恋姫異聞 白武伝   作:惰眠

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やっと一章が終了です。

事後処理話の今回は少なめです。




一一 帰還

 

 門から辛うじて逃げ出した賊の残党が、敗北感を抱えたまま本拠地へと撤退しようした、その背後から追い討ちをかけて、散々に蹴散らした。それゆえに、

 

「数人が逃げ延びましたけれど、追いかけますか?」

 

 と、李豊が言うように討ち洩らしが生じた。だがそれに対して錬は首を横に振る。

 

「いや、これ以上の追撃は必要ありませんよ。逃げた奴ら、こっちの名乗りを聞きましたよね?」

 

「ええ、私も就もしっかりと名乗りましたので、聞いたとは思いますけれど…」

 

 錬が言うのは、追い討ちをかける際に、こちらの正体を賊に知らしめるために名乗りを上げるように指示していたことだ。余計な恨みを買ったのではないか、と心配する李豊だが、

 

「これだけ一方的に蹴散らされたんです。恨みより恐怖が先に立ちますよ。あとはこれが噂話にでも広まれば…」

 

「…なるほど。私たちに手を出す愚を知らしめる、というわけですか」

 

 錬の答えを聞き、得心する。さすがに、今回のことだけで賊の来襲が皆無になるまでの成果は望めないだろうが、多少でも二の足を踏ませることができるというわけだ。そして、それでも襲撃を行おうという賊がいるのならば、これを撃退してさらに噂を広める一手にすればいい。

 

「…お人が悪いですわね、士泰どの」

 

「戦略的だと言ってほしいなあ」

 

 冗談めかした半眼横目(じと目)を寄越す李豊に、こちらも冗談めかして軽薄に笑いながら錬は背後の丘を振り返った。頂にある砦は、絶賛炎上中だ。

 

「…燃えてるなあ。大丈夫かな? 簡単に鎮まりそうもないけど、火災(あれ)…」

 

「…その指示をお出しになったのも士泰どのだったはずですけれど?」

 

 話を逸らした先で、改めて捕まった錬である。焼き討ちを提案したのは、砦を使いものにならなくすることで、帰順した元賊徒たちの精神的な逃げ口を断ち切る意味合いもあった。だから錬は、砦を可能な限り全焼させるような仕込みを指示していたわけで、その錬が先程のようなことを言えば、どの口が、と呆れかえるのは、確かに李豊だけではないだろう。

 やりこめられた錬が、言葉もなく視線を宙に彷徨(さまよ)わせるのを見て、李豊はくすりと笑みを浮かべた。

 

「丘の草木はまだ水気を保っていますから、類焼の恐れはないでしょう。明日には鎮まるのではないでしょうか」

 

 

 

 李豊の言葉の通りに、砦の火災は明け方ころには勢いを弱め、ほぼ鎮火したように見えた。

 念のため、熱が冷めるのを昼頃まで待ってから、手分けをして砦内の見分を指示する。

 まず居なかろうが、賊の生き残りがいないかどうか。さらには燻ったままの火種が再燃を起こす危険性について確認をしておくためだった。

 幸いにして、火災は完全に治まったようで、見回りから戻ってきた全員から、問題なし、との報告が上がってくる。その報告をする元賊徒たちが、一様に何かを堪えるような表情を浮かべ、中には涙ぐんでいる者もいるのを見て、錬は罪悪感に駆られるが、必要な措置だったと言い聞かせて表情を引き締めた。引き締めたつもりだったのだが、

 

「これは奴らも同意したことだ。気にすることはないぞ、士泰」

 

「彼らも覚悟を持って臨んだはずです。滅入り過ぎては反対に失礼ですわよ、士泰どの」

 

「士泰兄ちゃん、大丈夫?」

 

 などと心配される始末。そんなに分かりやすいのか、オレ…と、違う意味でへこむ錬であった。

 

 ともかく――

 

「それでは、撤収する。行き先は藤泉里だ」

 

 整列させた元賊徒たちに向かっての一声で丁延は、今回の賊討伐の終わりを告げた。

 

 

 

 藤泉里近郊へ先に撤退していた集団と合流したころには、すでに日は西の空に落ちかかっていた。

 合流地点には昨夜より宿営の準備がある程度は整っていたため、そのまま同じ場所で野営することにする。もっとも天幕などがあるわけではなく、四方に杭と縄で囲いを作り、簡易なかまどで炊事ができるようにした程度のものだが。そしてその準備の間に、丁延が藤泉里の村長のもとへと赴き、事の次第の報告をする。

 翌日、李壮が馬を駆って、もうひとつの村である高丹里へと報せるために別行動へと移り、そして元賊徒を率いて、丁延らは丁荘里への帰還の途に着いた。

 

 元賊徒たちに村外での待機を指示し、丁延、李豊、楽就、錬、そして賊徒の代表として郭平が門をくぐった。

 

「おお、長基。無事にもどったか」

 

「季宛ちゃん、就ちゃん、怪我はない? よかったねえ」

 

