学校が始まって、数日が経ち2学期初の実戦訓練が開始される。
退屈な一般授業を終わらせて、みんなどこかウキウキした様子が見て取れる。それに、今日はクラス代表同士の模擬戦をやるらしいから、きっとそのせいもあるのだろう。
「ねーねー、彩ちゃん。どっちが勝つかな?」
ボソリと話しかけられた。どっちがとは、つまり一夏くんが勝つか鈴音さんかということだ。クラス番号が近いからか1組と2組は合同訓練になることが多く、今回もそれに違わないようだった。
「うーん、一夏くんをボクは応援したいんだけど……」
心情的にはそういった気分だから、一夏くんが勝つ! と言いたい。けれど今回は考察をしたうえでの勝敗予想を求められていると感じた。
――そこでちらりとシャルロットさんを見た。
「えっ?」
きょとんとした顔を向けながら、疑問の声を上げるシャルロットさん。純粋な気持ちで構成されたその顔がなんとも可愛らしいと思う。
「シャルロットさんたちは模擬戦をやってたんだよね?」
「えーっと、うん。そうだね」
シャルロットさんにラウラ。それに箒さん、セシリアさん、鈴音さん、一夏くんは夏休み中互いを高めあうために模擬戦を繰り返していたらしい。
そのことをシャルロットさんに尋ねてみれば肯定が返ってきた。
「一夏くんの勝率は?」
「えっと……最下位……かな」
「だってさ」
ボクに勝敗予想を尋ねてきた女子生徒の方へ振り返りながら言う。ボクの声は少し落胆の色が混じってしまう。
ふと気付けば、ちょっと釈然としないような顔をしていたから、何か問題でもあったのかと勘繰ってしまい、思わず口を開く。
「どうかしたの?」
「いや、別に大したことじゃないんだけど……織斑君って確か第二次移行も済ませてたよね?」
「うん……あ、そうか」
考えてみれば言いたいことはわかった。第二次移行を済ませてパワーアップしたはずの一夏君が最下位ということに疑問を覚えたのだろう。そう考えるとボクにもそれはおかしなことのように思えてきた。――でも、そういえば
「あっ、もうすぐ始まるみたいだよ。とりあえず話は中断して観戦することにしようよ」
口を開こうとしたところをちょうど止められた形になったため、少しだけ不満は残るものの、言っていることももっともなので素直に頷いて視線を上にあげた。
すでにお互い臨戦態勢に入っているようで武器を構えている。
――あとは開始の号令がかかるのみ。
千冬先生が深めに息を吸って――
「始め!」
そして戦いは始まった。
「さてさて、一夏くんと鈴音さんの試合の様子を実況していきたいかなーっと思います」
少し懐かしいような気持ちになりながらそんなことを言う。対戦カードもいつかに実況していた時と同じで、なんだか感慨深いものがある。
「アシスタントの布仏本音だよ~」
これも以前と同じにボクと本音さんが1セットで実況をする。そして今回は……
「ゲストさんどうぞ~」
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
ラウラをゲストとして呼んでみた。自分が解説として呼ばれていないのがちょっぴり不満なのか、セシリアさんがほんの少しだけ機嫌が悪そうにしているのが見える。でも、それも一瞬でこちらが視線をやったすぐ後には、いつも通りの表情を整えていた。
「確か今回は……解説だったか?」
「うん。そうだよラウラ」
「あれ? 今日はさーやちゃんじゃなくてラウラちゃんが解説するの?」
ラウラさんの確認の意味を込めた質問に答えたすぐ後に、本音さんがそう尋ねてくる。ちゃん付けで呼ばれたのが恥ずかしいのか、ラウラは若干顔を赤くしていた。
「うんうん、ラウラは軍人さんだし実戦経験も遥かにボクより多いしね~。きっとボクよりいい実況をしてくれるんじゃないかな~」
さりげなーくハードルを上げるボク。いや、まあラウラのことだからボクの実況なんて、平気で今までに積んできた知識と経験でもって上回っていくんだろうけどさ。
「地味にハードルを上げるな。気付かれないとでも思ったか」
軽く小突かれるように頭を叩かれた。そんな形にしてしまったのは多少悪くも感じているため、軽く謝っておく。もちろんラウラの方も本気で怒っているわけではないので、許してくれた。
「……そもそもISの知識において、この学園にお前と並ぶものはいないはずだが」
ラウラがそんなことを言ってきたので一瞬返答に困るボク。しかし、
「ラウラの方が実戦の経験が圧倒的に多いじゃない。これも実戦訓練だしさ、ボクは知識はあっても経験とか戦術考察が多分足りないし」
ボク自身が思っていることを次々と口に出す。若干口調が急ぎ足になっているのは、相手に反論をさせないためだ。合間をつくらないことで出来る、簡単な会話のテクニックのひとつだね。
