外付けオリ主で問題児   作:二見健

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第九話

 

 

 五月晴れのある日のこと、『ノーネーム』宛に招待状が届いていた。

 

 アンダーウッドの収穫祭という、南区の一大イベントである。

 名無しに招待状を送るだけでなく、費用まで主催者持ちという至れり尽くせりに黒ウサギは感激しまくっていた。

 

「苦節三年、とうとうわれらがコミュニティにも招待状が届くようになりました」

 

 と黒ウサギがしみじみと呟いていたり。

 

 が、子どもたちを置いたまま屋敷を留守にするわけにはいかない。前夜祭を含めれば約一ヶ月にもなるのである。

 

 全日程に渡って参加できるのは一人だけ。

 と言うわけで問題児たちはコミュニティへの功績を競い合うことになっていた。

 

 ――なっていたのだが。

 

 夜行彦一は子どもたちを引き連れて商業地区をうろついていた。

 

 買い出しの仕事だ。

 子どもたちを引率するのは本来なら黒ウサギの仕事だったが、この日は何やら用事があるらしく、手が空いていた彦一にお鉢が回ってきたのである。

 

「食いたい物があったら言えよ。できるだけ努力はするから」

「肉ー! お肉ー! ハンバーグ!」

「定番だな」

「カレー!」

「またもや定番だ」

「ケーキ!」

「スイーツかよ! 晩飯の食材を探してるんだよ!」

「あ、えっと。お魚が食べたいです」

「わかった。今日の晩飯はハンバーグとカレーとケーキと魚だな」

「ええぇぇぇっ!?」

 

 リリの悲鳴を余所に、彦一は考え込んだ。

 

 ハンバーグをカレーにぶち込むと、それほどおかしな献立ではなくなるように思える。

 あとは付け合わせにサラダでもあれば、食い合わせを考えろと黒ウサギに怒られることはなくなるはずだ。

 魚だけ浮いているが、これはリリの希望を通すためである。仕方ない。

 

 と言うわけで。

 

「おっちゃん、俺とギフトゲームだ! 俺が勝ったら商品は無料! おっちゃんが勝ったら商品は三倍の値段で買い取ってやる!」

「……いや、普通に買ってくれよ。負けてやるから」

「あ、そう」

 

 彦一は肩を落とした。

 

 そろそろ買い物でギフトゲームが通用しなくなってきた。

『フォレス・ガロ』の討伐や、魔王ペストの撃退などで彦一たちの『ノーネーム』の名前が広まっており、安易に勝負を受けてくれなくなって来ている。

 

 十六夜がつまらないと愚痴っていた。彦一もまったくもって同感である。

 

 もっとも、たかが買い物でギフトゲームを行うのも褒められた行為ではない。つまらない勝負を行おうとしていたのは彦一の方だ。だから抗議はしないが、無理やり上げていたテンションがガクンと下がって、彦一の口数が減ってしまう。

 

「あ、あの。お魚はどうします?」

「……んー。やっぱ、てこ入れするべきかなー」

 

 魚屋の商品を眺めながら、ぶつぶつと呟く彦一に、子どもたちが首を傾げた。

 

 ギフトゲームでむしり取れるなら問題なかったのだが、こうして商店で物を買うのは、はっきり言って非効率である。『ノーネーム』は百人以上の子どもを抱えている。小売店ではなく卸売店を当たるべきだろう。

 いや、むしろ産地で直接契約するべきではなかろうか。献立から多様性が失われるが、それは調理次第で何とかなるはず。

 ぜひとも黒ウサギと相談するべきだった。

 

「それをもって功績とする? うん、いける気がしてきた」

「よくわからないけど頑張って下さいね」

「と言うわけで今日は魚は無し。節約ってことで」

「ががーん! よくわからないから頑張らないで下さい!」

 

 米といい魚といい、この娘、食い物に特別なこだわりがあるようだ。キツネは魚好きだったかなと首を傾げたところで、和食だからかと思い至る。

 リリの見事な手のひら返しに、彦一は生暖かい目をしながら頭を撫でてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 夕食後、彦一は大広間にジンと黒ウサギ、十六夜を集めて相談していた。

 

