恋姫異聞 白武伝   作:惰眠

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ずいぶんと遅くなってしまいました。
もう2、3日早く書きたかったんですが…

戦闘シーン、難しいんですよね…




一〇 奇襲

 

 山道を下り、森を抜けると、その丘が見えてくる。

 それほど高い丘ではないが、東側に森が広がっている以外、周辺には平野が広がっており、たった今抜けてきた山道からもまだ距離があることもあって、その頂に立てばかなり遠くまで見渡すことができるだろう。そして、それこそがその丘に砦が築かれた理由でもあった。

 往時、砦は山岳地帯を抜けてくる山賊や敵軍への備えとして、この辺りへと睨みを利かせていたに違いない。

 しかし時を経て、駐在していた軍はその任を解かれ、砦がその役目を終え、放棄されて久しい。そしてそのような砦を再生利用するのは、決まって法の下から逃奔した者ども――すなわち匪賊(ひぞく)とされる者どもだ。

 

 そして今、日が暮れようとしている中を、その丘の砦へと至るべく山道を抜けてきた集団も、そうした者どもであった。

 数にして、150。全員が徒歩(かち)で、その武装に統一性はなく、行軍の様子もばらばらで、とても組織的な統制の為された集団には見えない。

 そんな集団だが、指揮をするものは当然いる。

 

「全員、止まれっ! おいっ、止まれっつってんだよ、ぶっ殺すぞ、てめえらっ!」

 

 森を抜けたところで、集団の先頭にいた男が声を張り上げた。だが、その怒声にもかかわらず、歩くのを止めない者もいて、命令を発した男が、腰から抜いた剣を頭上で振り回し、怒気も露わに叫んでようやく止まる。まさしく烏合の衆と呼ぶに相応しい集団だ。その様子に舌打ちしながら、集団の頭たる男は傍らの賊徒のひとりに視線を向ける。

 

「おい、趙。砦に100人くらい残ってんだよな」

 

「へい、俺らが出てきたときに残ってたんは、そんくらいっす」

 

 趙、と呼ばれた賊徒の答えに、賊の頭は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「ふん、その割には灯りがねえなぁ…もう逃げたか?」

 

「そうっすね、近いうちに逃げ出そうって言ってた奴らっすから、昼間のうちに逃げたかもしれねえっすね」

 

 すでに日は山の向こうへと沈み、空の色は濃くなりはじめている。普通に考えれば、見張りのためにも火を灯す頃合いだ。だが、ここから見える砦にはその様子がない。となれば、人がいない、ということになる。

 

「とりあえず、趙、おまえ、様子見て来い。おい、何人か趙についていけっ」

 

 賊の頭の言葉に、趙は頷くと小走りで砦へと向かい、三人ほどがその後に続くのを頭は見送った。

 

 

 

 一刻と少しの後。

 賊の集団がしばしの休憩をしていたところに、偵察に出ていた趙たちが戻ってきた。

 

「やっぱり、もぬけの殻っすね」

 

「趙の言う通りでさぁ。人っ子ひとりいませんや」

 

 それを聞いた頭は、そうか、と頷くと号令をかける。

 

「よし、てめえら、休息は終わりだ、立ちやがれ、ひとまず砦まで行くぞ」

 

 

 

 賊の集団が砦に着くころには、辺りは完全に夜の(とばり)が下りていた。

 砦の門を潜ったところで待機を決めた賊の頭は、まずは部下たちに命じて、砦の中を手分けして見て回らせ、人気(ひとけ)がないことを改めて確認した。その際に、食料や酒、薪炭(しんたん)などの多くが残されているとの報告を受け、頭は鼻で笑うように吐き捨てた。

 

「ふん、やっぱり逃げ出してやがったか。それも随分と泡食ってたみてえだな」

 

「そうっすね。さすがに飯をいくらかは持ってったみてえですが。あと馬は残っちゃいませんな」

 

「そうか、馬がいねえのは残念といやあ残念だが…他に気がついたことはあるか?」

 

 趙や他の部下の報告を聞きながら、賊の頭は考え込むようにして問う。

 

「…そういや、薪やなんか残ってやしたが、油はほとんどありやせんでしたね」

 

