。

「卿に諭されるとはな。だが分かった。今回は謹慎だけで様子を見よう」

 ラインハルトを口頭注意だけで済ます訳には行かない。司令部からは「職務上の注意義務違反で1週間の謹慎」を命ぜられ、その間の出撃禁止とされた。

 ラインハルトは自分が敵視していた門閥貴族のとりなしで再度のチャンスが与えられたとは知らなかった。

「これだから、寵姫の弟は…」と噂が広がり、フレーゲルはほくそ笑む。

(奴の評判が下がるのは良い事だ。能力があるのは認めよう。しかし組織の中で生きていくには協調性が無さ過ぎる。あの生意気な鼻っ柱は、1度挫いておかねばならん)

 

 

 

 ラインハルトは同盟軍が動き出した事で18日には謹慎を解かれる事となった。

「叛徒の奴らに感謝せねばならんな」

 ラインハルトは赤毛の親友にそう告げた。

 11月19日。張り詰めた弦の様な緊張感を伴ってラインハルトが戦端を開いた。

「撃て!」

 最初の10秒間の斉射で双方合わせて10万の命が失われた。安い人名であり予定された損害の内である。

 火球と光球が視界を覆っている。

「今度こそ勝つぞ。キルヒアイス」

 ラインハルトの手は色を失い白くなるほど硬く握り締められていた。

「はい、ラインハルトさま」

 キルヒアイスもラインハルトに後がないことを知っている。

 同盟軍の一角を遅滞行動で釣り上げ逆襲を行うのがラインハルトの構想だ。

 敵の追尾状況を把握し攻撃への対応。そして後退開始時期の選定。次の戦術行動への転移。

 それらをこれから実施する。

 最近では、他の門閥貴族も失敗続きのラインハルトが憐れに思えてきたらしく嘲笑することが無くなり、逆に哀れみの視線で優しい言葉をかけてくる。

 それが悪意の無い本心だとわかるからこそ、ラインハルトにとっては耐え難い物となっていた。敵意の方がまだいい。

 

 

 

 交戦開始を知ったミュッケンベルガー元帥は、またあの小僧かとうんざりした。

 これ以上、艦艇と兵を無様に浪費するようなら宇宙艦隊司令長官として自分の沽券にも関わってくる。今までは寵姫の弟と言うことで多少は大目に見ていたが、もう容赦はしない。

 だからといって同盟軍が手を抜いてくれることはない。ラインハルトの後退に見せかけた遅滞行動を同盟軍は予期していた。

 追撃と戦果拡張は異なる。「追撃とは予定されていたものではなく、戦果拡張は予定されていたもの」と士官学校で学んだ。

「司令部の予測した通りの行動を敵はしているようだな」

 ホーランド少将はヤンたちのたてた予測に乗って網を張り待っていた。そして、獲物がかかって来た。

「よし。始めるとするか」

 ホーランドは攻撃開始の号令をかけた。

 ウィレム・ホーランド少将は、俊英をもってなる提督である。

 ヤンがここをラインハルトの墓場として捕捉撃滅することを念頭において、あらかじめ攻撃計画を準備していた。今こそ徹底した戦果拡張に動く時だった。

 

 

 

 敵のスパルタニアンが襲来する。その報告を受けてラインハルトはワルキューレに邀撃させようとした。当然、彼の麾下に居る戦隊司令達もその様に動き出していた。緊急発艦して行くCSPのワルキューレ達。艦隊を守る守護天使の様に、敵の進攻方向に展開して行く。点滅する光源は、漆黒の闇に美しい幾何学模様を描いている。

 ラインハルトがスクリーンに表示される友軍の光景を見つめていると、報告が入って来る。

「敵編隊離れます」

 こちらに向かっていたはずの敵編隊が散開し、攻撃態勢に入った。そう思った瞬間、急速に反転離脱して行く。

「何だ」

(何かの罠か?)

