迷宮都市アンディーラとは、パライト村から100キロほど離れた場所にある大きな町だ。
「迷宮都市」という呼称は、多くの
その名に違わず、アンディーラには町のあちこちに迷宮があり、そこに出現するゴーレムの戦闘力も比較的高いので、大きめのアルネタイトがたくさん採れる。そのため、冒険者の活動も活発だという。
活発なのは冒険者だけではない。エフェクターやその他の機械を作る技術者もだ。
たくさんの迷宮がある分、出現するゴーレムのバリエーションも豊富である。そのため、それらのゴーレムの体内から色々な部品を集められる。技術者たちは採れる部品のバリエーションの豊かさだけ、あらゆる種類の機械を作ることができる。年に一度、町中の技術者同士が腕を競い合うコンテストまで開くほどだ。
そんな場所で――また新たに迷宮が発見された。
そして、その迷宮の調査依頼を受けたオルカ・ホロンコーンは、一ヶ月後――そのアンディーラへとやって来た。
「――あの、ありがとうございます」
車両の片側の座席から降りたオルカは、運転席に座る恰幅のいい中年男性に深々と頭を下げた。
男性は人の良さそうな笑みを浮かべて親指を立て、
「なぁに、いいってコトよ。旅は道連れ世は情け、ってな。それよりオメェさん、冒険者なんだよな? いやー、まだ若いのに感心感心。あんな鉄のバケモンと殴り合うなんざ、おじちゃんじゃおっかなくて無理だかんなぁ」
「い、いや、ボクなんてまだまだですって。ランクは一番下のアイアンですし」
オルカは胸に付いたソレを一瞥して、そう謙遜して返す。
――火を抽象化したデザインの、灰色のバッチ。
これは、冒険者であることを示す「冒険者バッチ」だ。
オルカは男性に冒険者であることは言っていない。冒険者だと分かったのは、胸に付いたそのバッチを見たからだろう。
「そういや冒険者って、そのバッチの色でランク分けされてるんだっけか?」
「あ、はい。そうなんですよ」
オルカは首肯する。
冒険者のランクは「クリスタル」「ゴールド」「シルバー」「ブロンズ」「アイアン」の五段階だ。
これは実力を測る物差しであり、そして身分証明である。調査の結果危険だと判断された迷宮には、特定のランク以外入れない事がたまにあるのだ。
ちなみに自分は最下位のアイアンクラスである。それを裏付ける形で、自分の冒険者バッチは輝きの無い灰色。
ランクが昇格するたびにバッチの輝きは増していき、最後にはクリスタルクラスの証である、透き通る水晶のバッチが渡される。だが、そこまで到れる者はごく一握りだ。もしなることができたなら、その人物は国のお抱え的立場となり、一生の安泰を約束される。
「ま、頑張れよ、ボウズ! おじちゃん応援してっからな」
男性はそう言い残すと、再び車を走らせ、後ろに連結した荷台とともに離れていく。
大きな車体は徐々に小さくなっていき、やがて見えなくなった。
――この世界には『
大昔では馬に車を引かせる「馬車」なるものが存在したが、すぐに廃れ、伝統を重んじる一部の貴族以外は全く使わなくなった。
理由は簡単。アルネタイトを動力とする機械の登場である。
車は機械化され、より速い速度と持久力、応用性に富んだものとなった。「
この石車は現在、物流、運送、工業など、あらゆる用途に利用されている。
オルカは先ほどの男性に再度心の中で感謝すると、振り返り、やって来た街を広く見渡した。
雄大な山脈を背景にしたその大きな町には、大小様々な建造物が林立している。それに比例するように道行く人々の数も多い。背の低い建物や家がポツリポツリとある程度だったパライト村にずっと住んでいたオルカの目には、その町の光景がとても新鮮なものに映った。
