「やれやれ……どうしたものかしらね」
艶やかな青い髪をわずかに遊ばせながら彼女――更識楯無は呟いた。その手にはいくつかの紙媒体の資料が握られており、それが原因となっていることはあきらかであった。
今現在、彼女はひとりで生徒会室に座っている。というのも、今見ているものは家の力を使ったりなどまでして集めたもので、重要なものなのだ。それを他人に見られようものなら、いくら更識の当主である自分でも非難の目は免れられない。
「隙を見せるとすぐに家の人たちは襲ってくるんだから……まぁ、それでも負けはしないけど面倒だからお断りね」
やれやれと嘆息しながら言葉を連ねた。いつものふざけた様子は今に限っては微塵もなく、いかに切迫した状況なのかが伺える。
「一夏くんを狙っているらしい『亡国企業』の相手だけでも手一杯だっていうのに……その上新たな噂まで浮上しはじめるし」
一夏とコンタクトをとり、彼を陰ながら守ることは問題なさそうだ。すでに予定は立ててある。しかし、もう一方の資料である
「『日本の
ぴらぴらと紙を弄ぶ。若干信じきれていないせいか扱いは少しばかりぞんざいになっているようだ。
「朱色の瞳なんて言われても、それだけじゃわかりづらいことこのうえないし」
その資料にはあくまで噂、といえる程度のものしか載っていない。勿論調査部隊がサボっていたわけでも手を抜いたわけでもない。その証拠に『亡国企業』の行動に関しては、大まかにではあるが知ることができたのだから。ただ純粋にこちらの案件の機密レベルが高すぎたのだ。
彼女の感覚的には『日本の
「ちょっと油断してたかな……これは生徒会長の名を返上しなきゃならないのかも」
渋い顔をして呟いたが、ちょっぴりして「ハッ! そうすると虚ちゃんの紅茶がゆったりと楽しめない!? それは困っちゃうな……」などと言い始めていつもの調子に戻ったかと思えば、表情を真剣なものに戻す。そしてゆっくりと口を開いて、
「ま、生徒会長たるものこのくらいは自分で考えないとね」
とだけ言うと、今まで眺めていた紙を一瞬で切り刻み、それを塵も残らないほどに消滅させて彼女は生徒会室を出た。
「ふぅ~」
男子更衣室に戻ってボクは息をついた。隣を見れば一夏くんも結構疲れたようでボクと同じく息をついていた。あの後は空中制動訓練をあわせた、対戦形式の訓練を行った。
ボクは主に打鉄を使った人たちの相手をしていた。といっても今回使った打鉄の数はそれほどでもないので、教える側である専用機持ちが余る。だから片側ではセシリアさんと一夏くんが戦ったりしていた。ちなみにボクの相手は打鉄4機だった。彼女らも一学期を通してそこそこの訓練は積んできたものの、やはり専用機持ちの人と比べると差が大きい。だからなんとか4機同時でも戦えた。
閑散とした男子更衣室は、2クラス分詰め込んでいるであろう女子更衣室に予測される熱気とは完全に無縁で、むしろ涼しいくらいだった。
お互いに特に言葉もなく着替えて少しすると、一夏くんが口を開いた。
「なあ、彩花」
「うん? なにかな?」
とりあえず返事。声に込められた感じからこの先はちょっぴり予想できる。
「本当に俺はここで誰とも知らぬ女生徒とあったんだ。別に言い訳とかじゃなくてだな……」
「うん、一夏くんがきっと誰かと会ったんだろうってことは知ってる。でも十分言い訳っぽく聞こえるよ?」
「うぐっ……」
予想通りの発言にボクが厳しめな返答をすると、一夏くんは呻いてしばらく黙りこんでしまった。ちょっぴり悪いことしたかなぁなんて思ったけど、ボクより千冬先生やシャルロットさんの方がきついことしてるんだから、この程度じゃ一夏くんはびくともしないよね! と勝手に結論づける。
「ん? そういえばなんで彩花が俺と……え~っと、その女生徒が会ったことを知ってるんだ?」
そして、その思惑通り一夏くんは早くも復活したようで、さっきの会話の中でできた疑問点について問いかけてきた。なぜって……
「そりゃあもちろん、ボクもその人と会ったからだよ」
なんでもないような風に言うけど、その際にボクは大変なことをしでかしてしまっているので、出来れば忘れたい。早急に。
「彩花も会ったのか!? ならなんで俺の無実を証明してくれ……」
「だって、あの人と会話するのは一夏くんの自由意思だったわけだし」
「いやいやいや! 俺が絡んだんじゃなくて絡まれたんだってば!」
「あぁ……」
確かにあの人にはそういう面があった気がする。ボクの背後に回った理由も……たしかだーれだ? をやりたかったからだっけ? そうすると一夏くんは……
「もしかして一夏くん、だーれだ? ってやられた?」
「……なんでわかった?」
一夏くんのげんなりとした声を聞いてちょっぴり同情。ボクがだーれだ? をさせなかったせいでなおさら気合いを入れて、だーれだ? を楯無さんはしてしまったのかもしれない。
「ま、まあとりあえず一夏くんが悪いってことで!」
「なんでそうなるんだよ!」
「じゃあ、ボクに千冬先生とあの状態のシャルロットさんに立ち向かえって言うの!?」
「い、いや……それは……」
よし、勝った! 一夏くんに見えないように小さくガッツポーズ。これでおそらく一夏くんからの追求はもうないだろう。
そこからはお互い再び黙って着替えを終えた。……といってももう大して着替えるようなところは残ってなかったからせいぜい十数秒だったけど。
お互い黙りこくったものの、更衣室を出るタイミングは一緒でなんだか気まずくなる。かといってボクたちに共通した話題も特になく、内心二人とも重い空気に困りはてていた。
