恋姫異聞 白武伝   作:惰眠

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七 暗躍

 

 

 途中、博望の(えん)家に滞在して、拠点の情報が届くのを待つこと一日、錬が宛に到着したのは、先だって離れてから七日後の昼頃だった。

 閻家の伝手(つて)で手に入れた別の商家の紹介状を使って無事に城門を通過した、錬と梁綱のふたりは、閻家で聞いた拠点を探して、宛城下を歩く。

 

「…対角に結び目をつけた布を門先に下げた家。あれか」

 

 それはそれほど手間をかけることなく見つかった。

 情報通りの場所に、情報通りの目印。それを確認し、何食わぬ顔でその門をくぐって屋敷へと入る。

 

 とある商家が食客のために用意した屋敷。

 そんな設定で用意した拠点だ。

 設定というが、それ自体は本当の話だ。某商家が護衛に雇った食客を住まわせていた、というのは。ただ今は、その商家自体が衰退し、その屋敷も他の商家への抵当になってしまっていたりする。それを閻家が手を回して確保した。

 そんな理由から、錬と梁綱のふたりは、とある商家の元護衛で、仕官先を探して宛へとやってきた、ということになっている。屋敷は、元雇い主の商家からの好意で使わせてもらっている、というわけだ。

 なぜそんな設定を決めているのかといえば、この屋敷がごく普通の住宅街区に立地しているからで、任務の性質上、目立つわけにはいかず、周囲に不審がられるわけにはいかない。できるだけ周囲に溶け込みたい。そんな理由から、周辺住民から受け入れられる立場でいる必要がある。

 それが、仕官志望の武人、というわけだ。

 そんなわけで、というだけのことでもないのだが、ふたりともそれなりに武装していた。

 錬は長剣と二本の短剣を腰に、弓矢を背に、梁綱は槍と中剣を、それぞれ携えている。今回は騎乗せずに徒歩で、これも流れの武人には馬までは手が出ないだろうからだ。金銭的に、入手はまだしも維持できずに。

 

 食客を住まわせていた、というだけあって広い屋敷だった。

 広間や食堂に厨房、個室にしても十以上ある。鍛錬するに十分な広さの中庭に、寛ぐための四阿(あずまや)まである。

 そのうちの食堂の卓の上に積み重なった竹簡があった。一番上の竹簡を手に取って中を検める錬に、

 

「なんですか、それ?」

 

 梁綱が聞く。

 

「…韓宜伯正、南陽郡舞陰県…これは武官名簿だな。こっちは部曲の台帳か。これが南陽郡の情報ってわけだ」

 

「…それ、全部、ですか?」

 

「だろうな」

 

 どことなく引きつった声音で言う梁綱に、嘆息気味に答えると、錬は意を決したように、その竹簡の山の前に腰を下ろした。

 

「仕方がない、目を通すか。ああ、奉武、表の目印の布を仕舞っておいてくれないか。あと近所に挨拶回りも頼めるか」

 

「分かりました、隊ち…いえ、すみません、士泰さん…」

 

 隊長、と返しかけて睨まれた梁綱が言い直す。呼び方には注意しろ、とは道中で言われていたことだ。ただの仕官志望の武人が隊長呼ばわりは不審を呼ぶだろう、ということで。だが、慣れとはなかなか抜けないものだ。

 意識して気をつけなきゃな、と心に言い聞かせて、梁綱は門に下げられた目印を片付けると、そのまま近所回りへと出て行った。

 

 それから、近所回りから帰ってきた梁綱が、屋敷内の掃除を始め、日が沈み、夕食を摂りに外へ一度出ただけで、錬はぶっ通しで竹簡に目を通し続けた。検めながら、目を通しておけばいいだけのものと、改めて確認するべきもの、後で再検する可能性のあるものに分けていく。

 そんな作業を、ほぼ機械的に続けていた錬だが、ふいにその手が止まり、視線だけが窓の外へと流れる。

 

「どうかしましたか?」

 

「落ち着いて、気配を探ってみな」

 

