恋姫異聞 白武伝   作:惰眠

13 / 24
二章の始まりです。

錬たちによる賊討伐から四か月後となります。




二章 仕官
一 警備隊


 晩夏の空は、抜けるように青く透き通って見えていた。

 その下を吹き抜ける北風は、乾いた冷気を内包していて、遠く北の地には早や冬の訪れが近付いていることを知らせてくる。

 

 そんな涼風に吹かれる前髪が視界で揺らめく様子に眉をひそめながら、錬は手綱から離した左手で髪をかき上げると、

 

「長くなったな。そろそろ切るか」

 

 と、独りごちた。手綱を離されたことを敏感に察知した馬が、立ち止まり、どうかしたのか、と問いたげに首を巡らせて見つめてくるのに、苦笑を浮かべて、なんでもないと答えるように首筋を叩いて前進を促す。

 馬を進めながら錬は、空に、風に、周囲の光景に、季節の移り変わりを見つけて、感慨深げに大きく息を吐き出した。

 

「そりゃあ髪も伸びるか。それなりに経ったもんなあ」

 

 あれから四か月が過ぎていた。

 あれから、とは、錬がこの世界に迷い込んでからであり、匪賊を討伐してからであり、錬が警備隊の隊長に就いてから、のことである。

 

 季節は、盛夏を過ぎ、秋を越えようとしている。

 

 その間、丁荘里の周囲が平穏だったか、と言えばそうではない。

 やはり、と言おうか、錬たちが討伐した匪賊がこの周辺を縄張りとしていたことが、他の匪賊の介入を防ぐ役割をはたしていたようで、その障壁が除かれたことが彼らの欲望を刺激したらしい。

 この四か月で三度、匪賊の襲撃があった。数十人程度の集団によるものである。

 その三度ともを錬率いる警備隊は、負傷者や戦死者を出したものの、守るべき三村に被害を出すことなく撃退していた。そしてその成果によって、藤泉里と高丹里の人々の対応は徐々に軟化してきている。今はまだ信頼を得ることはできずとも、いずれは受け入れてもらえるだろう、と錬は考えている。

 

 警備隊の運営は順調と言えるだろう。

 拠点は徐々に整い始めている。宿舎や井戸、炊事場などの生活必需施設は設置が終わり、警備隊の人員は丁荘里から居を移している。今は、倉庫や厩舎、練兵場などの兵舎施設を造り始めているところだ。また拠点周辺の土地を耕作地として開拓も始めている。今はまだ三村から食料等のすべてを融通してもらっているが、いずれは拠点である程度を賄えるようにするつもりだ。

 そういった作業と並行して、戦闘訓練も行っている。今のところは個々の体力や戦闘技術の向上を目標に、隊長である錬や元兵士という経歴の郭平副隊長だけでなく、李壮や李豊、楽就が指導してくれている。今では、李壮曰く、“新兵以上”にはなっており、そろそろ集団戦闘の訓練を始めたい、とのことだ。

 

 それらの日常業務を効率よく進めるために、近隣の哨戒任務、藤泉里と高丹里の歩哨任務、拠点整備作業、開拓作業の四つに分け、五つの組が交代でそれぞれの任務に就く。余る一組は非番として休息だ。そうすると一組が20人ほどになるが、実際には更に細かく、五人を一組としての伍を隊の最小単位として、郭平副隊長が管理し、それぞれの伍を、それぞれの任務に割り振っている。

 かつては捕らわれていた女性たちには、拠点における炊事や掃除、洗濯などをお願いしたのだが、快く引き受けてくれ、錬としては感謝したものである。錬もそうなのだが、元賊徒たちは一様にそういった作業を苦手としていたので。

 

 そういった運営について、根本は錬が考えたものだが、それは構想だけで、実際に詳細を詰めて実践することについては、錬は全くの役立たずだった。まあ、当然と言えば当然だろう。つい数か月前まで平成時代で浪人生をしていたのだから、そんな組織運営のことなど知る由もない。思いつきに近い錬の構想を、画し、形にしたのは、丁延であり、郭平である。

 

 ともかく当初の思惑通りに多くの助けを得ながら、警備隊は順調に三村の間で存在感を増している。

 今、錬が馬を進めているのも、その影響によるもので、高丹里の村長のもとを訪れ、警備隊の歩哨や村の防衛施設の建設などについて相談をした、その帰りだった。

 

