Muv-Luv 〜赤き翼を持つ者は悲劇を回避せんがため〜   作:すのうぃ

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投稿が遅れてしまい申し訳ございません。
理由は、まぁ活動報告に書かせて頂きました次第です。

ついでに短め。


14話 私/わたし

 

 

 

西陽の淡い光が執務室に差し込む。

部屋に響くのはキーボードを叩く軽快な音のみで、余りの静かさに入室を一瞬躊躇ってしまったのは何時間前の事だったか。

アラスカのユーコン基地の一室。基地司令に割り当てられた上級士官用のこの部屋には現在、私こと篁 唯依と彼──黒田 冬夜大尉の二人しか存在しない。

そう。彼の部屋で、二人きり。

しかし残念な……ではなく、あ、いや、別に二人で居るのが残念だとかそんな事ではないし……わ、私は何を考えている。

主張したいのは"そういう事"ではなく、むしろ反対。今、私と彼は仕事をしているのだ。

 

事の始まりは昼頃。昼食を摂る為にPXへ足を運んだ私は、食器返却口のすぐ側の席へと目を向けた。

というのも、実はその辺りの席、彼がPXで食事をする時に使用している事が多いのだ。

アラスカに来る前も、帝国のPXでも常に返却口近くの席に居る彼を疑問に思った私が質問したところ

 

『いや、単に返却の時に楽だから』

 

と、至って普通の答えを返された記憶が有るが今はどうでもいい。

ほんの少し前に彼が此方に向かう姿を見た事から、ならば今も居るだろうと半ば確信した私は彼の姿を探す。

しかし、探せども探せども彼の姿はない。念のために他の席にも首を巡らせてみるが確認出来ず、結局見つける事が出来なかった。

 

おかしい。冬夜は基本、食後は直ぐに席を立たず、2、3分はコーヒーでも飲みながらノンビリしている筈なのに。流石に混雑している時はその限りではないのだが、現在のPXには空席が見られるのでその線は薄い。ならば何故、と一人首を傾げる私に

 

「あら、タカムラ中尉」

 

との声が背後より。

 

振り向いた私の視界に入り込んだのは、この数ヶ月ですっかり見慣れた女性。

肩まで伸びた絹の様な金髪、初雪が如く白い肌。我がアルゴス試験小隊所属の衛士、ステラ・ブレーメル少尉である。

 

中尉もお食事ですか、と掛けられた問いに、実は彼を探していたなどという真実を話す訳にもいかず。

まぁそんな所だ、などと曖昧に頷いておく。この手の話題でからかわれるのは苦手だ。叔父様もよく『冬夜くんとはどうなのかね』とお戯れを仰られるのだが、返事に非常に困るので止めて頂きたい。

しかし、だというのに。私の返答を受けた彼女は、成る程得心行ったとばかりに笑みを浮かべ。

 

「タカムラ中尉はトウヤを探していたのですね」

「ぶふゥっ!?」

 

まさか見抜かれるとは思いもよらず。

むせる私の背中をさすりつつ「やっぱりですかー」と呟く彼女の洞察力の何たるや。"クロダ大尉"ではなく、敢えて名前呼びである事にも意図を感じざるを得ない。もし私も普段から名前呼びならば、きっとそちらを使われていただろう。

このままでは少々癪なので、涙目ではあるが ささやかな反抗としてブレーメル少尉を睨む。

 

微笑まれた。慈愛に満ちたその姿は、我が子を抱きかかえる聖母の如し。

 

「……んんっ。そうだ、私は大尉を探している。ブレーメル少尉、大尉は今どこに居られるのか、知っている?」

 

咳払い。もう私は開き直るしかなかった。まぁ、それでも"大尉"と言い張る自分は、本当に子供だなと痛感するところなのだが。

 

「あらあら、ふふふ。……そうですね。大尉でしたら、今ごろ自室に戻っていらっしゃると思いますよ」

 

 

「冬……大尉の、部屋?」

 

 

えぇ、とブレーメル少尉。

 

その笑みは、むせる私を見ていた時よりも更に深いものであった…………様な気がする。

 

 

 

 

 

 

そういった経緯を経てこの部屋に辿り着いた私。その末にあった答えは"仕事"という、まあそれが妥当だろうという現実であった。

そしてその仕事の内容というのが、他でもない。かねてより計画されていた"電磁投射砲 実機稼働テスト"の肝、電磁投射砲についてである。

彼の話による所、どうやら物自体は既に完成済みらしい。

わざわざ本国で組み立ててから此方に送るのは、技術漏洩を可能な限り防ぐ為。それは私も理解しているし、そもそもそれはアラスカに来る前から決まっていた事だ。

 

問題はそこではない、と彼は続ける。先日行われたという、本国の叔父様の"お知り合い"からの通信によれば、どうやら国内の反対派が、電磁投射砲の輸送を足止めしているらしい。

勿論、妨害は想定済みな為に対策は有るのだが、向こうも『XFJ計画』を中止させようと必死だ。輸送自体は出来るだろうが、早くて八月頃になるだろう、というのが"お知り合い"より告げられた話だという。

 

だから、先に出来る事はやっておく。追加の資料やシミュレーター用のデータを受け取った彼は早々にこれを終わらせるため、部屋に篭ったのだという。

そして一連の話を聞いた私は、その手伝いをする事を彼に申し出た。普段、彼は『XFJ計画』の補佐を務めてくれている──ささやかではあるが、その恩返しをしたかったのだ。散々考えた末に許可を得、結果彼と部屋に2人きりになった────という次第である。再三言うが、甘いモノなど無い。

