恋姫異聞 白武伝   作:惰眠

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間が空きました…
なんとか書けました。




五 袁術

 

「まさか()()()()()()に税制について説くなんて、って」

 

 その言葉に錬の思考は一瞬停止した。

 

 現南陽太守?

 え? それって、あの袁術?

 なんで? なんでこんな子供なの? というか、幼女? 女の子? なんで? 男じゃねえの?

 あれ、太守? 子供に太守やらせてんの? どうなってんの、この国?

 

 次いで、そんな疑問とも言えない思考がぐるぐると脳内を駆け巡る。とはいえ、それらはまだ切迫した疑問ではない。そういうものだ、と納得してしまえばそれで済む話だ。混乱に侵されていても、錬の頭の片隅でこれまでに丁旋や閻象に聞いた話が思い出される。政府や軍の重鎮には女性も多いということや、袁術の実家である汝南袁家が名門だということなどだ。そんな知識から思考を進めれば、()()()()()()もあるのだろう、とは思いつく。

 そんなアレコレより、なによりも、

 

(なんで、太守が、南陽郡の首長(トップ)が、こんなところをうろちょろしてんだよっ!)

 

 錬の疑問の中で、それこそが最も切実な疑問だっただろう。

 愕然として自分を見つめてくる錬が、そんなことになっているとは露知らずにコウ、改め南陽太守袁術は、悪戯がばれてしまった子供の表情を浮かべる。

 

「むう、ばれてしまったのう。それでは、改めて名乗るのじゃ。姓は袁、諱は術、字は公路、この南陽郡の太守をしておるのじゃ」

 

 初めは申し訳なさげに苦笑いを浮かべたものの、名乗りの辺りでは誇るように胸を張って得意げに告げた。

 その袁術の微笑ましさに、錬は先程までの“コウ”との会話を思い出させられ、落ち着きを取り戻すことができた。だから、ひとつ大きく息を吐くと、袁術へと向き直り、拱手を掲げる。

 

「改めて袁南陽様に拝謁を得ます、白毅、字は士泰と申します」

 

 意識的に態度を改め、かしこまって挨拶をすると、錬はそっと上目で礼を受ける幼女の様子を(うかが)った。錬に(おもね)る意図はない。不遜とは思いながらも、コウこと袁術が、急に態度を変えた自分にどう対応するのか、それを見たくなったのだ。

 

「それはやめい、馬鹿者め」

 

 果たして、袁術は不機嫌そうに睨んでくる。

 

「堅苦しいのはいらないのじゃ。さっきまでの話し方でよい」

 

 その真意は分からないが、南陽太守としてではなく、コウとして接してほしがっている、ということは分かった。と言っても、それだけで馬鹿正直に従うわけにもいかない。そう考えた錬が今度は横目で青髪の女性へと視線をやれば、彼女は仕方がないと言わんばかりに嘆息すると小さく頷いて見せた。

 

「分かったよ、コウちゃん。これでいいかい?」

 

 錬が苦笑しつつ言うと、張勲は一瞬気色ばむが気を抑えて目を(つむ)り、袁術は満足げな笑顔で頷く。

 

「うむ、それでよいぞ。それでは、話の続きを…」

 

「ところで、美羽お嬢さま?」

 

「なんじゃ、七乃? (わらわ)は白士泰と話を…」

 

 勢い込んで錬へと話の続きをせがもうとしたところで、それを遮るように張勲に声をかけられて、袁術は不機嫌そうに答えるが、

 

「今はお部屋でお勉強の時間のはずだったのでは?」

 

 張勲の指摘に、硬直すると冷や汗を流し始める。それを見て、楽しそうな、実にいい笑顔で、張勲が言葉を続ける。

 

「先程、私のところにもお嬢さまを探しに女官の方がいらっしゃったんですけど~」

 

「や、それはじゃの…」

 

「先生も御冠(おかんむり)でしたよ~。今月に入ってこれで三度目ですしね~。これは、そろそろ次陽(じよう)さまにご報告なさらなければなりませんかね~」

 

「にょわあっ、七乃っ、それは許してたもっ。叔母上に報せるのだけは許してたもっ」

 

 ここまでくれば、袁術はもう完全に涙目で、張勲へと縋りついて懇願しはじめ、縋りつかれる張勲は恍惚とした表情を浮かべて身悶える。

 

「ああ、目に涙を浮かべて怯える美羽お嬢さま…なんて可愛らしい。さいこ~です~」

 