自分の遠く真後ろの断崖絶壁には、茜色の夕日を反射する群青の大海原が広がっており、飛び交う海鳥たちの鳴き声が時々聞こえてくる。
ここに来るまでの長い道のりを思い出し、オルカは少しばかりホロリとした。
この国――オブデシアン王国内には「旅客輸送車」という、町から町へ乗客を運ぶ公共の石車が通っている。これに乗れば他の町へ楽に移動することができた。
だがオルカは、それを使う事が出来なかった。
お金がなかったためである。
片道一、二回分の運賃なら持っていたが、パライト村からアンディーラまではかなりの距離があり、一回二回の乗り換えではすまなかったのだ。
そのため、アンディーラの方向へ進む石車に可能な範囲まで乗せてもらい、それを何度も繰り返してここまで来たのだ。
何度か手酷く拒否されて落ち込んだが、親切に乗せていってくれた人も少なからずいた。先ほどの男性もその一人である。
そう。自分がこの街へ遠路はるばる来れたのは、そういった優しい人たちの助力があってこそだった。
世の中、そう悪い人ばかりではない。そう思わせてくれる素敵な体験だと思った。
気を取り直し、オルカは町中へと歩き出した。
建物の間の細道へ入り、しばらく歩くと大通りの端へと出た。
小奇麗な灰色の煉瓦が敷き詰められた幅広い道路を、見たこともないほど大勢の人々が通行していた。
その道の中央辺りを荷物運搬用の小型石車などが左右行き交い、両端には多くの店が軒を連ね、精力的に商いに勤しんでいる。
「わぁ……!」
オルカは我知らず感嘆の声を漏らす。思いっきり田舎者丸出しの反応だったかもしれない。
見ると、道行く人々の中には、冒険者バッチを付けている者がいた。それも一人二人ではない。少し見回せば苦労なく見つかる。
冒険者の活動が盛んだという情報は、嘘ではなかったようだ。
同じアイアンのバッチもいたが、自分より一つ上のブロンズクラスの者も多い。中には、なかなかお目にかかれないシルバークラスまでいた。
ランクを昇格させるには、冒険者協会が定めたテストメニューを通過しなければならない。自分はまだ受けたことがないが、彼らはそんな厳しいテストを通過した者たちなのだ。
そんな彼らを見て、一瞬、自分がひどく場違いな存在のように思ってしまった。
だが、自分だってそれなりの準備をしてきたつもりだ。
オルカは鞄をまさぐって「ある物」を取り出した。
片手に収まるほどの大きさのソレは円盤状の形をしており、表面には中心に点が一つ付いた丸い画面がはめ込まれている。今は真っ暗だ。
これは『アルネタイトレーダー』だ。
周囲に存在するアルネタイトのエネルギー反応を感知し、その現在位置を画面に映し出す機械。
これによって、ゴーレムがいる位置を前もって知る事ができる。
冒険者が使うエフェクターやシールド装置にもアルネタイトは使用されているが、人間の使う加工アルネタイトの発するエネルギーは、加工前のとは質が違う。そのため、ゴーレムのアルネタイトの反応と間違えることなく、明確に区別できる。
ちなみにお金があまりなかったのは、これを買ったせいだ。
「蟻塚」で稼げる額はあまり多くない。なので稼いだお金を旅客輸送車の運賃に当てようか、レーダーを買うお金に当てようかをマジで悩んだが、最終的には交通よりも迷宮探索の方にお金をかけようと思った。これから向かう所は、何が起こるか分からない未知の迷宮。できる限りの準備はしておこうと考えたゆえの投資だった。
それだけの気合を入れてここに来たわけだが、まずはやるべき事が一つあった。
それは――宿泊施設を見つけることだ。
◇◇◇◇◇◇
冒険者協会アンディーラ支部は、パライト村のそれと比べて大きな建物であった。
