神さまになった人間の少女のお話。

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神さまになった少女の噺。

 

 

 物心ついた頃、わたしにはそれが視えていた。

 それらはおそらく、人には物の怪とか化け物とか妖怪なんて言われているものの類い。

 

 幼い子どもには、どうやら神さまが見えることがあるらしい。

 

 普通の人間には見えることがないという彼等を視ることが出来たわたしに、優しいその人は「可哀想な童子」だと、悲しそうに告げた。

 

 

 

 わたしには見えてはいけないものが視えていた。

 けれどその変わりであるように、見えるはずのものが見えなかった。

 

 木々や岩、建物の位置を把握して歩くことは出来る。

 何かに躓くことがないように周囲を警戒して歩みを進めることや、空気の変化を感じて天候の変化を読むこと、離れた位置にいる生き物を見つこることも出来たのだけれど、誰もが生まれ持っている筈の健康的な目を、わたしは持っていなかった。

 

 人は区別できるけれど、人の顔は知らない。

 物の位置はわかるけれど、その色や、どんなものであるかを知らない。

 探知はできても、それがどういう種類かわからない。

 

 わたしは目が見えなかった。

 目が見えないというのに、恐ろしいものばかりを映すそれはまるで呪われているようで。

 

 嫌悪して、嫌悪して、嫌悪して、嫌悪して、毛嫌いして、忌諱して、嫌って、憎みさえした。

 

 わたしはわたしが嫌いで、苦しくて、憎たらしくて。

 こんな風にわたしを産んだ母親が恨めしくて、でもこんな風に産まれてしまった自分が一番嫌いで。

 申し訳なかった。

 申し訳もたたなかった。

 

 「君のせいじゃない」なんて言葉はもう聞き飽きた。

 何の救いにもならないそんな台詞は意味を成すこともなく、ただただ己を呪った。

 

 呪われている自分を、呪った。

 

 ………けれど、何でだろう。

 負を纏わせて、自分や周囲を嫌って憎んでいたわたしなのに、いざ妖に取り込まれそうになると何者かに助けられた。

 

 それは、人と同じ姿をしていたけれど、わたしの目に映っている時点で人間ではないことは知れていた。

 

 可哀想な童子だと、その神さまは言った。

 度々わたしの様子を見ていたというその優しい神さまは、その土地の神であり、そして人間が大好きで物好きで、お人好しな神さまだった。

 

 神さまには仁絵(ひとえ)という少年の神器がいて、わたしを助けようとすると薙刀に姿が変わる。

 どう見ても形が変わっていることが不思議ではあったが、人の形が妖に変化する光景を度々見ることになったわたしにとっては、日常に近い光景ではあったのだろう。

 そういうものなのだと思って、だから何も知らなかった。

 

 わたしは呪われていた。

 わたしもわたしを呪っていた。

 

 神さまも仁会も呪いなんかじゃないと言ってくれたけど、原因もわからずただ人を苦しめるばかりのわたしはやっぱり呪われているのだろう。

 

 村の人達にも、両親にも、目が見えず人とは違うわたしは手に余っていたのかもしれない。

 きっと、扱いきれなかったのだろう。

 殺しても何か祟りを運ぶのではないかと、恐れられた。

 

 だから、だろうか。

 

 わたしの噂を聞いて来たという、村にやってきたおかしな集団にわたしを売り渡したのは。

 厄介者のように、わたしを追い払ったのは。

 

 

 

 おかしな集団に買われたわたしは、気持ち悪いほど丁重に扱われた。

 綺麗に飾り立てられ、人形のように据えられて。

 

 それは正しく、飼われていたようなものなのかもしれない。

 

 彼等は、呪われたようなわたしのそれを奇跡と呼び、崇め、敬い、奉り、信奉していた。

 お前は特別なのだと、こうすることで皆が救われるのだと。

 何度も何度も、繰り返して言われる言葉に神さまのことを思い出し、こんなわたしでも誰かの役に立てるのかと、誰かを救えるのだろうかと、思った。

 

 わたしは、生き神と呼ばれているらしい。

 

 信者となれば救われるのだと。お布施を払えば天国へいけるのだと。ものを知らないわたしの前で、信者の数は増えていった。

 ずっと先の未来ではカルト宗教と呼ばれるような、そんな団体に信奉する信者は狂信者とされるような人がとても多くて、それには貴族も豪族も村人も関係なく、ただただ、身を滅ぼすものが後を絶たなかった。