「いい考えだと思いますよ。夕食にケーキが出て来た時には、予算を考えやがれと思わずぶん殴りたくなりましたけど」

「とっくにぶん殴られてるけど」

「NO! 黒ウサギは何も聞こえないのです!」

「おい!」

「たしかにコミュニティの食料の多くが商店に依存している状況は、不経済と言わざるを得ないのです。飛鳥さんのお陰で耕作が行えるようになりましたが、収穫にはまだまだかかりそうで、畑から作物が採れても、それだけではきっと満足できませんからね。食事とは活力の源であり、最大の娯楽なのでございますよ」

 

 彦一の抗議を無視して、黒ウサギが熱弁を振るう。

 

「それと畜産、酪農はいずれ行うつもりですから。『アンダーウッドの収穫祭』の目的の一つは、そのノウハウを探ることなのです」

「――ってことは、穀物と野菜、肉類、乳製品はいずれ供給されるのか」

「調味料はとりあえず卸売店で調達するべきだが、こっちもいずれは自給できるようにしたい」

 

 十六夜が補足する。

 こうしてみると、すぐに直接契約を結ぶべき品目はなさそうだった。

 

 彦一は肩すかしを食らったような気分になる。すぐにでも改善しなければならない問題だと思っていたのだが、意外にも解決の目処が立っていたのである。いや、『ノーネーム』が崩壊する以前に戻ってきていると言うべきだ。

 

 空いているのは魚介類ぐらいだが、さてどうしたものか。

 

「趣向品は小売店で充分ですからね。流石にケーキ百個はどうかと思いますけど」

「一人二つにすれば二百個越えるな。何日続ければ破産するか、やってみるか?」

「やめて下さい!」

 

 十六夜の無茶苦茶な提案を、ジンが大声で遮った。そのような買い物を続けていれば、コミュニティの財政はすぐに破綻するだろう。

 十六夜が苦笑しながら、話をまとめにかかった。

 

「当面は食料の調達は卸売店で行うってことでいいか? とりあえずそっちは黒ウサギに任せる。で、彦一は……まぁケーキでも何でもいいから、黒ウサギを怒らせない範囲で調達するってことでよろしく頼む」

「YES! お任せあれなのですよ!」

「こっちも了解」

 

 やけにケーキを引っ張るなと思ったが、彦一はとりあえず頷いておいた。

 

 会議の後、部屋に戻る。

 相変わらずの殺風景な部屋だったが、彦一はまったく気にせずにベッドに横になった。

 

(……コミュニティへの貢献か)

 

 逆立ちしても十六夜に勝てる気がしない。頭の痛い問題だった。彦一と同い年の十七歳だったはずだが、何かにつけて格の違いを感じさせられる。

 これは嫉妬だろうか。ネガティブな方向に思考が飛んでいる。彦一は溜息を吐いた。

 

 うとうとしていると、部屋のドアが控え目にノックされる。

 

「彦一さん。あの、まだ起きてます?」

「……今何時だ?」

「そろそろ日付が変わっちゃいます。まだお風呂に入っていないのではと思いまして」

「いや寝ろよ。俺のことはいいから。子どもは早く寝ろよ」

 

 ドアの隙間からひょっこり顔を出していたリリが、寝起きで低くなった彦一の声に驚いて、ひゃうっと両目を閉じた。

 別に怒っているわけではないのだが、何なのだろうかそのリアクションは。

 

 ともあれ危うく風呂を逃してしまうところだった。

 

 がばっと身体を起こす。

 考え事にふけっている間に、何時の間にか意識を落としてしまっていたらしい。

 

「じゃ、風呂に入ってから寝るとするか。ありがとな、リリ」

「いえ! それでは、お休みなさいですっ!」

 

 ペコリと頭を下げて、リリが二本の尻尾を揺らしながら走り去っていく。

 

 彦一は苦笑しながら彼女を見送ると、部屋の箪笥から寝間着のジャージを取り出した。

 

 入浴時間は男子の時間、女子の時間で分けられているが、この時間になればもう全員入り終わっているだろう。もし誰かが入っているなら、入り口に表札が立て掛けられているはずだったが、それもなかった。

 

 脱衣所で衣服を脱いで、ガラガラと戸を開ける。

 

 ゆったりと湯船に浸かっていると寝落ちしそうだなと思いながら、しゃがみ込んでかけ湯をしていると――目が合った。

 

