夜の戦艦、月の涙   作:ハルバーの懐刀

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(とおかんやのつき)

旧暦の十月十日に「十日夜」と呼ばれる行事があり、その時に月を観賞する習慣があった。


第5話 十日夜の月

朝の時間帯からしばらく経った頃。

 

 

 

単冠湾鎮守府内の屋外で歩く緑色のセーラー服を纏う茶髪セミロングの女性。

 

重雷装巡洋艦の大井は、工廠のある方向へ歩き進んでいた。

 

「提督も、駆逐も、何を考えているのかしら・・・」

 

彼女は姉妹である北上の居る場所を探し、上坂提督から戦艦レ級の監視で隔離室に居ると聞かされた。

一刻も早く愛しい姉妹艦と付き添いたい彼女は、早足で妖精たちが作業する工廠内へと入っていく。

 

 

 

「もう此処へは来るつもりなかったのに・・・」

 

彼女自身、この隔離施設へ来るのに抵抗感があった。

 

 

その理由の発端は、過保護な行為による仲間への発砲事件。

いくら姉妹の北上を守るためとはいえ、仲間への攻撃は許されない行為だった。

流石の北上でも擁護できず、提督の裁決で大井は3ヶ月拘禁処分となる。

 

 

自身の仕出かしたことに気付いた彼女は十分に反省した後、残りの1ヵ月を免除されてから解放された。

そのすぐ後に、大井は被害者の相手と姉妹の北上に謝罪をした。

 

「あのときの北上さんは怖かった・・・」

 

彼女は忌まわしき過去を思い出しながら隔離室『②』のドアを開けた。

 

「北上さん、お手伝いに・・・」

「ああっ! 大井っち、ちょうどよかった助けて~!」

「えっ?」

 

白い部屋の中に居た北上は、戦艦の少女の背後から抱き付くように抑えていた。

戦艦の少女が右手に持つ鋭利な鏡の破片で己の左腕を刺し、抱き付いた北上がその行為を必死で止めようとしていたのだ。

 

「うああああっ!!!」

「ねぇ~見てる方も痛いからやめようよ~!」

「ちょっ!? どういうこと!?・・・止めなさい!」

 

状況を把握した大井が両手で少女の右腕を掴み止める。

2人に抑えられる戦艦の少女は、赤い瞳を輝かせながらその行為を続けようと暴れ出す。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!! ぎあ゛あ゛あ゛っ!!!」

「お~ち~つ~い~て~!」

「なんて力なの!? 早くそれを離しなさい!!」

 

 

 

数分後、戦艦の少女が次第に落ち着き、赤く灯らせた瞳は少し濁った青色へと変わる。

 

北上と大井も予想外の力仕事で疲れ果て、白いタイル床へ座り込んだ。

大井は左隣に居る北上へ事の経緯を尋ねる。

 

「北上さん、何が、あったの、ですか? はぁ、はぁ・・・」

「それがねぇ・・・」

 

北上が戦艦の少女の足元にある割れた手鏡を指差した。

 

「朝食の後、歯になんか詰まってたから、監視ついでにつまようじで・・・」

「そんなズボラなことをしていたのですか!?」

「余所見してたら、始めてたのよねぇ♪」

「それを防ぐための監視ですよ!?」

 

大井は苦笑する北上に突っ込んでしまう。

 

あれから数日経った今でも、戦艦の少女は鏡やガラスなどで自分自身を見ると、衝動的な自傷行為をするようになっていた。

そのため、彼女がそうならないよう就寝以外の時間帯は、艦娘たちが交代で見張るよう義務付けられる。

 

荒い息をする戦艦の少女の白い左腕は、何度も刺した傷口から赤い血が滴り落ちていた。

 

「ふ―っ! ふ―っ! ふ―っ・・・」

「全くもう・・・こんなことして、誰が床を掃除すると思っているんですか!?」

 

息を荒くする少女が大井に怒鳴られるも、今度は悲しげな表情で涙を浮かべる。

 

「うっ、ぐすっ・・・うぅ・・・」

「ちょ、ちょっと?」

「う、うあああああっ! あああああっ!!」

「な、何で泣くのよ!?」

「あ~あ、大井っち、泣~かした~」

「ち、ちち違います!!」

 