結局、ブレーメル少尉に邪推されてからかわれただけだった。いや、邪推ではないのだが……それを認めてしまうのも、こう、なんというか。それはそれで複雑な気持ちになる。

 

「うぅむ…………」

 

形容し難い感情に支配された胸内が呻きとなり口から漏れ出る。

すると、先程まで響いていた軽快なリズム音がぱったり止んだ。彼がキーを叩く手を休めたのだ。作業が一段楽付いたのだろうか。

一度思考が離れて別のものに移ってしまうと、それを解決出来るまで元の作業に戻ることは難しく、私もその例に漏れない。暫く睨めっこしていた手元の資料から顔を上げると、彼の視線がぶつかってきた。

 

どうかなされましたか。

赤銅色の瞳を見返しながら問う私に、彼は「今は敬語じゃなくていい」と苦笑を浮かべる。

 

「いや、そろそろいい時間だからさ。キリの良い箇所まで進んだし、今日の所はこれで終了にしようかと思ってな」

 

流石にそろそろ疲れたしなー、と間延びした声。天井に向かって突き出された腕が西陽を遮って、部屋に一筋の影を作った。

さも自分の都合のみで仕事を終わらせたかの様な言い草だが、その実私の疲労も考慮したということも、長くもないが決して短くもない付き合いである私には、なんとなくではあるが感じ取れた。

彼は気配りの出来る人間だ、彼を知る者たちの間ではそこが彼の美点であると言われている。故に彼が他人を気遣うのは当然の事なのだけれど、それが今は私一人に向けられているかと思うと、まぁ、悪い気にはならなかったとだけ。

 

 

「さて、少し早めの晩飯にしようかと思うんだが、唯依はどうする?」

「あぁ、私は────」

 

遠慮する、と言いかけて、やはりやめた。今の今まで忘却していたのだが、私は結局昼食を摂らずにここへ来たのだった。時間帯的に夕食とするには少し早いが、これ以上は保たないだろう。

意識すると早いもので、早速腹の左側辺りが不満を訴え出した。先程までの集中力はグレリンの放出によるものらしい。

 

 

「そうだ。もし良かったらさ、リルフォートでも行かない? VGに良い店教えて貰ってさ────」

 

 

誘いに乗り、PXに向かう前に軽く片付け。その際偶然見つけた彼の襟元の乱れを直してやっている最中に言われた「これが新婚の男が体験する気持ちか」の一言には少々動揺したが、それ以外は特に何も無く、私たちは夕食へ向かった。

 

 

 

 

 

ついでに言っておくと、腹を鳴らすなどという愚行は犯さなかった。

女の意地、というやつである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────黒い。ひたすらに黒い、粘ついた意思。汚物と呼ぶに相応しいそれらは、わたしに纏わり付いて離さない。まるで泥だ。

けれどそれは、別段珍しい事ではない。もう長い時間、それはわたしを汚し続けている。

 

────わたしは、鉄の子宮から産まれた。

この世界に産まれて/作り出されて最初に感じたのは、成長促成物質で満たされた養培液の冷たさと、無造作に被せられた布の荒い肌触り。

意識の覚醒より間もないわたしを見て彼らは言うのだ『お前は今世代最後の個体だ、期待しているぞ』、と。

 

────あぁ、きたない。

 

周りを取り囲む"きもちわるいかんじ"。わたしは、躊躇う事なく能力を使った。

 

完成形として作られたわたしは、既に力の使い方を知っていた。

その時の自分が知る感情は"きもちわるいかんじ"のみなので、それを何倍にも凝縮した物を近くに居た男に"映した"。男は苦しみ、もがき、吐瀉分を地面に撒き散らしながら床に沈んだ。後に聞いた話によれば、その男は使い物にならなくなったらしい。

一瞬にして廃人を作り出したわたしは、暇なく拘束。成長促成物質の入っていない、ただ閉じ込める為だけのシリンダーに入れられた。処分するには、わたしの高い能力適性値は惜しかったらしい。

 

そこからの毎日は、退屈だった。

 

同じ色。黒、汚物。それしか、わたしの周りには居なかった。

そうでない者、澄み切った色の者も居たが、あれは私の姉妹だろう。

この基地に、あれ程純粋な感情の持ち主が居る訳ないし、来る訳がない。

わたしは、一生、この汚物に囲まれて過ごすのだと────そう、思っていた。

 

産まれた落ちて、幾年程。

 

ある日の事だ。見慣れぬ色を、わたしは感じた。

 

少し距離があったらしく余り良く見えなかったのだが────それは間違いなく、今迄見た事の無い色で。

 

程なくして、その色は去ってしまうのだけれど。

 

わたしの、ココロ?

そう、ココロ。

わたしのココロは、"彼"に惹きつけたられてしまった。

 

"彼"ならきっと、わたしに色んな色を見せてくれるに違いない。

汚い黒なんかじゃない、本物の、人間の色を。

 

そう考え出すと、居ても立っても居られなくなった。湧き出す"外"への渇望。抑えきれない、いや、元より抑えるつもりもない。

 

さて、差し当たって、外に出るためにはその忌々しいシリンダーから出なければいけない訳だが、

 

 

 

『!? き、貴様、なぜ意識が』

 

 

 

丁度いい。

お前、わたしを此処から出せよ。





しぇいく、しぇいく。頭と胃が カーニバルだよ!

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