「え?」

「………………あ、ども」

 

 彦一がだらだらと汗を流す。

 

 そこには一糸まとわぬ少女が一人。長い黒髪は水に濡れて、つややかに輝いていた。十五歳とは思えない発育のいい身体が目の前にある。と言うか何だよこれ最近のこいつはお色気担当に任命されたのかよという内心のツッコミはともかく。

 

 やばい。死んだ。

 

「ひっ」

「未来視のギフトはどうなったんだ、完全に寝ぼけてるじゃねーかすいません! うわああぁぁぁ! すぐに出て行くからお願い許してごめんなさい!」

 

 悲鳴を上げながら大浴場を飛び出ようとして、彦一は凍り付いた。

 引き戸が動かない。

 

「ガッデム!? おい、誰か! 開けてくれ! 誰か助けて!」

 

 つい先ほどまではするすると動いていたはずなのに何の冗談か、がっちがちに固まっている。乱暴に引っ張ったり、やさしく揺り動かしたりしてみたが、それでも駄目だった。

 

「あの、彦一君。まさか」

「……開かない」

 

 久遠飛鳥が恐ろしげに問い質す。彦一がしょんぼりとしながら答えた。

 

 飛鳥が息を呑む。

 というか金切り声を上げなかった飛鳥は賞賛されるべきだろう。飛鳥以上に取り乱していた彦一を見て、多少は冷静になったのかもしれない。

 

 表札が掲げられていなかったと告げると、飛鳥は額に手を当てて天を仰いだ。

 

「こちらにも不手際があるわけね。これ、どうしたものかしら?」

「とりあえず閉じ込められたっぽい。ディーンでどかんと戸を壊してくれるか」

「そうしたいところだけれど、残念ながらギフトカードは脱衣所にあるのよね」

 

 八方塞がっていた。

 こうなると、いずれ来るだろう救助を待つしかない。消灯作業をしていた誰かが気付いてくれるかもしれないが、運が悪ければ明日の朝までこのままだ。

 

 彦一の身体がぶるっと震える。

 浴場とはいえ流石に全裸では寒さを感じてしまう。腰回りをタオルで隠しているだけだ。

 

「……仕方がないわね。入ってもいいわよ」

 

 そんな彦一を見かねて、飛鳥が溜息を吐いた。

 

「いいのか?」

「二度は言わないわ。風邪をひかれたら私が悪いみたいじゃない。彦一君とは、そうね。こうなってしまう星の回りに生まれてしまったみたいだから、これはもう諦めるしかないでしょう?」

「星の回りって」

 

 空を眺める。

 

 大浴場の天井は箱庭都市の天幕と同じく透けている。

 変化していく星座のことはよくわからない。だから箱庭の星は何時も通りに輝いているように見えていた。

 

「飛鳥と関わるとエロいイベントが発生するってことか」

「……やっぱり前言撤回してもいいかしら?」

「ごめんなさい調子乗ってました」

 

 そんなやりとりをしてから、彦一が湯船に浸かる。

 二人背中を向け合って、救助を待つことになった。その間、飛鳥が引き戸を調べに向かったり、外に向かって大声を上げたり、彦一が寝落ちしかけて溺れそうになっていたりしていたが、状況はまったく変化せず。

 

 彦一は焦りまくっていた。これでは本当に明日の朝までこのままかもしれない。

 

「ねぇ、彦一君」

「ん?」

「アンダーウッドの収穫祭、参加権をかけた勝負だけれど」

 

 一時間は経っただろうか。湯あたりしていた彦一は、同じようにのぼせている飛鳥のとろけた声に、どうにか意識を引き戻した。

 

「彦一君はどうするつもりなの?」

「とりあえず食糧事情に手を突っ込むつもり」

「そう」

 

 何が言いたいのだろうか。顔が見えないためよくわからなかった。

 

「彦一君は、その……悩んだり、しないのかしら?」

「悩まない人間がいたら、かえって不気味だと思うが」

 

 質問の意図が見えず、わずかに苛立ちが混じって揶揄するような言い方をしてしまう。湯だった頭で文脈を読み取ってみたところ、助言を求めているように思えた。

 

 別段、言うべきことも思い付かず、適当に言葉を紡ぐ。

 

