夜の戦艦、月の涙   作:ハルバーの懐刀

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(みかづき)

新月後の最初に出る月であったので、胱(みかづき・ひ)という文字で表されることもある。初月、若月、眉月と異称が多く、印象深い月でもある



第3話 三日月

21:30(フタヒトサンマル)

 

 

 

夜が更けた単冠湾鎮守府。

 

その上空では、黒い水上偵察機が旋回し、地上の周りを監視していた。

 

工廠付近のクレーンの先に、白いマフラーを靡かせる川内が真剣な表情で立っている。

しばらくすると、クレーンの下から彼女の妹である那珂が大声で叫んだ。

 

「川内ちゃ~ん! 工廠へ戻ってって、提督が~!」

「もう! まだ夜を堪能しきれていないのに・・・」

 

愚痴を吐く彼女は、高所であるクレーンから工廠の屋根まで華麗に跳んでいく。

それを見た那珂が慌てて工廠の方へと戻っていった。

 

 

 

 

 

艦娘たちが扱う兵装と艤装が整備用ハンガーに立て掛けられた工場のような場所。

 

整備用の道具や部品が置き並べてある室内で、広くて何も無い場所に多数の艦娘たちが集まっていた。

 

「よっと!」

「はぁ! はぁ! 那珂ちゃんも遅れて到着~!」

 

彼女らの真上から川内が着地し、その右隣へ妹の那珂が走り止まる。

 

「貴様、また秘密の抜け道を作ったな?」

「懲りない軽巡じゃ・・・」

「那珂ちゃん、大丈夫ですか?」

 

川内の行動で不機嫌になる黒紫色の制服を着た長い左サイドテールの女性。

彼女は支援艦隊の旗艦である妙高型重巡2番艦“那智”

 

その左側には、筑摩と同じ際どいスカートのある服装を纏ったツインテールの女性。

彼女も那智に同感して、頭を振りながら額に手を当てた。

彼女は筑摩の姉である利根型航巡1番艦の“利根”

 

那智の右側では、彼女と同じ制服を纏う気の弱いセミロングボブの女性が息切れする那珂を気遣う。

彼女も妙高型重巡である4番艦の“羽黒”

 

 

 

彼女らが話している内に、工廠の横にある扉から上坂提督と、黒セーラー服と緑スカートに作業用エプロンを付けた女性が出て来る。

 

 

緑がかった銀髪ポニーテールの彼女は、この鎮守府で開発・整備などを担当する軽巡の艦娘“夕張”だ。

現在、別の鎮守府で活躍する工作艦“明石”と仲が良く、技術開発などを得意としている。

 

 

2人は集まった艦娘たちと対面し、上坂提督から話し始める。

 

「まずは・・・本作戦で誰1人欠けずによく帰還してくれた。旗艦である武蔵だけでなく、皆にも感謝する」

「私も初の旗艦で、全員が無事帰還できたのはありがたいことだ」

「霧島もありがとう。苦労掛けたな」

「正直この結果に驚いています・・・ですが、艦隊の編成について後ほどお話があります」

 

秘書艦である彼女の言葉に、上坂提督がばつが悪そうな顔で冷や汗を掻いた。

 

「ま、まぁ、それは置いといてだなぁ・・・今回の作戦に参加してくれた横須賀の艦娘たちは、しばらくの間この鎮守府に滞在するとのことだ」

「おぅ! 横須賀の天龍だ! よろしく!」

「天龍ちゃんと同じく横須賀出身の龍田だよ」

 

黒服を纏う軽巡の姉妹が皆の方へ振り向いて挨拶をした。

 

「おお―、木曾の偽物だクマー」

「ちょっ!? 球磨姉さん、偽物じゃないから・・・」

「大井っち、龍田と知り合い~?」

「えっ!? いえ、その・・・ちょっと、お話したぐらいです!」

「天龍! 後で夜戦しよ! 夜戦!」

「姉さん、いい加減にして下さい・・・」

 

上坂提督は他の艦娘たちの反応を確認すると、次にあることを話し始める。

 

「それでなんだが・・・本作戦で君らが仕出かしたことに、私自身も非常に驚いている。これはこの鎮守府・・・いや、海軍初の出来事だ」

 

 

大本営にある過去の記録によれば、別の場所で深海棲艦の鹵獲作戦を何度も実行し、その全てが無残な失敗を繰り返していた。

しかし、今回は想定外なことにより、生きた深海棲艦の鹵獲に成功したのだ。

 

 

