半月(はんげつ)、弦月(げんげつ)とも言われ、形が弓を張った状態に似ていることから弓張月(ゆみはりづき)とも言われる
鎮守府内の隔離室。
朝日が昇り始めた頃、室内に居る戦艦の少女は拘束されず、簡易ベッドで寝転んでいた。
閉じていた目を左横に向けると、そこにはビスマルクが椅子に座って読書し続けている。
「・・・」
彼女は特に気にもせず、身体の真正面にある白い天井を見つめ始めた。
静かな時間が過ぎていき、しばらくしてから室内のドアにノックする音が響いてくる。
「ビスマルク姉さま、朝食を持ってきました」
重巡のプリンツがお盆に乗せた食事を運んで来た。
朝食の品は、皿の上に乗る“おにぎり”と黄色のプラスチックコップに入れられた“飲み水”である。
「Danke(ありがとう)あら、おにぎりね」
「ええ、夕張さんの指示で、あの娘と同じ品を・・・」
「夕張の指示なら仕方ないわ。朝食にしましょう」
ビスマルクは閉じた本の上に、おにぎりの乗った皿を乗せて食べ始めた。
左手には飲み水のコップが握られ、時々喉を潤すために飲んでいく。
彼女が食事を摂っている間に、プリンツが同じ品をベッドの方へ運んでいった。
「あの・・・起き上がれますか?」
「・・・」
戦艦の少女は無言で起き上がり、プリンツの方へ向きながら座る。
未だに鎖で縛られる尻尾は微動だせず、ベッドで足を伸ばす方向に垂れ下がっていた。
彼女は差し出されたお盆を膝に乗せて、黙々とおにぎりを両手で食べ始める。
「っ・・・」
プリンツが少女の左手首に巻かれた白い包帯を見て、思わず口に手を当てる。
一昨日に起きた自傷事件については、鎮守府内の艦娘たちに知れ渡っていた。
実際に見たプリンツはその痛々しい怪我に悲鳴を上げそうになる。
「プリンツ、どうしたの?」
「な、何でもありません・・・」
彼女は振り返ってからビスマルクの所へと戻っていった。
「もぐもぐ・・・本日の予定は?」
「アトミラールさんから聞いた情報では、まだ敵艦隊の姿が見当たらないそうです」
「そう・・・あの作戦で存分に戦えなかったから、折角の戦意高揚が治まってしまうわ」
「ですが、この鎮守府近辺ですら深海棲艦の1隻も見つからな・・・」
「しんかい・・・せいかん・・・」
彼女らが会話する最中に、戦艦の少女がある言葉を呟く。
2人は少女が喋ったことに気付き、彼女の方へ顔を向けた。
「しんかい、せいかん・・・」
「な、何か思い出したの?」
「ひょっとして、悪い物でも食べちゃいましたか?」
「しんかいせいかん・・・」
戦艦の少女が青い目で虚空を見つめながら、その言葉を連呼していく。
そして、彼女は力強くあることを口に出した。
「“しんかいせいかん”を、こわしたい・・・」
司令部の執務室。
部屋の窓から薄暗い曇りの空を眺める上坂提督。
彼は後ろへ振り向き、机の横に立つ霧島とビスマルクに話し掛ける。
「それで・・・彼女が敵を倒したいと?」
「正確には、深海棲艦と言われる奴らを壊したいらしいわ」
「もうアレが何を考えているのか、私の計算でも読むことができません」
ビスマルクの報告に、提督は困り顔で考え込み、霧島は理解できずに呆れてしまう。
不意に上坂提督が机に乗っていた書類を素早く手に取る。
それは別の鎮守府から送られてきた報告書だった。
「私も、あの作戦で何もせず終わったのに不満がある。そう思う皆のために、色々と手を回してみた」
