恋姫異聞 白武伝   作:惰眠

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ちょっと少ないですが、キリのいいところまで書けたので…




七 小憩

 

 予定通り、隣村の藤泉里には昼過ぎに着いた。

 藤泉里は、丁荘里とほぼ同じ規模の村だった。同じような木製の門に、掘った土をそのまま横に積み上げただけの堀と土塁。その奥に木製の塀――というか柵というか――があることが違うところか。その辺りは、丁荘里に比べて賊の本拠に近いがための対処なのだろう。それを示すかのように、門にしても塀にしても、古い部分と新しい部分が入り混じり、襲撃の際に壊れたところを修復した様子が見て取れる。

 

 丁延と李壮のふたりが藤泉里の村長への挨拶のために村内に入っていき、錬と楽就、李豊の三人は門の外に残った。そして…

 

「さあ、手合せしようっ、士泰兄ちゃんっ」

 

 嬉々として棍を振り回す楽就である。その様子に、思わず腰が引ける錬だったが、

 

「そうですね、約束されましたもの。約束は守りませんとね」

 

 と言って退路を断つ李豊が、錬に手を差し出す。

 

「棍と弓を預かりますわ。剣での手合せにはお邪魔でしょうし。ああ、あとで私もお願いしますね、手合せ」

 

「…楽しんでませんか、季宛さん?」

 

 引きつりかける表情を隠しきれない錬に、あら、なんのことでしょう? とばかりに小首を傾げつつ笑顔を向ける李豊。そこに質問の答えを見つけた気がした錬は、なにかを諦めながら弓と矢筒を背から外すと、棍とともに微笑む李豊に手渡す。受け取ったそれらを自らの槍とともに抱え直した李豊は、数歩後退(あとずさ)り、錬が剣を抜いて構えたのを確認すると、それでは、と声をかけ、

 

「はじめっ」

 

 思いの外に鋭い李豊の一声で、その場の空気が一瞬にして引き締まり、くるりと一回転させた棍を構え直した楽就が一息に突き込む。

 それはまるで早朝のときの焼き直し。

 対して錬は、両手で剣を握って正眼に構えていた。剣らしきものの経験と言えば、体育の授業の剣道程度しかないため、剣の構えといっても中段(それ)くらいが関の山だったからだが。

 ともあれ、朝の手合せから無造作に見える突きでも油断できないことはすでに分かっている。錬は小手を打つ要領で――素早く小さい動作で――剣を、突き出された棍へと打ち下ろした。突きの強さに負けないように力を込めて。

 その甲斐もあってか、今度は力負けすることもなく、しっかりと楽就の突きを打ち落とし、しかしそれで体勢を崩す楽就ではない。打ち落とされた勢いをそのまま利用して、持ち手を変えながら棍を回し、改めて錬の頭上へと振り下ろす。それを錬は、反発を利用して剣を跳ね上げて弾き返すと引き戻し、腰だめにしてから突きを放つ。その突きを、楽就は後ろ跳びにかわし、着地と同時に棍を大振りに横薙ぎにした。それは間を詰めようとした錬への牽制であり、その狙い通り、錬は跳び込もうとした動きを急停止させた。しかし、棍を相手に剣では間合いを詰めるしかない。縮地とか使えたらいいのに、などと考えながら、それでも素人離れした速さの足捌きで前進する。速さ重視であれば跳び込んだほうが速いが、すでに体勢を整えている楽就に向かって跳躍すれば、空中で身動きの取れないまま打ち落とされるだけだろう。

 近付く錬に対して、楽就の棍が突き出される。錬はそれに対して打ち合うのではなく、右にかわしながら剣を横薙ぎに胴を打った。右に避けたのは、楽就が棍を身体の右側に構えていたため、その逆を取ればかわしにくそうだと感じたからだ。それが正解だったのかは分からないが楽就は、錬の薙ぎを棍で受けることなく横跳びに避けると、お返しとばかりに棍を振り払い、錬も今度は合せるように剣を振るい、ふたりの真ん中で棍と剣がぶつかり合う。

 弾かれたように、ふたりが跳び退き、数瞬の攻防が終わる。

 

 どちらも構えは解かないが、錬は緊張から大きく息を吐いた。困憊(こんぱい)というわけではないが、すでに相当の疲労を感じている。それは、どちらかといえば精神的なものが大であろうが、精神(それ)が肉体に与える影響は大きく、そのせいか、錬の構えは当初の正眼ではなく、下段、土の構え、と呼ばれる構え(それ)に近いものになっていた。膝を軽く曲げて腰を落とし、上半身は前のめり、剣は切っ先を下げ、少し右へずらしている。力が抜けたせいか、無意識的に自然とそんな構えになっていたのだが、どうやら錬にとってはこれが両手で剣を扱う場合にしっくりくる構えであったらしい。のちに、楽就も李豊も揃って、獲物に飛び掛ろうとする獣の構え、と称したように。