「ぶっちゃけると十六夜には勝てないと諦めてたりする。仲間と争うってのも何かが違う気がしてモチベーションが上がらない。がっついて一番を目指せばいいのか、それとも馴れ合いに興じていればいいのかとか。結論はまだ出ていない」

「そう。彦一君も、ちゃんと悩んだりするんだ」

 

 飛鳥が消え入りそうな声で言う。

 

 二人とものぼせ上がっていて、もう自分でも何を言っているのかわかっていない。ならば一端あがればいいのだろうが、飛鳥は肌をさらすのを躊躇っており、彦一も男のくせして恥ずかしがっていて、我慢比べのように湯船に浸かっていた。

 

 ぶくぶくと水中で息を吐き出したり、手を合わせて水鉄砲をしたり、バカみたいなことをしながらひたすら耐え凌いでいると。

 

 ガラガラと戸が開いた。

 

 美女スタイルのレティシアが大浴場を見回してから無表情でひとつ頷き、タオルで艶めかしい肉体を隠しながら呟いた。

 

「……これは、邪魔をしたかな」

「普通に開いた!?」

「ええっ!? 何なの!? 何なのこれは!? ああっレティシア閉めないでー!」

 

 それから。

 なぜか飛鳥ばかりずるいとレティシアが言い張り、湯船に引きずり込まれた彦一はとうとう意識を失った。

 

 気付いた時には脱衣所で横になっていた。

 彦一は額に置かれていた濡れタオルで顔を隠す。身体の隅々まで見られてしまった、もうお嫁に行けないと、さめざめと泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 ひとりの少年の心に消えない傷が刻み込まれていたが、それでも朝日は昇ってくる。飛鳥が目を合わせてくれず、気まずい空気の中で朝食を済ませる。黒ウサギや十六夜の瞳が好奇心に輝いていて鬱陶しかった。

 

「現実からの逃避行もといグルメ探索の旅。出発するぞー!」

「いえーい!」

 

 彦一はリリを連れて屋敷を抜け出していた。昨日の夕食で魚をお預けにしてしまったため、その埋め合わせのつもりである。

 

「お魚が食べたいかー!」

「食べたいです! お腹いっぱいになるまで食べたいです!」

「……はぁ」

「あの、そこで真顔になられると私も困るんですけど……」

 

 割烹着姿のリリが、彦一に合わせて拳を天に突き出していた。彦一の空元気に付き合ってくれる無垢な優しさが眩しすぎる。

 

「それで、具体的にグルメとはどのようなことを?」

「わからん! ぶっちゃけ行き当たりばったりだ!」

「……えっと、それでいいんですか?」

 

 彦一自身、駄目だと思う。連れ出されたリリこそいい迷惑である。

 手に入れるものは魚でなくても構わない。とにかく安価かつ美味いものを『ノーネーム』にもたらすことができれば及第点といったところだ。

 今回はそのための下準備といったところである。具体的な手段はこれから考える。

 

 彦一はきょとんとしているリリの肩に手を置いて、ゆっくりと頷いた。

 

「心配するな。こう言うときのために、あいつがいる」

「あいつ!? どなたのことですか!?」

 

 不敵な笑みを浮かべる彦一に、リリが期待に目を輝かせた。

 

 それから半刻後。

 

「お仕事ご苦労さん。上がらせて貰うぞ」

「お帰り下さい! このっ! わがもの顔で上がるなっ!」

「す、すいません……お邪魔します……」

 

 彦一たちは双女神の旗印の前に立っていた。

 

 例の女性店員と何時も通りの押し問答をすると、勝手知ったる何とやら、彦一たちはずかずかと店内に上がってしまう。

 名無し旗為しとは、たとえるなら免許証などの身分証明書を所持していない人間である。おまけに今回は客ですらない。彦一も引け目を感じてしまうが、だからといって引き下がるわけにもいかなかった。

 

「おお、彦一ではないか!」

 

 白夜叉の私室に上がり込むと、煎餅を口にくわえたまま間抜けな顔をして書類を眺めていた和服ロリが、パッと喜色を浮かべて飛び上がった。

 

「それにおんしは以前の狐娘か」

「あ、その節はどうも――」

 

 ペコリと頭を下げたリリに、白夜叉の目が怪しげな光を放つ。これは駄神モードに入ってるなと彦一が諦観の溜息を吐いた直後、白夜叉はリリを羽交い締めにすると、その頭をうりうりと撫で回した。

