恋姫異聞 白武伝   作:惰眠

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三 宛へ

 

 汝南袁氏。

 光武帝の御代に県令を務めた袁良に端を発し、その孫の袁安の代に司空、司徒と三公職を歴任して繁栄の礎を築くと、その袁安の二子の袁敞、袁安の孫の袁湯、袁湯の二子袁逢、三子袁隗までも三公にのぼり、そのことから四世三公と呼ばれるようになった。

 袁湯には三人の子がいた。長子袁成、そして先述の二子袁逢、三子袁隗であり、袁湯の死後に汝南袁氏の総領を継いだのは二子の袁逢だった。長子である袁成が跡を継がなかったのは、親である袁湯より早く死んだからであり、袁成に子はいたものの、庶子であり、また袁湯が死んだときにはまだ幼かったため、後継候補とはならなかった。その庶子は姓名を袁紹といい、長じて今は冀州(きしゅう)勃海(ぼっかい)郡太守として辣腕を奮っているという。

 そして袁逢亡きあと、三子の袁隗は失脚したものの、総領を継いだ袁逢が長子袁基は九卿(きゅうけい)のひとつ、太僕(たいぼく)の地位にあり、帝都洛陽にて名門貴族としての権勢を誇っている。

 

「その汝南袁氏総領の袁基は、南陽太守袁術の実の兄に当たります」

 

 茶を飲みながら、錬は閻象からそんな話を聞いていた。

 

 錬たちが丁荘里に到着したのは、すでに日も傾き始めていた頃合いであったため、閻象が博望に戻り、宛へと向かうのは翌日ということになった。閻象が言うには、袁南陽の招請は近日中であって期限を切られているわけではないため、一日やそこら遅くなったところで問題はないらしい。もちろん遅くなりすぎるわけにはいかないのだろうが。

 

「とすると、南陽太守も勃海太守も、袁家では傍流になるということですか?」

 

 汝南袁氏についての説明を聞いた錬は、そう質問した。

 

 現在、表に出ている袁氏は三人。総領たる袁基は九卿のひとり。袁術にしても袁紹にしても太守であり、地位としては一段劣る。漢の官職制度としては、中央政府の大臣も、地方官たる州刺史、郡太守も、制度上の管轄範囲による違いがあるだけで、上下関係はなく同格とされているが、錬の感覚としては、やはり中央のほうが上位で、担当する範囲が広いほど権力も大きいと感じるため、そのような感想が心を過ぎるのだ。だが、同時にそんな感想に違和感も抱く。錬からすれば、袁紹に袁術と言えば三国志の群雄としてその名は知識にあるが、袁基など聞いたこともない。三国志という物語では、袁紹と袁術(そちら)のほうが主流だと言っていいだろう。

 

 そんな錬の複雑な感想に、閻象がひとつの答えを出す。

 

「袁氏の本流という意味では、総領たる袁基がそうでしょう。ただ先代の袁逢は中常侍ら宦官との関係が深かったようで、その辺りで敵を作っていたようです。今代の袁基もその政策を踏襲しているようですね。

 一方、早世した袁成は宦官勢力と関係を結ぶことはなく、その子袁紹も親に(なら)っているようで、そのことから清流派辺りから期待を寄せられているようです。袁紹の宦官嫌いは有名ですしね。

 袁術については、名声は高くないものの、もし袁基が失脚、処罰されるようなことになれば、汝南袁氏の総領の座が転がり込んでくるでしょう。少なくとも、そう考える輩がその周りに集っているようです。総領袁基には相手にされない二流以下の輩ですが、であるからこそ狡猾に立ち回るのはお手の物でしょうし、どうにか袁術を権力の座に押し上げ、そのおこぼれに(あずか)ろうと画策していることでしょう。

 袁紹も袁術も太守として治めているのは恵まれた地方です。雌伏して力を蓄えるには良い立ち位置と言えます。今後の展開次第でどう転がるかは分かりませんね」

 