 その言葉に、賊の頭は顔をしかめた。取るものも取り敢えず逃げ出したにしては不審である。油は運搬するにはかさばる。燃料として持ち出すのなら、薪を置いて油を持っていくというのは考えられないからだ。だが、所詮は逃げ出した奴らのことだ。それを思い悩んだところで徒労というものだろう。そう結論付けて、賊の頭は、その事柄を忘れることにした。

 

「まあいい。とりあえず、それぞれの門にふたりずつで見張りを立てろ。灯り点けんの忘れんなよ」

 

 命令しながら、賊の頭は、見張りに立つ以外の部下を引き連れて砦の中央部へと歩き出す。

 

「残りの奴らは腹ごしらえだ。酒も許す。ただし見張りに立つ奴は、ほどほどにしとけよ」

 

 部下たちから歓声が上がった。

 

 

 

 開け放たれているせいか、門の外まで、砦の奥の喧噪は聞こえてきていた。

 

「…くそ、いいなあ、俺も呑みてえなあ…」

 

 東側の門を見張る賊徒のひとりが、それを聞いて羨望の声を洩らすと、隣に立つ見張りの相方も同意を示して頷く。

 

「…だよなあ…見張りなんて貧乏くじ引いちまったよなあ…どうせ来る奴なんて、いやしねえんだしよ」

 

 所詮は賊だ。他を襲うことに慣れ、また反撃されることもなかった者どもは、自分が襲われるということに対して鈍感になる。更に、もともと居た賊が逃げ出した後の砦だ。彼らには襲われることなど思いもよらないのだろう。

 だから、()()に気がついたときにも、不思議には思えど不審には思わなかった。

 

「ん?」

 

 ふと、何か感付いたように見張りの男のひとりが、宙の匂いを嗅ぐように鼻を鳴らした。

 

「どうした?」

 

「いや、なんか変な匂いが…」

 

 言いながら辺りを見回すと、門の脇に樽が置いてあるのに気がつく。

 

「なんで、こんなところに樽が?」

 

 樽につめるものといえば水や酒などの液体で、となればそれらが門のそば(こんなところ)にあることなど通常はないだろう。

 不思議に思いながら、見張りの男は樽に近付き、手を触れる。べたついた感触に顔をしかめながら、触れた手の匂いを嗅ぎ、

 

「…油?」

 

 不思議そうに呟く。そういえば、油がほとんどないとか言ってたなあ、と思った、そのとき、

 

 どぉん…

 

 と、太鼓を叩いたような音が鳴り響き、次いで、ひょう、という風を切る音とともに、男の目の端に赤く光る何かが過ぎり、()()が音を立てて目の前の樽へと突き立った。

 

(…火?…)

 

 認識した瞬間、(それ)が爆ぜるように膨れ上がり、視界を赤一色に染め上げる。それは勢い激しく飛び散ると、樽を覗きこんでいた男ばかりか、砦の防壁をも呑みこむようにして燃え上がらせた。

 

「あ、あああああ、あついあつ、い゛、あ゛、づ…」

 

 全身を炎に包まれた男が、痛苦に叫びながら転げ回り、しかしその絶叫は数瞬もおかずに立ち消える。その様子に、

 

「お、おい…」

 

 もうひとりの見張りがたじろぎつつ、声をかけるが、それは余りにも現状への認識に欠けた対応だった。そして、その過誤の報いが、その賊徒に襲いかかる。

 

「あ、が…」

 

 再び、ひょう、という風切音を耳にした賊徒は、首に走った激痛に絶叫を上げようとした。だが、その声は喉で詰まってしまって外に出ることはなく、ただ喘鳴(ぜんめい)のように空気だけが口から洩れる。

 

(あ、あ、ああ…)

 

 湧き上がる絶望感に、ゆっくりと激痛のもとに手をやれば、その手は、喉を貫くものを、そこから流れ出る熱さを感じ取り、そして、視界は暗転した。

 

 

 

 己の放った矢の行方を見守るように眺めていた錬は、弓を下ろすと、ほうっ、と溜め息を吐いた。

 思い描いた通りに、第一の火矢で油を詰めた樽を射抜いて出火を誘引し、第二矢で見張りを倒すことに成功した。見れば、引火した樽の油が飛び散ったことによって、燃え上がった火炎は砦の防壁へと飛び火し、また門の際に設けられていた篝火をも呑みこんで延焼を広げようとしている。これで、