 

「ひゃうぅぅ! な、なにをするんですか!?」

「ほれほれほれ、愛いやつ愛いやつ」

「あうぅぅ、彦一さん、助けて下さいー!」

 

 ぶん殴れば止まるのだろうが、そこで彦一は自分の拳を見下ろした。

 あれは被害者の黒ウサギだからこそ許される行為なのではなかろうか。傍観者の彦一が手を出すのは、何かが間違っているように思えるのである。

 

「というわけで、諦めて犠牲になってくれ。南無三」

「うわーん! 彦一さんの着替えだけ生乾きのまま箪笥に突っ込みますからねー!」

「なんという地味すぎる嫌がらせ! やめてくれ!」

 

 そんな漫才じみたやり取りの後。

 リリは涙目になりながら、彦一の背中に隠れて白夜叉を警戒している。白夜叉は満足しきった顔をしながら、用意させたお茶をずずっとすすっていた。

 

「で、今日は何だ? また買取希望か?」

「いや、今日はお前の助言が欲しくて」

「ふむ。おんしらはまだまだ若いのだから失敗を恐れずに試行錯誤をしろと説教を垂れているところなのだが、リリをいじくり回した手前、あまり威張り散らすことはできんか」

 

 というわけで彦一は腹案を白夜叉に述べる。

 彼女は彦一の話を聞き終えると、難しそうな顔をして考え込んだ。

 

「彦一。それはあまりにも大雑把にすぎるのではないか。せめてもう少し具体的にだな」

「お魚が食べたいです!」

「……あ、ああ、そうか」

 

 彦一の背中から身を乗り出して熱弁を振るうリリに、白夜叉が面食らっていた。

 何が彼女をここまで突き動かしているのだろう。食べ物の誘惑とはまことに恐ろしいものである。

 

「ならば彦一はできるだけ安価で、かつ定期的に魚を手に入れたい。そう言うことになるのか?」

「まぁ、そうなるのかな」

 

 はっきりしない言い方だったが、リリに押し切られた形で彦一は肯定する。すると白夜叉は机の引き出しから分厚いファイルを取り出してページをめくっていった。目的のページに目星が付いているのか、すぐにその手がぴたりと止まる。

 

「これならどうか。彦一、おんしら魚の養殖に挑戦してみる気はないか?」

「……養殖?」

 

 方向性としては間違っていない。産地で直接契約を結んでも、結局は『ノーネーム』の財政を圧迫することになるのだから。彦一たちは最終的に自給自足を目指しているため、自らの手で鮮魚を調達できるなら否やはない。

 

 しかしながら、魚の養殖は畜産酪農よりもさらに敷居が高かった。

 温度設定をミスってしまった熱帯魚の水槽のごとく、失敗すれば水面に魚の死体がぷかぷかと浮かぶわけで、素人がノウハウもなく手を出すにはリスクが高すぎるのである。

 

「海水魚の養殖は論ずるまでもなく不可能だから、もしやるとするなら淡水魚になるか。やっぱり一番ネックになるのが水温の維持だな。素人なら温度変化に強い鯉(こい)なんかがお勧めだが、鯉を食用にするのは抵抗がある。温度変化に強い種は、他にも鯰(なまず)とかがあるが」

「鯉に鯰ですか。お魚ですけど、お魚じゃないです……」

「おんしは相変わらず、どこから知識を持ってくるのかと」

 

 がっかりしているリリの気持ちは彦一にもよくわかる。

 偏見に満ちているが、どちらも日常の食卓に上がる食べ物ではなかった。鯉は池でぷかぷかと泳ぎ回っている観賞魚のニシキゴイのイメージ。鯰は泥臭いゲテモノのイメージがある。

 

 白夜叉が呆れ混じりに嘆息しながら告げる。

 

「水温を調節するギフトがあるならどうする?」

「……む」

 

 それなら話は別だ。水温を自動で調節してくれるなら、あとはエサの問題だけである。

 

「『龍樹の木像』というカビ臭い置物なら、使い道が限られているからか、何十年もうちの倉庫でホコリを被っておるわ。無論、無料では譲れんぞ」

「条件は?」

「ふふん。さて、どうしよっかなー」

「……どうしようこいつ、うざすぎるんだけど」

 

