内容については全く変えていませんので、読み直すほどではないことをお伝えしておきます。
剣を使う錬との手合せを、時間切れ、と先送りにされてむくれる楽就をなだめつつ、道中での手合せを約束させられながら、李壮の言葉に従ってそれぞれ一旦、家へと帰る。
当然、錬については、帰るのは寄宿中の村長の家であり、
「おや、士泰どの、おはよう。朝の散歩ですかな?」
ちょうど門前に出ていた丁旋村長に会った。
「おはようございます、丁村長どの。散歩というか…東門の前の広場まで行ってました」
「というと、以勇らの鍛錬に加わっておられたのかな?」
「ええ。就ちゃんに軽く捻られましたよ」
錬が苦笑いとともに答えると、
「ほう、就にの。あの子は、季宛と並んでこの村で最も強いからの。士泰どのでも敵いませんでしたか」
納得するように頷きながら、丁旋が呟く。
「はい…というか、李季宛さんも就ちゃんと同じくらいの強さなんですよね…それならそのふたりがいれば、昨日のってなんとかなったりしましたか?」
そんな疑問をぶつけられた老村長は、思わしげな笑みを浮かべて錬を見遣ると、言葉にして返答をすることなく
(やっぱりそうか…)
思わず音を立てるほどに溜息を吐く錬。つまりは、丁旋は、今回の賊の来襲をそれほど脅威には感じていなかった、ということだ。錬にできたことが、錬より強い“昂武”のふたりにできないわけがない。であるならば、錬が賊と戦わなかったとしても、
では、なぜ、村長は錬を引き入れたのか。悪い人間には見えず、また腕も立つと見て、ということはあるだろうが、今以上に村の防備を固めたかった、ということがあるのではないか。
これから
であれば、丁荘里はもちろんのこと、この周辺の村々も含めた防備について、当てにならない官に頼るのではなく、自衛する必要性を感じていたとしても不思議ではなく、錬を引き入れたり、あるいは錬の語った、賊を取り込む、という言葉に興味を示したりしたことも理解できる。
“昂武の才”のふたりは十分な戦力だ。だが、広範囲、そして長期にわたる防衛に必要になるのは兵力、すなわち数であり、個に頼るばかりでは、いずれ破綻する。それを防ぐために、賊であっても心を入れ替えて村のために働くのならば、活用することの可能性を排除するべきではない。
さらに“昂武の才”は希少であり、権力者ならば
そんな思索に、錬ですらたどりつく。丁旋ならば当然に考慮のうちだろう。
(うまく乗せられた、ってことかな?)
そう思うが気を悪くしたわけではない。そこに、いくらかの打算があったとしても、得体のしれない流れ者である錬を受け入れてくれたことに変わりはない。そのことには恩を感じている。こんな状況に陥ってしまった錬だからこそ、恩知らずにはなりたくはなかったし、せっかくできた縁は大事にしたい。この村のために、という感情を言葉にすればそんなところだが、そんな理屈はむしろとってつけたもので、ただ単に錬はこの村のことが気に入り始めていたのだった。
村の西門前、いまだに昨日の戦闘の痕跡――すなわち賊の死体だが――が残る外側、ではなく内側にはほぼ全ての村人が集まっていた。賊討伐に発つ五人の見送りのためだ。
丁延を始め、楽就や李季宛も家族と思しき人たちに囲まれている。李壮などは幅広い年頃の子供たちに群がられているのを、苦笑しながらあしらっている。そんな光景を所在なげに眺めるしかない錬である。
まあ、仕方がない。そもそも知己が当事者――送り出される者とその家族――にしかいない。
そう自らを慰めている錬にまず近付いてきたのは、子供たちをあしらいきった李壮だった。
「慕われていますね、以勇さん」
「…懐かれてる、というんだ、あれは…」
毒づく李壮。苦笑いで、なるほど、と返す錬は、それが照れ隠しだと見抜いている。そのことは、笑われている李壮にも理解できたようで、不機嫌さを隠そうともしない。
「まあ、あいつらの剣の師でもあるんでな。帰ってきたら武勇伝を聞かせろ、とせがまれていたんだ」
「あら、それだけではないでしょう、師兄?」