 

「よし、これで準備は整った」

 

 錬は呟くと、背後を振り返り、

 

「いくぞ、突入だ!」

 

 号令を出すと、それを聞いて弾かれたように真っ先に砦へと走り出したのは楽就だ。それに錬が続き、元賊徒たち、20人が続いた。

 坂を登り上がり、開かれたままの門を通り抜ける。

 

「それぞれ決まったとおりに動けっ! いいな、火付けのほうは無理をするなよっ!」

 

 錬の叫びに、続いて突入した元賊徒たちの半数が返事を叫びながら、数人の組に分かれて走り去る。

 彼らの仕事は、錬の言葉通りに火を付けて回ることだ。砦を出る際に、油を小分けに袋詰めにしたものを各所にぶら下げる形で仕込んであり、紐を切って油をぶちまけ、火を付けて回るだけで事足りるようにしてある。

 そして、楽就、錬のふたりと残った元賊徒たちは更に先へと進み、昨日と同じように砦の広場へと向かう。

 走りながら周囲へと視線をやれば、すでにそこ彼処(かしこ)で火の手が上がり始めており、それは砦の西側でも同様で、それは西門からも同じように突入が為されているということだ。

 それを表すかのように、その西門の方向から李豊を先頭に元賊徒たちが駆けてきており、そして――

 

「て、てめえらっ」

 

 動揺も露わに飛び出してきた賊たちを、丁度挟撃する形になった。

 

「く、くそっ」

 

 そのことに気がついた賊どもは、己に降りかかりつつある状況に恐慌を来したのか、連携もなく、ただ我武者羅に斬りかかろうとし、ひと際速く飛び出した李豊の槍と楽就の棍によって、貫かれ、叩きのめされて地に伏せる。そのふたりを援護するように、錬が、西側では同じように丁延が矢を放って、ふたりに斬りかかろうとする賊を射抜いていく。

 

「あんたらは控えて退路の確保をしながら自分の身を守れ。あとは火の手に注意してヤバそうになったら声をかけろっ」

 

 錬は後ろの元賊徒たちにそう命令を下してから、再び弓に矢を番え、無造作に放つ。矢は、死角から楽就に斬りかかろうとしていた賊徒の側頭部へと突き立ち、その命を絶ち切った。

 

 完全な奇襲、そして焼き討ちにより、敵賊徒どもの戦意は粉微塵に砕け散っている。反抗するも、それは目前に現れた敵への反射的な行動であって、なんらかの意志が働いたゆえのものではなかった。また酒気に侵され、身体的にも精神的にも万全には程遠い状態のものも多数いる。

 そんな状態の賊徒どもが、李豊と楽就、ふたりの昂武に加えて、援護の矢を放つ丁延と錬の攻撃に対抗できるはずもなく、次々と、槍で、棍で、弓矢で倒されていき、

 

「だ、だめだ、殺されるっ」

 

「に、にげろっ」

 

 彼らにできることは、迫る直近の死からの逃亡だけだった。

 

「逃がさないっ」

 

 当然のこととして、楽就はそれを追いかけようとして、

 

「待った!」

 

 錬の制止の声に急制動をかけて立ち止まる。

 

「なにっ? 逃がしちゃうじゃないっ!」

 

 戦闘に()てられたのか、楽就は苛立ちを含んだ声で叫び、制止した錬を睨んだ。

 辺りに転がる賊徒は100にもなろうかという状況で、この勢いでこのまま追撃をかければ、ひとり残らず打ち倒すことも可能だろう。だが、

 

「思ったよりも火の回りが早い。深追いすれば脱出できなくなる恐れもある。予定より早いけど撤退したほうがいい」

 

 合流した元賊徒たちからの報告を受け、実際に砦の各所で上がる火の手を見て、そう結論づけた錬が言うと、それに口添えするように、火を付けて回っていた元賊徒が告げる。

 

「その通りで。俺らの入ってきた東の門は、もう燃えちまって出られねえくらいでさあ」

 

「て、ことだから、このまま全員で西門から出るよ」

 