 竹簡の仕分けを手伝っていた梁綱が、その様子を見て(いぶか)しげに聞くと、表情を変えないままに錬が小声で答える。

 それに、梁綱は素直に従って、半眼になり、

 

「?……あ…」

 

 何かに気付き、びく、と身体を震わせると、錬が視線をやる窓へと顔を向けた。

 

「誰だっ」

 

 その声を受けて、窓から黒装束がひとり、影が滲み出るかのように入り込んでくると、身構える梁綱へと制止するように左の掌を掲げた。

 

「まあ、待て。敵ではない」

 

「あんたが遣いの細作か?」

 

 そう問うたのは錬。明らかな不審者の侵入にも、慌てず姿勢すら変えることなく、目を細めて見遣る。

 

「ああ、目印がなくなっていたので、な。それでは、貴様が白士泰か」

 

 名を呼ばれて初めて、錬は黒装束へと身体ごと向き直った。

 

「ああ、オレが白士泰だ。こっちは梁奉武。オレの部下だ。それで、そっちは何と呼べばいい?」

 

「ふむ…それでは、“壱”とでも」

 

 明らかに偽名、しかし、それは当然でもある。この男は細作――影の仕事に携わる人間だ。その立場上、名は秘すものだろう。それを察して、錬は頷く。

 

「了解した、壱。それで、あちらからなにか伝言はあるか?」

 

「いや、ない。新しい情報も特にはないな」

 

「そうか。それで、今後の連絡はどうする?」

 

「こちらからはこれくらいの時間に来ることにしよう。誰も居なければ何らかの目印は残しておく。そちらから連絡を取りたいときは、日が沈む前に例の目印を軒先に下げておいてくれ。それを確認したら同じように来るようにする」

 

「了解した。他に決めておくことはあるか?」

 

「今はそれくらいでよかろう。それではこれで…」

 

 素気なく、そんな会話を並べると、壱と名乗った細作は現れたときと同じように姿を消した。

 

 

 

 

 

 それから数日、錬と梁綱は街を歩き、食堂や酒場などで噂を聞き込み、主な武官の屋敷で働く人々にも接触して内情を探った。

 その結果、分かったことと言えば、通り一遍の評判――韓宜や紀霊の人気の高さとそれに比して韓忠らの主だった豪族武官の悪評――であり、このところ、韓忠がその一党であるところの豪族との交流を深めている、ということだった。その豪族というのが、伊俊(いしゅん)という姓名()であり、この男がつい最近、街の破落戸(ごろつき)を屋敷に囲った、ということも。だが、

 

「まあ、なにか企んでるんだろうが…」

 

 この程度の情報では、それ以上のことに、推論でさえも進まない。

 

「…やはり、忍び込むしかない、かな?」

 

「まあ、そうだろうな」

 

 錬の嘆息交じりの言葉にそう答えた、壱と名乗る細作だが、

 

「そっちで動くことは?」

 

 続く問いには首を横に振る。

 

「我らも手が多いわけではないのでな。(あるじ)らの警備と対象への監視の他に回せるほどではない」

 

 それもそうか、と錬は頷く。韓忠もしくは伊俊の屋敷を探るにしても、意味もなく忍び込むわけにはいかない。どちらかの訪れを待つ等の機を(うかが)わなければ意味がない。となれば一日二日で済む話ではなくなるわけだ。

 そして、袁術陣営の細作の手が武官の派閥争いにまで回るのならば、張勲が武官(そちら)への対応を、錬に任せる必要もない。

 

「となれば、自分で何とかするしかないわけだが」

 

 とは言え、それが可能かどうかの判断が錬にはできない。

 

「と言うわけで、予行演習を手伝ってくれないか?」

 

「…どういうことだ?」

 

「オレと奉武に隠密活動が可能かどうか。それを確認したい。具体的には、あんたらが警備する所への潜入を試したい」

 

「ふむ…警備(こちら)は通常通りでいいのか?」

 

「ああ、でなければ意味がないだろう」

 

 聞けば、宛城でも奥に――袁術や張勲らの部屋に近いほど、張勲配下の細作でも手練(てだ)れが警備していると言う。つまりは、張勲の執務室を目標としてどこまで潜入できるかで、隠密能力の尺度としようというわけだ。