その声に振り返れば、長い黒髪の麗人。
「師兄は、剣術に関しては厳しい師ですが、その合間に
自分の行状をよく知る妹弟子から言われては、李壮としてはそっぽを向くしかない。そんな兄弟子を横目で見やりつつ、李季宛は錬に向けて拱手する。
「白どの、昨夜は挨拶もできませんでしたので、改めまして。姓は李、諱は豊、字は季宛、と申します。今後ともよろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ。改めて、白毅です。どうぞ、士泰、と呼んでください」
錬も拱手を返すと、季宛こと李豊はじっと何かを見透かすかのように錬の目を見つめて、
「はい、士泰どの。私のことも、季宛、と字で呼んでくださいませ。あと、そのように畏まった話し方でなくても結構ですよ」
「分かりました、季宛さん。オレのほうも気にしないので敬語でなくていいですよ」
「いえ、私のこの話し方は元からですので、このままで。ああ、あと呼び捨てでも構いませんよ?」
「あ、はい、その辺りは追々…」
いささか気圧されながら返す錬に、意味ありげな視線と微笑みを向けたのちに李豊は、彼女の兄弟子へと視線を送る。
「師兄、そろそろ時間では?」
「ああ、そうだな」
李豊の言葉に李壮は頷くと、丁延のほうへと向かう。そちらに村長である丁旋もいるわけで、錬もその後に続いた。
「私は、就を呼んでまいりますので」
そう言って楽就のいるほうへと向かう李豊に頷いて。
錬が丁旋らの前に来たところで、李豊と楽就もやってきた。
「あれ、士泰兄ちゃん、着替えたの?」
「ああ、村長に勧められてね」
楽就の言葉通り、錬はこちらに来た当初のシャツにジーンズ姿から、他の人々と同じような恰好に着替えていた。馴染むにはそのほうが都合はいい。また弓道をやっていた錬にとって和装は慣れたもので、それに似たところのある、この恰好にも違和感はない。
そして、左の腰には剣を提げ、背中には弓と矢筒、手には棍。どれも丁旋から受け取ったものだ。とはいえ、特別なものではなく、剣は賊が落していったものの中から比較的にマシなものを選んだだけであったし、弓も棍も丁延の予備を借りた形になっている。弓は慣れたものよりかなり短い、というか小さいものだが、問題なく使用できることは試射して確認した。よほどのことがないかぎり、狙いを外すことはないだろう。もっとも、賊の
まあ、相手次第ではあるし、従順にならないのであれば撫で斬りにするもやむなし、とは思っているが。
「さて、それでは準備はよいかの?」
丁旋が前に並ぶ五人に声をかける。
丁延、字は長基。
李壮、字は以勇。
李豊、字は季宛。
楽就。
そして、錬こと、白毅、字は士泰。
いずれも武に長ずる者たちで、この五人が揃えば賊など物の数ではない、と思わせる。が、だからといって、心配をしない、というわけではない。丁旋の後ろには、出発する五人を不安げに見つめる村人たちがおり、彼らの代弁をするかのように丁旋が言葉を続ける。
「それでは、皆、気をつけていってくるのじゃ。目的は賊の討伐とはいえ、無理は禁物、留意すべきは身の安全、必ずや五人揃って無事に帰ってくるのじゃぞ」
「もちろんです、村長。我ら五名、村長の言葉を心して、必ずや賊を平らげて帰還してみせます」
丁延が、祖父の言葉に拱手して返答すると、他の四人も無言ながらも同意するように拱手して頭を下げる。
「では、行ってまいります」
丁延の言葉を合図に、五人は決然と
まずは丁荘里の西に位置する隣村への道行きである。
そこまで徒歩でほぼ半日、その間での危険といえば、この近辺を荒らす可能性のある賊だけであり、その賊は現在、半壊状態であるはずだった。錬の活躍によって。
ということで、その道中は平穏に過ぎ去り、なにごともなく隣村へ到着する、はずだった。
「さあ、士泰兄ちゃん、朝の続きやろうっ」
楽就のその言葉さえなければ。
「いや、待て、就」