 なるほど、と錬は頷いた。

 これから――具体的にいつごろかは分からないが――漢は戦乱に荒れる。歴史通りなら、黄巾の乱が起こり、それが鎮圧されたかと思えば、董卓の専横から反董卓連合が結成され、その戦乱は洛陽を灰燼に帰す。そうなれば、中央での官職など意味をなさなくなり、力を付けた地方が雄飛する。まさしく群雄割拠に時代の到来である。そこで名を上げるのが、袁紹であり、袁術なのだろう。

 

「本流も傍流も状況次第。趨勢を見極めて時流をつかんだ者が主流となる、といったところですか」

 

 言う錬に閻象が微笑む。まるで、良くできました、とでも言われているような気がして錬は内心で苦笑した。

 それにしても、と錬は考える。閻象の情報力は驚きだ。商人だからこそ、と言ってしまえばそれまでだが、錬は、それだけではない、なにか凄味のようなものを感じていた。柳河郷(このあたり)に匪賊が手を出しかねている、という噂を知っていたことにしてもそうだ。自分に関連しそうな情報であれば大小問わず収集して分析し、活用する。それは策謀家としての資質と言っていいだろう。

 

(ひょっとして名のある人だったのかな?)

 

 錬には覚えがないが、閻象も史実に名を残しているのかもしれない。というか、むしろそうであってほしい。

 

(こんなことまで見通すのが普通だってんなら、有名な軍師なんてどれだけだって話だよなあ…)

 

 自分が表舞台に出ようなどと考えもしていない錬ではあるが、そんな智の怪物がいると思えばうんざりしてしまうのである。自分が生涯関わらないのだとしても。

 

「まあ、それでも袁南陽が台頭することはおそらくないと思いますが」

 

「なぜです?」

 

「聞こえてくる噂話が、あまりにも、なものばかりなのです…」

 

 政事(まつりごと)に興味を示さず、乱を鎮めようともせず、すべて部下任せ。

 我欲が強く、奢侈(しゃし)を好み、ただただ放蕩に(ふけ)る。

 そんなだから、部下も上に(なら)い、南陽治府は政治腐敗の温床と化しているという。

 いずれ周囲を取り巻く佞臣らに牛耳られ、傀儡になるだろう、というのが閻象の考えとのことだった。

 

「なるほど、この先そんな陣営が存続できるはずがない、と…」

 

 閻象の説明に頷く錬だったが、ふと思い出したかのように、少し愉快そうに口の端を上げる。

 

「…そんな袁南陽どのに呼び出されたわけですか、方全(ほうねん)さんは?」

 

「…そーなんですよねー…」

 

 虚ろな声音で呟く閻象である。

 

「単なる資金供与の要請程度の話ならいいのですけど…」

 

「そうでない可能性があるのかの?」

 

 閻象が浮かべる懸念に丁旋が疑問を投げかけると、少し考え込むように沈黙したのちに口を開く。

 

「…このところ少し派手に動き過ぎましたから。目をつけられてしまったかもしれません」

 

 今までであれば、自分の抱えている隊商の派遣に合わせてしか遠出をしなかったのが、錬に護衛を依頼できるようになったことで、宛や洛陽などの大都市での商談に単独でも赴けるようになり、商売の幅が広がったということらしい。

 

「場合によっては、資金提供(それ)以上の協力を強制されるかもしれない、という危惧はあります。もともと南陽郡に属していた官吏は別として、袁家の名に群がる有象無象(やつばら)は、能力的にも人品的にも二流がいいところです。となれば実務的な人材を欲してもおかしくはありませんから…」

 

「勢力下の有能な人物、ということで出仕を求められる、ということですか?」

 

「ええ…困ったことに、もしそうなった場合、拒否することはできないでしょうしね」

 

 嘆息しつつの言葉に、錬が怪訝そうな表情を浮かべているのを見て、閻象が続ける。

 

「袁家の要請を断れば、その影響は計り知れないのですよ」

 

「袁家は名門。その権勢は本拠である汝南から、ここ南陽、そして洛陽、冀州までと広範に(わた)る。商売人にとっては致命的じゃの」

 

