鋼鉄の迷宮(アンダーエリア)   作:魔人ボルボックス

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第三章 一つの再会、一つの決別 —2—

「いやぁ、まさかお前とこんなところで会うとはなぁ」

 

 オルカとシスカの前を歩くカシューはしみじみとそう言う。

 

 三人は噴水の広場を抜け、現在街の大通りの端を歩いていた。

 

 両端に並ぶ店先の前を、冒険者一般人問わず多くの人々が行き交っていた。三人もその中にいた。

 道の真ん中辺りでは、人の代わりに様々な大きさとフォルムの石車がすれ違いを繰り返している。特に大型の石車は、その荷台に大きく重そうな石材や材木を積んで走っていた。家でも建てるのだろうか。

 

「ボクだって、兄さんがこんなところにいるとは夢にも思わなかったよ」

「まあな」

 

 ははっ、とカシューは愉快そうに笑い飛ばす。その笑い方は昔のままだった。

 

 それを見て「ああやっぱり兄さんなんだな」と再確認すると同時に、昔から兄弟同然に過ごしてきたその青年に再会できたことへの嬉しさを感じた。

 

 ――カシュー・ファルブレル。

 

 現在十数人存在するクランクルス無手術の門人の中でも、特に突出した実力を持っていた男。

 師から伝えられた事のことごとくを他の誰よりも早く吸収していき、付いたあだ名が「神童」。

 しかしそれでいて、その才能を鼻にかけて他を見下すようなことは一切しなかった。女好きな所はあるが、その気さくな性格と義理堅さゆえに、自分を含め門人全員は皆彼を慕っていた。

 

「んで、俺がいなくなった後どうだったのよ? 道場は」

「師範が嘆いてたよ。「カシューが道場を引き継いでくれたら間違いなく安泰だったのに」って」

「ははっ、そいつは悪いことをしたな。今度師範に会ったら「近いうちに休みをもらって遊びに行く」って伝えておいてくれよ」

 

 にこやかに首肯するオルカ。

 

 彼は三年前に「もっと広い世界を見たい」と言って突然道場とパライト村を離れた。その頃のオルカは十三歳だった。

 

 カシューとは入門以来ずっと仲良く付き合いを続けてきた間柄であったため、彼が道場をやめたと聞いた瞬間、まるで足元が地面から浮き上がるような感覚と現実感の無さに襲われた。悲しかったのである。

 

 彼のいない環境に慣れるまでには三ヶ月ほどかかった。それからは「いつかまた会えるだろう」程度に考えていたのだが、このような再会は予想外で、そしてやはり嬉しかった。

 

「それにしても、お前が冒険者になるとはな……しかもこの街で新たに見つかった迷宮(アンダーエリア)の調査に来てるとか…………大丈夫か? 危ないだろ?」

「まあ……大丈夫。なんとかやっていけてるよ」

 

 昨日死にそうになったけどね、という言葉を飲み込んでオルカはそう返した。

 

「……あたい、すっかり除け者ね」

 

 不意に、隣のシスカがぶすっとした様子で呟く。

 

 ちなみに、シスカには先ほどカシューの紹介を終えている。なのでこちらの事情は知っているはずなのだ。

 

 だがカシューと再会してから彼との談笑に夢中になり過ぎて、シスカにはほとんど気が向いていなかった。

 

 今日、お金を出してくれるのは彼女なのだ。なので、あまり適当な扱いはしたくなかった。

 

「ご、ごめんシスカ」

「ふんっ……ま、三年ぶりの再会ならしょうがないけどね」

 

 そう小さく笑うシスカ。とりあえず許してくれたみたいだ。

 

 そんな自分たち二人を、カシューは何か含んだ笑みを浮かべて交互に見やりながら、

 

「それにしてもオルカ……お前、大人しそうな顔してなかなかやるなぁ」

「どういうこと、兄さん?」

「しばらく見ないうちにこんな可愛い彼女作りやがって、って意味だよ。いやぁ悔しいねえ、ソッチの方はお前が兄弟子かよ」

 

 カシューが目を向けているのはシスカだった。

 

 そして、そのシスカは顔面をリンゴのように紅潮させながら、しきりに口を開閉させていた。

 

