恋姫異聞 白武伝   作:惰眠

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サブタイトルって難しいですね…

ムリにつけようとするもんじゃない、ということを実感しました…




九 砦にて

 

 盛り上がった熱が下がり、落ち着いたところで、仲間を見渡していた賊の代表の男は振り返ると、丁延に向かって拱手して、頭を下げた。

 

「こういうことになった。残った者たち全員であんたらに従うことを俺の名にかけて誓う。俺の名は、郭平(かくへい)、字は安進(あんしん)、真名を坦海(たんかい)という。よろしく頼む」

 

 その言葉に、その場にいたほぼ全員が驚きを露わにする。代表の男――郭平が真名を名乗り、真名(それ)にかけて誓いを述べたゆえの驚きだった。その誓いの言葉に込められた決意は、聞いた者をして無意識に居住まいを正すほど強く、特に背後にいる賊の仲間たちは、自分たちの代表である郭平の思いに圧倒されていた。それは覚悟であり、その強さは賊徒たちをして身を引き締めるものだったのだ。

 そしてその思いは丁延を始めとする丁里荘の面々にも――ただ一人錬だけは今一つ理解が及んでいなかったが――伝わっていた。だから、丁延も神妙に拱手で挨拶を返す。

 

「承知した。村々との橋渡しは請け合おう。俺の名は、丁延、字は長基。真名は預けんが、郭安進、おまえの覚悟は信頼しよう」

 

 それに続けて、李壮、錬、李豊、楽就も名乗ると、改めて丁延が話を続ける。

 

「ところで、全員と言ったが、実際に何人いるんだ?」

 

 その疑問に、少し待ってくれと答えた郭平が、指示を出して仲間たちを整列させて、その人数を確かめる。

 

「…113人だな」

 

「…あちらは?」

 

 人数の報告に、その整列に加わらなかった人々を見ながら錬が聞くと、郭平は気まずげにしながら、

 

「…下働き、といったところだ。彼女らは賊徒ではないのでな…」

 

 そう答える。その言葉通りに、年齢は様々ながらその全てが女性である。その十数人の女性たちは、賊徒からも錬たちからも距離を置いたところに身を寄せ合って集まり、怯えた表情を浮かべている。

 その様子を見て、丁延は得心がいったかのように嘆息すると、李豊へと声をかける。

 

「季宛、あの人たちの対応を頼めるか?」

 

「はい、分かりました」

 

 丁延が気付いたことに、李豊も思い至ったのだろう。李豊は素直に頷くと、その女性たちのほうへと向かい、微笑みかけながら話しかけている。

 その様子を横目で見ながら、思い至れなかった錬が隣にいる李壮に疑問を投げる。

 

「…どういうことなんですかね?」

 

「…(さら)われた人たちなんだろう。下働きとか、ほかのこととか、そんなことをさせるために生かされていたんだろうな…」

 

「…聞くんじゃなかった…」

 

 言いにくそうながらも答える李壮の言葉を聞いて、げんなりとした表情を隠すことなく、錬は吐き捨てた。

 そして気持ちを切り替えるようにして、丁延と郭平の会話へと注意を向ける。

 

「…113人? 藤泉里で聞いた話では200人近くいるとのことだったが、数が合わないな」

 

 丁延が不審に思うのはもっともだ。

 もともとの賊の数が200人いたとして、錬に斬り捨てられたのが約30人とすれば、残り170人近くはいるはず。丁荘里からの逃亡に近い撤退に際して逃亡した者がいたとしても、5、60人近い人数が消えてしまっている、ということになる。それは少々どころか、かなりおかしい。

 それに郭平が答える。

 

「足りない人数は逃亡した…というより、他の勢力に走った、というほうが近いな」

 

「どういうことだ?」

 

「丁荘里を襲いに行った奴らが戻ってきてから、全員で話をしたんだが、意見がまとまらなくてな。(かしら)や仲間をたったひとりで斬り殺せるようなのが丁荘里にはいて、俺たちはそこに喧嘩を売った。なら、遠からず討伐されるかもしれない。そうなる前に、逃げて生き長らえようという考えと、他の勢力の助けを借りて牛耳(ぎゅうじ)ろうという考えの、ふたつに割れたんだ」

 

「なるほど、そういうことか…」

 

 丁延も、横から聞いていた錬も李壮も、理解して頷く。

 

「え、と、どゆこと?」

 

 そう疑問の声を上げたのは楽就で、それに錬が答える。

 

「要するに、賊の中の血の気の多い連中が、丁荘里に仕返しするために他の賊に手助けを頼みに行った、ということだよ」

 

「えっ、それって大事(おおごと)じゃないっ」

 

「まあ、そうだな。それで、郭安進、その賊の根城まではどのくらいの距離がある?」

 

 楽就の驚きをあしらうようにいなして、李壮が郭平へと聞く。

 