 そこまで考えた次の瞬間、艦砲射撃が豪雨の様に放たれた。青い矢がワルキューレを粉砕し艦艇に食らいつく。

 スパルタニアンに注意を引き、射界に引きずり込まれた帝国軍は一気に叩かれて、青白い光球が無数に発生した。集束したエネルギーの濁流は、破片をさらに打ち砕き原子の雲へと換えるまで時間をかけなかった。

「前衛が壊滅しました!」

 聞き慣れた報告に対して、ラインハルトの口から呻き声が漏れる。

 最初の一撃で数個戦隊が壊滅した。分艦隊を預かる身としては、看過できない損害だ。

 キルヒアイスがラインハルトに視線を向けると、端正な顔は血の気が失せ蒼白になっていた。

(ラインハルト様の御栄達もこれまでか……)

 アンネローゼを救うと誓った誓いが果たせないかもしれない。その事を考えてキルヒアイスは眉間にしわを寄せる。

 3度目の失敗。もう誰も弁護してくれない事はキルヒアイスにも予想できた。

(そもそも味方など居なかったか)

 自嘲気味の笑みを浮かべる赤毛の副官に注意を払う者など居なかった。

 幕僚たちの表情もラインハルトに変わらず優れない。敵の動きが読めていたなら、いかに気に入らない上官であろうとも、自分の身に危険が及びそうなら進言するはずだ。今回に限っては、敵の方が上手だった。敵だって学習するし、簡単に倒せる標的ではないと言う事だ。

 

 

 

 総司令部でミュッケンベルガーも、ラインハルトが引きずり込まれた瞬間の様子を見ていた。

(いい加減に、あの小僧にはうんざりだ)

 無能な指揮官は存在自体が罪だ。居るだけで部下を殺す。現に今、目の前で3度目の敗北を負った。寵姫の弟に対する特別扱いもこれで終わりだ。もう処断することに対して、躊躇する理由も無い。勝ってさえいればラインハルトの評価も「生意気だが、才気溢れる戦争の天才」と呼ばれる事さえあったかも知れない。しかしながら運命の女神は彼に味方しなかった。ラインハルトに関して高く評価する事は2度と来ないのである。

 ミュッケンベルガーから発散される怒気に触れ、司令部の面々も発言を控えている。

「ミューゼル艦隊、前衛が壊滅。押されています」

「敵艦隊は前進。後背に回り込む模様」

 オペレータが引っ切り無しに報告をして来る。

「何をやっているのだ、金髪の小僧は!」

 たかが数回の実戦経験しかない小僧とミュッケンベルガーでは積んできた軍歴が違う。ミュッケンベルガーの目には、同盟軍がミューゼル分艦隊を捕捉撃滅しようとしているのは明らかだった。怒りで口角を歪ませながらも、寵姫の弟をどう救助するか考え始めた。

 

 

 

 ラインハルトに対応の暇を与えることなく、ホーランドの分艦隊は柔軟な機動性を極めた打撃で、ミューゼル艦隊の屈折点の背後連絡線を叩き、そこを突破目標として細かくラインハルトの戦力を削っていく。