「ばっ、バカ言わないでっ! あたいとオルカは別にそういうんじゃ――」

「そうだよ兄さん。ボクたちはただの知り合いだよ。第一、シスカとは一昨日知り合ったばっかりなんだから」

 

 オルカはうろたえず、淡々と弁解してみせた。その冷静な態度も含め、適切な言い方だと我ながら思った。

 

 ……だというのに、シスカは人でも刺しそうな目つきでこちらを睥睨してきた。

 

 不明な点でもあったのだろうか。彼女の眼光に怯えながらそう思った。

 

「え? ウソ!? マジ!? 彼女じゃねーんだ!? うっしゃあっ!! じゃあ俺が口説いても全然問題ないわけだ!!」

 

 「彼女じゃない」と知った瞬間、カシューは鼻息を荒くしながら表情を輝かせ、シスカの足元に恭しく跪いた。

 

 そのままカシューが口を開こうとした瞬間、シスカが先手を取ってはっきり言い放った。

 

「嫌よ、あんた趣味じゃないし」

「ぐはっ!! 今度は口を開く間も与えられずに玉砕したぜ!?」

「あ、相変わらずだね兄さん……」

「あたぼーよ。いい女を見たら粉かけたくなるのが男の本能ってもんだろ。俺はそれに忠実なだけだ」

「成功したことってあるの、兄さん?」

「…………残念ながら未だに童貞なんだ。だが俺は諦めんぞ。百回袖にされたら、今度は千人口説いて回って、いつか必ずいい女を捕まえてやる。それまで俺のガールハントは終わらんのだっ!!」

 

 青空に拳を突き伸ばし、カシューは高らかにそう宣言した。

 

 オルカ的に諦めない姿勢自体には好感が持てるのだが、シスカ含め、周りの女性から浴びせられる冷たい視線が痛々しかった。

 

「そ、そういえば兄さんは何の仕事をしてるの?」

 

 オルカは慌てて話題の矛先を変更させた。

 

「ああ、そういや言ってなかったな」

 

 カシューは思い出したように手を叩きながらそう言うと、おもむろにズボンのポケットを探り、あるモノを取り出した。

 

 それは――銀色に輝く冒険者バッチ。

 

 オルカは呆気にとられた。

 

「ええっ? 兄さんも冒険者だったの!?」

「まあな」

「しかもシルバーだなんて! 胸に付けてなかったせいでちっとも気がつかなかったよ」

「そりゃ悪かった。でも俺バッチってあんま好きじゃないんだよ。服着替えるたびにいちいち付けたり外したりしなきゃいけないじゃんか。女の子に不潔扱いされそうだから、同じ服ばっか着るのも嫌だしよ。だからいつも財布のお供にポケットん中入れて持ち歩いてんだ」

 

 そう言って「ふはは」と笑うカシュー。

 

「でも兄さん、未踏査迷宮調査のメンバーの中にはいなかったような……」

「参加してないからな。興味はあったけど、俺には別に外せない仕事があるし」

「外せない仕事……?」

「俺さ――『ジャンクハンター』やってんだ」

 

 オルカは軽く驚きを見せる。

 

 ジャンクハンター――この職業について説明するには、まず前置きとして「工房」の仕事事情を少しだけ話さなければならない。

 

 「工房」とは、エフェクター含むあらゆる機械の開発、改造、修理などを行う店である。だが一から作るにしろ修理をするにしろ、扱うモノが機械である以上、そのための「部品」が必要になる。

 今よりずっと昔、「工房」はその部品を調達する方法として、冒険者が持ってきたゴーレムの部品を買い取るというサービスを行っていたそうだ。

 買取り金額はアルネタイトの換金額に比べれば微々たるものだったが、少しでも金の欲しかった冒険者たちは皆こぞって部品を持ち込み、駄賃を得ていた。

 だが年月が経つにつれて、使わない部品が大量に余ってゴミ山を形成するといった事態が各地の「工房」で発生。さらに買取サービスによる出費が、店の収入を上回るといった現象も頻発する。

 ゴーレムは迷宮によって無尽蔵に吐き出される生物だ。つまり、その気になればいくらでも金の元を用意できる。冒険者協会のような国をまたぐ大組織ならばまだしも、一介の店でしかない「工房」では、換金など荷が重かったのだ。