「司令、それは?」
「横須賀から送られた敵艦隊の情報だ。太平洋とベーリング海を往復する大規模な敵の輸送船団が確認された」
「大規模な輸送船団・・・」
彼の言った詳細に、秘書艦である霧島が眼鏡を妖しく光らせる。
同じように聞いていたビスマルクもその情報に食い付いた。
「アトミラール、もしかして・・・それを私たちに?」
「大本営から許しを得ている。あの作戦で不満げな君らの解消になればと思ってね」
「流石、アトミラール! 武蔵にも知らせないと!」
「・・・」
喜ぶビスマルクを余所に、隣に居る霧島は何も言わなかった。
彼女は次に来る言葉に備えていたのだ。
「そこでだ。今回も連合艦隊で出撃して欲しい・・・あの“戦艦レ級”も同伴でだ」
「ちょっ!? アトミラール!?」
「・・・本気ですか?」
2人は上坂提督の指示に驚きの声を漏らす。
特に霧島はその決定を想定していたが、まさか本当にするとは思ってもいなかった。
「記憶を失っているようですが・・・いつ、どこで、正気に戻り・・・私たちに牙を剥くか分からない者を連れて行けというのですか?」
「その点に関してなんだが・・・ある方法を使う」
「方法、ですか?」
「ああ・・・後は彼女が了承してくれるかどうかだ・・・」
「彼女?」
上坂提督は深刻な表情のままで執務室を後にする。
「絶対に嫌です。そんなこと・・・」
工廠内では、夕張が作業台の椅子に座り、上坂提督に背中を向けていた。
今の彼女は、何時もの提督を敬う姿勢とは違い、まるで軽蔑するかのような態度だった。
「君が触れたくもない気持ちも解る。だが・・・現状、それしか方法が見当たらない」
「だからって!・・・例え敵である深海棲艦でも・・・あの娘にあんな外道な“モノ”を付けるつもりですか!?」
怒りを露わにする夕張が作業台に両手を打ち付ける。
その様子を見た上坂提督は彼女の右側にある黒い箱へ目を向けた。
「艦娘を弄び・・・私たちのような技術者を侮辱した道具ですよ! あんなもの!!」
上坂提督に対し、夕張が凄い剣幕で怒る理由。
それはまず、去年の11月まで遡ることになる。
宿毛湾鎮守府のある提督が逮捕された。
彼は艦娘を奴隷のように扱い、しかも逆らわないようにある道具を使用した。
それが・・・『首輪型爆弾』である。
脅された工廠の妖精たちによって、艦娘の扱う弾薬を元に作られた悪魔の道具。
その提督が手元のスイッチを押すだけで、彼女らの命はいとも簡単に散らすことが出来た。
付けられた艦娘たちは、提督の命令に逆らえず、その支配から抜け出せずにいた。
しかし、その行き過ぎた行為は、他の鎮守府との連携と大本営の憲兵によって摘発される。
救われた艦娘や妖精たちは心身ともに深い傷を負っていた。
一方、当事者であるその提督は、裁判で国家反逆罪を言い渡され、すぐに絞首刑が行われた。
彼の名は一部の記録にしか残らず、まるで存在を消されるかのように秘匿されることとなる。
夕張の右側にある黒い箱の中身は、証拠品として押収された首輪型爆弾が入っていた。
上坂提督はそれを使い、戦艦レ級が連合艦隊へ攻撃しないよう抑制するつもりなのだ。
それでも夕張が了承しない限り、その方法は行えなかった。
「夕張・・・確かに、私がやろうとしていることは自身でも非道だと思っている」
「ならっ! 何故あれを・・・」
「菊月が言っていたことを・・・覚えているか?」
「えっ?」
