生命の息吹を感じさせる深緑の風景に、太陽の光を反射して輝く透明な水面。
和やかな空気が流れて揺れる草木に、小鳥の囀りや虫の羽音が重なり響く空間。
そんな、広大に広がる森と丘で構築された自然の中には、それ等とは異なる赤の色が混じっている。
「…………」
人型の、足から顔までの全身に赤と黒をメインカラーとした防具を纏うその存在は、独り静かに歩いていた。
身長は平均170cm程度だろうか――全身を覆う鎧の所為もあって顔は一切見えず、鎧の隙間からは黄色い眼光が漏れているのみで、やけに大人びた風格を帯びているその姿は、奇妙と言えば奇妙な物だった。
防具もまた頑丈な鎧のように見えて、実際には表面が鋼に混じって生物感を想起させる鱗質の素材によって構成されており、腰元からは尻尾のような形の装飾物まで備えられ、顔全体を覆い隠すヘルムの形状も合わさり、明らかに常識を逸脱した生物の雰囲気を醸し出している。
……根本的な議題として、彼は何処へ向かおうとしているのか?
道とも言えない道を歩く彼以外にこの風景に混ざった異なる色は見えず、そんな疑問に答えられる存在の姿さえ無いままだ。
何者も一声を発する事も無いまま、赤き竜の鎧を纏う彼は森の中を歩み進む。
そうしていると、状況に変化が訪れ出した。
風景の一部と化している緑の茂みが風とは違う原因によって揺れ、その奥から何者かが跳び出して来たのだ。
足から首元までを緑色の革と金属板を使った軽鎧が、頭周りを同じく革製の頭巾が覆っており、背丈は赤い鎧の彼と比較しても低く120cm程度しか無い――そんな、何処か幼ささえ感じる人型の姿を持った誰かが。
見るに、何かから必死に逃げているようだった。
「……っ、はぁ……はぁ……」
余程息を切らせて走っていたのか、頭巾の中からは絶え絶えとした息遣いが漏れていた。
赤い鎧を纏う彼も、その様子を見て疑問を発しようとしたが、間も無くして茂みの向こう側から来る第二の来訪者――追撃者の存在に感付くと、黄色い眼光を細めて警戒し始める。
直後に、静寂を打ち破る轟音と共に茂みを破り現れたのは、両腕に該当される部位が巨大な翼と化している竜種――
体躯はこの場に居合わせた二人と比較しても大きく、体長は数字にしても一〇〇〇を軽く越している。
「う、あ、あああああああああ!!」
自身の死に対する物か、自分に襲い掛からんとする飛竜に対する物なのか、恐怖に染まった声を上げる幼子。
その光景を見た彼は、ため息でも吐くような調子で一瞬俯くと、迫り来る飛竜に対して自分から向かい始めた。
単純に考えて、ただの人間がいかに武器を振るおうとも太刀打ち出来る可能性は低く、逃げる事以外に取れる手段は無い。
革装備の幼子が逃げ出しているのも当然で、その一方で追撃者たる飛竜と瓜二つな特徴の鎧を纏う『彼』が逃げ出そうとしないのは、正しく異常だった。
恐怖からか、幼子は自分の耳を両手で塞いだが、その直後に、
バキィッッッ!! と、骨が折れるような生々しい音が幼子の耳にまで入り込む。
人間のようにか弱い生き物が飛竜のような怪物の進行を妨げようとすればどうなるのか――想像するのは難しくない。
いかに強固な防具で身を覆っていても、伝わる衝撃によって骨を折られる事など当然の事だ。
得物の肉を貪る牙にその身を抉られ、骨を噛み砕かれている可能性だってあった。
それでも音が発生した方へと振り向いたのは、殆ど反射的な行動だった。
「…………!!」
そうして、緑色の革装備に身を包んだ幼子は見た。
飛竜と瓜二つの特徴を有した鎧を纏っていたその存在が、飛竜の圧倒的な力によって蹂躙される風景――――では無く、逆にその飛竜が
少し前まで、自身に襲い掛かっていた飛竜以外に飛竜は一匹も姿を見せていないはずだった。
空から強襲して来たとしても、風切り音の一つでもしていなければおかしいはずだった。
そして、何より。
襲い掛かっていたのは、襲撃者である飛竜と『同じ』種類の飛竜だったのだ。
鱗の色、翼膜の模様、尻尾の側面の巨大な棘、体格に骨格――多少の差異こそあれど、瓜二つと言っても差し支えが無いほどに、その容姿は一致している。
強いて違う点があるとするなら、襲撃者の方とは違い襲い掛かっている側の飛竜の体は全身――腹部や尻尾の裏、両脚などにも鱗が張り巡らされており、皮膚が露出しているような部位が見受けられ無い、という点ぐらいだろうか。
ふと気付けば、この場に飛竜が二体も現れているこの状況の中、例の赤い鎧を纏った人物の姿が見えなくなっていた。
ここまでの状況を提示され、幼子は一つの結論を導き出さざるも得なかった。
襲い掛かっている赤い飛竜は、赤い鱗の鎧を纏った人物と同一の存在である、と。
「…………」
赤き竜の取った手段は単純な物だった。
敵対者である飛竜の首元に上から右脚の爪を食い込ませ、そのまま地面へ縫い付けるように圧し倒したのだ。
体重による物か、あるいはその強靭な脚の力による物なのか、それは一撃の下に敵対者たる飛竜の首の骨をへし折り、息の根を完全に止めていた。
一撃必殺。
正しく、そんな表現が適しているとしか思えない決着。
そして、一撃の下に襲撃者を葬った赤い鱗の飛竜が、鋭い牙の生え揃った口を開けると、
「……この程度で、同じ姿を取ろうとはな……」
幼子の頭の中で、言葉が響いていた。
その意味を理解するよりも先に、状況は更に変化し出していた。
首を折られ、それ以外にも何らかのダメージを加えられたのだろう襲撃者の飛竜の体が、次の瞬間無数の粒子となって霧散したのだ。
まるで最初から幻でも相手にしていたかのように、その場から一切の肉片さえ残す事も無く。
その現象を事前に見た事があるように見える飛竜は気にする様子も無かったが、幼子からすれば異常な光景だったので、動揺を隠せずに居た。
「……さて、と……」
落ち着いた様子でそう呟く飛竜の体が、軋むような音を立てながら変化する。
膜を広げれば身の丈ほどはありそうな両翼が、その体積を減らしながら五本指の両手に。
鳥類のそれにも似た形状をしており、得物の肉を抉る爪を生やした両脚は二足歩行に適した骨格に。
先端に高い殺傷力を宿した巨大な棘を生やした尻尾は、腰周りを覆う防具の一部分に。
鱗の並びが何処か獅子のたてがみを想起させる頭部は、顔を覆うヘルムの形に。
首の長さや体躯も数瞬前まで居た人物のそれと同じに戻り、間接の調子を確かめるような動作を見せた後、彼は驚いた様子の幼子の近くにまで寄り、こう言った。
「……
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