彼自身、恐らく敵を捕まえた艦隊の鎮守府は此処が初めてだろうと思い込む。

 

「夕張、詳細を皆に報告してくれ」

「はい。整備妖精と協力して調査した結果・・・現在の状態は疲労困憊だと思われます。あとは、弾薬がゼロ、燃料が半分くらいで、修復用の鋼材もそれ程必要ないかと・・・」

 

夕張がクリップボードの書類を元に、鹵獲された個体の詳細を述べた。

 

「今は拘束具を嵌めて寝かせています・・・念のために、武蔵さんとビスマルクさんは何時でも出撃できるようお願いしたいのですが・・・」

「私にも責任はある。引き受けよう」

「勿論よ。武蔵と交代しながらやるわ」

 

頼まれた戦艦の2人が意気込むように答えた。

上坂提督はそのやり取りを見てから、ある艦娘の方へ目を向ける。

 

「それで・・・・・・今回の件について、旗艦である武蔵が許可したのもあるが・・・」

「・・・」

「どうしてなんだ? 菊月」

「・・・」

 

上坂提督の言葉を機に、全員の視線が尋ねられた彼女の方へ向けられた。

静かに立つ菊月は少し目を閉じた後、見開いてからあることを呟く。

 

「喋ったのだ・・・」

「喋った?」

「そうだ・・・月が、綺麗だと・・・」

「「「「「?」」」」」

 

上坂提督だけでなく、彼女らも意味の分からない言葉に戸惑ってしまう。

 

「菊月~それじゃ分かんないよ?」

「もっとマシな答えは無いのか?」

 

皐月や長月も納得できずに追及した。

 

「言葉の方ではない・・・ただ、話し方が・・・奴らとは違った」

「奴ら?・・・深海棲艦のことか?」

「そうだ・・・」

「つまり・・・・・・“アレ”は、敵とは違うとでも?」

 

上坂提督の質問に、彼女は無言で頷く。

意外な答えを聞いた霧島がため息を吐き、ズレ落ちた眼鏡を右手で整えた。

 

「あなたの言いたいことは分かりました。ですが、“アレ”を此処に連れて来た以上、あなた自身にも責任を持ってもらいますよ?」

「当然だ。それくらいの覚悟は当に出来ている」

 

彼女は真剣な眼差しで霧島へそう答えた。

2人の話し合いを終えた直後に、夕張の足元へ整備妖精の1人が慌てた様子で駆け寄ってくる。

 

「どうしたの?・・・・・・・・・えっ! 目を覚ました!?」

「「「「「!?」」」」」

 

夕張が口にした言葉で、一同に緊張が走った。

彼女は冷静な表情で妖精からの報告を聞いていく。

 

「そう・・・特には動いてないのね? すぐに向かうわ」

「どんな様子だ?」

「動かずに寝たままのようです。これから見に行きますが、どうします?」

「そうだな・・・・・・出来れば会いに行きたいのだが・・・」

「司令! それは認められません! 自分から危険を冒すつもりですか!?」

 

秘書艦の霧島が彼の言動に厳しく注意した。

 

「夕張。私も行っていいか?」

「菊月ちゃんもですか? 構いませんよ」

「あっ、菊月が行くならボクも行く―!」

「私も行こう。2人よりも大勢の方がいいだろう」

「その通りだ、長月。この武蔵も行くぞ」

「あっ、ズルいわよ! 私も行くわ!」

 

そんな中で、菊月、皐月、長月、武蔵、ビスマルクの5人が夕張に付いて行くことになった。

 

「それじゃあ、私も・・・」

「プリンツは残っていなさい!」

「そんな~!? ビスマルク姉さま~!!」

 

 

 

 

 

工廠の奥にあるコンクリートの通路。

 

その突き当りには何もなく、右側に4つの隔離室が設置されていた。

本来は艦娘を懲罰するために作られてもので、過去に2人の軽巡を収容したことがあった。

 

夕張たちは、手前から2番目にあるドアの前で立ち止まる。

 

「此処です。要らぬ心配かもしれませんが・・・皆さん、ご注意を・・・」

 

真剣な表情の夕張が忠告し、5人が無言のまま頷いた。

彼女が『②』と書かれたドアをゆっくりと開けて、真っ白な室内の様子を伺う。

 

 

8畳ぐらいの室内は白い病室のような造りとなっていて、床も少し光沢のあるプラスチックの白タイルが敷き詰められていた。

 

 

