「ごちそうさまでした……」
そう言ってそそくさと即席の食卓を去ってしまうまだ新入りの少女。
物憂げな様子で、使った食器を川辺へと持って行く。
聖槍と謳われるあのロンギヌスをルーツとするキラープリンセスとは思えないくらいに、その背中は小さい。……まるで触れたら壊れてしまいそうなくらいに。
「ホント、見た目は可憐な女の子なんだけどね……」
なんとなく独りごちると、隣から「うむ!」と同意の声が聞こえる。
「見たところ、食が細い様子……。あれでは、力が出ぬのではないか?」
「オゥ! ご飯いっぱい食べないとハァピーになれないヨ! マサムネは良いこと言うネ☆」
「……ていうか、そんな気にしなくても良くない? あ、マスターおかわり」
同じくキラープリンセスのマサムネとフライクーゲルは僕と同じくなんとかしたいみたいだが、レーヴァテインのほうはいつも通りやる気なしだ。どこにあるんだ、やる気スイッチ……。
茶碗におかわりをよそってやるとレーヴァテインは小さく「ありがと」と言ってガツガツと食事に没頭する。思えばこういうときくらいしか彼女の笑顔は見てないかもしれない……。
しかし、考えてみれば、僕はまだキラープリンセスたちのことを理解できていないのかもしれない。
戦いにおいては、彼女たちの力は必須だ。マスターなどと呼ばれても、結局僕にできることは、異族と呼ばれる脅威を退けるために彼女たちを引き連れるだけだ。連携を的確にするために戦闘訓練も行っているし、実戦だって何度も行ってきた。
けれど、僕にはまだ足りないのだ。彼女たちの真の力を引き出すためには、決定的に何かが欠けている。
それが何かは分からないけれど……。きっと、このロンギヌスのことだって、それに繋がっている。そんな気がするのだ。
だから僕は、ロンギヌスと打ち解けなければならない。それがマスターとして彼女たちを率いる僕に課せられた使命なのだ。
「……なるほど。だったら僕は、逃げ出すわけにはいかないな……!」
突如立ち上がり拳を握る僕に、プリンセスたちの白い視線が突き刺さる。
が、そんなものは無視する。ロンギヌス、彼女を救う。今の僕はそれだけに生きる。
カチャリ……、そんな音が水辺から聞こえる。川縁でロンギヌスが食器を洗っているのだろう。
そんな彼女の周囲に、何かがあるような気がする。それは、防御壁のような障壁のような、言うなればバリアのような何かが……。
それを生み出しているのが彼女の内なる拒絶心なのだとすれば、それを打ち破るにはどうすればいい?
考えろ……。生み出しているのは、心……。
……待てよ。心か。だとすれば……。
僕は胸の内に浮かんだとある妙案の成功率について熟考を始めた。
――
パチリ、焚き火の薪が小さく爆ぜた。
時刻はすっかり夜更けになった。
僕はというと、揺らめく炎を見ながら機を待っていた。
「ねぇ、マスター? そんな格好してるとなんだか悪巧みしてるみたいだヨ?」
「え、そうかな? どう思うレーヴァテイン?」
訊くや否や不満げな声が返ってきた。
「……なんで私に訊くの? どうでもいいし」
「じゃあ、マサムネは……?」
「ふむ……。何か崇高なことを考えているかのようだが、主君、何を考えているのだ?」
崇高、か。それもあながち間違いではないかもしれない。
僕は岩に座り込んだ体勢で膝の上に腕を立てている。両手は組んでいるのでその上に額を乗せ視線は焚き火を見るように視線を低くしている。
どう見ても考え事をしている立派なマスターの姿勢である。異論を挟む余地などこれっぽっちも存在しない。
「良い質問だ、マサムネ。良いだろう、その質問に答えてあげよう。僕はね、マサムネ……」
僕は少しだけ間を作った。案の定、マサムネは食いつくように前のめりになった。
「ロンギヌス、あいつを……」
ゴクリ。そんな生唾を呑むような音が聞こえる。
「くすぐりに行こうと思うんだ」
え? 声を上げたのはフライクーゲルだろうか。僕は構わず話を続ける。
「くすぐりと言っても、これは遊びじゃない。ロンギヌスには先にテントに戻ってもらった。今頃熟睡中だろう。つまりは完全な無防備状態……」
「た、確かに如何なる達人も睡眠中は無防備になるという……。まさかそこへ攻撃を仕掛けると……?」
「僕だって心は痛むよ。けど、睡眠中なら拒絶心など発生しようがない。ロンギヌスの防御膜を打ち破り、打ち解けるためにはこれしかないんだ……」