 閻象と丁旋の説明に錬は、なるほど、と納得の表情を浮かべた。

 

「まあ、そんなことにならんことを願っておるよ。そろそろ夕餉(ゆうげ)の用意もできたじゃろうて。とりあえず飯にでもするとしようか。今日は延が鹿を仕留めてきたでの。馳走しよう」

 

 そんなわけで、その夜、錬と閻象は丁家の歓待を受け、翌朝、宛へと向けて出発した。

 

 

 

「これくらいなら大丈夫ですか、方全さん?」

 

 馬を進めながら、錬は自分の後ろに乗る人物に声をかけた。

 

「ええ、これくらいなら…いえっ、もう少し緩めてくださいっ」

 

 ぎゅ、と背中にしがみつく感触に、錬は手綱を軽く引いて速度を緩める。

 

 丁荘里にて閻象らと汝南袁氏について話をした翌朝、錬は警備隊副隊長の郭平への言伝(ことづて)を梁綱に託して拠点へと送り出すと、閻象とともに宛へと向かうことになったのだが、

 

「馬がいないんですか? それじゃ、方全さん、どうやって丁荘里(ここ)まで?」

 

「洛陽に行く隊商に便乗して寄り道をしてもらいました。ですので、士泰さんの後ろに乗せていただければ、と」

 

「それは構いませんが…」

 

 ということで、昨日の李豊に続いて、錬は閻象を後ろに乗せることになったわけだが、ひとつ問題があった。それは、

 

「あら、馬の背中って思ったよりも高いのですね」

 

「え、方全さん、馬に乗ったことないんですか?」

 

「はい、普段の移動は馬車ばかりでしたから…」

 

 と、いうことにあった。そして、先の会話へと続くのである。

 

(まあ、慣れてないと馬の上が怖いのは分かるけど…)

 

 馬の速さを常足(なみあし)からさらに遅く、人の歩く速さくらいにまで落すと、ようやく背中から回された腕の締め付けが緩む。それでもしっかりと回された腕が(ほど)かれることはなく、その様子に苦笑する錬である。

 

 実際、錬も初めて馬に乗った時にはその高さに、速足(はやあし)程度だったが走らせた時にはその速さと揺れに恐怖を感じたものだ。閻象の怖がりようは、度を越えているとは思うものの理解はできる。だから、(すが)るように抱き締められていることに否やはない。それどころか、

 

(まあ、役得ではあるし…)

 

 などと、少々不埒な感想を抱くに至った。背中に当たる柔らかい感触は、そのほっそりとした外見に似合わず、閻象の身体つきがなかなかのものだということが分かる。錬とて健全な青少年であり、そういったことに気恥ずかしさは感じるものの、忌避するなどあるわけがない。

 

(季宛さんや就ちゃんじゃ、馬に乗る程度で怖がるなんてことないしな…もっともあの二人じゃ、押しつけられたとしても…いやいやいや…)

 

 危険な領域に入りそうになった思考を慌てて散らす錬である。

 

 そんなことを考えられているとは知らず、というよりも忖度(そんたく)する余裕などあるわけがない閻象は、腕以上に力を込めて(つむ)っていた眼をようやく開き、なんとか許容できる程度まで馬の脚が落ちていることを確認して、ほっと息をつくと、小さく呟くように言った。

 

「…とりあえず、博望に寄りましょう。馬車を用意します…」

 

 

 

 途中、博望の閻家に寄り、馬車に乗り換えてから南西へと向かうこと一日半。

 見えてきた城壁に囲われた巨大な城市こそが、人口二○○万超を擁する南陽郡、その漢帝国最大級の郡を統括する治府たる宛である。

 無論、帝都洛陽には比するべくもないのだが、その巨大さに錬は圧倒される。見上げれば目も(くら)むような高さ、ということであれば、それはもちろん平成時代の東京の超高層ビル群に敵うはずもない。だが、見渡して端がないかのような広がりを見せる建造物ともなれば、宛城をはじめとする城市の防壁こそが、これまでの経験の中で随一のものであり、すでに三度目の来訪であるというのに、相変わらずため息が出るのを止められない錬であった。