オルカはそこの受付にて、依頼受諾名簿に名前が載っている事の確認をされると、事務的な口調で、用意された宿の場所を教えられた。
「遠方通信装置」という、遠く離れた者とも連絡を取れる機械がある。貴族などの一部の金持ちくらいしか手の出せない超高級品だが、冒険者協会支部、本部には職務のために必ず設置されている。
未踏査迷宮の調査依頼は、あらゆる町の支部で志願者が出る。各支部は「遠方通信装置」を使って、その者の情報を冒険者協会本部に通達し、書類にまとめるのである。
オルカの名前も、その中に無事記録されていた。
オルカは協会を出て、町中を歩く。辺りはすでに日が沈み、夜になり始めていた。
話によると、食事も宿で出されるらしい。元々、「食事と寝床を保証する」という条件も踏まえて受けた依頼だ。使わない手はない。
そして教えられた宿までやって来て、そこを見た瞬間――全身が硬直した。
「なっ……」
目の前には、まるで貴族の屋敷と見紛うほど立派な館がどっしりと建っていた。
広大な敷地の大半を陣取るほど大きく、屋上を除いて五階建てと背も高い。
どう見ても、平民の自分には縁のなさそうな場所だった。
宿を間違えたのではと思い、石の表札を見ると、そこには協会の職員に教えられた通りの名前――「妖精の方舟(はこぶね)」と彫られていた。
通りすがりの人に尋ねて聞くと、このアンディーラの領主「レッグルヴェルゼ家」当主の息子スターマン・レッグルヴェルゼが、迷宮の調査依頼を受ける冒険者たちのために、高いお金を払ってこの宿まるまる一つを借り受けたそうだ。
――スターマン・レッグルヴェルゼ。
このオブデシアン王国において最も発言力のある名門貴族の一つ「レッグルヴェルゼ家」の三男坊。国一つを動かせる力を持った家柄に名を連ねる、まさしく貴公子だ。
だが父と同じ
今回探索する予定の迷宮も、考古学的な発掘作業中に発見されたものであるそうだ。
未踏査迷宮調査のためとはいえ、高級宿をまるまる一つ借りるというスターマンの剛気さ感謝しつつ、オルカは「妖精の方舟」の入口へ入っていった。
入口のカウンターの従業員に事情を話し、自室の鍵を受け取ったオルカは、宿屋の廊下をおっかなびっくりな足取りで歩いていた。
床は磨きぬかれたような光沢を持つ大理石で出来ていて、自分の顔が映りそうだった。安っぽくて床下に音のこもる、自宅の木製のソレとは全く違う。一歩一歩を踏みしめるたびに、まるで恐れ多いことをしているような感じがした。
鍵も受け取ったし、早速ベッドでゴロンと横になるのも魅力的な考えだったが、それ以上にお腹が減っていた。
なのでオルカの足は、食堂に向かってゆっくりと進んでいた。
従業員に聞くと、すでに食事の準備はできており、他の冒険者も大勢食堂へ行ったらしい。
迷宮探索は早速明日から始まる。
本当は昨日に来たかったが、宿が開かれるのは探索日前である今日からだったので、今朝早くに起きて出発したのだが、なんとか無事に着いてよかった。
明日に備えて、たっぷりと英気を養おう。
しばらく歩くと、大きな両開き戸が見えてきた。
戸の上には「大食堂」と書かれた札。
オルカはその扉を開き、中へ入り、
「すっごーい…………」
目の前の光景を見て、思わずそうこぼした。今日一日で何度目の感嘆だろうか。
豪勢な装飾が施された大きな照明器具の下には、見渡す限りの大広間が広がっていた。
白いクロスがかけられた円卓がいくつも点在しており、それらの周囲を大勢の冒険者たちが食べ物の乗った皿を片手に、立食しながら談笑していた。
部屋の奥には、端から端へ一直線に伸びる長いテーブルがあり、その上には多種多様な料理と、未使用の食器具がいくつも用意されていた。どうやら食べ放題方式のようだ。