北上に茶化される大井は、部屋の片隅に置かれた救急箱を取りに行った。

泣き続ける戦艦の少女の傍に寄り、血塗れになった左腕に包帯を巻いていく。

同じように傍へ寄った北上もハンカチを取り出し、戦艦の少女の涙を拭き取っていった。

 

「あああああっ!」

「ほ~らほら、泣かないの~」

「もう! 血だらけじゃないの! どれだけ刺したのですか!?」

 

大井が少女の左腕を手当てし終えた頃に、溢れるほど涙を流す彼女が泣き止んだ。

 

「ぐすっ・・・うぅ・・・えぐっ・・・」

「・・・」

「大井っち?」

 

泣き止んだ少女の顔を見た大井が、右手でその頭を優しく撫でる。

まるで子どもを慰める姉のように、大井は微笑みながらその行為を続けた。

 

「しっかりしなさいよ。どうせそんな傷、痛くないんでしょう?」

「・・・うん」

「おっ、大井っちにしては珍しいデレだぁ♪」

「で、デレてません!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

単冠湾鎮守府内にある“食堂”

 

 

 

軍から派遣された女中たちが作る料理を求めて、大海原の戦場から帰還した艦娘たちが集まる憩いの場の1つだ。

彼女らも帰って来た英雄のために、丹精込めた料理を惜しみなく振る舞う。

 

奥にある大規模な調理場と、大勢で食事できるように用意された多数の長テーブルと椅子。

そんな場所で昼飯を食べる全員に、上坂提督があることを提言し始めた。

 

「そろそろ皆に、この娘の名前を考えてもらいたい」

「「「「「えっ!?」」」」」

「?」

 

彼の言葉に、定食や丼ぶり飯を食べる艦娘たちは箸を止め、同じように箸で親子丼を食べる戦艦の少女も首を傾げる。

彼女の左隣で焼き魚定食を食べる霧島が尋ねた。

 

「突然ですね。どうしてでしょうか?」

「何時までも“この娘”や“アレ”という訳にはいかんだろう。同個体と判別するためにも必要だからな」

「確かに・・・ですが、もう1隻現れたらなんて・・・」

「そんな怖いことを言わないでくれ。何人か燃料漏れしたらどうする?」

「司令!? ふ、ふざけないで下さい!!」

 

上坂提督の冗談により、顔を赤くした霧島が怒った表情で焼き魚を食べていく。

 

「アッハハハ! よし! 戦艦ならばこの武蔵の妹として、“紀伊”と名乗れ!」

「ずるいわよ! 武蔵! “ティルピッツ”に決まってるわ!」

「あの~ビスマルク姉さま? “ザイドリッツ”は、駄目でしょうか?」

 

山盛りカツ丼を食べる武蔵とビスマルクが提案した名前を主張し、彼女らの対面で小振りのカツ丼を食すプリンツが囁くように尋ねていた。

 

「ならばじゃ! “太郎”なんてどうじゃ!?」

「利根姉さん・・・それ、男の子の名前です・・・」

「馬鹿じゃないの? そんなのだからカタパルトも不調なのね」

「なんじゃと!? この七面鳥め!!」

「なに!? このお子様・・・そのカタパルトを爆撃されたいの!?」

「瑞鶴! 止めなさい!」

「利根姉さん! それはいくらなんでも言い過ぎです!」

 

オムライスを半分食べた利根が、サバ定食を食べる瑞鶴と騒ぎ出す。

しかし、姉妹と同じ料理を食べる筑摩と翔鶴によって、2人の喧嘩をすぐに止められた。

 

「貴様ら、名前如きで喧嘩をするな。“レ級”で充分じゃないか」

「那智姉さん、それ・・・適当過ぎます・・・」

「う、うるさい!」

 

とんかつ定食を食べる那智と羽黒は、五航戦と航巡の騒ぎを眺めていた。

 

「クマ―! それなら“シャケ”にするクマ―!」

「球磨姉さん、今食ってるので決めただろう・・・」

「き、木曽!? じょ、冗談だクマ―・・・」

「大井っち、何かいい名前無い? アタシは“サーモン”だけど・・・」

「北上さん・・・球磨姉さんと同じですよ?」

 

球磨型の彼女らは、同じ焼鮭定食を摘みながら名前を考える。

 

「提督! “カコ”! カコって名前にしよっ!」

「姉さん、無理やり妹にしないで下さい」

「ええ―っ!? 那珂ちゃんの妹にしないの!?」

「那珂。残念ですが、無茶を言わないで・・・」

 