 

「承知した。実行は明日の夜ということでいいか?」

 

 壱の確認の言葉に錬が頷く。

 それから、錬、梁綱ともに、壱から隠密行動の要領を聞き、指導を受ける。音を立てない足運びや体(さば)き、見張りの死角のつき方など。

 

 そして、翌日の夜――

 結果、梁綱は通常の警備には発見されなかったものの細作に捕まり、錬は外縁の細作らこそかわしたものの中心部へと差し掛かる辺りの手練れには見つかってしまった。とは言え、ふたりとも潜入など初めての素人であることを考えれば、上等な結果だろう。壱からの評価もそのようなものだった。

 

「ふたりとも、隠密に長けた者がいなければ問題はないだろう。無論、過信は禁物、慎重に行動するのが前提だが」

 

 言われずとも慢心などしようとも思わない。頭領である壱以外の細作にも察知されているのだ。上には上がいる。油断など出来ようはずもない。

 だが、それでも、これで目途はついた。今後は、より踏み込んだ諜報をすることになるだろう。

 

 

 

 

 

 それは、三日後の夜のことだった。

 

 物陰から韓忠の屋敷を監視していると、伊俊の監視をしているはずの梁綱が音もなくやってきた。

 

「どうした?」

 

「伊俊が外出しまして、おそらくはこちらに…」

 

 その言葉が終わらないうちに、やってきた者がいる。伊俊である。

 そのような必要もなかろうに、不審なほど周囲へと気を配りながら韓忠の屋敷へと入っていく。

 これから悪巧みをしますよ、と、そう言っているようなものだ。

 いくらか呆れて脱力を感じながらも、錬はするべきことをやろうと気を取り直す。

 

「さて、それでは忍び込んでみようか」

 

 気を取り直した、というより、どこか浮かれたような口調の錬に、どことなく不安を覚える梁綱。

 

「え~と、大丈夫ですか?」

 

「ん? あ、ああ、壱にも認めてもらえてはいるし、まあ大丈夫だろう。細作の警護もいないようだしな」

 

 梁綱が向けてくるにしては珍しく疑念の混じった声音に、錬は多少狼狽(うろた)えつつも屋敷の気配を探って答える。南陽豪族らに優秀な細作が存在しないことは、壱から聞かされてもいる。壱配下の細作にも匹敵する錬であれば、忍び込むのが韓忠の屋敷である限りは問題ないだろう。

 

「奉武は門を見張っていてくれ。伊俊が戻るようなら、そのまま伊俊(そっち)を頼む」

 

 指示に梁綱が頷くのを確認して、錬は音もなく塀へと跳び上がり、屋敷の中へと消えた。

 

 

 

 

 

 塀を越え、木立の陰を抜け、屋根の上を音もなく走る。

 細作の頭領に教えてもらった知識と技術を駆使して、錬は人目を忍んで進む。ただ、それは優れた隠密技術というよりも、この世界に来た際に跳ね上がった身体能力によるものだ。主棟の屋根上まで何事もなくたどりついて、錬はそのこと――柳河郷で警備隊をやりながら心の中から消え始めていた、その事実を改めて実感した。

 屋根の上に(うずく)まり、周辺の気配を探る。

 屋敷内の護衛や家人に感付かれた様子はなく、錬は無意識に口の端を上げた。思った以上に上手くいっているじゃないか。そう考えて。

 しかし、同時に気がつく。どうも、主棟内に韓忠と伊俊らしき気配がない。もちろん、感じ取れていないだけ、ということもあるだろうが、と錬は考えを巡らせる。

 ふたりが後ろ暗い相談をしているとして、どこにいるか。余人に聞かれたくないだろうことから、誰も来ない奥まった部屋か、誰かが来てもすぐ分かる離れか。

 見回して、庭先の離れを見つける。闇に慣れた目に、その離れに灯火が灯っているのを見つける。

 

(そこか…)

 