オルカはしばしの間立ち止まっていたが、そのままでいても始まらないので歩き出した。
途中で同じ側の足が一緒に出そうになるが、慌てて気をしっかり持つ。どう見ても今の自分は田舎者だろう。
お、落ち着こう。まずは、まずはお皿を取りに行かないと…………。
ぎこちない動作で奥のテーブルまで近づく。
その途中で、そんな自分を見て笑いを噛み殺している冒険者が数人見えたが、今は気にしない。
なんとかテーブルにたどり着いたオルカは、積み上げられた未使用の皿を一枚、フォークを一本取ってから、ズラッと並べられた料理を少しづつ取り、盛り付けていく。
オブデシアン王国の料理は地方によって味わいや見た目に差がある。
王都のある西方の料理は宮廷料理の流れを汲むものが多いため、見た目が上品で、かつ香りが良くクセのない味が特徴だ。
そして、このアンディーラとパライト村のある南方では、比較的塩気の濃い味わいの料理が多い。
テーブルにはあらゆる種類の料理が並んでいたが、オルカは塩気のある料理に慣れ親しんできたので、そういった味に近い料理を盛り付けていった。
ある程度料理を取り終えると、オルカはテーブルを離れ、自分の食べる場所を探すために円卓の集まりへ入った。
だが、ほとんどの場所は人で埋まっており、自分の入れる場所は無いように思えた。
――冒険者には『パーティ』というシステムがある。
複数の冒険者同士が組んで、共に迷宮探索をするシステムだ。
複数人の連携プレーによる安定したゴーレム退治が行える。普通のゴーレム相手でも効果的だが、強力な力を持ったラージゴーレムを相手にするならば必要不可欠だと言われている。
おそらく、一つの円卓に集まる冒険者たちは、同じパーティ同士なのかもしれない。
実は以前、自分もパーティを組もうと思ってあちこち頼み込んだことがあったが、冒険者になって数ヶ月程度の初心者である自分を受け入れたがるパーティは皆無だったため、一度諦めた。おそらく、足でまといだと思ったのだろう。
しばらくおろおろしながら見て回ったが、無人の円卓はもう一つもなかった。
仕方がないので他所のパーティが使う円卓の中に入れてもらおうかと思い、歩き出した瞬間――何かに足元を取られた。
「うわっ!」
オルカはバランスを崩し、前のめりに倒れた。
そして、両手に持っていた皿の上の料理を、盛大に床にぶちまけてしまった。
「ああ…………やっちゃった」
うつ伏せの状態で台無しになった料理を見て、オルカは情けない声でそうこぼした。早く宿の人に布巾を貰って拭かないと。
でも――一体何に足を引っ掛けたんだろう?
そう考えながら立ち上がろうとする途中、ぶちまけられた料理を――ブーツを履いた足がグチャッと踏みつけた。
突然のことに、オルカは四つん這いの状態でぽかんとする。
そして、ゆっくりと顔を上げると――
「――ハロー、アイアンのボクちゃん」
そこには、人相の悪い二人の男が仁王立ちしていた。
禿頭の男と長髪の男。
二人は、まるで面白い玩具でも見つけたような表情で自分を見下ろしていた。
「あ、あの…………なんでしょうか?」
オルカは居心地の悪さを感じながらも、愛想笑いを浮かべてそう尋ねた。
昔からこういった「いかにも」な種類の人間は苦手だった。睨まれていようがいまいが、なかなか強く出ることができない。
「なんでしょうか、か…………なぁボウズ、俺ら今お前に何したと思う?」
禿頭の男がニヤついた表情でそう返す。
「え、えっと、ごめんなさい、分からないです……あは、あはは」
誤魔化すように乾いた笑いを浮かべながら、オルカは立ち上がり、少しづつその場から下がる。
「そ、それじゃボク、布巾を取りに行かないと…………」
