Muv-Luv 〜赤き翼を持つ者は悲劇を回避せんがため〜 作:すのうぃ
戦術機にとって至近と呼べる距離に降り立った二機。三次元曲線と鋭角を多用した機体。色違いではあるが同じフォルムをしていることから同型機だということは分かる。しかしユウヤは、あんな機体は今まで見た事が無かった。
頭部に備わった一対のブレードアンテナ、頭頂部の角。その容貌は、日本の"鎧武者"と呼ばれる存在を想起させた。
忌まわしい東の島国に対する嫌悪が彼の血をふつふつと沸き立たせる。 "同じ血を持つ者として"。
今すぐにでも吐き捨てたくなる不快感を抑えつつ、ユウヤは三度目となる警告を発した。これで退かないようなら、強行手段に出る必要性も出てくる。知らず、操縦桿を握る手に力が籠った。
『……おい、ステラ』
『えぇ、そうねタリサ。多分あなたの考えであってるわ』
張り詰めた空気の中、二人の女性衛士達は頷き合う。
何か知っているのか、問い掛けに応えたのはタリサでもステラでもなかった。
『ユウヤ』声にいつもの陽気さは無い『該当データがお前さんの機体のライブラリにあった。…………こいつぁ、厄介だぞ』
「Type-94の…………?」
データリンクによって転送された該当データが、ユウヤの視界を占領した。
メーカー:フガク・ヘビーインダストリー
型式番号:Type-00
機体名────────
「タケミカヅチ…………」
『確かに様子を見てやるとは約束したがよ。これは少し違うんじゃねぇか…………えぇ、トウヤ?』
アラスカの大地に沈む夕陽が、彼らの戦場を赤く染め上げる。
ギラリと、鎧兜を連想させる頭部のセンサーアイが鋭い光を放った。
『沈黙は肯定とみなします。……大尉、そして中尉。これは一体、何のおつもりでしょうか』
熱を持たないステラの問いに、やはり赤と金──正確には山吹色──の武御雷からの回線が開くことは無い。
しかし、その代わりと言わんばかりに、赤い武御雷の背部兵装担架の基部が起動する。爆散ボルトが炸裂し、火薬式ノッカーが日本刀を模した74式近接長刀を跳ね上げた。
一瞬の停滞。マニピュレーターが柄を保持するや、身の丈程の長さを誇る長刀を、刀身に付着した血を払うかのように一気に振り抜く。一連の動作に機械特有のぎこちなさは無く、まるで生身の武人と相対しているかのような錯覚をユウヤは覚えた。
────同時に、何かが切れる音を幻聴した。
『…………あの野郎ォッ!!』
『! タリサ、単機で突っ込むなんて無茶よ!!』ステラの制止は、しかしタリサの咆哮に打ち消される。
『テメェの頼みだから今まで静観してやれば…………』
BCS(Blade Control System:近接格闘管制装置)起動。両膝ナイフシースから装備された二振りの近接短刀を手に、タリサの駆るアクティブ・イーグルは背のスラスターと腰部跳躍ユニットを忙しく動かせ、ジグザグの軌道を描きながら飛翔する。
相手を撹乱させる複雑な機動、それはアクティブの特徴である四基の推進器とタリサの卓越した近接戦闘技術があるからこそ可能な彼女オリジナルのコンビネーション機動であり、常人には予測も出来ない変則機動だった。
『────調子に、乗るなァァァッッッ!!』
赤い武御雷の目前、アクティブの姿が霞のように眩む。
『貰ったァァァッッ!!』
右側面へ瞬間的に回り込んだタリサは未だに回避運動を見せないType-00に勝利を確信し、雄叫びをそのまま斬撃に乗せる。
裂帛の二撃は、確実に武御雷の頭部を狙って繰り出された。地面に転がる鎧武者の首がタリサの未来には描き出され────
────単独で先行したタリサを追うステラとヴァレリオ、そして慣れない機体の為に待機を言い渡されたユウヤは見た。
激情を溢れさせたタリサが変則機動、圧倒的な近接戦闘機動で側面に回り込んだアクティブ。
その直前、ただ佇んでいた様に見えた武御雷の双眸が妖しく輝き、そして右腰元に構えた長刀の柄に、そっと左マニピュレーターを添えたのを────
金属皮膜とナノ・カーボン構造の圧壊に伴う火花が眼前に散り、タリサは己の目を疑った。いつの間にやら、先程まで無防備に後ろ首を見せていた武御雷の頭部は正面を────つまりアクティブと向き合っていて、凶悪な面がタリサを威圧的に睨み付けていた。会心の攻撃は弾かれたのだ。
鎧武者は長刀の切っ先を斜め上へ向け切り上げの姿勢で残心を取っており、強烈な斬撃によるオーバートルクに耐え切れなかったアクティブの破壊防止装置が起動、マニピュレーターの破損を避けるために短刀を破棄したということを、外部スピーカーが拾った間抜けな落下音と"Weapons lost"の表示がタリサに告げた。
そんな。喉に言葉が張り付いていた。『ククリナイフ』と仇名された自身の近接戦闘機動が、こうもあっさりと。
茫然自失するタリサの耳に甲高い警告音。見れば、武御雷の脚部がアクティブを目掛けて繰り出されていた。
「しまっ」
横殴りの衝撃。
戦術機の重量と遠心力により威力を増大させた一撃は、タリサの意識を容易く刈り取った。