彼女は意外な質問に戸惑ってしまい、後ろに居る上坂提督へ振り向く。
「話し方、奴らとは違った・・・そう言っていた」
「そうですが・・・」
「その何が違うのかを知りたい・・・君もそう思っているはずだ」
「・・・」
彼にそう言われたことで、夕張は菊月の言っていたことを思い出した。
彼女自身も鹵獲された深海棲艦と出会ったとき、不思議な違和感を感じ取る。
ただ、それが何なのかは分からないままだった。
「今回の出撃を機に、あの娘が敵なのか、味方なのかを見極める」
「・・・」
「艦隊の安全のため、あれを保険として使いたいのだ。私自身、罵られようが、後に罰せられようが構わん」
「・・・」
「頼む、夕張・・・」
「提督・・・」
頭を深く下げる上坂提督に、夕張が机に置かれた黒い箱へ視線を飛ばす。
しばらく黙り込んでいた彼女はもう一度彼の方へ顔を向けた。
「1時間程・・・待っていただけますか?」
「?」
「対象は最低でも戦艦級。並みの爆薬では傷一つ付かないはずです。改造で大和型の持つ砲弾などを使えば、可能だと思います」
「出撃にはまだ時間がある。焦らずにやってくれ」
上坂提督は顔を上げて、彼女に背中を向ける。
その場から立ち去る際、彼が囁くように一言呟いた。
「感謝する」
「・・・礼なんか要らないですよ」
彼が工廠から立ち去った後、夕張は黒い箱の蓋をゆっくりと開ける。
10:30(ヒトマルサンマル)
出撃ドック内の海面より上にある待機エリアで、それぞれ呼び出された艦娘たちが集まっていた。
第1艦隊はいつも通り、武蔵、ビスマルク、プリンツ、翔鶴、瑞鶴、北上となる。
第2艦隊は再編成され、神通、菊月、皐月、長月、筑摩、霧島となっていた。
彼女らが整列して待っていると、横側の鉄扉から夕張が白い箱を左腕で抱えてやって来る。
その後ろからは、まだ鎖で尻尾の顎が拘束された戦艦レ級と、近接型艤装を持つ天龍と龍田が付いてきた。
「・・・」
青い目をした無表情の少女は、動かない尻尾を引き摺ったまま歩いてくる。
天龍型の2人は真剣な表情で後ろから彼女を監視していた。
「遅れてごめんね。すぐにこの娘も出撃準備させるから・・・」
「「「「「!?」」」」」
「・・・」
連れてきた存在に、霧島とビスマルク以外の艦娘たちが思わず目を見張る。
彼女らは、今回の出撃自体を予め知っていたが、戦艦レ級の同伴は知らされていなかった。
唯一、そのことを知っていた霧島とビスマルクは対象である存在を注視する。
「?」
「動かないでね?」
「うん・・・」
夕張が戦艦の少女に指示し、持ってきた箱の中身を取り出した。
それは少し分厚い緑色の首輪で、片端に南京錠のような装置が付いていた。
彼女は、少女の首にそれを巻き付かせて、正面で掛け金をもう一方の端に繋ぎ止める。
鍵穴のある装置からカチリと音が鳴り、白い肌の首へ完全に取り付けられた。
「・・・」
「夕張」
「ちゃんと付けました。本当は私の手でしたくなかったけど・・・」
天龍の呼び掛けに、夕張が不機嫌な声で答える。
「菊月ちゃん、こっちに来て」
「ん?」
夕張がその作業を終えた後、自分の傍へ菊月を呼び寄せた。
彼女は駆逐の少女がやって来る間に、白い箱から紐が付いた白いペンのようなものを取り出す。
ペンの上部には赤いボタンがあり、周りを透明なプラスチックカバーで保護されていた。
「これが・・・この娘に付けた爆弾の起爆装置よ」