 イゼルローン攻略戦が始まる前の掃除だ。決戦の前に敵兵力の減殺を行う。ラインハルトにとっては悪夢だが、当然の帰結だった。

「撃て撃て。後の事は考えず撃ちまくれ」

 ホーランドは勝利を確信していた。司令部の中も楽観した空気が漂っている。

 波状攻撃で圧倒的火力が叩き込まれ、帝国軍の艦艇が破壊されていく。

 戦闘経過一時間。ラインハルトの構想は崩れ去っていた。

 視界すべてをミサイルとエネルギーが濁流となり襲い掛かってくる。

「戦艦レバークーゼン爆沈」

「巡航艦ゲルゼンキルヒェン大破。離脱します」

「第99駆逐隊壊滅」

 同盟軍から浴びせられる砲撃は、巧みに帝国軍艦艇を沈める。

 損害が続出してひっきりなしに報告が入ってくるが、それだけではない。

『この間抜けが!早く撤退命令を出せ』

 とある艦長はそう怒鳴った後、艦が同盟軍の砲火を浴び通信が切れる。

 傲岸不遜。自分以外を完全に見下した態度をとり続けていたラインハルトの顔は恥辱で真っ赤になっていた。

 衝力を維持するホーランド分艦隊を中々、漸減・摩滅できない。

 どうして、自分の思い通りに敵が動かないのかと、ラインハルトは理不尽な怒りを感じたが、言葉に出すことは無い。そんなことをすれば自分が本当の無能だと晒す様な物だ。

 もっとも、すでに艦隊の幕僚にラインハルトに味方するものはなく、無言の視線が「本当に勘弁してくれよ」「付き合わされるルパートらもうんざりだ」と語っており、重圧となり攻め立てている。しかしラインハルトは何処か上の空で自分の思考に耽っていて周りの視線に気がつかなかった。

(ラインハルト様を止められなかった私も同罪か)

 貴方だけの責任ではないと言われたとしても、ラインハルトの耳に今は届かない。

(おそらく、帰還してからの報告で、ラインハルト様は悪く書かれるだろうな)

 分艦隊司令部を構成する幕僚達。彼らをラインハルトが重用していなかったのは事実だ。

 間違いなく誰も弁護しないとキルヒアイスは確信していた。

 

 

 

 個々の部下も生き残るため勇戦していた。

 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト大佐は、自分の戦艦と僕の所属する駆逐隊を臨時に指揮していた。

「ノルトライン被弾、沈みます!」

 先を進む「ノルトライン」が火球と化す。残骸を避けるため面舵に取り、右舷に転舵する。

「くそ。きりがない」

 スクリーンにも鮮やかな爆発の閃光が艦内を照らし出す。

 巧妙な操艦で生き残っている「ミステル」だが、ビッテンフェルト大佐との連携で敵の戦艦3隻、巡航艦4隻を屠っている。

(まあ焼け石に水なのが明らかだな)

 僕の指揮する駆逐艦「ミステル」も砲火に晒されている。

 駆逐艦1隻なんて大局の中では風に煽られる木葉の様に無力だ。ビッテンフェルト大佐からの協力要請は渡りに船だった。

 問題は艦隊司令官だ。

 僕の見たところ、3度も負け戦が続くようでは十分無能だと言えた。

(まさか、ここまで叩かれるとはな)

 自分までラインハルトの巻き添えで死ぬのは許容できない。上官の命令には服従するが捨て石になるつもりもない。

(保険を賭けておくべきだな)

 通信士にイゼルローン要塞で待機している友軍と連絡を繋げるよう命じる。

 

 

 

 ラインハルトは鼻柱をを折られ、完膚なきまでに叩きのめされた。

 同盟軍の策でミューゼル分艦隊は見るも無残、わずか1時間で100隻にまですり減ていた。直衛のワルキューレも数を減らし、数で勝る敵を食い止めようと奮闘している。

「もはや、これまでなのか……」

 口惜しいと後悔しても遅い。

「ラインハルト様!」

「ヴァルハラで姉上を待とう」

 貴族社会を倒す。姉を助ける騎士としての自分に酔っていた。

 旗艦を護るためでなく生き残るため、個艦がバラバラに戦っている。

「ロストック被弾」

 報告と共に、旗艦の左舷にいた巡航艦が爆沈する。

 上下左右から、同盟軍の駆逐艦とスパルタニアンが襲いかかってくるのが見えた。

 もう終りだ、艦橋に居た全員が思った。

 だがこの攻撃は救出に来た帝国艦隊に阻止され手痛い打撃を受ける。

 ミューゼル分艦隊に止めを刺そうとしていたこの行動は、世に有名な主砲3斉射で吹き飛ばされた。

「友軍です!」

 艦橋内に喚声が沸き起こる。

 ミュッケンベルガー元帥は高潔な軍人で、友軍を見捨てるなど唾棄すべきことと嫌っている。

「寵姫の弟を見殺しにしたとなれば、閣下の栄誉に傷がつきます」と誰かが囁けばすぐに救出の兵を割くつもりだ。だが一方で、今ここであの小僧を処分した方が帝国にとって人的被害を抑えることになるのではないかと内心で囁く声を無視できなかった。