 もっともこのとき、錬にそんな余裕はなく、ただ息を整え、楽就の攻撃に備えることしか考えていなかった。

 その楽就は、といえば、

 

「ん~~~~、たっのし~~~~~っ」

 

 ご満悦だった。

 

「うん、やっぱり剣だと強いね、士泰兄ちゃん。思ったのと違うとこから思ったより速い攻撃が来るから、おもしろいっ」

 

 もしこの場に李壮がいれば、楽就の言葉に付け加えて、体捌きに遅滞がない、と評したことだろう。それほどに、朝、棍で相手をしたときとは格段の差があったのだが、錬にその実感はない。むしろ、

 

(より押されてる気がするんだけど…)

 

 それは、手応えのある錬を相手に楽就の攻撃がいささか()()()せいなのだが、錬には分からない。ただ、ゆっくりと深呼吸を繰り返すことで息を整え、整え切ったところで、

 

「それじゃ、本気でいっくよ~っ」

 

「…え゛…」

 

 それを待っていたかのような楽就の楽しげな掛け声に、顔が引きつる。

 そして、楽就の猛攻が始まった。

 

 薙ぎ払い、突き、打ち下ろし、跳ね上げ――棍によるあらゆる攻撃が錬を襲う。それらを、捌き、受け止め、弾き返して、かろうじて防ぐ錬だったが、なまじ遅滞なく対応できることで、さらに楽就の振るう棍の速度が、威力が上がっていく。そして、

 

「はあっ!」

 

 耐え切れなくなった錬に振るわれた薙ぎ払いに、剣が弾かれて宙を舞った。からん、という乾いた音を立てて地に転がった剣を見遣って、構えを解いた楽就が棍を両肩にかつぐようにして笑う。

 

「へっへ~ん、まだまだ、だね、士泰兄ちゃん」

 

「…うん、参った。やっぱり就ちゃんは強いね」

 

 得意げに胸を張る楽就に苦笑して答えて、錬はゆっくりと息を()く。適わない、ということは朝の段階で判明していたが、まさかこれほどとは思っていなかった。その差は歴然、土台からして違う、並べて比べることさえ憚られる、そんな思いが浮かぶ錬である。さすがは“昂武”、伊達ではない、ということか。そしてそんな武力(ちから)をもつ、もうひとりの少女が、飛ばされた剣を拾い上げ、錬へと差し出す。

 

「どうぞ、士泰どの」

 

「ありがとう、季宛さん。いや、やっぱり強いですね、本気になってからは、まったく手も足も出なかった」

 

「ですが、よく捌いておられたと思いますよ。師兄に聞きましたが、戦闘経験もそれほどなく、剣の教えを受けたこともないのでしょう? たしかに体捌き剣捌きについては、まだまだ改善の余地があるように、お見受けしました。今後、経験を積まれれば、あるいは就に並ばれることも不可能ではないか、と」

 

「そうですか? そうなればうれしいんですけど…」

 

「ええ、ですので…」

 

 剣を受け取りながら苦笑する錬に、李豊が微笑む。

 

「次は、私の番ですわ、士泰どの。お相手をお願いしますね?」

 

 

 

 

 二刻(約30分)ほどのち――

 

「…待たせたな。三人とも。やはり賊どもの根城は…」

 

 藤泉里での打合せを終えて戻ってきた丁延が、状況を見て言葉途中で固まる。

 同じように一瞬は動きを止めた李壮は、ふたりの少女の様子を見て、改めて、()()()()()()()()()()()()()錬を見遣って、呆れたように大きく溜め息を吐いた。

 

「…やり過ぎだ、ふたりとも…」

 

「…え、え~と、その、ごめんなさい…」

 

「…も、申し訳ありません、師兄…」

 

 決まり悪げに頬を指でかく楽就と、ひたすら恐縮して身を縮める李豊が謝罪の言葉を口にする。それを聞きながら、もう一度大きく息を吐いた李壮は、倒れたままの錬に近寄り、

 

「士泰、大丈夫か?」

 

「…え、ええ…す、少し、休ま、せて…もらえ、れば…」

 

 呆れた様子も隠さずに聞いてくる李壮に、錬は息も絶え絶えに、少し時間をくれ、と答える。

 

「…我らの疲労具合が問題だ、という話はしたと思ったんだがな…」

 

 その様子に、状況を理解した丁延から無意識の呟きが漏れ、楽就は気まずげに顔を逸らし、李豊はますます身体を小さくし、錬は、すみません、と謝る。もっとも一息には言えなかったが。

 

「…就はまだしも、だが…」

 

 そう次ぐ李壮の言葉に、楽就は不満そうになるも言葉もなく、李豊は、

 

「申し訳ありません。その、楽しくなってしまって…」

 