夕陽に色付けられた大地に、アクティブの巨大が力なく崩れ落ちる。
振り抜いた脚部を地面に下ろし、再び機体を正面、ユウヤ達の方向へ向き直った。
────まず一機。
『タリサァッ!』
『トウヤ、流石にやり過ぎだろッ!!』
ヴァレリオ、ステラの両機が弾の入っていない突撃砲をデッドウェイトパージ。僅かに軽量化し機動性を増した二機は多角形ターンを描きながら、悠然と構える赤い武御雷の隙を伺っていた。
そして状況は、戦闘が行われている一歩後方で待機していた山吹の武御雷が、ユウヤの立つ方向へ移動し出した事で動き出す。
『! ユウヤ!』
即座に機首を反転。ユウヤの援護に回ろうとヴァレリオが背中を見せた瞬間、タリサを沈めて以来不動の姿勢を取り続けていた赤い武御雷が一歩踏み込んだ。湖底が僅かに沈む。
けたたましい警告音、背筋を駆ける電撃。慌ててその場を飛び退くと、恐るべき速度で振るわれた長刀による斬撃が、本来アクティブが居たであろう空間を切り裂いた。だがそれだけでは終わらない。返す刀で繰り出される逆袈裟。咄嗟の判断でヴァレリオは短刀を装備した右腕を突き出す。完全に構えるより一瞬早く、長刀が振り切られた。タリサの時と同じく、宙を舞う短刀。
三度目の斬撃がアクティブを襲う寸前、武御雷が飛び退いた。『VG大丈夫!?』見ると、ステラの駆るストライクがアクティブを背に守る形で短刀を構えていた。
感謝の言葉を伝えるのも忘れ、ヴァレリオは唸る。
────こいつ、俺らをユウヤの所に行かせねぇ気か!
『ユウヤァ! 大尉達の狙いはお前だ、逃げろ! 早く!』
────逃げる? 俺が。
立ち位置を逆にして赤い武御雷と相対するヴァレリオの言葉が、ユウヤの底に沸き立つ激情を刺激した。
────俺が、背を向ける? 冗談じゃない。
それは、己の中に流れる血すら憎むユウヤにとって、屈辱以外の何物でもなかった。
やってやる、徐々に姿を大きくする武御雷を前にして神経が昂ぶるのを彼は感じていた。
演習用突撃砲を破棄。BCS起動、起き上がった背部兵装担架から長刀を掴み、見様見真似で正眼の構えを取った。
武芸に心得のある人間が見れば隙だらけの構えかもしれないが、それでも少しでも差を埋めようとする姿勢を、山吹の武御雷に搭乗する彼女が何を思ったか。少なくとも、彼への評価が下がるような事は決してなかった。
「中尉、あんたらが何を考えてこんなことしてんのかは知らねぇけどな」
同じように、極至近距離に降り立った武御雷が長刀を構える。跳躍ユニットは停止していて、猛禽類の爪を思わせる足が地面を確かに踏みしめていた。
────歩行戦。こりゃ、また随分と…………
舐められている。それは開発衛士の座を戴く者にとって屈辱だった。
────だから、それは日頃の唯依への不満でも、日本機に対する嫌悪から来るものでもなかった。
束の間、彼は根底にある"日本に対する嫌悪"から解放されていた。
今の彼を動かしているのは私怨ではない。
負けられないという、一軍人、一衛士としての想いが、彼を突き動かしていた。
「────来いッ!」
呼応するように、武御雷が動く。
心持ち半身になった姿勢から右脚を一歩力強く踏み出す。
不知火を目掛けて一直線の突進。驚くべき速度で迫る黄昏色の鎧武者を、ユウヤは、自身でも驚くほどの冷静さを持って観察していた。
────見ろ。相手の動きを探れ。
長期戦に持ち込んだ所で、近接格闘戦能力に劣る自分が負けを見るのは明らか。元々の自力で劣る勝負だ、相手の土俵にいつまでの乗ってやる意味は無い。
故に、一撃を以て終わらせる。
短期決戦だ、頭痛がする程に目を凝らす。斬り伏せるにせよ刺突を放つにせよ、動作を行う為には始点となる時が必ず訪れる。そこを見極めれば────
集中の極致に至るユウヤと不知火の眼前、武御雷がついに到達する。
それ事態が刃物を思わせる腕を振り上げて武御雷が長刀を振り上げる────上段からの一閃!
「────ぅ、ォォオオオオオアアアッッ!!」
半ば無意識に、ユウヤは操縦桿を動かし不知火に指示を出す。
しかし、彼は感じていた。指示を出すなんて、そんな物ではない。まるで自分が不知火になったような、一体感を────!
上段から振り下ろされる斬撃は、しかし真横から振り抜かれた不知火の長刀による衝撃で軌道を大きく変えられる。
脳天を割る筈だった一撃はすぐ横の地面を砕いた。必殺のつもりで放った攻撃が避けられ山吹の衣装に身を包む彼女は息を呑む。が、それも束の間。即座に逆袈裟を繰り出さんとした彼女。
しかし。
『オオオオオオオッッ!!』
見上げた視界に、長刀を上段に振り上げる不知火の姿を見た。
※ BCS……Blade control system 近接格闘管制装置
そんなものは存在しません。私が勝手にそれっぽいものを作っただけです。
次の話を投稿する時、もしかしたらこの話の最後に少し文章を付け足すかもしれません。
その際は次話の前書きにご報告しようと思っていますので、お気を付け下さい。
ではまた。