「ざっとだが、100里くらいだろうか。あいつらが出てったのが今日の昼前だったから、取って返したとして、戻ってくるのは早くても明日の夕刻以降だと思う」

 

「それで、そいつらもあんたらのように考えを改めることがあると思うか?」

 

「…ないだろうな」

 

 李壮の問いに、郭平は首を振る。

 

「出ていった奴らは、丁荘里(あんたら)を襲撃した奴らがほとんどなんだが、もともと藤泉里や高丹里と食糧とかを上納させる交渉をしたことで、略奪する必要はなくなっていたんだ。それなのに襲撃をしようとした、血の気が多い、というよりも血を好む連中なんだよ。そんな奴らでも仲間だった奴らだ。こんなことは言いたくはないが…」

 

「…更生する可能性はない、か…」

 

 郭平の言葉を受けた錬の呟きに、郭平が頷き、それを見た錬が吐き捨てるように言う。

 

「…なら、叩きのめすほかないな」

 

 その言葉に、郭平は苦しそうに、哀しそうに、顔を歪ませるが、

 

「覚悟を決めろ、郭安進。あんたはもう守る側になったんだろう。それなら襲い来る奴らはあんたの敵だ」

 

 錬のその言葉に、口元を引き締めて頷いた。

 

「ところで、さっきの話の交渉をしたっていうのは、あんただったのか?」

 

「ああ、少しでも犠牲を減らせたらと思ってな。まあ、偽善に過ぎないことは分かっちゃいたが…」

 

 丁延の問いに、郭平は自嘲気味に答えるが、

 

「いや、それでもそれが藤泉里の人たちの気持ちを和らげたことに間違いはない。あんたが残党をまとめるのなら受け入れることも許容しよう、というのが村長の意見だ。そういう意味でも、あんたが残っていてくれたことは都合がよかったな」

 

「…そうか、そんなことでも無駄ではなかったか…」

 

 感慨深げな呟きが郭平から(こぼ)れた。

 

 

 

「失礼しますね、ちょっとよろしいですか?」

 

 丁延に言われた李豊は微笑みながら、その女たちに声をかけた。

 かなり気を使ったつもりだったが、それでも女たちは、びくりと身体を震わせる。その様子にいたたまれなさと腹立たしさを覚えながらも、李豊はそんな感情を面に出さないように注意して、柔らかな口調を心掛けながら更に続ける。

 

「怖がらないでくださいな、私たちはあなたがたに危害を加えるものではありません」

 

「…あんたらは、どっかほかの賊じゃないのかね?」

 

 恐々と、中でも年嵩(としかさ)だろう女が聞く。

 ああ、逃げ出した連中が戻ってきたのかと思ったのね…そう気付いた李豊は、殊更に柔らかさを意識して微笑む。自分にそれは苦手だと理解してはいたが、それでも同じ女性だということで女たちに与える安心感は大きなものだったようで、

 

「いえ、私たちは丁荘里の者です。()()()()()匪賊(ひぞく)を退治に来たのです」

 

 李豊がそう告げると、

 

「え、隣村の?」

 

「それじゃ、あたしら、解放されるのかい?」

 

「ほ、ほんとにかい?」

 

 などと、半信半疑な様子で、かすかな希望を乗せた言葉を口々に上げる。

 

「はい。少なくとも、もうあなたがたが不当に虐げられるようなことはありません」

 

 頷きながら告げられた李豊の言葉に、女たちは安堵のあまり脱力してしゃがみこみ、中には泣き出すものさえいる。

 

「それで、これからのことですけれど…」

 

 落ち着くのを待って、李豊はそう声をかける。

 

「なにかお望みがあればお聞きしますが。どうやら藤泉里や高丹里の方もおられるようですし、それぞれの村にお帰りになられるのでしたらお力添えもいたします。もちろん、いますぐに急いでお決めになられなくとも構いませんので…」

 

「あの…」

 

 李豊の、あくまでも丁寧で親切な言葉を聞いて勇気を出したのか、ひとりの女が言葉を発する。それは、丁荘里を“隣村”と言った、李豊と同じ年頃の少女だった。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「…あの人たちのことはどうなるの?」

 

 そう聞く少女が指差すほうへと目を向けると、錬や丁延らが郭平と話し合っている。

 ああ、と心中で嘆息して、李豊はどう答えようかと瞬間悩んだ。心を安んじることを考えれば、誤魔化しておくほうがいいのかもしれない。だが、いずれ分かることで嘘を言っても仕方がなく、

 

「あの方たちには、今後は村々の防備を担っていただくことになります。どの村にも入ることはできないでしょうから、どこか近隣に拠点を作ることになると思いますけれど」

 

 だから心苦しく思いながらも正直に言うことにした。だが、少女の反応は、李豊の想像の外を行く。

 

「それなら、あたしもそこに行きます」

 

「…は?」

 