 彦一とリリに白けきった目を向けられて、白夜叉が気恥ずかしそうに咳払いをする。

 

 彼女はどっこいしょと年寄り臭いかけ声をしながら立ち上がり、瞬間――世界が変わった。

 

 白夜叉の持つ白夜のゲーム盤。不落の太陽が廻っている、凍り付いた白い世界だった。

 

「あの時は有耶無耶になったが、元魔王の試練、受けて貰おうか!」

 

 空から舞い降りたグリフォンが、彦一たちの目の前に降り立った。大気が荒れ狂い、彦一たちを吹き飛ばそうとしている。未来視であらかじめ予想していた彦一は、転ばないようにリリを抱えてしゃがみ込んだ。

 

 正直なところ、二番煎じはやめて欲しかった。

 

 

 

 契約書類(ギアスロール)文面。

 

『ギフトゲーム名 『鷲獅子の手綱』

 

 プレイヤー一覧 夜行彦一

         リリ

 

 クリア条件 グリフォンの背に跨り、湖畔を舞う。

 

 クリア方法 『力』『知恵』『勇気』の何れかでグリフォンに認められる。

 

 敗北条件  降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

                                 サウザンドアイズ印』

 

 

 

 あの時はたしか、耀が目を輝かせてグリフォンと対峙していたはずだが。

 

「……お前も大変だな」

 

 グリフォンの言葉は彦一たちにはわからないが、彼のつぶらな瞳はそれに同意しているように見えた。白夜叉が試練を行う度にこうして呼び出されるのだから、このグリフォンも堪ったものではないだろう。

 

 にしても、言葉が通じないとは困ったものである。

 

『力』と『知恵』と『勇気』、彦一に向いているのは『知恵』になる。

 

 

 耀が勇気を示すことができたのは、言葉によって勝負の土俵に引きずり出したからだ。その言葉を持たない彦一は、どうすれば『知恵』を示すことができるのか、その謎解きこそが『知恵』の勝負なのかもしれない。

 

「となると、これしかないか」

「何をするつもりだ?」

 

 腕組みをして見守っていた白夜叉が楽しげに問い質した。

 

 彦一はよいしょとリリを持ち上げた。ひゃーと叫ぶ彼女に構わず一気にまくし立てる。

 

「こいつは俺たちのコミュニティでは黒ウサギに並ぶ愛玩動物。こいつが死ねばみんな悲しむ。あんたの友人である耀も悲しむ。というわけで丁重に扱ってやってくれないか?」

 

 よくわからないが、グリフォンが怒り狂っていた。

 

「やっぱり駄目か」

「『わが誇りを傷付けるか、小僧!』と叫んでおるな」

 

 あざとい子ども作戦は失敗である。

 駄目で元々の提案だったので落胆はしなかった。リリが涙目になっているだけだ。

 

「グリフォン。鷲の頭と翼、獅子の身体を持つ獣。黄金を発見して守護するという言い伝えから『知恵』の象徴として用いられてきた。ならば、そうだな――」

 

 彦一はギフトカードからコインを取り出した。かつて箱庭都市で流通していたプレミア付きの金貨である。奇しくもそのコインには鷲獅子が刻み込まれていた。

 

 親指でコインを弾くと、透き通るような音とともにグリフォンの足下に落ちていった。

 

「あんたが守っているコインを俺たちが奪い取ることができれば、俺たちが『知恵』で勝っているという証明になる。これをもって俺たちを認め、その背に跨る非礼をお許し願いたい。こんな感じでどうだ?」

 

 グリフォンは怒りを静めて、見定めるように彦一を観察していた。

 

「こじつけな上に、それでは知恵比べではなく真っ向勝負ではないか。おんしらしくもないが――ふむ、こやつもやる気になっているようだ。ならば私が口を挟むべきことではないか、本当にそれでいいんだな?」

 

 念押ししてくる白夜叉に、彦一はゆったりと頷いた。

 

「と言うわけだ。よろしく頼むぞ、リリ」

「は、はい。がんばります!」

 

 彦一はひとつリリに耳打ちしてから、グリフォンと対峙する。

 

