恋姫異聞 白武伝   作:惰眠

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四 会合

 

 結論から言えば、その夜に行われた集会で、錬のことは村人たちに認められ、受け入れられた。あっさりと…そう、錬自身が、それでいいのか、と不安になるほどに、実にあっさりと。

 

「丁旋村長が決めたことなら…」

 

 村人たちの総意としては、そういうことのようだった。

 そして、村を脅かした危難の残滓を積極的に解決するために、賊の討伐を行うことも。

 

 村の守りもあるため、賊の根城へと派遣する人員は5名と少ない。だが、その中には、ひとりで賊30人を斬り捨てたのちに、その首領をも討ち取った錬も含まれる。賊の残党について、その規模は明らかではないが、あれほどの武を示した錬をもって奇襲をなせば、すでに刷り込まれていると思われる錬という存在への恐怖もあって、制圧するに難くないだろう、との判断がある。

 だが、村人たちの反応からは、それだけでない感触を、錬は抱いた。その要因は、錬とともに討伐に赴く者たちにあるようだった。

 

 そのうちのふたりについては、すでに錬も顔見知りである。丁延と李壮だ。丁延は、その弓の腕前と村長の孫という立場からのまとめ役として、李壮は、村で最も剣槍の扱いに長け、また常から丁延の補佐役を担っていることから、このふたりが主として討伐に赴くのは、村の総意として既定であるらしかった。それについては先の丁旋村長との対話中に、それらしいことを聞いていたので、錬に否やはない。というより、否定するだけの、村についての知識がないのだが。

 

 そして残るふたり。そちらが錬には意外、というか、驚きの人選だった。

 どちらも、うら若い、人によっては、年端もいかない、と表現するような、そんな少女だったからだ。だが、村人たちの反応を見る限り、そのふたりの少女が討伐に同行することに、彼らは反対どころか不安さえ抱いていないかのようだった。むしろ、そのふたりを連れていかないで誰をつれていくのか、という雰囲気さえ漂っているのを感じ取って、錬は疑問を口にするのを止めた。

 

 見れば、会合に出席しているのは男女問わず、だ。ということは、錬が知っている古代国家における男尊女卑の風潮は、この村にはないのだろう。そんなことを考えながら、錬は、集会所の上座で椅子に座って会合を進める丁旋の後ろに控えるように立って、敷き詰められた茣蓙(ござ)の上に思い思いに座って彼らの長に視線を向ける村人たちを、見るともなしに見ていた。

 

 会合では、錬が感じた空気を補強するように、男女の別なく発言していて、彼らがそれに違和とか忌避とかを感じている様子も見られない。

 錬の知識からすれば、古代中国や日本は完全に男尊女卑の社会だと認識していた。それは、社会の成立からして致し方がないことでもあろう。今この時より更に時代を遡り、村や邑という狭い範囲だけで世界が閉じていた社会では、そのような風潮が醸成されることもなく、あるいは逆に子を為せる女性のほうが優位な社会さえ成立したかもしれないが、国が興り、その利害により(いさか)いが起こるようになれば、相争うための能力である腕力に優れる男性が、社会の主導権を握るようになる。それは、ただ単に社会的役割による性差区別であって、男女のどちらがすぐれているかという理由によるものではないのだが、社会が成立するための必然性として、そういうものだと思っていた。

 にもかかわらず、この村では、公共の場で、男女が等しく振る舞っている。それは、彼らが平成人である錬と同基準の精神性を有しているか、あるいは、男女での社会的役割に対する能力差が格差を生じさせないほどに少ないか、だろう。

 

 そう思って、明朝、共に賊討伐に赴くと紹介された、ふたりの少女に目を向ける。

 

 ひとりは、錬と同じ年くらいに見える娘で、皆からは、豊、とか、季宛、とか呼ばれていた。

 背の高い娘だ。並んで立てば、錬とそう変わらないくらいだろう。少し緑がかった色合いの黒髪を、腰の辺りまで伸ばして首の少し下辺りで括っている。揺れればさらさらと音がしそうなほどに、癖がなく真っ直ぐな、その髪は、近くにあれば思わず手で触れてしまいそうに美しい。