川内型の姉妹が名前について話し合い、テーブルに置いた味噌ラーメンを啜る。

 

「此処の奴らも呑気だな・・・」

「まぁまぁ、天龍ちゃん。彼女らや上坂提督にとって、初めての経験だから仕方ないわよ」

 

皆より少し離れた端のテーブルで、天龍と龍田は唐揚げ定食を食べていた。

 

「名前か・・・皐月、何かあるか?」

「ん~何も思い付かないよぉ・・・長月は?」

「同じくだ・・・って、皐月! 私のエビフライを盗るんじゃないっ!!」

「へっへ―ん♪ いただきっ♪」

 

エビフライ定食を食べる皐月が、右隣に居た長月の天ぷら定食へ箸を伸ばす。

隙を突かれた長月の皿からエビフライだけが抜き取られ、盗られた彼女は歯を食い縛った。

彼女らと対面に座る菊月は、その様子を気にせずにハンバーグ定食を黙々と食べ続ける。

 

「もぐもぐ・・・」

 

皆が名前の話題で騒いでいると、上坂提督が菊月のいる方へ歩き寄ってきた。

 

「菊月、お前も何か考えてくれないか?」

「そうだよ、菊月。あの娘の保護者でしょ?」

「司令官がこう言っているのだ。お前も考えたらどうだ?」

 

3人からそう質問された菊月は、頬張ったものを飲み込んでから答える。

 

「すでに決めてある・・・」

「何っ!?」

「嘘っ!?」

「ほう・・・何時の間に?」

「昨日の晩だ。あとは、あいつを工廠に連れて行く」

「「「工廠?」」」

 

 

 

 

 

昼を過ぎた工廠内では、机で作業する夕張の姿があった。

 

工廠の入口に戦艦の少女を引き連れた菊月が現れ、その後ろからは上坂提督、皐月、長月が付き添いで歩いて来る。

 

「夕張、待たせた」

「あっ、菊月ちゃん。ちょうど出来たところです」

 

彼女は作業台で弄っていた小物を手にし、菊月の方へ歩き寄った。

 

「ステンレス鋼で作ってみました」

「ありがとう、夕張」

 

夕張は銀色ネームタグを菊月に手渡す。

それの上部に鉄の輪っかが付けられ、本体の表面に縦で黒い2文字の漢字が書かれていた。

 

『 月夜 』

 

「これが菊月の考えた名前か?」

「そうだ・・・“月夜”(ツクヨ)だ」

 

彼女はそう言って、戦艦の少女の首輪にそのネームタグを取り付ける。

 

 

「“つくよ”・・・じぶんは、“つくよ”・・・」

 

 

自身の名前を付けてもらった少女がその名を口にした。

 

「今日からそう名乗るといい」

「うん・・・」

 

菊月の指示に戦艦の少女が素直に頷いた。

2人のやり取りを見ていた皐月たちが不思議そうに問い掛ける。

 

「ねぇねぇ。なんで“月夜”なんて名前に決まったの?」

「こいつと出会った時が夜だった」

「しかし、菊月。その時は月が見当たらなかったぞ?」

「それは・・・こいつが言ったからだ」

「・・・?」

 

菊月が戦艦の少女と出会った日。

その日は確かに月が全く見えない雲に覆われた夜空だった。

しかし、三日月バッジを撫でた際の少女の言葉が菊月の頭に印象強く残る。

 

名付けられた理由を理解した上坂たちが納得の顔をした。

 

「なるほど・・・それでその2つを合わせた名前という訳か」

「あぁ、ボクも納得~」

「菊月らしい・・・これはこれでいいな」

「な、なんなのさ?」

 

菊月が不満な顔でそう呟いていると、夕張が白いリュックと細長い物を持って来る。

 

「夕張、それはなんだ?」

「この娘が所有していた物よ・・・もう調査が終わったから返すね」

「・・・」

 

戦艦の少女は手渡されたリュックの中を右手で漁る。

不意に彼女の指に何かが当たり、その正体を知るために取り出された。

 

彼女の右手が掴んだ物。

それは桃色の丸い物体で、円になった上部に三日月と兎の絵柄が付いている。

 

それを見た上坂提督がその正体の詳細を述べた。

 