その奥には、戦艦の少女が4つ足の簡易ベッドで仰向けに寝転がっている。

手足の枷はベッドに巻き付かせた鉄の鎖と繋がっていた。

股の下から垂れる尻尾の顎は何重もの鎖で縛られて、絶対に噛み付かせないよう拘束されている。

 

「・・・」

 

彼女は真上を見ていた頭を左横へ傾けた。

青く光る瞳が入室してきた艦娘たちの姿を見つめ続ける。

 

「あの~こ、こんにちは~♪」

「・・・」

 

夕張の何気ない挨拶に、少女は無表情のまま見ていた。

他の艦娘たちは彼女の傍に付いて行き、拘束される少女の姿を確認する。

 

彼女らは資料の写真でその姿を確認していたが、その通りの姿をする本物に驚いていた。

少し違う部分といえば、青色の瞳、首巻とリュックサックが無いことぐらいである。

 

「い、痛いところとか、無いかな~?」

「・・・」

 

少女は夕張の質問に答えず、相変わらずの無表情で彼女を見つめる。

しばらく眺めていた菊月が思い切って、少女の傍まで近寄っていった。

 

「あっ、菊月ちゃん!? ちょっと・・・」

「夕張。あの娘に任せよう・・・何かあればこちらで対処する」

「は、はい・・・」

 

止めようとする夕張を武蔵が肩を掴んで静止させた。

拘束される少女は、接近する菊月へと視線を変える。

 

「気分はどうだ?」

「・・・」

「何か、欲しいものはあるか?」

「・・・」

「おい・・・もしかして・・・喋れないのか?」

「・・・」

 

菊月の問い掛けに返事をせず、少女は彼女を見つめたままだった。

 

「菊月。本当にしゃべったの?」

「まさか、嘘じゃあるまいな?」

「う、嘘ではない! あの時、本当に月が・・・」

「・・・・・・つ・・・き・・・?」

「「「「「っ!?」」」」」

 

突然、少女の口から僅かな単語が聞こえてきた。

驚く菊月が食い付くように少女へ話し掛ける。

 

「そうだ! 月だ! ちゃんと話せるじゃないか!?」

「つ・・・き・・・・・・」

「ほ、他には? 他に言えることはあるか?」

「ほ、か・・・・・・・・・・・・・・・・・・わから、ない」

「はっ?」

 

期待に満ちた彼女が思わず疑問の声を漏らす。

 

「ここ・・・どこ?」

「ち、鎮守府だが?」

「ち、じゅふ?・・・しらない・・・」

「わ、私たちのことは知っているだろう?」

「・・・しらない・・・だれ?」

「・・・艦娘だ・・・それくらいは・・・」

「しらない・・・かんむす・・・だれ?」

「「「「「・・・」」」」」

 

予想外の会話を聞いていた全員が呆気に取られる。

そこでビスマルクがあることを少女に聞いてみた。

 

「あなた・・・自分自身のことくらい分かるでしょう?」

「じぶん・・・・・・」

 

彼女は何かを思い出そうとしたが、すぐにあることを口にする。

 

「じぶんは・・・なんなの?」

「何なのって・・・深海棲艦すら分からないの!?」

「しんか、せいか?・・・なに? それ・・・」

「・・・ちょっと待って。頭の整理が追い付かないわ」

 

ビスマルクは少女の疑問に答えられず、その場で考え込んでしまう。

同じようにその隣で考え込んでいた武蔵が呆ける夕張へ話し掛ける。

 

「夕張。これはまさか・・・記憶喪失とかいうやつか?」

「しょ、症状的には似ていますが・・・断定できないです」

「つまり、もう少し調べる必要があるか?」

「それしかないですね・・・」

 

2人がそう話している最中に、菊月は少女の白い顔の頬を優しく撫でていた。

 

「何も・・・覚えていないのか?」

「うん・・・わから、ない・・・・・・じぶんは・・・だれ、なの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の昼頃。

 

司令部の執務室では、呼び出された菊月が上坂提督と話し合っていた。

 

「どうだい? 昨晩、彼女と話してみて・・・」

「まだ、何とも言えない・・・」

「夕張さんの報告によれば、記憶喪失らしいですね?」

 

秘書艦である霧島も話に加わってくる。

 

「その通りだ。自分自身が何なのかも理解できていないらしい・・・」

「深海棲艦である自覚もない、と?」

「ああ・・・」

 

その話を聞いていた上坂提督が椅子に座って考え込む。

隣で立っている霧島は手に取った報告書に目を通していく。

 

「持ち物も妙な物ばかりですね・・・」

 

