誰しも年度の始め、新しい環境など今までの生活に変化が齎されると自分をそこに適用させていく。新たに出会った者の顔や特徴、その環境にあるルールを覚え、そこに馴染ませていく。
F組に編入となった呂布もその例外では無い。1週間でようやくF組の面々や学園の教師など、初対面の者の顔を覚えた。これもひとえに、翔一と大和、一子のおかげである。大和の顔の広さには呂布も驚いた。先輩や後輩にも顔が広く、呂布と会いたい、話がしたいという者を昼休みには必ず1人は連れてくる。主に女子生徒。
呂布は別に人見知りでは無い。最初の挨拶以外は、同学年や後輩には普通に話すし、先輩には初めは敬語だが、向こうの許しが出ると普通に話す。呂布は3年間の旅の中で、いろんな人種、数多くの国の人と会話をし、あらゆるものを見てきたおかげで、話題にも事欠くことがなかった。旅先で連絡先を交換した人の数が非常に多いのは、呂布の小さな自慢である。……主に女性の連絡先が大半を占めるが、呂布はそれ程気にしていない。清楚はその事を知らない。
そんなこんなで、第3者を交えつつも大和と話す機会が多かった為、大和とは仲良くなったと思う。そして、偶に大和にくっ付いている京に話を振ったりして最小限の返答だが、話をする様になった。最初は挨拶くらいしか話さなかったので、大した進歩である。
そんな京を、信じられないという思いで見ていた岳人と卓也が話の輪に入って来たりと、F組の面々の内、風間ファミリーと話す事が多くなった。だが、他の者と話さない訳でもない。編入前に知り合った千花とは、普通に会話をするし、クマちゃんこと熊飼満とは、呂布が旅で出会った料理、珍しい食材の話などで意気投合して話す様になった。
そして、今日は学園が休みの土曜日。
今週は島へは帰らず、九鬼本社にいる。街に出て散策でもしようかと思った矢先、廊下でマープルと会った。
「あ、どうも。マープルさん。」
「ああ、呂布かい。ちょうどお前さんを呼ぼうとしてたんだよ。」
「そうでしたか。私に何か?」
「今日は暇かい?」
呂布は一瞬考えた。マープルがわざわざ来るというのは、些か引っかかる物がある。
「いえ、特に何も。暇だから街に散策しに行こうかと考えてたくらいです。」
だが、嘘をついてまで避ける程では無いと思い、正直に答える。
「そうかい。まあ、暇じゃなくとも連れてくつもりだったがね。」
呂布は苦笑する。
「えっと、どちらに?」
「ふふふ、お前さんに入学祝いさ。」
マープルはそう言い、踵を返す。呂布は黙ってマープルの後についていった。本社を出ると、一台の高級車が停車している。その前に1人、執事の格好をした青年が此方に向け、頭を下げる。
「初めまして。私は九鬼従者部隊序列42位。桐山鯉と申します。以後、お見知り置きを。」
「初めまして。性は呂、名は布、字は奉先と申します。」
呂布は拱手礼をとる。
「では、行こうかね。」
マープルの声に、桐山が車のドアを開ける。マープル、呂布が乗り込むと桐山は運転席に座る。
「マープルさん。入学祝いと言いましたが、何か物とかでは無いのですか?」
「物では無いね。物なら持ち運びできる物を選んで渡すさ。」
「なるほど。確かにそうですね。」
車が走り出して10分程、呂布達は九鬼本社からそれ程離れていない埋立地に来た。埋立地全体をフェンスが覆い、入り口には警備員が3人立っていた。警備員を横目に中に入ると、
「牧場…ですか?」
そこは青々とした牧草が生え、木造の牛舎やプレハブ小屋が建っている。奥には木々が生い茂っており、木の柵で囲われた中に羊やら牛やらがちらほら見える。
「ついてきな。」
車を降り、マープルが他と比べて少し大きな小屋に向かったので呂布はその後を追う。小屋に入ると幾つかの机と、その上に紙の束が置かれている。どうやら此処はこの牧場の事務所の様だ。
「おお。マープル様。お久しぶりです。」
机に座っていた男性が立ち上がり此方に近づいて来た。体格の良い、作業着に身を包み顎髭を蓄えた男性だ。
「久しいね。藤堂。調子はどうだい。」
「ええ。相変わらずでさぁ。」
藤堂と呼ばれた男性とマープルは軽い挨拶を交わす。三言ほど言葉を交わすと藤堂は此方を見てきた。
「それでマープル様。其方の若いのは?」
「初めまして。私はーーーー。」