「…えーと、いいんですかね、これ、ちょっと普通じゃない気がするんですが…」

 

「…人間関係というのは人それぞれですから、他人が関与するべきではないでしょう…」

 

 錬と閻象が(はた)でそんな言葉を交わしているのを他所(よそ)に、張勲は瞳を輝かせ、頬を朱に染めたまま、袁術へと笑いかける。

 

「大丈夫ですよ~、私は美羽お嬢さまの味方ですから~。そんなことなど致しませんとも~」

 

「そ、そうかや? そうよな。七乃は妾の味方じゃものなっ。叔母上に告げ口したりはせんのよな?」

 

「もちろんですとも。私が美羽お嬢さまの苦しまれることなどするわけがないじゃないですか~」

 

「七乃~」

 

「美羽さま~」

 

 感激して抱き締めあっているふたりから少し距離を取って、再び錬が閻象に(ささや)く。

 

「…あ~、これでも()っといてもいい、と?」

 

「…人それぞれ、他人には分からないものもあるでしょうし…」

 

「…目を逸らさずに言ってもらえますかね、方全(ほうねん)さん…」

 

 

 

 

 

 ちなみに、次陽とは袁術の叔母にあたる袁隗の字である。袁隗は中央政界からは追われたものの、本拠である汝南郡に健在であり、袁家全体への影響力は未だに大きなものがあり、幼い袁術からすれば、おっかない叔母上なのであった。

 

 

 

 

 

 その後、場が落ち着いたところで、袁術の、

 

「妾はもっと士泰と話したいのじゃ」

 

 という言葉によって、四人は近くの応接室に場所を移した。

 その際に、錬が閻象へと質問を投げかけ、

 

「方全さんはよかったんですか?」

 

「ええ、急ぐ理由はありませんし…これから主になる方の御言葉は尊重しませんと」

 

 ため息を(こら)える苦笑未満の表情で言う閻象に、心中で御愁傷さまと手を合わせる錬であった。

 

(まあ、この間の話ほど酷くはないみたいなのは、一安心ではあるけどね)

 

「とりあえず、方全さんには主簿の地位を用意しますので、よろしくお願いしますね~」

 

 とは、張勲の言葉である。

 

「おお、閻方全は、妾に仕えてくれるのかや。ならば、士泰も、かの?」

 

 閻象が主簿になると聞き、喜色を露わにした袁術は期待を込めて錬を見遣った。だが、

 

「ん? どうしてそうなる?」

 

「だって、士泰は方全の護衛なのであろ? ならば一緒なのではないのかや?」

 

「いや、方全さんの護衛ってのは、一時的なものでね。警備隊こそが本職なんだ。だからあまり長く隊を離れるわけにはいかないな」

 

 今は危機がないとはいえ、これ以降もそうであるという保証もない。丁荘里を始めとする村々の安全を守るために警備隊を離れるわけにはいかないのは当然だ。

 

「む、そうか、残念なのじゃ…」

 

 錬の返答に哀しそうに俯いた袁術だったが、すぐにいいことを思いついたとばかりに顔を上げる。

 

「そうじゃ、我らの軍によって士泰の村を守ればよいのじゃ。なにせそれこそが本来の仕事であるのであろ? 七乃、すぐに…」

 

「いえ、お嬢さま。それはちょっと…」

 

 だが、張勲は難色を示して言い淀む。

 

「む…だめなのか? なぜじゃ、七乃?」

 

「え~と、ですね~…あ、ほら、今のところ、その村に危険はないのでしょう? なら、軍を派遣しても無駄になりそうじゃないですか。それにほら、そんなふうに無駄なことしてると、お嬢さまの蜂蜜を買うお金がなくなっちゃいますよ~」

 

「なんと、蜂蜜が…それはいやなのじゃ…て、そんな問題ではないのじゃ! 民を守るために軍があるのじゃろ? なら放っとくわけにはいかないのじゃ!」

 

 張勲の誤魔化しに流されそうになった袁術だが、ついさっき錬から教えられたことは、心にしっかりと根を張ったらしく、なんとか思い留まると、両手を突き上げて主張する。その様子に、どうしたものか、と表情を曇らせた張勲が、余計なことを教えて、と言わんばかりに錬を睨みつけるのを他所に、袁術は続けて言い募る。

 

「士泰の村に軍を向かわせるのじゃ。警備隊を助けるのじゃ」

 

「いえ、その、ですね~…」

 

 常になく誤魔化されない袁術に困惑を隠せない張勲が、視線を泳がせながら口籠る。その視線が袁術と錬とを行き来するのを見て、

 