 これらの問題を重く見た「工房」は、買取サービスを廃止。そして、必要な部品を必要なだけ調達するための新しいシステムを作り上げた。

 

 そして登場したのが――ジャンクハンターという制度だ。

 

 冒険者と専属契約を結び、指示した部品を必要量だけ迷宮へ取りに行かせる制度。その「工房と契約した冒険者」というのがジャンクハンターである。

 しかし、なるには実力的に脂の乗ったシルバークラス以上でないと不可能だ。そのため、ジャンクハンターという肩書きだけでそれなりの実力を有していると認識されるものである。

 

「あ、そうだ! お前、ぶっ壊れたエフェクター直す店探してんだろ? なら俺のいるトコ来るか?」

「それって……「工房」だよね?」

「ああ。「ケルサック工房」っていう店。マスターは変わり者の偏屈ジジーだが腕は確かだ。これ身内贔屓じゃないぜ? どうよ?」

「えーっと……」

 

 オルカはためらいがちにシスカへ目を向ける。

 

 シスカは一息吐いて告げた。

 

「……任せるわ。直すのはあんたのエフェクターであって、あたいのじゃないんだし」

 

 それを聞いて、オルカの心は固まった。

 

 このまま街をぶらついていても、修理場所はずっと決まりそうにない気がする。

 

 だったら、ここでスパッと決断した方がいいかもしれない。

 

 何より、彼の勧めなら信頼できると思ったのだ。

 

「それじゃあ……お願いします、兄さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意気揚々と歩を進めるカシューについて行く事約十分弱。

 

 あれだけワラワラといた人混みは進むにつれて徐々に少なくなっていき、周囲から感じられる活気も控えめになった。カシューによると、アンディーラ南の街外れに進んでいるらしい。

 

 道行く人がいなくなった頃には、周りの風景を形作るものが、建物などの人工物から樹木や岩といった自然物へと変わっていた。

 

 そんな道をさらに進むと、大きく開けた土地へ出た。

 

「着いたぞ。あそこだ」

 

 カシューが指差した方向へ、オルカとシスカも同じく視線を向ける。

 

 切り立った崖の根元に、横長の建物と正方形の建物が隣り合わせに建っていた。

 

 横長の方の建物はガレージだった。シャッターは全開になっており、中には双翼を広げた鳥を象ったような巨大な鉄の塊が、ちょうどいい具合にすっぽり納まっていた。

 

 その鉄の塊――機械には見覚えがあった。

 「飛行機」。その名の通り空を飛ぶ機械だ。

 アルネタイトのエネルギーを使い、機体にいくつも搭載された回転翼を高速旋回させることで大きな揚力を得て、それを使って機体を鳥のように空へ飛ばす。翼を持たぬはずの人間を空へ導いたことから「人類の最も偉大な発明」と呼ばれている機械だ。

 

 そして、今度はその隣にある、正方形の建物に目を移す。

 

 良く言えば年季の入った、悪く言えば古臭い。そんな感じの一階建てだった。

 

 入口と思われる煤けた扉の一メートルほど上部には、ところどころ小さな錆びの付いた「ケルサック工房」という看板。

 

「ねえオルカ、本当に大丈夫なのかしら……?」

 

 古びたその建物を見やりながら、シスカが眉をひそめてそう耳打ちしてくる。

 

 オルカがなんと返そうか迷っていると、カシューが心外とばかりに口を挟んできた。

 

「あー、疑ってんなっ? まあ確かに建物は古くて、そろそろリフォームした方がいいんじゃないかと俺も思ってるさ。でもここのマスターの技術レベルはかなりのもんだよ……まあ、気難しさのせいで客があんまり寄り付かんけど。まあ、とにかくまずは入ってみるだけでもいいから来てくれよ」

 

 ほらほら、と手招きするカシュー。

 

「えっと……じゃあシスカ、まずは行ってみようか?」

「……さっきも言ったけど、あんたに任せるわ」

 

 そうして、二人はとりあえず「ケルサック工房」へ向けて歩を進め始めた。

 