 

 わたしは何もしなかった。

 ものを知らなかったということもあるのだけれど、気づいてももう遅かったのだろう。

 

 

 

 わたしは、

 

 ……………わたしは。

 

 

 

 わたしが死んだのは、豪奢に建てられた社から少し離れた森の中だった。

 

 悲しいくらい静かで虚しい、沈黙した寒々しい冬の夜深く。

 景色を見ることも出来ないわたしにも感じ取れるくらい、社を焼く炎は大きく燃えていて、自体の飲み込めないわたしはただ、わたしを抱えて逃げる信者の腕の中に居た。

 

 小さな宗教にしては、団体は名をあげすぎた。

 領主に目をつけられたわたし達は、逆賊として討伐されることになったのだと信者の言葉から理解した。

 

 神の奇跡などはないと。

 地位の撤廃などは無いのだと、領主は告げたらしい。

 

 勿論、逃げても当然わたし達には追手がいた。

 宗教のまやかしを憎む男はわたしを抱える信者を切って、為す術もなく地面に落ちてしゃがみ込んだままのわたしを見て、息を呑んだ。

 

 驚いたのだろう、だって相手は彼にとっては醜悪の根源だ。

 民を騙し、お布施と言いながら大量の金を騙しとった悪。討伐しなければいけない存在。

 きっと、それが目の見えない幼い童女であったことに驚きを隠せなかったに違いない。

 

 「見えないのか」と男はわたしに問いかけた。

 首を振ったわたしの嘘に気づいていたのだろう男は、顔を歪めながらも刀を構えた。

 

 わたしは、優しい人に殺された。

 

 すまない、と一言つぶやいた男の声を聞きながらその身に刃を受けたわたしの視界は、真っ暗になって。

 やっと、もうあの恐ろしい妖達を視ないで済むようになったのだと、そう思った瞬間深く安堵した。

 

 嗚呼、やはり自分は呪われていたのだと。

 誰かの役に立つなんて、誰かを救うなんて夢のまた夢なのだと。

 

 これでやっと、誰にも迷惑をかけずに眠れるのだと安堵していたわたしは、ふと目を覚ました。

 

 

 

 

   ▼

 

 

 

 

 名のある神は、死んでもまた蘇るらしい。

 それは、正確には死とはいわないのだけれど、恐らくは自分には関係のないことだ。

 

 わたしは到底有名といえる神ではないし、死んでもきっと蘇らないのだから。

 

 一度死を体験し、安堵さえ感じたわたしであったが、再び死のうとは思えなかった。

 何故と問われればそれは死ぬことがとても恐ろしいものであったからだし、目を覚まして長い時を経た今となっては、不用意に死んで自分の神器となった彼等から主を奪うことになる。

 

 自分には、十数人の神器をつくることが限界であった。

 本当ならば、わたしのせいで身を滅ぼし、家庭を壊し、死んでしまった信者たちが妖に取り込まれる前に助けたかったのだけれど、結局わたしは何も出来ない無力な小娘でしかない。

 

 武神である毘沙門天は数百人単位で神器にしていると聞くのだから、余計である。

 

 元々人間でしかなかったわたしがこうして神と呼ばれる存在となっただけでも充分奇跡のようなものであるのだが、もっとと願ってしまうのは、やはり意地汚い人間の性なのかもしれない。

 

 ごろり、と縁側に寝転がって空を見上げる。

 

 真っすぐに伸ばした手の先には、青い空が広がっていて、雲という白い水蒸気の塊と太陽という恒星があるらしい。すっと肌を撫でる冷たいものは風といって、寒い中でも体に触れる熱は太陽があるからなのだという。

 

 世の中にはわたしの知らない、理解できないものが多くあって、それを理解できないわたしは子どものままなのだとため息を付きたくなる。

 けれど、風に吹かれてざわざわと身体を揺らす木々の鼓動や、風と共に流れているように感じる生命、建物の温もりなんていうもの等は逆に神器達にはわからないみたいで、少しだけ自分を認められる要素が出来たような気がした。

 

 ぱたりぱたり、と縁側から外に投げ出された足を揺らす。

 

 生前生き神として祀られていた社ほどではないが、それなりに大きい神社はどうやら、わたしを討伐した領主に災いが頻発したらしく、祟りだと恐れた人々が建てたものであるらしい。