「それは・・・子ども向けの玩具だな。女の子用のコンパクトミラーか?」

「こんぱくとみらー?」

「中に鏡が付いた携帯用の化粧道具を模したおもちゃだ。何故、こんなものが?」

「・・・わからない」

 

戦艦の少女はそれに興味を示さず、そのままリュックの中へ放り込む。

次に夕張が渡してきたのは、黒い鞘に納められた一振りの短い刀だった。

少女の片腕ぐらい短い刃渡りで、白い柄の部分は所々が焼け焦げたままである。

 

「長月ちゃんが持ち帰った“あなたの刀”だそうです。折れていたので加工しました」

「じぶん、の?」

「そうだ! こいつは面白そうだから私が持ち帰った!」

「そう・・・」

 

戦艦の少女がその刀を抜き、切っ先の加工が目立つ先端を見つめた。

彼女がそれを眺めている間に、何かに気付いた上坂提督が夕張へ尋ねる。

 

「夕張・・・これはもしや・・・」

「察しの通り、海軍で支給されている“艤装刀”です」

 

夕張の言う“艤装刀”とは、艦娘が扱う艤装の予備パーツで作られた軍刀である。

 

一般的な刀と似ているが、その違いは深海棲艦に直接攻撃できること。

これにより、人間でも深海棲艦への有効な攻撃が可能になったが、艦娘のような身体能力が無いと扱えないという問題点が浮上した。

 

現在では、一部の上官たちが好んで所有するぐらいで、実戦で扱われたことは記録に残っていない。

 

「誰のものか分かるか?」

「残念ながら・・・柄にあった登録番号は消えていました」

「そうか・・・なら、大本営に問い合わせるしかないな」

「それしかありません・・・せいさ・・・」

 

夕張が話している途中で、鎮守府全体に緊急のサイレンが鳴り響く。

それに反応した上坂提督が備え付けの通信装置を素早く操作した。

 

「霧島、敵か?」

『はい。先程、漁船からの救難信号を確認しました。それと、鎮守府近海に少数の深海棲艦を確認したとの報告が・・・』

「偵察かはぐれだな。すぐに軽巡と駆逐を出撃させる。念のため、第2艦隊も出撃準備をさせろ」

『了解!』

「皐月、長月、菊月はすぐに出撃・・・ん?」

 

3人に指示を出そうとした上坂は、自身の上服の裾を掴む月夜の存在に気付く。

彼女は右手で裾を掴みながら、鞘に収めた刀を持つ左手を強く握り締めた。

 

「いかせて」

「心配ない。数も少ないから彼女らだけで・・・」

「やつらを、こわす・・・いかせて」

「やれやれ・・・菊月! 月夜と一緒に出撃せよ!」

「了解!」

 

上坂の命令を受けた菊月が月夜の右腕を掴み、出撃ドックがある方へと引っ張っていく。

残された上坂提督に夕張が話し掛けた。

 

「いいのですか?」

「暴れられたら困るからな」

「それもありますが・・・いえ、これ以上は言わないでおきます」

「そうしてくれ・・・」

 

 

 

 

 

曇りだらけの鎮守府近海。

 

爆発音とともに黒く大きな物体が煙を上げて、暗い海中へと沈んでいった。

 

「雑魚ばかりだな。オレが出なくてもよかったんじゃねぇか?」

「流石、天龍さん・・・見事な三枚下ろし」

「こら、皐月。横須賀の精鋭に失礼だぞ」

 

自慢の刀を持つ天龍の戦い方に、皐月と長月が興味を示す。

 

「・・・」

「月夜・・・」

 

一方の菊月は、同じように短い刀を持つ戦艦の少女の傍に居た。

呼ばれた月夜は、雷巡チ級を串刺しにしたまま、左手で彼女の首を握り潰そうとする。

 

「ぐぅぅぅっ!!」

「月夜! もう終わった! そいつは生きていない! 離してやれ!」

 

菊月の言う通り、雷巡の白いお面にある左目が光を失い、首から宙吊りになった身体も全く動かなかった。

若干赤みを帯びた月夜の瞳が青くなり、落ち着きを取り戻した彼女が動かないチ級を放り捨てる。

 

「はぁぁぁ・・・はぁぁぁ・・・」

「大丈夫か?」

「・・・うん」

「敵は殲滅した。帰投するぞ」

 

 

 

 

 

単冠湾鎮守府内の入渠施設。

 