「ちょっと待ちな。」
呂布が挨拶をしようとしたら、マープルが声を被せる。
「名乗るのは、今日来た件を片付けてからにしようじゃないか。」
マープルが口角を上げる。
「…まあ、マープル様がそう言うなら終わってから改めて聞くか。」
「分かりました。」
呂布と藤堂は頷く。
「でもマープル様。本当に行くんですか?」
「ああ。」
「言っちゃあ何だが、彼奴には近づけないと思いますよ。」
「分かってるよ。でも今日は行く価値があるのさ。」
「……分かりやした。では行きましょう。」
藤堂は事務所の壁にぶら下げられていた鍵を持ち、事務所を出て行く。マープルや先程からマープルの後ろに控えていた桐山、呂布はその後に続く。事務所を出て、埋立地の中の方へ進むと横長の木造の建物、そしてそれを囲う様なフェンスが見えて来た。藤堂はフェンスを閉めている錠を鍵で開け、更に建物のドアも開ける。
「今はちょうど、奥にある囲いの中にいると思います。」
建物の中に入る。建物の半分は横に伸びた通路、もう半分は木で囲う空間が横並びに幾つもある。
「馬小屋?」
「ああ、そうさ。」
呂布の呟きに藤堂が答える。通路を右に進み、突き当たりのドアから外に出る。そこは木で囲われ、その中に馬が十数頭、走り回るものや牧草を食べているものなど各々過ごしている。皆、毛並みも綺麗で足が太く、大きい体をしている。立派な馬がたくさんいる中、呂布は一頭の馬に目を奪われる。その馬は囲いの中央、他の馬と比べて、一回りも二回りも大きく見える。他の馬はその馬に近づかない、いや近づけない。その馬から放たれている存在の大きさが他者を易々とは近づかないのだろう。青々とした牧草に囲まれる中、突如現れたかの様に見える。
その色は赤。
呂布がゆっくりとした足取りで近づいていく。その赤は此方をじっと見ている。呂布は目を合わせる。呑まれそうになる。だが目を逸らさない。呂布は太々しく感じるその存在に呑まれる事なく、逆に此方の存在で呑み込もうとする。
後ろで藤堂が呼び止める様に叫ぶが桐山やマープルに止められる。呂布には聞こえない。今、呂布はその赤しか見えていない。
呂布はその赤、その馬の目の前で止まる。互いの目が交錯する。5分だろうか、10分だろうか。馬は耳を揺らし、頭を少し下げる。呂布は微笑み馬の首を撫でる。
「初めまして…いや。また会えたな、赤兎。」
呂布の頬に一筋の涙が伝う。初めて会った筈なのに、こうも懐かしいのは何故だろうか。心の底から出た言葉が、また会えた、だった。
「いや、驚いた…。」
後ろから藤堂の声がする。振り返ると藤堂とマープル、桐山が此方に近づき、藤堂が驚きの余り声を漏らした。
「此奴は俺以外の人間を近づかせない。かく言う俺も必要最低限しか触らせようとし無いし懐かない。」
藤堂は腕を組み、赤兎馬を見る。
「体を洗ってやる時や爪を切ってやるくらいしか誰も近づけやしないから、小屋の中以外でこんなに近づいたのは初めてだ。」
藤堂は呂布を見る。
「お前さん何者だい。」
呂布は一度赤兎の首を撫で、藤堂の方を向き、拱手礼をとる。
「申し遅れました。性は呂、名は布、字は奉先と申します。」
「な……あ……。」
藤堂は驚愕の余り固まる。そして少しして、声を上げて笑う。
「は、はははは!!そうか!呂布か!!」
藤堂は顔を手で覆い肩を震わせながら笑う。
「なるほどな!どうりで赤兎馬が懐く訳だ!」
「くくく。驚いたかい?」
「ははは!!いやー、これは驚いた。」
藤堂は目に浮かんだ涙を拭いながらマープルを見る。
「こんなに驚いたのは、赤兎馬を育ててくれと言われた時以来だ。マープル様も人が悪い。」
「ふふふ。お陰で楽しかったよ。」
マープルは満足そうに頷くと呂布を見る。
「私はこれから用があるから一度本社に戻るが、呂布はどうする?」
呂布は一度赤兎馬を見て、藤堂を見る。
「此処にまだいても良いでしょうか?」
「おう!赤兎馬と話してやりな。」
藤堂が白い歯を見せ笑う。
「では、私は此処に残ります。」
「そうかい。帰り道は分かるね?」
「はい。今日はありがとうございました。最高の入学祝いでした。」
呂布は深々と頭を下げる。
「気に入ったのならいいさ。んじゃ行くよ。」
「俺も事務所に戻るから、何かあれば言ってくれ。」
「はい。」