 ゆっくりと馬を進める錬は、高丹里でのことを思い返す。

 高丹里でも、ようやく見張り台を村内に建設することを許された。それは、元賊徒でもある警備隊が村内へ立ち入ることを許された、ということであり、

 

「また一歩前進ってところだな」

 

 ということであった。

 実際に歩哨に立つ者も、そういった村人からの対応が変わってきていることを肌で感じていて、認められ始めていることを喜びつつも、受け入れられていいのか、という戸惑いを伝えてきていた。

 

「…あのとき、虐め過ぎたかな?」

 

 思い返すのは、彼らを降したときのことだ。いささか感情的になり過ぎた、あのときのことは自分でもあまり思い出したくはない事柄であったりするのだが。

 

 麦の刈入れののちに蒔かれた大豆が、すでに収穫を待つほどになった畑に囲まれた中を、錬はそんなようなことをぼんやりと考えながら、拠点へと馬を進めていった。

 

 

 

「おかえりなさい、隊長」

 

 拠点の門をくぐる錬に、少年が駆け寄ってくる。それは錬に詰られたときに喰ってかかった少年だ。姓名を、梁綱(りょうこう)、字を奉武(しんぶ)という。何故か錬を敬慕しているようで、錬の侍従のような労務に率先して就こうとする。例えば今のように出迎える等、その様子はまるで主人を迎える忠犬のようで、錬は口元に笑みを浮かべて下馬すると、その少年に手綱を預けながら、

 

「ただいま、奉武。なにか変わったことは?」

 

 と、尋ねた。

 

「いえ、特には…あ、李さんが来てますよ。なんでも丁村長さんからの使いだとか」

 

 この場合の、李とは李豊のことだ。李壮だと、警備隊の面々は、李師範、もしくは師範とだけ呼ぶ。

 

「ふむ、そうか…なにかあったのかな?」

 

 呟くと、馬の世話を梁綱に任せて宿舎へと向かう。正確には、その一角にある隊長室だ。もっとも言葉ほど立派なものでもなく、ただ事務処理を行う部屋というだけで、その事務処理は隊長の錬と副隊長の郭平しかしないため、隊長室と呼ばれているだけなのだが。と、言っても、その事務処理自体を錬ができるようになったのもごく最近のことで、その理由は錬が(このくに)の文字を解さなかったためだ。最近ようやく、なんとか、かろうじて、漢語の読み書きができるようになるまでは、主に郭平が担い、また丁延や李豊も拠点に来たときには手伝ってくれていた。

 

 考えてみれば、この四か月で随分と変わったものである。

 完全とは言えないまでも漢語を使えるようになり、平成の日本では当然だった(くら)(あぶみ)などの馬具を用いないでも馬に乗れるようになり、李壮を相手に剣なら互角、槍でもそこそこ打ち合えるようになった。匪賊相手ではあるが集団戦闘の指揮も経験し、警備隊という組織運営の職務にも慣れ、警備隊の隊長として敬意を払われるようになった。

 そして、

 

「あら、おかえりなさいませ、士泰さま」

 

 李豊からは何故か、様付けで呼ばれるようになった。

 

「…ええ、ただいま戻りました、季宛さん」

 

 正直、落ち着かない錬である。

 こんなふうに呼ばれるようになったのは、いつからだったろうか。今となっては曖昧だが、錬としては当然、理由を聞きもしたし、また以前の呼び方に戻してくれとも頼みもしたのだが、結果は言わずもがな、である。

 

「お疲れさまでした、隊長。それで首尾はいかがでしたか?」

 

 微妙な表情を浮かべる錬に、表情に変化はないものの明らかに愉快がっている李豊。そんなふたりを見て、内心で溜め息をつきながら、郭平は問いを投げる。

 

「あ、ああ。上手くいったと言っていいだろうな。見張り台の設置許可は得られたから、任務に組み込む準備を頼む。調整できたら高丹里の村長に報告して対応してくれ」

 

 「了解しました」

 

 指示に頷くと、郭平は一礼しながら、錬に分かるように李豊へと視線をやって見せる。元賊徒とは思えない気配りの良さに感謝しつつ、錬は再び李豊へと向き直る。

 

「…さて、お待たせしました、季宛さん。それでどうしたんですか?」

 