 先ほどと同じくカシューの後ろをついて歩き、そして入口の前まで来た瞬間だった。

  

 

 

『――はぁ!? ざけんじゃねーぞコラ! 売れねーってどういうこった!?』

 

 

 

 扉の向こう側からがなり立てる声が聞こえてきて、思わずオルカはビクッとした。

 

「な、何よこれ……」

「……おいおい、またかよ」

 

 オルカとシスカが戸惑いを見せる中、ただ一人カシューだけは違う表情――顔をしかめていた。

 

 三人は立ち往生し、扉越しに聞こえてくるやり取りに耳を傾けた。

 

『何を言っておるかっ。お主にはもうそのエフェクターがあるじゃろうが』

『もうこいつじゃ役に立たねーって言ってんだろーが! だから奮発して新しいエフェクターを買いたいって言ってんのに、それがダメってどういう了見だ!? 俺ぁ客だぞ! テメー何様だ!』

『ふんっ。たった一つのエフェクターすら大事に扱えんたわけモンが。そんな奴に売るエフェクターなんぞウチでは取り扱っとらん。改造や修理なら引き受けるが、そうでないならお引き取り願おう』

『けっ、クソッタレ。もう二度と来ねぇよこんな汚ぇ店』

 

 その言葉が終わると、ドカドカという苛立った足音がこちらへ近づいて来る。

 

 扉が破るような勢いで開け放たれ、大きな鞄を肩にかけた体格の良い男が出てくる。

 

「オラ、退け! 邪魔だ!」

 

 道を塞ぐ形で立ち止まっていたオルカたちを腕で乱暴に払い除け、肩をいからせながら去って行った。

 

「何よあの態度、ムカつくわね!」

「ま、まあまあ」

 

 男の振る舞いに憤慨しているシスカと、それを軽くなだめるオルカ。

 

 そんな二人を余所に、カシューは開いたままの扉から店の中に入っていった。慣れた足取りだった。

 

『おいおいマスター、またやっちゃったのか? そんなんじゃこの店いつか潰れっぜ』

『余計なお世話じゃわいっ。ワシはワシの主義を貫いとるだけじゃっ』

『……やれやれ、頑固者』

 

 呆れたようなカシューの声。

 

 いきなり不安要素しか感じられない店となった気がするが、とりあえずオルカも店内に入る。シスカもついて来てくれた。

 

 土を踏む音から、木の床を踏むくぐもった音に変わる。

 

 店内は、あまり整然としているとは言い難いものだった。

 壁に飾り揃えられているエフェクターの数々はそれらしいのだが、それらの下にはマグロ型ゴーレムの頭部やムカデ型ゴーレムの胴体の切れ端などの鉄屑が雑多に寄せ置かれている。どれも綺麗に切り取られていた。

 そして今いる入口から見て奥の方にはカウンターがあり、その向こう側にいる人物がカウンター越しにカシューと話していた。

 

 ところどころススの付いた作業着に包まれたその体型は小柄な痩せ型。ところどころ細かい皺の入った顔からして年齢は初老くらいだろうか。申し訳程度に伸びた頭髪は白化しており、それと同じ色の口ひげを豊かにたくわえている。眉間に深い皺が寄っているせいで目つきはややキツく、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出す元となっているような気がした。

 

「えーっと……この人がこの店の主人にして主任技術者、ケルサック・トランバードだ」

 

 カシューはばつが悪そうな顔で紹介する――あんな口論の後なのだから当然かもしれない。

 

「ほらマスター、客だぞ」

「ふんっ、冷やかしならごめんじゃぞ」

「客に八つ当たりするなってば」

 

 ……なんだか不安になってきた。

 

 ケルサックはオルカに目を向けるとフン、と鼻を鳴らし、

 

「んで何か用かね? 「今使ってるエフェクターが役に立たないから、新しいのを買いに来た」というのなら即刻回れ右だ」

「え、いや、その……」

 

 そうではないはずなのだが、オルカはケルサックの態度に圧されて言葉に詰まってしまった。

 

「マスターはさ、エフェクターを使い捨ててゴミ扱いするような真似が嫌いなんだってさ」

 

 そんな自分の気持ちを和らげようとしたのか、カシューは軽い調子でそう話してきた。

 