藤堂とマープル、桐山はその場を後にした。呂布はそれを見送ると、赤兎馬を見る。
「お前とは話したい事がたくさんあるよ。」
呂布の言葉がに答える様に赤兎馬は尻尾を一度揺らす。
「今日はありがとう御座いました。」
「なに、いいって事よ。また何時でも来な!」
「はい!」
日も落ち、辺りが暗くなった頃、呂布は藤堂に礼を言い帰路に着いた。赤兎馬とはたくさんの話をした。九鬼の事、旅での出来事、出会った人々、そして大事な家族の事など。まだまだ、全てを話しきれていない。何日でも側にいて語りたかったが、日が落ちる頃に赤兎馬が今日はもう帰れと言うかの様に呂布の背中を押した。呂布は苦笑いしながら、また来ると言い赤兎馬と別れた。
「ああ、心から溢れ出す感覚は久しぶりだな。」
感情の昂りが此処まで出たのは、この間、旅から帰って来て家族の顔を見た時以来だ。遠くに九鬼本社のビルが見える。あと歩いて15分程掛かるだろう。だが、この高揚とした気持ちを冷やすにはちょうど良い。夜風が心地よく、呂布の頬を撫でる。
「赤兎は家族であり、友だな。」
呂布は赤兎馬とはもう、心が通じ合ったと思う。呂布の話をじっと聞き、それに反応する様に耳や尻尾が動く。そして、赤兎馬からも何か語りかけて来ていたと呂布は思った。人と人では、不可能だと思える語り合いを赤兎馬とは出来る。これも一方的な思いかも知れないが、呂布はそういうものだったと感じた。
4月の半ばを過ぎた。また今日から学園が始まる。平日は学園に行き、週末は時間があれば島に帰る。帰れない時は街の散策、鍛錬、そして赤兎馬に会いに行ったりと時間を費やした。一度紋白を赤兎馬に合わせた事がある。赤兎馬が紋白を蹴り飛ばすのではと不安が過ったが、それは杞憂だった様で赤兎馬は紋白を認め、背に乗せるのを許可する程だった。赤兎馬の背に乗る紋白の嬉しそうな顔を見て、呂布も嬉しかった。
呂布は九鬼本社から歩いて学園に通っている。最初は送り迎えに車は如何かと言われたが、丁重に断った。それを聞いていた英雄が一緒に人力車は如何かと言われたが、あずみが睨んでいたのを見て苦笑いしながら断った。
従者達とは良く話す。ステイシーや李が主な話し相手だ。
九鬼本社から学園へは少し距離がある。朝の鍛錬を行うので、結構早く起きる。1時間程体を動かし、シャワーや身支度をし、紋白と共に朝食をとる。これが此処に来てからの朝のリズムとなった。歩いていると、いつも誰かしらと会うが、今日は誰とも会わなかった。
学園に着き、F組の教室に入り、クラスの面々と挨拶をしながら自分の席に着いた。後ろの方で、大和や岳人など、男子生徒が集まっていた。呂布は気になり近づく。
「おはよう、皆。」
「ああ、おはよう。」
「おっす。奉先。」
「おう。おはよう。」
「何の話をしてたんだ?」
挨拶するやすぐに岳人、福本などが話に戻る。呂布は大和に話しかけた。
「どうやら編入生が来るらしいんだ。」
「編入生?」
「ああ、それが綺麗な女子なんだと。」
「なるほど。だから盛り上がっているのか。」
呂布は大和と話ながら輪になっている男子達を見る。と、そこに梅子が教室に入って来た。
「今日は少し早いが席に着け。知ってる奴もいる様だが編入生が1人、このクラスに入る事になった。」
F組の皆が席に着く。
「よし。では入れ。」
教室に入ってくる人物が1人。皆其方に目を向け、疑問符を浮かべる。
「え、あのおっさんが?」
誰かが、皆が思っている事を漏らした。どう見ても高校生とは思えない。
「えっと、この方は今日転校して来る者の親御さんだ。」
梅子の言葉に少しホッとする。年上過ぎる転校生ではなかなか荷が重い。
「えっと、娘さんは?」
「うむ。あそこだ。」
梅子の質問に、男性は窓を指差す。
「なっなんだ!?」
「うわ!?」
窓の外を見た生徒が驚愕の声を上げる。他の生徒も窓に近づき外を見る。そこには、金髪の女性と馬。正確には学園の制服を着た金髪の女子生徒が馬に乗り、学園に乗り込んで着た。
クロバット一世様、RALD様、感想ありがとう御座いました。
投稿遅れましたことをお詫び致します。今回は何度か書き直したりして何とか捻り出したものなので誤字脱字があるかも知れません。
あと最後の方は、原作が若干うる覚えなのでおかしな点があるかも知れませんがご了承下さい。