「しゅ、主君……ッ! そんな恨まれるようなことまで……ッ! 全ては拙者たちや姫たちのために……ッ!」
そんな遣り取りをレヴァとクーゲルが冷ややかな眼で見ているのは何故だろうか。いや、ロンギヌスのことを思えば冷ややかにもなるか。それもそうか。
「これは高度で危険な特訓だ。僕は人でなしのマスターだと思う。だが、ロンギヌスの成長のためには涙を飲むしかないんだ。……僕にはこんな手段しか思いつかなかったんだ。不甲斐ない愚かなマスターと笑えばいい」
「いや、主君は立派な主君だと思うぞ。そんなに思い悩んでまで決断をするとは……! だが、信じているのだろう? ロンギヌスを」
「ああ。あいつならきっと耐えられる。そして、気づくはずだ。あの防御壁の無意味さに。そうすればきっと打ち解けられる。僕はそう、信じているんだ……」
マサムネは僕を信奉するような視線で見上げてくるが、レヴァとクーゲルの視線は冷ややかを通り過ぎてなんだか鋭利な刃物のようでもあった。そうか、これが僕の選択が生んだカルマなのか……。
「マスター、セクハラは程々にネ」
「……私になんかしたら、斬り落とすから。それじゃ……」
捨て台詞の意味は良く分からないが……。
「主君、拙者にも高度な訓練を施してはもらえないだろうか……」
と、マサムネだけは好意的だった。とはいえ、少し心が痛むのは仕方がないのかもしれない。
「分かった。けど、そのときは僕のこと、恨まないでくれよ……?」
マサムネはキラキラと輝くような笑顔で強く頷いた。なんだかふりふりと尻尾を振りまく大型犬みたいに思えてしまって、僕は少しだけ気が緩んだ。
こんな僕を無防備に信じてくれる。マサムネは素晴らしい仲間だ。いや、マサムネだけじゃない。
レーヴァテインはいざ戦闘になれば誰よりも戦果を上げてくれるし、フライクーゲルは広い射程を生かしたバックアップで味方の窮地を幾度も救ってきた。
そうだ、僕たちのパーティは素晴らしいチームだ。ロンギヌス、君ももう、このチームの一員なんだからな。
――
僕の心臓はバクバクと鳴っていた。それもそのはず、ここはロンギヌスの寝るテントだ。
天幕一枚隔てた先に女の子が無防備に寝ているんだ。僕は今更そんなことに気づかされた。
だが、ここで止まることができるのか? 断じて否である。
ロンギヌスは打ち解けていない。それはおそらく彼女の恐怖心や緊張に起因している。
それを覆すには行動が必要不可欠なのだ。その扉を開けるには、彼女本人か誰かがこじ開けてやらねばならないのだ。
ならば問おう。その扉を開けるのは誰か。いたいけな少女にそれをやらせるのか。僕はそれを許容できるのか。
僕は彼女を救いたい。そのためなら、何にだってなってやる。僕はマスターなんだから。
震える指で、天幕をめくる。
物音一つしない。すっかり熟睡しているのだろう。
暗がりから少女の小さな背中が見える。可愛らしい寝息が聞こえてくる。
ゴクリ。生唾を呑み込んで、僕はテントの中に這入る。
膝立ちで一歩一歩近づくが、ロンギヌスが目を覚ます気配はない。
肩が少女の呼吸に合わせて上下している。
僕はその身体にそっと、手を伸ばす。
まずは、首だ。
人体の急所が詰まった大事な部位だ。その分感覚神経も鋭敏でくすぐりに対する抵抗力も少ない。
すぅ……。
うなじの部分を撫でるように指を滑らすと、ロンギヌスの肩がびくりと震えた。
さすがに起きてしまったかと僕は身体をこわばらせてしまうが、それ以上の変化は起こらない。
ロンギヌスは、そのまま何事もなかったかのように眠り続けている。
すすすぅ……。
もう一回撫でてみた。
「う、んぅ……」
少し鼻にかかるような細い息を漏らすが、やはり起きない。
この程度では刺激として足りないと、そういうことかもしれない。
いいだろう。ならば、その先を味わわせてやる。
つぅ……。
首筋を辿り、肩へ。さすがに衣服の中へ手を突っ込むのは躊躇われたので、衣服の上からなぞるように触る。
「んにゅ……」
寝返りを打ち、仰向けになるロンギヌス。心臓が口から飛び出そうになったが、少女の反応はそれだけだった。
そして、大変なことに気づいてしまう。
……隙がない。
仰向け。それだけの体勢移行で背後という死角が消え去った。無意識なのか分かっていてやっているのか。いずれにせよ、ここからの攻撃は生半可では許されなくなってしまった。
次に狙うべきは何処だ……?