 生き神を信仰していた人々、祟りを恐れた人々。

 また、この辺りの土地神の伝説の幾つかもわたしの宗教と混ざって信仰されたらしく、そうして死んだ筈のわたしは人々の願いによって神へと昇華してしまったそうだ。

 

 説明されても、いまいちわたしには理解しきれなかったのだが。

 

 揺らしていた足にすっと何かが触れて、縁側に飛び乗ってきた小さな気配に、わたしはゆっくりと身体を起こす。

 正確な場所を把握できないわたしが手を翳せば、その影は甘えるように手に擦り寄ってきて、自然と頬が緩むのを感じる。

 

「また来たの、二尾(ふたお)

 

 クルクルと喉を鳴らす猫を撫でながらそう問えば、なんっ、と嘶いて撫でていたわたしの手を、器用に前足で捕まえた。

 そっと抱きかかえて膝の上に乗せてやれば、もう慣れたもので指定席になっているらしい上体と足の間の屈折した窪みにぴったりと引っ付くように丸まって目を閉じる。

 眠っているのかただそうしているだけなのか、規則正しい呼吸を感じながらもゆっくりと猫の柔らかい毛を堪能するように撫でた。

 

 寒さや暑さというものを、神になってからはそう考えたことがない。

 もしかしたら神と人間は感覚が違うのかもしれない、と検証もする予定のないことを考えて、ふとわたしは撫でる手を止めた。

 

 起きていたのか、それとも撫でていた手が止まったことで目を覚ましたのかもしれない。二尾がのっそりと頭を持ち上げたような感覚がした。

 二尾の視線を感じる方向を向いて、呟くように、囁くように、わたしは言った。

 

「――――神さまってね、人間とは違うんだって」

 

 思い出したのは、優しくて少し変わっていた人間好きの神さまのこと。

 それを聞いた時わたしは一体何を思ったのか、今となっては思い出せない。

 

「神さまは大体何しても許されるの、」

 

 何を考えたのだろう。

 多分恐怖ではなかったということは思い出せるのだけれど、他のことはなにも思い出せない。

 

「人を殺したって、悪くないんだよ」

 

 人を殺した、神器も殺したことのある神さまのことがふと脳裏を過ぎった。

 あの綺麗な蒼い瞳をした禍ツ神は、今も存在しているのだろうか。

 出会ったことはあるけれど、噂を知っていた神器に引き剥がされたわたしは彼と会話すらしたことがない。

 …………彼の傍に居た白い少女は、果たして神器だったのだろうか。

 わたしはそれすらも知らないのだ。

 

「おかしいよね。わたしにとっての悪いことって、悪くないことなの」

 

 一度も切ったことのない、長い長い黒髪が風に弄ばれて揺れる。

 わたしに甘えるのに満足したのか、膝を降りた二尾はなぁん、と鳴いてわたしの社から去っていった。

 

 猫は気まぐれだ。

 

 好きな時に甘えに来て、飽きたり満足したら直ぐに去ってしまう。

 置いて行かれた側は温もりを奪われて寒々しくなるのに、まるでお構いなし。

 

 ………どちらが飼われているか、わかりゃしない。

 

 わたしは、今も同じなのだろうか。

 生き神と崇められていた時と同じように、誰かに飼われて、行動を縛られているのだろうか。

 

 

「――――――だったらわたしは、何をしたらいけないのかしら……?」

 

 

 空虚で偽りばかりの仮面を被っていた人間が、神になったからといって一体何が出来るだろう。

 何を求められて、何をすれば良いのだろう。

 

 考えて考えて、わたしはまだ存在し続けねばならないのだ。

 永い永い神としての時間を。

 

 今、この一瞬(とき)を。

 

 

 

 






 拝読ありがとうございましたっ!
 暇つぶしにでもなっていたら幸いです。

 この作品は、アニメのノラガミを二期とも一気に見終わって、ちょっと衝動的に何かを書きたくなってしまった挙句、簡単な設定のみで書いてしまったものになります。
 でも、後悔はしてません。楽しかったものw


特に意味のない無駄設定↓

 二尾の名前は主人公の“わたし”がつけたもの。
 「しっぽが二つに裂けて猫又になるまで長生きおし」という意味でつけられた。

 ………え、主人公の名前?

 カミサマノナマエッテムズカシイナー。

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