 しかし幸いなことにその葛藤は短時間で終り、問題は解決される。

 独断専行という形で一部の戦隊が救出に出張ってきた。

「あの艦隊の指揮官は誰か」

「オスカー・フォン・ロイエンタール大佐と、ウォルフガング・ミッターマイヤー大佐の戦隊です」

 間一髪で救出されたことを知りラインハルトは艦隊の集結を命じる。

 死者の数は生者の数を数えた方が早い。

 友軍を収容した帝国軍は整然と引き上げていく。

 結局、ラインハルトが自ら招いた危地を脱したのは、己の才覚でなく、ミッターマイヤーとロイエンタールの活躍によってだった。

 今後、ラインハルトに従う兵はいないだろうことは明らかとなった。

 これほどまでに連敗を繰り返した指揮官に誰が命を預けられるだろうか。艦隊指揮官としての技能は大いに欠けている。皇帝から預かった艦艇と兵をむざむざと失いこれは許せる物ではない。

 

 

 

 FTLの回線が、駆逐艦「ミステル」で開かれる。

『ルパート怪我は無いかい?』

 敬礼する僕に、ミッターマイヤーは開口一番にそう尋ねた。

『危ないことはしちゃいけないと言っただろ。際どい所で間に合ったから良いけど、無事でよかった』

 心から安堵したようで、それは弟を心配するただの兄の姿だ。

「救援に感謝します。ミッターマイヤー大佐」

 部下の目があるので、僕は形式ばった口調で応対し合図する。

 兄さんに、おやっという表情が浮かぶが気づいて口調を改める。

『貴官の救援要請を確かに受け取ったからな』

 本来なら指揮系統を無視しているが、ミューゼル准将から撤退指示も救援要請も出ていない。だから僕は、自分自身が生き残るため、藁にもすがる思いで兄に連絡した。ミューゼル准将の評価はとことん落ちる所まで落ちているし、今更、顔を潰すなど考えなくてもよかった。どうせなら過去の結果より、未来と現在をより大切にするべきだ。

『帰ったら報告を聞こう』

「はい」

 ようやく一息がつける。

 ラインハルトへの懲罰は大佐に一階級降格され、一艦長として戦場に残るようにされた。

 このことを知ったベーネミュンデ侯爵夫人シュザンナは薔薇の蕾が咲いたような笑顔を浮かべ大いに喜んだとのことである。さらに最近では、皇帝の足がグリューネワルト伯爵夫人アンネローゼの館に向かうことが少なくなり、シュザンナの元へおもむくことがある。小鳥は暖かい巣へ帰り着いたのだ。

 

 

 

 いわゆる宇宙戦争での艦隊戦は、WWⅠレベルの戦術で艦隊がぶつかり合い、殴り合っている。

 三次元になっても、艦隊の統制から、極端に複雑過ぎる艦隊運用はできない。

 ワルキューレやスパルタニアンも、かつての航空優勢のように絶対的に対艦攻撃で優れているわけではない。どちらかと言うと、大艦巨砲主義でもない。ただの数のぶつかり合いで、生命と資源の消耗戦であり浪費だ。

 そして今も壮大な消耗が行われている。

 12月1日。帝国軍2万隻に対し同盟軍3万隻が対峙し、第6次イゼルローン攻防戦は前哨戦を終え本格的に始まろうとしていた。

 同盟軍は帝国軍の一角が崩れば、そのまま一緒に“雷神(トゥール)のハンマー”の射程内になだれ込むつもりだ。帝国軍も引きずり込みたいが混戦は避けたい。そこで一進一退の駆け引きが続いている。