この連中から離れたいというのが本音だったが、布巾を貰いに行くという建前を掲げ、背を向けて早歩きした。
だが再び、足元が何かに引っ掛かり、前へ勢いよく転倒する。
地に伏したまま後ろを振り返ると、さっきまで自分の足があった場所に片足を投げ出している、痩せた男が立っていた。
――どうやら転んだ原因は、足を掛けられたことのようだ。
自分の足を掛けた痩せた男は、二人の男の元へ歩み寄り――仲間のようだ――冷笑を浮かべて言った。
「――正解は「格下に対する挨拶」だよ」
見ると、三人の胸には――赤銅色に輝く冒険者バッチが付いていた。
「ブロンズ……クラス」オルカは我知らず呟く。
禿頭の男がしたり顔を浮かべ、
「そうよ。オメェの先輩様だよ、アイアン。オメェ、さっきから動きがどうにも田舎モン臭ぇからよぉ、俺らが都会の礼儀を叩き込んでやろうと思ってな。親切だろぉ?」
「そ、そうですね…………ありがとうございます……それじゃあボクはこれで…………」
そう煙に巻いて立ち去ろうとしたオルカの首に、禿頭の男はガッと乱暴に手を回し、
「まぁそう言うなや。ブロンズの俺らが冒険者の何たるかを教えてやっからよぉ」
「で、でも、床拭かないと……」
「ああ!? テメェ、先輩様と話すことより、汚ぇ床拭く用事の方が大事だってのかぁ!!」
「ひっ……」
小さな悲鳴を漏らして縮こまるオルカに、長髪の男が追い打ちとばかりにこちらの胸ぐらを掴み、暴言を吐いてきた。
「つぅか、生意気なんだよ小便臭ぇガキがぁ。未踏査迷宮探索はガキの遊び場じゃねぇんだよ。あそこにあるお宝は俺ら格上のモンだ。格下のアイアンはそこらのヘボ迷宮でシコシコ小金でも稼いでろやタコ」
「ご、ごめんなさい……」
思わず謝ってしまったオルカ。
だが一方で、密かに拳を強く握り締める。
明らかに悪いのは向こうのはずなのに。どうして強く反発できないんだろう。
「……ん? なんだこれ?」
痩せた男がそう言って、床から何かを拾う。
それは、オルカのアルネタイトレーダーだった――さっき転んだ時に、鞄から落としたんだ。
「すみません……それボクのです。返してください……」
「あぁん? どれどれ」
そう言って禿頭の男がレーダーを受け取り、品定めしてから、
「ケッ、生意気にも俺らより新しいやつ使ってやがるぜ。アイアンのカスのくせに…………おい喜べガキ。このレーダーはたった今から俺らブロンズ様が有効活用してやるぜ」
「なっ…………かっ……返してください!」
オルカは意を決して長髪の男を振りほどき、禿頭の男が持つレーダーに手を伸ばそうとした。
だが、オルカの手が届くよりも――禿頭の男が銃を構える方が若干早かった。
「動くんじゃねえよ」
男が両手に構えたその武器を見てゾッとした。初めてエフェクターを買いに行った時、カタログに載っている「アレ」を見たことがある。
エネルギーランチャー『ハウラー』――直径二十センチほどの熱エネルギー弾を撃ち出す、遠距離攻撃用エフェクター。
その銃口が、自分に真っ直ぐ向いていた。
エネルギーを無駄にしないために、冒険者は迷宮の外ではシールド装置の電源を切る。今の自分もそうだ。男が引き金を引けば、自分の体に大穴が空くだろう。そう考えるだけで身が竦む思いだった。
禿頭の男は、はっきりとした嘲りの笑みを浮かべて吐き捨てた。
「いいかクソガキ。冒険者の世界ってのは実力至上主義だ。格下は格上にヘーコラしてりゃいいんだ。それが常識ってもんだろーが」
――ちくしょう。
人間の持つ怖さは、ゴーレムのソレとは質が違う。
ゴーレムは喋らない。ただ攻撃を仕掛けてくるだけだ。
だが人間は違う。危害も加えるし、罵倒や侮辱もしてくる。体も心も一緒に傷つけにかかる。そこに知恵が入るとさらにタチの悪いものとなる。