「白どの、以勇から聞きましたぞ。活躍だったようですなあ」

 

 集まってくる村人たちが、彼らの無事を喜び、その健闘を称える。その中には、錬へと掛けられた言葉(もの)もあって、思わず目を丸くしてしまった錬だったが、我に返って礼を返した。

 その言葉にあったように、高丹里へと向かっていた李壮はすでに戻っていたようで、村長宅である丁家へと向かえば、その入口前に村長である丁旋とともに待っていた。

 

「丁老。ただいま戻りました」

 

「うむ、よう戻った。無事で何よりじゃ。皆も、の。御苦労じゃった」

 

 丁延が拱手して帰還の挨拶をすると、丁旋は満足げに答え、そして孫の後ろの三人へと労いの言葉をかける。三人もそれに応えるように拱手してみせ、最後のひとりも無言で拱手する。

 

「…ふむ、そちらは?」

 

「はい、彼が降伏した賊徒の代表の郭安進です」

 

 丁旋の疑問に、丁延が答え、続いて郭平が拱手したまま、名を名乗る。

 

「お初にお目にかかります、丁村長どの。郭平、字を安進と申します。我が真名、坦海に懸けて、我が部下とともに丁荘里のために尽力させていただきます。今後、よろしくお願いいたします」

 

 その名乗りに、丁旋は一瞬、目を丸くしたものの、ひとつ頷く。

 

「うむ、儂は、丁旋、字は回豊と申す。今後はよろしく頼む」

 

「はっ」

 

 そういった挨拶ののちに、三村の防備を担うことになる元賊徒たちについての話し合いが進められる。

 まずは情報の伝達。元賊徒の人数や構成、組織形態などについて郭平が報告する。とはいえ、元賊徒。組織だって切り盛りされていたわけではなく、そういった事柄は今後の課題ということになるだろう。

 今後については、丁延らが話した通りに、三村の中間地を拠点として三村の防備を行うことになる。当然にして現状では、その周辺に拠点となるものはなく、これから築く必要があり、それまではとりあえずとして、この丁荘里に滞在することを許された。

 そして――

 

「その防備に関する指揮は、士泰どの、あんたにとってもらおうかの」

 

「…は?」

 

 まさしく、面喰った、という表情で、(ほう)けた声を上げる錬である。正直にいえば、自分にはあまり関連がないと思っていたのだ。

 

「え、いや、オレ、ですか?」

 

 戸惑いから疑問を口にする錬を横目に、丁村長の言葉に頷いて見せたのは丁延だ。

 

「そうですね、俺も士泰に任せるのがいいかと思う。戦闘の際の指揮ぶりを見ても不足があるとは思えませんし、指揮下に入る奴らと面識もある。郭安進、あんたはどう思う?」

 

「はい、異存はありません。士泰どのが指揮を執られるのならば安心できるというものです」

 

 先日の砦での戦闘で、ひとりの犠牲も出さずに敵を撃退する策を考え出したという事実が、錬への信頼を生み出していた。とはいえ、それは周囲の感慨であって、当の本人にいたっては全く自覚はないのである。

 

「いや、しかし、オレは、余所者ですし、前に言ったように経験もありませんし…そりゃあ、今回で多少は積みましたけど…まとめ役というのなら、長基さんか以勇さんのほうがいいんじゃないですか?」

 

「俺や以勇には、丁荘里(このむら)での役割もあるんでな。それを放ってそちらに専念はできん」

 

「そういうことじゃ、士泰どの。是非に彼らの長を頼みたい。無論、士泰どのへの指示は、儂や長基らからさせてもらうことになるじゃろう。なにもかもをあんたに任せようというわけでもない。そう重く考えんでも、まずはやってみてくれんかの?」

 

 丁旋からも言われ、錬は唸りながら考え込む。

 丁村長の言葉を考えれば、最終的な責任者というわけでもない。例えるなら、丁旋が校長で、丁延が生徒会長。そして錬が風紀委員長、といったところか。状況によっては、副会長たる李壮や会計、書記の李豊、楽就辺りの手助けも得られるだろうし、郭平副委員長も協力してくれるのは間違いがない。

 

(それなら、まあ、なんとかできないこともないか…な?)

 

 そう結論付けて、錬は自分に降りかかった数奇に思わず内心でため息を吐いた。

 

後漢末(ここ)に来て、まだ5日なんだよなあ。なんて言うか…怒涛の展開ってこういうのを言うんだろうなあ…)

 

 そして、覚悟を決めるように深呼吸をひとつすると、丁旋へと拱手する。

 

「分かりました。どこまでやれるか分かりませんが、引き受けさせていただきます」

 

 

 

 

 

 





一章がようやく終わりました。
ということで、防備隊隊長の白士泰の誕生です。

二章は、この数か月後、錬も隊長職に慣れて、という辺りからになります。
そろそろ錬も身の振り方が決まってくるはずです。
ようやく原作キャラも、ちらほらと名前が出てくる予定です。

いや、自分でも一章で全く原作キャラが出てこないとは思っていませんでした…



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