村を出た瞬間から妙にそわそわしているな、と思っていたのだが、一刻ほども歩いて我慢できなくなったのか、いきなりの対戦申請である。一同、呆気にとられるも、我に返った李壮が楽就を止める。
「いきなり何を言っている。まだ道中だ。控えろよ」
「う~、で~も~」
「まあ、いますぐは、ちょっと、ね…」
不満げに唸る楽就に苦笑を浮かべて、錬は丁延へと視線を向ける。
「長基さん、これからの予定はどうなっていますか?」
「とりあえず、隣村の藤泉里には昼過ぎには着けるだろう。そのあとは、あちらの村長との会合次第だが、賊の根城が予想通りの廃砦であれば、藤泉里から半日と少し。そのまま出れば夜襲になる。俺としてはそれがいいと思うのだがな」
攻撃はこちらから、おそらくは先手を取れる。そしてこちらが少数ならば、同士討ちの危険は少ない。様々な要因から夜陰に紛れることの利点は多い。丁延が語るのはもっともで、錬も頷く。
「問題はオレたちの疲労具合、といったところでしょうか?」
「そんなところだろう。ただ…」
思わせぶりに言葉を切り、丁延は錬を見遣る。
「ただ?」
「…村長が、な。
「…オレの?」
「ああ、昨日のおまえとの話し合いに、どうも思うところがあったらしい。
その視線に疑問の色はなく、妙に確信めいていた。そしてそれに錬も気付く。
「そうですね、おそらくは…でも、それは長基さんも分かっているんじゃないですか?」
「まあ、な…」
それは、昨日の話し合いの中で、一度は錬の口から出され、そして感情論で丁延らから拒絶された提案。
「…今後のことを考えて、村の守りのために人手がいる、ということはよく分かる。今は遠いが、并州や冀州などでは不穏な空気が漂っているという話も聞いた。その余波が
「長基さんも今はそう考えている、ってことですか?」
「そう…だな。落ち着いて考えてみれば、その考えも分かる。その“人手”に賊を宛がう、という目論見も、な。だが、所詮は賊に身を持ち崩した連中だ。思い通りに使えるかどうかは疑問だ。大人しく我らに降って従うならばいいが…」
「…従わないならば、撲滅するしかないでしょうね。オレたちに降伏するのは大前提ですから。今後のことを考えれば従ってほしいものですが…」
「それに、これから行く村など、奴らの被害を受けた人たちも当然いる」
横からそう言うのは李壮だ。
「もし賊を取り込むとするなら、そういった人たちの反感は計り知れないだろう。その対処も考える必要があるぞ?」
「ああ~、そうか…丁荘里だけの問題じゃないんだった…」
思わず頭を抱える錬。が、そこは精神的に強靭…というより図太くなっている錬である。
「まあ、今、考えても仕方がないか。それは、あとで考えましょう。まずは賊を制圧するのが第一ですしね」
立ち直りが早いな、と苦笑する丁延は、
「ああ、まずは賊の対処が先決だ。そして、村人の説得は、俺の、あるいは村長の仕事だ。それこそ、後で考えよう」
新たな仲間にならって、そんな言葉とともに問題を先送りにするのだった。
「あ、いや、本題…というわけでもないですけど、話がずれました」
言って、錬が頭をかく。
「これからの予定のことですが、隣村での会合なのですが、それは全員が行く必要がありますか?」
「いや、挨拶と情報の確認程度の話だ。俺と以勇だけで構わないだろう」
「それなら、オレと就ちゃんは、村の外で待機、で構いませんよね?」
質問を重ねる錬に、丁延と李壮は、ああ、そういうことか、と頷きを返す。
「それなら、就ちゃん。隣村に着くまで待ってくれないか? ふたりが会合をしている間に手合せをしていよう。オレとしても、棍の練習もしておきたいし」
「え、ほんと?」
年長組の難しい話についていけずに、ずっとむくれていた楽就が、錬の言葉に一瞬呆気にとられるが、内容を理解すると途端に笑顔になる。
「やったっ、今度はちゃんと剣で相手してよね、士泰兄ちゃんっ」
あっさりと機嫌を直した楽就に、今夜の戦闘もあり得ることを考慮した李壮が、やりすぎないようにな、と刺した釘は、効かぬままに抜け落ちたようで、少女は上機嫌に鼻唄まじりで隣村へと足を向けるのだった。