一子とクリスの決闘も終わり、F組の面々は教室へ戻る。決闘の余熱がまだ残る中、梅子の着席の声に従い各々席に座る。
「さて、朝のHRの続きだが…。」
梅子は教卓の前に立ち、翔一を見る。
「フリードリヒの事は風間達に任せたいのだが?」
「何でですかー?」
翔一は純粋に疑問に思い梅子に理由を聞く。
「クリスは奉先と面識あんだろ?」
岳人は適任者として呂布を推す。呂布は何か言うのでは無く、黙って梅子の答えを待つ。
「うむ。学園にいる間はそれでもいいかも知れないが、クリスは島津寮に入るからな。お前達の方が長い時間一緒にいるだろう。」
なるほどと、呂布は頷く。島津寮に入ると聞いた京は顔を顰める。
「なるほど。わかったー。」
翔一があっさり了承した。
「それと椎名、フリードリヒはお前の部屋の隣だ。よろしく頼むぞ。」
京が眉をピクリと動かす。クリスはそれに気付いていない様で京に話しかける。
「えっと、椎名。これからよろしくな。」
「………よろしく。」
京が目も合わせず、一言の返事しか無かった事にクリスは面喰らう。その様子に梅子は溜息を吐く。
「…はあ。まあ良い。フリードリヒは席に着け。授業を始める。」
クリスは京の態度に首を傾げながら自分の席に座るのだった。
授業も終わり、放課後になる。
生徒達は授業からの解放感からか雑談に花咲かせている者がちらほら。部活だと言って廊下を走る者など様々。そんな中、呂布はクリスがキョロキョロと教室を見渡しているのに気づいた。
「どうした?クリス。」
「奉先。先ほど椎名に道案内などを頼もうとしたのだがな。部活だと断られてしまった。」
「……おう、そうか。んーどうしたものか…。」
「用があるなら仕方がない。…ところで奉先、この後時間はあるか?あるのなら街を案内して欲しいのだが?」
「それが、僕も用がなきゃ案内をしてあげたいのだが……」
「りょー!行くわよ!」
呂布が言い淀む中、一子が呂布の方へ駆けてくる。
「済まないクリス。今日は一子の鍛錬を見てやる事になっていてな。」
「……そうか。」
「ん?どうしたの、クリ?」
クリスが肩を落とす姿を見て、一子が首を傾げる。てかクリって何だよ、渾名か?
「今クリスの道案内役を捜していてな。適任がなかなか……お!」
呂布は一子に説明しながら教室を見回すと適役だと思える人物を発見した。
「おーい。大和、翔一!」
呂布は2人を呼び止め、2人の元へ向かう。
「んー?どうした、奉先?」
「ああ、実はクリスの道案内役を捜していてな。」
「京はどうしたんだ?」
「……部活に行くと言われたらしい。」
「…京、逃げたな。」
大和は溜息を吐く。
「んー。してやりてえが、俺これからバイトなんだよなー。」
翔一が頭を掻く。
「俺で良ければ案内するよ。」
「お!ほんとか大和。」
「ああ。良いぞ。」
大和は頷く。これも人脈拡大の為でもあり、これから同じ寮で暮らす事になるからクリスの事を知っておきたいと大和は思った。
「感謝する、大和。…おーい!クリス。」
呂布は大和に感謝を述べつつ、クリスを手招きする。
「クリス、今日は大和が街を案内してくれる。」
「直江大和、よろしく。」
「ああ、此方こそよろしく。」
「大和は島津寮に住んでいる。よく話す相手だと思うから適任だろう。大和、クリスを頼むぞ。」
「おう。」
「クリス、今日は無理だが連絡してくれればいつでも付き合おう。」
「ああ!ありがとう、奉先!」
呂布は3人にまた明日と告げ一子と共に教室を出て川神院を目指す。
その道の途中。
「クリスは大丈夫だろうか…。」
呂布は少し不安な思いを呟く。大和とクリスの相性は悪くはないと思っている。だが、クリスは多少柔軟になった様に思えるが根が馬鹿正直だ。軍師の立場である大和の考え方を受け入れられるかどうか。
「大丈夫よ!大和なら!」
呂布の隣を歩く一子が笑いかける。
「まあ、そうだな。」
呂布は今更心配してもしょうがないと思い、気持ちを切り替える。
「ワン子、川神院に着いたら、まず今日の決闘の反省点を改善してくぞ。」
「おっす!」
「……拱手礼は真似しなくていいぞ。」
「えへへー。」
川神市において最も有名であろうものは、やはり川神院だろう。武道や武術で上を目指す者なら一度は聞いた事のある名前だ。総代である川神鉄心を筆頭にルー・イー、そして武神と呼ばれている川神百代。その者達に憧れ、そして近づく為に川神院の門を叩く者は後を絶たない。門下生をこれ程抱えている所も他にはないだろう。
呂布は学園から、一子と共に川神院に来た。川神院に来るのはこれで十を数えるほどになった。それも全て一子の鍛錬に付き合う為である。そして今日もその鍛錬の為に川神院に訪れた。
「さて、それじゃ始めようか。」
「おっす!」
呂布と一子は動きやすい服に着替え、川神院の道場にいる。
「では最初は、決闘の反省として相手全体を視界から外さない為の鍛錬から。これから5分間、僕からの攻撃を避けるか捌くかで防ぐこと。但し、5分間僕の目から視線を外さないこと。」
「わかったわ!」
「5分後に1分休憩、これを3セット行う。いいね?」
「りょーかい!では、お願いします!」
一子が構える。呂布も構え、
「では…始め!」
呂布は掛け声と共に一子に右拳を放つ。一子は呂布の目を見て、腕だけ動かし拳を弾く。直ぐに呂布の左拳が一子の右肩を狙うが、足を上手く動かし躱す。更に右脚で蹴りを放つ。一子は素早く腕で防ぐ。呂布の不規則な攻撃に一子は対応出来ている。
(りょーから目を逸らさずにちゃんと防げているわ!)