 気を取り直して聞くと、何故か李豊が表情を無くした。いや、もともとあまり感情を面に出す女性ではないのだが、何時にも増しての無表情っぷりは逆に内心を際立たせる。つまりは不機嫌。

 

「…丁老のところに(えん)どのがいらっしゃいまして…また、士泰さまに頼みごとがあるのだとか…」

 

 なるほど、と錬は頷く。

 

 李豊の言う“閻どの”とは、閻象(えんしょう)、字を方全(ほうねん)と言い、以前より丁旋村長と面識があり、丁荘里に出入りしていた博望の女性商人のことだ。博望でも十指に入る大きさの商家の主で、行商を幾人も抱えて差配する立場から各地の情勢にも詳しい。なんでも先代だった彼女の父親と丁旋村長が友人であり、その伝手で互いに融通し合う間柄だということだ。

 そして、錬配下の警備隊発足後の、とある事情による資金不足に援助を申し出てくれた人物でもあった。もっとも無償援助であるわけはなく、要請があれば、錬あるいは警備隊の力を提供することを交換条件として、である。それくらいならば、と当時は軽く考えて了承したのだが、以降、何かにつけて錬は彼女に連れ回されることになった。主に彼女自身が他都市へ赴く際の護衛役として。閻家には勤仕する護衛もいるのだが、彼らには隊商の護衛を優先させることも多いため、その代わりとして錬に御鉢(おはち)が回ってくるのである。

 

 それは、この四か月で三回にも及ぶ。その都度、錬やその他数人が数日から十数日、留守をすることになり、警備隊に関わる人々の、少なからぬ不安と不満の原因となっている。隊長の留守時に匪賊の襲来があればどうするのか、というわけだ。

 もっとも錬からすれば、留守を預かる郭平は信頼に値するし、その場合には李豊や楽就が率先して警備隊の補佐をしてくれているため、それほど心配はしていない。

 更に、閻象が護衛を依頼してくるようになったのは、ここ二か月ほどのことなのだが、その二か月間に丁荘里を含む柳河郷近辺に賊の気配はすでになく、ゆえに賊の襲来などはあるわけがない。閻象はそういった情報をつかんでおり、警備隊が危機に陥ることがない時宜を選んでいるようで、十分に配慮してくれている、と錬には感じられていた。

 まあ、そうでなくとも閻象は警備隊の後援者であり、その意向を無碍(むげ)にはできないのだが。

 

「わかりました、すぐに向かいましょう」

 

 李豊へはそう返答し、次いで郭平へと向き直る。

 

「安進、すまないが、また留守を頼むことになりそうだ。高丹里の見張り台の件だが、完成までは周辺の哨戒を強化してくれ。無用な心配だとは思うが、村の人たちに少しでも安心してもらえるように、な。仔細は任せる」

 

「はっ」

 

 錬の指示に郭平が(うべな)ったところで、梁綱が厩に馬を入れたことを報告にやってきた。

 だが当然、馬をもう一度引き出す必要が出来てしまっている。

 

「ああ、すまん、奉武。すぐに丁荘里へ行くことになった。入れてすぐですまないが、馬の準備を頼む。お前も、とりあえず丁里荘までは一緒に来てもらうから、そのつもりでな…季宛さんは?」

 

「私は歩いて来ましたので…後ろを貸していただけますか?」

 

「分かりました。では、オレの後ろですみませんが、お願いします…と、言うわけで、奉武。二頭準備してくれ」

 

 

 

 というわけで、錬は拠点に戻ってすぐに、梁綱を伴い、李豊を後ろに乗せて、丁荘里へと馬を走らせることになった。

 

 

 

 

 

 

 




短いですが、二章の一話目です。

四か月、とびました。
錬、成長しました。

正直、短いかな、と思わないでもないですが、これ以上時間かけると違うところに違和感が出そうだったので、まあ、そういうものだと思ってくれると助かります。

さて、新オリキャラの梁綱くんの登場です。
いえ、登場だけは以前にしていましたが…
あと、オリキャラしかいませんが…
…とにかく錬の側近副官候補になる予定です。

実際に錬にひっついていくのは少し先になりますが。

次回は、また新キャラの閻象さん登場。
そして(多分)次々回で”あの人”が登場予定です。
乞うご期待!…て、自信持って言えたらいいなあ…


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。