 らしからぬ声が零れ、呆気にとられて表情が抜け落ち、思考と動きが止まった。数瞬の後に、我に返った李豊だったが、それでも動揺は抜け切らない。

 

「あ、あの、それは、どういう…」

 

「あ、その、駄目ですか?」

 

「いえ、駄目ということはないのですけれど…理由をお聞きしても?」

 

「その、村に戻っても、もう家族もいないし、行くところもないから…それに、非道いことした人たちはもういないから…」

 

 うつむきながら言う少女の言葉に、釈然としないながらも、李豊は頷きを返した。

 

「分かりました。そのように取り計らうことを提言いたしましょう。確約はできませんけれど、きっとそうできると思います」

 

 少女の言葉から、彼女の境遇を理解したからこそ、その希望を叶えてあげたいと思ったからだ。もっともその心境のほうは理解できない。

 

「それじゃ、あたしもそうするよ」

 

 続いて一番初めに話をした年嵩の女もそう言うと、口々に女たちが同意を示し始める。

 

(…理解できません…)

 

 正直な感想だった。

 皆、行くところがないことや、他の村に入ったとしても居心地が悪いだろうことは想像に難くない。一時でも賊に捕らわれていた女への偏見はきっとなくならないだろうから。だが、そんな境遇に落し込んだ元凶とともにいることを望む心境には、全くもって理解が及ばない。例え残っている者たちには、直接に虐待されていなかったとしても、その仲間であったことには代わりないのだから。

 それが、ひとりふたりだけでなく、全員が、である。いったいなんなのだろう、と考えてしまっても不思議ではない。

 

「季宛さん、話は済みましたか?」

 

 面には出さずに悩んでいるところに、やってきた錬が声をかける。その声に、和み始めていた雰囲気が再び緊張する気配に気付いた錬は、必要以上に近付かないように数歩手前で立ち止まった。

 そのため、李豊は女たちに、大丈夫だというように微笑みを見せてから、錬へと歩み寄る。

 

「はい、一応は、話はつきました。みなさん、落ち着いていただけましたわ。ただ…」

 

「どうしました?」

 

 眉を曇らせ、言葉を濁す李豊に、錬も訝しげに聞く。

 

「いえ、みなさん、あの方たちとともにいる、とおっしゃるものですから…」

 

 理解(わか)らない、と眉間にしわを寄せる李豊から説明を受けて、錬は、なるほど、と呟いた。

 

「…ストックホルム症候群、のようなものかな?」

 

「…すと、く?…なんです?」

 

 聞き慣れない言葉に首を傾げる李豊に、すみません、と錬が謝る。

 

「監禁されている人が、監禁者に親近感を持ってしまう心理状態のことを指す言葉なんです。大抵は、自分の身を守る意識から、そうなってしまうらしいんですが。うろ覚えの知識ですけどね」

 

 つまりは、攫われ、虐待され、いつ殺されるともしれない状況下で、自分の身を案じてくれる人物がいれば、その人物に(すが)ることによって少しでも生存確率を上げようとするために、その人物への依存が生じる。そして共通の外敵――この場合はそれ以外の賊徒――の存在が、その依存を好意や信頼にまで押し上げた、ということだろう。

 言葉として説明はできないものの、漠然と理解した錬は、納得したように何度か頷く。

 それに対して、いまだに納得できないらしく首を傾げ続ける李豊の様子に苦笑いを浮かべつつ、錬は今後の方針を李豊へと伝える。

 

「とりあえず今夜のところは、このままこの広場で休むことになります。他の賊の集団に逃げた奴らが戻ってくるのは早くても明日の夕刻以降だろうとのことなので。念のため、彼らの中から交代で門での見張りをさせることになりました。オレたちも交代で見張りを立てますが…」

 

 声を潜めて、この場合、見張るのは彼らを、ですが、と呟き、

 

「それで、明日の朝、この砦を()ちます。とりあえずは藤泉里まで引き上げることになるんでしょうね」

 

「戻ってくる賊は放置するのですか?」

 

 引き上げるという錬の言葉に李豊は非難めいた口調の問いを発するが、錬はそれに首を振り、口の端を上げながら言った。

 

「いえ、何人かで麓の森に隠れ、賊がこの砦にやってきたところで、奇襲をかけて殲滅します」

 

 

 

 

 

 





と、いうわけで新キャラ、賊徒代表の郭平です。
またもオリジナル、さらに初めて真名を名乗ったのがこいつって…
話の展開上、真名を名乗らせるのが一番しっくりくるから仕方がないんですが、
初の--主人公以外の--真名の披露が男キャラって…
こんなことなら、李豊か楽就に名乗らせとくんだった、とか後悔してます…

原作キャラの登場もまだだったりするし…

いいかげんになんとかしなきゃ、と思いつつ、
まだしばらくこんな感じのまま進行しそうです…


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