「なっ!?」
「・・・」
先程、夕張が行ったことに菊月が驚愕し、首輪を付けられた戦艦の少女は表情を変えないまま動じなかった。
「菊月ちゃん。提督から伝言で、“責任を持つならこれを持て”と・・・」
「・・・了解した」
「それと・・・もし、あなたが私たちに問答無用で攻撃するなら・・・この装置でその首輪を吹き飛ばすわ」
「・・・わかった」
彼女から指示された2人が頷き、その様子を見ていた武蔵が夕張へ質問した。
「夕張・・・その爆弾の性能は?」
「武蔵さんの砲弾に使われる炸薬を詰め込みました。出来る限り、距離を取らないと巻き込まれます。あとは耐衝撃、耐火性、耐水性を施しているので、スイッチ以外の起爆は恐らく無いです」
坦々と言う夕張に、菊月は納得のいかない顔で手にした起爆装置を見続ける。
「艦隊を危険に晒したいのであれば、私がお預かりします」
「・・・いや、私が持っておく」
菊月はそう言って、首飾りのように自身の首へ巻き付けた。
本体の起爆装置は彼女の胸元に仕舞われる。
「菊月、そこに入れちゃうんだ・・・」
「お前にしては珍しいやり方だな・・・」
「う、うるさい!」
皐月と長月が妹をからかい、それ見た他の艦娘たちが笑みを浮かべた。
無表情のまま虚空を見つめる戦艦の少女の目の前に、ストロー付きで紙コップサイズのドラム缶が現れる。
「・・・?」
「飲んで行きなさい。途中で動けなくなるのは嫌でしょう?」
槍を持つ龍田が左手で燃料入りのドラム缶ボトルを差し出したのだ。
受け取った戦艦の少女は恐る恐るストローを咥えて、軽く吸い取った燃料の味を確かめる。
「・・・おいしくない」
11:45(ヒトヒトヨンゴー)
太陽が雲で隠れた薄暗い海上。
連合艦隊の中心に、見慣れぬ存在が共に航行していた。
普段は討伐対象であるはずの白い肌と異形の艤装を持つ者。
そんな存在が艦娘たちに危害を加えずに同伴していた。
「・・・」
戦艦の少女は小指のない両足で滑るように海面を移動する。
出撃前に垂れ下がっていた尻尾の先は、元気よく彼女の右腕側へと曲がりくねっていた。
尻尾の先にある武装で、左右の二連装砲と上部の三連装砲が時々蠢き、歯が剥き出しの顎は閉じたまま動かなかった。
艦隊の先頭を航行する菊月は、出撃前に夕張から聞かされたことを思い出す。
『燃料は満タンまで補給させましたが、弾薬は砲撃が一回しか出来ないよう補給させました』
『あとは、あの娘が所持していたリュックと“アレ”ですが、まだ調査中なので渡していないです』
彼女は夕張による抑制がどうなるか気になっていた。
例え、どれほど武装制限されても少女は要注意個体である“戦艦レ級”
警戒されるその戦闘力もまだ把握しきれていなかった。
「索敵機より入電・・・これは・・・」
正規空母の瑞鶴が索敵機からの報告と共有した視界を受け取る。
彼女の目には、大勢の深海棲艦たちが縦に並びながら航行していた。
「なんて数なの・・・」
「瑞鶴、敵はどれくらいの規模なの?」
「ちょっと待って、翔鶴姉・・・」
彼女は左隣で航行する翔鶴に言われて、敵の艦種とその数を確認する。
「こちらの数を上回ってる・・・戦艦、重巡、軽巡、雷巡がそれぞれ8隻・・・それに輸送ワ級も10隻。軽母ヌ級も2隻いるわ・・・あ~もう! 駆逐の数が多過ぎて分からない!」
「情報通りの大規模ですね」
報告を聞いた霧島が冷静にそう呟いた。