呂布と一子の組手開始から3分程たったところで、一子は違和感を覚える。
(あれ?なんか…速い?)
呂布の攻撃に一子は捌くので精一杯になっている事に気がつく。先ほどまでは足を動かし、攻撃を躱したりとしていたのに、今は躱すことが出来ないと判断し腕や脚で防いでいる。と、その時、突然今までより遥かな速さの拳が飛んできた。
「…ぐっ!」
「ワン子、目を逸らすな!」
一子は急に来た速い拳に思わず目で追ってしまう。呂布から叱責の言葉が飛ぶ。
「はい!」
それから数回に1度、速い拳が飛んでくる様になった。そして開始時よりも外側からの攻撃が多くなっていた。一子は何とか目で追わない様にするが、逆に防御が散漫になり攻撃をくらってしまう。そして、呂布が拳を突き出した格好で止まる。
「ここまで。1分後、また始める。」
「お…おす。」
呂布は息一つ乱れてないが、一子は少し息があがっている。呂布は道場の端に置いておいたタオルと飲み物を持って来て一子に渡す。
「ワン子、途中から速い速度の拳が混ざっていたのは分かるな?」
「うん。いきなりだから驚いたわ。」
「そう。あれは今日の決闘でクリスにやられたのと同じだ。クリスは一気にギアを上げ、ワン子が驚いた隙を突いた。」
「……確かに。」
「だが、闘いの中で予想していなかったじゃ駄目だ。闘いの中ではありとあらゆる事を予想しなければね。」
「………」
「しかし、ワン子は驚いていたが、少なくとも攻撃をまともに受けることはなく、それに対応して防ごうとした。その反射神経は素晴らしい。」
「えへへー。」
「そこでワン子に足りないものは、集中力だ。ワン子は座禅や精神鍛錬はやってきたかい?」
「うぐっ!…あまりやってません。」
「おそらくそうかなとは思った。明日からはその精神鍛錬を始めようと思う。」
「…うぅ。わかったわ。どんな事をするの?」
「何、そんな難しい事はやらないさ…と、そろそろ1分だ。詳しくは後2セット終わったらだね。」
「おっす!」
一子はタオルと飲み物を道場の端に置いてきて、構える。呂布も対峙して構える。
「では…始め!」
合図と共に、呂布の拳が繰り出される。
「ふむ。やっておるのう。」
鉄心は呂布と一子の様子を道場の端で眺めていた。呂布は2週間程前から一子に鍛錬をつける為に川神院に訪れており、最初に訪れてきた時に一子に鍛錬をつける事と道場を借りたいと頼みに来た。
「一子は2週間前より強くなっているのがわかるネ。」
鉄心の隣に立つルーは感嘆の声で言う。
「そうじゃのう。あの一子が徐々に冷静さを持ち始めた時は、熱でもあるのかと思ったわい。」
「ハハ、確かに。」
鉄心は最初呂布の教えが悪いと直ぐに止められる様に、2人の様子を見ていたが、それも杞憂に終わった。
今は一子が徐々に強くなっていくのを見るのが楽しみになってきている。
「呂布はこれから一子に、精神鍛錬をさせるつもりじゃ。一子がどこまでできるかのう。」
「姉妹揃って精神鍛錬は嫌いですからネ。なかなかの難題です。」
2人で声を潜め笑い合う。呂布はその様子を視界の端で見ていたが、気づかなかった事にし、一子に拳を放つ。
「よし、今日はここまでにしようか。」
「お……おす。ありがとう御座いました…。」
あれから2セットを行った後、足捌き、薙刀の扱い、間合いなどの鍛錬を短い時間ながらも行った。一子は体力には自信があるが、今日の鍛錬は精神的な疲労が大きいのだろうか座り込んでいる。
「それじゃ、最後にストレッチをして終わろうか。」
「わかったわ。りょー、背中押してー。」
「はいはい。」
一子は足を広げ、呂布に押してもらい筋肉を伸ばす。ストレッチをしながら一子はある事を思い出した。
「そういえば、りょー。」
「ん?どうかした?」
「さっき言っていた精神鍛錬の方法、まだ聞いてなかったわ。」
「ああ、そういえばそうだね。」
呂布は自分も忘れてたと苦笑いを浮かべる。
「さっきも言ったけど、難しい事じゃない。日常生活の中で普通に鍛えられる事だよ。」
「へぇー、なんだろ。思いつかないなー。」
「それはね……」
呂布は一旦区切り、一子の背中を押す。武術をやっているだけあって一子の体は柔軟だ。お腹が地面に着いている。
「授業を寝ずにちゃんと受ける事。」