「む~、それじゃ、あいつら、ほっとくの?」

 

 錬の撤退指示に、楽就は賊の逃げた広場のほうを睨みながら不満げに唸る。

 

「あっちのほう、まだ火が回ってないみたいだし、逃げられちゃうんじゃない?」

 

「いや、油は防壁に沿って仕込んであるからね。逃げ道はない。それに火事で怖いのは、火そのものだけじゃない。早く逃げるに越したことはないよ」

 

 錬の頭にあるのは、一酸化炭素中毒のことだ。実際、火事による死因では、火に焼かれたものと一酸化炭素中毒によるものは、ほぼ同率だ。もっともそれは、平成時代の火事が密閉された空間で起こることが多いからであって、この砦のような上部が開放された場所で同様なのかは不明だ。それでも火は思いも寄らない広がり方をすることは変わりなく、余裕をもって脱出したほうがいいのは間違いがない。

 

「でも…」

 

「士泰の言う通りだ。俺たちの最優先は無事に帰ることだぞ」

 

 と、丁延が言えば、楽就も渋々ながら頷く。

 

「それで、もう全員揃いましたの? それなら早々に外へ参りましょうか」

 

 集まった人々を見回しながら李豊が問いを投げると、それぞれから肯定の声が返ってくる。それを聞いた李豊が撤退を促し、丁延が頷く。

 

「ああ、それじゃ、撤退するぞ。西門へ急げっ」

 

 丁延の号令に、全員が西門へと走り出した。

 

 

 

 奇襲は成功だった。大成功と言ってもいいだろう。

 

 敵が拠点を欲して、まずは砦を目指すだろうことを予測して、奇襲を仕掛けるために資材をそのまま残して油断を誘う。上手くいけば酒に溺れることもあるだろう。

 そして焼き討ちを効果的に行うために砦の各所に油を仕込んでおく。容易く火を付けるために、油を詰めた袋をぶら下げておき、その紐を切るだけで油が飛び散るように。そこに松明を投げ込むだけで火を付けられるように。

 

 奇襲そのものは、両側の門から。太鼓を合図として、東門では錬が、西門では丁延が、弓矢でもって見張りを倒したのちに突入する。突入するのは、東門から錬と楽就、そして20人の元賊徒。西門からは丁延と李豊、そして東と同じく元賊徒20人。残りの元賊徒は、李壮と郭平が率いて藤泉里近辺まで退いている。戦闘に慣れていない者や非戦闘員がいること、そして場合によっては砦ではなく村を襲撃する可能性を否定しきれないため、その見張りを兼ねて念のため、である。こちらに李壮をつけたのは、元賊徒たちの心変わりを防ぐためと、もし藤泉里にその存在が知れた場合に交渉役となるためだ。

 

 それら全てが、錬の頭脳から出た作戦だった。

 細部については、丁延や李壮、郭平との打ち合わせから詰めたものもあるが、基本的な筋道は錬の考えから外れたものではない。それがことごとく図に当たったのは、決して錬の深謀遠慮というわけではなく、ただ相手が所詮は賊でしかなかったから、ということだろう。

 だが、それでもその作戦が大成功を収めたことに変わりなく、それは元賊徒たちにあるひとつの心情を植え付けた。それは元賊徒たちに限ったことでなく。

 

「それで、これからどうする?」

 

 西門から脱出したところで、丁延が錬に質問を投げかける。それに少し考え込むようにしてから、

 

「…丘の中腹辺りまで下りましょうか」

 

 そう錬は答えた。

 

「門から逃げてくる奴らはどうするの? 門の前で待ち伏せたほうがいいんじゃない?」

 

「いや、それだと破れかぶれになられるかもしれない。そうなると余計な被害が出かねない。だから、丘の途中で、道から逸れたところで伏せておく。それで逃げてきた奴らが通り過ぎたところを後ろから突っ込む。そうすれば逃げることしか考えられなくなるだろうからね」

 

 そして、錬の予想通りの結末を迎えることになった。

 

 

 

 

 





さて、ようやく賊討伐に決着がつきました。
次話でその後始末をして、一章完了の予定です。

最後のほう、駆け足になっちゃって少し凹んでます…



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