 向かい合ってみると、まずその身体の大きさに圧倒された。

 彦一などは軽くぶつかっただけで全治一週間の大怪我を負いそうだった。早速心が折れそうになるが、耀はそれを物ともせずに、むしろ喜んで命をかけて勝負に臨んでいた。ならば彦一もヘタレてはいられない。

 

「とりあえず当たって砕ける! ――わけにはいかないんだよな」

 

 踏み出す素振りを見せると、グリフォンが身体を屈めた。その周囲を練り歩きながら隙を探すが、そもそも地力が圧倒的に劣っている。未来視のギフトは暴風に吹き飛ばされているおのれ自身の姿を映し出していた。

 グリフォンを中心にした対角線上にいるリリは、その眼光だけで居竦んでしまう。

 

「片方が隙を作り出し、もう片方がコインを奪い取るという作戦か。たしかにオーソドックスで有効な手段ではあるが、その小娘では力不足のようだな」

「グリフォンは七つの大罪のひとつ『傲慢』の象徴でもあると言うが、お前までそれに染まってしまったのかよ?」

「虚勢……いや、魔王を二度に渡って撃退した男だ。何か策があるようだな」

 

 白夜叉の合いの手が地味に鬱陶しいが、これでグリフォンの注意を多少は引けている。地面のコインから目を離してしまうと、もうこちらの術中である。

 

 ――そもそもこの勝負は、始まった時点で彦一たちの勝利が確定しているのだから。

 

「――っ! リリ、今だ!」

「はい!」

 

 彦一が突っ込むのと同時、叫び声で指示を送る。

 

 グリフォンが身構えて突風を放った瞬間。――地面から雑草が生えてきた。コインがどこにあるのか一目ではわからなくなる。

 

 リリは豊穣神である稲荷の一族。彼女の母親は宇迦之御魂神から授かった神格を受け継ぐほどだったという。宇迦とは穀物、御魂とは生命力を意味しており、凍土に雑草を生やしたのも、代々『ノーネーム』の農園を守ってきたリリの力だった。

 

 とはいえそれだけで精根尽き果てたようで、リリは息を荒げて頬を朱に染めながら、ペタリと地面に座り込んでしまった。

 

「リリは囮ではなかった? これが狙いだったのか!」

「そうだ。そして、これで俺たちの勝ちだ」

 

 彦一が二本の指でつまんでいたのは、黄金に輝くコインだった。

 

 白夜叉とグリフォンが愕然としている。何時の間に奪い取ったのかと言いたいのだろう。そこで白夜叉がハッと気付いた。

 

「いやいやいや、それはおんしが最初から持っていたコインだろう!? 彦一はこやつの風に吹き飛ばされそうになっていて、とても地面のコインを拾っているような余裕はなかったはずだ。ならばおのずとわかる。あれはこちらをペテンにかけるための小道具だ!」

「……流石にバレるか」

 

 この詐欺師めと罵られ、彦一は肩をすくめた。これで勝負が決まればそれでよかったのだが、無理ならば他にもやりようはある。

 

 彦一がギフトカードを揺らすと、ジャラジャラとコインがこぼれ落ちた。デザインはそれぞれ別のものだったが、いずれも眩い黄金色に輝いている。

 

「なっ、それは! まさかのコインオタクか!?」

「オタクって言い方はやめてくれ。お前が言ったんじゃないか。コインってのは相手をペテンにかけるための小道具。こう言うときのために用意しておいたんだよ」

 

 数枚のコインを無造作に放り投げる。

 これでグリフォンはどのコインを守ればいいのかわからなくなった。今はまだ大体の位置を覚えているだろうが、彦一が仕掛ける素振りを見せ続けていれば、いずれグリフォンも本物の場所を見失うだろう。

 

 そして彦一は未来視によってコインを見分けることができる。

 今や互いの立場は完全に逆転していた。雑草に隠れてしまったすべてのコインを守らなければならないグリフォンと、一枚のコインを探し当てるだけの彦一。アドバンテージは圧倒的に彦一の側にあった。

 

「これが知恵比べだ、グリフォン。潔く敗北を認めるのもまた勇気だと思うが?」

 

 彦一にはグリフォンの言葉がわからなかったが、グリフォンの瞳には賞賛が讃えられているように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 それから。

 彦一たちは大空の上にあった。

 