 顔立ちも、それに負けない美貌をしていて、色白な細面で少し尖った顎が怜悧な印象を与えている。瞳の色も見えないほど切れ長で細い目元が、さらに冷徹そうな雰囲気を増長しているが、その美貌に瑕疵をつけるほどではない。ただ、それにも増して、内面を読ませない無表情が、冷徹を通り越して、酷薄さを見る者に抱かせる。もし下心ありきで声でもかけようものなら、そんな軽薄男など冷笑ひとつで再起不能なほどに粉砕しそうだ。

 体格は背の高さに似合わず、細身で、華奢。武器として手に持てば、小刀でさえ、その重さに耐えかねて、逆に振り回されそうなほどに見える。そんな華奢な体格で、賊討伐に同道できるとは、やはり思えないのだが、それはまあ考えても仕方がない。細面の容貌からすれば、なるほど、と思わせるように肉付きは薄いようで…と、そこまで考えて錬は無意識的に思考を止めた。

 秘かに観察していたはずの娘と視線が交錯したからで、目が合った、とまではいかなかったが、なんとなく、それ以上はやめろ、という警告を、何かが発したような気がしたからだ。己の内側から、本能的な何かが。

 ふと気になって、一旦は逸らした視線を、そうとは悟らせないように十分に注意しながら娘のほうに向けると、それにもかかわらず今度は明らかに目が合い、その美貌が笑みの形を浮かべる。

 

(あ、うん、だめだ、これ、だめなやつだ…いまならまだゆるしてもらえそうだから、かんがえるのをやめよう…)

 

 三度、その娘から――にっこり、とはとても表現できない、その微笑みから、錬は目を逸らした。

 

 そして、その逸らした視線の先には、隣に座る、もうひとりの少女がいた。と、こちらとは初めから目が合い、すなわち、錬の注目が自分に向いたことに気付いた少女の、その面に、満面の、と評してもいいほどの笑顔が弾ける。その笑顔には、人生経験豊かとはとても言えない錬でさえも見てとれるほどの、親愛の情と好奇の心が溢れていて、錬は呆気にとられて思わず表情を無くした。

 現状、錬がわずかなりとも交流らしきものをもっているのは、村長である丁旋と、彼との会合の際に同席していた丁延と李壮の三人のみであり、当然のこと、その少女と会話はおろか挨拶さえ交わしておらず、せいぜいが討伐行への参加者として、就、と名を呼ばれた際に、とても元気のいい返事で声をきいたくらいだ。とてもではないが、好奇はまだしも親愛を向けられるような心当たりなどあるわけもなく、だから心中で渦を巻いた驚愕や疑問、困惑などが湧出し、しかし混じり合ってしまったために無表情になったのだ。

 だが、それは見る者によっては、気分を害したように見えたようで、それはその少女もそうであった。

 少女の表情が曇る。その眉を下げてしまった表情は、まるで、構ってもらおうと近付いたら、叱られて拒絶されてしまった仔犬のように哀しげで、それでもなんとか認めてほしいとばかりに見つめてくる様に、錬は限りない罪悪感に苛まれた。結果、錬は、なんとか内心の動揺を押し隠して、かろうじて笑顔と呼べる表情を――多少引きつっているように感じながらも――浮かべる。それを見た少女は、一瞬驚いたように目を丸くしたのちに、先に浮かべたのと勝るとも劣らないほどに明るく顔を綻ばせる。

 その様子に、ほっと息をつきつつ、錬も、今度は自然に表情を緩めて、改めて少女を見た。

 

 先程の娘とは対照的に、全体的に小柄。年の頃は、錬より三つ四つ下くらいだろうか。顔立ちは整っているが、その体格と相まって、美人というより可愛らしい、という言葉が似合うだろう。明るい(はしばみ)色の瞳は大きく、その内面を映し出すようにきらきらと輝いて見える。栗色の柔らかそうな髪は、肩に届くかどうかという辺りで切り揃えられていて、くるくると動く表情の通りに活発な印象の、まさしく遊び足りずにはしゃぎ回っている仔犬のような、そんな少女だ。

 