「………ん?もう1度言ってくれない?聞き間違えたかも。」
「間違えてないと思うけどもう1度、授業を寝ずにちゃんと受ける事。」
「えぇ!…ぐぇー。」
呂布の提案した鍛錬に一子が驚愕し、起き上がろうとしたが呂布が抑えている為、潰れた蛙の様な声を出す。
「うぐぐっ。それ本当に鍛錬なの?爺ちゃんとかに言われたんじゃなくて?」
「ふふ、違うよ。これも精神力を鍛える鍛錬の1つさ。」
「他には無いのー?」
「あるにはあるが……一子。」
「ん?」
「間に合うか分からないぞ?」
「………!!」
呂布は一子の背から手を退けて立ち上がる。一子はゆっくりと立ち上がり呂布を見る。
「……必要、なのよね?」
「ああ、僕はこれが一番の近道だと思うよ。」
「………」
一子は目を閉じ、胸に手を当てて大きく深呼吸する。
「……わかったわ。私やる!」
一子は目を開け呂布を見る。その瞳には覚悟が映っていた。
「ああ、その意気だ!……さて、鍛錬の方法だが、唯授業を聞いているだけでは意味がない。そこで、ワン子は黒板の板書と、先生方が口頭で述べた授業のポイントをノートに写す。」
「こうとう?」
「先生方が黒板に書かないが、重要だと思える事を口で説明する事がある。それをノートに写すんだ。」
「うぅ。なんか普通に授業を受けてるだけみたいだわ。」
一子はがっくり肩を落とし、俯く。
「はは、確かにね。でも口頭で述べた内容をノートに書くのは、かなり集中して聞き、それを記憶する事が必要なんだ。だからとても疲れるよ。」
「笑いながら言う事じゃないわ!」
一子はうがー、と怒る。
「だが、これを毎日続けていけば、徐々に慣れていく。それが鍛錬の成果だ。……さて、その鍛錬の成果を出す為に、授業が終わったら僕にノートを見せること。それで合格か不合格か判断しよう。」
「……もし、不合格なら?」
一子が不安そうに呂布を見る。そんな一子を見た呂布は口角を上げる。
「その時は1教科につき、30分。僕との放課後の鍛錬時間を使って補習をします。」
「ええーー!そんなー!鍛錬の時間が!」
「そう。その時間を補習という名の精神鍛錬に使います。いいね?」
「うぐぐっ!……はい。」
呂布の有無を言わさぬ物言いに、一子は反論を諦め頷く。
「ふふ、大丈夫さ。ワン子なら出来るよ。」
呂布は俯く一子の頭を撫でる。なんだか最近ワン子の頭を撫でるのが癖みたいになっているなと気づく。一子も嫌がる様子も無く撫でられているからよく撫でてしまう。
と、その時、左から呂布に目掛けて拳が飛んでくる。呂布は気づいていたかの様に拳を避ける。
「ワン子との鍛錬も終わったようだな、奉先。」
「こんにちは…いやこんばんわですね、モモ先輩。」
呂布は拳が飛んできた方を見ると百代が口角を上げている。放課後から鍛錬を始めているので数時間の鍛錬だが、外はもう陽が傾いていた。
「早速だが、組手でもしようじゃないか?」
「駄目ですよ。鉄心さんに止められてるじゃないですか。」
「えー、いーじゃんかよー。やろうよー。」
「はいはい、機会はまだありますから。それまでお待ちを。」
呂布が百代の頭に1、2回手を置く。まるで子供をあやしているかの様に。あまりにも自然な動作に百代はされるがまま、突然の事に呆然となるが。
「美少女の頭を触ったな?料金として組手をしようか。」
「すいません、つい。」
百代はこれをネタに呂布を揺って?いると鉄心が近づいてきた。
「コラ、モモ。組手も決闘も許可無しに行う事は禁じると言っておるだろう。」
「いいじゃないかジジイ!」
「いかん。お主らの闘いで道場を壊されたらたまらないわい。」
「ちぇー、ケチだな。」
「ケチとはなんじゃ!ケチとは!」
鉄心と百代は言い合いの果てに道場の外に出て、じゃれ合いを始めた。いつものことかと呂布は見ていると、ルーが近づいてきた。
「奉先。もう遅いから帰りナ。」
「はい、ルー先生。お邪魔致しました。」
「またね!りょー!」
「ああ、またね。ワン子。鍛錬は明日からだからね。」
「わ、わかったわ。」
呂布はルー達に頭を下げ、未だじゃれ合っているが、見えているだろうと鉄心達にも頭を下げ川神院を後にした。
クロバット一世様、裏タイガー道場の主様、感想ありがとう御座います。
編入編はあと1、2話で終わると思います。終わるといいな…