「高いです! 高すぎです! 風がびゅーって、すごいです!」

「というか寒い! 鼻水でてきた! おいグリ公! もっとスピードを下げろ!」

 

 グリフォンは不機嫌そうに彦一たちを背中に乗せ、湖畔の上を踏みしめて走っている。上空から見下ろした絶景に度肝を抜かれて言葉を失っていたのは三十秒前のこと。今ではガクブルと身体を震えさせている。

 

 文句を言うと、グリフォンは不満そうに唸り声を上げてから速度を緩めた。

 

「リリは寒くないか?」

「これもお魚のためですから!」

 

 またもや魚への謎のこだわりを見せるリリだったが、ここでひとつ言っておかなければならないことがある。

 

「魚の養殖って最低でも一年はかかるんだけどな」

「ががーん!」

 

 ずるっとグリフォンの背中から落下しそうになったリリを押さえ付ける。

 キツネ耳をしゅんと垂らしていたリリだったが、景色を眺めているうちに落ち込んでいる場合ではないと気を取り直したようだ。

 

「それにしても今日は疲れました。雑草を生やすなんて初めてですから」

 

 リリが育てるのは作物であって雑草ではない。それも凍土という場所に無理やり生やしたのだ。

 少女の身体が熱っぽいのも、その疲れが出ているからだろう。

 

「何にしてもご苦労だった。今回はお前のお陰で助かったよ」

「えへへ。お役に立てたなら嬉しいです」

 

 下界から白夜叉が叫んでいる。

 

「私のゲーム盤の中でいちゃつくな! まさかおんしはロリコン彦一!? レジェンドロリキラー彦一なのか!?」

「……俺、やさしいお兄さんだから。紳士だから」

 

 ちょっぴり傷付いて、白夜の太陽を眺めながら溜息を吐いた。グリフォンもそこはかとなく居心地を悪そうにしている。

 リリが振り返った。危ないぞと身体を支えるが、彼女は気にせずに告げてくる。

 

「ありがとうございました!」

「どうした?」

「彦一さんたちがうちに来てくれてから、毎日が楽しいです。黒ウサギのお姉ちゃんもジンさんも、ずっと暗い顔をしていたんですけど、それもなくなりました。それもこれも皆さんのおかげだと思って。だからこうして、ありがとうを言わないといけないなって思ったんです」

「いや、俺は――」

 

 謙遜しようとして、それが無粋なことだと気付いてしまう。

 

 きっとそれはリリが振り絞った精一杯の言葉なのだ。

 だから彦一が否定してしまえば、少女の良心を否定してしまうことに繋がりそうで、彦一は返す言葉を失ってしまった。

 

 無言でリリに頭に手を置いた。「ナデポ狙いか!?」と叫ぶ白夜叉はスルーして。

 

「こっちこそ、ありがとな」

「はい?」

「いや、何でもない」

 

 箱庭での生活が日常になってきている。それはこいつらのお陰だろう。

 

 彦一ごときにできることなどそう多くはないが、それでもリリを見ていると思わず手助けしたくなる。かつては自分のことだけを考えていた。それが最近では、コミュニティのためになることを考えている。

 かつての彦一なら、どうせ十六夜には勝てないからと勝負をせずに諦めているはずだった。

 

 彦一は変わってきている。

 それはきっと悪い傾向ではないはずだ。

 

「楽しいですね、彦一さん!」

「ああ、そうだな」

「だからいちゃつくなと! ええい、グリー! 私も乗せろ!」

 

 困った顔のグリフォンが面白くて、彦一はつい笑ってしまった。

 

 

 

 

 




・大浴場
飛鳥ェ…。なぜかお色気担当に。

・駄神
白夜叉ェ…。一話以降ヒロイン力が低下する一方。

・グリフォン
現時点では名無しのグリフォン。
グリフォンはゼウスやアポロンなどの馬車を引いていたとか。またゼウスか。

・リリのギフト
雑草生やす捏造設定。気に障った人がいたらごめんなさいと謝っておきます。

・龍樹の木像
作中で解説できなかったけど、龍樹とは古代インドのお坊さん、龍樹菩薩のこと。
ナーガールジュナを無理やり日本語に当てはめたものが龍樹である。
頭に水の化身である蛇(ナーガ)を乗っけている。本作では水温を調節してくれる謎アイテムに。
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