 やはり、このふたりの少女に、賊討伐のような荒事は似合わない、と、改めて錬は思う。思いつつも、結局はこれまでと同じところに、思考は行きついてしまう。知識が、情報が、足りないために自分で結論を出すことはできない。今は、彼らがそうだ、とするならば、それを受け入れて動くしかない。

 

(まあ、隣村までの道中で確かめればいいか…)

 

 明日は、ひとまず北西の隣村へと向かうことになった。賊が根拠地としていると思われる廃砦に近い村で、そこまで行き、改めて情報を集め、可能ならばその村からも手を借りて、廃砦へと向かうことになるのだが、その隣村まで徒歩で半日ほどかかるので、その道中でいろいろと確認することができるだろう。

 

 そんなことを錬が考えている間に、話は進んでおり、

 

「ふむ。では、賊の討伐には、丁延、李以勇、李季宛、楽就、そして白士泰どのの5人にて、差配は延が取るように。士泰どのは、帰還してのちには、丁家の食客として遇することにする。その後は、村の防備を担ってもらおう」

 

 丁旋が会合の結論をまとめて、その言葉で締めようとしたところで、錬はふと気になったことがあり、

 

「丁村長どの、申し訳ありませんが、ひとつ質問しても?」

 

 と、発言の許可を求めた。

 

「ん? なんじゃな、士泰どの?」

 

「はい、門外の、賊の亡骸について、どうするのか、と思いまして…」

 

「…ふむ、そうじゃな、どうしたものかのう…」

 

 錬の言葉に、丁旋が場を見渡して言うと、村人たちから口々に意見が上がる。

 曰く、こちらを襲おうとした賊なのだから放っておけばいい。

 曰く、だが、門外すぐに散乱していては邪魔、少なくとも道の脇にどかす程度はしたほうがいい。

 曰く、村の周りの堀にでも放り込んでおけば、いずれ朽ちて無くなるだろう。

 曰く、見栄えが悪ければ、古くなった筵でも被せて隠しておけばいい、等々…

 

 聞いて錬は唖然とした。

 錬の感覚では、たとえ賊であっても死して屍となったからには、丁重に葬送されるべきだ、というのが()()であり、そこに生前における行為の善悪は考慮されないもので、要するに、死後は尊重されるべきだ、という考えがある。まあ、それが平成時代の日本だからこその感覚(もの)であることは理解できるし、自分の生きてきたところは平和だったんだなあ、と思うばかりで、感情を排してみれば、あるいは違う観点で感情を入れてみれば、賊の死体など放っておけばいい、という村人たちの対応も理解できる。

 

 だから、この際、それはいい。だが、そういった意味とは違う観点で、この、死体に対する対応には賛成できない。だから、恐る恐るだが提案してみる。が…、

 

「その、埋葬を、する、というわけにはいきませんか?」

 

 言った途端に非難が上がる。取りまとめれば、賊を相手に礼を守る必要はない、という意見になる。なかには、賊など死体を晒して見せしめにするべきだ、という意見さえも上がる。それを聞いて、ああ、やっぱり…と、錬は思った。やはり敵対者への反感意識は、錬の感覚からすれば過激なようだ。

 

「え、と、それでは、まとめて燃やす、というのは?」

 

 という提案に、今度は恐惧したように息を呑む音が響くと、続いて気まずげな沈黙が落ちる。

 

(あれ、なんだろう、この空気…)

 

 秘かに心中に汗をかきつつ、そっと人々を見回す。誰もが、信じられないもの、恐るべきものを見るかのような視線を向けてきている。先程は、愛らしい笑顔を見せてくれていた少女――楽就も、その表情は引きつっていた。

 

「…いや、士泰どの、いくら賊とは言え、さすがにそれは…」

 

 丁旋でさえも、若干引き気味に、それでも気を使ってか、そう言ってきて、

 

(あ、これ、なにか、禁忌に触れることだったか?…)

 

 そう悟った。のちに知ったことだが、漢代では、春秋時代に孔()により体系化された儒家思想が、国家を支える正統な学問思想とされており、その根本である儒教は、祖先を敬う“孝”の精神から遺体への毀損行為を禁忌としている。ゆえに火葬さえ、それであるとして、葬送の方法としては基本的に土葬が選択される。