敵部隊の存在を知った旗艦の武蔵がすぐに航行停止を命じる。
「全艦! 停止せよ!」
全ての艦娘と中心に居る戦艦の少女がその場で停止した。
彼女らは発見した敵艦隊にどう挑むか相談し始める。
「真正面からは流石に危ういか・・・」
「武蔵さん、流石に無茶です。あちらには高火力の戦艦と軽空母の航空力があります」
「霧島さん、私と瑞鶴の航空攻撃で先制は取れませんか?」
「正直それしかないですが、撃破できるのは1割程度になるでしょうね」
「アタシと神通たちの魚雷で先制しない?」
「駄目です。魚雷の射程範囲内まで近付けば、軽空母が動き出します。それと魚雷だけでは翔鶴さんたちより、少ない数しか倒せません」
「も~お~もっと魚雷ないの? 例えばこの下に・・・」
「きゃあああっ!? 北上さん! そこを捲らないでえええっ!!」
文句を言う北上が筑摩の前掛けを捲ろうとした。
皆がどう攻めるか話し合う中で、今まで黙っていた戦艦の少女が口を開く。
「じぶんが、おとりになる」
「何っ?」
「「「「「!」」」」」
彼女の意見に菊月だけでなく、他の艦娘たちも注目した。
菊月は戦艦の少女にその詳しい内容を尋ねる。
「囮になるって・・・どうするつもりだ?」
「あいつらに、ちかづいて、おおあばれする」
「待てっ、いくら同じ深海棲艦でも、不用意に近付けば攻撃されるかもしれん。それに・・・」
「かいちゅうに、もぐって、ちかづくから、だいじょうぶ」
菊月と会話する少女の提案に、他の全員がある不安なことを危惧していた。
それは彼女が敵艦隊と合流し、こちらへ攻撃しにくるという可能性だった。
しかし、菊月だけはそれ以外の心配事も考えていた。
「たった1人で・・・まともな兵装も無いのに戦うのか?」
「もんだいない。あいつらを、ぶっこわす」
彼女は力強く宣言する少女の“青い瞳”が微かに赤くなったのを見てしまう。
2人の様子を見ていた神通が寄ってきて、彼女らの話し合いに加わる。
「1人だけで戦って・・・その後はどうするつもりですか?」
「あばれてる、あいだに、そっちはあとから、こうげきして」
「それが囮の理由ですか・・・」
「そう・・・まとめるから、うって」
神通は戦艦の少女が立てた作戦を理解し、左膝に付けていた探照灯を取り外した。
彼女は少女の白い左膝に自身の探照灯をベルトで固定する。
「これで知らせなさい。信号は・・・」
「もーるす、できる。“うて”って、しらせる」
そう言った戦艦の少女が一瞬にして、真下の海中へと潜り込んだ。
彼女の白い尻尾が蛇行するようにうねり、姿が見えなくなるぐらい深く沈んでいった。
「戦艦で潜るって・・・ずるくない?」
「それは誰だって言いたいが、深海棲艦だから潜れるのは当たり前だろう」
「・・・」
皐月と長月が話している最中に、菊月は戦艦の少女が潜っていった方向を見続けていた。
不穏な天気を気にせず、堂々と航行する黒き異形の艦隊。
それらの殆どが青い目を輝かせて、真っ直ぐ進む前方を見ていた。
艦隊の中心に、輸送艦である丸い黒色タンクと同化した女性のような異形たちが他の艦種たちに護送されている。
艦隊の内側には人型の艦種が並び、その外側に多数の黒い物体が泳いでいた。
「・・・」
その艦隊の最後尾を務める戦艦ル級。
彼女は後方から何か来ないか警戒し、電探を使って近付く機影を探っていた。
「・・・?」
ゆっくりと進んでいた彼女が足元の海中に何かの影を発見する。