アリ型ゴーレムのミサイルやエネルギー弾には慣れても、人間の悪意には未だに慣れることができない。
そう、だからこそあの日――「あの娘」にあんな仕打ちをしてしまったのだ。
結局、自分はあの日からほとんど変わっていない――勇気が足りない。
今だって反撃するどころか、あの銃口を前に彫像のように固まっていることしかできないのだ―――
「――そんな常識、聞いたこともないなぁ」
その時、声が聞こえた。
それは男のものだったが、この三人のうち、誰のものでもなかった。
声のした方を見ると、少し離れた場所に――一人の青年が立っていた。
背が高く、全身に焦げ茶色のマントをまとっている。その色より明度の高い茶色に染まった髪の下には、甘いマスクと形容できる整った顔立ちがあった。
「んだぁ、テメェは?」
禿頭の男が眉間に皺を寄せて誰何する。
「俺かい? 俺はパルカロ・ロディルエトゥン。しがない冒険者さ」
パルカロと名乗ったその青年は、ヘラヘラと笑いながら軽快な口調で続ける。
「とりあえず、そのアイアンの子をイジメるのはやめたまえよ。これから同じ迷宮を探索する冒険者同士、もっと仲良くしなきゃ」
「うっせぇよ、イジメてんじゃねぇ。人の道教えてんだよ。すっこめモヤシ野郎」
禿頭の男は睨む目をさらに鋭くし、それをパルカロに向ける。
「可愛い後輩冒険者の足を引っ掛けた上、意味不明な理論を掲げて因縁つけてストレス発散。挙句の果てには人の物を堂々と懐に収めようとする――俺だったらそんな野党みたいな人からは何も教わりたくないなぁ~~」
パルカロは煽るような口調で声高に言った。
次の瞬間――禿頭の男の顔が激しい険を帯びた。
自分に向けていた銃口の照準を、パルカロに合わせようと「バッ!」と迅速に体を捻ろうとする。
だが――パルカロが懐から銃を抜くスピードの方がもっと速かった。
パルカロは相変わらずヘラヘラした顔で、だがそれでいて眼光を鋭くして告げた。
「おっと動くなよアミーゴ。少しでもその『ハウラー』を動かしたら――君のその悪そうなオツムに綺麗な通気孔ができるぜ?」
パルカロの片手にある銃を向けられ、禿頭の男は驚愕と恐怖が入り混じった表情を浮かべる。
彼が持っているのは、禿頭の男の『ハウラー』を片手に持てるほど小型化、軽量化したエフェクター『ハウラー・ジュニア』だ。単純な破壊力では『ハウラー』に数歩劣るが、速射性と貫通力に勝る。
だが、オルカはそれ以上に驚いていることがあった。
エフェクターを構えたことによってパルカロのマントがめくれ上がり、その中の痩躯が露わになっていた。
そして、その胸の片側にあるのは、白銀の輝きを放つ冒険者バッチ――シルバークラスの証だった。
ブロンズよりも、遥かに見る頻度が少ないと言われているバッチ。
初めて見るその銀の輝きに、オルカは目が眩む思いだった。
「この野郎!」
だが、横合いからパルカロへ掴みかかろうとしていた長髪の男の怒鳴り声で、オルカはハッと我に返る。
パルカロは銃を構えたまま、向かって来るそいつへ一瞥もしない。
「危ない」という言葉がオルカの喉を通ろうとした刹那――長髪の男の後ろから大きな影が差した。
「ぐあっ! いてて、何しやがる!? 離しやがれ!」
そして気がつくと、長髪の男はいつの間にか背後を取っていた坊主頭の大男によって腕の関節を極められ、その顔を苦痛で歪めていた。
壁のようなその巨体は、二メートルに達するか否かと思えるほどだった。岩石のように厳つく、そして迫力のある顔はその巨体と実にマッチしており、まるで歴戦の軍人を彷彿とさせる。
その大男の胸にも――パルカロと同じ銀のバッチが付いていた。
――この人もシルバー?