 目を細めて見遣り、離れへと向かおうとして、ふと首だけで振り向いた。

 振り向いた、そうして初めて、その所作が何かの気配を感じたからであったことに、錬は気がついた。微かな、本当に微かな、見られていたような気配。後ろの首筋を羽毛で撫でられたかのような感触だったが、今はもう霧散して微塵も感じられない。

 あるいは気のせいだったか、とも思われる感触に軽く首を捻りながら、改めて気配を探ってみるが何か特別なものは感じ取れない。

 やはり気のせいか。そう思いながら、しかし、どことなく小骨が喉に引っ掛かるような感覚を覚えながら、錬は離れへと向かった。

 

 

 

 

 

「…そっちは大丈夫だ。金を掴ませておけば問題ないだろう」

 

 離れの屋根の上についた錬が耳をそばだてれば、足下からそんな声が聞こえてくる。伊俊だ。

 

「襲うのは郡都尉の叔父上だ。一歩間違えれば命はないが、それを知っていても、か?」

 

「仕組であることは言ってあるからな。護衛に協力者がいるから、適当に仕掛けて、適当に退けばいい、とな。上手くいけば、金をやって、南陽から逃がしてやる約束になっている」

 

 そう言う伊俊の声に嘲笑の響きが混じる。

 

「まあ、そんな訳はないが、な」

 

「ああ、裏を知る者は殺しておくに限る。死人に口なし、ってな。その場で斬り捨てる」

 

 相手――韓忠も同様に嘲る。

 

「それで、ブツは手に入ったのか?」

 

「いや、まだだが、目途はついたようだ。破落戸のひとりが、ヤツの屋敷の下女を(たら)し込めたようでな。近日中に何か手に入れられる、とさ」

 

「そうか。じゃあ、それが手に入ったら、決行日を決めるとしよう。ははっ、もう少しだな」

 

「ああ、もう少しで、ヤツを排除できるぞ」

 

 暗い笑声を聞きながら、錬は会話の内容を整理する。

 (はかりごと)の表向きは、郡都尉韓宜への襲撃。襲撃には伊俊が雇った破落戸を使い、韓宜の護衛につく韓忠がそれを迎え撃つ。破落戸には、あらかじめ裏で入手した紀霊の身元を示すものを持たせておいて、襲撃が紀霊の企てたものだと、韓宜に誤認させ、罪に問う。

 そんなところだろう。それが正しく運ぶかどうかは別として。

 破落戸には上手いことを言うも、実際は襲撃の際に皆殺しにするつもりなのは当然だが――そんなものは騙されるほうが悪い――、噂に聞く韓宜や紀霊の性質を考えれば、そう簡単に嵌まるとも思えない。

 ただ、韓忠も南陽武官の有力者だ。ごり押しで紀霊を貶めることはできるかもしれない。

 

 対処法としては、襲撃に介入して、破落戸を殺させずに確保する一方、逃げ切った破落戸を始末するために待機しているだろう伊俊を確保すれば、言い逃れもできまい。

 

 そんなことを考えている間に、打ち合わせは終わり、韓忠も伊俊も離れを出て行こうとしていた。

 それを錬は、じっと屋根の上で身を潜めながら見送る。ここまで露呈していないのだから気にすることもないのだろうが念のためだ。周辺から人の気配がなくなるまで待ってから身を起こし――

 

(また、だ…)

 

 再び、羽毛が頬を撫でるかのような微かな感触に、無意識に視線が動く。しかし先程同様、掴み損ねた霞のように、掻き消える。

 反応を見せなければどうだったのだろうか。ふと、そんな思いが心を過ぎり、今しばらく身動きを止めて様子を見る。が、なにも起こらない。

 やはり、気のせいだったのか。そう考えるも、どことなく腑に落ちないものを感じながら、錬は軽くため息を吐くと動き始める。

 今一度、主棟へと向かい、伊俊がすでに退去していることを確認してから、錬は忍び込んだのとは反対側の、屋敷の裏手へと抜け出した。

 

 誰もいない路地へと降り立ち、念のための警戒にと周辺の気配を探る。

 なにも感じない。問題ないか、と、ほっと安堵のため息を吐くと、帰ろうとして歩き出し――

 