――まあ、ラウラには無意味だったようで。
「充分……と言うつもりはないが、それなりの訓練を積んできたはずの私たちを、それで倒してしまうんだからな……まったく」
皮肉めいた笑みを作りながらラウラが言う。この話題を出されるのが結構嫌だったから、ちゃっちゃと話を進めたのにー……。
一応説明として。一回だけみんなが戦っているところをみかけたことがあって、参加したことがあった。(当時はみんなが定期的にこれをやっているとは知らなかった)その際に色々間違った結果、全勝を収めてしまったのだ。
鈴音さんやセシリアさんからは再戦を申し込まれたけど、鬼気迫るものを感じ、ちょっと怖かったので慌てて逃げた。
(でもラウラは、『ヴォーダン・オージェ』解放してなかったし)
この場でそのことを言うと藪蛇になりそうなので、敢えて口をつぐんでおく。
「ねえねえ、さーやちゃんにラウラちゃん」
「は、はい?」
「な、なんだ?」
ボクたちがある意味ふたりの世界に入り込んで会話をしていたところ、不満げな本音さんが話しかけてきた。いつものほほんとした感じの本音さんが、そういった雰囲気を作り出すのは稀だったので、ボクはもちろん、ラウラもたじろいでしまっている。
「もうとっくに試合始まってるけど~」
「あっ、す、すみません」
「す、すまなかった」
「いや~、わかってくれたならよかったよ~」
口調は相変わらずのほほんとしているが、にじみ出る不満気な空気は結局隠し切れていない。そのことに気付いたボクたちの返答は、さっきに引き続きはっきりとしないものになってしまった。
「じゃ、じゃあ気を取り直して」
「そうだな」
ボクとラウラと本音さんが3人して空を見上げる。なんだかんだで随分と話しこんでしまっていたようで、試合は佳境に入ってしまっていた。
「あぅ……本当にすみません……」
こんなことになってしまった原因が自分にあるというのが、心に響く。そのせいか思わず謝罪の言葉が口をついて出てしまう。
すると本音さんは優しげな笑みを浮かべた。それだけでなんだか心が暖かくなって……隣から妙な圧力を……ってあれ?
「ラウラ、どうしたの?」
「いや、特には」
とはいったものの、結局ラウラから送られるじとっとした視線と妙な圧力が治まることはなく、反対に本音さんは機嫌を直し、ぎくしゃくとした形のまま実況を行った。うぅ……。
色々あったものの、なんとか実況を終えたボクらに軽い拍手がかかる。ほんとは大きいく拍手したいんだけどねーとつぶやいてくれる人もいて、ちょっと嬉しい。
ちなみに煩くできないのは、いわずもがな、千冬先生のおかげである。
と、その千冬先生がこちらに近付いてくるのが見えた。視線はボクたちの方を向いていたので、おそらくボクたちの中の誰かに用事でもあるのだろう。
「おい」
「「「…………」」」
千冬先生の呼びかけには主語が足りなかったため、誰も返事をしなかった。ボクはラウラの方を見て、本音さんとラウラからはボクの方を見られていた。そして、千冬先生の視線をたどればボクの方を向いていたため、逃げる余地はなく。
「ボクですか?」
「そうだ緋桜宮。お前に午後の実戦訓練に出てもらおうと思ってな」
どうやらボクに用というのはこのことらしい。いつも突発的に指名してくる千冬先生にしては、珍しいなぁ――などと考えていたら、
「今、何か失礼なこと考えてなかっただろうな?」
「いえ、別に何も」
千冬先生が怒り気味な表情をこちらに向け始めたので、慌てて意識から排除。そういえば一夏くんにもよく、顔に出てるって言われるからなぁ……気をつけないとかも。
「解っていると思うが言っておく。一応義務的なものとして先に伝えただけで、お前に拒否権はない」
「あ、やっぱり……。えっと、相手は誰ですか?」
とりあえず元からこれを拒否できるとは思っていなかったので、早々に話題を進める。千冬先生にはいろいろ文句を言うだけ無駄なのである。これはボクの経験則だ。
「相手は……そうだな。デュノア辺りでいいだろう。お前らの戦いは様になるし、なによりひよっこ共には学べることがたくさんある。……それとデュノアの方にはお前から伝えておけ。解ったな」
それだけを言い残して、ボクの返答を待つことなく千冬先生は立ち去って行った。なんだかいつも千冬先生は忙しそうにしている気がする。IS学園の教師はやっぱり色々とあるんだろうか? その割には山田真耶先生はそんな印象を受けないけど……
ちらりと視線をやっても真耶先生は気付く様子もなく、一夏くんと鈴音さんに労いの言葉をかけていた。一夏くんには若干慰めの言葉も混じっていたけど。