「恩に着るぜぇ、セザンちゃん」
パルカロはその大男を横目に見ながら、これまでと変わらず軽い話し方で感謝を告げる。大男は表情一つ変えず黙ってコクリと頷いた。
――この人たちは一体?
「な、なんなんだよ、お前ら…………?」
一人残された痩せた男が、オロオロした様子で自分の気持ちを代弁して訊いてくれた。
なかなか会えないシルバークラスの冒険者が、それも二人が、自分を助けてくれているという事実に、オルカは現実感を未だうまく持てずにいた。
「――そこまでよ」
さらにもう一人分、声が耳に届いた。
だが今度は、凛とした響きを持つ女性の声だった。
声の聞こえた方向からカツッ、カツッと規則正しい靴音が近づいて来る。
振り向くと、そこには二人の女性がいた。
二人のうち背の低い方は、女性というより少女と言える外見だった。
年齢的には自分と同じくらいで、蜜柑色のポニーテールが目立つ、気の強そうな顔立ちの美少女。
そのスレンダーな肢体は、腕や足の露出の高い軽い服装に包まれていて、薄い胸には銅色の冒険者バッチが付いていた――ブロンズクラス。
「――武器を納めなさい。あなたがたのエフェクターはゴーレムを倒すためのもの。弱い者を恫喝するための暴力では断じてありませんよ」
その少女の隣に立つもう一人の女性が、聞こえてきたのと同じ声で厳しくそう言った。
「―――!!」
その女性を見たオルカは、あまりの驚愕で心臓が止まりそうになった。
女にしてはかなりの長身で、自分よりも高い。背中に棒が入っているんじゃないかと思えるほど姿勢が良く、細身だが出るところはしっかり出た抜群のプロポーション。
艶やかで長い黒髪をサイドテールに束ねており、しっかりとした意志の強さを感じさせる美貌がその下にあった。
「なあっ!? ゴ、ゴールドだとっ!? アンタ一体……?」
痩せた男は、今にも飛び上がらんばかりの驚きを見せた。周囲に目を巡らせると、その仲間である二人の男も驚天動地といった表情。
彼らの視線は、やって来た黒髪の女性の胸元に集中していた。
彼女の冒険者バッチは――黄金色に輝いていたのだ。
金色。すなわち―――ゴールドクラス。
シルバー以上に見られる機会が少ない輝き。
最高位のクリスタルクラスは狭き門、まさしく神の領域だが、その一つ下のゴールドクラスも取得できる人間はごく一握り。まさしくプロ中のプロ。
もちろんそれに対しては驚きだ。
だがオルカは、それとは別の方向に驚いていた。
その黒髪の女性は―――「あの娘」によく似ていた。
いや、似てるなんてもんじゃない。「面影」という名の、過去との繋がりを確かに感じたのだ。
それくらい似ていた。自分が昔――残酷な仕打ちをしてしまった「あの娘」に。
とはいえ、まだ本人であるかどうかが分かっていない以上、オルカの感じたことは疑念の域を出ていなかった。
だが、次の瞬間―――その疑念は「確信」へと変わった。
蜜柑色の髪の少女が黒髪の女性を手で示し、得意げな笑みを浮かべて声高に告げた。
「――神妙にしてよく聞きなさいアホ共! ここに立つお方はゴールドクラスの冒険者にして「クラムデリア兵器術」免許皆伝、マキーナ・クラムデリアお姉様よっ!!」