まず目についたのはお腹だ。
普段から手や衣服に守られているが、臓器を守る大事な部位に変わりなく、また普段から衣服に包まれているため人肌などの直接的な接触に対する抵抗力は低いはずだ。攻撃としては有効だろう。だが、こちらにも隙ができてしまう。お腹を触ろうとすればその下にはどうしてもロンギヌスの手が位置しているのだ。
つまり、ロンギヌスが起きた場合、掴まれやすい。こちらの防御力を著しく削ることになるのだ。
そこまで計算してこの姿勢を取ったというならば、この少女の評価を改めねばなるまい。まさしく聖槍の名に恥じない勇敢な少女であると、そう評さねばなるまい。
だが、こちらの攻撃手段が一つしかないと思ったら大間違いだ。
手は布団の上に置かれているが、その下には布団ごしの空間がある。布団は柔らかい素材だ。ゆえに形を変えやすい。つまり、潜るように僕が手を伸ばせばその下を掻い潜ることだってできるのだ。
つまり、狙うは脇腹!! これこそが、導き出された唯一の答え!!
ズザザァァ!!
そんなふうに潜り込んでロンギヌスの脇腹へ指先が触れる。
その瞬間――。
「ふ、ふぇぇぇぇぇ!!!」
突如飛び上がるようにして起き上がった、ロンギヌス。その所作はなんなら戦闘中よりも機敏かもしれない。
「な、なななな何してるんですかぁ、マスター!?」
「何と言われても……。僕はただロンギヌスの脇腹に触ろうとしてただけだけど」
「なな何言ってるんですかぁ!? ダメダメダメ駄目ですよ、絶対に駄目ですッ!!」
「そんなこと言われても困る。じゃあどこなら触って良いの?」
「良いとこなんてありませんよぉ! マスターの馬鹿ぁ!! うわぁ~ん!」
枕を投げつけられ、ロンギヌスはテントを飛び出して行ってしまった。
「おや? 何があったのロンギヌス」
「フ、フライクーゲルさん聞いてください!マスターが……、マスターがぁ……!!」
「……へぇ~。まったく、それは酷い話ネー。あとでアルテミスにう~んと叱ってもらっちゃおう☆」
その後、ロンギヌスは仲間たちと少しだけ打ち解けるようになり、それからさらにその後アルテミスからお説教されたりウィリアムテルされたりしたけれど、それはまた別の話である。
お久しぶりです亘里です。ランク150になりました。
それはともかく。今回はロンギヌス回です。
前回のアルテミス回のちょっと前に行われていた遣り取りがこんな内容だったよというお話です。
オチが上手くいかなかったのでちょっと拍子抜けっぽい終わり方かも。
構想してたときはそうでもなかったんだけど、書いてみるとなんだかなーっていうのは創作あるあるな気もしますが、改善できるようがんばります。
あと、シリアスパートに広げすぎたかもしれません。ちょっと前回と雰囲気違うな、嫌だな、って人はごめんなさいでした。
しかし、書いててマサムネが可愛すぎてどうしようもないです。
あと、タガタメもやってます。もう少しシナリオ考察が進んだらなんかやるかも。
そんなこんなでお楽しみいただけたら幸いです。次回のマサムネ回(たぶん)でお会いしましょう。ではでは。