次の瞬間、彼女は一瞬にして海中へと引き摺り込まれた。
「?」
彼女の前方に居た重巡リ級が異変に気付き、頭だけ後方へ振り返る。
後ろに居たはずのル級の姿が消え、同じくその異常に気付いた雷巡チ級も振り返った。
「「・・・ッ!?」」
彼女らが後ろを見ていると、その海中から何かが浮き上がった。
それは見慣れた戦艦ル級の砲身が飛び出た両盾を持っている。
しかし、それを持つ者は彼女らが知っているル級ではなかった。
「ふきとべっ!!」
「「ッ!?・・・ガアアアッ!!!」」
戦艦の少女はル級の艤装を発砲し、驚く2隻に砲弾を直撃させた。
彼女の攻撃を合図に、周りに居た深海棲艦たちが異常事態に気付いて動き出す。
「うあああああっ!!!」
戦艦の少女が乱れ打つように砲弾を撒き散らし、目に映る敵へ砲撃していった。
乱雑な砲撃で慌てて回避する駆逐艦や輸送ワ級が被弾していく。
「「「「「ガアアアアッ!!」」」」」
重巡や軽巡などがすぐに反転して、襲撃者である戦艦の少女に砲撃し返す。
敵の反撃に気付いた彼女はル級の盾艤装を合わせて、敵の砲弾から自らの身体を守った。
「せいいいっ!!」
戦艦の少女が敵の攻撃で破損したル級の艤装を投げ飛ばす。
当てられたのは艦載機を発艦させようと大口を開けた2隻の軽母ヌ級だった。
口に無理やり咥えられた艤装が時間差で爆発し、2隻は体内の艦上爆撃機が誘爆して炎に包まれる。
「ガアアアッ!!」
仲間を潰された怒りで両手の砲身で攻撃し続ける重巡リ級。
その彼女の元へ向かう戦艦の少女に、飛んできた2発の砲弾が命中した。
右肩と左腕から煙を上げる彼女がリ級に組み付き、無防備な頭を尻尾で噛み砕く。
「うがあああっ!!」
今度はリ級の両腕艤装を剥ぎ取り、前に居る戦艦ル級2隻と雷巡チ級へ砲弾を放った。
ル級たちは自慢の装甲で耐えたが、運悪く頭部を吹き飛ばされた雷巡が崩れ落ちようとする。
「ふんっ!!」
まだ弾薬があるリ級の右艤装をル級の1隻に投げ付け、残る左艤装でそれを狙い撃った。
爆発に巻き込まれたル級の艤装が損傷し、彼女の顔に一筋の青い血が流れ出す。
戦艦の少女は無手となった右手で、チ級の大盾艤装を奪い取った。
「くらえっ!!」
その大盾でもう1隻のル級の砲撃を防ぎながら魚雷を3発発射する。
それに気付いたル級が回避行動をとるが、間に合わず連続で被弾してしまう。
青い血を流すル級がよろめきながら、無防備になった少女の背面を狙い撃った。
「!?」
「うるさいっ!!」
放たれた砲弾は少女の尻尾で防がれ、その彼女が後ろに居るル級の方へ進み出す。
次弾装填に手間取るル級が寄って来た少女の尻尾に頭から噛み付かれた。
痙攣するそれを咥える尻尾は動かず、本体の少女は気にせずにル級の艤装を奪う。
「・・・ん?・・・ちぃ!」
口の砲身で攻撃してくる駆逐艦へ反撃するが、破損したル級の艤装がいきなり砲撃不能となった。
彼女は使えなくなった艤装とル級を投げ捨てて、1つ目の駆逐艦を尻尾で噛み捕まえる。
捕らえた駆逐ハ級の側面に右手を突き刺し、口から伸ばした砲身で軽巡ホ級に砲撃し続けた。
「なんて奴だ・・・」
双眼鏡を持った菊月がそう呟く。
連合艦隊の艦娘たちはそれぞれ手持ちの双眼鏡で、戦艦の少女と敵輸送船団の交戦を観戦していた。
「あぁ! 駆逐艦があ―なってたのは、あの娘が内臓取りしてたのね」