大多数が入浴できる室内には、入渠用の小型浴槽だけでなく、サウナ風呂と水風呂、温水プールなどが設置されている。

 

「いやだっ!!」

「いいから入れっ!!」

 

脱衣所でタオルを身体に巻いた菊月が、裸になった戦艦の少女の右手を引っ張っていた。

尻尾を丸める戦艦の少女は左手のタオルで前を隠し、屈んだ姿勢で浴場に入るのを拒み続ける。

 

「ひつようない! はいらない!」

「駄目だ! 海から帰ったら身体を洗う! 肌を痛めるぞ!」

「あとではいる! ひとりで!」

「監視中のお前を1人にはできない!」

 

まるで駄々をこねる子どものように嫌がる少女。

姉のような菊月が躍起になって、彼女を少しずつ引き摺っていく。

 

大型浴槽の湯に浸かる球磨と木曽は、ガラス扉の向こうで言い争う2人を眺めていた。

 

「手の掛かる妹みたいだクマ―♪」

「面倒な姉よりマシだけど・・・」

「何か言ったクマ―?」

「何でもないです、球磨姉さん」

 

浴室の出入り口まで来た2人の後ろから、左肩にタオルを掛けた全裸の武蔵が近付いてくる。

彼女は右腕で屈んでいた戦艦の少女の胴体を抱え持ち、そのまま菊月と一緒に浴室へと入っていった。

 

「は、はなせっ! おろせっ!!」

「大人しく入っておけ。私と一風呂浴びようじゃないか」

「すまない、武蔵。礼を言う」

 

頬を赤くした戦艦の少女が手足をバタバタと動かすが、超弩級の艦娘が持つ腕力から逃れられなかった。

 

「一緒に入るぐらい問題ないだろう?」

「それが・・・服を脱ぐのも嫌がるほどでな・・・」

「むぅぅぅぅぅぅ!」

 

彼女らはタオルで隠された鏡のあるシャワー台へ行き、そこに座らせた戦艦の少女の身体を洗い始める。

 

「・・・」

「おっ? 静かになったな?」

「いや待て・・・何で目を瞑ってる?」

 

目を瞑る戦艦の少女の顔が徐々に赤くなっていった。

菊月と武蔵は不思議に思いながら、動かない彼女の身体を洗い続ける。

 

 

 

 

 

深夜の静まり返った単冠湾鎮守府。

 

 

 

消灯した白い隔離室の中には、簡易ベッドが3つ並べられ、そこに4人の少女たちが仰向けで眠っていた。

 

 

真ん中には黒いレインコートを羽織ったままの戦艦の少女。

彼女の左腕側に寄り添うように、灰色の寝間着を纏う菊月。

その反対側には、迷彩の寝間着を身に纏う長月。

菊月の左腕側にも、水色の寝間着を着た皐月。

 

 

4人の気持ちよさそうな寝顔を見つめる夕張が白いドアをそっと閉じた。

 

「んっ?」

 

まだ電灯が付いたままの工廠へと戻った夕張は、両手で持つ書類に目を通す上坂提督の姿を見つける。

 

「提督、まだ起きていたのですか?」

「おっ、夕張・・・すまんな。ちょっと色々と確認しておきたいと思ってな・・・」

 

彼は夕張の姿を確認してから、再び手に取った書類へ目を通す。

彼女もその傍へと近寄り、机に置いてある書類を整理し始めた。

 

「今は寝ているのか?」

「ええ・・・菊月ちゃん達と一緒にぐっすりと・・・」

「そうか・・・」

「提督・・・これを・・・」

 

夕張が数枚の書類を上坂提督に手渡す。

それはこの鎮守府で貯蓄された資源に関する資料だった。

 

「資源の現状ですが、特にこれといった問題はありません」

「“月夜”が出撃してもか?」

「はい。遠征や輸送船などの補給を上回る消費もないです。ただ・・・」

「ただ?」

「次の書類を見て下さい」

 

指示された上坂が2枚目の書類を捲り見る。

 

「これは・・・」

「あの娘の身体や艤装などの全てを調べたものです」

 

彼はその書類の内容を素早く確認し、ある不可思議な部分に気付いた。

 

「燃料の補給についてだが、この数値で間違いないのだな?」

「はい、正直驚きました。武蔵さんに匹敵するぐらい・・・」

「なら何故・・・“半分”なのだ?」

 