 

「それならやはり、せめて埋めることにしましょう。いえ、決して弔いのためではありません」

 

 そして、説明を始める。

 死体を放置すれば、いずれ腐敗、それを苗床として発生した細菌が空気感染することによって、疫病等の危険性がある、ということを、分かりやすく。

 

「肉や野菜を放っておくと腐っていくでしょう。そしてそれを食べると、体調を崩す、下手をすれば命を落とすこともあるでしょう。死体を放置すれば、そういったことの端緒となることがありえるのです。聞いたことはありませんか? 多くの死者を出した戦場の近くの村が疫病で全滅した、とか、そういう話を…」

 

 錬の言葉に、丁旋村長が頷く。村長自身、かつて従軍した経験があり、またその人生経験も長く、そういった話を聞いたことは一度や二度ではない。

 

「しかし、そのような理由だとは知らなかったのう。その知識は士泰どのの国ではありふれた考えなのかの?」

 

「ええ。ですからオレのいたところでは、火葬が常でした。火で焼骨して、その遺骨を埋葬するんです。まあ、それは文化の違いですから、聞き流してください…とにかく、そんな羽目になるのを防ぐためにも、死体を埋めることにしませんか?」

 

「ふむ、そういうことなら…」

 

 言いつつ、村長が見回すと、表情は様々ながらも村人たちは承諾の意を示して頷きを返す。

 

「士泰どのの言うように取り計らうとしよう。明日の午後より死体を埋めるための穴を掘る。昼食後、男衆は門前に集まるように。それで、士泰どの?」

 

 そして錬に視線を向け、

 

「なにか気をつけたほうがよいことはあるかの?」

 

 そう確認してくる村長に、はい、と返事をして、皆に聞こえるように続きを告げる。明日の午後、ということは、錬はもちろん西に向かっているため、立ち会うことも手伝うこともできない。

 

「先程のお伝えしたように、疫病を防ぐのが目的ですので、埋める場所の選定が問題です。村の風上は避け、出来るだけ遠くが好ましい。そして穴は深ければ深いほどいいでしょう。大変な作業を押し付けるようで申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

 

 言葉とともに頭を下げる。そんな錬に対して、口々に、気にするな、とか、むしろ我らのことを気にしてくれたのだから礼を言うのはこちらだ、とか、言ってくれる。それらの言葉に、錬は、こんな、やってきたばかりで身元も不明な自分を信頼してくれ、優しく親しげな言葉をかけてくれる人々に、心からの感謝を抱いた。

 そして、

 

(…いい人たちだよな。うん、この人たちのためにも、まずは賊の脅威を取り除かなきゃな)

 

 錬は、目を細めて村人たちを見渡しながら、そう決意を新たに胸に抱いた。

 

 

 

 

 





みなさま、はじめまして。
四話目にして(序は除く)、こう挨拶するのもどうか、とは思いますが、まあ、前書き後書きは、初めてですので、こう挨拶させていただきます。

そして、拙作を読んでいただいた方、さらにお気に入りにしてくださった方、さらにさらに評価してくださった方々、まことにありがとうございます。

基本、読むだけだった自分が、乏しい創作意欲を刺激され、なんとなく拙作を書き、投稿をしてみて、気がつけば、お気に入り登録が100件を超えている、ということに、驚喜半ば動揺半ばの心持ちで、これは一度、挨拶をせねば、と思った次第なのです。

基本、手が早いほうではないので、お待たせしてしまうことが多いとは思いますが――待っていてくれるといいなぁ――、頑張って書きますので今後もお付き合いよろしくお願いいたします。

先話で地名、今話で人名、と固有名詞が出てきたので、なんとなく今後の展開が読める方もいるかもしれません。まあ、そういうことです。ただそうなるのはもう少し先の話になると思いますが。あと登場人物の、真名はもちろんですが、字についても、オリジナルなものがありますことをご了承ください。なんとかおかしくないように、と考えてはいますが、当然実際の字について不明なものは勝手に想像してつけるしかないのです。まあ恋姫の二次を読み慣れている方は、そんなこと百も承知だとは思いますが…一応念のため…
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