「張長史どの」

 

 そう声をかけたのは閻象だった。

 

「彼のことは、信用してもよろしいかと。私が見るところ、士泰さんは義理堅い方です。そして、話してはいけないことを理解して、秘密を守ることができる方ですよ」

 

「…随分と評価しているんですね…」

 

「ええ。でなければ護衛をお願いなど致しません」

 

 閻象の言葉に、張勲が考え込む。その様子に、錬はなんとなく不穏なものを感じ、

 

「…そうですね、巻き込ませてもらいましょうか」

 

 そう呟く張勲の歪んだ口元を見て、それが気のせいではないことを確信した。だから、

 

「…都合が悪いようでしたら、オレは席を外しますので…」

 

「いえ、そんな必要はないですよ~。そのまま聞いていてください~」

 

 逃げようと腰を浮かせかけたところを、黒い微笑みを浮かべた張勲にあっさりと引き止められた。

 

「その上で、しっかりと酷使させて(お手伝いして)いただきますので~」

 

 

 

 

 

「さて、それでは、軍を派遣できない、というよりも、したくない理由なのですけども…」

 

 錬の退席(逃亡)を阻止した張勲は、仕切り直すようにひとつ手を鳴らすと、彼女の主君へと目を向け、

 

「…本当はお嬢さまにはお伝えするつもりはなかったんですけど…」

 

 少し伏し目がちな表情を浮かべると、そう前置いてから、人差し指を立てた。

 

「お嬢さまの権力の問題なんですね~。実を言いますと、お嬢さま個人としては南陽郡を完全に掌握できていないのですよ。というよりもむしろ、公的な権限のほとんどを自由には執行できない状況でして~」

 

 張勲の説明を受け、錬は眉をひそめたが、ふと袁術へと気遣わしげに目を向ける。その袁術は、眉を寄せて悲しげな表情で俯くと、

 

「…どういう意味なのじゃ?」

 

 その言葉に、錬は脱力感に襲われて卓に突っ伏し、閻象は天を仰いで嘆息し、張勲は恍惚の表情で目を潤ませる。

 

「…あ~、え~とだな…要するに、今のコウちゃんには南陽郡の人たち――役人とか部将とかに好きなように命令を聞かせられない、ってことだよ」

 

「な、何故(なにゆえ)なのじゃ? 妾は南陽郡太守じゃぞ? 名門袁氏の御曹司じゃぞ? 何故、妾が南陽郡の者たちに言うことを聞かせられないのじゃ!?」

 

 要約した錬の言葉に、袁術は愕然として叫ぶ。その疑問に答えを返せるのは、この場ではひとりだけ。

 

「派閥の問題なんですよ、お嬢さま~」

 

 その答えを持っている張勲が小さく呟くと、神妙な表情で三人を見回す。

 

「現在の南陽郡治府を始めとする官府上層部には、大きくふたつの派閥がありまして~、お嬢さまの実家の袁家に連なる者たちによる派閥(もの)がひとつ。これは、お嬢さまの太守赴任とともに袁家から派遣された形になっている、文官たちを中心とした派閥ですね~。もうひとつは南陽郡出身者たちからなる派閥(もの)で、こちらは、いわゆる地元豪族の武官中心の派閥なんですが…」

 

 土佐藩の上士と郷士のようなものかな、とは錬の感想である。

 江戸時代初期に土佐藩主になった山内家に元から仕えていた上士と、元々は地元長宗我部家の家臣だった郷士による二重支配構造。

 実際には似て非なるものだが。

 

「その袁家派閥も、完全なお嬢さまの味方とは言えません。彼らの忠誠は、お嬢さま個人にではなく、袁家本家に向いて…いえ、それも正確ではありませんね~。彼らが重視するのは自らの権益。そのために袁本家に(へつら)っているだけ。そこに忠誠などという殊勝な心持ちなどあるわけもありません」

 

 それを聞いて、錬は先日の閻象の話を思い出した。

 なるほど、袁家周辺に(たか)る者たちにとって、袁術という存在そのものは重きを為してはいないらしい。

 それは、続く張勲の言葉にも表されていた。

 

「もし、お嬢さまの存在が自分たちにとって害になると判断したならば、彼らはお嬢さまを排除しようと動くことでしょうね~。そしてそれは決して不可能なことでもありません。お嬢さまは袁家の次期総領候補のひとりです。潜在的な敵は、洛陽(中央)にも、冀州()にも、それ以外にも…」