 要するに、こちらの本気にある程度までつき合える相手が現れたことで(たが)が外れた、ということらしい。常から全力を出すことを制御していたことへの反動でもあったのだろう。楽就はまだしも、というのは、普段から感情豊かな楽就に比べて、常に冷静さを崩さない李豊への、ある意味での信頼から出た言葉であり、丁延も李壮も意外には思ったのだが、思い返せば、李豊にしてもまだ十代の少女だ。感情を抑制できないことがあっても不思議でもあるまい。

 

「まあ、いい。士泰はそのままで聞いてくれ」

 

 気を取り直すように咳払いをひとつ、丁延が話を切り出す。

 

「賊どもの根城は、予想通りここから更に西に60里(約26km)、使われなくなった古砦で間違いないらしい。今から出れば着くのは日暮れ後だろう。丘の上にあり、門は西と東にひとつずつ。麓までは森が迫っているらしい。夜陰に紛れれば、見つからずに近付くことは不可能ではないだろう、とのことだ。

 人数はおそらく200人ほど。昨日、士泰が斬り捨てたのを抜けば、残りは170、80といったところだろう。予想より多いが、士泰もいれば、季宛、就もいる。奇襲が決まればなんとかなるだろう。

 あと藤泉里(こちら)では、丁荘里(われら)への襲撃については把握していなかったようだ。撃退したことを伝えたら随分と驚かれておられた。このまま反撃することについては、おおむね了承をしてもらえたが、取り逃がして報復されるようなことにはならないように、とのことだ。まあ、当然の危惧だな」

 

「…そうなると、ふたつの門から同時に、あるいは突入する門とは別のほうに見張りを置く必要がありますね。相手の人数を考えれば、戦闘に参加しないまでも人手が欲しいところですが…」

 

 息を落ち着けて半身を起こした錬が口を挟み、丁延はそれに頷き返した。

 

「残念ながら人手は期待できん。藤泉里(このむら)の人たちは、どうにも腰が引けているようでな。まあ、何度も襲撃されているのでは仕方のないことだろうし、無理に連れて行って取り返しのつかないことになっては、それこそ言い訳もできんしな。

 配置についてだが、実際に砦を見てから打ち合わせよう。遠目からの確認になるだろうが、そのほうが間違いはないだろう。

 あとは、討伐後の賊の扱いについてだが…」

 

「…やはり、納得してはもらえませんでしたか…」

 

 言い淀む丁延の様子に、錬は眉間にしわを寄せた。だが、

 

「いや、服従を誓った賊に防衛を担わせる、という考えそのものには理解を得られた。どうも賊の中にも穏健な、というと奇妙ではあるが、暴力を良しとしない者どもがいるようでな…」

 

 藤泉里の村長の話では、賊の中に、ただ襲撃をして略奪するのではなく、食料その他の譲渡を促すことによって人的被害を抑えようという交渉をしてくる幹部がおり、ここ最近はその幹部を仲介役とすることにより、襲撃そのものは避けることができていたのだという。それは藤泉里と同じように略奪されていた隣村でも同様で、不本意ながら二村によって賊を養うという状況になっていたのだが、抵抗する術を持たない二村からすれば、背に腹は代えられない。致し方ないことだろう。

 

「ということで、その幹部が賊の残党をまとめるのなら、信頼はできないまでも許容はできる、ということらしい。もちろん、賊だったものにすべてを任せるわけにもいかんからな。その統御については丁荘里(われら)にて責任を持て、とのことだ」

 

「…なるほど…それで問題は?」

 

「ない、とは言わんがな。まあ、賊を降伏させたとして服従を()いるには、藤泉里(このむら)にしても隣村にしても戦力的に荷が勝ちすぎるのは確かだからな。丁荘里(われら)が中心になって統御しろ、と言われるのは当然と言えば当然だろう」

 

「そうですか。では、あとは賊を降すだけですね」

 

 よっ、という掛け声とともに立ち上がりつつ、錬は周りに集まる四人を見回して言うと、申し訳なさそうな表情の李豊が近付き、

 

「あの、もうよろしいのですか? いえ、その、ずいぶんお疲れになられたと…」

 

「ああ、もう大丈夫ですよ。うん…どうも丈夫にできてるらしいので」

 

 あちこち動かして身体の状態を確認しながら、未だに心配そうな李豊に笑いかけて、錬は手を差し出し、首を傾げる李豊に、

 

「弓と矢筒を」

 

「あ、はい」

 

 李豊が差し出す矢筒、弓と受け取り、背負い、次いで近付いてきた楽就から棍を受け取る。

 準備が整った錬を見て、丁延が、

 

「よし、それでは、向かうとするか」

 

 気合いを入れ直すように言うと、

 

「おう」

「はい」

「ええ」

「うん」

 

 四人の声が、決意を込めて答えた。

 

 

 

 

 





タイトルに偽りあり、です。
まったく休めていませんね…

作中の時間および距離についてですが、
1刻≒14.5分
1里≒430m
にて計算しています。
なんとなく
1刻≒30分
1里≒4km
という日本の単位があるので自分でも違和感がありますが、
どうも後漢ころの単位はこうだったようですので、これに
準拠させていただきました。


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