「当たり前じゃわい。自分が心血を注いで作り上げたモノをゴミ扱いされて、いい思いをする技術者などこの世にいるものか。皆口に出さないだけで、本当は大なり小なり心を痛めている。ワシはその気持ちが人一倍強いというだけだ」

「でもよマスター、マジな話、折り合いをつけるってのも大事だろうぜ。硬いもん同士がぶつかったら必ずどっちかが砕けるんだ。だけど片方が柔らかくなりゃ、どっちも砕けずに済むだろうよ。だいいちウチは客商売なんだから」

「……ふん、考えておくわい」

 

 カシューは「やれやれ」と両手のひらを上に向ける。

 

 オルカはカウンターに歩み寄り、改めてケルサックに持ちかけた。

 

「えっと…………別に新しいエフェクターが欲しいわけじゃないんです。ただ、修理して欲しくて……」

「修理? 何をだ?」

「ちょっと待っててください」

 

 オルカは鞄の中の八割ほどを占めていたソレを掴み出し、カウンターの上にガチャリと乗せる。グローブ型のエフェクター『ライジングストライカー』だ。

 

 故障しているのは片方だけだったが、二つでひと組なので両方出しておいた。

 

 途端――ケルサックの厳つい眼差しが大きく開かれた。

 

「……これは」

 

 ケルサックはおもむろにグローブの片方を手に取り、せわしない手つきでそのフォルムを撫で回す。

 

 そのリアクションを見て、そんなに重大な故障なのかと一瞬焦ったが、ケルサックの顔を見てすぐにそうではないと分かった。

 

 『ライジングストライカー』を見つめる彼の表情から、何かを懐古するような感情が認められるのだ。

 

「あの……どうしたんですか?」

 

 オルカは思わず尋ねた。

 

 するとケルサックは顔を上げ、

 

「……坊主、このエフェクターは今でも使っているのか」

「へっ? は、はい。確かに随分古いエフェクターみたいですけど、ボクは使ってます」

「なぜだ? 旧式であるはずのコレのどういう点を気に入って使っている?」

「えっと……」

 

 なんだろうか。さっきまで乗り気じゃない感じだったのに、急に詰問モードだ。

 

 だがなんとなく答えなければいけない気がしたので、オルカは口を開いた。

 

「ボクのクランクルス無手術と相性がいいからです。ボク単体の力じゃ、まだゴーレムを一発で倒すことはできないですけど、このエフェクターがあればパワー不足を補えるのでとても重宝してます」

「重宝、か……そうか……」

 

 その言葉を皮切りに、ケルサックは顔を伏せて小さく震え始めた。

 

 オルカは思わず半歩後ずさりする。もしかして、何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。

 

 ケルサックの肩の震えが急激に増幅。

 

 そして、爆発した。

 

 

 

「――ふあっはっはっはっはっはっはっ!! そうかそうか!! やー、こりゃ嬉しいのーー!!」

 

 

 

 爆笑だった。

 

「て、店長さん……?」

 

 突然かつ予想外な反応にオルカは戸惑いを抱きながらも、今なお景気よく笑っているケルサックに声をかけた。

 

 すると彼はカウンター越しにオルカの肩をポンと叩き、さっきまでの機嫌悪さが嘘のような笑みを浮かべて言った。

 

「ありがとうな坊主。実はそのエフェクターはのう――このワシが作ったモンなんじゃよ」

「そ、そうなんですか!?」

 

 驚きを隠せなかった。

 

 昨日を含め、共に何度も死線をくぐり抜けて来た愛機の開発者に、こんな形で出会うなんて。

 

 ケルサックは先ほどと同じ、懐かしむような眼差しを手元の『ライジングストライカー』に向けつつ、

 

「ああ。もう随分昔、ワシが技術者としてまだ駆け出しの若造だった頃じゃった。あの頃はまだまだ未熟でのう、他人からしてみれば「ゴミ」と言われるような、箸にも棒にもかからないものしか作れんかったで、随分悩んだものじゃ。だがそれを今時使っていて、なおかつ「重宝する」と言ってくれる若者がおった。技術者として嬉しくてたまらんわい。捨てる神あれば拾う神ありとはまさにこのことじゃな!」