「な、内臓も何も・・・腕を突っ込んでるだけですが・・・」
北上の納得した台詞にプリンツが訂正の突っ込みを入れる。
見られている戦艦の少女は、砲撃で沈黙した軽巡ホ級の左右にある二連装砲を引き千切った。
動かなくなった軽巡が少女の尻尾で咥えられて、砲撃する戦艦タ級の腹へ投げ飛ばされる。
その行動を見ていたビスマルクがある言葉を口に出した。
「・・・まるでEINHÄNDER(アインハンダー)ね」
「あいんはんだ? なんだそれは?」
その言葉を聞いていた武蔵が彼女に尋ねる。
「ドイツ語で“一本腕”という意味よ。あの娘の尻尾が腕のように見えたわ」
「確かに・・・敵を掴み投げるのに適しているな。今度、夕張に似た物を頼んでみるか」
「む、武蔵? あなた何を考えているのよ・・・」
観戦する彼女らがそう話していると、徐々に敵が戦艦の少女へと詰め寄り始めた。
まだ戦い続ける少女もそれを把握したのか、すぐに左膝の探照灯を光らせ始める。
『・・-、・・-・・ ・・-、・・-・・』
信号の意味を理解した艦娘たちが即座に砲撃準備に取り掛かった。
「空母は艦爆隊を発艦せよ! 全艦! 砲撃用意!!」
「了解! 瑞鶴! 艦爆隊を!」
「りょ、了解! 艦爆隊、発艦!」
「待ってたわ! さあ、かかってらっしゃい!」
「よく狙って・・・」
「アタシも単装砲でいきますよ―」
旗艦の武蔵の指示により、第1艦隊の戦艦たちが砲を構え、五航戦の姉妹が艦上爆撃機を飛び立たせる。
「距離、速度、よし! 何時でもいけます!」
「右舷です。砲戦、始めますね!」
「神通、砲撃戦、いきます!」
「ボクの出番だぁ―!」
「長月、砲撃する!」
第2艦隊も砲塔を構えて、旗艦からの指示を待っていた。
その中で菊月だけはまだ構えず、それに気付いた長月が声を掛ける。
「菊月! 早く構えろ! 何をしている!?」
「待て、あいつがまだ・・・」
彼女は未だに戦う少女の心配をしていた。
このまま撃てば彼女も砲弾の雨で吹き飛ぶ可能性があったからだ。
そんな菊月に神通が叱り付けるように指示する。
「向こうが“ウテ”と言ったのです! 構わず撃ちなさい!」
「神通・・・くっ!」
彼女は命令に逆らえず、手に持った単装砲を構えた。
先に飛ばした艦載機が爆撃可能地点に到達し、そのことを翔鶴が旗艦の武蔵へ伝える。
「艦爆隊、間もなく攻撃します!」
「全艦! 一斉射撃! 撃てえええっ!!!」
彼女の合図とともに艦娘たちが砲弾を一斉に発射した。
信号を送った戦艦の少女はある個体と撃ち合っていた。
他の深海棲艦よりも気迫のある黄色に輝く瞳の戦艦ル級。
彼女はこの大艦隊の旗艦であり、今この場に居る敵艦で最も戦闘能力が高い個体だった。
「ガアアアアアッ!!!」
旗艦のル級が他の個体と共に砲撃と雷撃を合わせて撃ちまくる。
対する戦艦の少女は臆することなく、黄色い目のル級へ突っ込んでいった。
「ふんっ!!」
「グガアアッ!?」
少女の尻尾がル級の右腕に噛み付き、持っていた艤装を強奪する。
組み付かれた彼女は必死に引き剥がそうと激しく暴れた。
「!」
戦艦の少女が奪った艤装を構えた時、彼女は砲弾が飛来してくる音を聞き取る。
彼女は即座に右手の艤装で身体を防ぎ、尻尾は噛み捕まえたル級を盾にした。
「ガアア・・・」
盾にされたル級が黄色の瞳で砲弾と爆弾の雨を視認した直後、辺り一帯に多数の巨大な水柱が発生する。