 

 そんな錬の感慨を意に介することもなく、閻象は城市門の役人へと通行証を見せて許可を得ると、

 

「どうされました、士泰どの。許可は下りましたよ?」

 

 御者をしている錬を促す。その言葉に我に返った錬はいささか慌てると、やっ、と掛け声を上げながら手綱を(さば)いて馬車を進めると城門を通り抜けた。

 

「まずは、閻家(うち)の屋敷に参りましょう。場所は分かりますよね?」

 

「ええ、以前に来たところでいいんですよね? それなら覚えていますので。このまま登城するんじゃないんですか?」

 

 大路の真ん中近くの馬車用路をゆったりと進みながら、錬が問うと、

 

「それはもちろん…ああ、こういうところが士泰さんですね」

 

 何を言っているのか、と眉を寄せた閻象だったが、ふと思い出したように愉快気に微笑みを浮かべる。

 

「直接に赴いては礼を失することになりますので。一度、屋敷(うち)に滞在して、到着した旨を伝える使いを城に向かわせるのです。その使いが登城の許可と日時の返答を頂いてきますので、それから、ということになります。おそらくは明日、遅くとも明後日、ということになるでしょうね」

 

 と、変わらず微笑みを浮かべたまま言う。その表情が示すものが、錬の妙な常識のなさが物珍しく興をそそる、ということだと気付き、珍獣を見て面白がってるようなものじゃないか、と憮然として嘆息する錬であった。

 

 

 

 翌日、指定された時刻に城へと向かった閻象は、城門の少し前で止めた馬車を降りると、城門までは歩いて近付き、門番をする兵へと拱手をした。その後ろに従者よろしく追随する錬も、閻象に倣って拱手する。

 

「ご召致により(まか)り越しました、博望の閻家総代、閻象、字は方全、と申します。袁南陽さま、ならびに張長史さまにお目通りをお願いいたします」

 

「うむ、話は聞いている。取り次ぐゆえ、しばし待たれよ」

 

 閻象の丁寧な挨拶に、いささか横柄に思える態度で門兵は頷くと、城門脇の通用門から中へと声をかけた。

 しばらく待たされたのちに、その通用門が内側から開き、女官が顔を出す。

 

「閻方全どのですね。張長史さまがお待ちしております。どうぞこちらへ…」

 

 その言葉に、閻象と錬は女官の後に従って通用門をくぐった。無論、錬の腰の剣はそこで門兵へと預けられたが。

 門をくぐって後の前庭を横切るように女官は進み、正面にある建物へと入る。前庭での閲兵(えっぺい)の際に立つ張出しを上部に備えたその建物は、太い丸柱が何本も規則正しく並んでおり、それらが高い天井を支えることで、非常に大きな空間を作り出している。磨き上げられた柱や梁は赤や黄に塗られ、それに付随する腕木や欄間などには鳥や植物などの精緻な彫刻が彫り込まれている。

 それらは漢代(この時代)における最高級の建築様式に数えられるのだろう。さすがにそのようなものを初めて見た錬は、物珍しさに視線が動き回るのを止めることができなった。

 

(なるほど、想像していた中国の建物って感じだなあ。壮大さというか華麗さというか、は想像以上だけど…)

 

 できるだけ失礼にならないように、と自分なりに注意しながら観察していた錬のことなど、意に介さないまま、女官は閻象と錬のふたりを先導して、建物の中を進んでいくと、中庭に面する廊下に出た。そこで立ち止まった女官は振り返ると、錬へと視線を向ける。

 

「それでは、お付きの方はここまでとさせていただきます」

 

 それに、錬は問うように閻象へと視線を投げると、閻象が顎を引くようにして頷く。

 

「分かりました。それでどうしていればよろしいでしょうか?」

 

 錬が聞くと、女官は中庭のほうへと手で示した。その先には生い茂った木々に埋もれるようにして、それなりの大きさの、柱と屋根と、申し訳程度の腰壁だけの建物がある。

 