「ど、どういたしまして……」

 

 ケルサックは再度オルカの肩を叩き、機嫌よく口にした。

 

「喜べ坊主。特別サービスで修理代は格安にまけてやる」

「い、いいんですか?」

「構わんよ。まあちょっとそのへんのガラクタの上に座って待っとれ待っとれ。三十分もあればすぐに終わるからの」

 

 ケルサックはそう言うと『ライジングストライカー』を抱え、カウンターの奥にある扉に入っていった。

 

「…………あんな上機嫌なマスター、久しく見なかったぜ」

 

 カシューが感心したように、ケルサックの入った扉を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、三十分弱が経った後。

 

「ふう……終わったぞ」

 

 カウンター奥の扉から、額の汗を作業着の袖で拭いながら出てきたケルサック。

 

 そして、片手に持っていた大きめの紙袋をドサリとカウンターの上に置いた。

 

「ほれ、完成じゃ。持っていくがよい」

 

 ケルサックの合図とともに紙袋の中を覗き込む。『ライジングストライカー』が入っていた。

 

 それを取り出し、まじまじと見回す。

 

 何度もゴーレムを殴ったことで付いた細かい傷は残っているが、そこかしこに目立っていた汚れは綺麗に拭き取られていた。ツヤすら見られる。

 

 軽く感動すら覚えた。

 

「「十倍(ライジング:テン)」を使った影響でオーバーヒートしていた部品は全て取り替えた。そこは簡単な作業だったぞ」

「あ……ありがとうございます」

 

 オルカはグローブを胸に抱き、ペコリと頭を下げた。

 

「あともう一つ、特別サービスでもう一つオマケもつけておいてやったぞ」

「オマケ……ですか?」

「おうとも。『ライジングストライカー』に新しい機能を積み込んだ」

「え……新しい機能?」

 

 ケルサックは頷く。

 

「えっと……それって「十倍」を使うとオーバーヒートする症状がなくなったり……とかですか?」

 

 少し期待しながらオルカは訊いた。この症状がなくなれば、戦闘は幾分か楽になるかもしれない。

 

 だがケルサックは申し訳なさそうにかぶりを振って、

 

「うんにゃ。申し訳ないが「十倍したらオーバーヒートを起こす」という欠点を直すには、この『ライジングストライカー』自体を一から組み直さねばいかん。まず一週間はかかる。それだと次の調査に間に合わんじゃろ」

「そうなんですか……って、あれ? どうしてボクが未踏査迷宮を調査してるって分かったんですか?」

「この辺じゃ見ない顔だからのう。なんとなく余所者だと分かったわい。そして今、外から冒険者が集まるイベントといったら、十中八九未踏査迷宮の調査じゃ」

 

 なるほど、とオルカは納得する。

 

 そして改めて尋ねた。

 

「それで、新しい機能というのは?」

 

 それに対し、ケルサックはニヤリと口端を歪め、

 

「これから教えよう――まずは外に出ようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、約束通りシスカに代金を払わせて――ちなみにその額は申し訳なくなるくらい安かった――オルカ、シスカ、カシュー、そしてケルサックの四人は、街からさらに南へ外れた所にある草原にやってきた。

 

 羽毛のように柔らかそうな草がびっしりと緑の大地を作り出しており、数少ない広葉樹があちこちから背を伸ばしていた。

 

 そして、それらの緑の中にただ一つ、場違いな巨岩がどっしりと座っている。

 

 四人は、その巨岩の前にいた。

 

 両手に『ライジングストライカー』を装備したオルカが、自分の身長の二倍はあるであろう巨岩と向かい合っている。残り三人はその後ろに立っていた。

 

「坊主、これから新機能について説明する。構わんな?」

「は、はいっ」

 

 ケルサックの確認に、オルカはやや慌て気味に返事をした。

 

「よし。まず手始めに『ライジングストライカー』の点滅灯をいくつでもいい、光らせるのじゃ。この新機能は点滅灯を光らせて打撃の威力を倍加させている時でなければ使えない」

「はいっ」

 

 オルカは片方の『ライジングストライカー』の点滅灯を一つ光らせ、その拳を脇に構える。

 