 

「な、なんと…」

 

 張勲の話を聞いて、驚きに力なく呟く袁術は、哀しげに表情を崩して(うつむ)く。

 

「わ、妾は、いらない子じゃったのか…」

 

 その呟きに罪悪感から表情を歪ませた張勲が、立ち上がると袁術へと身を乗り出して叫ぶ。

 

「そんなことはありませんっ。お嬢さまを軽視しているのは、そいつらの性根が卑しいからです。お嬢さまの素晴らしさを理解できない三流以下の奴らなんです。そんな奴らに、お嬢さまが気を(わずら)わせる必要なんて、これっぽっちもありませんっ」

 

「…七乃~」

 

「それに…」

 

 涙を浮かべながら顔を上げた袁術に、張勲は穏やかに微笑むと、落ち着いた口調で話しかける。

 

「私は何があってもお嬢さまの味方ですから」

 

 それは正しく慈母の笑み。物心つくかのころに母と死に別れた幼女にとっては、初めて目にする無償の愛を感じさせる微笑みであった。そのことを感じ取った袁術は、先までとは違う理由で涙ぐみ、しかし、笑顔を浮かべて張勲を見つめ返す。

 ふたりの信頼関係が窺えるその様子に、錬も閻象も表情を崩した。錬はただ微笑ましかっただけだが、閻象はそれだけではない。今後、このふたりを支えていく立場になる閻象にとって、それは好ましいもの。仕えることが決まったのならば、仕え甲斐のある、少なくとも不快を感じない相手であってほしい、と思うのは当然のことだろう。

 だが、感激から今にも抱擁しそうな主従に、こちらまで情を同じくしていては今後に差し障る。そう冷静に考えて、閻象は少々わざとらしい咳払いで、場の空気を引き戻す。

 

「それで、張長史どの。その袁本家の威を借る者らは、袁南陽さまが政務に口を出すことを好まない、と?」

 

「ええ、その通りです。彼らにとっての最善は、自分たちだけで南陽郡の政務を取り仕切ること。そして、その際に生じる利権を貪ること、です。そのためには、お嬢さまに余計な知恵はつけてほしくはない。政務に興味を抱いてほしくはない」

 

「つまり、コウちゃんの命令で軍を派遣しようとすると、そいつらを刺激することになって…」

 

「ええ、彼らに警戒を抱かせることになるでしょうね~。軍の派遣案も財政不足とかなんとか理由をつけて潰されるでしょうし~。せっかく、お嬢さまのワガママでおバカなところを見せて油断させているところなのに、そんなことになったらいろいろと台無しです~」

 

 錬の言葉を受けて、張勲が見解を示し、愚痴をこぼす。その内容に思わず顔を引きつらせた錬は、そっと横目で袁術へと視線を向けるが、当の袁術は気にした様子もない。

 

「せめて、そいつらを南陽官府の中枢から排除するまでは、今の状況を維持していたいんですよね~」

 

「排除、ですか…その、当てはある、と?」

 

「ん~、まだ、当てと言えるほどではないんですけど~…」

 

 人差し指を口元に当てて、少し上を見上げるようにする張勲は、

 

「アレをあーして、コチラをこーすれば…あと一年もあれば、なんとかなると思いますけれどね~」

 

 事もなげに言い切る。

 その言い様に、錬は今日何度目かになる寒気を背中に感じた。

 先ほどの話から、今の張勲はこの南陽郡において孤立無援の状況にあるはずで、だがその状況からたった一年でなんとかなる――おそらくはこの南陽の実権を握ることができる、張勲はそう言っている。

 いったいどれほどの謀略の才を秘めているのか。

 

(うん、この女性(ひと)は、敵に回さないように気をつけよう…)

 

 錬がじわりと湧いてくる恐怖とともに、そう考えるのは当然と言えるだろう。

 そして、

 

「おお、さすがは七乃じゃ。良く分からぬが、よろしく頼むのじゃ」

 

 と、張勲へと称賛の声を上げるのは袁術だ。

 

(あ、そうか、分かってなかったんだな、コウちゃん。結構、(ちょく)毒づか(ディスら)れてたんだけど…)

 

 話が難しくなった辺りから聞いてなかったらしい袁術に、内心で苦笑を禁じ得ない錬であった。

 

 

 

 

 

 





会話だけで、話数が終わっていく…
なんとか場面を進めたいんですけど…
書いてると間延びしてしまうのは、ままなりません。
すみませんが、こういう話だと思ってお付き合いくださいませ。


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