――そんな時。彩花の携帯が鳴った。
「うん?」
とりあえず携帯を取り出して、通話相手を確認。どうやら相手はシャルロットさんのようだ。ラウラからかかってくることは時折あったけど、シャルロットさんから来るのは少し珍しい。
一夏くんに身ぶりで ちょっとごめん という意思を伝える。一夏くんは頷きを返しつつ、手持無沙汰になってしまったので、なにやら考え事を始めたみたいだ。何もない上を向いてるのがその証拠。
「えっと、もしもし? シャルロットさんかな?」
一応携帯の画面にはシャルロットさんと表示されてたけど、もしかしたらラウラがシャルロットさんの携帯を借りているという可能性もあるので、一応の確認を入れておく。
『あっ、彩花くん? シャルロットだけど、近くに一夏……いる?』
シャルロットさんはどうやら一夏くんが気になるようで。……あれ? ならなんでボクに電話がかかってきたんだろ。
「うん、一夏くんならボクからちょっと離れたところで考え事してるよ」
一夏くんの方をチラリと確認して言う。どうやら一夏くんは思考の波の深くまで入ってしまっているようで、ボクが視線を向けたことに一切気付く様子もなく、ついでになんか唸り始めていた。
『えっと、それはつまり僕達の会話は一夏に聞こえてないってことでいいのかな?』
なんだか今日は随分一夏くんのことを気にするなぁ、などと思いつつ口を開く。
「うん。一応。もしかしたらボクの声は聞こえるかもしれないけど、今の一夏くんなら大丈夫なんじゃないかな」
なにせ随分思いつめた感じの一夏くんである。ついでに元々盗み聞きとか嫌いそうな性格でもあるし。
『そっか。ならちょうど良かったよ。今からセシリアと一緒にみんなで学食カフェに行こうと思うんだけど、彩花くんも来ない? あ、よかったらでいいんだけど』
一夏くんに聞こえていなくてちょうど良かったということは、この話は一夏くんに聞かせたくない……もとい、来ないで欲しいらしい。わざわざそれの確認をとるほど野暮ではない(つもり)のボクはどう返答しようか考え始めた。
(うーん。特にこのあとこれといってすることもないし……参加しようかな。むぅ……一夏くんにどう説明すればいいのやら……)
これから一夏くんに嘘をつかなければならないだろうことが、ちょっと気を重くさせる。まさか本人に 一夏くん抜きでみんなで学食カフェ行くらしいから行ってくるね! なんて言えるわけがない。
「うん、ありがたく行かせてもらうよ。といっても一夏くんにどう説明したものやら……。シャルロットさん考えてくれない?」
『え!? 僕が!? う、うーんっと、この電話を先生からの電話ってことにして用事が出来た……とか……?』
「なるほど~。シャルロットさんはそういった感じに嘘をつくんだねー。参考になります」
シャルロットさんの答えは、案外穴があるようでないものだ。ボクたち専用機持ちにはなにかしらの用事で電話がかかってくることがある。ましてや男性操縦者のボクらはなおさらで、突然用事ができたりすることは珍しくないのだ。
『へっ!? ぼ、僕だってそんな嘘ばっかりついてないよ!』
「え? いや、別にそんなつもりでいったわけじゃ……」
ただ、単純にポロッと口をついて出てしまった言葉にシャルロットさんが過敏に反応。携帯越しの声がちょっと涙声っぽくなってるのが申し訳なく感じてきた。……そういえばシャルロットさんは男性だと偽ってIS学園に来たんだよね。そのことを引きずってる節がたまに見えたから、ボクはそこをえぐってしまったのかもしれない。
『……おい。……おい』
「は、はい!」
携帯越しから聞こえてきたのは不機嫌そうな声。にじみ出ている不快感に思わずびくっとしてしまう。しかし、その数瞬後に声がシャルロットさんのそれとは違うことにホッとした。
「なんだラウラかぁ……」
『何をホッとしている。貴様のせいでシャルロットが涙目になっているのだが……まぁ、その話はあとで聞かせてもらうとしよう』
ラウラの声音が怖い。今までそんな風に感じたことがあっただろうか。いや、多分ない。
「え、あ、あの……」
『早く一夏に嘘の説明でもしてこい。話は後で聞くといっただろう』
プツッ……
「は、ははは……」
意識もしてないのに乾いた笑いが漏れ出た。自分の不用意な一言がシャルロットさんを傷つけてしまったとわかったからなのかもしれない。なんにしても一夏くんに適当なことを言って謝りに行くのが先決だろう。
ボクが通話を止めたのに気付いたのか、一夏くんの方も考え事を止めたようだ。さっきまでしていた難しい顔はなりを潜め、逆にボクを心配そうに見ている。
「……誰からだ? まさか……千冬姉とかか?」
こころなしか一夏くんの態度が遠慮がちになっているように感じた。
「いや、千冬先生じゃなかったんだけど……えっと、先生からの電話で、用事ができたみたいでさ……」
哀愁漂う今のボクの顔が、嘘の信憑性を高めているようで一夏くんはすんなり信じた。
「ん~、でも珍しいな。いつもならむしろ喜んで……ってほどでもないが、大して気にもしてないのにな。よほど嫌なことなのか?」
「ん……そういうわけじゃないんだけど……」
「そうか。まあ引きとめて悪かったな。んじゃ、これからすることもないし、俺は先に部屋にでも戻るかな」
一夏くんはそれだけ言い残して足早に歩いていった。それを見送ったボクは学食カフェへと急ぐ。
辿り着いた学食カフェでは、シャルロットさんが立ち直っていてすでに誤解が解けていたため、ホッとしたようなげんなりとしたような……。