 ちり、と首の後ろを(あぶ)られたかのような感触に、反射的に身を前方に投げ出した。

 ひゅん、と背後に風を切る音を聞きながら、地面を転がるようにして距離をとると、素早く身を起こし、手を腰の長剣へとやり、身構える。

 身構えながらも、身を襲った現実と自分の咄嗟の反応とに、恐怖と安堵から、ぞくりと身を震わせつつ、錬はそれを見て、驚きに目を見開いた。

 

 横薙ぎに振り抜いた、日本刀にも似た長剣を引き戻して構え直す、それは長い黒髪の少女だった。

 全体に丈の短い、紫紺の服をまとい、額には鉢金(はちがね)、足元は脛当て、どことなく日本の忍者にも似た雰囲気の出で立ちの、その襲撃者が年端もいかない少女だということに、錬は驚いたのだが、考えてみればこの世界では優秀な女性が多い。とすれば、それほど不思議なことでもない。

 

 一方、少女のほうも驚きの表情を浮かべていた。

 声を発してはいないが、その理由に錬は察しがつく。気配を消した背後からの初撃をかわせたことに、自分でも驚きを禁じ得ない。おそらく必殺の意気をもって振るった一撃をかわされるとは思っていなかったのだろう。

 だが、それも一瞬のことだった。

 気を取り直して、目を細めて錬を睨みつける少女が、無言で斬りかかる。

 それに錬は抜き打ち気味に長剣を合わせて弾き返す。

 そこから、一閃、二閃、そして、三閃。

 疾風、いや雷光のような少女の剣光が閃き、しかし錬もそれを弾き、逸らし、受け流す。

 

(はや)い。捷すぎるっ)

 

 一瞬の三閃をかろうじて防ぎ切り、間合いをとった錬は、冷たい汗を流して震え上がった。防いだ、といっても、ほとんど反射だけの対応が(たま)さか図に当たったに過ぎない。少女の振るう剣閃は、これまでの何より捷い。楽就の棍よりも、李豊の槍よりも。それでも、もし、そのふたりとの修練を経験していなかったら、この攻防で錬の命は確実に刈り取られていただろう。

 だが、それも時間の問題だと思われた。このまま攻め続けられたら、必ずどこかで破綻するだろう。それは錬の命の終わりを意味する。

 その事実に、錬は恐怖とともに後悔した。たった一度、潜入が上手くいっただけで、自分は自惚れてはいなかったか。慢心から重要なことを忘れていた。理解したつもりでいて、実際には全く理解できていなかった。上には上がいる。自分は、武では楽就にも李豊にも、隠密では壱にも及ばない程度だというのに。

 

 冷静に間合いを測っていた少女が、無言のまま、再び斬りかかろうと姿勢を落とすのを見て、錬は歯軋りを噛み締めて長剣を構え直す。死ぬにしても抗えるだけ抗ってやる。そんな半ば捨鉢な気合いを抱いた錬の耳に、その声は届いた。

 

「おい、今の音はなんだ?」

 

「打ち合いの音じゃないのか? どこだ?」

 

「屋敷の裏だ。行くぞ」

 

 そんな声が、先程まで錬が潜入していた韓忠の屋敷から響いてくる。

 

 ふ、と、少女から殺気が薄れたのを感じて、錬が訝しげな視線を送ると、少女は無言、無感情なまま、構えを解き、音もなく姿を消した。

 その様子に逆に錬は警戒を強め、周囲の気配を探るが、感じ取れるのは屋敷の警備の者たちが騒ぐ気配だけだ。

 

「…助かった、のか?」

 

 半ば呆然と呟き、自ら発したその声に我に返ると、錬は走り出した。

 走り近付いてくる警備から、そしてついさっきまで自らにまとわりついていた死の気配から逃げるように。

 

 

 

 

 

 

 

 





更新遅くなりまして申し訳ありませんでした。

今話最後の、あの少女との対決に持っていくのに四苦八苦でした。
なんとなく走った感があるのは自覚してます…

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