質問された夕張が少し困った顔をして答える。

 

「分かりません」

「何?」

「整備妖精たちと協力して調査したのですが・・・燃料タンクの容量は確かに膨大でした。ですが・・・・・・」

「まさか・・・今までの出撃した結果が、これか?」

 

夕張はその問いに頷き、詳細を事細かに説明し続けた。

 

「正確には、あの娘が初めて此処へ運ばれたときに、その状態であることが判明しました。偶然かと思って、出撃からの帰投後に検査したら・・・どれも綺麗に同じ数値でした」

「奇跡的に半分になったのでは?」

「同伴の武蔵さんが8割近く消費していましたよ。それでもあの娘は、半分しか消費していません」

「むぅ・・・謎だ・・・」

 

上坂は顎に右手を当てて、書類の不可解な部分を見続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日経ったある日の昼過ぎ。

天気は相変わらずの曇り空。

 

 

 

鎮守府の波止場では、戦艦の少女が縁から足を出すように座り、遠くの海を眺め続けていた。

尻尾の顎と砲塔は黒い鎖でグルグル巻きに固定されたままである。

 

彼女の左横には、左右に連装砲が装着された艤装を纏い、愛用の薙刀を持つ龍田が静かに監視している。

 

 

 

そんな2人の元に、執務を終えた上坂が歩き寄って来た。

 

「あら~。提督じゃない♪ 何か御用~?」

「ああ、ちょっとな・・・月夜と話をしようと思ってな・・・」

 

それを聞いた龍田の笑顔が消失し、彼に鋭い眼差しを向ける。

 

「危険ですよ~?」

「それでも話がしたい・・・優秀な天龍型も居るのなら心配ないだろう?」

「そうですね~。提督が囮になれば仕留められるかも~♪」

「はっはっはっ・・・そうなった場合、後のことは君達2人に任せよう」

 

上坂の思わぬ言葉に龍田が呆気に取られる。

彼は気にせずそのまま戦艦の少女の真横へと歩いて行った。

 

「・・・?」

「やぁ」

 

彼女は左隣に立つ上坂の方へ一瞥し、再び眺めていた景色の方に視線を戻す。

 

「此処での生活は慣れたかい?」

「・・・うん」

「何か欲しいものがあれば、可能な範囲で取り寄せる。遠慮なく言ってくれ」

「・・・とくに、ない」

 

戦艦の少女は素っ気ない答えを呟き、ずっと同じ方向へ見つめていた。

 

「菊月たちの帰りを待っているのか?」

「うん・・・」

「久々に行かせた遠征だ。簡単な護衛任務だからすぐに帰ってくる」

「ん・・・」

 

上坂提督の指示により、菊月は姉2人と旗艦である天龍とともに、輸送船の護衛任務に就いていた。

 

監視対象である戦艦の少女の暴走が激減したことにより、しばらく停止中だった資源調達の遠征を解禁したのだ。

上坂は他の鎮守府から駆逐艦を要請しようと考えていたが、月夜の存在を秘匿するために思い止まった。

 

彼は何気なく会話をしていき、今まで聞けなかったあることを尋ねる。

 

「君は・・・“自分が何なのか”を考えたことはあるかい?」

「じぶんが、なにか?」

「そうだ・・・今の君は複雑な状況に陥っている」

「それは・・・“しんかいせいかん”だから?」

 

戦艦の少女は眺めていた景色から目を離し、話をする彼の方へ顔を向けた。

 

「確かに一番の理由はそれだが・・・君の今までの行動を見て、更に理解できない状態となった」

「そう・・・」

「どんなことでもいい。何か思いつくことはないかい?」

「・・・」

 

問われた彼女は俯きながら考え込む。

 

「わからない・・・・・・“つき”しか、おもいだせない・・・」

「そうか・・・今日は此処までにしよう。失礼する」

 

上坂は残念そうに顔を俯いた後、回れ右して立ち去ろうとした。

戦艦の少女と離れて見ていた龍田は、歩き去る彼の姿を静かに見送る。

 

「・・・も、と・・・づき・・・」

 

また海に目を向けた戦艦の少女が無意識に何かを呟く。

それは自身にも何を言っているのか分からない言葉だった。

 

 

 

「・・・き・・・なにが?・・・・・・だれ?・・・」




次回:十三夜月
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