回避する暇もなく次々と深海棲艦たちは容赦ない砲撃と爆撃で撃破されていった。
一斉砲撃を行った艦隊は敵の残骸が浮かぶ海上を見渡していく。
大規模だった深海棲艦の艦隊は見る影もなく壊滅していた。
艦娘たちは警戒しながら戦艦の少女を探し続ける。
「長月、居た?」
「いや、まだ見ていない」
「何処だ?」
皐月と長月は躍起になって探す菊月に付き添いながら捜索した。
「ん? こいつは・・・」
「何? 何見つけ・・・ひぃ!?」
「こいつは・・・flagship(フラグシップ)のル級か」
右腕と左腕の艤装を失った黄色い目のル級が仰向けに浮かんでいた。
彼女たちがそれに気を取られていると、左側辺りの水面にいくつもの気泡が出現する。
「ぷはっ!」
「「「!?」」」
泡立つ水面からいきなり姿を現したのは、皆が探している戦艦の少女だった。
「無事だったか!」
「だいじょうぶ・・・」
菊月が急いで彼女の傍に近寄り、怪我がないか触って確認する。
皐月や長月だけでなく、他の艦娘たちも気付いて集まって来た。
「あの砲撃の嵐をどうやって・・・」
「これで、しのいだ」
彼女が差し出したのは戦艦ル級の艤装の一部だった。
鉄クズとなったそれは菊月が持った直後に崩れ落ちる。
「なるほど、敵を盾にしたのか」
「“いっせきにちょう”でしょ?」
彼女らが話している最中に、漂っていた黄色い目のル級が意識を回復させた。
身体全体が満足に動けない状態で、彼女は残った左腕をゆっくりと動かす。
そこへ運よく漂ってきた重巡リ級の左腕が接触し、それが持っていた艤装を掴み取った。
「・・・・・・ッ」
右側へ振り向いたル級は菊月の後ろ姿を見つけて、無防備となった彼女へ左腕の砲身を向ける。
その動きに逸早く気付いた瑞鶴が急いで警告した。
「菊月! 後ろよっ!!!」
「っ!?」
「ッ!?」
呼び掛けられた菊月が後ろへ視線を向けると、すでに砲弾を発射しようとするル級の姿があった。
彼女は距離的に避けきれないと判断し、防御しようと身構える。
そんな彼女に覆い被さるように、戦艦の少女が自ら身を張って庇った。
「ぐうううっ!!!」
「!」
放たれた砲弾は少女の左肩の後ろに直撃し、破けた衣服から彼女の白い肌が露出する。
痛みに堪える戦艦の少女が、尻尾に付いた3つの砲塔を襲撃者へ向けた。
「こわれろっ!!!」
「ッ!?」
轟音と共に合計7つの砲弾が発射され、瀕死のル級は巨大な爆発によって姿を消した。
「ふ―っ、ふ―っ、ふ―っ・・・」
「おい! なんて無茶を・・・怪我は!?」
荒い息を立てる戦艦の少女に菊月が若干怒りながら気遣う。
落ち着いた彼女があることを呟いた。
「・・・もっと・・・」
「何っ?」
「もっと・・・あいつらを、こわしたい・・・」
再び海上を移動する連合艦隊。
彼女らが向かう先は、拠点である単冠湾鎮守府だった。
『今回の任務は敵輸送船団の撃滅だ。これ以上の戦闘は許可できん』
『・・・わかった』
武蔵の指示を聞いた戦艦の少女は、少し俯いた状態で了承の言葉を口にした。
「・・・」
「菊月?」
「どうした? そんなにあいつが気になるのか?」
「何でもない・・・」
皐月と長月が上の空な感じの菊月を心配する。
当の本人は何となく返事をするが、戦艦の少女のことばかり考えていた。
(少なくとも意志は存在する・・・だが、何のために?・・・明らかに奴らとは違う)
(一体、彼女は・・・何者なんだ?)
次回:十日夜の月