「あちらにあります、四阿(あずまや)にてお待ちください。もちろんですが、あまり出歩くことなどなさいませんよう」

 

「それほどお待たせすることもないでしょう。申し訳ありませんが、行儀よく待っていてください」

 

 女官の言葉に了承の意を表すように拱手してみせた錬に、閻象は冗談めかして言うと、促す女官に従って更に奥へと足を向けた。

 ふたりを見送った錬は、なんとなくため息をひとつ吐いてから、中庭へと足を下ろした。

 

 

 

 四阿には、円い卓と椅子があった。

 ここで待て、と言われたのだから遠慮はいらないだろう、と椅子のひとつに腰を下ろすと、錬は天を仰ぐようにして椅子の背もたれに身体を預け、息をひとつ吐く。

 四阿は、二面が開け、二面を植樹に囲われていて、屋根だけでなく枝葉によって陽光を遮られるようになっていた。その向こうには水場でもあるのか、木々の間を抜けてくる風が涼気を運んで錬の体を撫でていく。

 心地よい、と思えただろう。今が晩秋でなかったなら。

 さすがに風邪の心配をするほどではないものの、すでに冬の足音が聞こえようかという、この季節にはいささか涼し過ぎ、居心地のいいところとは言えなかった。とは言え、釘を刺された以上、四阿(ここ)に留まるしかないのだが。

 

「…手持無沙汰になり…」

 

 小さな呟きが途切れる。

 微かな気配を感じて、錬は右後方、生い茂る木々の向こうへと意識を向けた。

 

(敵意、はない。こちらを意識しているわけでもないか…というより気付いてないんだろうな)

 

 背後より近付いてくる気配を分析しながら、錬はゆっくりと気を抜いた。

 

(足音が軽い。子供か? 自分では忍んでいるつもりのようだけど…)

 

 そんなことを考えていると、足音だけでなく、がさりと枝葉をかき分ける音を立てて、その人物が姿を現した。

 予想通りに身体は小さく、まだ子供のようだった。来ている服は(きら)びやかで、その少女が裕福な家庭に属していることが(うかが)える。まあ城の中で自由に行動している時点で、上流階級の子供だろうことは明白だろうが。

 どういった状況でそうなったのか、自分がやってきた方向を気にしながら背中から出てきたために、顔を見ることはできないが、そのために見ることのできた腰の辺りまである長い髪は金色で、毛先に従って巻きが入っている。ところどころに葉っぱがひっついているのは御愛嬌だろう。

 

(…というか、金髪!? 金髪ってなに!? 東洋人じゃねえのっ!?)

 

 思わずツッコむ。

 村ではほぼ全ての人が東洋人の範疇内に収まる容姿をしていた。街に出れば、たしかに疑問に思う髪色の人々もいるにはいたが――閻象にしてからが金赤色なわけだし――、それでもここまで飛び抜けてはいなかった。完璧な金髪(ブロンド)。錬の時代でも、ここまで見事な金髪は珍しいだろう、と思えるほどの綺麗な金色だった。

 

「ふむ、どうやら撒いたようじゃの。あいつら、しつこいからの。このあたりでしばらく身を隠して…」

 

 鈴を転がすような声で、そんな不穏なことを呟きながら、四阿のほうへと身体を向けた少女は、それを視界に収めて――四阿の中に座る錬とばっちりと目が合って――一瞬にして硬直した。

 

(へえ、可愛らしい子だな)

 

 その少女の顔を正面から見て、錬が抱いた感想がそれだった。幼さはあるものの気品が感じられる顔立ち、少し吊り上がった眼は勝気さが垣間見える。今は感情が抜け落ちたような表情をしているが、笑えば花が咲くような美少女――いや、その十になるかならぬかと見える容貌からすれば、美幼女というべきか――だ。

 などと、錬が考えていると、その美幼女の表情がゆっくりと崩れ始める。目には潤みが、頬は引きつり始め、口は大きく開かれ、

 

「にょわわああ~~~っ!!」

 

 悲鳴を響き渡らせた。

 

 

 

 

 

 


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