 ミューゼル分艦隊を前哨戦で失い帝国軍の士気が疑われた。

 勿論、その程度で帝国の威信が揺らぐことは無いが、ミュッケンベルガー元帥は危険を顧みず友軍救出に活躍した、下級とはいえ帝国騎士の称号を持つオスカー・フォン・ロイエンタールと平民出身のウォルフガング・ミッターマイヤーの勇気を評価して誉め称え賞賛し准将に昇任させることで、貴族・平民を問わず全員の戦意を鼓舞した。「成功は栄誉と報酬を生む」と。

「見え透いた手だ」

 ロイエンタールはミッターマイヤーにそう言った。

 FTLを通しても金銀妖瞳(ヘテロクロミア)の友人が冷笑してるのが伝わってくる。

「まぁな」

 ミッターマイヤーとロイエンタールの戦隊は、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将の指揮下で、予備隊として待機している。

『それにしても、毎度毎度飽きもせず、幾ら沈められてもやって来るな』

 要塞があるなら攻略しなくてはいけない、という強迫観念を植え付けられているようだ。

「まったく馬鹿らしい。敵ながら憐れだな」

 メルカッツ大将の戦闘指導は的確で、戦力で勝る同盟軍を翻弄し混戦にはさせず、確実に“雷神(トゥール)のハンマー”の射程内に引きずり込みつつある。

 今回も、グリンメルスハウゼン艦隊が機動打撃を行う予定だ。そうなれば2人も投入される。

 矢が弦から放たれるのを待っていた。

『老人たちの戦争だからな。気が長いさ』と辛辣に評価するのを、ミッターマイヤーは苦笑しながらも頷き同意を示す。

 あの輝く光点の中で彼の弟も闘っている。

 

 

 

 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト大佐は、他人をチェスの駒のように使おうとする上官が嫌いだ。

 自分は下の事を考えられる軍人になりたい、そうあるべきだと考えている。だから、ラインハルトの事を毛嫌いしているし隠そうともしていない。

 先の戦闘で帰還後、ほぼ壊滅したミューゼル分艦隊が解隊された時は清々した気持ちになり、「やっとあのあほと別れられる」と人目も憚らず大声で言っていた。

「人の悪口を言う時は大声」が家訓で気持ちのいい男だ。

 僕たちミューゼル分艦隊の生き残りは、古巣のグリンメルスハウゼン艦隊に配属されると思われていたが、メルカッツ艦隊に配属された。「オーバーエスターライヒ」「インスブルック」「シュタイアーマルク」と言った駆逐艦と共に「ミステル」もいる。

 ビッテンフェルトは威勢良く、「進め進め。我が黒色槍騎兵艦隊(シュワルツ・ランツェンレイター)の前には勝利か完全な勝利しかない!」と指揮していた。

「ビッテンフェルト大佐は何を言ってるんでしょう?」

「気にしては駄目だよ」

 僕はスルーする事を先任士官に薦めた。

 確かに僕らの所属する駆逐隊は引き続きビッテンフェルト大佐の指揮下に入るが、黒色槍騎兵艦隊(シュワルツ・ランツェンレイター)は意味不明で理解できない。

 ミューゼル准将よりは素直でいい人だが、ちょっと……いや、かなり頭のネジが緩んだ人なのか、出港の忙しい時間に「全艦、艦体を黒一色に塗装するように」と通達してきた。

 勿論、拒否したさ。

 

 

 

 ラインハルトは不快そうに蒼氷(アイス・ブルー)色の瞳を嫉妬と怨嗟に濁らせ、ビッテンフェルトの戦艦を眺めていた。

 自分より格下だった男は、戦艦1隻と1個駆逐隊の小規模ながら戦況に影響できる戦力を与えられている。

 対する自分はどうだ。全てを奪われて残されたのは戦艦1隻の艦長の椅子。身から出た錆……そうかもしれんが、この差は酷い。

「あの艦の艦長は、ビッテンフェルトと言ったか。何歳ぐらいの男だ?」

 傍らの友人に問いかける。

「確か27歳と言ってました」

 キルヒアイスは解隊の時、自室に閉じこもっていたラインハルトに代わり副官業務として、生き残った分艦隊の各戦隊司令、駆逐隊司令、艦長など各級指揮官からの罵倒や憎悪に満ちた報告を一身に受けていた。弁解も弁護も出来ず、あれは苦痛だった。