「よし。それではその場所から動かずとどまった状態で、突き出した手が外れてどこまでも飛んでいくイメージを浮かべながら、その構えた拳を真っ直ぐ打て」

「え? でも、距離が随分ありますよ? これじゃあの岩に当たらないんじゃ……」

「いいからやるのだ。答えはすぐに分かる」

 

 そう急かされ、オルカはとりあえず言われた通りにすることにした。

 

 脇にある拳に一層意識しながら、鼻先を数メートル先の巨岩へ向ける。

 

 そして、オルカは爪先から頭までの全てを渦のように螺旋運動させる。

 

「『旋鑽拳(スパイラルビート)二倍(ライジング:ツー)』!」

 

 手が外れてどこまでも飛んでいくイメージを浮かべながら、その螺旋運動の力を込めた正拳を突き出した。

 

 普通ならば、拳が空気を鋭く割く音が聞こえるだけで、目の前の巨岩には傷一つ付かない――はずだった。

 

 だが拳を伸ばし切った瞬間、腕の可動域の限界を無視して手首が伸びるような感覚。

 

 なんだこの感覚は――そう思おうとした瞬間、「バゴォン!!」という砕ける音が耳に轟いた。

 

 何かが向かい側から高速でいくつも飛んできて、ぴしぴしと頬に当たる――石粒だった。

 

 見ると、眼前の巨岩のうち、突き出した拳の延長線上の部分が大きくえぐれていた。

 

 螺旋軌道を描きながら掘り進まれたような深い窪み。その端が崩れ、先ほどと同じ色の細かい石粒がパラパラと落ちる。

 

「……え?」

 

 オルカは唖然とした。

 

 あの巨岩は、未だ突き出された自分の拳の遥か先。直接拳を当てていないのだ。 

 

 だというのに、その巨岩が大きく破損している。

 

 そんな心情を読んだのか、ケルサックはオルカの隣に歩み寄って来て、

 

「どうじゃ? これが新機能――『衝撃発射(シュート)』だ」

衝撃発射(シュート)……」

「そう。グローブに伝わった力を倍化させ、さらにその倍化させた力を衝撃波に変換して前方へ撃ち出す機能じゃ。これがあれば、遠くの敵や空中の敵にも攻撃することができる。まあ、一回の使用エネルギー量が少し多いから、乱発は禁物じゃがな」

 

 オルカは嬉々として『ライジングストライカー』を見つめる。

 

 エネルギーバーの減り幅がやや大きいが、近距離戦だけでなく、遠距離攻撃もできるというのは実にありがたい。

 

 近接武器で遠距離攻撃型のゴーレムに挑む面倒臭さは、アリ型ゴーレムを相手にしてきたことでよく知っている。

 

「あ、ありがとうございます! 店長さん!」

「なぁに、ワシの作品を使ってくれとる若いモンへのささやかな餞別じゃよ。調査中にまた故障したら来るといい。安くしとくよ。――っと、そうだ、忘れとった」

 

 ケルサックは突然思い出したような仕草を見せると、カシューの顔を見て言った。

 

「いきなりですまんがカシュー、ジャンクハンターの仕事を頼みたい。次に作る機械の材料に必要な部品が不足しとるのだ」

「ほう? なんすか、それは」

「今度作成するエフェクターはその機能の都合上、機体内部に高熱を帯びやすいものでのう、オーバーヒート防止のためのサーモスタットを獲ってきて欲しい。場所は分かるな?」

「ああ。アンディーラ最西端の迷宮にいるトカゲ野郎が持ってたな。オーライだ。今から準備して行ってくるぜ」

 

 カシューはそう意気込むと、オルカの方を向いて、

 

「おうオルカ、お前も兄ちゃんと来るか?」

「いいの? 仕事なんでしょ?」

「構わねーよ。どうせゴーレムぶっ倒して部品取るだけだからな。それに――冒険者としてのお前の腕前も見てみたいしよ」

 

 ニッと気の良い微笑を見せるカシュー。

 

 オルカはしばし考えたが、

 

「――それじゃ、行こうかな」

 

 やがて、そのように承諾した。

 

 カシューがこちらに興味を持つように、オルカもまたカシューの戦い方に興味があったのだ。

 

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