鹵獲した際に戦艦の少女が身に着けていたリュックサック。

そこからは鋼材や燃料といった資材がいくつかあり、詳細が分からないガラクタも少し入っていた。

今は夕張と整備妖精がそれらを調査し、工廠内で厳重に保管している。

 

「長月の持ち帰った物もあったな」

「あれですか?・・・あれはま・・・」

 

霧島が菊月と話している最中に、執務室に備え付けられた通信機からブザー音が鳴り響いた。

彼女は急いで通信機のスイッチを操作する。

 

「こちら執務室の霧島。何事ですか?」

『霧島さん!? た、大変です!! あの娘が!!』

 

通信機のスピーカーから夕張の慌てる声が聞こえてきた。

 

「夕張さん!? 何があったのですか!?」

『と、とにかく工廠の隔離室へ!! 至急応援を!!』

「くっ! 菊月! あなたはさき・・・」

 

霧島が指示を出しながら振り向くと、そこに立っていた菊月の姿はなかった。

その代わりに執務室のドアが開けられて、廊下を走るけたたましい音が遠ざかっていく。

 

 

 

 

 

「はぁ! はぁ! はぁ!」

 

工廠内へ入って来た菊月は、立て掛けられている単装砲の1つを手に取り、工廠の奥にある扉へと向かった。

同じように歩き向かう武蔵が彼女の慌てた姿を目にする。

 

「むっ? 菊月、どうし・・・」

「武蔵! 緊急事態だ! 隔離室へ!!」

「なにっ!?」

 

彼女は言われたことに驚きながら走り始めた。

 

「迂闊だった! ちょうどビスマルクと交代したところだ!」

「タイミングが悪いな!」

 

2人が到着した通路には、おろおろする夕張の姿があった。

 

「夕張! 無事か!?」

「あっ! 菊月ちゃん! それに武蔵さんも・・・」

「交代で見に来たが、何があった!? 脱走か!?」

「ち、違います! その、それが・・・」

 

焦る彼女は何かを言おうとするが、すぐにその言葉が出てこなかった。

 

「「落ち着け!」」

「は、はい! と、とにかく中に!!」

 

まだ落ち着きのない夕張が隔離室のドアを開ける。

2人がその部屋の中へ入ると、信じ難い光景が目に入った。

 

「ぐぅぅぅっ! ぐぅっ! うあぁぁぁっ!!」

 

手足の拘束具が外された戦艦の少女。

 

“赤い目”をした彼女が割れて散乱した鏡の一部を右手に持ち、鋭利な部分で己の左腕を突き刺していたのだ。

 

すでに何度も刺した跡があり、白い左腕から赤い血液が滴り落ちていた。

 

「うあああっ!! あああっ!! があぁぁぁっ!!」

「なっ! よせっ!! 止めろっ!!!」

 

逸早く正気に戻った菊月が単装砲を腰ベルトに付けて、腕を刺し続ける少女の元へ走り寄る。

 

「ぐっ! があああっ!!!」

「止めろぉぉぉっ!!!」

 

彼女は戦艦の少女の背後から右腕の手首を掴み、自身の左手で少女の身体を抱き締めた。

それでも自傷行為を続けようとする少女に、菊月は必死になって止めようとする。

 

「あああっ!! あがぁぁ・・・ぐぅぅぅ・・・」

「くぅっ・・・」

 

次第に戦艦の少女の力が弱まっていき、赤く光る瞳が青い瞳へと変わっていった。

血塗れの右手から血の付いた鏡の破片が落ちる。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

「ふぅ~・・・何でこんなことをした!?」

「くっ・・・ううっ・・・ぐすっ・・・」

 

菊月が戦艦の少女と対面になって問い質すと、彼女は目に涙を溜めてすすり泣き始めた。

全く状況が把握できない武蔵が呆然とする夕張へ尋ねる。

 

「何があってこうなった?」

「そ、それが・・・身嗜みを整えてあげようと思って、鏡を用意したんです。それで、髪ブラシを取りに行って、部屋へ戻ったら・・・」

 

武蔵は戦艦の少女の傍にある割れた立て掛けの鏡へ一瞥した。

全身が映るぐらい大きい鏡の真ん中に丸い何かが当てられて、そこから全体的にヒビが入っている。

この状況からして、少女が鏡を素手で殴ったと予想した。

 

「あ、ああっ・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

「お、おい? どうした?」

 

戦艦の少女は菊月に抱き付いて、まるで子どものように泣き始める。

 

「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

「うっ・・・な、なんなのさ、一体・・・」




次回:上弦の月
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