「猪突猛進に見えますが、よく兵の事を考えている人物でした」

 そう、ラインハルトとは違う。一般兵の事を考えていた。あの熱い思いにキルヒアイスは揺さぶられた。

「ふん」

 ラインハルトは面白くも無さそうに返事をすると、思考を切り替える。

(これは陰謀なんだ。年齢に対し若くして准将まで出世街道を驀進した俺の栄達を嫉妬した陰謀だ。くそ、宮廷の誰かが裏で手を引いているに違いない。きっとベーネミュンデ侯爵夫人か門閥貴族の辺りが仕組んだに違いない。そうに決まっている。畜生め、許さんぞ! 俗物ども。それ程、自分たちの地位にしがみつきたいか。なるほど、俗物は俗物で俺のような天才に脅威を抱いているのか。いいだろう。貴様らの思い通りになどはならん。生きて帰って復讐してやる。必ず、必ずだ!)

「神よ、何ゆえに我を見捨てたもうや」と何やら、ぶつぶつ言い出したラインハルト。

 金髪の親友に剣呑な空気を感じ赤毛の友人は少し距離を置き離れる。

(ラインハルト様は、まだ自分を省みられていないのか……)

 ラインハルトの呟きを耳にしてキルヒアイスは眉をひそめる。自分の失敗を他人のせいにするなと声を大にして言いたかったが、堪える。ラインハルトの味方は自分しか居ない。そこで自分が注意などしたら、彼は裏切られたと心を閉ざしてしまう心配があった。

(アンネローゼさま……私は約束を護れるでしょうか……)

 幼き日の約束を忘れた事はない。だが、このままラインハルトに付き従って良い物かと考えてしまうキルヒアイスだった。

 

 

 

 計画されたことを実施すると言うことで、いい意味でも役所仕事なロボス元帥は優れた処理能力を持っている。

雷神(トゥール)のハンマー”の射距離の限界、つまり原点に始まり昇弧・最大弾道高の最高点・降弧を経て落点を描く砲外弾道における終末の要素たる垂直公算誤差を割り出した射距離散布の外、で同盟軍は「D線上のワルツ・ダンス」という艦隊運動を行っており、見事な動きと帝国軍の諸将を唸らせた。

 帝国軍も流れを変えようとしていた。

 そして、それはグリンメルスハウゼン艦隊の迂回機動による側面攻撃で決定的になる。

 これに対し、対応するため同盟軍の一部は回避するため回頭するが、そこへ“雷神(トゥール)のハンマー”が放たれ、文字通り粉砕していく。一撃で数千隻が消滅したのだ。

 さらに衝撃波が周囲の艦艇を襲い、巻き込まれ爆沈していくのが見えた。

「いまだ突っ込めぇ!」

 2210時。メルカッツ艦隊も予備隊を前面に出し攻勢に出る。

 先陣を切るのはミッターマイヤーとロイエンタールの双璧。連携の取れた2つの艦隊は、矛の切っ先としての役目を果たし、同盟軍の戦列へ深く食い込む。

 果敢に同盟軍も抵抗するが勢いが違う。

「突撃だ! 突撃!」

 ビッテンフェルトも友軍の奮闘に奮い立ち、勢いに乗って乗艦を前進させている。

 僕は駆逐艦「ミステル」でその一部始終を最前列で鑑賞していた。

「うん。大した物だ」

 迫り来る敵の砲火は、友軍の攻撃に圧され勢いが弱い。これも双璧の導き出した戦果と言える。

(どうでも良い事だが、三次元の宇宙空間で「敵側面を突け」の号令だけで動けるって凄いよな)

 そんな事を考えながらも、敵の艦載艇から主力艦を守ろうと防空網を張ったり、向かって来る対艦ミサイルの迎撃と大忙しだった。

 日付が12月2日に変わる頃。同盟軍が待ち望んだ混戦が展開されつつある中、ラムゼイ・ワーツ少将とキャボット少将の分艦隊に護衛されたミサイル艇の群れが浸透突破し、イゼルローン要塞に取り付き、同盟軍主力に向いた“雷神(トゥール)のハンマー”の方位角・射角の死角から多弾頭核融合ミサイルを放った。

「いけえええええ!」

 放たれたミサイル群は流星雨の様に軌跡を描く。

「敵駐留艦隊向かってきます!」

 ワーツ少将とキャボット少将はようやく気付いた駐留艦隊の迎撃を受ける。

 中和磁場を敵の砲火が叩く中、スクリーンには要塞に向かって飛翔するミサイルが光点となって映し出されている。

(頼むぞ!)

 しかし効果は薄く、要塞外壁部に近づけたにも拘らず表面に穴を開けることはできなかった。

 状況が混沌として長期戦の様相を呈し、無尽蔵な消耗が繰り返されていた。

 そんな中、幸いな事に双方において冷静に現状分析を行う者と、その結果を意思決定の場で反映できる者がいた。

 同盟軍では前者がヤンやフォークであり後者がグリーンヒル大将で、帝国軍では前者がシュターデン少将で後者がミュッケンベルガー元帥だ。

「これ以上の継戦は無駄だ」

 その結論に達した両軍は、12月5日には、それぞれの支配宙域に引き返し補充・再編成が行った。特に帝国軍では、それを求める要因があった。

 グリンメルスハウゼン大将の旗艦が偶然という流れ弾で撃沈され提督が戦死したのである。

 一時的に混乱した物の、メルカッツ大将が指揮権を迅速に引き継いだことで敵には気取られなかった。メルカッツ大将はさらに、ミッターマイヤーとロイエンタールに同盟軍後背の連絡線遮断を命じる。

 この行動は、同盟軍に予想以上の効果があったようで、12月7日1740時、同盟軍の全面撤退をもって第6次イゼルローン要塞攻防戦の狂宴は終わる。

 

 

 

 

 氷がグラスの中で溶け音を立てる。

 イゼルローン要塞の数多い隊員クラブの一つで僕は今回知己を得た男たちと杯を傾けている。お疲れさまの慰労を兼ねた飲み会だ。

 駆逐艦「ミステル」がイゼルローン要塞に戻るなり、兄さんに捉まえられた。

(まだ仕事は残っていると言うのにな……)

 当直を押し付けることになってしまった副長達には、土産を買っていこうと考える僕の耳に、賑やかな喧騒と注文を繰り返す声が聞こえる。

「今回も疲れたよ」

 馬鹿な上官に付き合わされてと内心付け加えながら、ため息混じりに言った僕に枝豆をつまんでいた兄さんが問いかけてくる。

「で、装甲擲弾兵の方に戻るつもりなのか」

 元々、装甲擲弾兵を目指して居た事を知っている。

「艦隊戦は懲り懲りだよ」

 何しろ人が死にすぎる。陸戦なら自分の技量で多少は何とかなるが、艦隊戦だと自分の生死すらどうすることもできない。

 応用できない未知の世界。不安に苛まれる。

「何言ってる、黒色槍騎兵艦隊(シュワルツ・ランツェンレイター)を抜ける事はゆるさんぞ」

 ビッテンフェルトがブルストの刺さったフォークを片手に僕の背中を叩く。ビッテンフェルトは、隊員クラブ入る僕達を見つけて合流してきた。副官のオイゲンも一緒だ。

(黒……何だって? 変な宗教団体か。仲間だと思われているらしい)

 ロイエンタールがシニカルな笑みを口元に浮かべ、グラスを口に傾けている。いい男は絵になるなぁなどと思いつつ答える。

「とりあえず、帰るまでには考えておきますよ」

「まぁ、当分は戦もないだろうな」

 兄さんの言葉に頷き、メニューを手に取る。これから先のことは後で考え、今は生き残ったことを素直に喜ぼうと考えを切換える。

(さて、何を注文しようかな)

 僕の意識は食欲の方に向けられた。

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